カテゴリ: 篆刻

中国では、元素すべてに漢字一文字・一音節が当てられている。

元素の中国語名称:Wikipedia

部首によって、それが常温で気体なのか、液体なのか、金属なのか、ひと目で分かるスグレモノだが、いかんせん、見たことのない漢字が多すぎる。中国の高校生(中学生?)は、これを全部覚えなきゃいけないのだろうか。もうしそうだとしたら、つい頬を赤らめて「私、日本人でよかった」とか思ってしまう。

ということは、新しく発見された元素にも、漢字と音を当てなければならないわけである。新しく発見された元素といえば、なんといっても「日本」が由来になったニホニウム。この字はすでに今年の2月に決まっており、昨日、音(ni3)が決まった。

113番元素ニホニウム(Nh)の中国語漢字が決定!:ユーウェン中国語講座
中科院等公布4个新元素中文名:科学網新聞

ニホニウム

なんだか親しみのわく字だなと思ったら、篆刻でお馴染みの字だった。

「鉨」は、ユーウェンさんのブログにもあるように、「璽」の異体字である。だが、ただの異体字ではない。

「璽」と「鉨」は一見似ても似つかないが、「爾」と「尓」は同じ「ジ」という音を表していて、異体字の関係にある。漢字は部品の位置が変わることがあるので(峯と峰など)、この2つの字の違いは「玉」か「金」かというだけである。

始皇帝が中国を統一する以前、「鉨」は現在の「印」と同じ意味で使われていた。当時の印は金属製だったので、金偏になっている。

秦以降、皇帝が使う印は玉で作っため、「璽」と書くようになった。いわゆる玉璽である。これ以降、「璽」は皇帝専用になり、そうでないハンコはすべて「印」を使うようになった。

そんなわけで、今でも姓名印を刻る場合、金文などの古い文字を使う場合は「○○○鉨」、小篆や印篆書を使う場合は「○○○印」とするのが作法になっている。

例えば、次の印影は僕の落款印だが、左は古鉨風なので「聡鉨」、右は漢印風なので「中聡之印(回文印といい、右上・左上・左下・右下の順に読む)となっている。
印

ただし、本来「璽」の発音はxi3なので、玉璽を意味するときはxi3、ニホニウムを意味する時はni3と、2つの音ができたことになる。
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篆刻でもしましょうか(その6・┛)の続き。

さて、いよいよ仕上げ。印を捺したら、問題点を見つけて、そこを補刀する。陰影に、マジックなどで印を付けると分かりやすい。

下の写真は、後から印(しるし)をつけたもの。ついでに撃辺(周辺部の意図的な欠け)を入れる所にも印を入れてみた。
補刀A
白文の方は、線自体にはあまり手を入れず、刻り残しを取るようにした。
補刀B
朱文の方は、刻り残しを取るのは当然だが、全体に線が太くなってしまったので、全体にもう少し細くしたい。

問題はどこに撃辺は入れる場所が難しい。僕の場合、

・全体を見て白っぽい所に多く入れる。
・文字の欠けの多い所に入れる。

ようにしている。

白っぽいところに入れるのは、メリハリが必要だからである。欠けの多い所に撃辺を入れると、失敗感が無くなる。ハデに撃辺を入れるのを好む人もいるが、僕はあまりわざとらしいのは好きではないので、印刀で軽く叩く程度にする。

そういう視点で見ると、白文「寒来暑往」は右下の「来」以外の三文字が白っぽい。特に「暑」「寒」は画数が多く、うまく刻れていない。ここを撃辺でごまかす。

朱文「秋収冬蔵」は、右下「収」が白っぽくなっている。このあたりに撃辺を多く入れてさらに白くする。実は、すでにワクも細くしてある。

てなことを考えて、完成したのが、これ。こういうと、一度でこうなったようだが、実は、捺して補刀してという作業を4回ほど繰り返している。前の印影よりも、印泥が付きすぎてしまったので、ちょっと印象が変わってしまった。

寒来暑往
秋収冬蔵
まだ気に入らないところもあるが、あんまり補刀して、全然違うものになってしまうのもどうかと思うので、今回はこのぐらいにして、一応完成ということにしておこう。

