カテゴリ: 今月の総括

最近、記憶の時系列が曖昧になってきたことに気付いた。最近だと思ったことが実際はそうでもなかったり、逆にずいぶん昔のことだと思ったことがわりと最近だったりする。

最初は年のせいかと思ったが、よく考えるとそうではない。例えば、中学1年生が中学2年生になったときに小学6年生は遠い昔のように思えるが、中学2年生が3年生生になったときには中学1年生はそう昔には思えなかった。単にそういう経験が増えたということだろう。

そう考えると、コロナ禍も二年目になって、マスクをしていなかったころのことが、もう遠い昔のことのように思える。2000年8月に中国を自転車で走ったのも、2019年の3月にニュージーランドに行ったのも、海外に行けなくなった今はどちらも同じぐらい遠い昔のように思える。

今年はわりと平穏無事に済んだ一年だったが、8月にやった畑を更地に戻す作業は忘れられない。地獄のような暑さの中で、小屋を壊したり、植木を根っこから引っこ抜いたりと、なかなか経験できないことができた。10月以降意外と楽しくできたんじゃないかと思うが、暑くてぜんぜん楽しくなかっただけにより強く記憶に残っている。

もう一つ忘れられないのが、昨日書いた今月の入院である。よく考えたら、どちらもやりたくてやったことではない。だが、これらを除くとまったく平穏な一年だったので、今思えばなかなか貴重な経験である。

さて、やたがらすナビの方は、3月から『醒睡笑』に入り、半分まで終わった。今までやってきたものと違い、近世初期の笑話集である。近世とはいえ江戸幕府が成立してすぐだし、中身は戦国時代以前の話が多いので、それほど中世とは違わないだろうと思っていたが、思った以上に現代に近かった。何が近いかというときりがないのでやめておくが、言葉はもちろんのこと経済・風俗・笑いの方法など、もろもろ現代に通じるものが多い。

その一方で、中世にも現代にもない部分があって、それを理解するのが難しい。基本は笑い話なのだが、どこが面白いのか全く理解できないまま、とりあえずテキストを作成している話もかなりある。ようするに今までと勝手が違うということだが、それがかえって面白い。『醒睡笑』はまだまだ続くので、よろしくお願いします。

最後に一言、

変な物が見えたらすぐに眼科に行け!

それでは良いお年を!
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今月の総括といえば、当然網膜剥離の入院・手術のことになる。

コロナの感染者数も減少する中、まさかこんな災難に合うとは思ってもみなかった。こういう病気はもっと年を取ってからなるもんだと思っていたが、気がついたらいい年になっていたということだろう。幸い、目玉の中に入っていた空気はすべて吸収され、今は普通に見える。白内障手術もしたため視力が変わってしまったのでちょっと見づらいが、いずれ完治したらメガネを作り変えれば問題ない。

さて、今回入院したのは昭和大学病院付属東病院である。自宅から徒歩15分ほどで行かれる場所で、いい病院が近所にあってよかった。昔と違い病室から携帯電話をかけてもいいし、病院内にコンビニもある。もちろん自販機も各階にある。メシも三食とも十分な量でなかなか美味い。給食に関しては僕は(食う方の)エキスパートだが、これまで食べた給食の中でも一・二位を争う美味さである。難点といえばタバコが全く吸えないことぐらいだが、これは社会の趨勢だから仕方がない。
病院の夕食
実はこれは人生初めての入院ではない。今を去ること35年前、大学に入学する直前に10日ほど、実家のある埼玉の病院に入院したことがある。

その時は、コンビニなんか論外、唯一買えるのは自販機の飲み物だが、それも藤沢薬品の気配館などという病院特有のわけのわからんものだった。ちなみに、気配館は「けはいかん」ではなく「きくばりかん」と読む。もちろんメシも不味くて、おまけにやたらと夕食の時間が早かった。スマホどころか携帯電話もない時代なので、本を読むかラジオを聞くぐらいしか時間をつぶす術がなかった。

それからくらべると、今回の入院生活ははるかに快適である。だから贅沢を言っちゃいけないが、35年前の入院とは決定的な違いがあった。それは今がコロナの真っ最中だということだ。

