カテゴリ: 美術と書道2

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
年賀状
写真のネズミさんは、パリの下水道博物館で買ったシャルルドブール君です。だからバックが凱旋門。
ball
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今年もあとわずか。去年に引き続き(年賀状の素材あげます:2018年12月26日参照)、例によって妻にボツにされたネズミのイラストを公開する。年賀状の素材としてぜひ使ってほしい。

著作権は主張しないので、無断で自由に使ってもらってかまわない。別の方面からクレームがくるかもしれないが、これはあくまでオリジナルである。
み1
み2
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書道をやる人間にとって表装(表具)は大問題だ。できることなら、展覧会のぎりぎりまで書きたい。しかし、表装には時間がかかる。だから、できるだけ早く、美しく、できれば安く表装してもらえる業者はありがたい。等々力のSMスチール工業(友禅)は、そんな都内の書道関係者のニーズに答えてくれる店だったから、使っていた人も多いはずだ。

昨日、文化祭に展示する生徒作品の裏打ちを頼むために、そのSMスチールに行った。裏打ちぐらいなら数十分でやってくれるので、毎年ここにお願いしていたのだ。行く前に、営業時間を確認するためホームページを見ようとしたら、「Service Temporarily Unavailable」というエラーが出た。なんだかイヤな予感がする。GoogleMAPで検索すると、「閉業」と書いてある。ますますイヤな予感。

しかし、Google検索やTwitter検索をしても閉業の確証は得られないので、とりあえず行ってみた。店が近付いてくると、看板が見えた。
SMスチール(看板)
なんだ、まだやってるじゃないかと、一安心したのだが・・・。

入り口のシャッターが閉まっている。窓から中を覗いてみると・・・。
SMスチール(中)
何一つない、もぬけの殻。

移転したなら張り紙でもありそうなものだが、そんなものはどこにもない。「閉業」は本当だったようだ。今時検索しても情報が出てこないというのも、いかにも書道業界らしいのだが、このままでは同じ轍を踏む人もいるだろうから、ここに書いた次第。

それにしても困ったな。
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今の子どもたちはデジタルネイティブというそうだ。生まれたときからパソコン・スマホなどのデジタル機器に囲まれていて、それらに何の抵抗もない世代という意味である。

同じような世代間ギャップとして、僕は手書きネイティブと活字ネイティブがあると考えている。

ここ10年ぐらいで、書道の授業をやっていて、行書を「雑な字」とか「下手な字」という生徒がだんだん増えてきた。彼らは活字ネイティブだから、一点一画はっきりと書かれた文字以外は雑に見えるらしい。楷書は文句なく美しい字に見えるが、行書もなぐり書きも同じように汚く見えてしまうのだ。

手書きネイティブから活字ネイティブへの移行は、ワープロの普及と深い関係がある思っている。ワープロの普及は、手書きの文字を劇的に減らした。ワープロが普及しだすのは、ちょうど昭和から平成に変わる時ぐらいが境目だろう。それ以来、手書きの文字を読む機会はどんどん減り、スマホが普及した今では、私的なメモぐらいでしか手書きの字を見ない。

それでも、高校生ぐらいなら黒板に書かれた手書きの字を読んでいるはずだが、書いている教員の多くが活字ネイティブになってしまっているから、板書を行書で書く人が少なくなっている。これでは行書が汚く見えても仕方がない。活字ネイティブに行書を教えるのは至難の業だ。

Twitterを見ていると、漢字のやたらと小さな違いにこだわる人がいるが、あれも活字ネイティブだからだろう。行書は点画がくっついたり、向きが変わったり、省略されたりするから、手書きネイティブではそんな細かいところはさほど気にならないのだ。

しかし、よくよく考えてみると、手書きネイティブも、決して奈良時代あたりからずっと同じように続いてきたものではない。同じ手書きネイティブでも、僕らの使う筆記用具は万年筆・ボールペン・シャープペンで、明治ぐらいまでは毛筆である。つまり手書きネイティブの中にも、硬筆ネイティブと毛筆ネイティブがあるのだ。

