タグ:展覧会

僕の先輩である伊藤忠綱氏が4年に一度の個展を開く。頼まれたわけではないけど、いろいろネタにさせていただいているので、勝手に宣伝させていただく。

場所:銀座鳩居堂3F画廊
会期:8月1日(火)〜6日(日)
午前11時〜午後7時まで(最終日は午後5時まで)

毎日先着30名に豆ひょうたんをくれるそうです。
伊藤忠綱展葉書表

伊藤忠綱展葉書詳細


葉書はもっと前にもらっていたのだが、昨日のエントリに伊藤忠綱先生が写っていたので、これを書こうと思いついた。
BlogPaint
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宣伝力で勝る、東京国立博物館のほほえみの御仏―二つの半跏思惟像―」が話題になっているが、同じ上野の東京藝術大学美術館では「観音の里の祈りとくらし展供櫃咾鏝弌δ紘佑離曠肇韻燭繊檗廚鬚笋辰討い襦で、行ってきた。

観音の里の祈りとくらし展供櫃咾鏝弌δ紘佑離曠肇韻燭繊:東京藝術大学大学美術館

もともと、「長浜市」は北陸本線の長浜駅を中心とした、それほど広くない市だったが、近隣の町を併合しまくり、いつの間にか湖北地方のほぼすべてを領有してしまった。長浜軍はよほどの精兵ぞろいだったと思われる。

そんなわけで、本来なら、「湖北のホトケたち」となるところだが、「長浜のホトケたち」というタイトルになっている。湖北の仏像は、散在するいくつもの寺が、それぞれ持っている。だから、簡単に一箇所に集めて見ることはできない。これができるようになったのは、長浜市が湖北地方を統一したからだろう。

親戚一同が長浜市占領下の町に住んでいるので、法事に行ったついでに、この「観音の里」の仏像を見て回ったことがある。いずれも平安時代から室町時代までに作られた貴重なものばかり。それが信仰の対象として地域住民に愛されている。この地方では〈生きた仏像〉を見ることができるのである。

参考までに、以前書いた文章(みうらじゅんかよ!:2006年11月10日)を引用しておく。ただし、この渡岸寺の観音像は今回出品されていない。
渡岸寺(向源寺)はいかにも田舎の小さなお寺といった風情で、ぜんぜん観光地化されていないのがいい。入り口の仁王様も、平安時代の作でなかなかの迫力だ。
これまた風情のある観音堂は、閉まる時間が夕方4時。一分でも遅れると入れてくれない。なぜかというと、地元のオッサンの解説付きなのだ。中の仏像は2体しかないので、ざっと見れば5分もあれば十分なのだが、最後の解説に乗り遅れると、解説いらんから見せてくれといっても、明日こいと言われる。
しかし、ここで怒ってはいけない。そういうのも含めて、ここの観音像の味なのである。
現在この観音堂は新築され、オッサンの解説も録音によるものになってしまったが、地域の人々に愛されているのは違いない。

とはいうものの、距離的に離れた各寺に散在する仏像を見るのは、容易なことではない。自動車を使っても、一日に見られるのは3・4箇所ぐらいだろう。そもそも秘仏扱いで、普段は見られないものもある。

だから、今回の展覧会のように、湖北の仏像が一堂に会するというのはなかなかない機会だ。東京藝術大学美術館は、広い体育館のようなスペースで、仏像を鑑賞するにはちょうどいい。壁にそって展示してある物以外は、普段見ることができない背面をゆっくり見ることもできる。

とはいえ、やはり現地で〈生きた仏像〉を見るのには及ばない。田んぼの真ん中や、林の中、里山の中腹にある、薄暗い寺で見る仏像は、同じ仏像でも、展覧会場で見るのとは、有り難みが全然違う。

今回、以前から気になっていた、正妙寺の千手千足観音を見ることができた。想像していたよりも小さく、細工が細かい。「写真で見るより怖くないな」と思ったのだが、後ろに回ってみると・・・どう見ても邪神かナゾの海洋生物。スイッチ入れると、わしゃわしゃ動きそうだ。

千手千足観音の写真(後ろ姿も含む)はこちらでどうぞ。

あの!千手千足観音もやってくる!「観音の里と祈りとくらし展供廖仏像は眼鏡をかけない。

「観音の里の祈りとくらし展供櫃咾鏝弌δ紘佑離曠肇韻燭繊檗廚8月7日(日)まで。
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毎年恒例の「東京都の高等学校書道科教員による書展」をやります。
その名の通り、都内で勤務する高校の先生の展覧会です。
今年は20回に当たるので、墨の展示をするそうです。

