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森友文書改ざん問題の抗議デモに行ってきたのコメント欄で、薄氷堂さんから、ニューヨークタイムスに「いい土地ですから、前に進めてください」が"It’s good land. Please go ahead"と訳されていると教えてもらい、他にどんな表現があるのか興味を持ったので、調べてみた。

The NewYorkTimes(ニューヨークタイムズ)
It’s good land. Please go ahead.

REUTERS(ロイター)
This is good land so please proceed.

FinancialTimes(フィナンシャルタイムス)
This is a good plot of land so please go ahead.

japantoday(ジャパン・トゥデイ)
move forward because it is a good plot of land.


ついでに中国語も。
新華網
这是块好地,请推进(建校事宜)

中国では森友学園事件のことを「地价门(地価門)」と呼んでおり、地价门で検索するとやたらと記事が出てくるが、あのセリフを見つけるのは至難の業で、今のところこれしか見付からなかった。なお、門はウォーターゲート事件(水門事件)に由来するそうだ。

あともう一つ、中国語がらみで学んだ表現。
北晩新視覚
同月,森友学园被曝以1.34亿日元的“白菜价”购得一块估价近10亿日元的国有土地,用于建造小学。

「白菜价(白菜価)」白菜は日本でも中国でも白菜・・・というか、もともと中国野菜なのだが・・・ちょっと前までやたら高かったが、中国では安いものの代名詞らしい。つまり、激安ということ。

超安値価格なハクサイ価格?超安値価格【白菜价】:今すぐ中国語

いろいろ勉強になるなぁ。
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たまたま厄介になった、中国の留学生寮で洗濯をしようとしたときのことである。

ここには洗濯室があり、洗濯機が並んでいた。東芝だかナショナルだかの日本ブランドの二槽式で、見た目は日本のものと全く同じ。ちゃんと水があふれないように、洗濯槽の内側上部に排水口が開いていた。

洗濯が終わり、すすぎの段階になって、僕は日本でやっているようにちょろちょろと水を出し続けて洗濯機を回した。洗濯室は蒸し暑く居心地が悪いので、そのまましばらく近所をぶらついて帰ってきたら、なんと水があふれんばかりに入っている。排水口はダミーだったらしい。紛らわしいもの付けるな!と腹が立った。

そこへ世話係のおばちゃん登場。この人が水を止めてくれたらしい。

当時、おばちゃんの中国語は全く分からなかったが、彼女が指さしたところに貼り紙があり、「蛇口の水は必ず止めること」的なことが書いてあった。どうやら来たばかりの留学生がよくやるミスらしい。この時僕は「蛇口」のことを「竜頭(long2tou2)」ということを知った。

それにしても、なぜ排水口があるにもかかわらず、水があふれる仕様になっていたのか、いまだに分からない。あとで聞いたら、置いてある洗濯機が全部こうなっているというので、僕が使ったのがたまたま詰まっていたというわけではないらしい。

このように、中国語で「蛇口」のことを「水竜頭(shui3long2tou2)」とか「竜頭」という。日本語の「蛇口」と中国語の「竜頭」、両者に関連があることは想像に難くない。

現代の蛇口にあたるものが登場するのは、水道が整備されてからだろう。「蛇口」にしても「竜頭」にしてもそれ以降の言葉となる。しかし、現在の蛇口の形状からすれば、どうみても龍の頭には見えないし、蛇の口にも見えない。恐らく何かから名前を借りてきたのだろう。

龍は水の象徴だから、龍の口からゲロゲーロと水が出てくるのはそれほどおかしくない。神社やお寺の手水舎では、たいがい龍がゲロゲーロと水を吐いている。中国でも、龍が水を吐いているところはよく見る。

とすれば、もともとは「(水)竜頭」という言葉があって、中国ではそのまま「蛇口」の意味として転用し、日本では誰か洒落者が「こりゃ竜頭というより蛇口だな」ってな具合で蛇口になったのではないだろうか。