あとは仕上げに側款を刻る。側款とは書道でいう落款のことだが・・・印を学校に置いて来ちゃったので、これ以上できない。今年はこれでおしまい。
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篆刻でもしましょうか(その5・刻る)の続き。

刻り上がってから随分経ってしまった。申し訳ない。さて、次にすることは、いうまでもなく印を捺すことである。まずは、水で残った墨を洗い流し、乾かしてから捺す。

捺すときに、認印では朱肉を使うが、篆刻では印泥を使う。
印泥
「泥」というだけあって、一般の朱肉と違いドロドロしている。よもぎの繊維(もぐさ)と油と朱砂で出来ているそうだ。時間が経つと油が浮いてしまうので、ときどき練らなければならない。もちろん、買ったばっかりのときも練る必要がある。

印泥にはさまざまな種類があるが、西泠印社のものが一般的だ。値段もサイズも色もさまざまだが、2両装以上が使いやすいだろう。

上の写真で見ても分かるように、どろどろなので、片手で印盒(いんごう・印泥の入っている容器)を持ち、もう片手に印を持って、軽やかに繰り返し、まんべんなく印面に付ける。この時、軽やかにやらないと、印面から毛が生える。その場合は、一旦拭いて付け直したほうがいい。

印泥は付け足りなくてもダメだが、付けすぎてもダメだ。足りないと、霜降りになってしまって論外、多すぎると、カブってしまい、うまく刻れていても、線がなまくらになってしまう。気温によって硬さが変わるので、なかなか難しい。

印泥を付けたらいよいよ捺す。これを「┛(けんいん)」という。「─廚任△辰董嵶襦廚任呂覆い里巴躇奸ゴム印ではないので、下に少しやわらかいものを敷く。あくまで「少し」で、柔らかすぎるとめり込んでしまってきれいに押せない。「印褥(いんじょく)」という専用のものもあるが、なければ、硬い平らな面の上に、半紙などの紙を数枚重ねて敷いてもよい。

印を静かに真上から紙の上に置いて、力をかける。ブレないように注意しよう。離すときは真上に離すこと。人は四角いハンコを持つと、「バーン」と押したくなるものらしいが、ゆっくり丁寧にやらないと、うまく捺せない。

上手く捺せるようになるには、経験を必要とする・・・などと偉そうなことを言っているが、実は僕もあまり得意ではない。篆刻で、一番難しいのは┛だと思う。

さて、捺してみた。
寒来暑往1st秋収冬蔵1st
うーん、ちょっと印泥が足りなかったようだ。

もちろん、これで終わりではない。どちらも刻り残しがあるし、思ったように刻れていない部分もある。次は、印影を見ながら、修正を加えていく。これを「補刀(ほとう)」という。また、中の文字に比べて、まわりが真っ直ぐすぎるので、意図的に欠けを加える。これを「撃辺(げきへん)」という。

それは次回の講釈で。

篆刻でもしましょうか(その7・補刀と撃辺)に続く。
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篆刻でもしましょうか(その4・布字する)の続き。

それでは、刻(ほ)ってみよう。使う道具はこれ。印刀という。
印刀
印刀にはいろいろなタイプがあるが、初めての人は上の写真にある永字牌の9mm一択でよい。

9mmというのは印刀の幅である。初めて見ると、かなり大きく感じられるが、これぐらいの方が力をかけやすい。使うのは角なので、これで小さな印も刻れる。印の大きさにしたがって印刀を使い分けることはあまりない。

印刀と印材があれば、刻れるのだが、印を固定する「印床」を使う人もいる。僕は基本的にこれを使わない。印を刻るときは、印材を何度も回転させるので、邪魔くさいからである。

僕の場合、印刀をこんなふうに持つ。僕の持ち方は全くの自己流なので、参考にならないかもしれないが、ようは印刀の角の部分で刻る。
僕の持ち方
上の写真では、手前に刻っていくことを想定している。

