タグ:カメラ

僕が初めて自分の金で買ったカメラはCONTAX G1だった。このカメラはレンズ交換式だったが、ズームレンズが存在しなかった。

その頃はそういうものだと思っていたから、フレーミングのために前後に動きまわるのも、レンズを付け替えるのも、さほど苦にはならなかった。それに、狛犬写真を撮るのがメインだったから、レンズも28mmと45mmだけ持っていけば事足りたのである。

コンパクトカメラ以外で、ズームレンズを使うようになったのは、デジタル一眼レフを買ってからである。これが今も使っているSIGMA17-70mm F2.8-4 DC MACROである。※アフィリのは後継品。

シグマ17-70mmを試してみた:2007年12月24日


銀塩換算で25.5mm-105mm、ズームレンズとしては明るく、ズーム全域で20cm(CCDからの距離)まで寄れる。大概のものは撮れる万能レンズである。

銀塩の時代はレンズの描写がどうの、コントラストがどうのと結構気になったが、デジタルになったら、あまり興味がなくなった。パソコンである程度補正できるからである。結局、これ以外のレンズを買うことなく今日に至った。

だが、先日、あるブログを読んでいたら、PENTAX純正のDA35mmF2.4ALなるレンズが紹介されていた。銀塩換算で55.5mm。標準レンズである。値段は18,000円程度。気がついたら、アマゾンでポチってた。


ベトナム旅行に行ったのはこれを買った後だったが、標準レンズの単焦点では心もとないので、持って行かなかった。というわけで、昨日(今月の池上線(千鳥町駅):2014年07月28日)初めて使った次第。

まず感じることは、とにかく軽い。SIGMAのズームレンズは550gもあるのに対し、これは130gしかないのだから当たり前だ。レンズが小さいからかばんから取り出すのも楽ちん。

しかし、レンズが軽くなったぶん、シャッター音がやたらと響く。シャッターそのものは変わっていないのに、なんだかパカーンという安っぽい音が鳴り響くのである。騒々しいところで撮っているから、周りには聞こえないだろうが、撮っている僕には、ちょっと気になる。

最初に書いたように、単焦点には慣れているつもりだったが、すっかり感覚を忘れているのには驚いた。どこに立てばフレームに入るのか、見当を外してしまうのである。

後ろすぎればいいのだが、たいがい前すぎて被写体がフレームに入りきらないのである。そこで、つい左手でリングを回そうとするが、それはピントリングなのでズームしない。「あっ、これズームじゃなかった」と思って、ファインダーを覗いたまま後ろに下がると、千鳥町とはいえさすがにそこは大都会東京、車に轢かれそうになる。都会は危険がいっぱいだ。初めて単焦点を使う人は、人の少ない所で撮ったほうがいい。

後ろに下がりすぎて、池に落ちるとか、木に頭をぶつけるとか、それが単焦点の「趣」だと思っていたが、結構命がけである。ベトナム戦争の時代は単焦点が主流だったから、それで地雷を踏んでサヨウナラしちゃった戦場カメラマンもいたに相違いない、と訳のわからない感慨にひたった。
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僕の場合、どういうわけか知らないが、過酷な物の使い方をしているときは壊れないのに、なんでもないときに壊れることが多い。

昨日、愛用の一眼レフデジカメ(Pentax K-100D)の背面液晶が壊れた。昼食前までは何にも問題がなかったのに、帰ってきたらこのありさま。キラキラして、なんだかとっても綺麗だが、これでは何の役にも立たない。
背面液晶

どこかにぶつけたのは間違いないが、ぶつけた記憶が全くない。当たり所が悪かったのだろう。

このカメラは、これまで結構過酷な使い方をしてきて「あ、これはやっちゃったかな?」と思う場面も結構あった。2010年の中国自転車旅行なんかは、結構なスピードで砂山に激突してひっくり返ったから、これは間違いなく逝っただろうと思ったが、どこも壊れていなかった。もっとも、この時はカメラより自分が壊れなかった方が幸いだったのだが。

それが、今回のように何でもないときに壊れるのである。そういう旅の途中で壊れるよりはずっといいのだが、こうあっさり壊れると釈然としないものを感じる。

それにしても、背面液晶がない―つまりすぐに確認できない―というのは不安なものである。銀塩時代はどんな写真が撮れているか現像するまで分からないのが当たり前だった。そんな時代から、10年も経っていないのに、ちゃんと撮れているか不安でしょうがない。

とはいえ、背面液晶が壊れたからといって、写真が撮れないわけではない。このまま使おうかとも思ったが・・・ああ、設定ができねぇ。ダメだ。買おう。
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時代は回るのつづき。

写真とカメラの歴史は実に面白い。写真が発明されたときのショックはいかなるものだったか、とても想像できない。なにしろ、画家が全員失業してしまうかもしれないのである。

発明されたのもすごいが、映画用だった35mmフィルム(一般に使われるフィルム)を使用した、スチールカメラの発明も画期的だった。これを初めて世に出したのがドイツのライツ社(Leitz)である。ライツ社はこのカメラをライツのカメラ、つまり「ライカ(Leica)」と名付けた。

ライカは世界中でパクられた。特にパクったのが日本とソ連である。世界中でパクられたのには二つ理由がある。

一つは、比較的単純な構造でパクりやすかったこと。当時、ライカと並ぶ35mmフィルムを使うカメラに同じくドイツのコンタックス(CONTAX)というのがあったが、こちらは構造が複雑なのでほとんどパクられなかった。

