カテゴリ: 今月の総括

今月の始め、膝に人工関節を入れる手術のため、父が入院した。手術そのものは大したことではないが、なにしろリハビリに時間がかかる。

現在、父はリハビリ専門病院に入院している。手術した病院では十分なリハビリができないため、転院した方がいいと言われたのだ。当初、手術の立ち会いと退院だけ手伝えばいいと思っていたが、間に転院が入ったから、何度も実家に帰るハメになった。

「たった一回転院しただけで大げさな」と思われるかもしれないが、これがなかなか大変だった。手続きや説明もさることながら、病院とのコミュニケーションがうまくいかなかったのである。父は早く退院したくてしょうがないから、病院の言っていることを間違って解釈してしまう。母はそれを真に受けて病院に不信を抱く。そのたびに、僕が確認をして、父と母に説明をする。しなくていいはずの手間がかかってしまった。

リハビリ専門病院というのは、なかなか手が込んでいる。本人のプロフィールや性格、普段の生活状況だのを細かく聞いてくる。果てはわざわざ家まで来て、階段の数や高さ、トイレや風呂場の状況まで細かく調べて記録していった。これらを総合的に判断して、リハビリのプログラムを立てるそうだ。

正直、父も母もリハビリをナメていたのだが、ここまでしてもらって、やっと重要性が分かってきたようだ。最初は通院でリハビリできると思っていた父も、入院が長引くことを理解したらしい。入院の手続きは正直面倒くさかったが、やったかいがあった。

そんなこんなで、ずいぶんドタバタになってしまった。やはり、それほど難しい手術でなくても、当事者が病院との窓口になるのは避けるべきだと思った。だが、僕たちが今の父ぐらいの年齢になったときはどうだろうか。まだずっと先のことだろうが不安である。
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なんだかんだで、今年のブログ強化月間もカレンダーを埋めることができた。やればできるじゃん。

最後の2日は映画と小説の話になった。『老人Z』は20年前、『百年戦争』は40年前でどちらも古い作品だ。しかし、作品に描かれているものは今にも通じているものが多い。

『老人Z』で描かれる介護問題、Z-001号機はまだ開発されていないばかりか、介護士の不足や待遇の悪さなど、何一つ問題は解決していない。解決していないどころか、ますます悪くなっているような気さえする。20年も前に予想されていたことなのに、一歩も前進していない。

『百年戦争』では、こんなセリフが出てくる。
「原子力開発は危険である、というのが宇宙人に共通した見解だけど、ぼくたちはいわゆる『何でも反対』の反対屋ではないんだ。代りの案はちゃんと用意してある。人類は原子力ではなく、電磁エネルギーを使うべきである、これがぼくたちのご推薦。二十世紀後半から二十一世紀にかけてのエネルギーのおすすめ品。」
昔から原子力の危険性は喧伝されていたが、「代わりの案」がなかった。とくに『百年戦争』の時代はオイルショックの記憶も生々しいころだから、原発反対派は旗色が悪かった。危険でも宇宙人の力を借りなければ止められなかったのである。

しかし現代では、ここでいう「電磁エネルギー(太陽光も電磁波である)」に当たるものも現れてきた。ところが、「代わりの案」があっても原子力を捨てることができない。福島の事故で原発の危険性が可視化され、代替案の技術が進歩しても、まだ多くの人のノーミソの中は40年前と変わっていない。

どちらの問題も、今のほうが現実味があるのに、目を向けまいとしている人が多いようだ。イヤなものから目を背けたくなるのは仕方がないが、どんどん手遅れになってしまう。逆に目を向けている人たちもいる。喫緊の課題だからそれが切実なのは分かるが、必死過ぎて目を背けたい人たちにかえって伝わりにくくなっている。

『百年戦争』も『老人Z』も、共通しているのは軽妙さである。こういう軽妙さを取り戻せないものだろうか。

・・・というわけで、毎日更新も今年は今日で終わり。でもブログはこれからも続けるつもりなので、よろしくお願いします。
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今月、金融庁から、年金だけでは2000万円足りないという報告書が出た。麻生財務大臣は自分が作らせた報告書を受け取らないという、アクロバティックな対応で乗り切ろうとしている。すでに出た報告書を受け取らないとは不思議なこともあったものだ。さしずめ、レポートは提出されたけど、内容が気に食わないから受け取らないということか。受け取ってから評価するのが常識だ。そんな常識すら通じないのが今の内閣である。

