カテゴリ: 日本の古典文学3

嵯峨本『伊勢物語』は無事完成した。



問題は次は何にするかである。いま話題の大河ドラマにチョーチンを付けようかとも思ったが、『土佐日記』だの『伊勢物語』だの、メジャーどころが連続したので、もう少しマイナーなやつをやりたい。とはいえ、あまり長大な作品をやる元気はない。

ということで『伊勢物語』からの連想で、次は『隆房集』に決定した。底本は、中世の文学『今物語・隆房集・東斎随筆』(久保田淳ほか・三弥井書店)と同じ宮内庁書陵部本。



『隆房集』はその名の示す通り藤原隆房の私家集だが、単なる歌集ではない。別名を艶詞(えんじ)といい、『平家物語』や謡曲でおなじみの小督(こごう)に送った歌100首からなっている。詞書が長く説明的で、私家集とはいうものの散文的な要素が強い。

なにしろ相手は高倉天皇のご寵愛を受ける女だから隆房はフラれまくる。それにもめげず、しつこく歌を送り続ける隆房。このフラれまくり感が面白い・・・と記憶しているのだが、なにしろ読んだのは数十年前、間違っていたらごめんなさい。
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『伊勢物語』の電子テキストを公開しました。


嵯峨本『伊勢物語』:やたナビTEXT

底本は国文学研究資料館所蔵の嵯峨本です。いつもどおり、翻刻部分はパブリックドメインで、校訂本文部分はクリエイティブ・コモンズライセンス 表示 - 継承(CC BY-SA 4.0)で公開します。

『伊勢物語』の電子テキストはあちこちにあるので、今回はあえて嵯峨本を底本にしました。嵯峨本伊勢物語がどんなものかは、次のリンクをご覧ください。

嵯峨本『伊勢物語』:印刷博物館

今回は挿絵も見られるようにし、一段で複数ある場合はページを分けました。さらに挿絵だけ概観できる挿絵ギャラリーを付録でつけました。


嵯峨本伊勢物語挿絵ギャラリー

サムネイル画像をタップ(クリック)するとスライドショーが見られ、サムネイル下のリンクをタップ(クリック)すると、詳細が見られ、そこから『伊勢物語』本文に飛ぶことができます。なお、画像は人文学オープンデータ共同利用センターのものを縮小して使用しています。

伊勢物語:人文学オープンデータ共同利用センター

『伊勢物語』がどんな作品かなんてことは、僕が語るまでもないと思いますので、ちょっと思い出話を。

僕が大学に入って初めて演習形式の授業に参加したのが『伊勢物語』でした。演習というのは担当する章段の本文・注釈・通釈(現代語訳)をプリントにして発表する授業のことです。初めて影印本に触れたのもこのときです。文学研究のイロハのイを『伊勢物語』で学んだということになります。

今回あらためてを読んでみて、なぜこれが最初の教材に選ばれたのかがよく分かりました。章段一つ一つは簡潔で、内容もシンプルです。しかし、深く読むと問題点がたくさんあり、簡単には読めない。いまだに解釈の分かれる部分がたくさんあり、「古典はどう読むべき」ということを理解するにはこれほど適したものはないでしょう。古典というものは多かれ少なかれそういうものですが、特に『伊勢物語』の場合は、現代語訳を読んでも5%も理解したことにはならないと思います。

さて、演習の思い出にはまだ続きがあります。教員免許更新講習の古典担当の先生の一人が、この演習の先生だったのです。しかも同じ『伊勢物語』です。90分の講習でどこまで話すのだろうと思ってたら、第一段から新幹線なみの速さで東下りを下り終えてました。演習のときの半年分ぐらいを90分でやった感じです。

喋っている先生はケロっとしてましたが、聞いている方はみんなクタクタです。僕としては懐かしかったのですが、古典専門どころか国語科でない人すらいるのに、○○先生相変わらずえげつないなーと思いました。

