カテゴリ: びっくりしたなあもう4

一昨年、101歳で亡くなった祖母から聞いた終戦直後の話。

祖母は当時滋賀県の実家に疎開していた。現在の長浜市の北にある、小さな集落である。戦争が終わり、その集落にもGHQのアメリカ兵が来ることになった。村は大騒ぎ。誰からともなく、

「アメリカさんは赤い物が嫌いで、赤い物を見ると狂ったように怒り出すらしい。」

という噂が流れた。たぶん誰かが「アメリカ人はアカ(共産主義者)が嫌いだ」とか言ったのが妙な具合に伝わったのだろう。

冷静に考えればアメリカ人だって人間だ。闘牛の牛じゃあるまいし、赤色を見ただけで興奮するわけはない。しかし、村の人たちにそんな余裕はない。なにしろ、相手は武器を持っている上に言葉が通じないのだ。

せっかく終戦まで生き延びたのに、赤フンで殺されたらたまったものではない。村人総出で手ぬぐいやらふんどしやら、ちょっとでも赤いものは人目に付かないところに隠し、郵便ポストは見えないように布をかけた。

赤いものは全て隠して準備万端、アメリカ兵が来る日になった。大人は全員鎮守の社に集合してアメリカ兵を迎え入れた。

村人が武器を持っていないかチェックしていたアメリカ兵の一人が、突然何か怒鳴りはじめた。何を言っているかさっぱり分からない。なにしろ英語はちょっと前まで敵性語として禁止されていたのだ。だが怒っていることは分かる。

すぐに一人のよぼよぼ爺さんが数人の屈強なアメリカ兵に捕まえられた。村人の目は怯えた爺さんに釘付けになる。赤いものは・・・持っていない。

するとアメリカ兵の一人が、爺さんの腰の帯に挟まっている細長いものを取り上げた。それは煙管(キセル)だった。アメリカ兵には煙管が拳銃か何かに見えたらしい。

爺さん、慌てて煙管を吸うモノマネをして必死に説明、事なきを得たという。
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東京都の感染者数が4万人を超え、都民の60人に1人が陽性のために療養中だという。
都民60人に1人が陽性 全てのモニタリング項目悪化:Livedoor News-FNNプライムオンライン
東京都の新型コロナウイルス専門家会議は、医療提供体制など全てのモニタリング項目が悪化していて、都民の60人に1人が陽性のために療養中だと明らかにした。
たいへんな数字である。身近でもかかったという人は聞く。うちは消防署の近くにあるのだが、救急車のサイレンを聞くことも多くなった。60人に1人が陽性と言われると、そんなもんだろうないうぐらいの体感がある。

夏休みの今、学校は授業がないが、もしあったらそうとうな欠席者数だろう。実際に休むのは療養中の人だけでなく、濃厚接触者や検査中、そして濃厚接触者と偽っている生徒が含まれるからである。

これだけ感染者数が増えても、政府や都からは何も出てこないようだ。町を歩いても、マスクをしていない人がちらほら見える。もうあまりコロナを恐れていないように見える。

僕自身も以前に比べると不安感は少ない。だが、本当にこれでいいのだろうか。60人に1人というのはたいへんな数字だ。重症化する人は少ないとはいえ、実際にかかった人の話を聞くとかなり大変そうだ。

政府や都の対策は見えず、人はゆるみきっている。そして数字だけがどんどん上がっていく。杞憂ならいいが、とてもイヤな予感がする。
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いろいろ書こうとしたけど、なんだかまとまらないので、しょうもない記事でお茶を濁すことにした。

先日掃除をしていたら、自分のへその緒が出てきた。母から預かって「大事なもの箱」に入れておいたのだが、それ自体を忘れていたのだ。

もちろん初めて見るわけではない。子供の頃見たことがあるし、わりと最近母から預かった時にも見たはずだが、裏に出生時の身長・体重などを書いた紙が貼ってあるのに気づかなかった。あらためて見て驚愕した。
へそのお
出生時の体重3215kg!ちょっとした象ぐらいか。今80kg弱なので、0歳から40分の1まで減量したことになる。ただし身長は3.5倍に伸びたが。