「年金だけでは2000万円足りない」と聞いたほとんどの人は、「知らなかった!足りないのか!」ではなく、「やっぱり足りないのか」という気持ちだったのではないか。将来年金がまともに出なくなるだろうという話は20年以上前からあった。非正規労働で国民年金の人も多くなっているし、これだけ少子化が進んでいるのだから、老後年金だけで生活ができると思っていた人は、よほど浮世離れした人だろう。

つまり、報告書は驚くべき事実を知らせてくれたのではなく、誰もがなんとなく予想していたことを裏付けてくれたのである。だから、麻生大臣が受け取ろうが受け取るまいが関係ない。いくら火消しにかかってもムダである。

さて、アホな政治家はほおっておいて、問題は老後の2000万円である。「今まで払ったのだからなんとかせよ」と政府にクレームを付けることは当然すべきだ。しかし、それとは別に、どうせどうにもならないのだから、老後の2000万円をなんとかしなければならない。

40歳以下の若い人たちはあまり心配する必要はないと思う。そのころの日本がどうなっているか、誰にもわからないし、まだまだ先が長いから、お金の勉強をちゃんとすれば、老後の2000万円はそれほど難しい数字ではない。僕は若い人には楽観的なので、ほとんどの人は大丈夫だろうと思っている。

40歳以上の人で、特に資産らしきものがない人は大変だが、それでも老後のリスクを減らす方法はある。それは思ってもみないところにあることが多いから、「もうダメだ」と諦めてはいけない。「思ってもみないこと」を探して、したたかに生きるしかない。

大事なことは、国の言うことなど、一つとして当てにならないということを肝に銘ずることである。どんな政府だろうと信用してはいけない。まして、すでに出た報告書を受け取らないなどという意味不明な対応をする政府は、絶対に信用してはいけない。

さて、明日から7月である。そう、毎年恒例のアノ月がやってきた・・・。
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気がついたら、今月も終わり。十連休を皮切りに、中間考査、体育祭と例年にもまして授業がなかったが、ブログは5回(今回含む)しか更新していない。

3月のニュージーランド旅行もまだ書いていないことがあるし、先週滋賀へ行ってきたので、ネタ自体はあるのだが、どうにも文章がうまく書けなかった。一応手はつけてみるので、書きかけの残骸ばかりが増えて、書かないうちに賞味期限切れになりそうな気がする。

7月のブログ強化月間のネタにすればいいのだが、なかなかそうもいかない。残骸はうまくまとまらないところが書けていないので、7月になったからといって書けるわけではないのだ。

さて、今月はスクールバスを待っている小学生が、刃物を持った男に切りつけられるという痛ましい事件があった。犯人は二人を殺し、そのまま自殺してしまった。犯人はもうこの世にいないので、はっきりとした動機は分からない。それだけに、少ない情報からいろいろ推測されている。僕とほとんど同い年だから、おおいに気にはなる。

なんであれ動機が分かれば安心する気持ちもわかるが、これだけの犯罪の動機は一つではないだろう。おそらく犯人だって動機は分からないのではないか。それを推測してもあまり意味のあることとは思えない。

大事なことは、これからどうするかである。動機が何であれ、頭のおかしいやつは必ず現れる。そういうやつから、どう児童・生徒を守るのか。難しいことだが、それは犯行の動機を考えるよりもよほど大事なことである。
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今月の初め、ニュージランドに行っている最中に新元号が発表され、明日から平成が終わり令和になる。万葉集を由来とするという元号について、思うところがないではないが、それを語るほどの知識も材料も持ち合わせていないので、語るのはやめておく。

昭和から平成になったとき、僕は先日行った(湯島聖堂の孔子祭に行った:2019年04月28日参照)湯島聖堂にいた。元号が決まった時、先輩方が書庫から漢籍を持ってきて、「ここだ、ここだ」とか「なんだ偽書じゃねぇか、微妙だな」とか言っていたのを思い出す。その後、過激派に時限発火装置を仕掛けられたのは以前書いた(過激派に時限発火装置を仕掛けられた話:2016年09月01日)。

そういう場所だから、考案者が誰かということも話題になった。表向きは「有識者が決めた」ということになっていたのだが、この有識者、今回同様漢籍と無関係な人ばかりで、本当の考案者が別にいるのは誰の目にも明らかだった。僕たちの中では、斯文会(湯島聖堂の運営団体)の誰かだろうと噂されていたが、そのころ真相は分からずじまいだった。