日本では「竜頭」は「りゅうず」と読み、別の意味がある。一つは梵鐘を吊るす釣り手のことで、これは文字通り竜の形をしている。もう一つは腕時計や懐中時計の針を動かすつまみのことだが、どう見ても竜の形をしていない。

腕時計だと分からないが、懐中時計の竜頭には輪と鎖がついている。これなら梵鐘を吊るす釣り手に似ていないこともない。誰か洒落者が梵鐘を吊るす部分になぞらえて「竜頭」と呼んだのだろう。

以上はすべて推測にすぎない。これらを証明するには、「蛇口」や「竜頭」の用例を探して、いつから使われるようになったか調べなくてはいけないのだが、面倒くさいので今日は思いついたことを書くにとどめる。
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日本維新の会の橋下徹氏はグッドモーニング以外の英語が喋れないらしい。

僕の英会話「放置したのは自民政権」 維新・橋下氏:朝日新聞デジタル
ゆとり教育を許してきたのは自民党政権だ。英語教育も、僕なんか10年たってしゃべれるのはグッドモーニングだけ。(中略)アジアで英語をしゃべれないのは日本人だけ。僕も国際会議に呼ばれる。中国人も韓国人もベトナム人もタイ人も英語べらべら。僕だけ通訳がついている。みんなゲラゲラ笑いながら英語で会話している。僕は通訳入っているから1分後にゲラゲラ笑う。何でこんな人間になってしまったのか。日本の英語教師が英語をしゃべれないからだ。総入れ替えしたらいいが、教員組合は認めない。放置していたのは自民党政権じゃないか。

はたして、英語が苦手なのは教員組合と自民党のせいだろうか。

問題は「しゃべれる(できる)」の定義にある。さすがにグッドモーニングしかできないのでは、しゃべれないと言っていいだろうが、まともに中学卒業した人ならそんなことはあるまい。会議ができなければしゃべれることにならないのなら、日本人は英語がしゃべれないと言っていいだろう。しかし、その定義だと英語を母国語とする国以外の国民は、たいがい英語がしゃべれないということになる。

10年前、初めて北京に行ったとき、露店のタバコ屋で煙草を買おうとした。そのころ、中国ではセブンスターやキャメルなど外国たばこをたくさん売っていた。これらのパッケージは日本で売っているものとほとんど同じで、セブンスターなら「Seven Stars」、キャメルなら「CAMEL」と書いてある。

ところが「セヴンスター」とか「キャメル」と言っても相手はヘンな顔をするばかりで、いっこうにタバコが出てこない。発音が悪いのかとおもって、何度も言いなおしてみたがだめ。しかたがないから陳列されている中に「北京」という中国煙草があったので、それを買った。地名なので「ベイジン・Bei3jing1」なら言えたのである。

何日か経って「セブンスター」は「七星(チーシン・qi1xing1)」、「CAMEL」は「駱駝(ルオトゥオ・luo4tuo)」でなければ通じないと分かった。もちろん箱には「七星」とか「駱駝」という表記は一切無い。英語ができないというのはこういうのを言うのである。

大抵の日本人は、Seven StarsもCAMELも難なく読める。それどころかアメリカなりイギリスなりに飛行機で行って、一週間ぐらい泊まって無事帰ってくるぐらいの英語力はあるだろう。これは十分「日本人は英語ができる」といっていいレベルだと思う。

それでも英語ができないと思うのはなぜか。教育も含めていろいろ要因はあるが、一番の原因は言葉が通じないことに慣れていないからだと僕は考えている。

日本にいる限り、日本語が通じないということはまずない。方言によって相手の言っていることが分からないということはあるが、たいていの場合分かるようにしゃべってくれるし、向こうはこちらの言っていることが分かる。だから言葉が通じるのが当たり前という感覚があり、通じないときに相手の意図をくみ取ろうとする気持ちがない。ひどいときは外国語で話しかけられると逃げてしまう。