赤ちゃんのころの写真を見て、なんて太った子供なんだと思っていたが、まさかこれほどとは思わなかったよ。タクシーで母の実家へ行ったと聞いたが、4トントラックの間違いだな、きっと。
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訃報です。

友人から二松学舎大学名誉教授松本寧至先生が6月30日に亡くなられたという情報が入った。どこにも報じられていないが、信頼できる筋からなので間違いない。

松本先生は僕の師匠である。4年ほど前の3月に後輩とご自宅にお邪魔したのが最後だった。その後、コロナ禍で行けずじまいで、今年の年賀状が来なかったので心配していたのだが、電話ぐらいしておけばよかったと悔やまれる。

なにしろ師匠なので、思い出は忠久先生以上にたくさんあるが、今はとてもまとめられない。ただご冥福をお祈りするのみ。

石川忠久先生の訃報記事を書いた時に、「ブログ強化月間だからって、こんなネタ提供はもういらないよ」と書いたが、本当にもういいです。
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横澤夏子さんが出演している楽楽精算のCMで、「今だに紙とかわけワカメ!!」というのがある。昭和期を模したオフィスが紙の書類だらけで、いまだに何も進化していないという意味なのだが・・・。

これを見ていて、ふと昭和〜平成初期ってここまで紙多かったかなと思った。

もちろん僕は経理はやったことがないし、そもそもまともに就職したことがないから、詳しくは分からない。しかし、経理みたいなたくさんの紙を扱う仕事はそれなりに処理するための人員が多くいたし、そうでない仕事は文書そのものがもっと少なかった気がする。

たぶん紙の文書を処理する機械が増えたのと同時に文書が増えたのだろう。さすがにコピー機が出る前のことは知らないが、これで文書が増えたことは想像に難くない。その後、ワープロ・パソコンの普及とともに紙の文書が増えた感覚はある。手軽に文書を作成・複製できるようになって、それまで必要なかった新しい文書が増えてきたのだろう。

非常勤講師を始めてもう30年以上になるが、本来の教える仕事は変わっていないのに年々文書が増えていく。ここ数年でかなり電子化されたものの、それに比例して文書そのものの数が増えた。電子化されても文書の種類が増えていくので、手間は倍増している。なかにはいまだに紙に手書きしているものもある。増えたのは「その書類本当に必要なの?」といいたいものばかりである。

時代の流れとともに仕事のやり方が変わっていくのは仕方がない。コンプライアンスの問題があるのも分かる。しかし、文書のせいで本来の仕事が圧迫されるのは本末転倒である。いたずらに文書を増やすのではなく、もっと合理的な他の方法を考えるべきだろう。
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定時制高校の授業を終えて一息ついていると、Twitterのタイムラインでこんなのが流れてきた。

漢文なので解釈がおぼつかないが、石川忠久先生が亡くなられたということらしい。きわめて近い関係の人らしいので間違いはないだろう。まずはご冥福をお祈りします。

僕は国文学が専門なので、実は忠久先生(「チュウキュウせんせい」と読んでください)の授業を一度も受けたことがない。しかし、いささかのご縁がある。いやいささかなんて言ったら逆に失礼かもしれない。なにしろ「君とは腐れ縁だな」と言われたほどなのだ。あの忠久先生からこんなことを言われるやつはそうはいないだろう。

その腐れ縁、話は今をさかのぼること33年前である。当時僕は湯島聖堂に住みはじめたばかりだった。警備員兼職員兼お茶くみみたいな仕事で、たいしたことをしていたわけではない。そのころちょうど湯島聖堂の運営団体である斯文会の理事長が、宇野精一先生から忠久先生に変わった。

このころの思い出はたくさんあるが、よく覚えているのが、忠久先生が自動車に乗って現れた時のことである。斯文会の駐車場に見慣れない車が止まって、中から髭をはやした漢学者が出てきてびっくりした。しかも重々しいクラウンとかセドリックではなく、当時デートカーなどといわれたカリーナEDである。ニコニコして「この車買ったんだ」とおっしゃるので、「カッコイイですねー!」と答えた。後にも先にもこのときぐらい「カッコイイ」という言葉が自然に出たことはない。