大学一年の演習で読んでからあ37年、教員免許更新講習から10年。制度を導入した張本人の安倍晋三氏は鬼籍に入り、鳴り物入りで導入された教員免許更新制は廃止になりました。月日の経つ速さと世の中の移り変わりには驚くばかりです。
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嵯峨本『伊勢物語』を翻刻しているうちに、どうにもよく分からない挿絵が出てきた。
isepic43
業平とおぼしき人物が何か書いている。服装に注目。なぜか十二単みたいなのを着ている。書いている姿勢もどことなく女性っぽい。さらによく見ると、書いている紙もなんだかヘンだ。懐紙のようだが、なぜかワク(界線?)がついている。

この絵は第93段のあとにある。これまで挿絵は章段の終わりか章段中のエピソードの終わりについていた。ということは第93段の挿絵ということになるが・・・。

 昔、男、身は賤しくて、いとなき人を思ひかけたりけり。少し頼みぬべきさまにやありけん、臥して思ひ起きて思ひ、思ひわびて詠める、
  あふなあふな思ひはすべしなぞへなく高き賤しき苦しかりけり
 昔もかかることは、世のことはりにやありけむ。
高貴な女に身分の下の男(業平)が懸想して、思い悩んで詠んだ歌というただそれだけの話である。「あふなあふな」の歌が難解だが、「あぶなあぶな(やべーやべー)」と解釈する説もあるらしい。

それはともかく、ここには「男」が女の服を着ていたなんてどこにも書いていない。「臥して思ひ起きて思ひ、思ひわびて詠」んだ歌でとあるが、思い余って女の服を着てしまったのだろうか。そりゃたしかに「あぶなあぶな」だが、もちろんそんなことも書いていない。そもそも挿絵を入れる必要のありそうな話でもない。

前栽のハギや屏風のススキを見れば秋のように見えるが、第93段からは季節が読み取れない。だが、次の第94段は秋の話である。これまで章段の冒頭に挿絵が入ったことはないが、あるいはこちらだろうか。
 昔、男ありけり。いかがありけん、その男、住まずなりにけり。後に男ありけれど、子ある仲なりければ、こまかにこそあらねど、時々もの言ひおこせけり。
 女がたに絵描く人なりければ、描きにやれりけるを、今の男のものすとて、一日二日(ひとひふつか)おこせざりけり。かの男、「いとつらく、おのが聞こゆることをば、今まで給はねば、ことわりと思へど、なほ人をば恨みつべきものになむありける」とて、弄じて詠みてやれりける。時は秋になんありける。
  秋の夜は春日忘るるものなれや霞に霧や千重まさるらん
となむ詠めりける。
 女、返し、
  千々(ちぢ)の秋一つの春にむかはめや紅葉も花もともにこそ散れ
しかし、これも季節が秋であること以外に、挿絵と関係するものがない。せめて挿絵で描かれているハギでも出てくればいいのだが、第94段に出てくる植物は紅葉だけ。いうまでもなく、女装も無関係。この章段の絵ではないといっていいだろう。とりあえず通例どおり93段の絵としておくことにした。

あるいは、古注釈か何かに説話があるのかもしれないが、今のところ見つかっていない。どなたかご存知でしたらご教示お願いします。
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現在、嵯峨本伊勢物語の電子テキスト化を進めている。

嵯峨本『伊勢物語』:やたナビTEXT


嵯峨本というのは古活字本である。連綿している部分があるので一見そうは見えないが、木活字を組み合わせて版木が作られている。どのように木活字を並べたかよく知らないが、活字だから行はきれいに並んでいる。

ところが、第69段の和歌「かきくらす心の闇にまどひにき夢うつつとは今宵さだめよ」の「こよひ」の行間に「一説よ人」と注記(傍注)が入っている部分を見つけた。
一説
これまでこんなのは出てこなかったので、後人の書入れかと思ったが、他の嵯峨本を見てもこうなっている。

これは、「かきくらす心の闇にまどひにき夢うつつとはこよひさだめよ」とあるが、一説には「かきくらす心の闇にまどひにき夢うつつとは世人さだめよ」だという意味である。こういう注記は写本ではよく見られる。写本は手書きだからいくらでも入れられるが、古活字本で行間に注をいれるのはなかなか面倒くさそうだ。

