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『醒睡笑』巻二「賢だて」の14話(『醒睡笑』巻二賢だて14 二条院和歌好ませおはしましける時・・・参照。)にある「岡崎の三位」に「藤原俊成」と注を付けたら、Twitterで当の俊成卿(@toshinari_bot)から「岡崎の三位は藤原範兼だ」とクレームを付けられた。

調べてみるとたしかに間違いで、即刻書き換えたうえで、俊成卿には深く非礼をお詫びした。

さて、なぜこんな間違いをしたのか。簡単に言うと、参照していた岩波文庫『醒睡笑』(鈴木棠三校注)のタイトルと注を鵜呑みにしてしまったからである。
醒睡笑注a
「ちゃんと調べないお前が悪い」という批判は甘んじて受けるが、だって稀代の碩学鈴木棠三先生ですよ。その大先生が「俊成の賢だて」なんてタイトル(本来、『醒睡笑』にタイトルはない。)を堂々と付けて、「藤原俊成の通称。『千載和歌集』の選者」なんて注付けてたら、そのままでいいと思うじゃん。いや、もちろん言い訳ですけどね。

この岩波文庫版『醒睡笑』は1986年に刊行(僕の持っているのは1993年の第4刷)されたもので、同じ校注者の角川文庫版『醒睡笑』(1964年刊行)をベースにしたものである。こちらも同じタイトルで、岡崎の三位は俊成という注もある。ということは二十年以上誰も指摘しなかったのかと思って、次のページを見てみると・・・。
醒睡笑注b
何とこちらではちゃんと藤原範兼になっているではないか!う〜ん、直しておいてくださいよ。

それにしても、こんな大家の注釈で、しかも二十年経て改版されたものに、こんなミスがあるとは思わなかった。いや、調べ直さなかった僕が悪いのはもちろんなんだけど・・・。
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7月になった。毎年好例ブログ強化月間である。これから毎日更新するつもりなのだが・・・。

ここのところ月一二回ほどしか更新していない。だからいつになく最後まで書ける自信がない。とりあえず何か書かなきゃいけないので、こういう宣言をするのはなかなか勇気がいるが、東京オリンピックのことは一切書かないつもり。というか、書きたくない。

前にも書いたが(もうオリンピックには関わりたくない:2021年05月26日参照)、賛成とか反対とか関係なく、もう一切関わりたくない。ただただ不快である。

僕は選手でもなければ関係者でもないので、「関わりたくない」というのはちょっと奇異に聞こえるかもしれない。分かりやすく言えば「ヤ◯ザとは関わりたくない」というレベルで関わりたくないのだ。もし前からオリンピックが歩いてきたら見つけ次第横道に逃げるとか、オリンピックが話しかけてきても無視するとか、オリンピックがこっちを見たらすぐさま隠れるとか、もうそれぐらい関わりたくない。

そんなわけで、「オリンピック」という文字すら書きたくないのだが、なにしろ開催地の東京に住んでいるので、どうしても言葉ぐらいは書かなきゃならないこともあるかもしれない。その時は「例の運動会」と書くことにするのでよろしくたのむ。
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『醒睡笑』巻一まで完了した。

内閣文庫本『醒睡笑』:やたナビTEXT

今まで中古・中世の作品のテキストを作ってきたが、『醒睡笑』は初の近世。といっても、ごく初期の成立で中身の戦国・安土桃山時代の話である。バリバリの近世文学よりは中世的なんじゃなかろうかと思ったが、思った以上に近世だった。慣れない言葉が多く―といってもむしろ現代語に近いのだが―読みにくい。

さらにいうと、『醒睡笑』という名前のわりにイマイチ笑えない話が多い。

まず作品名がよくない。本来は「醒睡抄」とするところを、ちょっとひねって「笑」にしたのだろう。これが笑いのハードルを上げている。「○○爆笑寄席」みたいなのが「いうほど爆笑でもないな」というのと同じである。素直に「醒睡抄」にしておけば、「眠気醒しにはなかなか面白いじゃん」となったかもしれない。

それはともかく、中世の笑い話と比べて、ネタが洗練されているのがイマイチ笑えない最大の原因だと思う。

笑いは意外性から起こる。意外性を引き起こす要素は二種類しかない。ボケと言葉遊びである。ボケは予想しない言動で、たとえば帽子と間違えて(あるいはわざと)パンツをかぶるというようなものだ。言葉遊びとは、駄洒落やナゾナゾの類いである。もちろん、これらが複合することもある。

