大阪府立弥生文化博物館で、企画展「弥生農耕-田んぼとはたけ-」が始まっています。

展示の目玉はなんといっても、松原市の上田町遺跡で実際に出土した水田を剥ぎ取り、再現した模型でしょう。
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きめ細かい泥土や、水が湛えられていたことが容易に想像できる粘土質の割れ目などがリアルで(本物だからね)、ちょっとだけ想像力を働かせれば、弥生時代にトリップできます。
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展示は区画ごとに伝えたいテーマがはっきりしていて、関東と関西の水田の違い、弥生初期の農具、弥生時代でも……特に東へ行けば行くほど……水田だけでなく畑も重要であったこと、米をどのように調理したか、稲作中心の時代に始まった効率の良い狩猟や漁労の手法などがわかります。

そして縄文時代から豆やエゴマなどが栽培されていたことや、古墳時代になって鉄製の農具が取り入れられたことなどにも触れられていました。

くわしい解説がありましたし、解説図録もあるのですが、腑に落ちない点が数点あったので、塚本学芸員の展示解説を聞いてきました。
密を避けるため、大ホールで映像を見ながらの解説ですが、展示を企画した学芸員さんから直接説明を受けると、やっぱり頭に入りますね。

私の大きな疑問は二つ
・関東の水田が大規模で、関西は小区画水田なのはなぜか 
・穂刈りと根刈りの道具があるが、どう使い分けられていたのか
でした。

関東の水田遺跡といえば、なんといっても登呂遺跡が有名ですが、一辺が20~30メートルもある大規模な水田です。
畔には密に矢板が取り付けられ、外界の水から仕切られていたようです。
対して関西の水田は総じて小区画。
この違いは、村の規模の違いか、治水の手法の違いかどちらなのだろうと思ったんです。

答えはどちらかというと後者。

関西の水田は、川を堰き止め、水路を何本も引いて、水を引き入れています。
その際、棚田にして上から徐々に水が入るようにしていたのだとか。
関東の水田は、矢板の一部を開き、そこから水を大量に引き入れていたようです。
だから段差のない、のっぺりした水田面が現れたというわけですね。
ただし「手畔」ともいうべき小さな畔があり、やはり小企画に区切られてはいたのだとか。

だから、関東の水田は水気が多く、田下駄なども多数見つかっているわけです。

図録にも書いてありましたが、文字だけでは「規模の違い」にうまくつながらなかったんですね。
お話を聞いてみて、「あ、そういうことか!」と理解できました。

……そういうことってありませんか?
あるいは「多分そういうことなんだろう」とは思っても、確信できずにモヤモヤしたりとか。
だからこそ、展示解説の機会を大事にしたいと思うんです。

次に穂刈りと根刈りについて。
弥生時代の米の収穫は、穂刈りが中心だったと考えられています。
それは、品種改良が進んでおらず、実る時期がバラバラなので、穂を選んで収穫するため。
根から刈ろうとしたら、実った穂を見つけてしゃがみ、根から刈り取る必要があります。
どう考えても効率が悪いし、想像するだに腰が痛い(笑)
でも、弥生時代の初期にも大型石包丁が発見されており、根刈りが行われていたと考えられています。
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小ぶりですが、鎌もある。
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なぜ根刈りなんぞという面倒なことをしたのだろうと疑問だったのですが、推測されている答えは簡単。
藁を利用するためですね。
藁は縄やむしろ、土嚢などに使われたようです。
はっきりした確証は未発見とのことですが、俵として利用されていた可能性もあるとか。

はぁ、スッキリ(笑)

でも解説を聞いてるうちに、新たな疑問もわいてきました。
それは次の二点。
・その遺跡がなぜ水田跡であると断定できるのか
・なぜ古代の水田は小区画なのか

解説の中で、どこに畑があったのか特定するのは難しいというお話がありました。
ではなぜ、水田は特定できるのか。
これも答えは非常にシンプルで、
「水路があるから」
なんだそうですよ。
水路がなくても、川を堰き止めた跡があれば、そばに水田があったと推察されるんだとか。

そして、稲のプラントオパールは特徴的で、特定しやすいのだそうです。
プラントオパールっていうのは、植物が土壌の珪酸を吸収して作り上げるガラス質の物質。
ススキや稲の葉っぱには細かい刃があって、うっかり肌に触れると切れちゃいますよね?
あれがプラントオパール……と考えて良いかと。

鉄バクテリアを吸い上げて高師小僧が生成されることもありますし、稲は、いろいろ物証を残すもののようです。

水田に比べると、畑は水がたくさん必要ではないので、水路がない。
さらに畑で作られていたと考えられる粟やきびは特徴的なプラントオパールを生成しない。
そんなわけで、区画された用地が見つかっても、畑だと断定できないそうです。

そしてなぜ水田を小区画に作ったかについては、多分大方の想像通り、
「労力がかからないから」
だそうです(笑)

私はトーハクもすごくすごくすごく好きなんですけど、わからないことがあっても、質問できないのがとっても不満。
警備の方に聞いても、
「さぁ……???」
と首をかしげておしまいです。

弥生博のような地域密着の博物館は、気軽に質問できるのがありがたい。
展示解説も数度行われていたりします。

この機会を逃すのは、本当~にもったいないと思います!!

塚本学芸員による展示解説は、11月21日と12月5日にも行われます。

質問するのはちょ~っと勇気がいるかな~と思われる方もいらっしゃると思いますが、解説聞くだけでも十分勉強になりますよ!
ほんとぜひ。

この楽しさを知らないなんてもったいないと思うなぁ。本当に。