その後、僕は学部を卒業し大学院に入り湯島聖堂を出た。するとなんと忠久先生も桜美林大学から二松学舎に移籍してきた。一瞬、オレのことが好きなのかと思った。しかもその数年後には学長になられた。

そのあとなんやかんやあって、僕が学位論文を提出したときのことである。学位論文の審査は国文学から五人と中国学から一人が審査員になるのだが、中国学は忠久先生が審査員になってくれた。師匠の話によると、教授会で僕の名前が出たとたん「私がやりましょう」と引き受けてくれたそうだ。あとから聞いて知ったことだが、これは本当に嬉しかった。

その面接のときのことも忘れられない。「面白かった。だけど、喩えが俗っぽいな。これは直したほうがいい」。僕は忠久先生の良さは俗っぽさにあると思っているので、これは讃め言葉だなと思ったが、よく考えてみるといきすぎた俗っぽさに対して警告してくれたのかもしれない。調子に乗ってはいけない。

僕は忠久先生の授業を取ったことがないし、用事で会いに行ったこともない。専門が違うので学会で会うこともない。しかしどういうわけか、いろいろな所でたまたまお会いすることが多かった。誰かの展覧会でお会いし挨拶に行ったときに、「君とは腐れ縁だな。ハハハハハ」という言葉をいただいたのである。

忠久先生からしたら、僕なんかモブキャラ以外の何者でもない。だが、なぜかいつも画面の隅いる謎のモブキャラだったようだ。もうそんなモブキャラを勤められないと思うとたまらなく寂しい。

それにしても第一報をTwitterで見つけるとは思わなかった。しかも漢文である。それがいかにも忠久先生らしいと思う。重ねてご冥福をお祈りします。

というか、ブログ強化月間だからって、こんなネタ提供はもういらないよ。

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今日は参院選である。先日の安倍元首相の暗殺事件も相まって、自民党が圧勝するのはほぼ確定とされている。野党の足並みが揃っていないし、そもそも存在感が薄いからどうにもしょうがない。

このところ、ウクライナの戦争だの記録的な円安だの節電だの選挙だのですっかり忘れられた感のあるコロナだが、6月の終わりあたりから急激に感染者数が増え、今日の発表で東京都の感染者数が9482人と報じられた。先週の日曜日と比べると2.5倍。第7波に入ったことは間違いない。

<新型コロナ・10日>東京都で新たに9482人の感染確認 1人死亡 病床使用率は35.2%:東京新聞

今年は6月なかばから急に暑くなったので、換気が悪くなったのが原因だろう。教室ではエアコンをかけながら窓を開けなければならないが、あまりに暑いから充分にできているとはいえない。なんといってもマスクをして授業するのはきつい。ぼくにとってただ一つの救いは夏休みが近いことだ。

授業はかなり正常に戻った。社会もそうだ。気分的にはかなり緩んでいる。しかし、このままではまた以前の自粛生活に戻ってしまうだろう。

いずれにしても、マスクをつける生活はまだまだ続きそうだ。
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午前中の授業が終わって、コンビニで買った握り飯を食いながらスマホを見ていたら、とんでもないニュースが飛び込んできた。いうまでもない。安倍晋三元首相が選挙演説の途中何者かに撃たれたというニュースである。そのときすでに心肺停止状態とも書いてあった。家に帰ったころ、死亡が報道されていた。

今のところ、これ以上書く気はない。犯人の名前などはすでに報道されているものの、その動機や意図、手口などまだ分からないことも多い。憶測で書くのは許されないだろう。詳細はこれから次々に出てくるはずだ。

なお、タイトルに「暗殺」という言葉を使ったが、ネットのニュースを見る限り、「銃撃で死亡」などとあり、「暗殺」という言葉を使っているのはあまりない。

しかし、政治家が殺された場合、犯人の動機いかんに関わらず暗殺とするべきではないだろうか。暗殺は政治・思想的な意味を伴った要人の殺害をいうことが多いようだが、仮にただ殺したいから殺したというだけでも、選挙で選ばれた政治家を殺害する行為は民主主義を破戒する行為になる。その時点で思想性がないとは言えないと思うからである。
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「ウクライナみたいにロシアが攻めてきたら、憲法9条は役に立たない」というようなことをSNSで見た。実は僕もあの戦争で憲法9条のことを思っていたのだが、意味としては全く反対のことだった。

