カテゴリ: びっくりしたなあもう4

昨日、東京都の感染者数が過去最高を記録したのを記念して記事(1年前の自分と対話する)を書いたが、今日はついに3000人超え。

菅首相、東京で最多更新の3000人感染にも「お答えする内容がない」と取材拒否:東京新聞
この日は、東京都で確認された新規感染者が初めて3000人を超えたが、官邸側は「本日はお答えする内容がない」(首相秘書官)として、首相の取材対応を拒否した。
たまたまテレビで、質問を無視して逃げる菅首相を見ていたのだが、あれはちょっとない。今までもそうだったが、彼には国民を安心させようという気がないとしか思えない。

安倍前首相はウソでも安心させようというコメントを出していた。彼の場合「ウソでも」というのが問題なのだが、少なくとも国民を安心させるという気はあったようだ。菅首相にはそれすらない。

緊急事態宣言の効き目が無くなっていて、もう打つ手がないのだろう。だが、一つだけ緊急事態宣言の効能を取り戻す方法がある。オリンピックの中断・中止である。

僕は安倍前首相の政治はほとんど評価していないが、二つだけ高く評価していることがある。一つはアベノミクスの初期、もう一つはコロナによる休校措置である。

休校措置はあまりに唐突で長期だったから、学校や親からは評判が悪かった。閣内からも合意が得られていなかったともいう。逆に言えば、それだけインパクトがあったのだ。学校が三ヶ月休みになるくらいだから、企業や商店も協力せざるを得ないというわけだ。

しかし、今は夏休みで初めから学校は休みである。そもそも緊急事態宣言慣れしているから、たとえ学期中でも効果は薄いだろう。だが、あれだけムリヤリやろうとしていたオリンピックの中断もしくは中止はインパクトがある。今それをすれば、間違いなく去年の3月ぐらいの状態にはできるだろう。

あるいはパラリンピックを中止にしようと思っているのかもしれない。それではダメだ。いまやっているオリンピックを途中でやめるからインパクトがあるのだ。オリンピックを最後までやってパラは中止では、かえって国民から足元を見られるだけだろう。

もちろん、今の無能な政府にオリンピックを途中でやめることなどできるわけがない。しかし、実際に中止するほどの効果はないが、もっと簡単な方法がある。

それは、オリンピック中止を匂わせる発言をすることである。もともと二階幹事長が「これ以上無理だということだったら、すぱっとやめないといけない」と言っていたのだから、匂わすことぐらい簡単だろう。もちろん、マスコミからは具体的な条件を聞かれるだろうが、それこそお得意のオトボケを使えばいい。

まあ、それすら出来ないのが菅政権なんだけどね。念仏みたいに「安心・安全」と唱えるのが関の山。あ、「例の運動会」って書き換えるの忘れてた。
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今日の東京都の感染者数が過去最大になったのを記念して、ちょうど1年前にもどって過去の自分と対話してみる。

1年前の私:コロナかからなかった?

現在の私:大丈夫だ。これから一年間、風邪もひかないから安心しろ。家族・親戚誰もかかっていない。そうそう、もうすぐワクチンが開発されるぞ。日本はかなり接種が遅れるけどな。僕は7月15日に一回目を打った。

1年前の私:へー!ということは、もう感染者数はだいぶ減ったんだな。一桁台になった?

現在の私:いや、今日の東京都の感染者数は2848人。過去最多だそうだ。

1年前の私:えっ、どういうこと?増えてるどころじゃない、今の10倍じゃん!本当にワクチン効いてるのかよ?

現在の私:ワクチンは効いてるらしいよ。高齢者から先に打ったんで、その年代の感染者数は減っているらしい。そのかわり接種が遅れている若者の感染は増えてる。

1年前の私:そうかー。それにしても、いきなり3000人近くになるわけないよな。オリンピックは中止?延期?