中国人は通じなくてもなんとか聞き取ろうとする。田舎の爺さんに話しかけられて、「ごめんねー、オレ中国語できないんだよー。」とか日本語で言っても真面目な顔をして聞いている。絶対に分かりっこないのに。そういう時、相手は「听不懂」とか言うがそれでも聞こうとする。「听不懂」は「聞き取れない」というような意味で、外国語だけでなく方言などで聞き取れないときにも使う。

中国は方言の差がはげしく、同じ中国人同士でも住んでいるところが違えば、全く話が通じないことがザラにある。一応、普通話という共通語はあるものの、お年寄などでは全く話せない人もたくさんいて、テレビドラマなどでは字幕が出ることも多い。

彼らにとって、言葉の通じない人と会うのはそれほど珍しいことではない。だから分からないながらも、なんとか聞こうとし相手の言っていることを理解しようとする。地続きで、狭い地域にたくさんの言語がひしめき合っているヨーロッパでも、事情は同じだろう。

自称英語ができない日本人は、相手の言っていることを100%聞き取ろうとする。100%聞き取ろうとすると、聞き取ることに精一杯になって、相手の仕草や様子にまで目がいかなくなる。結果、何を言っているのか分からない、ノーミソのスイッチOff、逃げる・・・ということになる。

しかし、日本人同士の会話でも相手の言っていることを100%聞くなんてことは、よほど大事な話でないかぎりない。文脈や状況で判断して、重要でなさそうなところは聞き流しているというのが実際だろう。

母国語である日本語でさえそうなのに、外国語を100%聞き取るなんて不可能だし、そんな必要などどこにもない。僕の経験では、全体の2割から3割ぐらい聞き取れれば、日常的な会話は成立する。

言葉が通じないことに慣れること。一見逆説的だが、これこそ日本人が「英語ができる」と言えるようになるカギだと僕は思っている・・・まあ、僕もできないんですけどね。
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CanonWordtankM300キヤノン コンテンツカード(中国語カード) ID-DCW01CHを買った。

こんなマイナーなもんインプレッションしてもしょうがないのだが、中には欲しいという奇特な人もいるだろうから書く。

このカードの中身は、『講談社中日辞典』第二版・『講談社日中辞典』・『中国語会話 とっさのひとこと辞典』(DHC)。各社小学館の辞典なのに対し、こちらは講談社というのが面白い。どちらがいいのかは、僕のレベルでは分からないけど。

中日辞典の検索方法は、ピンイン・漢字・日本語の音訓・部首・総画数・手書きだが、僕が使っているM300には手書き機能はないので使えない。

ピンイン検索と漢字検索の違いは分かりにくいが、ピンイン検索はピンインを入力するだけで熟語が引け、漢字は漢字一字ずつ確定して検索する。

例えば、「熊猫」と引くとき、ピンイン検索では「xiongmao」で引けるが(四声については後で書く)、漢字では「xiong」で「熊」を確定「mao」で「猫」を確定する。

なぜ両方あるのかよく分からないが、ピンイン検索で四声を指定して検索する場合、なぜか声調符号を付けたい母音の直後で指定しなければならない。

この辞書では声調を付けるキーは「-」を一声だったら一回、二声だったら二回押す。ピンイン検索の場合、「熊猫」だったら「xio--ngma-o」と押さなければならない。

ならば「xi--o--ng」と押したらどうなるかと思ったら、iの上とoの上に二声の符号が出てくるというワケのわからないことになった。もちろん目当ての字はでてこない。なぜこんな仕様になっているんだろう。

これは使いにくいなと思ったら、漢字検索では「xiong--」でちゃんとでてきた。なんだ、できるんじゃないか。

音訓・部首・総画数は組み合わせて使える。これで読み方が分からなくてもたいがいの字は引ける。

個人的に興味を引かれたのが、筆順機能である。この辞書には漢和辞典が最初からついていて、こちらにも筆順を示す機能があるのだが、なぜか中日辞典にも付いている。ところが漢和辞典の筆順と日中辞典の筆順が違うのである。