中世の笑いはボケに起因するものが多い。帽子と間違えてパンツをかぶれば、誰がどう見ても面白い。ボケの笑いには普遍性があるから、時代が違っても外国人でも笑えるのである。

『醒睡笑』の笑いは言葉遊びによるものが多い。その言葉を知っていないと笑えないのだ。相手はあまり僕が慣れていない17世紀の言葉で、当時の流行語も多いらしい。注釈を読んだり、う〜んと考えてやっと分かるか分からないかなのだが、そもそも考えた時点で意外性がふっとんで、感心はするが笑えないのだ。

また、落語の祖というだけあって、最後にオチがくる話が多いのもイマイチ笑えない理由の一つである。最初に、「笑いは意外性から起こる」と書いたが、オチが最後に来ると最初から分かっているのはそれだけで意外性を損なってしまう。

では、オチが最後に来ると分かっているのに、なぜ落語は笑えるか。そこが話術というものなのだろう。

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『古今著聞集』の電子テキストを公開しました。いつもどおり、翻刻部分はパブリックドメインで、校訂本文部分はクリエイティブ・コモンズライセンス 表示 - 継承(CC BY-SA 4.0)で公開します。

宮内庁書陵部本『古今著聞集』


トップページに2015年1月10日入力開始となっていますが、漢文があったり宣命書きがあったりで面倒くさくなり、すぐに挫折してほっぽってあったのを再開したのが去年の1月19日です(『古今著聞集』リスタートしました:2020年01月19日参照)。『『今昔物語集』に次ぐ大きな説話集ですから二年はかかると予想していましたが、コロナによる長い休みのおかげで一年ちょいで終わることができました。

今回は誤写と判読に悩まされました。底本の宮内庁書陵部本は日本古典文学大系(岩波書店)の底本でもあるのですが、とても誤写が多く、その上文字の判読が難しいものが多かったのです。判読の難しさには大系の校注者(永積安明・島田勇雄)も苦労したらしく、凡例に次のように書かれています。
底本の書写には、筆者の筆癖があり、「る・り・か」「と・に」「も・り」等の如く、そのいずれとも読みとれる曖昧な字体が少なくない、この種の場合には、同系統の学本・九本等の読み方を参照して決定したところがある。また、前後の文脈によって、筆者の意図を汲んで翻字したものもある。

大系の凡例にあるもの以外にも判読しにくいものがあります。
読みにくい字
右の行が「たゝいまうへふしして」で左が「きといひてしはらく」ですが、「ゝ」「し」「て」「ら」「く」が字形だけでは読み分けるのが不可能です。他の箇所では「\/(踊り字)」もこれに含まれます。もちろん文脈で読めますが、これに誤写が入るととたんに読むのが難しくなってきます。

文字そのものは丁寧に書かれているので、それほど読みにくくはありません。何人かで書いているように見えますが、この紛らわしい字の傾向は、最初から最後まで変わりません。

世俗説話集を代表する作品といえば、『今昔物語集』『宇治拾遺物語』『十訓抄』『古今著聞集』あたりが挙げられますが、これでついに揃いました。これらの全文が全て入っている叢書は(たぶん)ありません。これだけでも十分価値があると自負しています。
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TwitterBotというのは、自動的かつ定期的にTwitterに投稿するプログラムのことである。思うところあってやたナビTEXTの古典文学作品から、笑える(であろう)説話を厳選して紹介するTwitterBotを作ってみた。現在、約3時間おきにランダムに投稿するように設定してある。

日本の面白説話Bot:Twitter

「笑える説話」としたのは、古典入門には笑い話が最適だと思ったからである。古典はつまらんものだと思っている人には意外性があるし、怖い話が嫌いな人はいても面白い話が嫌いな人は(たぶん)いない。笑いのトリガーは普遍性が高いので、時代背景や習慣などを知らなくても理解しやすい。その一方で、読めなければどこが面白いのか分からないから、頑張って読もうとするモチベーションが保ちやすい。

そんなことを考えて、いざ説話を集めてみたのだが、考えていたよりも難しかった。

まず、紹介する以上説明文を書かなければならないのだが、どこまで説明するかが難しい。オチまで書くと面白さが半減する。短すぎると何だか分からない。さらに、Twitterの字数制限も考えなければならない。