まず、入院する前にPCR検査がある。PCR検査の後は病院から一歩も出ることはできない。最初に行った眼科から「入院覚悟で朝イチで行け」と言われていたが、前の晩とにかく学校の仕事を片付けなければならなかったので、覚悟ばかりで準備は十分ではない。だが、PCR検査を受けてしまったので、取りに帰ることもできない。

もちろん、面会もできない。妻に差し入れをリクエストしたが、直接の受け渡しはできない。お見舞いの人が誰も来ないから、昼間の病棟は患者と看護師ばかりある。静かなのはいいのだが、なんだか寂しい。

それなら患者同士で仲良くなればよさそうなものだが、これもコロナのせいか、プライバシーの確保なのか、常にベッドのカーテンが閉められていて、隣のベッドにどんな人がいるかよく分からない。たまたま会っても、お互いマスクを付けているから顔もよく分からない。35年前入院したときは、必要なとき以外カーテンは閉められてはいなかった。最初はそれが嫌だったが、ちょっとしたおしゃべりなんかして患者同士で親しくなったりしたものだった。

このときの入院でよく覚えているのが、患者の中にほとんど治っているにもかかわらず、どこが痛いあそこが痛いとゴネて退院しないトラックの運転手がいたことだ。なんでも、保険がおりるから入院が長引けば長引くほどいいらしい。後日、駅で僕の後に退院した人に会ったら、その運転手は階段から落ちてまた入院が長引いたという。わざと落ちたんだろうというのが、僕とその人の共通認識だった。

話がそれたが、もう一つ、コロナとは関係なく35年前の入院と違うところがある。今回の病院は近いといっても徒歩15分も距離があるにもかかわらず、病院の窓から自分の住んでいるマンションがよく見える。目がダメなだけで体は問題なし、家は遠くに見える。これがかえって郷愁をさそって、35年前の入院よりもずっと快適なのに、早く家に帰りたい気持ちははるかに強かった。
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気がついたらもう12月である。全然寒くならないから、今月の総括を書くのすっかり忘れてた。

といっても、特に書くことはない。今月はアホな火傷をした以外、なんだか淡々と過ぎてしまった。そうなると、コロナが気になってくる。

東京では感染者数も一桁台を付ける日もちらほらでてきて一安心と思っていたら、今度は南アフリカで発見されたオミクロン株なるものが懸念されている。こいつは従来のワクチンが効かないらしい。ついでにいうと、オミクロン株で株価急落とかニュースで聞いた日には、一瞬怪しいIT企業がなんかやらかしたのかと思った。

日本でも今日までに二人の感染者が見つかっている。いずれも海外から帰ってきた人だが、滞在していたのがオミクロン株感染者が発見された国ではないのが気がかりだ。もうすでに世界的に広がっているのかもしれないし、空港や飛行機の中で感染したのかもしれない。

岸田首相は、外国人の新規入国を禁止するという思い切った措置をしたが、抑えるのはなかなか難しいかもしれない。
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10月31日に衆議院議員選挙があって、総括に選挙のことでも書こうと思っていろいろ考えていたら3日になってしまった。

今回の選挙は当初から予想が難しいと言われてきたが、結果が出てからマスコミなどの振り返りを聞いても、「なるほど、そういうことだったのか!」というのがない。たとえば、立憲民主が議席を減らしたのは野党共闘が裏目に出たとか、政治的立ち位置が中庸を得ていて維新が伸びたとか、どうもしっくりこない。

今回の選挙の特徴は、確実に勝ったと言えるのが日本維新の会とれいわ新撰組であることと、与野党問わずベテラン議員が地盤のあるはずの小選挙区で負けたことだ。この二つは関連づけて考えるべきだろう。

たぶん、この二つの事象は、古くさい政治はもういらないということを象徴している。僕たちはコロナ禍を経験して、自民党の意外な(意外でもないけど)力のなさを感じたし、それに対抗する野党の弱さも感じた。もう、与党だの野党だの、右だの左だのではなく、国を運営する仕組みそのものが古くなっていると感じる。