日時:平成26年1月10日(金)〜12日(日)
   午前11時〜午後6時
場所:新宿文化センター 地下1階展示室

教員展はがき


右にある謎画像は、墨の拓本。「御墨」らしい・・・。
理事長から、はがきに墨の画像を入れろといわれたので、白地にスミのみのシンプルなハガキになった。

僕の作品は篆刻になる予定。あと裏打ちして額に入れれば完成。
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国立東京博物館で開催されている特別展「和様の書」に行った。

書に唐様と和様があるのは意外に知られていない。日本で成立した仮名が和様であるのは言うまでもないが、本来「和様」と言ったときには、三跡(小野道風・藤原佐理・藤原行成)に始まる漢字の書を指すことが多い。

明治以前は、漢字の書も和様の流れにあるものが主流だったが、明治以降は中国の古典に基づく書が主流になり和様は下火になる。現在使われている高校の書道の教科書でも、手本として挙げられているのは、王羲之や唐の四大家などの中国人か、空海のような唐様である。

したがって「和様」とはいうものの、実は現代の日本人が学ぶ書き方ではない。だから、仮名と合わせて「和様の書」という切り口での展覧会は、いままであまりなかったように思う。

不思議なことに、現代でも日本人の書と中国人の書は違っていて、一目みれば(もちろん完全に中国風の書き方をする書家もいるが)おおむね日本人が書いたものか、中国人が書いたものか分かる。

その違いは、やはり「和様」にある。現代日本人の書は、和様をほとんど学んでいないにも関わらず、どこか和様的なものがあるように思う。

では、何が和様かというと説明が難しい。今回の展覧会で、最初に説明書きがあったが、あれを読んで理解できなくても心配する必要はない。ここをこうすると和様になるというものではないのだ。抽象的な言い方をすれば、カラッと乾いて骨のある感じのする中国風の書に対して、どこか湿り気があってぐにゃぐにゃしているのが和様の書といえるだろうか。こんな表現しかできなくってすみません。

前置きが長くなったが、今回の展覧会は「和様の書とは何か」を概観できる稀有な機会だったと思う。それが単に懐紙や条幅などに書かれたものにとどまらず、どのように用いられたか、鑑賞されたかまで、名品によって紹介されている。

さすがに一度は見たことある物が多かったが、初公開のものが二つあった。

一つは、最古の仮名とみられる、藤原良相邸跡から出土した素焼きの皿(最古の平仮名発見される:2012年12月02日参照)である。すでに仮名としての筆遣いになっていて、もっとさかのぼれそうな感じがする。

もう一つが、修学院切と名づけられた伝藤原公任筆の古今和歌集断簡である。

これは、いつだったかよく覚えていないが、神保町の玉英堂書店から出てきて、元永本に匹敵する『古今和歌集』の最古写本として注目されたものだろう。完本(すべてそろっている本)の最古写本ということでおおいに学界をわかせたが、複製だけ作られて誰かに買われてしまった。「修学院」ということは切っちゃったんだろうか。

当時、若い(と言ってもこの業界では50歳でも十分若いのだが)研究者が買ったとかいうウワサを耳にした。どんな理由があったのか分からないが、国宝級の完本がこの世から消えたのは大変残念なことである。

うぎゃー!複製本で120万もするのか。びっくりした。
No. 7825 複製 古今和歌集 :玉英堂書店

東京国立博物館で開催されている特別展「書聖 王羲之」に行ってきた。

日中国交正常化40周年 東京国立博物館140周年 特別展「書聖 王羲之」:東京国立博物館

「日中国交正常化40周年」と銘打ってあるにもかかわらず、なぜか中国からの出品が一つもない。きっと大人の事情があるのだろう。まあ、なんとなく察しは付くが・・・。

さて、王羲之は書道史上最も重要な人物だが、真蹟は存在しない。真蹟が存在するとき(唐代)に作られた臨模本や、手本にするため拓本にした法帖があるだけである。なにしろ、書をやるものは誰でも書くものだから法帖の数は星の数ほどある。

したがって、この展覧会のメインは臨模本と法帖ということになる。三井文庫や台東区書道博物館、五島美術館(宇野雪村コレクション)など、日本にはこの手の佳品がたくさんある。

『蘭亭序』諸本をはじめとする数多の法帖のほか、この展覧会に合わせたかのように発見された『大報帖』、2006年に上海博物館でおこなわれた「中日書法珍品展」のときには人だかりができた『喪乱帖』など、目玉はたくさんある。