現在の私:いや、普通にやってる。さすがに無観客になったけど。

1年前の私:はぁ?そんなわけないだろ。じゃあ特効薬でも開発されたのか?アビガンとか。

現在の私:いや、まだ開発されていない。アビガンは・・・そういえばどうなったんだろ。まだ承認もされてないんじゃないかな。みんなアビガンなんか存在すら忘れてるよ。テレビはオリンピック一色だし。

1年前の私:そんな状況でよくオリンピックなんか落ち着いて見ていられるな。あっ、緊急事態宣言で家から出られないからか。それじゃしょうがないな。

現在の私:うん、たしかに緊急事態宣言は発令されてるよ。一瞬解除されたけど、今月の始めにまた発令された。でも、最初の緊急事態宣言とは全然雰囲気が違う。

1年前の私:どんなふうに?

現在の私:まず、昼間に新宿だの渋谷だの行っても、コロナ前と変わらないほどたくさん人が歩いている。昼間は普通に店が開いているからね。店が閉まる時間は早いし飲食店で酒は飲めないけど、コンビニで酒買って路上で飲んでいるやつがいっぱいいる。学校も時差通学なんかはやってるけど、それ以外は普通。今は夏休みだけどね。

1年前の私:それのどこが緊急事態宣言なんだ。狂ってるな。

現在の私:街はそんな様子だしオリンピックもあるから、ここから減りそうな気がしないんだよ。まだまだ始まったばかりだからね。このままだと閉会式までに6000人ぐらいは行くんじゃないかな。

1年前の私:いやー、とても信じられん。こっちは300人に迫る勢いでびびってるのに。一体どうなってるんだ。

現在の私:誰が金メダル取るとか知りたい?

1年前の私:そんなのどうでもいいよ。それより、お前未来から来たんだろ。今から買って儲かる株を教えろ。

現在の私:おお、そうだな。例えば、僕が打ったワクチンを開発した・・・(時間切れで消える)

1年前の私:わー!先に聞いておけばよかった!

1年前からは以上です。
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僕は自動車を持っていないので、レンタカーをよく使う。コンパクトカーを借りることが一番多いが、人数が多いときはちょっと大きめのミニバンやセダン、物を移動するときは商用車と、いろいろなメーカーや車種を運転するのだが、ちょっといい車を借りた時に戸惑うことが多くなった。その原因がコレ。
エンジンスタートボタンとサイドブレーキ
シフトレバー(セレクターか?)の右にある二つのボタン。自動車の最も基本的な動作を担っている大事なボタンなのだが、こいつが問題だ。

この車の場合、上がエンジンスタート・ストップボタンで、以前はキーを挿していた場所である。ボタンになったからとて、何一つ便利になっていない。場所も以前ならハンドルの付け根と相場が決まっていたのに、今はメーカーや車種によって場所が違う。

これでキーがなくなるわけではない。キーと同じ大きさの小さなリモコンを車内に入れなければエンジンがかからないようになっているのだ。キーの場合、走っている間はキーは挿入されているから、どこかにいってしまうことはない。このタイプだとどこかにしまっておく必要がある。ポケットだと場所によっては邪魔くさくなるし、車内のどこかだと車の揺れとともにどこかへ飛んでいってしまう。蓋のあるグローブボックスなどに入れると、出すのが面倒くさいしどこに入れたか分からなくなる。このボタンとリモコンにする利点が僕には全く理解できない。

もっとにたちが悪いのが、その下のボタン。これ、昔でいうサイドブレーキである。かつてサイドブレーキはその名の通りサイドにあるか、左の足もとにあると相場がきまっていた。外見も自己主張がはげしく、どこにあるか見つからないなんてことはなかった。こんな小さなボタンでは初見で場所が分かりにくい。

しかも引けばいいのか押せばいいのか、見た目では全く分からない。かかっているのかいないのかも分かりにくい。写真のボタンにはLEDがついているが、かかっていると点灯するのか消えるのか、初見では分からない。なにしろこれがかかっていないと自動車が勝手に動き出すというヤバいものなので、毎回スピードメーターのわきにあるインジケータを確認している。

サイドブレーキは引いた時の手応えと「ギッ」という音で「かけたぞ!」と確認する習慣になっているので、こういう何の手応えもないボタンは、ちゃんとかかっているのかとても不安だ。この際、手応えは諦めるから、電子音でもいいので「ギッ」と音を出してほしい。ただし、「ギッ」だけは譲れない。「ピポ」とか「ピッ」は不可。