不思議なのは、この注の意味である。これが「イよ人」だったら「異本では『よ人』になっている」という意味で何の問題もないが、ここでは「一説」である。調べてみると、『古今和歌集』646が「世人さだめよ」になっているので、一説とはそういう意味らしい。

これが『伊勢物語』の歌では解釈が困難で、『古今和歌集』の「世人」の方が通りがいいというなら分かる。しかし、この歌は伊勢斎宮から送られた歌に対する返歌で、実際その晩斎宮に逢おうとする(が、国守の飲みに付き合わされて失敗する)のだから、「今宵」の方が内容にあっている。男(業平)と斎宮のやりとりなのに、「世の中の人決めてくれ」というのはいくらなんでも唐突すぎる。おそらく、内容に合わせるため『伊勢物語』作者がもともとの歌を改変したのだろう。

もちろん嵯峨本の親本にある注記をそのまま入れた可能性もあるが、改変した歌はいくらでもあるのに、そんな傍注はこれまで一つも出てきていない(これから出てくるのかもしれないけど)。わざわざ手間をかけて、内容にそぐわない「一説」を紹介する理由が分からない。

天福本の他の写本を調べていないし、そもそも何か説があるのかもしれないけど、ちょっとおもしろいなと思ったので、覚えに書いた次第。
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『一言芳談抄』の電子テキストを公開しました。


慶安元年版本『一言芳談抄』:やたナビTEXT

底本は慶安元年版本です。いつもどおり、翻刻部分はパブリックドメインで、校訂本文部分はクリエイティブ・コモンズライセンス 表示 - 継承(CC BY-SA 4.0)で公開します。

『一言芳談抄』は中世に成立した仮名法語集で、その名の通り、浄土教の高僧の短い言葉が集められています。『徒然草』98段に引用されていることでも知られています。



仏教の考え方は、ものすごくざっくりいうと「悟りを開いて仏になろう」というものです。その方法によって宗派が分かれるのですが、なかでも浄土宗の主旨は「環境の悪い現世でいくら修行してもムダ。阿弥陀如来におすがりして、来世は極楽浄土に生まれ変わりそこで仏になろう」というものです。

ですから、やることは非常にシンプルで、ひたすら「南無阿弥陀仏」と阿弥陀如来の名前(名号)を唱えればいいわけです。

一見簡単そうに見えますが、本当に簡単でしょうか。実際にやってみると、理論は勉強しなくていいのかとか、本当に救ってもらえるのかとか、どう唱えればいいのかとか、飽きたらどうすればいいかとか、いろいろと疑問が湧いてくるはずです。『一言芳談抄』はそういった疑問に対して、たくさんの高僧たちが答えています。

こう書くと、これは浄土教のことだから信者以外は関係ないように思えます。しかし、念仏を唱えるように反復しなければならないことは、日常でもよくあります。

勉強でも、仕事でも、スポーツや音楽などの練習でも、何も考えずに繰り返しやらなければならないこと、そしてそこに疑念を持つことは山ほどあります。『一言芳談抄』が読まれたのは、信仰としてだけではなく、彼らの言葉に汎用性があったからでしょう。

実際に話した言葉なので、ときどき短すぎて意味が分からないものもあります。例えばこれ。


顕真座主の云はく、「轆轤(ろくろ)かまへたることぞ」。
轆轤というと陶芸でつかうクルクル回る台のことだと思っていたので、最初さっぱり意味が分かりませんでした。実は滑車(ウィンチ)のことで、「(阿弥陀仏におすがりすることは)ウィンチを用意した(ようなもので、浄土に引き上げてもらえる)」という意味です。

分かるかこんなもん。
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『一言芳談抄』の電子テキストを作っていたら、「聖(ひじ)る」という言葉が出てきた。
『一言芳談抄』128
行仙房の云はく、「あひかまへて聖るべきなり。往生の障りの中に、貪愛に過ぎたるはなし。衆悪の障り、色貪を先とす」云々
いわゆる名詞の動詞化である。「聖(ひじり)」という名詞は「日知り」に由来しているといわれる。だとすると「動詞の名詞化の動詞化」ということになる。