最近になって、最終案に残った「平成」が山本達郎氏、「正化」が宇野精一氏、「修文」が目加田誠氏と判明した。宇野氏は当時斯文会の理事長だったから、斯文会の誰かに依頼が来るという噂は本当だったのである。もっとも、平成の対抗馬が正化・修文というのも、頭文字が昭和と同じSになってしまうから、どうにも出来レース感がある。たぶん、まだ隠されている事実があるのだろう。

今回びっくりしたのは、考案者が誰かということが、やたらと話題になっていたことだ。本人が認めたわけではないが、もう考案者は中西進氏という感じで報道されている。あれは秘密ではなかったのか。今回の改元は天皇崩御とセットではないから、そのぐらい盛り上げてもいいと言われればそうかもしれないが、どうも腑に落ちないものがある。

一方で、落選した案を提出した石川忠久氏も、依頼が来たことを認めて、早くからマスコミのインタビューに答えていた。忠久先生らしいなとは思ったが、あまりにもあっさり認めているので、ちょっとびっくりした。

それにしても、忠久先生は現斯文会理事長である。やはりあの噂は本当だったのだ。二連敗だけど。
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今月まずびっくりしたのは、厚生労働省の現職の課長が酔っ払って韓国の金浦空港で暴れ、こともあろうに「I hate Korean!」と騒いだというニュースだ。
韓国の空港で「韓国人は嫌いだ」とヘイトを叫んだ厚労官僚はアベノミクスの旗振り役! 安倍政権下で進む公務員のネトウヨ化:LITERA
あり得ない事件が起こってしまった。19日、厚生労働省の武田康祐・賃金課長課長が韓国・金浦空港で暴行をはたらき、その上「韓国人が嫌いだ!」と騒いで地元警察に身柄を一時拘束されていたことが発覚した件だ。
 武田氏は16日から私用で韓国に渡航していたが、19日、羽田行きの便に搭乗の際、武田氏が酒臭く、泥酔状態にあったために空港職員から搭乗を制止された。このことに腹を立てた武田氏は、「I hate Korean! I hate Korean!」(韓国人が嫌いだ! 韓国人が嫌いだ!)と暴言を吐き、さらに、空港職員の制止を振り切り無理やり搭乗しようとして暴れ、空港職員の足を蹴った上、顔面を殴りかかったのだ。

続いて、世田谷年金事務所の所長が見るもおぞましいヘイトツィートをしていたのが判明した。僕もツィートを読んだが、とても紹介できるものではない。
差別発言繰り返していた有名“ネトウヨ”アカウント、世田谷年金事務所の所長と判明 日本年金機構は男性を更迭:ねとらぼ
以前からTwitterでヘイト書き込みを繰り返していた、有名“ネトウヨ”アカウントが、世田谷年金事務所の男性所長のものであったことが分かり、波紋を呼んでいます。日本年金機構に取材したところ、3月25日付で男性を所長から本部人事部付へと更迭したとのことでした。

もうこれで終わりかと思ったら、今度は立憲民主党から神奈川県議会議員選に出馬予定だった男が、過去の差別的なツィートやブログ記事で公認取り消しになった。これも読んでみたが、おぞましいとしかいいようがない。
差別的ツイートで公認取り消し 立憲民主の県議選候補:カナロコ
県議選の公認候補予定者が過去にSNS(会員制交流サイト)上でヘイトスピーチを繰り広げていたとして、立憲民主党県連は26日、横浜市戸塚区選挙区に出馬予定だった新人の自営業、飯田強氏(43)の公認取り消しを発表した。飯田氏は出馬も取りやめる。

どれもいい(善良なという意味ではない)オッサンで、いい加減分別つきそうな年だ。そんな連中が実は差別主義者で、普通に公務員にいたり、政治家になろうとしたりしていることに驚愕する。

しかし、よく考えてみると、そんなのは昔からいた。だが表には出てこなかった。出て来なかったというより来られなかったのだ。恐るべきは、公共の場で差別をむき出しにできる社会になったということだろう。
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毎年のことだが、2月は28日で終わってしまうから、なんだかあっという間に過ぎてしまう。あれ?もう月末だったのかという感じだ。