ウクライナはもともとソビエト連邦の一角で、ロシアとウクライナは同じ国だった。ソビエト連邦の崩壊で別の国になったものの、いまだにウクライナにはロシア人もたくさん住んでいるし、親ロシア派の人もいる。ウクライナ政府に迫害されている親ロシア派の人たちを助けるというのが、ロシアによるウクライナ侵攻の口実である。

この構図では、日本を侵攻される側であるウクライナに当てはめることはできない。日本は一時期アメリカに占領されていた以外は、ずっと日本だった。当てはめるとしたらロシア側だろう。ウクライナに該当するのは、かつて日本が支配していた台湾や韓国・北朝鮮である。

台湾は多くの日本人には親日国だと思われている。仮にその台湾に反日政権が誕生したとする。政権が誕生したとしても、親日的な人がすべて反日的になるわけではない。そういう人に対し、反日政権が迫害を加えたらどうだろう。

万一内戦にでもなったら「邪悪な反日政府を倒し、台湾の親日台湾人を助けよう!」みたいなことになって、台湾派兵の機運が盛り上がるんじゃないだろうか。実際に台湾の政権が危害を加えなくても、日本の政府がそういうプロパガンダをする可能性だってある。

しかし現状では、絶対に派兵できない。戦争を放棄した憲法9条があるからである。台湾からの難民を受け入れることができるだけで、こちらから軍隊を派遣して外国の反日政権なるものを打倒することはできないのだ。つまり、「ウクライナに9条があれば攻められない」のではなく「ロシアに9条があれば攻めない」のである。

日本は戦争の被害者だったから、つい攻められる方を主に考えてしまう。しかし日本は被害者であると同時に加害者でもあった。順番からいえば加害者の方が先で、加害者だったから被害者になったのだ。まずは加害者にならないことを考えるべきではないだろうか。

ところで、今日(7月7日)が何の日かご存知だろうか。日本が戦争加害者となる発端になった盧溝橋事件の勃発した日である。
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またKDDIの障害ネタで申し訳ないけど、これは一言言わざるを得ない。たぶん普段だったら書かないことだとは思うけど。

「auの信頼度爆上がり」通信障害でも社長の“有能さ”に驚く声多数 一方で「まだ圏外だぞ…」など報告続く:ねとらぼ
SNS上では「KDDI社長の会見すごかった」「信頼度爆上がりした」「トップがこれだけの技術を把握している企業は素敵な会社だと思います」「エンジニア目線で見るとKDDIはとても恵まれた環境にあると思いました」などの声。
こういう意見、たしかにTwitterなんかで見たけど、違和感を禁じ得ない。だって、社長って最高責任者だよ。何がおきたか、なんでこうなったか、ちゃんと説明できて当たり前じゃないか。

説明できて当たり前、できないのがダメなのである。たしかに最近まともな説明になっていない政治家の発言をやたらと聞かされているから、たまにちゃんと説明できていると称賛したくなる気持ちも分からないでもない。しかし、できて当たり前のことなんだから褒めるべきことではないし、まして障害が起きて二日も復旧できない会社の責任者を、説明ができたというだけで信頼するのはおかしいだろう。

SNSを見ていてもっとびっくりしたのは、「こんな優秀な社長が引責辞任したら惜しい」という意見である。責任者は責任をとるためにいる。社会的なインフラを担う会社が二日間も機能停止したのだから、誰も責任をとらないというわけにはいかない。もし、だれも責任をとらないならば、この会社は責任をその程度にしか考えていない会社だということだ。

現在僕はKDDIのサービスを使っていない。だが、これからも使うことはないだろうし、KDDIの株を買うこともないだろう。どんなにいい会見を開いても、もう信用できないのである。これは責任者がしっかり責任をとった上で、あとは時間だけが解決してくれる問題である。

昔、「私らが悪いんです。社員は悪くございません」と号泣して訴えた証券会社の社長がいた。実はこの人自身は倒産の原因になった事件にまったく関与していない。それでも社長であるために責任を一身に負ってブサイクな泣き顔をテレビにさらして社員の救済を訴えた。それが責任者というものである。
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