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沙石集』があまりに抹香臭いので、ここらでちょっとお色気をと思って始めた『とはずがたり』だが、巻三まで完了した。

とはずがたり:やたナビTEXT


『とはずがたり』は巻一〜三までの、いわゆる「愛欲編」と、四・五の「修行編」に分けられる。つまり、これでお色気編が終わったわけだが、お色気編ほんともういいです。ごちそうさまでした。

「愛欲編」というと、どうも二条の愛欲という感じがするのだが、これはまわりの男がド変態で、二条がそれに振り回されているだけである。時代が違うとか言われそうだが、人間の感情は普遍的なものだから、どの時代でもド変態はド変態である。

二条の感情を細かく読みこめばそれは分かるだろうし、変態だらけだからここまで書く気にもなったのだろう。僕は変態には寛容なつもりだったが、まだまだ青かった。行為の変態は理解できても、感情の変態を理解するのは難しい。わたしまけましたわ。

さて、すでに「修行編」のテキスト化も始まっている。「修行編」は東国への旅から始まるが、地域的な親近感もあって、なんだか故郷へ帰ってきたようなほっとした感じがする。

今年の3月から始めた、やたナビTEXTの『とはずがたり』が、やっと巻二まで完了した。



『とはずがたり』が難しいのは分かっていたが、写本の文字そのものはそれほど難しくはないし、一度は読んでいるので、そこまで手間がかかるとは思っていなかった。実際やってみると、今までのものとは段違いの難しさである。では、どこが難しいか。

1.主語が分からない
『とはずがたり』は後深草院二条の日記なので、自分は当然省略される。後深草院もいるのが当たり前だからよく省略される。関係した男たちは、はっきりかくとヤバいから省略される。なんだか暗闇の中で会話を聞いている感じだ。

主語が分からないというのは、僕の読解力のせいだけではない。現在でも説が分かれているものがたくさんあるのだ。

2.やたら詳しいファッション描写
書いているのが女性だからだろうか、ファッションの描写がやたらと詳しい。
樺桜七つ・裏山吹の表着・青色唐衣・紅の打衣・生絹の袴にてあり。浮き織物の紅梅の匂ひの三小袖、唐綾の二小袖なり。(『とはずがたり』巻1-7)
そう書かれても、どんな服を着ていたのかイマイチピンとこないが、実際の表記はこんな感じだからもう何が何やら。
かはさくら七うら山ふきのうはきあを色から花くれなゐのうちきぬすすしのはかまにてありうきをり物のこうはいのにほひの三小袖からあやの二小袖なり

3.平仮名で書かれた仏教語
『とはずがたり』の前に『沙石集』をやったから、仏教語にはかなり詳しくなったつもりだが、平仮名で書かれるとこれがまた何が何やら。
御けんしやせうくうか命にかはりける本そんにやゑさうのふとう御前にかけてふししゆ行者ゆ如はかほんつちひみつしゆ生々にかことてすすをしすりて・・・
こんなの分からん。答えは次の通り。
御験者、証空が命に代はりける本尊にや、絵像の不動御前にかけて、「奉仕修行者、猶如薄伽梵、一持秘密呪、生々而加護」とて数珠押しすりて・・・

4.やたらと多い誤写
誤写が多いのは有名なので、最初から覚悟していたが、なにをどう間違ったのか分からない誤写が多い。なにしろ天下の孤本なので対校することもできない。さらに上の1〜3が加わるので、文脈の想定ができなくなり、さっぱり読めなくなってしまう。

これだけ誤写が多いということは、おそらく書写者も読めていなかったのだろう。ここで「読めていない」というのは解釈できていないということだ。読めなければまともな写本は作れない―翻刻も同じ―という好例である。僕の師匠はこの作品の初期の訳注(角川文庫)を作った人だが、よくもまあ三十代後半でこんなのできたものだと感心する。

