カテゴリ: 美術と書道2

よく「定時制高校はどういう感じですか」と聞かれる。これはとても答えにくい質問だ。時代によっても地域によっても、生徒も学校の雰囲気も違うからである。定時制で時代の変化を強く感じたことがある。昨日の記事で「3年で閉課程になる」と書いた学校のことだ。

2018年の夏休み、その年はハルビンと長春に旅行に行ったのだが、帰ってきた日の数日後、その学校の副校長から、入院した先生の代わりに一ヶ月ほど書道の授業をやってくれないかという電話が入った。二つ返事でOKした。時間が空いていたのと、家から近かったからである。ちょっとした臨時収入を得た。

以前からその学校は外国人が多いとは聞いていた。だが、行ってみてびっくりした。20人程度のクラスの半数が中国人だったのである。出身を聞くとほとんどがハルビン出身。「おれ、先週までハルビンにいたんだよ」などと話したのを覚えている。

日本と中国では書道の教え方が違うが、そこは漢字の本家本元、筆で書いた経験もある。教えるのはさほど難しくなかった。給食の時間はやたらとにぎやかで中国語が飛び交っている。まるで中国の食堂に来たようだ。

このときは代打の一ヶ月だけだったのが、それから2年後に同じ学校から今度は継続でやってくれと電話が来た。

前のことを思い出しながら行ってみて驚いた。中国人は学年でも一人だけ。外国人そのものの人数は前とは比較にならないほど少ないが、ネパール人が多く次いでフィリピン人が多かった。

この年はコロナ禍で、5月いっぱいまで授業ができなかったのだが、中国人がいない理由はコロナではない。なぜなら、コロナ禍は中国で先に始まっているからである。自国が成長したので、わざわざ日本に来て働く必要がなくなったということだと思う。

給食室は以前と同じ部屋とは思えないほど静かになった。授業は大変だ。なにしろ漢字が読めない人たちに『蘭亭序』を教えなければならないのだ。
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最近、職人ごっこをしていて、工具などの名称に正式名称とは別に呼び名があり、それが業界や会社によって微妙に違うことを知った。例えば結束バンドは、ケーブルタイ、タイラップ、インシュロックなどとも呼ばれる。ケーブルタイは英語での一般的な呼び方で、タイラップ・インシュロックは商品名によるものだ。

タイトルのアンギラス、本来はゴジラシリーズに出てきた怪獣の名前である。いうまでもなく、左にいるトゲトゲのカメみたいなやつがアンギラスだ。
Godzilla_vs_Anguirus
これが職人の世界では前回の記事で登場したウォーターポンププライヤーのことになる。
クニペックスアリゲーター
「ウォーターポンププライヤー持ってきて」では長すぎる。省略して「ウォーターポンプ持ってきて」でポンプを持ってこられても困る。「プライヤー持ってきて」では普通のプライヤーになってしまう。だから、通称の方が使われるのだろう。

この工具は「アンギラス」の他に「カラス」という人もいる。なるほど、先をくちばしに持つところを羽に見立てればカラスに似ている。アンギラスよりは似ている気がする。

「アンギラス」も形が似ているからかと思ったが、ロブテックスという工具メーカーに同じ名前のウォータポンププライヤーがあり商標登録もされているので商品名である。とはいえ、もともとアンギラスと呼ばれていたものを商標登録した可能性もあるので、前後関係はわからない。

ロブテックス(エビ) アンギラス 250mm:amazon

実は書道業界にもアンギラスと呼ばれているものがある。それがこれ↓。
アンギラス(文鎮)
この文鎮、書道を習ったことがある人は見たことがあるんじゃないだろうか。背中のトゲトゲの間に筆をおくことができ地味に便利な文鎮で、文鎮の定番といってもいいだろう。僕も子供の頃通っていた書道教室の先生が使っていて、「きっと高いんだろうな」と思っていたが、所詮は文鎮、それほどでもない。

これがアンギラスと呼ばれていると知ったのは大学生の時である。そのときは形は竜を模したもので、通称アンギラスだと思っていた。後に、通称ではなく最初からアンギラスを模して作ってあると知った。文鎮のアンギラスも商品名だったのである。

筆置鉄文鎮 アンギラス(大):amazon
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書道の授業、ガイダンスやら基本的な筆の使い方やらが終わり、いよいよ古典の臨書に入りました。私が使っている教科書で最初に出てくるのは虞世南の『孔子廟堂碑』です。

