カテゴリ: おもちゃと文具

15年ほど前、掃除をしていたら、スマホぐらいの大きさの小さな線装本が出てきた。僕はコレクションの癖がないので、版本だの印譜だのの煤けた本は持っていない。多分誰かからもらったんだと思うんだけど、いつのことやら、誰からもらったんだか、さっぱり覚えていない。
三村竹清印譜
開けてみると禿筆で序が書いてある。
三村竹清印譜序1
最後まで読んでびっくりした。三村竹清の印譜である。「竹清」の印、人差し指で隠れてしまってすみません。
三村竹清:Wikipedia
三村竹清印譜序2
三村竹清は書誌学者として知られるが、たいそうな粋人で詩書画三絶、篆刻の作品も多い。竹清という号は竹問屋を営んでいたことに由来するが、そのせいだろうか、この印譜は全部竹印(または竹印を模したもの)になっている。書いているうちに、なんだか貴重なもののように思えてきた。

さて、最後は秘宝館にぴったりの品。パッケージはこんな感じ。美人画風の画に「肥後手芸」との文字。それにしても誰からもらったんだろう。
肥後ずいき(パッケージ)
パッケージを開けると、今となっては懐かしいセロファンにくるまれたナゾの物体が。
肥後ずいき(箱を開けたところ)
熊本の伝統工芸品「肥後ずいき」である。郷土玩具、ただし大人用。「ずいき」というだけあって「芋茎(ずいき)」でできており、これを使うと女性(にょしょう)が随喜の涙を流すという逸品だ。

最初はもっと白っぽかったのだが、何十年かで茶色くなってしまった。どう見ても賞味期限切れである。見た感じ硬そうだが、なにしろデリケートなところに使うものだから、とても柔らかい。
肥後ずいき(中身)
説明書がいい味出している。具体的には何も書いていない。
肥後ずいき説明書
というわけで、「先にはめてみた」といきたいところだが、写真を出すと猥褻物陳列罪になってしまうので、イメージ画像を。
dog_tosaken
肥後ずいきは現在通販で買えるらしい。
肥後ずいき専門店
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昨日の中国編の最後に出てきたお札と一緒にこんなのが出てきた。
北朝鮮ウォン紙幣
一瞬中国か台湾のお金かと思ったが、ハングルが書かれている。最高額紙幣の肖像を見ればすぐに分かる。金日成、つまり北朝鮮の紙幣だ。これまた手の切れそうなピン札。もちろん僕は北朝鮮に行ったことはないし、北朝鮮に知り合いもいない。

せっかくなのでよく見てみよう。まず10ウォン。前掛けをした労働者があさっての方向を向いて、リベットのようなものを親指で押し込んでいる。よそ見して作業したら危ないよ。なお、1998年のものらしい。
10北朝鮮ウォン(表)
裏はこんな感じ。どこの風景か分からないが、堰みたいなのが描かれている。
10北朝鮮ウォン紙幣(裏)
50ウォン。1992年と書いてある。有名な主体思想塔の方を向く三人。この三人、イマイチ分かりにくいけど、共産主義社会の主役である学者と労働者と農民である。
50北朝鮮ウォン紙幣(表)
朝鮮労働党のマークに描かれるトンカチ・筆・鎌に象徴される人たちだが、労働者と農民の顔が綺麗すぎる。これではぱっと見で職種が分からない。なお、朝鮮労働党のマークはこれ↓
北朝鮮のカマフデトンカチ

同じ三人を配する旧50人民元紙幣の方が、それぞれの職業を象徴する感じでいい。並びは違うが、誰が見ても職種が一目で分かるだろう。学者にメガネはステレオタイプにもほどがあるけど。
旧50元
50ウォンの裏。白頭山かな。
50北朝鮮ウォン紙幣(裏)
100ウォン。言わずとしれた金日成主席の肖像。僕の記憶にある金日成はメガネをかけたおじいちゃんだから、これはずいぶん若い時の肖像である。1992年と書かれている。
100北朝鮮ウォン紙幣(表)
裏。最初はどこだか分からなかったけど、金日成の生家(金日成主席の生家:TripWalker参照)である。
100北朝鮮ウォン紙幣(裏)