そんなこんなで、師匠のを始めいくつもの注釈書を参照して本文を作っている。本来、やたナビTEXTではあまり注釈を入れない方針だが、読みやすさを考えると、いつもよりも増やさざるをえない。

そんなわけで、いつもより時間がかかってしまうのだが、時間がかかってしまうのには、もう一つ大きな理由がある。

5.いろいろキモい。
つまらないわけではない。むしろ面白いのだが、キモい。特に登場人物がキモい。
光源氏気取りの後深草院もキモいし、有明の月自身も、有明の月が送った手紙もキモい。その他二条と関係する男がことごとくキモい。雪の曙はまだましな方だが、それでも妊娠中の二条と関係するとか、やっぱりキモい。誰がどう見てもすごい作品なんだけど、どうも苦手なんだよなー。

あと3巻、まだまだ続きますので、一つよろしくお願いします。

『沙石集』の電子テキストを公開しました。

元和二年刊古活字本『沙石集』:やたナビTEXT

底本は、元和二年刊古活字本(京都大学蔵)です。いつもどおり、翻刻部分はパブリックドメインで、校訂本文部分はクリエイティブ・コモンズライセンス 表示 - 継承(CC BY-SA 4.0)で公開します。

『沙石集』は、鎌倉時代中期に無住によって書かれた仏教説話集・・・ということになっていますが、そう言うと無住に怒られるでしょう。

無住は執筆の意図を、と最後の述懐に書いています。それによると、一般人のために、興味深い説話をネタにして、仏法を勧めるために書いたと言っています。

読んでみると、説話よりも無住の言葉の方がずっと多く書かれています。この無住の言葉はかなり難解で、とても本人がいうように一般人のために書いたようには思えません。仏典や漢籍の引用も多く、よほど仏教と仏教語の知識がなければすべてを理解することは難しいと思います。

時間をかけて読んでみて、これは現代の論文の書き方に似ていることに気付きました。「こういう話がある、これは仏教的にはこう考えられる、その証拠に、この仏典にはこうあって、仏典のこの言葉はこういう意味で・・・」という感じで、きわめて理路整然と文章が進んでいきます。ですから、論文を読むときと同じように、仏典や漢籍の引用が難しそうなときは、飛ばして読んでも無住の言いたいことは分かります。

仏教語が多いのも読みにくい理由の一つです。これも、論文でテクニカルタームが出てくると、一般人には読みにくくなるのと同じことです。専門家にとっては最大限分かりやすく書いたつもりでも、素人が読むと、回りくどくて言葉も難しくさっぱりわからない、そんな感じだと思います。

『沙石集』で書かれていることはとても幅が広いのですが、僕は「自分の宗派を贔屓するあまり、他の宗派を批判してはいけない」というのが印象に残りました。無住の時代は鎌倉新仏教の時代です。自分の宗派の優位性を説くあまり、他の宗派を誹謗することがよくあったようです。

八宗兼学と言われ、あらゆる仏教思想に精通した無住には、宗派の対立が我慢ならなかったのでしょう。よほど気になっていたことらしく、『沙石集』を通して何度も出てきます。例によって、優劣はないということを理路整然と説明します。説得力があるのですが、これでは一般人には通じません。一般人には「念仏が優れている、あとはゴミ」とか「座禅が(以下同じ)」の方が通じやすいのです。なんだかどっかで見た感じがします。

さて、今回の底本は古活字本です。『沙石集』は異本が多く、大きく分量の少ない略本系と多い広本系に分けられます。古活字本は略本系で、比較的入手の容易な日本古典文学大系(梵舜本)や、新編日本文学全集(米沢本)は広本系になります。無住は50歳代で書き始めてから、80歳代で死ぬまで手を加え続けて、これらの異本ができました。

略本なので説話の数はやや少ないのですが、古活字本には大きな意味があります。『沙石集』は後世に多大な影響を与えた作品です。それらが参照したものの多くは、古活字本の流れにあります。また、略本系は無住の最終稿に近いという説もあります。