先日、チェーン店系のラーメン屋でラーメン食べてたら、そこで働いているお姉さんが、「2月って28日までしかないのね!知らなかったよー。今月給料少ないねー!」と大きな声で喋っているのが聞こえた。どこの国か分からないけど、発音からして、東南アジア系の外国人らしい。

さすがに、2月が30日まである国(そんなのがあるのかどうか知らないけど)から来たとは考えにくい。見た感じ二十歳は過ぎてそうなのに、これまでどんな生活をしてきたのだろうか。

話していた相手は、もう一人の男性店員である。こちらは、名札から察するに、ベトナム人らしい。なんだか迷惑そうな顔をして、適当に答えていた。お互いに日本語で喋っていたので、女性店員はベトナム人ではないのだろう。

最近、都内のコンビニや牛丼屋・ラーメン屋などで働く外国人が増えてきた。名札を見ると、ベトナム人とおぼしき人が多く、その他の東南アジアの国々から来ている人も多いようだ。以前多かった中国人を見ることは少なくなった。これは統計にも出ていて、2017年の時点で、人数的にはあいかわらず中国人がトップだが、ベトナム人・ネパール人が驚異的に伸びている。

「外国人雇用状況」の届出状況まとめ(平成29年10月末現在):厚生労働省
国籍別では、中国が最も多く372,263人(外国人労働者全体の29.1%)。次いでベトナム240,259人(同18.8%)、フィリピン146,798人(同11.5%)の順。対前年伸び率は、ベトナム(39.7%)、ネパール(31.0%)が高い。
しかし、いまだにコンビニなどで働いているのは中国人ばかりだと思いこんでいる人が多い。中国人とベトナム人は、容姿も似ているし、知らない人が聞けば言葉も似ているので、区別がつかなくても不思議はないが、これまでの経験と先入観から中国人だと思ってしまうのだろう。

さて、要するに何を言いたいかといえば、今日は3月1日である。来月から改正入管法が施行されるわけだが・・・そんなこととは全く関係なく、僕も2月が28日までということを忘れていて、2月の総括を今書いている次第。
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本当はいろいろ書きたいこともあったのだが、今月の記事は新年の挨拶と、やたがらすナビの振り返り記事だけになってしまった。

最近、どうも文章を書くのが遅くなってきた。やたがらすナビの振り返り記事なんて、たいしたことが起きていないしから、すぐに書けそうなものだけど、なんだか書いては消し、書いては消しを繰り返して、時間がかかってしまった。

ノーミソの動きが悪いことが原因なのは間違いないが、もう一つ、なるべく批判的なことを書かないように気を使っているのも理由である。

思ったことをそのまま書くと、どうしても批判的なことを書いてしまう。読み直して、そこを削除したり書き換えたりする。すると今度は文章の流れがおかしくなるから、また大幅に書き換える。そんなこんなを繰り返して時間がかかってしまうのだ。

以前は批判的なことも平気で書いていた。今でも批判的なことを書くのが悪いことだとは全く思っていないし、むしろ本当に批判すべきことはしなくちゃいけないと思っている。

しかし、最近Twitterなんかを読んでいて、どうにも批判的な内容がダサく感じてきた。「ダサく感じる」というのも曖昧だが、Twitterに書かれた批判的な文章を読むと、わざわざブログで長い文章を書いているのに、僕が書くこともないと思うのである。

Twitterは字数の制限があるから、回りくどいことは書けない。短くストレートな文章になりやすい。そこがTwitterのいい所なのだが、一方で批判的な内容はどうしても殺伐としたものになる。

ブログは字数の制限がないのだから、せめて殺伐とした批判にはならないようにしたい。僕はもともと口が悪いので、これがなかなか難しい。
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さて、いよいよ大晦日。なんだか今年はあっという間に過ぎてしまった気がする。

昨日の種蒔きの話だが、今年は、蒙求和歌打聞集徒然草を公開し、現在進行中の沙石集はだいたい半分程度まで終わった。予定では年内に宇治拾遺物語のバージョンアップを終えるつもりだったが、これもまだ半分しか進んでいないのが残念だ。

やたがらすナビのアクセス数のうち、63%がスマホによるもので、タブレットも含めると70%になる。どう考えてもスマホ向きの内容ではないサイトだし、そもそもスマホ対応も遅れているのだが、この数字には驚かされる。さらにOSで見たときに、iOS(iPhoneとiPad)によるものが54%でダントツ、次点がWindowsで25%、Androidが17%となっていて、iOSの強さとAndroidの弱さにも驚いた。