今年の一年生は指導要領の改訂に当たっており、教科書も去年とは違っています。とはいえ、掲載されている手本は去年までの教科書と大きく変わっていませんでした。これまでの孔子廟堂碑の拡大手本は「天河」です。これはかなり前の改訂から変わっていません。

時代背景や虞世南や孔子廟堂碑について、ひとしきりしゃべってから書く方に移ります。

「はい、じゃあページをめくってください。今日はこの『テンガ』を書きます。」

と言うと、何だか生徒が変な顔をしています。

「あーアレだ。また『テンガ』に反応してるんだな」と思いながら、「天河ってのは天の川のことな!」と言って教科書を見ると、なんと、「天河」だったはずが「大河」になってるじゃありませんか!
孔子廟堂碑
右が去年まで、左が今年の教科書です。そりゃでかでかと「大河」と書いてあるのに「テンガ」と読んだら変な顔もするというものです。「この先生、もしかして頭悪いんじゃないか?」と思われても仕方ありません。

新しい教科書はこれまでに何度も見たのですが、「天河」だと思いこんでいるので全く気づきませんでした。たぶん、全然違う言葉だったら気づいていたでしょう。天と大では最初の一画が違うだけです。逆に言うと変える必要性を全く感じません。

思いつく理由は一つしかありません。そう、あのTENGAです。あまり詳しくは言えませんが、オシャレなデザインで一世を風靡した男の子のお友達です。あれが発売されてから、「テンガ」と言ったらニヤニヤするバカ男子が増えました。

念のためamazonの商品リンクを貼っておきます。リンク先に飛ぶとなにやら警告が出るかもしれませんが気にしないでください。

TENGA テンガ オリジナルカップ トライアルセット 3種:amazon

きっと、「天河と言ったとたんにニヤニヤするバカ男子がいて困るから変えてくれ」という苦情があったのでしょう。それならそれで全然違う言葉にしてくれればいいのに、「大河」じゃいくらなんでも安直すぎます。おかげで赤っ恥をかいてしまいました。
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Xでしょうもないことをポストしたら、バズっちゃいました。なんと11万いいね。ちょっとびっくりしました。自分でも面白いとは思いますが。

あくまでネタのつもりだったのですが、空海がコケたことを本気にする人も出てきました。これはコケているのではありません。空海の名誉のため、野暮を承知で解説します。

空海が五筆和尚と呼ばれたというのは有名な話で、『今昔物語集』11-9『古今著聞集』293にも見られます。また、『高野大師行状図画』や『高野大師行状絵伝』というタイトルでいくつも絵画化されています。下衆ヤヴァ夫さんが引用しているのはその一つで、このように座って書いているのが普通です。

私が引用した仰向けで書いている絵は、江戸時代に作られた版本の挿絵です。版本とは版木を用いて印刷された本ですから、これまた多く出回っています。私が引用したのは四天王寺大学図書館蔵本です。

高野大師行状図画:国書データベース

本文には次のようにあります。
大師すなはち参内しつつ、左右の手足並に口に五の筆を持て五行を同時に書き給ふに、主上・臣下おどろきあやしむ事かぎりなし。
このように、本文にはどのような姿勢で書いたかまでは書かれていません。空海が座って書いたのか、寝て書いたのかは絵師の解釈によるものです。

手書きの絵の方が先ですから、版本の絵師は座って書く空海を知っていたはずです。彼は座っている空海をわざわざ仰向けにしたことになります。「この状態で座れるわけねぇだろ」と思ったのか、「書いているうちに転んだにちがいねぇ」と遊び心が湧いたのか、それとも単にオリジナリティを出したかったのか、想像すると面白いですね。

ところで、空海は本当に五本の筆で同時に書いたのでしょうか。これはおそらく、5つの書体を自在に書けたというのが曲解されたのだと思います。実際、空海の作品は行書・草書だけでなく、いろいろな書体で書いたものがあります。
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暮れも押し詰まってまいりました。皆さまいかがおすごしでしょうか。

暮れといえば年賀状の用意です。私も妻も出す枚数はずいぶん減ってしまいましたが、それでも職業柄出さないわけにはまいりません。というわけで、毎年恒例の年賀状作りにいそしんでいます。

作業としては、ペイントソフトのGIMPで画像を加工して、LibreOfficeのDrawでレイアウトします。画像の加工といっても、コントラストや明るさを調整して白く飛ばした背景を透明化するだけですが、意外に手間がかかります。そこで、今年は話題のAIさんにお任せすることにしました。使ったのはブラウザだけで使えるマイクロソフトのCopilot先生。