例えば、「右」という字の一画目は、漢和辞典では左払いとなる。ところが、日中辞典では横画になる。ちなみに「左」はどちらも横画が先。

もちろん、漢和辞典の方が正しい筆順である。では、なぜ日中辞典の筆順が違っているのかというと、中国共産党が簡体字を導入したときに、筆順を変えてしまったらしい。つまり、右と左で筆順が違うのは、漢字普及の妨げになるというわけである。

この話は聞いていたのだが、今までは一つ一つの漢字がどうなっているかは調べようがなかった。ちなみに「成」で試してみたら、横画が先だった。こういうのが律儀に載っているのが面白い。

ともあれ、これで理想的な電子辞書になったわけである。もちろん、単体で新しい辞書を買っちゃった方がコストパフォーマンス的にもいいのだが、M300の大きさで中国語辞典が使えるのは他にはないので、旅の友には最適である。自分だけにストロングバイ。

日本語の実力その2】日本語なしには成り立たない現代中国語:Suzacu Late Show

現代中国語の中に、日本で作られた言葉があるのは有名な話で、これをいちいち検証する気はない(実は、ここに挙げられた例に疑問を持たないでもないが、専門ではないのでやめておく)が、ここをもって「日本人スゲー」とか「日本語スゲー」というのは勘違いもはなはだしい。スゲーのは昔の日本人で、現代の僕たちではないし、ましてや日本語ではない。

こういうネイティブにも違和感のない漢語を作れたのは、それだけ昔の人々(それも漢文が専門でない人)が漢文(あえて漢文と書く)を操る能力があったからである。それはたしかに、僕たちの先祖なんだけど、それは僕たちとは違う日本人である。

現代では、漢文教育なんか見る影もない。大学の入試でも軽視されるし、何で高校の国語で扱うのかとまでいう奴がざらにいる。だから、外来語がこんなにはびこるのである。漢文が教養の基礎だった、昔の日本人と一緒にしたら、昔の日本人が迷惑がるだろう。

分かりやすく言えば、こういうことだ。昔はむちゃくちゃ野球の強かった学校で、甲子園にも何度も出た。しかし、今は衰退どころか何十年も前に廃部になっている。その高校の現役生が、強豪だった時代の昔の野球部に誇りを持つ。それと同じことである。マヌケにもほどがある。

上のエントリにしたって、「漢文の実力」とか「漢字の実力」とか「昔の日本人の実力」なら分かるが、なんでこれが日本語の実力になるのだろう。漢字と漢文の文法を使って言葉を使ったのだから、日本語は関係ないじゃないか。

そもそも、言語に優劣はない。使う人間(いっとくけど個人だぞ。国民じゃないぞ)に優劣があるだけだ。これで溜飲を下げるなら、古文と漢文を勉強したまえ。昔の日本人に頼るんじゃないよ。
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ポップアップ辞書、Lingoesを試してみた。

以前に、Stardictを紹介したが、これはマルチプラットフォームなのだが、インストールがやたらと難しい(というか、バージョンアップしたら動かなくなった)。

その点、LingoesはWindows用なので、インストールは簡単。USBメモリにインストールできるポータブル版もあるようだ。なお、インストールの方法は下記サイトを参照のこと。
これは使えるLingoes:中国ソフトマニア

Stardict同様、辞書は別にインストールするのだが、LingoesのUI上でインストールできる上、メニューが日本語に対応しているのでこれまた簡単。

中国語の場合、Aichi University Comprehensive Chinese-Japanese Dictionaryをインストールしておけば幸せになれそう。

ただし、辞書ファイルはダウンロードにものすごく時間がかかる(上にときどき失敗する)ので要注意。

2月13日のエントリで、三歳児レベルの中国語教科書を教えてくれと書いたのだが、誰も教えてくれないので、自分で探すことにした。

しかし、本はあまりに数が多いので、まずはネット上で探してみた。すると灯台下暗し、ときどき読んでいるCRI(中国国際放送局)に中国語教室なるものがあるじゃないか。

この基礎中国語がおそろしく至れり尽くせり。なにしろ基礎なので、ニイハオから始まっているのだが、ここまで充実しているのは、有料のものでもちょっとないんじゃないだろうか。