それらに混じって、なぜか『秋萩帖』があった。『秋萩帖』は草仮名の古筆として有名だが、実は王羲之尺牘の臨書が11通も入っていて、その半数以上が『秋萩帖』にしかないものなのである。『秋萩帖』そのものは他の展覧会で見たことがあるが、王羲之尺牘のところが開かれているのは初めて見た。

これだけでもかなりの量なのだが、東京国立博物館でやるには足りない。第一、マニアックすぎる。というわけで、息子の王献之や、七世の子孫智永にはじまり、歴代の書家たち、清朝の帖学派(法帖を書の規範とする)の書まで、王羲之の影響下にあった人の作品や臨書も展示されている。

こうなってくると〈王羲之の書から離れようとした人〉も広い意味で王羲之の影響下にあることになる。というわけで、石如、趙之謙など碑学派(河東碧梧桐をDisる内藤湖南:2012年09月05日参照)の書もたくさん展示されていた。

王羲之を知るには王羲之以前の書も必須だ。書聖といえど人の子、誰の影響も受けずいきなり書けたわけではない。そういう流れを知るうえで貴重な、漢の張芝や魏の鍾繇の法帖、羲之と同時代の筆法を知るうえで欠かせない肉筆資料の、『李柏尺牘稿』もあった。

余談だが、図録の『李柏尺牘稿』の解説に「今世紀初頭」大谷探検隊によって発見されたって書いてあるけど、これは前世紀(20世紀)初頭の誤り。21世紀になってもうずいぶん経ちましたぜ。

話をもどす。そうなってくると、漢字そのものがなければ、王羲之も何もあったもんじゃないというわけで、甲骨文、金文の現物や、石鼓文、漢碑などの拓本もたくさん展示されている・・・って、要するに漢字ならなんでもアリじゃないか。

というわけで、最初からそうだったのか、大人の事情のためなのかは定かではないが、「王羲之展」は「王羲之を中心とした中国書道史の名品展」という感じだった。これだけのものをまとめて見る機会はなかなかないだろう。これはむしろオトクかもしれない。
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世田谷美術館で開催中の展覧会「白洲正子 神と仏、自然への祈り」に行ってきた。

白洲正子 神と仏、自然への祈り

何の展覧会だかわかりにくい題名だが、要は白洲正子が、随筆等で紹介した物(仏像など)を一堂に集めた展覧会である。

作品は「自然信仰」「かみさま」「西国巡礼」「近江山河抄」「かくれ里」「十一面観音」「明恵」「道」「修行の行者たち」「古面」の各テーマに分けて展示されていて、それぞれ関連する著作の抜粋が掲示されている。

国宝「粉河寺縁起絵巻」や「明恵上人樹上座禅像」、聖衆来迎寺の「六道絵」などの著名なものから、滅多に公開されない秘仏、そして白洲正子自身の所蔵する物など、バラエティに富んだ出品物で、あまり白洲正子の随筆を読んでいない僕でも楽しめた。

個人的には、昔歩いた熊野古道関連の品や神像が興味深かったのだが、そういう感動を一気に吹き飛ばす、インパクトの強い「物(ブツ)」があった。

その名も滋賀県油日神社の「ずずい子」。最後に写真が載っているサイトをリンクするが、見る前に僕の文章を読んで想像してほしい。

たらいの中に全裸の赤ちゃん(と思われる)の木像が入っている。彼がずずい子様だ。その木像は手足が可動式になっているのだが、なぜか赤ちゃんのくせに、股間にずずいと立派なイチモツが・・・。もちろんそのイチモツもずずいと可動式。

さあ、想像できたかな。ずずい子、ずずい子ラブ注入。それでは画像をどうぞ。ずずい子様は、このページの下から二番目にいらっしゃる。腰抜かすぞ。

油日神社:万葉集を携えて
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東京都の高等学校書道科教員による書展終了しました。このブログを見てきてくださった方もいらして、御多忙のところ御来場ありがとうございました。

展覧会と作品の写真は明日ぐらいにPicasaにUpします。このエントリに貼り付けますので、こちらもご覧いただければ幸いです。

【追記】
Upしました。

第16回教員展
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東京国立博物館で開催されている「伊勢神宮と神々の美術」と「趙之謙とその時代」に行ってきた。

「伊勢神宮と神々の美術」は式年遷宮の記念展である。具体的には、写本、絵画、古神宝、現代の神宝、神像などである。当然、神宮文庫や神宮司庁・斎宮歴史博物館など伊勢神宮近辺の所蔵物が中心だが、それ以外のものもある。神道関連でこれだけ集まるのは珍しい。