もう一つ難しかったのが、説話の選定である。誰が読んでも面白そうな説話を集めていたら、自然と下ネタばかりになった。いっそのこと「下ネタ説話Bot」にしてしまおうかとも思ったが、それじゃあんまりなので、そうでないのを選んでくると説明が冗長になる。公開までに下ネタ濃度をかなり薄めたつもりだが、それでもまだまだ高い。今後の課題である。

僕の希望としては、すでに古典を読んでいる人よりも、古典に縁のない人に届いてほしいと思っている。Twitterというメディアはそれがなかなか難しいのだが、フォロワーが増えれば自然と届きやすくなるだろう。もしこれが好評なら、「ホラー説話Bot」とか「泣ける説話Bot」なんかも作ってみたいと考えている。
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やたがらすナビは古典文学のサイトなので、年間を通してのPV(ページビュー)や利用者数には偏りがある。毎年多いのは7月と1月、少ないのは3月である。理由は高校・大学の定期考査・レポートと入試・卒論だろう。それらがすべてなくなる3月は、ちょっとびっくりするぐらい減る。まあ、入試や卒論が終われば、古典なんか見たくもないというのは仕方がない。

3月があまりにひどすぎるので、4月・5月はほんの少し上がるのが例年のパターンだが、今年はそれが甚だしい。次のグラフは今年と去年の同時期のPVを比較したものだが、今年(青)は去年(オレンジ色)に比べて、4月以降大幅に増えているのが分かる。もちろん、ページそのものが増えているので単純な比較は出来ないが、それでもここまで増えたことはない。
PV推移
アクセスされている時間帯を調べてみると、もっと顕著な違いがでている。左が去年、右が今年の4月17日〜5月16日で、横が曜日、縦が時間帯である。色が濃いほど利用者数が多い。
時間帯比較
去年は平日の下の方の色が濃い。つまり夜の利用者が多かったのだが、今年は午前9時から5時ごろまでの利用者が増えている。おそらく、遠隔授業や課題などで参照する人が増えたのだろう。去年は少なかった土曜日のアクセスも、今年は増えている。

それならさぞかしアフィリエイトで儲かってるのではないかと思われるかもしれないが、もともと年度始まりなのとコロナ禍で広告費が抑えられているらしく、クリック単価がものすごく低い。例年よりはちょっとましという程度である。

どうせアフィリエイトなんてせいぜい月数千円程度である。そんなことよりも、ほんの少しでも古典を勉強する人たちの役に立っているのなら、こんなに嬉しいことはない。
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現在、電子テキストを作成している『古今著聞集』が巻10まで完了した。

宮内庁書陵部本『古今著聞集』:やたナビTEXT


『古今著聞集』は全部で10巻だから、だいたい半分が終わったことになる。TOPページには2015年1月に初めたことになっているが、ほんのちょっとやって諸般の事情により中断していたので、実質今年の1月に初めて約四ヶ月半で半分までできた。当初は年内に終わらないだろうと思っていたが、コロナ騒動のおかげで年内に最後までできる可能性が出てきた。

さて、半分まで終わった感想だが、予想したよりも難しかった。

宮内庁書陵部本は、それほど読みにくい字ではないのだが、文字に紛らわしいものが多い。同じ書陵部本を底本にする日本古典文学大系の凡例にも
底本の書写には、筆者の筆癖があり、「る・り・か」「と・に」「も・り」等の如く、そのいずれとも読みとれる曖昧な字体が少なくない。この種の場合には、同系統の学本・九本等の読み方を参照して決定したところがある。また前後の文脈によって。筆者の意図を汲んで翻字したものもある。

とある。漢字も含めれば「曖昧な字体」はもっと増える。

紛らわしい文字というのは、どんな写本にも多かれ少なかれあるものだが、これはそれが甚だしい。しかも、「る・り・か」「と・に」「も・り」などは動詞の活用語尾や、助詞などに頻繁に使われて、意味が大きく変わるものだからたちが悪い。

それに加えて、誤写が多い。『とはずがたり』も誤写が多かったが、あれは分かりにくい言葉が多いから仕方がない。こちらは、衍字などケアレスミスみたいなのが多い。誤写と「曖昧な字体」の合わせ技で、読んでいてわけがわからなくなってしまう。僕が見たところ筆写者は何人かいるようだが、不思議なことに、いずれも共通してこの傾向がある。