もう一つは、ドイツが枢軸国で、連合国側ではライカを入手するのが困難だったからである。カメラは兵器でもある。第二次世界大戦中、イギリスではライカの供出まで行われたらしい。

ところが、同じ枢軸国なのになぜか日本はパクりまくった。戦前から戦後にかけて、ニセライカを作るメーカーの頭文字はA〜Zまですべてあったと言われている。

その一つがレオタックスである。画像は左がホンモノのライカIIIf、右が僕の持っているパチもの日本製レオタックスfv。1958年製。
b-leicaleotax


ロゴもよく似ている。
leicalogoleologo


これは特殊な例ではなく、今を時めくキヤノンもニコンもパチライカを作っていた。現在残っているカメラメーカー(デジカメ時代になってずいぶん統合されてしまったが)でパチライカを作らなかったメーカーはほとんどない。

レオタックスという名前自体、LeicaとContaxを足して二で割ったような名前である。表向きには言っていないが、日本のカメラブランドの名称も「ツアイスイコン」「コンタックス」「ライカ」といったようなドイツブランドの影響を受けている。

1954年、ライカはM3という新しいカメラを世に出す。M3はコピーできず、日本のパチライカブランドのほとんどは消滅した。上のレオタックスfvはライカM3以後の製品だが、いろいろ工夫してはいるもののそれ以前のライカ(バルナックライカという)を模倣している。

一方、コピーをあきらめ、一眼レフに活路を見出した日本のメーカーは発展を遂げた。逆に一眼レフを開発できなかったライカは市場から駆逐された。それが現在世界を席巻している日本のカメラに繋がる。

さて、ここまでくれば、僕が何を言いたいか分かるだろう。日本もかつては安いニセモノを量産する国だったのだ。中国を笑っている場合ではない。時代は回るのである。
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最近国語の授業を持っていないので、試験問題を作っていない。このままだと腕がなまりそうなので、試験問題を作ってみた。国語じゃないけど。

次の空欄の1〜3に国名を、Aに産業名を後の語群から選び、それぞれ入れよ。

枢軸国の一つ( 1 )は製造業の盛んな国として知られていた。
( 1 )のある企業によって作られた( A )はその独創性と精密さから、グローバルスタンダードの地位を確立したが、人件費の安い( 2 )や( 3 )の企業によってデッドコピーされた。
とりわけ、( 2 )は( 1 )のブランドごと模倣する例が多かったが、最終的に世界の( A )市場は( 2 )企業の製品で埋め尽くされ、現在に至っている。

国名 ドイツ イタリア 日本 アメリカ ソビエト連邦 中国
産業名 オートバイ カメラ 飛行機 テレビ
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いよいよブログ強化月間も終盤に入り、ネタ切れしてきたので、自分語りでもしよう。

このブログを継続して読んでいる方は、中川はなんと多趣味なんだろうと思う方もいるかもしれない。どれも半可通なのだが、多趣味には違いない。

これらの趣味は一見ばらばらだが、実はつながりがある。

始まりは狛犬だった。僕は国文学を専攻する学生で、その関係で、いろいろな神社仏閣に行った。そこで、狛犬に個性があることに気づいたのである。

それまでは、狛犬というのは、せいぜい稲荷の狐と普通の狛犬だけだと思っていた。ところが、狼(浅間神社・御嶽神社)、猿(日枝神社)、牛(天満宮)、兎(調神社)など、いろいろな神使が狛犬代わりに置かれていることを知った。

そのきっかけになったのが、板橋区桜川の御嶽神社にいる狼型。これに関しては、だいぶ前に書いた(狛犬との出会い:品川武術倶楽部)ことがあるので省略する。その後、みな同じと思っていた普通の狛犬にも個性があることが分かった。

そこで、僕は狛犬の写真を撮ることにした。本来なら、由来などを調べる方に走るところかもしれないが、本業が調べることなので、どうもそちらには食指が動かなかった。で、どうせ撮るなら美しく撮りたい。そこで写真にはまった。

狛犬は動かないから簡単に撮れると思ったら大間違いだ。なにしろ、必ず二体いる。それも、薄暗い場所にいることが多い。右に光が当たっていれば、左は真っ暗だったり、両方真っ暗だったり、なかなか難しい。どんなに暗くても、ストロボを当てれば撮れることは撮れるのだが、平板になってしまい、狛犬の魅力を引き出すことはできない。

そんなわけで、CONTAX G1を買った。一眼レフでなく、レンジファインダーのカメラにしたのは、小さいことと、幼稚園などが併設されていることが多い神社やお寺で、怪しまれないためである。

僕はそれまで、コンパクトカメラしか使ったことがなかった。それに比べたら、このカメラで撮った写真はとても美しく見えた。

さらに、写真を撮るという行為そのものが楽しくなった。そこで、なぜかクラシックカメラにはまりだした。

クラシックカメラは高い。本当はライカやコンタックスがほしかったが、金がないので、もっぱらソ連・ロシア・東欧のカメラとレンズを買った。これらのカメラは、なにしろ共産圏のものだから、質感はチープだったが、単純構造のせいか意外と故障がなく、レンズは東ドイツの技術を受け継いでいるので、写りはなかなかいいし、その気になれば、ライカやコンタックスのレンズを付けることもできる。

それからしばらくたって、デジカメの時代が来た。僕はそれに抵抗して銀塩カメラを使い続けたが、時代の波には勝てず、ついにデジカメを使うようなった。デジカメの一眼レフを買ったのは去年の五月である。
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