小平の有名な言葉に、「黒い猫でも白い猫でも ネズミを捕るのが良い猫だ」というのがあるが、自民も立憲もネズミを捕ってくれない。もちろん、維新やれいわがネズミを捕る猫かは分からないが、ネズミを捕る猫を捜すよりも、まずネズミを捕らない猫に退場してもらうことが大事だったのである。

もちろん、落選したベテラン議員全員がネズミを捕らなかったというわけではないし、当選したベテラン議員がネズミを捕ったわけでもない。落選した議員は、ネズミを捕れない猫の象徴として、生贄にされたのである。
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8月の終わりから、東京都の新型コロナウィルスの感染者数が減り始め、8月のピーク時に5000人を超えていたのが今日は218人となった。劇的な減少である。専門家にも明確な理由が分からないという。

思い当たるのは、ワクチン接種が進んだことと、9月に入ってからは急に涼しくなり換気がしやすくなったことぐらいである。素人考えだが、ワクチン接種が進んで減少に転じ、涼しくなったことで減少にはずみがついたのではないだろうか。

感染者数の減少を受けて、来月から緊急事態宣言も解除される。緊急事態宣言そのものの効果なんかほとんどないに等しいので、これによってすぐに増加に転じることはないだろう。

しかし、さらに時が経って冬になれば、夏以上に換気は悪くなるし、今年の5月ごろワクチン接種した人はすでに半年が過ぎたことになり効果が薄れるはず。しかも、その人たちはほとんどが高齢者である。もし冬に第六波がくれば相当な被害がでるだろう。

逆に言えば、今こそコロナ対策の正念場だと思う。もともと役に立っていない緊急事態宣言は解除していいと思うが、PCR検査や感染者の隔離、ワクチン接種などの対策は今まで以上に行ってほしいのだが・・・まあムリなんだろうなぁ。
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緊急事態宣言下、東京都の感染者数も5000人を超え、不要不急の外出・移動の自粛が叫ばれる今月、たびたび実家に帰って、父が借りていた畑を更地にもどす作業を進めてきた。返還期限が8月末日、つまり今日である。これは不要不急とは言えない。

暑い日が続き、真っ昼間はまともに作業ができない。昔、福建省の農家のおばちゃんに「夏は11時から15時までは働いてはいけない」と言われたが、全くそのとおりだ。この時間帯は作業効率が極端に下がる。体感では15時以降なら20分ぐらいで済む仕事が、11時から15時の間だと1時間以上かかる。

しかも、働いているのは「オカンとボクと時々オトン」なので、4月ごろからボチボチ始めた作業だったが、完全に終わったのは今月の29日だった。おかげで木の根っこを引っこ抜くという新たなスキルを身につけた。それにしても、50歳すぎて土木工事をするとは思いもしなかった。

これについてはいずれまた詳しく書くつもりだが、とりあえず一番大変だった場所のビフォー・アフターだけ。

ビフォー。
ビフォー
アフター。
アフター
これまで、何も考えず必死で作業を続けてやっと終わったのだが、あまり達成感はない。あるのは寂しさだけ。もうここで採れた野菜は食べられないし、それ以前にここに来ることもないのだ。
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ブログ強化月間も今日で終わり。去年は何日か書かない日があったので、なんとか暦を埋めることができたのは嬉しいかぎり。

例の運動会だが、最初に「関わりたくない」などと言っていたものの、開会式だけは最初から最後まで見てしまった。感想は、まあほとんどの人と同じである。あれなら、コロナを言い訳にして選手入場・選手宣誓・関係者の挨拶・聖火の点火だけでシンプルに終わらせておけばよかったんじゃないか。

唯一よかったのが、欽ちゃんの仮装大賞風ピクトグラム紹介だった。オリンピックの最初のピクトグラムが前の東京オリンピックからという歴史も踏まえているし、ピクトグラム自体多様性の象徴でもあるし、しょぼさも含めて見ていて楽しかった。

先日、幻のMIKIKO案なるものが文春から出た。ネットの意見を見ると、こちらの方がいいという声が多かったが、僕は大差ないと思った。

たしかにMIKIKO案はショーとして派手でまとまっていたのだが、どうにも商業主義の匂いが強すぎる。今回の演出も電通のせいで滅茶苦茶になったなどと言われているが、その点でいえばMIKIKO案の方がむしろ電通臭い。