翻刻自体は妙な異体字もなく、読みやすいので簡単でした。しかし、何しろタームが難解なので、校訂本文をつくるのには苦戦しました。こういうものを読むと、字が読めることとテキストが読めることは別物だと痛感します。

そんなわけで、まだまだ間違いも多いと思いますが、死ぬまで手を加え続けたという無住にならって、少しづつ訂正していきたいと思いますので、ご批正よろしくお願いします。

最近、打聞集だの、徒然草だの、沙石集だの、どうにもやたナビTEXTが抹香臭くなってきた。そろそろ色気が欲しいところだ。それに、漢字片仮名字交じりにも飽きてきた。

色気といえばやっぱりコレ。中世の女流日記文学『とはずがたり』の電子テキスト化を始めた。

とはずがたり:やたナビTEXT

『とはずがたり』の伝本は、いわゆる天下の孤本で、宮内庁書陵部本しかない。国文学研究資料館の新日本古典籍総合データベースと、笠間書院刊行の影印本で見られるので、これらを使って翻刻し本文を作成してゆく。

とはすかたり:新日本古典籍総合データベース

とりあえず冒頭を入力してみたが、流麗な仮名で書かれていて比較的読みやすいものの、なかなかのクセモノである。

伝本が一つしかないので、他の本を参照する必要はないが、そのぶん誤写を訂正するのが難しくなる。『とはずがたり』の写本は、誤写が多いので有名である。研究者によって説が別れているものも多く、いちいち注釈書を確認しなければならない。

極めて個人的な内容なので、ちょっと読んだだけでは、理解するのが難しい。『沙石集』のような、さっぱり分からない単語が頻出するということはないが、会話文の主語が誰かとか、どこで文が切れるのかなどの判別が難しい。

説話集のように、内容によってきれいに区切れるものではないので、よく読んでページを分割していかなければならない。同時に、通読するものでもあるから、前後のページへのリンクも付けた。なにしろこれまでとは勝手が違うので、まだ試行錯誤の段階である。

ゆっくりの更新になると思いますが、一つよろしくお願いします。

やたがらすナビ15週年(2004年〜2010年)
やたがらすナビ15週年(2010年〜2014年)
やたがらすナビ15週年(2014年〜現在)
のつづき。

三回に渡ってやたがらすナビの足跡をたどってきたわけだが、どうにも書きたいことを書こうとすると冗長になるし、削除するとやたらとシンプルになってしまう。まあ、その程度のことで、たいした波乱がなかったから15年も続いたのだろう。今日はこれからのことを書いてみたいと思う。

僕がこのサイトでやりたいことはいろいろあるが、だいそれたことを言わせてもらうと、古典文学を解放したいと思っている。開放ではなく解放、ここ重要。そのために、これからも電子テキストに注力していこうと思う。

人が古典文学へ興味を持つきっかけはたくさんある。授業・入試・小説・漫画・演劇・映画・ゲーム・・・それらで興味を持った人を、現状は取りこぼしていると僕は考えている。

最近経験した自分の例を語ろう。最近、中国で制作された『水滸伝』のドラマを見た(『水滸伝』にハマっている:2018年11月04日参照)。これまで『水滸伝』にはあまり興味がなかったのだが、これがなかなか面白い。原作を読んでみたくなり、電子書籍で駒田信二訳の『水滸伝』を買った。読んでみたらドラマ以上に面白い。しかし、いくつか疑問がわいたので、今度は原文が読んでみたくなった。中国のサイトを探せば、『水滸伝』の原文などゴロゴロしているから、僕はすぐに疑問を解くことができた。

疑問の一つは、39回で戴宗が梁山泊の経営する居酒屋で食べる料理である。ドラマでは「麻婆豆腐」と訳されていたのが、駒田訳では「胡麻と辛子をいれていためた豆腐」となっていて、やたらと長ったらしい。原作ではどうなっているのだろうと思った。