意味は「聖らしくすること」だろうと推測できるのだが、「あひかまへて聖るべきなり」の部分の現代語訳が面白かった。

まず、角川文庫(昭和45年8月)の簗瀬一雄訳。
遁世者は、十分に注意して、その生活態度を聖らしく保つべきです。
ちょっと付け足しが多い気がするが、『一言芳談抄』の文章は簡潔すぎて分かりにくいものが多いので、これはこれでいいのかもしれない。

次に、ちくま学芸文庫(1998年2月)の小西甚一訳。
どこまでも坊主化することだ。
なんだか妙な迫力があるけど、「坊主化」とは何ぞ。

ここで、他に用例がないか気になって、やたナビTEXTで検索してみた。動詞の場合活用するので、「聖る」で検索するのは不十分である。

そういう場合はor検索すればいい。or検索は「○○or☓☓」だと〇〇・☓☓どちらかの語が含まれるページがヒットする。具体的には、「聖ら or 聖り or 聖る or 聖れ」のようにキーワードをorで結ぶか、「聖ら|聖り| 聖る|聖れ」のように「|」で結べばよい。というわけでやってみた。

「聖ら or 聖り or 聖る or 聖れ」の検索結果

『今昔物語集』と『唐鏡』は名詞なので除外すると、やたナビTEXT所収テキストには『一言芳談抄』以外に『沙石集』に用例が1つ・・・いや2つ見つかった。

『沙石集』巻4第3話(31) 上人の子を持つ事
「上人の子は、いかにも智者にて聖りなり」と申せば、ある人、難じていはく、「父に似て聖るべからず」と。答へていはく、「さらば、一生不犯の聖をこそ。父に似て聖らんずらん」と答へて比興すと云々。
「上人」というのは仏典の漢訳で知られる鳩摩羅什のことで、後秦の皇帝姚興が彼の跡継ぎを欲しがったため妻帯させられた。だから父に似たら「聖る」かどうかが話題になっているわけだが、ここでは「聖る(終止形)」だけでなく「聖ら(未然形)」にもなっている。最初の「聖りなり」も名詞+なりというよりも、一語の形容動詞(を認めるかどうかは別として)と解すべきだろう。

最後の「比興す」は「面白がる」という意味だが、ここでは鳩摩羅什の子が聖かどうかの議論を面白がると同時に、名詞の「聖」を活用させて面白がっているのではないだろうか。
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一月ほど前『土佐日記』が終わり、『一言芳談抄』も残すところあと少し。ということで、『伊勢物語』を始めることにした。

嵯峨本『伊勢物語』:やたナビTEXT


実は僕がやらなくても『伊勢物語』の電子テキストはネット上にたくさんある。その点では、やたナビTEXTに収録するテキストとしては優先順位が低いのだが、同じ平安時代の歌物語である『大和物語』・『平中物語』がすでに入っているので、『伊勢物語』は入れたいと思っていた。

となると、まず底本を決めなければいけない。ところが『伊勢物語』の伝本はやたらと多い。一般的には天福本系の学習院大学蔵本が注釈書の底本とされるが、これはネット上では見られない。

同系統に宮内庁書陵部本があるのだが、同じ宮内庁書陵部蔵の『伊勢物語』の写本は山ほどあって、なんとなくこれかなというのはあるものの、イマイチ確証がもてない。論文などを探れば特定できるのだろうが、正直面倒くさい。こういうの何とかならないものだろうか。

そこで、嵯峨本を底本にすることにした。嵯峨本は江戸時代初期の古活字本だが、本文は天福本系で、後に流布する版本の祖でもある。後の絵入り版本に影響を与えたと思われる挿絵も入っている。国文学研究資料館の日本古典籍データセットで提供されている画像を用いれば、各ページに挿絵を入れることもできる。