それにしても印刷の良さには驚かされる。このころは北朝鮮の貧しさが喧伝されていて、工業製品の出来の悪さは有名だったが、ことお札に関しては先進国のものと変わらないどころか、安っぽい米ドル札よりはよほどいい。かつて精巧な米ドルの偽札を作っているという話(スーパーノート:Wikipedia参照。)があったが、これだけの技術があればできても全く不思議ではない。
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人生50年もすぎると、「あれ?こんなのいつの間に手に入れたっけ?」というものが出てくる。いつ入手したのか、自分が買ったのか、人からもらったのか、さっぱり覚えていない。たいがいはしょうもない物ばかりだが、中にはなかなかの珍宝もある。というわけで、そんな僕の秘宝を紹介する。

最初は中国編から。みんな大好き毛主席語録 (毛沢東語録)。紅衛兵が振り回していたのでおなじみだが、中国ではよく夜店で売ってたので、これ自体は珍しものではない。
毛主席語録表紙
こんなの、どうせあの人かあの人がくれたんだろうと思って表紙をめくると・・・。アレ?「万国のプロレタリア団結せよ」・・・。
万国のプロレタリア団結せよ

さらにページをめくると毛沢東の肖像、林彪の書につづき・・・。
毛沢東肖像
もう一ページめくると、何と日本語版だった。こんなの中国で売っているわけがないから、この人やあの人のお土産ではない。
前書き
奥付を見ると1968年初版になっている。僕の生まれた年だ。とすれば自分で買ったんだろうか。そんな記憶はないし、古書で買ったにしては本が綺麗すぎる。
奥付
次は中国の免許証入れ。これまた、いつどうやって入手したのか分からない。
免許証入れ
最後はお金。1分紙幣。1分は1元の100分の1で、今のレートで日本円に換算すると0.16円。硬貨と紙幣があったが、2007年に分紙幣は廃止されている。社会主義国らしいデザインがグッとくるが、なんとピン札である。
一分紙幣
裏はこんな感じ。
一分紙幣(裏)
ほとんど価値がないのでやたらと小さい。まるでモノポリーのお金のようだ。
一分紙幣(大きさ)

ヤフオクを見ると、同じ1953年と書かれた一分紙幣のピン札はたくさん出品されているので、珍しいものではなさそうだが、そのへんで買い物をしてもらえる紙幣ではない。仮にもらったとしても、ほとんどゴミクズ同然になっているはずだ。

実はこのお金と同時に、さらに不可解なものが出てきた。それはまた明日お目にかけよう。
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書道室の石鹸が無くなったので、もらいに行ったらこれが出てきた。
レモン石鹸8個入り
なつかしのレモン石鹸。しかし、これを見るのは9年前中学校で働いていた時以来だ。この学校は普通の白い石鹸だったはずだが・・・。

どういうわけだか、このレモン石鹸も学校でしか見ない。僕の場合、幼稚園からのお付き合い。形状と香り的に子供向きだからかと思ったら、小学校・中学校・高校・大学と、どこまで行ってもレモン石鹸だった。かつては連れ込み宿にあったとも聞いたことがあるので、どうもそういう理由ではないらしい。
レモン石鹸
ご覧の通り、相変わらずの形状と色、香りである。ローソクの蝋のような質感も健在だ。子供の頃使っていたやつは、レモンの皮みたいなデコボコ模様がついていたように記憶しているが、これはおしゃれな書体で「LEMON SOAP」などと刻印されている。レモン石鹸のくせに。

いままでは、プラスチックの皿に乗せていたのだが、オマケにネットも付けてくれた。
石鹸ネット
昔は、蜜柑を入れる赤いネットに入れるものだったが、今は専用のネット袋があるらしい。

入れてみた。
ネットとレモン石鹸
やはり柑橘類つながりで、レモン石鹸には蜜柑ネットの方があう。だが、こちらは専用に作られただけあって、紐が付いていて、蛇口に取り付けやすい。