正解は「麻辣豆腐」。戴宗は精進料理として注文したのだが、たしかに中国の麻辣豆腐に肉は入っていない(と思う)。とはいえ、ほぼ同じものなので、訳は「麻婆豆腐」でよいだろう。駒田訳の時代は、まだ麻婆豆腐が知られていなかったので「胡麻と辛子をいれていためた豆腐」などという説明的な訳になったらしい。ついでに言うと、駒田訳では、「○○湯(○○スープ)」を「○○のお吸い物」と訳していて、なかなか味わい深い。

話を戻す。ここまで僕は『水滸伝』のために一度も家を出ていない。家にいながらにして、ドラマから和訳を経由して、中国のサーバーに入っている原文までたどりついたのである。もし、原文を読むために、大学図書館へいかなきゃならないとか、東方書店だの内山書店で買わなきゃならないのだったら、僕はそこまでして調べようとは思わなかっただろうし、原文を読んでみたいとも思わなかっただろう。

今はまずはネットで調べる時代である。すでに近代文学は青空文庫で読める。古典文学は図書館に行け、本屋に行けというのでは、興味を持った人の半数以上を失うことになるだろう。何らかのきっかけで古典文学に興味を持った人を、確実に取り込まなければならない。

そのためには、本屋や研究室から古典文学を解放しなければならない。世界中のどこでもだれでも、ネットに繋がったコンピューターさえあれば読める。そんなのは今では当たり前のことが、日本の古典文学では当たり前のことがほとんどできていないのが現状なのだ。

そのうちAIが本文を作ってくれる時代が来るとのんきに構えている場合ではない。そんな日は来ないか(AIが古典籍を翻刻する日は来るか:2018年07月07日参照)、来たとしても恐ろしく先の話だ。僕が一人でできることは本当に少ないけれども、とにかく地道に続けていくほかないと今は考えている。

『徒然草』の電子テキストを公開しました。

烏丸光広本『徒然草』:やたナビTEXT

底本は、いわゆる烏丸光広本(早稲田大学蔵)です。例によって、翻刻部分はパブリックドメインで、校訂本文部分はクリエイティブ・コモンズライセンス 表示 - 継承(CC BY-SA 4.0)で公開します。

烏丸光広本は、現在刊行されているすべての本文の底本になっています。あまりに有名な作品なので、ネット上で閲覧できるテキストも多く、今さらやたナビTEXTに入れてもあまり意味がないかもしれません。しかし、やたナビTEXT版には、
  1. 検索ができる(特に人名)
  2. 純粋な光広本の翻刻がある。
  3. 翻刻から影印にすぐに当たれる。
  4. 読みやすい。
  5. ライセンスを明記している。
などの利点があります。

まったくの偶然ですが、同時進行の『沙石集』とは、ほぼ同じ時代の作品で、どちらも古活字本という形態でありながら、内容を含めて様々な点で対照的でした。

『沙石集』は漢字片仮名交じりで、漢字は楷書なので、ありのままに翻刻するのには、ほとんど苦労しません。たぶん、OCRでもかなり正確にテキスト化できるでしょう。ところが、校訂本文を作るために読もうとすると、難解な仏教語が多い上に、一つの話が長いものが多いので、かなり時間と手間がかかります。参考文献も少なく、古典文学大系本は異本なので、あまり役に立ちません。

『徒然草』は全く逆で、烏丸光広本の文字は妙な癖があって、とても読みにくくなっています。読みにくさは前に「春」という文字のことを書きましたが(春秋か暮秋か:2018年05月25日続・春秋か暮秋か(春秋でOK):2018年06月12日参照)、こんな例は他にもいくらでもあります。『徒然草』だからよかったものの、未知の作品だったら、かなり読むのは困難でしょう。変体仮名や草書を読む練習としては、あまりオススメできません。

逆に内容は簡潔で、一段が短いものが多く、校訂本文にするのはそれほど難しくありませんでした。参考文献が多いのは言うまでもありません。

最後にご注意。実は、二点ほど、URLでミスがあります。

https://yatanavi.org/text/turezure/k_tsurezure001.txt

最初の「turezure」は「tsurezure」とすべきでした。もう一つは、最後に「.txt」をつけてしまいました。気がついたのが遅かったので訂正できませんでしたが、閲覧に大きな問題はないと思います。