写本を読む以上に難しいのがテクニカルターム(専門用語)である。『古今著聞集』は部立てがある。当然、その部立てごとにテクニカルタームが出てくるのだが、「神祇」・「釈教」このへんはまあいい。「文学」・「和歌」・「能書」もまず問題ない。だが、「管絃歌舞」・「弓箭」・「馬芸」・「相撲強力」となってくるとマニアックすぎて、注釈読んでも調べてもよく分からん。脳内で風景を想像して読んでいるが、たぶん大間違が多いだろう。

とまあそんな感じで、まだまだ続けていくので、これからもよろしくお願いします。『古今著聞集』は後半のほうが面白いはず。
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WTI原油先物が一夜にして暴落してマイナスになった。一時は-40$まで下がったという。先物価格だからマイナスになってもおかしくはないが、ちょっと前まで1バレル60ドルとか言っていたんだから、こんなご時世、何が起こるか分からないものだ。
WTI
これにびっくりしていたら、やたがらすナビが4000ページ(ブログ・データベース除く)になっていた。
4000
3000ページが2018年2月23日(やたがらすナビ3000ページ達成参照)なので、2年ちょっとで1000ページ増えたことになる。

最近はコロナウイルスのせいで、仕事がない、外出できない、気候がいいの三拍子そろっているから、どんどん進んでしまう。

あんまりうれしいことじゃないけどね。
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やたナビTEXTの『古今著聞集』は2015年1月に作成を始めたのだが、漢文が出てきたり宣命書きがでてきたりで、面倒くさくなってすぐに中止してしまった。その後、一旦やめてしまうとなかなか始められず、五年後の今に至るまでサスペンド状態だった。

しかし、『古今著聞集』といえば、『今昔物語集』・『宇治拾遺物語』と並んで、説話文学を代表する作品である。『今昔物語集』・『宇治拾遺物語』は収録しているのに、『古今著聞集』を入れない手はない。

しかも、有名な作品のわりには、現在入手しやすいテキストといえば、新潮日本古典集成ぐらいしかない。考えてみると、なかなか不遇な作品である。これは是が非でも入れなければならん。

というわけで、今月から『古今著聞集』のテキスト作成を再開した。なにしろ長い作品なので、今年中に終わるかどうかもわからないが少しづつ進めていくつもりだ。

宮内庁書陵部本『古今著聞集』:やたナビTEXT

ひさしぶりに影印を読むと、文字にクセがなく、連綿もあまり長くないので、非常に読みやすい。写本の状態もよい。かし、頭からすべて翻刻するとなると、突然漢文がでてきたりして、どう処理したらいいか迷う場面が多い。『とはずがたり』ほどではないが誤写も多いようだ。

最初に「漢文が出てきたり宣命書きがでてきたり」するので面倒くさくなったと書いたが、実は面倒くさくなったのは他にも理由がある。『古今著聞集』は部立を持った非常に整理された説話集で、部立は神祇・釈教から始まる。これが基本つまらない。なにしろ整理されているから、最初につまらないのが連発で出てくるのだ。

しばらくすればだんだん面白くなっていくはずだし、面白い説話が連発するはずなので、長くなるけど一つよろしくお願いします。
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やたナビTEXTも20作品を越え、なんだかTOPページがごちゃごちゃしてきた。

今時、TOPからアクセスする人なんかほとんどいない。やたがらすナビに来る人のほとんどは、検索かSNSから来るので、途中のページから来て、TOPページなんか見ることもなく去っていく。

だから、TOPページなんかどうでもいいといえばいいのだが、やはりTOPはサイトの顔である。それなりに格好つけないと信用されない。

今は約7割がスマホ等のモバイルからのアクセスである。新しいTOPページはパソコンで見ると少々殺風景に見えるが、スマホで扱いやすいように思いっきりシンプルにした。
やたがらすナビTOP
やたがらすナビには、国会図書館のRSSを使って、最新の雑誌論文を紹介するページがある。これもタブを使って見やすくした。アクセス数の多いページではないが、なかなかいい感じになったのではないかと思っている。
雑誌情報TOP
そんなヒマがあれば、もっと中身を充実させたいという思いもあるが、使いにくいサイトでは話にならない。今月いっぱいはいろいろ試行錯誤するつもりなので、こうしたほうがいいとか、これはダメだという意見があれば、ぜひ教えてほしい。
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