印刀は刃物だから、刃のある方向にしか刻れない。横から見るとこういう動かし方になる。
印刀を動かす方向
刃物を使い慣れている人なら、自然にPush方向に動かすが、そうでない人はPull方向に動かしてしまいがちだ。こちらには刃がないので、キズが付くだけである。僕はこれを「峰打ち」と呼んでいる。

上から見たところ。印刀は右に少し傾ける。この図はちょっと傾けすぎたかもしれない。最初の写真ぐらいがいいだろう。
印刀と線の関係
白い線が刻った痕である。手前方向に刻っていくと、右側が直線になり、左側に波ができる。

Fig.2は手前に向けて刻る方法を描いているが、手前から向こうでも、横でもかまわない。日本人はFig.2の方向に刻る人が多いが、中国人は右から左に刻る人が多いそうだ。当然、左利きの人は左右が逆になる。

次に印材を180度回転させて、反対側から刻ると・・・
一本の線を刻る
このような線になる。あとは真ん中の黒く残った部分を適当にさらってやれば、一本の線が完成する。線の幅が狭いときは真ん中は残らない。

ゴム印ではないから、あんまりきれいに刻れていても面白くない。刻る音がごりごり聞こえるぐらい大胆にやる。多少の欠けは気にしない。味である。大概の失敗は味でごまかすのが篆刻の基本である。

さて、全部刻ると、こんな感じになる。
刻りあがり

ここでは、白文の刻り方を例にとったが、朱文はこの応用でできる。直線になる方が文字の線に、波の方が余白になるようにすればいい。

さて、それでは捺してみましょう。
篆刻でもしましょうか(その6・┛)に続く。
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篆刻でもしましょうか(その3・印稿を作る)の続き。

印稿ができたら、それを印面に書き込む。これを「布字」という。いよいよ印材の登場だ。

説明するまでもないが、印を刻る石を印材という。一個数百円のものから、何百万円もするものまであるが、よほどの大富豪でないかぎり、浙江省産の青田石(せいでんせき)や内モンゴル産の巴林石(ぱりんせき)などを使う。

参考のため、アマゾンのアフィリを付けておくが、硬さや不純物に個体差があるので、できるだけ通信販売ではなく、書道具屋で買ったほうがいい。石の質は経験を積めばある程度見極めがつくが、こればっかりは簡単に説明できない。おおむね、食ったらうまそうに見える石は刻りやすい。青田石の場合、良い印材ほど舟和の芋ようかんに似ている。


さて、いよいよ印材に書き込むわけだが、その前に、印面を平らにならす作業をしなければならない。

800番ぐらいの耐水ペーパーを平らな面に置き、水をかけて印面を磨く。鏡やガラスなどの上がよいと言われる。丁寧にやらないと、四隅がまるくなってしまうので注意。円を描くように丸く磨く人と、前後に磨く人がいるが、僕は前後に動かす派である。


昔は買ってきた印材の面が、どう見ても平らでなかったり、のこぎりで切ったキズがあったりして、荒いペーパーから細かいものへ順番にかけていったものだが、最近は最初から平らになっているものが多いので、それほどしつこくやる必要はない。

さて、印面を磨いたら、白文なら朱墨を、朱文なら墨を印面に塗る。あとは、前回の印稿と同じ。印稿の文字を左右反転させて、鏡で確認しつつ何度も修正しつつ書き込んでいく。口で言うと難しそうだが、篆書は水平・垂直・左右対称が基本なので、それほど難しくない。このとき、印稿よりもいい感じになっちゃうことがあるが、それはそれでよい。

で、できたのがこれ。
布字布字2

さて、次回はいよいよ刻ります。刻りまくります。
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前回の篆刻でもしましょうか(その2・印稿の前に)を踏まえて、印の完成予想図である印稿を作ってみよう。

まず、どのような順番で文字を並べるかだが、4文字の場合、通常は次のような順番で並べる。
通常の配置
別の並べ方として、次のようなものもある。たとえば「一期一会」を普通の並べ方にすると、上半分ばかりスカスカになってしまう。そういうときは図のように反時計回りにぐるっと配置にする。これを回文印という。
回文印
二文字の場合は左右に並べる。篆書は本来縦長なので、印面が正方形であるかぎり、縦に並べることはない。左右に並べる場合、右から左へ読めるようにする。縦書の場合、上から下、右から左へ読んでいくから、二文字だとこうなるのである。
二文字
今回はいずれも4文字なので、最初の並べ方で問題ない。