さて、明日は僕の誕生日です。50歳の記念に、『徒然草』を置いていきます。

打聞集』が終わったので、次は無住の『沙石集』を始めた。

元和二年刊古活字本『沙石集』:やたナビTEXT

仏教説話集を代表的する作品の一つで、近世非常に読まれた作品なので、以前から電子テキスト化したいと思っていた。しかし、何を底本にするか迷ったのと、以前読もうとして挫折した記憶があるので、なかなか手を付けられなかった。

『沙石集』は異本が多いが、京都大学貴重図書デジタルアーカイブで公開されている、京都大学図書館所蔵の元和二年刊古活字本を底本にする。この本は古典文学大系『沙石集』の底本になっている梵舜本のような広本系ではないが、流布したのはこの本の系統なので、これはこれで価値があると思う。



僕が最初に『沙石集』を読もうと思ったのは、20代の前半だった。

落語や狂言のネタで、仏教説話集でありながら、世俗的な面白い話が収録されていると聞き、読み始めたものの、肝心の仏教的な部分がやたらと難しく理解できない上に、古典文学大系のテキストがカタカナ交じりで読みにくくて、あっというまに挫折した。その後も何度か読もうとしたが、結局最後まで読んでいない。

当然、そのころよりは読めるようになっているはずだが、一度挫折したものに手を出すのは、なかなか勇気のいるものだ。ゆっくりの更新になると思うけど、一つよろしくお願いします。

やたナビTEXTでは、現在『打聞集』の本文を作成している。『打聞集』は、その前にやった『蒙求和歌』同様、漢字片仮名交じりである。一丁に入っている文字数も多く、なかなか読むのがつらい。

それに加えて、『打聞集』は、ほとんどすべての説話が『今昔物語集』か『宇治拾遺物語』と同じ内容である。書きぶりの違いは興味深いが、どれも読んだことがある内容ばかりで、正直飽きてきた。

飽きてくると更新のペースが落ちる。それはいかんというわけで、別の作品を並行してやることにした。何にしようか、いろいろ考えたが、思いっきりメジャーどころで、

烏丸光広本『徒然草』:やたナビTEXT

にした。

烏丸光広本は、流布本の代表格で、現在刊行されている『徒然草』のすべて(たぶん)が、これを底本にしている。現在見られるネット上のテキストも流布本系だから、いまさら僕がやたナビTEXTで取り上げるのもあまり意味がないかもしれない。

しかし、『徒然草』のような、数百年にもわたって読まれてきた作品は、他に古体を示す伝本があっても、安易にそれを使うことができない。光広本あっての『徒然草』なのである。いずれ、正徹本もやってみたいと思うが、まず光広本がなければ話にならないだろう。底本に忠実な翻刻は意外にないから、まったくのムダでもないだろう。

個人的には、自分が『徒然草』を書いた時の兼好と同じぐらい(いつ書いたのか分からないけど)の年になって、もう一度、ゆっくり読み直したいという気持ちもある。それには翻刻するのが一番である。

さて、すでに第7段まで作ったが、さっそく一つ疑問がわいた。それは次回の講釈で。

【2018/05/25 追記】
次回の講釈書きました。
春秋か暮秋か:2018年05月25日

蒙求和歌』が一応終わったので、次は何にしようかなーと考えた。

で、この並びで『打聞集』がないのはいかがなものか。ということで・・・。

打聞集:やたナビTEXT

『打聞集』は写本の字が小さく、ものすごく読みにくそうなので、今まで敬遠していた。実際読んでみると、『蒙求和歌』でカタカナに慣れたせいか、意外と普通に読める。漢字に限って言えば、妙な異体字や見たこともない漢字が出てくる『蒙求和歌』よりは、よほど読みやすそうだ。
打聞集