というわけで、作ってみた。

第1段 昔男初冠して平城の京春日の里にしるよしして狩りに往にけり・・・:伊勢物語


なかなかいい感じだと思うけど、どうだろう。
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『土佐日記』の電子テキストを公開しました。


青谿書屋本『土佐日記』:やたナビTEXT

底本は青谿書屋本(せいけいしょおくぼん)です。いつもどおり、翻刻部分はパブリックドメインで、校訂本文部分はクリエイティブ・コモンズライセンス 表示 - 継承(CC BY-SA 4.0)で公開します。

『土佐日記』は本文研究が進んでおり、やたナビTEXTにまったく新味はありません。ただ、一つだけ他と違うのは、一日一ページになっていることです。

藤原定家によると、紀貫之自筆の『土佐日記』は巻子本だったそうです。読むとすれば、一日の記事の冒頭を右端になるように、紙を巻き取りつつ一日ずつ広げることになると思います。一日一ページはそれに近い読書体験になると思います。

久しぶりに『土佐日記』を通読しましたが、あらためてこれぞまさに文学だと思いました。日記文学の嚆矢であると同時に、紀行、和歌文学、歌論、そして私小説など、後の日本文学に繋がる要素が詰め込まれています。短い作品ですが、よく読み込む必要があります。

この作品の場合、どんなによく出来た現代語訳でも原文の半分も魅力を伝えることができないでしょう。自分で作っておいてこういうのもなんですが、テキストだけでは十分に理解するのは難しいと思うので、できれば複数の注釈書を読んだほうがいいと思います。研究が進んでいても、いまだに解釈の分かれるところが多いからです。

注釈書はいくつかトップページに紹介しておきましたが、この本もオススメしておきます。

小松英雄『古典再入門―『土左日記』を入りぐちにして』(笠間書院)
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原稿用紙に文章を書く場合、行頭に句読点や括弧の終わりを書いてはいけないというのは、小学校で習う原稿用紙の書き方の基本である。印刷物では字間を変えたり余白に入れたりして、句読点などの約物が行頭に来ないようにする。これを禁則処理という。

そうしないと読みにくいから、ルール以前の習慣だと思っていた。ところが、現在翻刻している『一言芳談抄』の版本はなぜか句点が行頭にある。現代の活字と違ってまるごと版木を彫るのだから、句点を行末に入れるのはそれほど難しいことではないはずである。
行頭に。
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/2583391/1/15
ここだけで三回も連続して行頭にあるのでも分かるように、この本に限っては珍しくはない。

では、行末の句点はないのかと思ってすべて確認してみたところ、わずかに二箇所だけ見つかった。そのうちの一つ。
行末に。
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/2583391/1/18
二箇所あるのだから行頭にこだわりがあるわけでもないようだが、数からすると圧倒的に行頭の方が多い。

句点のある版本をあまり扱ったことがないので、これがよくあることなのか、なぜこうなっているのか分からないが、確実に言えることは、

これは読みにくい

ということである。ない方がまだまし。
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先日、『一言芳談抄』の電子テキスト化を始めたが(『一言芳談抄』始めました:2023年08月03日参照)、これは短いのですぐに終わりそうなので、もう一つ並行して進めていこうと思う。

さて、何をするかだが、メジャーにも程がある『土佐日記』にすることにした。底本はかの有名な青谿書屋本。

青谿書屋本『土佐日記』:やたナビTEXT


理由はこれまた短いことと、青谿書屋本や定家本がネット上で容易に見られること、写本の字が美しく読んでいて楽しいことである。『醒睡笑』でやたナビTEXTの作品リストを下(新しい時代)に伸ばせたので、今度は上に伸ばしたというのもある。

ちなみに青谿書屋本はこちら。
土佐日記:国書データベース

定家本はこちらで見られる。
土佐日記 (尊経閣叢刊):国立国会図書館

これも完成までそれほどかからないと思うが、ここのところ長い作品が多かったので、しばらくは短めの作品で作品点数を増やしていこうと思っている。
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