文春の記事では、森喜朗が市川海老蔵を、小池都知事が江戸消防記念会をごり押ししたようなことが書かれていた。僕は森氏も小池氏も大嫌いだし、権力者がクリエイターに口を出すのはもってのほかだとは思っているが、MIKIKO案を見るかぎりでは、彼らが海老蔵や江戸消防記念会を入れたくなる気持は分からないでもない。

だって、AKIRAにマリオだよ。そりゃ、それぞれに好きな人もいるだろうし、海外でも知名度があるのかもしれないけど、長い歴史を持つ日本・東京を象徴するものが、AKIRAとマリオじゃあまりにも悲しすぎる。AKIRAもマリオも、古くもないし新しくもない。何もかも中途半端で、それこそ普遍性がない。歌舞伎と町火消しも安直だが、こっちのほうがまだましだ。

結局、以前書いたように(もうオリンピックには関わりたくない:2021年05月26日参照。)、開会式はリア充だけで盛り上がっている文化祭だったのだろう。しかも、途中で仲間割れしてグダグダになった、そんな印象を受けた。

このグダグダは例の運動会の開会式だけではない。今日ついに東京都のコロナウィルス感染者数が4000人を超えた。まだまだおさまりそうな気がしないし、対策も聞こえてこない。政府も都もグダグダである。
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6月の総括なのに、来月のことを書くのもどうかという気もするが、7月は毎年好例のブログ強化月間である。去年は何日か書かない日があったなと思って確認してみたら、3日書いていない日があった。授業が始まったのが6月で、夏休みが8月入ってからだったから、まあしょうがない。

何を書いたかすっかり忘れていたが、去年の7月の総括で、僕はこんなことを書いていた。
2020年7月の総括
大事なことは、日本の行政は無能であると理解することだと思う。無能な行政と僕たちはどう対峙するか。今後コロナ禍がどうなるかはわからないが、少なくともこれを契機に世界が大きく変わることだけは間違いない。そんな中でまともな対応ができるわけがない。僕たちは、それぞれ個々に対策を考えるほかないだろう。
この時は、政府の行きあたりばったりなやり方に怒りを覚えて書いたのだが、いくら無能でも一年も経てば少しはまともになるだろうと思っていた。

ところが、最近は無能ぶりを証明することばかりである。一年たっていっそうダメになった感じがする。僕たちはますます「個々に対策を考える」ほかなくなっている。

日本のワクチン接種スタートが遅れたのはご存知の通りである。オリンピックを控えているのに、なぜこんなことになったのか。ワクチン接種が十分でないなら、オリンピックは満足にできないのが常識だが、中止にも延期にも無観客にすらしない。

政府に考えがあってやっているのではないだろう。本来ならワクチン接種を早々にすまし、感染者数を十分減らした上でオリンピックを開催したかったはずだ。それができなければ、オリンピック自体を中止か延期、最低でも無観客にするべきだがそれもしない。これはしないのではなく出来ないと考えるほかない。ようするに、ワクチン接種を進めることも、オリンピックを中止・延期することもできないほど無能なのである。

こういう事態になってくると、政局がどうのとか選挙がどうのとか、はては陰謀論まで、いろいろな言説が出てくる。僕はそれらはだいたい間違っていて、ほとんどは「無能だから」で説明が付くと思っているし、そう考えたほうがすっきり説明できる。

去年の7月の総括にはこんなことも書いてある。

今日(2020年7月31日)、東京都の感染者数はついに463人にのぼった。全国でも増える傾向にある。
今日(2021年6月30日)の東京都の感染者数は714人である。タイムマシンに乗って、去年の今ごろの自分に話したらどう思うだろうか。
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思い起こせば、去年の今ごろは3月1日から続いた長い長い春休み明けで、明日からやっと学校が始まるという感じだった。何だか遠い遠い昔のような気もするし、つい最近のような気もする。しかし、さらに一年前、つまりコロナ以前を思い出すと、これはもう本当に遠い昔としか思えない。それほどに僕たちの生活は変わってしまった。