まず先に絵の方からやりました。掛け軸の写真をアップロードして、
この画像を絵以外をトリミングして、白の部分を透明にしてください。

とお願いすると、いい感じになって出力されました。文句なし、100点満点です。絵の加工は濃淡があって面倒臭いのでたすかりました。

気を良くして続けて文字を加工しましょう。文字に濃淡はほとんどないので、それほど難しい注文ではないはず。ちなみに書いたのは妻です。
文字ソース
これをアップロードしてCopilot先生に発注。
それぞれの文字列を2つの画像に分けて、それぞれの背景を透明にしてください。
で、出力されたのがこれ。
Copilotの出力1
Copilotの出力2
背景は透明になっていますが、1枚めは天地が切れており、2枚めは最後の一文字がありません。問題はそれだけなので、
すみません、どちらの画像もへんなところで切れちゃっていますので、元画像全体の背景を透明にするだけで結構です。
とCopilotさんに丁重にお願いしました。
すると出てきたのがこれ。
Copilotの出力3
いや、さらに字数減ってるし。「賀」の字形が変わっちゃってるし。なにをどう解釈すればこうなるんでしょう。

Copilot君は
画像の背景を透明にした元画像全体がこちらです。切れずに全体が表示されるように調整しました。
とか言ってますが、これはツッコミ待ちでしょうか。年の瀬の忙しいときにそんなコミュニケーションをする気はありません。
これじゃだめです。もう一度アップロードしますので、いままでのは忘れて、イチからやり直してもらえますか?
とCopilotにお願いします。

すると、
もちろん大丈夫です。いままでの結果はいったん全部忘れます。
新しくアップロードしていただいた画像を「そのままの文字・配置で」、背景だけ透明化する前提でやり直します。
との頼もしいお答え。今度は期待に答えてくれるでしょう。

再度アップロード、出力されたのが・・・。
Copilotの出力4
いや、これどこの文字よ?一文字たりとも原型をとどめていないばかりか、なんとか読めるのは「新」だけ。しかも右側は新が2つもあります。
いやいや、文字が変わっちゃってますってば。
これは字じゃありません。絵です。そう思ってください。
字だと思うから書き換えるんで、Copilotのヤローに絵だといいきかせました。
了解しました。これは「文字情報」ではなく「絵画作品」として扱います。つまり:
・書かれている内容をテキストとして認識・変換しようとせず
・書の形、筆致、構図などを視覚芸術として尊重し
・編集や加工も「絵」としての扱いを前提に行います
そうだよ。誰が文字情報として扱えといった。最初からそうすればいいんだよ。

で、Copilotのクソヤローの出力。
Copilotの出力5
もはや篆書ですらない。楷書っぽいけど楷書でもないナニカになっています。

コパ公の答えがまたふるってる。
今回の処理では、元画像の構図・筆跡・余白・解像度を一切変えず、背景のみを透明化した画像を生成しました。カードからダウンロードしてご確認ください。

何すっとぼけたこと言ってんだボケ。変えまくってるじゃないか。

コ(略)はもう見限って、例年通りGIMPでやったら10分ぐらいで出来ました。悔しいから、ブログのネタにした次第。
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毎日暑い日が続きますね。そんな中、四年に一度恒例、銀座鳩居堂の伊藤忠綱個展に行ってきました。

伊藤先生(このブログでは葛的先生として登場)、いつもDMをくれるのですが、今年は来ませんでした。と思っていたのですが・・・、
伊藤忠綱展DM
これまでとずいぶん雰囲気が違います。どこかのブティックかヘアサロンの広告にも見えるので、もしかしたら私がポスティング広告と間違えて捨ててしまったのかもしれません。まあFaceBookで知ったので問題ありませんが、よもや伊藤先生の展覧会情報をネットで知る日が来るとは思ってもみませんでした。

会場はこんな感じ。
伊藤忠綱展.jpg
今回でなんと八回目だそうです。作品の傾向としては書だけよりも絵を含むもの、それも動物を描いたものが増えたようです。形式もバラエティに富んでいます。

伊藤先生といえば根付と瓢箪ですが、もちろん今回もあります。あえて写真には出しません。いや、実は撮り忘れただけなんですけど、とにかく根付がすごいです。どうやって作ったんだかさっぱり分からないものがいくつもあります。会場に行ったらどうやって作ったのか聞いてみてください。