まず、どう見てもセンスがアレなフラッシュ。絵といい、効果音といい、なかなかいい味をだしてますな。

それから、新しい単語。その名のとおり、その課での新出単語なのだが、もちろん音声付。読み込みがよろしくないときは、一旦最後まで見てから戻るとちゃんとしゃべってくれる。

しかも、この「新しい単語」ちょっとした仕掛けがしてあって、漢字の上にマウスカーソルをおくと、書き順を教えてくれる。日本人なら、たいがいはわかっているが、簡体字だと書き順のよく分からん字もあったりするので、これは便利。

要点解説は、文法的な解説をしてくれる。ちょっと寂しい気もするが、3歳児にはこれぐらいの方がいい。これもなぜか音声付。ほとんど日本語なのに。

文章のシャドーイングでは、フラッシュと同じ文章が、漢字とピンインで載っており、音声でも聴ける。この音声が、早いバージョンとゆっくりのバージョンがあって懇切丁寧だ。

練習と実践は練習問題で最後は採点もしてくれる。だが、これちょっと3歳児にも易しすぎる。「すごいですね」と褒めてくれるのはいいのだが・・・。

中国文化のいろいろでは、課に関連した中国文化、たとえば第1課では挨拶の習慣などを説明している。これがなかなか面白い。

これだけあって、無料とは素晴らしい。もちろん中・上級者用もある。NHKは日本語教室でこういうのやってるのだろうか。やってたら、逆に視聴者に怒られそうな気もするが・・・。
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仕事がたまたま休みだった上に、天気がよかったので、ひさしぶりに神保町に行った。

天気がいいので、国文・中文系の本屋の写真を撮ろうと思って(GoogleMapで神保町古書店マップでもつくろうかなと思っている)、まずは一番駅の出口から遠い松雲堂でパチリ。あれ、どこかでみたような奴がフレームインしてるなと思ったら、後輩だった。罰として後ろ姿を公開する。

松雲堂となぞの人物

平日の昼間だし、まさか知り合いに会うとは思わなかった。もっとも、昔は神保町を歩くと3人ぐらいは知り合いに会ったものである。

神保町に行った理由は、新華字典を買うためである。もちろん、文言基礎(2009年02月08日のエントリ参照)のためでもあるのだが、それより今年はちゃんと中国語を勉強しようと思ったのだ。

というのも、実は僕の中国語会話力は3歳児程度なのだが、中国語を習ったことのない人と中国に行くと、僕が何やらしゃべっているのを聞いて「なんだ、中川さん中国語できるんじゃない」とか思われるらしい。本当はかなりいい加減なのだが、最近あちこちに喧伝されてシャレにならなくなってきたのである。

ついでに、テキストも買ってこようと思ったのだが、なんかしらんうちに、やたらと種類が多くなっていて、どれがいいのやらさっぱり見当がつかない。3歳児レベル用とか書いてあればいいのだが、もちろんそんな本はない。とりあえず保留。いい3歳児向けテキストがあれば紹介してほしい。

新華字典を買ったのは2008年10月19日のエントリでもとりあげた内山書店である。レジのわきに、まるでコンビニのチロルチョコのように「内山完造の生涯」なる漫画がおいてあった。

あぶないあぶない。支払いする前だったら買っちゃうところだった。
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中国へいって、いつも気になるのが、会社名やブランド名である。

コカ・コーラが可口可楽というのはよく知られている。口にすべし、楽しむべしというわけだが、同時にコカ・コーラの音に近くなるようになっている。順番がちとちがうような気がするけど、そのへんは気にしない。