今は何度目かの緊急事態宣言の真っ最中で、6月20まで延長することが決定された。それにしても、去年の緊急事態宣言とは比較にならないユルさである。渋谷や新宿など繁華街は人にあふれ、夜もけっこう人が出ているようだ。電車もコロナ以前よりはちょっとすいているかなという程度である。

学校の方は分散登校となっていて、日替わりで一学年が学校に来ない。その間、その学年には自宅学習のために課題を出さなければならない。これがなかなか苦痛である。課題を考えるのはもちろん、提出後はそれを確認しなければならない。そのぶん授業は減っているのだが、日を追うごとに分散登校期間が長くなるので、予定が変更されまくって対処が大変だ。

定時制の方は人数も少ないしラッシュアワーにも当たっていないので、分散登校にはなっていない。しかし定時制の授業は本来9時5分まで。ところが8時以降の就業要請がでているので、8時までに授業を終えなければならない。

定時制の授業は4時間しかないから、本来45分の授業を30分に短縮する。これで15分×4で一時間短縮になるが、それでもまだ5分足りない。ということで給食の時間が5分短くなる。20分で食べて次の授業を始める。オマケに休み時間はもともと5分。忙しいことこの上ない。

これがいつまで続くのか見当がつかないのがきつい。去年は夏休みが短縮されて、猛暑の中マスクをして授業したことがきつかった。あれは肉体的にきつかったが、今年は精神的にきつい。

もちろん、もっと大変な思いをしている人もたくさんいるだろう。だからどうだということではない。粛々と対処していくだけだ。ただ、将来の覚えのためにここに書いた次第。一生忘れないだろうけど。
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僕のまわりはいわゆる文系の人が多いせいか、小学校のプログラミング教育に否定的な人が多い。

僕は大賛成だ。プログラミング教育を否定する人は、たぶん内容を誤解している。プログラミング教育は、コンピュータープログラマーを育てる教育ではない。

プログラムといって思い出すのは、たとえば運動会のプログラムだろう。運動会のプログラムとは、運動会の手順を記したものだ。コンピュータープログラムも基本は同じである。

運動会のプログラムには、何時から開会式、何時から短距離競走、何時から騎馬戦、(中略)閉会式と時系列ですることが書いてある。

もちろんこれも立派なプログラムではあるが、実際の運動会は、途中で雨が降って中止になったり、怪我人の処置をしたり、手順どおりいかないこともたくさんある。もし始めてすぐ雨が降ったらどうする、途中で降ったらどうする、その雨が小雨だったら、大雨だったら、やんだら・・・。

もし、運動会の運営ロボットみたいなものに運営をやらせるとしたら、プログラムにはそこまで記述しなければならない。プログラムには成行きは存在しない。これがプログラム教育でいうプログラムである。

僕たちは、小学校・中学校・高校と進学し、そこから就職するか進学するか、そしていずれは就職するという、およそプログラム的でない人生設計を立ててきた。もし途中で思わぬ障害が発生したらどうするか、時代の流れで経済状況が変わったら、そういう考えはなかった。これはとてもまずいことである。

コロナ禍で僕たちがイラついていることは何か。自粛疲れというが、ここ最近はそんなにハードな自粛はしていない。イラついているのは先が分からない不安だろう。

なぜ先が分からないか。政府のプログラムが見えないからである。もしかしたら、僕たちには分からない複雑なプログラムがあるのかもしれない。だが、それはオープンになっていないのだから、ないのと同じことだ。

たとえば、今回の緊急事態宣言は来月11日までとなっているが、僕たちが知りたいのは、感染者数が何人・病床逼迫率がいくつなら延長で、いくつなら終了かである。そもそも災害を期間で区切ること自体がおかしいのだから、来月11日終了などと言われても何の気休めにもならない。

菅首相の口ぐせのような「仮定のことには答えられません」などというのは、およそプログラム的ではない。プログラムを明かにできない(もしくは作っていない)政府もダメだが、プログラムを明らかにせよと言えない国民もダメだ。これはひとえに僕たちがプログラム教育を受けておらず、プログラムの概念がないからだろう。

そんなわけで、僕はもう今の日本に何も期待しないが、これからプログラム教育を受ける新しい世代にはおおいに期待したいと思っている。


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