印稿は人によって様々な作り方がある。筆で半紙などにいくつも書く人もいるし、鉛筆などで作る人もいる。今ならパソコンで作ることもできる。しかし、ここでは、多くの入門書に書かれている、墨と朱墨で推敲する方法をとることにする。この方法は、なんだかんだ言っても、章法(収め方)を学ぶのには一番適切な方法だと思う。

必要なのは、ハガキのような厚紙と、墨、朱墨、それぞれの硯、小筆である。

墨は普段使っている墨汁でもいいし、磨ってもよい。朱墨は、添削用の液体朱墨では薄いので、固形の朱墨を使う。したがって、硯は墨と朱墨用の二面必要である。篆刻用の二面硯というのもあるが、硯を二面使うよりも使いにくいので僕は使っていない。

まず、厚紙を墨で真っ黒に塗る。印材の大きさを鉛筆などでとり、白文(字が白くなる)なら、その大きさを朱で塗って、墨で印面を書き込む。朱文(字が赤くなる)なら、そのまま朱で書き込む。朱を塗ったり、墨を塗ったりを繰り返して、文字の位置や線の太さを調整し、推敲する。

実際やってみると、ほんの少し書き換えただけで、印象が変わるのが分かる。初心者は早く刻りたい一心で、いい加減にやってしまいがちだが、印の良し悪しが理解できてくると、この工程が一番楽しい。

で、今回作ったのが、これ。実際のサイズは前回のエントリの漢印とほぼ同じ、2.4cm四方(8分という)である。
印稿
上が「寒来暑往」で白文、下が「秋収冬蔵」で朱文。白文は文字の線を太く、朱文は細くがセオリーである。

朱文の場合、印全体のワクを取る必要があり、このワクの太さも、作品を構成する重要な要素になる。古璽風の場合はワクを文字よりも太くするが、漢印風の場合はワクは細くなるのが基本。ただし、四辺すべて同じ太さにする必要はない。

「寒来暑往」は、「寒暑往」は横画がやたらと多く、右下の「来」がちょっと目立つ。これをうまく調和させて、なおかつ変化のポイントとしよう・・・。

とか、

「秋収冬蔵」は、画数の多い字と少ない字がいい塩梅で並んでいる。逆に言うと、普通に並べちゃうと、つまらない印になってしまうから、空間の多い「収」を利用して、粗密の変化を付けよう。ワクも右下が細くなるようにしよう・・・。

などと考えて作ってみた。

もちろん、僕にこの通り刻れる腕はないし、実際に刻ってみると、思わぬ欠けが出来てしまうことも多い。それはそのときの成り行きで対処する。印稿は一つの理想であって、本当のゴールではないので、それでいいと思っている。

実は、こんな印稿を作るのは久しぶりだが、どうにも見づらい。もともと目が悪いので、普段老眼を感じることはなかったが、篆刻をやると如実に分かる。

さて、次はこれを左右反転して印面に書き込む。これを布字という。
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篆刻でもしましょうか(その1・検字)の続き。

文字を調べたら、今度は実際の印面にどのように並べるかを考える。この、〈完成予想図〉を「印稿」という。印の良し悪しの要となるもので、もっともセンスが問われるところである。では、どのように並べればいいのだろうか。

ある人が、「ネットで篆刻を販売している人がいるが、ひどい人ばかりだ」と言っていたので、いくつか検索してみたら、そのとおりだった。分かっている人が見れば素人以下、僕の生徒(高校生)が初めて刻った印よりもひどいものを平気で売っている。買う人は、良し悪しが分からないから、それでも買ってしまうのだろう。

良し悪しが分からないのは、評価の基準となるものを知らないからである。書はたいがいの人が、なにかしら〈上手な書〉を見ている。それが基準となるから、ある程度(あくまである程度だが)は良し悪しが分かる。だが、基準となる印がどんな印かは知らない人が多い。