活字ネイティブにとって行書がすべてヘタクソに見えるのと同じように、硬筆ネイティブと毛筆ネイティブでは文字の見え方が違う。僕はもちろん硬筆ネイティブだが、長年書道の先生をやっているので、その見え方の違いは分かる。言葉で説明するのは難しいが、硬筆ネイティブは文字を形で見るが、毛筆ネイティブは文字を筆脈や線質で見る。

これはただ文字の美醜だけではなく、読むことにも関わってくる。筆で書かれた文字を読むことは、活字を読むのとは違うのはもちろんのこと、ペンで書かれた文字を読むのともまた違うのである。
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あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
今年は、こんな感じで走っていければいいなあと思っています。
亥
なお、ボツにしたイノシシは、年賀状の素材あげます:2018年12月26日にあります。
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廃れてきたとはいえ、出さないわけにはいかない年賀状。「郵便局から25日までに出せと言われているけど、もう過ぎてしまった。さてどうしよう」というあなたのために、今年はイノシシのイラストをご用意しました。

年賀状のイラストとして授業中に描いたんだけど、「どう見ても里芋にしか見えない」と言われ、妻にボツにされた絵です。

著作権は主張しません。里芋だけに、煮るなり焼くなり、ご自由にお使いください(画像をクリックすると大きくなります)。
いのしし1
いのしし2
いのしし3
いのしし4
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男臭いバイオレンスでおなじみの『水滸伝』だが、意外にも書道も関係がある。

梁山泊一味の宿敵、奸臣の一人が蔡京である。梁山泊の宿敵になるぐらいだから、史実の蔡京もあまり評判がよろしくなく、『宋書』では列伝231奸臣2に入っている。正史で奸臣に入るのだから、相当なものだ。

その蔡京は、宋の四大家(蘇軾・黄庭堅・米芾・蔡襄)の一人、蔡襄(洛陽橋(万安橋)に行ってきた続 洛陽橋(万安橋)に行ってきた参照)の甥で、自身も能書家として知られている。

『水滸伝』には、蔡京が能書家であることをうまく利用したエピソードがある。

『水滸伝』第三十九回で、潯陽樓の壁に反乱の詩を書いた罪で囚われた宋江を梁山泊一味が救助するため、蔡京からの手紙を偽造する場面がある。作戦の発案者呉用の言葉に宋の四大家が出てくる。
如今天下盛行四家字体、是蘇東坡・黄魯直・米元章・蔡太師四家字体。蘇・黄・米・蔡宋朝四絶。

講談社文庫『水滸伝』(駒田信二訳)による和訳は次の通り。
いま天下にもてはやされているのは四家の書体、すなはち蘇東坡・黄魯直・米元章・蔡京の四家の書体で、蘇・黄・米・蔡といって宋朝の四絶と称されております。

呉用は書の達人蕭譲と彫刻の達人金大堅をむりくり仲間に引き入れて、蔡京の書と印を偽造させる。蔡京の書と印は、当時流行の書として、法帖(お手本)が出回っていたので、上手い人なら簡単に偽造することができたというわけだ。古い印をお手本にしたため、文書偽造がバレるという落ちがつくのだが、108人の好漢の中に書家と篆刻家(のようなもの)が入っているというのが面白い。

それにしても、呉用の言う宋朝四絶は現行の宋の四大家と違う。蘇東坡・黄魯直・米元章は、それぞれ蘇軾・黄庭堅・米芾だから問題ないが、蔡襄であるべきところが蔡京になっている。

『水滸伝』が書かれた明代では蔡京だったのか、あるいは、作品中で辻褄を合わせるために蔡京にしたのか。蔡京が奸臣だから蔡襄にしたというのは一応説得力はあるが、『水滸伝』の書かれた明代よりあとに、奸臣だからといって蔡襄にするのはちょっと遅すぎる気もする。
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京浜急行青物横丁駅からJR・東急大井町駅方面へ行く坂の途中に品川エトワール女子高等学校という高校がある。

僕は以前、定時制高校への通勤にこの学校の前を通っていたのだが、ある日の帰り道、目立たないところに「町田学園」と書いた看板があるのが目に止まった。町田学園は品川エトワールの旧称で、現在も法人名になっている。大きなものではないので、それまで気付かなかったようだ。