キーを差しこみエンジンをかけ、サイドブレーキを解除して発進。止めたらシフトレバーをPに入れ、サイドブレーキを引いて(あるいは踏んで)かけてからキーを回してエンジンを止める。こういう一連の動作が身に付いているのに、最初と最後がおかしいから大いにストレスになる。しかもこうする利点がよく分からない。僕はこれが便利だと思ったことが一度もないのだ。

さっさと元に戻して欲しいのだが、メーカーにも何か事情があるのだろう。どうしてもボタンにしなければならないというなら、せめて場所だけでも昔と同じ場所で統一してほしい。
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どんなにショボいイベントでも、開催するより中止する方がはるかに大変である。

もうずいぶん前のことになってしまったが、僕が実行委員長をしていた展覧会が東日本大震災で中止になったことがある。出品者への連絡と出品料の返還、すでに送られてきていた作品の発送、会場や懇親会場のキャンセル、それにまつわるキャンセル料の交渉、もう思い出したくもないイヤな思い出である。

40人程度の展覧会でさえそうなのだから、例の運動会を中止するのは並大抵のことではない。だから中止しないのではなく、中止できない、つまり中止する能力がないのだろうと思っていた。

ところが・・・。

菅首相 “五輪 やめること簡単 挑戦が政府の役割” 米有力紙で:NHK NEWSweb
そして、菅総理大臣は「やめることは、いちばん簡単なこと、楽なことだ」としたうえで「挑戦するのが政府の役割だ」と強調しました。
なんと、菅首相は中止するのは簡単だがあえて挑戦するのだという。これが他の人なら「中止する能力がない」というと格好悪いから言ってるのだろうと思うのだが、菅首相の場合本気で「やめることは、いちばん簡単なこと、楽なことだ」と思っていそうな気がする。

安倍政権の官房長官時代、記者の質問に対してわけの分からぬ回答を繰り返していたのは、安倍首相に代わって、バカのふりをして悪役を演じているのだと思っていた。しかし、首相になってもわけが分からんから、「ああ、あれはガチだったんだ」と分かり、この人は無能なのだなと思った。

もし本気で「やめることは、いちばん簡単なこと、楽なことだ」と思っているなら、これはいよいよである。たぶん、これまでの人生で自分が陣頭指揮を取ったことがないのだろう。もしくは、自分が取ったつもりで優秀な裏方がやっていたか、どちらかである。

僕は、政治家というのは必ずしも有能である必要はないと思っている。無能であっても、自分の無能を見つめられる人が優秀な政治家である。しかし、菅首相は自分が無能であることを分かっていないタイプらしい。こういう人が政治家としていちばん質が悪い。
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例の運動会、またケチがついた。もう言うまでもない。開会式作曲担当小山田圭吾氏のアレである。

小山田氏は僕と同い年なので思う所もないではないが、それはさておき、さすがに今となっては首をすげ替えるのは難しい。実際に短期間で曲を作れといわれれば、ほとんどの人がお断りだろう。しかも、最初から依頼されたのではなくコーネリアスの代役というんじゃますます受けられない。

こういう時こそ古典の出番である。日本には雅楽を初めとする伝統的な音楽があるし、西洋のクラシックでもいい。著作権フリーで作曲料を払う必要もない。評価が定まっているからケチもつかない。演奏者も豊富にいる。

問題は古典を使いこなすなら、演出家にある程度の教養が必要なことである。開会式に葬送に使う雅楽を使うわけにはいかないし、勇ましいからといってワーグナーなんか使ったらとんでもないことになりそうだ。古典を使うのには教養が必要だということすら知らないと、安定しているはずの古典を使ってもケチがつく。

なんだ、やっぱり古典必要じゃん。

「それは音楽の話で文学とは関係ない」という人には、「うっせえバーカ」とだけ言っておこう。

【追記】
近田春夫先生がやってくれるらしいよ。もうこれでいいじゃん。

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今、世界的に世の中を騒がせているのはいうまでもなくcovid19、新型コロナウィルスである。いまだに間違っている人もいるが、コロナウィルスはウィルスであって細菌ではない。コロナ菌でもなければコロナウィルス菌でもない。