石鹸で手を洗う必要もなかったが、せっかく蛇口にとりつけてみたので、とりあえず手を洗ってみた。懐かしいレモンの香。昔とほとんど変わらないように思える。しかし、昔は全然泡立たなかったような記憶があるが、思った以上に泡が出る。石鹸の質が変わったのか、専用ネットのおかげなのか、僕の記憶が間違っているのかは分からない。

こうなってくると値段が気になる。とりあえずアマゾンで検索して驚いた。なんと、特定の一社が出している製品ではなく、ミヨシ・カネヨ・ニッサンの3社で出している製品だった。



しかも、値段が違う。

ミヨシ(8個入り)・・・193円
カネヨ(8個入り)・・・253円
ニッサン(5個入り)・・・622円

一番安いミヨシ製は、1個あたり25円程度。ニッサン製は125円程度。なんと5倍もの差がある。もし、学校のレモン石鹸がニッサン製なら、高級レモン石鹸だ。

さて、ここで最初の写真に戻ると、僕がもらったのは・・・。一個25円かよ・・・。日本の首都も落ちたものだ。

もう一つ、アマゾンで検索して気づいたことがある。
よく一緒に購入されている商品
3社のレモン石鹸をまとめて買う人が多いらしい。「いつもはミヨシだけど、父さん、ボーナス出たから、今日は奮発してニッサンつかっちゃうぞー」とかあるんだろうか。
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中学校に入学して、初めての掃除当番に当たった時、箒(ほうき)が見当たらなかった。担任の先生に「箒はどこですか?」と聞くと、見たこともない物を手渡された。それは、箒というよりは巨大な刷毛に似ていて、とても箒とは認めがたい形状をしていた。
学校の箒
以来35年、僕はいまだにこの謎の箒を使っている。また、学校以外でこの箒を見たことがない。生徒の前では一応「ホウキ」と呼んでいるが、正直言って、僕はこんなものを箒とは認めたくない。

僕が小学校で使っていたのは、いわゆる座敷箒である。下の写真は、現在僕が使っている座敷箒だが、これとほぼ同じものだ。そして、箒の絵を描けと言われたら、日本人の百人が百人これを描くだろう。
座敷箒
座敷箒は優しかった。柔らかくて掃き掃除をしていて気分がいい。ちゃんばらをやっても、当たるのは先の部分なのでそれほど痛くはない。紙を丸めて野球をやっても、面積が大きいからちょうどいい塩梅に当たり、柔らかいのでちょうどいい塩梅に飛んでいく。

例のホウキでちゃんばらなんかやったら、けが人続出間違いなし、ヘタすると窓ガラスや蛍光灯を割ってしまう危険性すらある。細くて長いから教室野球のバットにもならない。試しにホッケーをやってみたが、トイレ掃除のデッキブラシほどの機動力がなく、つまらなかった。

そして、もっとも許せないのは、掃除しているとホコリが引っかかって、どんどん無様になっていく点だ。これは明らかに欠陥商品である。

例のホウキの先
掃き掃除の醍醐味は、一見何もない所からほこりを集めてきて山にし、それを一気にちりとりに取って、ゴミ箱に捨てることにある。ほこりの山はでかければでかいほど気分がいい。

ところが例のホウキは、箒自体がほこりを絡めてしまう。一生懸命集めても、なんだか山にならないなと思ったら、ほとんど箒に引っ掛かっている。気を取り直して、小さなほこりの山をちりとりに入れようとすると、それすら吸い取ってしまう。なんだかバカにされているような気がする。

すべてのほこりを引っ掛けるわけではないので、結局ちりとりが必要になる。箒の先にくっついたほこりはしっかり絡まっていて、足で踏みつけるか、ヘタをすると手でむしり取らなくてはならない。誰がこんな欠陥商品発明した。