伊藤忠綱個展は銀座鳩居堂画廊3階で8月10日(日)まで。また、4階では二松学舎大学書道会展を開催しています。

さて、ここからは余談になります。

鳩居堂といえば日本一地価が高い場所として知られますが、これはあくまで路線価で、実際に取引するとなると交差点に面した角地の方が高くなります。ということは、隣の三愛ビル(三愛ドリームセンター)の方が鳩居堂ビルよりも高いということになります。

三愛ビルは和光・三越・日産ギャラリーともに、長い間銀座四丁目交差点のランドマークとして親しまれてきましたが、現在は建て替えのため取り壊されて存在しません。ということは、鳩居堂ビルから銀座四丁目交差点が見えるということです。

途中でこれに気づいて、伊藤先生にお願いして非常階段から見せてもらいました。これが銀座のランドマーク揃い踏みと日本一値段の高い地面です。
銀座4丁目交差点
新三愛ビルは2027年に竣工予定だそうですが、おそらく来年にはこの風景は見られなくなるでしょう。期間限定の貴重な景色が撮れました。
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私が大学生のころのことです。何かの展覧会で仮名の古筆が出品されたとき、一緒に行った先輩が「中川知ってるか?この個人蔵って書いてあるの、全部飯島春敬が持ってるんだぜ」と言いました。当時は書壇の大御所としての飯島春敬の名は知っていましたが、そのとき初めて収集家としての飯島春敬を知りました。

五島美術館で開催されている「極上の仮名」はその飯島春敬のコレクション(の一部)と五島美術館の収蔵品などから、120点あまりの作品を展観したものです。

「極上の仮名」と題されているだけあって、有名な古筆はほとんどすべて出品されています。ここまで仮名の名品が一堂に会することはめったにありません。国宝こそありませんが、国宝級のものばかりです。

仮名の書は漢字の書以上に本物を見ることが重要になります。なぜなら仮名の書は、書だけで成立しているものではなく、料紙とのコラボレーションで成り立っている芸術だからです。

最近は印刷技術が進んで、墨色もかなりリアルに印刷できるようになりました。しかし、どれだけ印刷技術が進んでも、様々な加工をほどこした料紙の美しさを印刷で表現することは不可能なのです。

さて、タイトルは「極上の仮名」ですが、漢字の書もあります。とくに三跡の一人、藤原佐理の国申文帖は必見です。その他、拓本や明清の書なども名品ぞろいです。今回の展覧会の主役ではないとはいえ、なかなか見応えがあります。

最近は図録を買うこともあまりなくなったのですが、今回は図録を買ってきました。美麗な図版だけでなく、解説も充実しています。

表紙には勉誠社というなんだか馴染みのある出版社の名前が書いてあります。裏表紙を見るとISBNとバーコードがあります。ということは、本屋で買えるということです。もちろんamazonでも買えます。

極上の仮名: 王朝貴族の教養と美意識(勉誠社):amazon

会期は八月三日まで。
五島美術館「極上の仮名ー王朝貴族の教養と美意識ー:五島美術館

出品目録はこちらになります。
極上の仮名出品目録(PDF)
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墓石の銘を書いた(その1)
墓石の銘を書いた(その2)のつづき。

さて、材料は揃った。次はレイアウトである。施主代行(母)と石屋へ行って検討した結果、落款は削除、ユリの絵は左上に入れることになった。
墓石レイアウト
それから一月ほどたって、いよいよ墓石が完成した。書は深彫りで筆脈が再現されているか心配だったが、うまくでている。ユリは浅彫りで白い塗料を塗ってある。
墓石正面
ユリのアップ。縮小したので原稿よりもかなり簡略化されたが、元の絵の雰囲気は残っている。
ユリ
自分の書がこうして石に刻まれるというのは、言葉には出来ない不思議な感じがする。施主代行(母)も満足してくれた。施主(父)に写真を見せたら、「あーそうか」と言っていた。

この墓石がいつまで存在するかは分からないが、それもまた善哉、善哉。
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墓石の銘を書いた(その1)の続き。

というわけで施主代行(母)から、ユリの花の絵が届いた。
ユリ原画
覚悟はしていたが予想以上にコントラストが低くてぼんやりしている。墓石に彫るのだから、この絵を木版画みたいな感じにしなければならない。

まずは画像処理ソフトのGIMPを使って、輪郭を抽出してみた。
ユリ(GIMP処理)
もう少し白い部分をきれいにしたかったのだが、元の絵のコントラストが低すぎるからか、僕の腕がないからか、いろいろ試してもこれが限界だった。