ウィルスと細菌の違いは、端的にいうと自分で分裂できるかどうかだ。細菌は自ら分裂して増えることができるが、ウィルスは他の細胞に取り付いて、それを材料に自分の複製を作って増える。遺伝子を持っていても、自分だけで分裂できないのだから、ウィルスは生物ではないという見方もある。

とまあ、このへんまでは高校の生物あたりで習う話なのだが、じゃあ最初のウィルスはどうやって生まれたのか。これは学校で習った記憶がない。今までは漠然と進化の過程で生物ができるまえにウィルスができたんじゃないかと思っていた。しかし、よくよく考えたら、それでは増えることができない。逆に生物が先だとすると、どうやってこんなわけの分からんものができたのか不思議になる。

ちょっと調べてみたら、ウィルスの起源には三つの説があるそうだ。

1・病気の原因となる大きな微生物(たとえば細菌)が退化して生まれた。
2・DNA生物が出現する以前のRNAワールドの時代の面影を残したもの。
3・細胞の遺伝要素の一部が細胞から飛び出したもの。

1は生物が先説で、素人目には説得力があるように思うが、現在はほぼ否定されているらしい。2は僕が最初に考えていたことに近いが、DNAワールドの前にRNAワールドがあったという考え方の弱点の一つが、RNAでは自分だけで増えることができないからというものらしい。僕の疑問の答えにはならない。

現在一番有力なのが3だという。この説によると、今もどこかで新しいウイルスが飛び出しているということになるだろう。ということは、僕たちは永久に新しいウィルスの出現に怯えなければならないということである。
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先日、ラーメン屋で豚骨ラーメンを食べていたら、なんだかへんなBGMが流れてきた。
希望にあふれ
生きる喜び幸せに満ちて
愛の楽園すべての心が
愛をわかちあう・・・
「生きる喜び」とか言っているわりに歌い方は辛気臭いし、子供のコーラスが入っていたりするし、一瞬新興宗教の何かかと思った。だが、よくよく聞いてみると、西城秀樹の声に似ている。

今はスマホがあるから調べればすぐに分かる。背脂の付いたヌルヌルした手で印象的な歌詞で検索してみると、やはり西城秀樹だった。

西城秀樹といえば、とりあえず絶叫系だと思っていたので、こんな曲もあったのかと思ってびっくりしたが、作詞・作曲・編曲を見てさらにびっくりした。
作詞:スティーヴィー・ワンダー/追詞:山川啓介/
作曲:スティーヴィー・ワンダー/編曲:坂本龍一
なんと作詞・作曲スティーヴィー・ワンダーである。西城秀樹らしくない曲だが、スティービー・ワンダーらしくもない。編曲の坂本龍一は、最初の方の鳥もどきピポピポ音を聞くと、まあ言われてみればそうかなという感じだ。

西城秀樹は洋楽のカバー曲が多いが、これもどうやらカバーらしい。となると、スティーヴィー・ワンダーがこれをどう歌っているか気になるじゃないか。というわけで、YouTubeを検索してみると・・・

まずタイトルでびっくり。「Ai No Sono」、西城版と全く同じ日本語である。「スティービー・ワンダーの日本語が聞けるのか!」と期待に胸をふくらませて再生すると・・・

スティービー・ワンダー、一言も歌ってねぇ!

歌っているのは、西城秀樹版にも入っていた子供のコーラスだけ。さらに調べてみると、このコーラスの中に当時アメリカに住んでいた西田ひかるさんが入っていて、ちゃんと名前がクレジットされているらしい。
西田ひかる:Wikipedia
西田はカリフォルニア州在住時、スティーヴィー・ワンダーの楽曲、『愛の園 (Ai No, Sono)』において、大勢の子供たちと共にコーラス参加した。この楽曲は1979年に発売されたワンダーの音楽アルバム、『シークレット・ライフ』に収録されており、その曲紹介には西田の名前も、「Hikaru Nishida」としてクレジットされている。
そもそも、スティービー・ワンダーはなんでこんな曲を作ったのか。