こんな奴の正式名称なんぞに全く興味がないが、意外なところで名前が分かった。『這いよれニャル子さん』9巻の教室を掃除するシーンに、
放課後になったが、今日の真尋は掃除当番なのですぐには帰れない。椅子を乗せた机を教室後方にすべて下げた後で、真尋は自由箒を握る。
とあった。教室の掃除に使っているので、一見して例のホウキのことだと思ったが、学校へ行って、あらためて箒の柄を見ると・・・、
自由箒ラベル
ちゃんと「自由箒」と書いてあるではないか。試しにアマゾンで「自由箒」で検索してみると、たくさんの自由箒が出てくる。だいたい1000円前後らしい。常識なのか、自由箒。

自由箒の検索結果:amazon

そして、もっと驚いたのは・・・。

ちゃんと絡まったほこりを取るためのクシがあるじゃないか。何でこれを買わない。各教室に一つづつぐらいあってもよさそうなものだ。

しかし、よくよく考えてみると、平成になってから29年にもなろうというのに、いまだに箒で掃除しているというのはどういうことだろう。僕が中学生のころには、そのぐらいの未来にはロボットが掃除しているだろうと思っていたが、学校では、ロボットどころか掃除機すら使われていない。
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先日、掃除をしていたら、いろいろしょーもない物が入った段ボール箱の片隅から、妙なものが出てきた。
jianzi1
ゴミかと思ったのだが、よく見ると明らかに作られている。フサフサの部分は、荷物用のビニール紐を割いてできていて、これだけなら単なるゴミなのだが、上のフサフサと下の黒い部分が、わざわざ穴をあけてしっかり止められている。素人の仕事ではない。

横から見たところ。
jianzi2
下から見たところ。黒い部分はゴムを何枚か重ねたもので、タイヤのチューブを切り抜いてものでできているらしい。
jianzi3
さて、「これはなんだろう」と、しばらく考えて思い出した。毽子(jianzi・ジェンズ)だ。中国留学から帰ってきた誰かからもらったのだ。

毽子とは、羽のついたシャトルを蹴って遊ぶ、中国の遊びである。中国ドラマなどにもよく出てくるが、ピンと来ない方はこちらの動画をどうぞ。


普通は上の部分は羽でできている。下の部分は、今はプラスチックの板を何枚か重ねたものだが、古くは穴あき銭を使ったらしい。
jianzi
おそらく、羽でできているのはブルジョア的に退廃したもので、これはプロレタリアート用なのだろう。たしかブルジョア用ももらったはずだが、これは出てこない。

それにしても、誰にもらったかが全く覚えていない。まあ、こんなものをくれる人は二人ぐらいしか思い当たらないんだけど。
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Doodle(GoogleのTOPに出る、記念日ロゴ)がビーロー・ラースロー生誕 117 周年になっている。

Google

ビーロー・ラースローって誰?と思ったが、なんとボールペンを発明した人だという。

ビーロー・ラースロー:Wikipedia

ボールペンほど身近な筆記具はない。ボールペン以前は、ペンや万年筆が日常の筆記具の主流だったのだろうが、今は完全にボールペンに駆逐されてしまった。いくらコンピュータが発達しても、筆記具が完全に不要になるとは思えないので、未来永劫ボールペンは使われることになるだろう。

僕の実家は文房具屋だったから、僕の1/100ぐらいはボールペンでできているようなものだ。ついでに、硬筆書写検定対策の授業をやっているが、硬筆書写検定を受験するには、ボールペンがなければ絶対に合格できない。それほど、縁があるにもかかわらず、発明者を知らなかったとは、不覚の極みだ。

さて、僕が普段愛用しているボールペンは、パイロットのV-CORNである。いろいろ使ってみた結果、これに落ち着いて10年以上になる。

水性ボールペンなので、万年筆に似た線になる。書き味は非常になめらかで、適度な引っかかりがあって書きやすい。軸すべてがインクのタンクになっているから、なかなかインクが無くならないのもいい。

難点は、水性なので、紙の質が悪いとにじむことと、水に弱いことぐらいだろうか。そういえば、キャップが外れたのに気づかずポケットに突っ込んで、シャツを一枚(とボールペン一本)をダメにしてしまったこともあった。