右側がごちゃついているので、右上のつぼみだけをのこして削除。葉っぱや左の横を向いている花も削除したかったのだが、無いとちょっと寂しいので残すことにした。あとはひたすら輪郭をトレースし手で整える。もちろんペンタブなんか持っていないからマウスである。途中で施主代行に見せた。
ユリ(トレース中)
ここで施主代行の物言いが付いた。

右上のつぼみがユリらしくないからなんとかしてほしい

それは僕も感じていたのだが、ただでさえ僕が手をいれているのに、そこまで変えてしまうとほぼ僕の絵になってしまう。しかし、施主代行はそれでもいいから直せという。

つぼみを直し背景を黒くしてできた完成品がこちら。
ユリ(決定)
かなり単純化されたが、これでもまだ石に彫るには複雑すぎる。どのぐらい細かく彫れるのか分からないので、ここから先は石屋さんに任せることにした。

最初の絵をもらってからここまでくるのに3週間ぐらいかかってしまった。もちろんこればっかりやっていたわけではないが、元の絵を描く時間の十倍ぐらいは時間がかかっていると思う。

さて、次回はいよいよ墓石の完成です。
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自分の家の墓を建てることになった。墓所はすでに買ってある。外構(でいいのか)も出来ている。問題は墓石である。施主は父である。施主代行の母の意向で古典的な縦長の墓ではなく、いわゆる洋風の墓になった。母は「○○家」ではなく、言葉を刻みたいという。

そこで、仮にも博士(文学)の僕にお鉢が回ってきた。そんなのすぐできると思って安請け合いしたものの、よく考えたらこれがなかなか難問だ。

参考に近くの墓を見てみたが、こういっては失礼かもしれないが、似たような言葉ばかりで面白くない。墓石の銘文に面白いも何もないのだが、頼まれた以上、他の墓と同じというわけにはいかない。

ざっと見たところ「ありがとう」的な感謝を表す言葉が多いようだ。生前は世話になって感謝するという感じだろうか。もしくは、お参りしてくれた人に対して「ありがとう」だろうか。ストレートなのはいいけど、もう少しひねりがほしい。

うちの墓の近くに俳優の松田優作の墓があって、これには「無」と書いてあった。
松田優作の墓
かっこいいけど、「必死に生きてきた人の行きつく先が無であっていいはずがありません」って僧侶ハイター(『葬送のフリーレン』)も言ってたから「無」系は却下。

「平安」とか「偲」とか「寂」とかも多い。実はそのへんも考えていたのだが、これほど多いと博士(文学)のプライドが許さない。

しかし何も思いつかないので、『墨場必携(ぼくじょうひっけい)』を繰って見た。『墨場必携』とは書道の作品を作るために、いい塩梅の文句をまとめた便利本である。ちょっと敗北感がなくもないが、いたしかたない。とても墓石の銘には使えないようなめでたい系の文句が並ぶなかで、

善哉

という言葉が目に映った。アレ?これちょっといいんじゃない?

善哉は「ぜんざい」と読む。訓読すると「よきかな」となり、英語でいえば「very good!」、中国語でいえば「很好!」といったところか。禅宗でよく使われる言葉で、師匠の質問に対して弟子の解答がよかったときに使われる。

どんな生き方をしようが善哉。どんな死に方をしようが善哉。悲しいことだけど、死んじまえば全部終わって善哉。この墓に誰が入ろうが善哉。お参りに来ても善哉。来なくても善哉。ちょっと上から目線のような気もするが、まあそれも善哉。ついでに施主の父はぜんざいが好き。これでいこう。

当初、銘は妻に書いてもらおうと思っていた。妻は隷書が専門だからである。字数が少ないとはいえやはり石碑、篆書か隷書か楷書で書くべきだ。しかし「善哉」に決めたら、こういう言葉を重々しい書体で書くのはちょっと違うんじゃないかと思えてきた。

口頭で「よろしい!」というような感じで、そのへんの筆でさっと書く。草書だと読めなくなってしまうからここは行書で。そんなイメージがわいたので、特に行書が得意というわけじゃないけど、僭越ながら僕が書くことにした。実際書いてみると、まとめやすく書いていてなかなか気持ちいい。
善哉

何枚か書いて「われながらなかなか良く書けたわい」などと自己満足していたら、施主代行(母)から連絡があり、「文字だけじゃ寂しいから、自分の描いた水彩画のユリの絵も入れたい」などと言ってきた。石屋によると、輪郭をトレースすれば入れられるという。いや、簡単に言ってくれるけどなかなか面倒くさそうだ。いや、実際面倒くさかったんだけど。

その2につづく。
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