これまた調べてみると、この曲は「シークレット・ライフ(Journey Through the Secret Life of Plants)」という二枚組みのアルバムに入っていて、「The Secret Life Of Plants」というドキュメンタリー映画のサウンドトラックだという。
シークレット・ライフ:wikipedia
よく考えてみると、スティーヴィー・ワンダーは盲人なので映画を見ることは出来ない。それで20曲も作っちゃうのは驚異的いうほかない。それにしても一体どんな映画なのだろうと気になったが、最後のびっくり、なんとこの映画一般公開されていなかった。
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今日は8月9日、長崎に原爆が投下された日だが、もう一つ大事な日である。本来なら今日が東京オリンピックの閉会式のはずだったのだ。

思い起こすと2012年の10月、勤務先(都立高校)のレターボックスにオリンピック招致のバッジが入っていた。同じ日に祖母が老人会でオリンピック招致のクリアファイルをもらってきた。そのころ「オリンピック招致なんてムリだろ」と思っていたから、在庫一掃セールだと思った。これは僕だけではない。そのころの都民の大多数はそんな感じで、そもそもやって欲しいとも思っていなかった。
オリンピック招致バッジオリンピック招致クリアファイル
ところが、だんだん学校にポスターやらのぼりやらが飾られるようになって、「こいつら、マジでやるつもりだ!」と思っていたら・・・。
オリンピック招致ポスターオリンピック招致のぼり
例の「お・も・て・な・し」で、2013年9月に2020年の東京開催が決定された。

ずいぶん前に友達から、オリンピックで上がる株の銘柄を教えてくれと言われた。僕は、「2020年にオリンピックが開催されることはもう世界中誰でも知ってることだろ。オリンピックで上がる銘柄は、もう上がっている。中止になったら下がる銘柄があるから、中止になる前にそれを空売りすればいい」と答えた。もちろん、中止を予想していたのではなく、中止になるわけはないという冗談である。

ところが、この冗談が現実になった。正確には一年延期だが、それだって怪しいものだ。しかも、去年までは猛暑で事故が危ぶまれていたが、今年は期間中のほとんどが梅雨で、暑かったのは最後の一週間だけ。心配した気候の方はたいしたことなくて、だれも予想しなかった疫病で延期である。

たぶん、これからもまったく予想だにしないことが続くだろう。大事なことは、予想しないことが起きても、柔軟に対応することである。そして、一番愚かなことは、予想が間違っていても、対応を修正しないことである。
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何か書くことがあったんだけど、いくら考えても思い出せなくて、昨日は悶々として別の文章を書いているうちに時間が来てしまった。

で、たった今思い出した。

定額給付金、やっと入金された。

申し込みは郵送ではあったがすぐにした。あまりに音沙汰がないから、出したつもりで出してなかったのかと思ったよ。

もうダメだろ、この国。
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例の自転車旅行写真を見ていたら、こんなのがあった。
老人頭
老人頭=LAORENTOU(ラオレントウ)=LEONARDO(レオナルド)であることに気付いて、ちょっと面白いと思って撮ったらしい。肖像は有名なレオナルド・ダ・ヴィンチ像である。

このブランド、今も続いているらしい。さすがに「老人頭」は恥ずかしくなったのか、サイトでは「李奧納多」と表記している。まことしやかな来歴が書いてあるが、たぶん適当に作ったのだろう。

LEONARDO

老人頭はそれなりに有名なブランドらしい。その証拠に商標を検索したら、いろいろパチモノが出てきた。もしかしたら、パクられすぎて表記を変えたのかもしれない。

まずはこれ。LARENTO。LAORENTOUからOとUを除くことによって、巧みに中国語風味を消している。
パチ老人頭1
あれ?この人だれ?ホーおじさん
パチ老人頭2
上の人と似てるけど、ちょっと悪人顔。
パチ老人頭3
ギリシャ神話の神様風。船で遭難した人風でもある。
パチ老人頭4
ダ・ビンチなんだろうけど、ロゴの雰囲気がまるで合ってない。
パチ老人頭5
顔が怖すぎる。悪魔祓いとかやってそうだ。あと、ブランド名が読めそうで読めない。「リヤオ・ラー・トー・ルオ」?
パチ老人頭6
もはや、ダ・ビンチでもなんでもない。帽子かぶってパイプくわえている。ただ、いままで出てきた老人頭の中では一番かっこいい。
パチ老人頭7
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