水性ボールペンといえば、ボールPentelを忘れてはいけない。僕が子供の頃から、緑色の軸で異彩を放っていた。

ぺんてるというと、サインペンのイメージが強い。これもボールペンながら、ちょっとサインペンっぽい書き味がする。ボールそのものが樹脂製で、やや太い、抑揚のある線が書ける。

最後に、ビーロー・ラースローに敬意を表して、オレンジビックを紹介しよう。

BICはフランスのメーカーで、ビーロー・ラースローから直接特許を買って商品化したそうだ。つまり、これが直系のボールペンということになる。これも、黄色い軸で、店の棚で異彩を放っていた。

当時は国産のボールペンに比べて、不良品が多く、最後まで書けるものが少なかった(今のオレンジビックはそんなことはないらしい)。それでも、これでないとダメという人もいた。

僕もその一人で、パソコンで文章を書く前は、ちょっと長い文章はすべてこれで書いていた。国産にはない独特のぬるっとした書き味で、太い線で心地よく書ける。いつ使えなくなるか分からないので、必ず二三本、筆箱に入れていた。

これを使わなくなったのは、長い文章をボールペンで書くことがなくなったからである。もし、今長い文章を書かなければならなくなったら、今でもこのボールペンを買いに行くだろう。
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昨日紹介したコートと同時に、なぜか大阪万博のパンフレットが出てきた。この万博には僕も行っているのだが、全く記憶がない。今は47歳のオッサンも、当時はおむつをした1歳のガキんちょである。覚えているはずがない。

出てきたのは、万博全体とソ連館のものだけである。ソ連館の表紙はロシア・アバンギャルドを取り戻したかのようでかっこいい。
万博パンフレット

万博全体のパンフレットはこんな感じ。地図とイベントの日程が書いてある。
万博会場地図

各国のスタンプ。一見本当のスタンプに見えるが、実は印刷。
各国スタンプ

ソ連館のパンフレットは会場図と、ソビエト連邦の宣伝になっている。
1階会場図の説明。1階は社会主義の理念がテーマらしい。「序論の部」という理屈臭さが、当時の社会主義国的だ。
ソ連館1階解説

2階・3階会場図。こちらは文化、技術、シベリアの紹介がテーマ。
ソ連館会場図

赤字で書かれた挨拶、「親愛なみなさん!」の社会主義的ウソ臭さがたまらない。
ソ連館パンフレット

それにしても、なぜソ連館なのか。当時、左翼思想が隆盛していたとはいえ、冷戦のさなかでソ連のイメージはそれほどいいものではなかった。それ以前に、社会主義国の展示物なんか、むりやり先生にやらされた文化祭の展示発表を豪華にしたようなもので、たいして面白いものではない。

パンフレットをよく見ると、1階に「タシケントの復興(1966年の地震からの復興と思われる)」というコーナーがあり、3階はシベリア開発がテーマになっている。おそらく、これを見たかったのだろう。

祖父は、終戦から3年間、シベリアに抑留されて、強制労働させられた。場所はまさにウズベキスタンのタシケントである。何をしていたかは詳らかに聞いていないが、「石ころばかりの川原みたいなところを、ろくな食い物も食わされず開拓した」と聞いている。

相当ひどい目にあったようで、晩年、体の具合が悪くなるとすべてソ連のせいにしていた。相当な恨みがあったはずだが、それでもわざわざソ連館に行って、こうしてパンフレットまでとってあるのは、自分が開拓した土地がどうなったか、気になっていたのだろう。
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かつて、漫画やアニメで、風邪で寝込んでいる人を表現するときは、必ず頭に氷嚢を乗せていた。ドリフのコントでもよく見たような気がする。

今はどんな表現になっているのかと思って、Googleで画像検索してみると、氷嚢もあることはあるが、濡れタオルを額に乗せるか、ヒエピタのようなものを貼っていることが多いようだ。もっとも、僕自身、子供の頃からゴム製の水枕を使っていたので、現物の氷嚢を使ったことも見たこともない。