書で基準となるのは王羲之だの顔真卿だのの古典である。篆刻の場合、清朝の文人たちの作や近代の篆刻家の作品も古典になるが、それももとを正せば、おおむね古鉨と漢印の2つになる。まず、それを抑えておかないと、まともな印稿は作れない。

1・古璽
古璽
「❏(立+歨)都右司馬」(『十鐘山房印挙』より)

上の印は、古璽の官印(官職を記した公的な印)で、右に「❏(立+歨)都右」の三文字、右に「司馬」の二文字入れられている。なお、実際のサイズは2.5cm四方である。

古璽は、正確には「古鉨」と書く。青銅製だから金へんになっている。もともと印はすべて「鉨」だったのだが、皇帝だけが玉で作るようになって、それを「璽」とし、それ以外はすべて「印」と表記するようになった。表示の問題もあるので、以下「古璽」とする。

古璽は、中国の戦国時代に使われた印である。独特のユニークな字形を持っていて、配置の仕方や空間のあけ方もおもしろい。形式もバラエティに富んでいて、正方形でないものも多く、漢印には少ない、朱文(字が赤くなる)のものも多い。

2・漢印
漢印
「軍司馬印」(『十鐘山房印挙』より)

上の印は漢印の官印。実際の大きさは2.3cm四方。その名の通り、漢代の印である。いうまでもなく右に「軍司」左に「馬印」となっている。日本人におなじみ、漢委奴国王の金印も漢印の官印である。

正方形の中に規則正しく文字が配置されていて、字形もそれに合わせて四角くなっている。官職名を刻した漢印の場合、前漢のものは4文字、後漢のものは5文字になっていることが多い。

篆刻作品をつくる場合、どちらをベースにするかは自由だが、古璽風に作るのはなかなか難しい。古璽にはたまらない魅力があるが、今回は説明しやすく、初心者に優しい漢印をベースにする。

そこで、もう少し細かく、先の「軍司馬印」を見ていこう。
漢印(グリッド付き)
基本的には次のようなことが基本になる。
  • 余白は少なく、印面いっぱいに配置する。
  • 水平・垂直。
  • 並行・等間隔。
  • すべて同じ太さ。

文字同士の線の位置関係がわかりやすくなるように、上の図では補助線を引いてみた。上下、左右の隣の字の画が、ほぼ同じ位置にあるのが分かるだろう。

ただし、厳密に同じではなく微妙にずれている。全く同じにしてしまうと、無機質なつまらないものになる。逆に完全にずれてしまうと、調和が失われる。漢印風の印を作るには、文字同士の対応をどうとるかが重要なのである。これは、線の太さや、長さ、曲がり具合などにも同じことが言える。

というわけで、次はこれを踏まえて、次は実際に印稿を作ってみよう。

篆刻でもしましょうか(その3・印稿を作る)に続く。
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今年も授業で篆刻をやる季節がやってきた。そこで、いい機会なので、篆刻のやり方を書くことにする。

篆刻とは、印を刻(ほ)ることである。中国では、明代末、刻りやすい石の素材が出てきた。そこから、職人ではない文人が詩・書・画と並ぶ芸術として、篆刻が発達したのである。

そのころ、考証学という実証的な学問が勃興してきた。そこから、漢字のなりたちや変遷を考える文字学も学問の対象とされ、その影響で、最も古い書体である篆書を用いる篆刻も流行した。つまり、篆刻と文字学は表裏一体のもので、篆刻は単なる造形芸術ではなく、教養も問われるものなのだ。

さて、そのあたりも踏まえて、実際に作品を作ってみよう。

まず、何を刻るかだが、前に「千字文を全部刻る(今年の作品:2014年01月14日)」と大口をたたいたものの、四句だけ刻って中断している。そこで、その続きを刻ることにする。文句は「寒来暑往」「秋収冬蔵」だから、季節的にもちょうどいいだろう。

篆刻を始める上で、最初にするのが〈検字〉である。簡単に言えば、字典を引いて、文字を調べることだが、実は一番やっかいで、これだけで一冊本が書けるほど(僕にはムリだけど)である。