音響機器のボーズはサイトには書いていないが博士と書く。発音が近いのと、創始者がMITのボーズ博士といって本当に博士だからだろう。

日本の会社も面白い。コピー機なんかで知られるリコーは、もともと理研グループで理研光学だった。そんなの日本人で知っている人はあまりいないが、中国では理光で、いまだに名残を残している。

日産が「日産」なのは当然だが、トヨタは豊田で、ホンダは本田である。ローマ字表記とあっていない。じゃあ、マツダはどうなのかというと、馬自達で音訳だった。でも、何か意味がありそうな気もする。

ローマ字表記と合っていないといえば、初めて中国へ行ったとき、タバコを買うのに往生した。パッケージにはSevenStarsとかCamelとか書いてあるのに、それでは通じないのである。SevenStarsは七星(qi1xing1)・Camelは駱駝(luo4tuo)でないと通じない。もちろん、パッケージに七星とか駱駝なんて書いていない。僕はそのとき、英語の無力さを思い知った。

ライブドアは「活力門」で、なんとなくライブドアっぽいが、発音がホリエモンに近くなるようになっている。だれが考えたんだろう。

中国でテレビを見ていたときに、「甲骨文」がどうのこのといっていた。何だろうと思ってしばらく見ていたら、「甲骨文」とはコンピュータ業界では、データベースで有名なオラクルのことだった。

オラクル(oracle)というのは、託宣とか神託とかという意味である。一方、甲骨文は、亀の甲羅や獣骨に彫って、割れ具合で占うことに使われた文字だから、たしかに託宣みたいなもので、なかなか面白い名前の付け方だと思った。

オラクルのデータベースは世界でも高いシェアを誇っている。だから、世界中に甲骨文のデータベースは無数にあるというわけ。

会社名ついでに、中国では株式のことを「股」という。香港市場で扱っている株式をH股(Hongkongの略らしい)と言って、ニュースなんかを見ているとよくでてくるが、スケベな意味ではないのでニヤニヤしないように。
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サーチナ日本語と中国語(14)上野惠司氏を読んでいて思い出した。

どこの大学入試だったか忘れたけど、英語の長文読解でショパンのことについて書いてある文章がでた。下手に高校時代、中国語を習っていた(授業にあったのよ)僕は、Chopinを中国系の名前だと思い込み、文中でてくるChopinをすべて「チョウピン」と訳してしまった。

内容は「著名なピアニストであるショパンは・・・」とかそういうのだったのだが、思い込みというのは恐ろしいもので、「famousとか書いてある割には聞いたことがないな」なんて思いながらも、最後まで「ヨーロッパで活躍した中国系ピアニスト、チョウピンの伝記」として解釈してしまった。

試験の長文読解というのは、どこかで歯車が狂うとワケのわからないことになるもんで(もちろん実力に欠けていることが大前提だが)、僕の友人は老舎の名作『駱駝祥子』を『祥子ちゃんの留学生日記』だと思い込んで、見事に訳しきった。

話を名前にもどすと、自分の名前の中国語読みを知ったのも高校生の時だった。中国語の先生が出席を中国語読みで取ったのだ。このとき「タオ」と答えるのだが、それが「到」だと知ったのはつい最近のことである。

僕の名前はピンインで書くと「zhong1 chuan1 con1」となる。カタカナで書くと「チョン チュアン ツォン」みたいな感じだろうか。全部タ行から始まり、ンで終わる。言いにくい上に大変間抜けである。

さらに間抜けなのが、中国語には四声というイントネーションがある。上に書いた1というのがそれなのだが(普通は記号を使う)、見てわかるようにすべて一声だ。一声というのは「高い音で平らに音を伸ばす」発音である。放送禁止用語を消す「ピー」みたいなもんだと思ってもらえればいい。それが三つも並んでいるのだから、「キンコンカン」みたいなもんである。

だから、もし自分の子供に名前をつけるとしたら、中国語で発音して、マヌケじゃないものにしなきゃいけないなと、どうでもいいことを考えている。
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