最善本といわれる真福寺『古事記』などの古写本が見られたのは良かったが、神宝がおもしろかった。

神宝とは、神々が使う調度品のことで、武具・馬具・楽器・文具・日用品などがある。もちろん、神様が使うものだから、やや装飾過剰だと思うが、古典にでてくる<物体>を立体的に見られる。特に織機のミニチュアはよくできていて、本当に織物が織れそうだ。それにしても、他のものは原寸なのに、なぜ織機はミニチュアなのだろう。

個人的には、神像が好きだ。神像の例は少ないので、以前に見たものが多かったが、これだけまとめて見られたのがうれしい。

仏像と比べると、はるかにシンプルに表現されているのだが、だからといって抽象的ではない。あくまでリアリズムである。

仏像がどんなに優しい姿をしていようと必ず威厳を感じるのに対し、神像はちょっと怖い顔をしていても、そのへんのオッサンのように親近感を感じてしまう。秦の兵馬俑に通じるものを感じる。

神像専門の彫刻家がいたとは思えないので、たぶん仏像も彫る仏師が彫ったのだろうが、なぜこれほど違うのか不思議だ。

さて「伊勢神宮と神々の美術」を見て、さて帰りましょうと出口に向かったら、ゲリラ豪雨。とても外に出られる状態じゃない。やむなく常設でも見に行こうかと思って、本館への廊下の方へ行くと「特集陳列 趙之謙とその時代 ─趙之謙生誕180年記念展─」なるものが。えー、聞いてないっすよ。

趙之謙は清末を代表する文人の一人である。一見野暮ったいんだけど、実はすごく洗練されているのが趙之謙の魅力だ。

特集陳列なので、数はそれほど多くないが、絵画・書・篆刻ともに、かなりの傑作ぞろい(たいがい、どこかの本に載っているもの。そういえば、中国で趙之謙のいいのってみたことないな)で見ごたえがある。篆刻は印影だけでなく、印そのものも見られる。

この展覧会、台東区立書道博物館と同時開催なので、後日こちらも行こうと思う。こちらでは、臨書の原本との比較ができるらしい。

「伊勢神宮と神々の美術」は9月6日(日)まで。
行かなかったけど、同じ会場の「染付−藍が彩るアジアの器」も9月6日(日)まで。
「趙之謙とその時代(東博・書道博物館とも)」は9月27日(日)まで。
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今日は銀座鳩居堂で開催されている、伊藤忠綱展に行ってきた。

伊藤忠綱展1

伊藤忠綱展2

伊藤忠綱展は今週日曜日(26日)まで。
入場無料どころか、自作の詩箋までくれる。
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江戸東京博物館で開催されている北京故宮 書の名宝展に行ってきた。

聞いたところによると、かなり混んでいるとのことだったが、天気の悪い平日のせいか、かなりすいていた。おかげでゆっくり見られた。

故宮博物院というと、台湾の国立故宮博物院の方が有名だが、北京の故宮博物院もなかなかのお宝を持っている。今回の展覧会は、なにしろ、胡錦濤主席訪日の手土産の一つだから(あ、そういえばパンダはどうなったんだろう)故宮博物院のお宝中のお宝が来ている。ああ、すごい、すごい(榊莫山先生)。

一番の目玉は八柱第三本(神龍半印本)『蘭亭序』である。『蘭亭序』の本文は言うまでもないが、跋もすべて見られるようにしてあるのがすばらしい。

一番最後に万暦(明代)の跋があって、「原価五百五十金」って書いてあるけど、これ買った値段だろうか。高いんだか安いんだかわかんないけど、ああ、すごい、すごい。なんと、オマケにこれが収めてある袋(正式名称がわからん。筆箱みたいなやつだった)まで展示してある。これがなかなかよかった。

拓本が一つもないため、唐代はやや寂しいが、宋代以降、民国の呉昌碩まで、主要な作家がしっかり抑えられていて、中国書道史を概観できる。ああ、すごい、すごい。

特に黄庭堅の『草書書上座帖巻』は圧巻だった。これは、自跋が行書で書かれており、一粒で二度おいしい。ああ、すごい、すごい。

あくまで、「書」の名宝なので、絵画や篆刻は一つもない。一人一作品になっているので、聞いたこともない人の作品(僕が知らないだけかもしれないが)が出ている反面、メジャーな作家の作品でも一つしか出ていない。そこがなんとなく物足りない感じもするが、中国書道史のスケールの大きさを理解するには、こいうアプローチもアリだと思う。ああ、すごい、すごい。

書の名宝展は9月15日まで。
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