夜だったので暗くてよく見えなかったが、妙にクセのある字だ。よく見ると、「溥傑」と書かれた落款がある。ラストエンペラー愛新覚羅溥儀の実弟、溥傑である。溥傑は独特の書風で知られる書家でもあるので、その時は、何かの機会に書いてもらったんだろうぐらいに思っていた。

ところが、前回の記事(偽満皇宮博物院へ行った(その1)参照)を書くためWikipediaを調べていたら、溥傑の妻、嵯峨浩の項に意外なことが書いてあった。
日本に引揚げた後、父・実勝が経営する町田学園の書道教師として生計を立てながら、日吉(神奈川県横浜市港北区)に移転した嵯峨家の実家で、2人の娘たちと生活した。一方、溥傑は、溥儀とともに撫順の労働改造所に収容され、長らく連絡をとることすらできなかった。(Wikipedia:嵯峨浩)
なんと、溥傑の奥さんが品川エトワール(町田学園)の書道教師だったらしい。そりゃ溥傑に看板を頼むなんて容易いことだ。

しかも、Wikipediaの記事によると、父親が経営者だったとある。品川エトワールのサイトを見てみると、現在の理事長は嵯峨実允氏という人で、嵯峨実勝の孫にあたるらしい。

理事長挨拶:品川エトワール女子高等学校

それでは、なぜ嵯峨学園ではなく町田学園なのかという疑問もわいてくるが、これもちゃんとWikipediaに書いてあった。

妹の幾久子が町田学園(現・品川エトワール女子高等学校)の創始者・町田徳之助に嫁いだ縁で、昭和24年(1949年)6月15日、町田学園エトワール幼稚園を開園し初代園長を務めた。(嵯峨実勝:Wikipedia)

ちなみに嵯峨家は、かつての正親町三条家で、藤原北家の流れをくんでいる。由緒正しいなんてもんじゃない。

もうちょっと調べればいろいろ出てきそうだが、とりあえず覚えに書いた次第。
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よく、「祈ったって平和にならない」とかいう人いるじゃないですか。本人現実主義だと思っているのかもしれないけど、全然現実主義じゃないと思います。

たしかに祈ったって必ずしも平和にはなりません。でも、逆に考えたらどうでしょう。もし、誰も平和を祈らなくなったら。たぶん、平和なんて来ないんじゃないでしょうか。

平和を祈るというのは、平和のための十分条件ではなく、必要条件です。平和を祈ったからって平和になるとは限らないけど、平和を祈らなければ、平和にはなりません。

祈るというと、何だか非科学的なことだと思われるかもしれません。でも、祈ることは個人の意見の表明でもあります。だから、できるだけ沢山の人が平和を祈れば祈るほど、平和に近づくはずです。

戦争で得をする人はごく一部です。ほとんどの人は損をします。ごく一部の人が得をしたいために、ヤレどこの国が攻めてくるとか、ヤレどこの国が悪いとか言ってけしかけて、人々に平和を祈ることを忘れさせるのです。

だから僕たちは、誰が何と言おうと、平和を祈り続けなくてはいけません。

というわけで、僕も平和を祈ってみました。まだまだ祈ろうと思っています。
世界平和の写経
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あるブログを読んでいたら、「「くずし字」とは、楷書体を崩した文字のことをいいます。」と書いてあった。これは完全な間違いである。

書体の変遷はだいたい次の通り。

篆書→隷書→草書(一部篆書由来)→ひらがな(草書をさらに崩して成立)

篆書→隷書→行書

篆書→隷書→楷書→カタカナ(楷書の一部分から成立)

楷書・行書・草書は、それぞれ隷書から発生したのだが、この3つの書体の中では、草書が一番古く、楷書が最も新しい。楷書と草書で似ても似つかないものがあるのはそのためである。

別のブログには「最近の説では隷書から生まれたと考えられている」とか書いてあったが、最近の説ではなく、昔からそう言われているし、書かれたものからたどれるので、説というほどのものでもない。

これは書道では常識で、高校の書道I、つまり最初に習う教科書の最初の方に書いてある。いわば常識中の常識なのだが、意外にも国文学の先生の中にはご存じない人も多いようだ。

そもそも僕は「くずし字」という言葉が嫌いなのだが、それは最初に書いたような誤解が生じるからである。
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