すでに使われなくなってずいぶん経ち、アニメや漫画の表現にも使われなくなった。今や、「氷嚢」という言葉は、ますらをの、股間に下がる、暖い、ぐにゃぐにゃとした、玉袋、ヨメの額に、「氷嚢」と、ボケたら、「それは陰嚢!」と、暴力混じりに、突っ込まれ(長歌風にしてみました)・・・る時ぐらいにしか使われなくなった。

ところが、先日、祖母の家から本物の氷嚢スタンドが出てきた。やはり、あまり使ったことがないらしく、新品同様である。

箱はこんな感じ。
氷嚢スタンド外箱

裏には使い方の説明がある。
氷嚢スタンド外箱(うら)

箱から出したところ。
氷嚢スタンド(収納時)

折りたたみ式で、伸ばすとこうなる。かなり高くなるので、顔のでかい人でも安心だ。
氷嚢スタンド

枕にセットしてみた。氷嚢には畳がよく似合う。
セットアップ

こうなってくると、実際に氷嚢をかけてみたくなる。一応、あるにはあったのだが・・・。
氷嚢外箱

裏には「御使用上ノ注意」が・・・でも、何故片仮名なんだろう。ちなみにミリオンというのは、輪ゴム「オーバンド」でお馴染み、株式会社共和のブランドだと思われる。
氷嚢外箱(説明)

箱を振ってみると、どうも中に入っているのがゴムでできているようには思えない。出してみると、箱のなかで名状しがたい何かに変化していた。
名状しがたい氷嚢だったもの


なにしろ、水と氷を入れたものを吊り下げるのだから、かなり重いものをかけられそうだが、他の使い道が思いつかない。ヨメが「筆を下げるのに使ったらどうか」と提案したが、いくつも掛けると、一番奥のものを取り出すのに全部はずさなきゃならないから、イマイチ現実的ではない。

何か思いついたら、教えてください。よろしく。

調べてみたら、まだ売っているらしい。
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昔、太湖の周りを自転車旅行をしたときに、蘇州で葛的先生と別れることになって「あ、中川くん、お土産」といってもらったのがこれ。

一緒にいたのに、なぜお土産をくれるのか分からないし、そもそも、これを買った時僕もいたはずだが・・・。壊れ物だし結構でかいので、はっきり言って迷惑だった。僕は蘇州から杭州までの船の中で、12時間ほどこれを抱え続けていたのである(ちょっとウソ)。

ブログのネタづくりに、10年ぶりに開けてみた。

箱にはでかでかと「CHINA RAT」と書いてある。中国ネズミ・・・なわけはなく、CHINA ARTの間違いだろう。箱の横には「紫砂自流壺」と書いてあり、なにやら説明書きがある。
紫砂自流壺(外箱)


中身はこんな感じで茶器が整然と入っている。一見、立派な茶器セットに見えるが、左にナゾの道具が・・・。このセットの主役、紫砂自流壺である。
紫砂自流壺(中身)


箱から出してみる。
紫砂自流壺(使用時)


実はこれ、紫砂自流壺の下に茶碗をおくと自動的に茶が出るようになっている。これだけ見ると不思議だが、茶碗の底に磁石が仕込んであり、それに反応して水が出る仕組み。もちろん、電気などは必要なし。


とまあ、これだけ見るとなかなか心引かれる一品なのだが、ちょっと問題がある。紫砂自流壺単独ではお茶を入れられないのだ。

お茶を入れるときは、普通の茶壺(急須)に入れ、急須からさらにこの紫砂自流壺に入れる。紫砂自流壺の役目は「自動で出てきておもしろいな」というだけのもの。入れ替えれば温度も下がるし、面倒くさいので、すぐに茶壺から直接飲むようになる。

まあ、そういうのが「雅趣」というものかもしれない。

あ、そうそう、そんな葛的先生(伊藤忠綱氏)の個展が7月23日(火)から28日(日)まで、銀座の鳩居堂画廊にて開催される。入場無料ばかりか、キミもいやげ物をもらえるかもしれないぞ!

詳細はこちら↓。なお、ブログ主のHOSHINAさんは葛的先生ではありません。念のため。
告知:HOSHINA HOUSE
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