内容的には、『今昔物語集』・『宇治拾遺物語』・『古本説話集』などとかぶっていて、目新しいものはない。その上それらよりも簡単に書かれているのだが、違いがいろいろあって面白そうだ。

例えば、すでにUpした第2話「釈迦如来験の事」の書き出し。

昔、唐に、晋の史弘の時、天竺より僧渡れり。
最初の「唐に」は王朝ではなく、単に中国という意味。で、問題は「晋の史弘」。誰よそれ。

「シンのシコウ」・・・「秦の始皇」・・・始皇帝のことである。

内容的には『今昔物語集』6-1「震旦秦始皇時天竺僧渡語」を簡略化したもので、仏法を伝えに来た天竺僧を、始皇帝が「怪しいやつだ」と獄に幽閉。巨大でビカビカ光る釈迦如来が、ウルトラマンよろしく空から飛んできて、天竺僧を助け、ついでに罪人も逃がすという話。「後漢まで仏法は伝わらなかった」と書いてあるから、誰がどう見ても始皇帝なのだが、なぜか「晋の史弘」。

というわけで、一つよろしくお願いします。

『蒙求和歌』の電子テキストを公開しました。例によって、翻刻部分はパブリックドメイン(CC0)で、校訂本文部分はクリエイティブ・コモンズライセンス 表示 - 継承(CC BY-SA 4.0)で公開します。

国立国会図書館本『蒙求和歌』:やたナビTEXT

前に、「小説(文学作品)には読書感想文を書きたくなる作品と、論文を書きたくなる作品がある」と書きましたが(エミリ・ブロンテ『嵐が丘』を読んだ:2010年12月08日)、『蒙求和歌』は後者です。

国立国会図書館本では、漢字片仮名交じりが基本ながら、突然平仮名が混じったり(『蒙求和歌』の漢字片仮名平仮名交じり文:2017年12月07日参照)、ガチガチの漢文になったり、アヤシイ異体字がでてきたり、なかなか謎めいています。おまけに、真名序と仮名序があり、さらに藤原孝範(師匠)・源光行(本人)・藤原定家(たぶん友達)のゴージャスな跋付き。さらに、異本が多く、本文だけでなく歌も違うものがあります。

内容ははっきり言って、あまり面白くありません。中国説話の翻案としては、小品ながら『唐物語』の方がずっと文章がいいし、まとまっていて面白い。『今昔物語集』震旦部みたいな、「典拠のどこをどう読んだらそうなるのか」とツッコミを入れたくなるような、荒唐無稽さもありません。

でも、『蒙求和歌』はきわめてマジメに書かれています。教科書的な用途を想定して書かれたものだと思いますが(荘周は夢中に胡蝶となりし人なり:2018年02月11日参照)、それだけにちゃんと訳そうという意気込みが感じられます。

日本では、平安時代以降、漢籍の入門書として、広く『蒙求』が用いられました。本来『蒙求』とは、四字一句の韻文だけを指すのですが、それでは何を言っているのか分かりません。『蒙求』を読むということは、同時に注を読むことになります。

ところが、この注がクセモノで、今一般に読むことができる『蒙求』(例えば、新釈漢文大系『蒙求』など)は、南宋時代に徐子光によって書かれたもので、平安・鎌倉時代の日本人は読んでいません。彼らが読んでいた『古注蒙求』は、例えば国会図書館蔵本(附音増廣古注蒙求:国立国会図書館デジタルコレクション)などがありますが、通して読むのはちょっときついと思います。

『蒙求和歌』は、もちろん『蒙求』そのものではありません。配列も変わっています。そもそも、251話もあるとはいえ、『蒙求』の596句から比べると半分にも満たない数です。

しかし、これは平安・鎌倉時代の知識人には、知っていて当たり前のエピソードを選んであると思います。平安・鎌倉時代を専門とする方には、ご一読をオススメします。

おかげで、僕もずいぶん勉強になりました。

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