いずれにしても、この状況では、サイトをモバイル対応にしなければならないのだが、これがなかなか進まない(去年も同じことを書いていた)。本当はボンヤリと広告が出てきて、スクロールしようとして間違って広告をタップするようなサイトを作りたいのだが(もちろん冗談です)、僕のノーミソが技術の進化に付いていけなくなっているのだろう。

閑話休題。

それにしても、毎年恒例の「今年の漢字」が2004年以来二度目の「災」になるほど、今年は災害の多い年だった。「今年の漢字」の選定理由を見ると、次のように書かれている。
北海道胆振東部地震、大阪府北部地震、島根県西部地震、西日本豪雨、台風21号、24号の直撃、記録的猛暑など、自然「災」害が多発。北海道全域で電力が止まる「ブラックアウト」や、例年より多い 29個の台風が発生、過去最も早い梅雨明けで始まった猛暑など、例年にない規模の「災」害が日本各地で人々の生活を脅かした。来年、新元号を迎えるにあたり、災害による被害が減少することを願った人が多かった。
ここに挙げられた災害を、どのくらい覚えているだろうか。

地震で倒れたブロック塀の下敷きになった小学生、洪水で孤立し水上バイクで助けられた人々、揺れてもいない地域まで電気がこなくなった北海道のブラックアウト、いずれも衝撃的だったが、実はここに書き出すまで僕もよく覚えていなかった。あまりにいろいろありすぎたのもあるが、自分が関わっていない災害というものは、すぐに忘れてしまうものである。

それらの災害から、まだ復旧していない人はいくらでもいる。今年おきた災害だけではない。7年前の東日本大震災の被災者でさえも同じだ。何ができるというわけではないが、まだそういう人たちがいることだけは忘れないようにしたい。

それではよいお年を。
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今月も残す所あと一日、なんだかあっという間に過ぎてしまった。

クリスマスを過ぎた26日、突然トンカチで頭を殴られたように株価が暴落した。日経平均で5%、2万円をあっさり割って一時は1万8000円台に突入した。前日のニューヨーク・ダウの下げもひどく、それを受けたものである。一日でこれだけ下がったのは、リーマンショックぐらいしか記憶にない。だが、あの時と違い、落ちた理由がはっきりしない。

ところが、次の日にはニューヨークも東京もほぼ値を戻してしまった。暴落したあと戻るのはよくある現象で、「dead cat bounce(死んだ猫の跳ね返り)」と言うそうだが、いくらなんでも跳ね返りすぎである。しかし、今月はだらだらと下げていたから、大納会ではアベノミクス始まって以来、7年ぶりの前年末割れだそうだ。

来年どうなるか、このまましばらく下がっていくのか、何かの拍子に上がっていくのか、いろいろまことしやかに予想する人はいるが、どうなるかは誰にも分からない。僕にもある程度の予想はあるが、予想の責任を取る勇気はないので、それをここで開陳する気はない。

ただ、一つだけ言えることは、「ダメなときには種を撒け」ということだ。相場がいつ底をつけるかわからないが、永久に下がり続けることはない。その時のために、一番ダメそうなときに、上がりそうな銘柄を仕込んでおく。上がりそうな銘柄が分からない時は、指数ETFでも買っておけばいい。

これは、投資に限ったことではない。自分のやっていることが、どうにも上手くいかないときは、ひたすら将来へ向けて種を撒く。種はすぐには芽を出さない。ダメなときは将来的に芽が出そうなことをすればいいのだ。

人間、ダメなときに限って、すぐに結果に結びつくことをしようとするものである。ダメなときは何をやってもダメなので、もがけばもがくほど失敗が重なってしまうことが多い。おもしろいことに、時間的な余裕があるはずの若いときほど、ダメなときにムダにもがいてしまう。もったいない話だ。

僕も何度もそんな経験をしてきて、最近やっとそれが間違いであることに気づいた。僕がひたすら古典の電子テキストを作ってるのは、そんな種蒔きの一つだと思ってもらえればいい。

古典文学ほど素性のいい種はない。なにしろ最初から古いから、これ以上古くなることがない。ただ、いつになったら芽を出すか、はたして僕の目の黒いうちに芽を出すかすら分からないけど。
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