検字がやっかいな理由は2つある。

まず一つは、現在使われている文字が存在しないことがあるということだ。篆書は今から二千年以上前に使われていた書体である。当然、それ以降にできた漢字は存在しない。もちろん、日本でできた国字も存在しない。

そのような場合、勝手に偏旁を組み合わせて字を作ってはいけない。その字に該当する字があったかもしれないからだ。そこで、『説文解字』など、様々な字書や研究書に当たって、文字の成り立ちを調べることになる。もっとも、「寒来暑往」「秋収冬蔵」なら、篆書の時代から文字が存在するので問題ない。

もう一つの問題は字形である。楷書に異体字があるように、篆書にも様々な字形がある。篆書は甲骨文・金文の時代から長い歴史を持ち、秦の始皇帝が統一するまでは、地方によっても字形が違っていた。逆に、漢代になると、怪しい字が増えてくる。

一つの印に、違う時代の字形がまざると、違和感がでてくる。たとえ同じ時代の字であっても、おかしな字は存在するので、なるべくそういう字は使わない方がいい。これを見極めるには、知識と経験が必要となる。

これを説明するのはきりがないので、今回は最初から用例が絞られている字典を使うことにする。今回、僕が授業で使っている『標準篆刻篆書字典』(牛窪梧十編・二玄社)を使うことにする。
二玄社標準篆刻篆書字典

本格的にやるにはもの足りないが、ズブの初心者が〈おかしな印〉を作らないためには、このあたりから始めるのがいいだろう。

さて、「寒来暑往」の「寒」の字は、この字典では次のようになっている。
寒
一番左に、「小篆」とあるのは秦代に始皇帝が統一した字形(厳密にいえば、漢代の字書『説文解字』の字形)、「印篆」とあるのは漢代に印の文字として使われた字形、「金文」は周代の青銅器の字形、「古鉨」とあるのは戦国時代の字形である。

ちなみに、「古鉨」の「鉨」は「璽」の異体字で、昔は銅で作られていたので金偏だった。後に玉でつくられるようになったので、今では「璽」と書く。現在でも日本の天皇が使っているのは「玉璽」という。

話がそれたが、この字典では、横の列を統一して使うと、〈おかしな印〉にはならないようにできている。例えば、「寒」を小篆にしたら、「来暑往」もすべて小篆にすればよいという寸法だ。こうして、一字一字、すべて調べていく。

その2・印稿の前に」に続く。
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毎年恒例の教員展(今月は1月10日〜12日)だが、今年の出品作品は篆刻にした。

最近、何か書きたい衝動にかられた言葉や詩を書くようにしている。しかし、今回は12月になってもそういうものがなかった。締め切りが近づいて、いよいよ何か書かなければならないとなって、ふと閃いた。それが千字文である。

千字文は、漢字1000文字を重複することなく一文字ずつ使用し、4言250句の詩にしたものである。簡単に言うと、漢文版のいろは歌みたいなもで、梁の武帝(502〜550)が周興嗣に命じて作らせたものとされる。古くから書道の手本や、漢字を学習するためのテキストとして使われた。

四句だから、篆刻の印面に収めるにはちょうどいい。対句になっているので、白文(字が白)と朱文(字が赤)で対にするといい感じだ。今年は思いついたのが遅かったので、「天地玄黄 宇宙洪荒 日月盈昃 辰宿列張」の四句だけだが、この調子で毎年続けていけば、最後まで62年かかる。107歳まではネタ切れの心配がない。これは素晴らしい。

千字文は古勝隆一さんの「文言基礎」で読んだのだが、途中で仕事が忙しくなって挫折してしまった。これを機会に62年かけてゆっくり読めば、挫折する心配もないだろう。

この機会に、篆刻カテゴリを作った。篆刻の話もボチボチしてみたいと思う。

刻千字文(全体)


天地玄黄 宇宙洪荒
天地玄黄宇宙洪荒

日月盈昃 辰宿列張
日月盈昃辰宿列張


なお、今回の展覧会の様子はこちらをどうぞ。
2013年度教員展
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