イギリスのロックバンドのクィーンの映画が

世界的大ヒットをしてますね。

葵さんも誰か一緒に行ってくれと言ってましたね。

私は今から40年以上昔に小学校の時に

レコードを買いました聴いてましたよ

2mくらいある大きなステレオでね。

何の曲だったか訳すと誰かが君を愛してるって

意味の曲だったかな。世界的な大スターになる前です。

日本でだけ当時すでに一位の人気だったんですよ

日本の女の子の間ではね。

ロジャーティラーが美少年だとかね。

その一位の人気は何年か続きましたが

それが終わった頃には世界的ヒットバンドになってた。

当時ミュージックライフという洋楽の雑誌を

小学生なのに毎月買って海外のロックバンドの

インタビューとか読んでましてね。

編集長の東郷かおる子さんがねロンドンかな

パーティでフレディに会ったと書いてあって

その時に彼は女性を連れて居たんですよ。

ゲイの噂があるのに女性を連れていて

このことは黙っておくわねとフレディに言ったらしい。

そんな記事が載ってたわ。

書いとるやないか、そそれはくわしくは書いてない。

やがてねボエミアンラプソディてのが

発売されたけど当時は白い目で見られてたと思うよ。

私も当時聞いたけどなんだこれと思いまして

中学生だったけどこれはロックじゃないって。

今となっては40年もたったらもはや伝説の名曲ですが

素晴らしい芸術と言うのは常にその時は革新的すぎて

色んな人からおかしいっていわれるんですよ。

それが真の芸術ってものなの。

びっくりしましたよ当時ねPVが放送された時。

どうやって録音してるのかなてクラシックにも

知識が有るのか技術力が凄いなと。

今になってみるとネットで歌詞がわかるでしょ。

もうその頃は買ってなかった。

世界的スターになった頃はもうね。

今は歌詞に感動しますね。

そういう意味だったのかってね。

僕は人を殺してしまった

お母さん。僕が明日帰らなくても普通に暮らしてくれヨ

僕にとっては大したことじゃないのさ

みたいな歌詞ですよね。

なんか浮かんでくるのはね

ルネッサンスの時代ねレオナルドダビンチには

悪魔と言うニックネームの美青年の弟子が居て

ダビンチが亡くなった時に

モナリザを遺産でもらったといわれていて

彼はそれをすぐに売ってしまって

飲み屋で酒を飲んでる時にケンカで殺されたという

話があるんですよ。

末永く幸せに暮らしましたと言う説もあるんですよ。

フレディさんが歌ったのは今の時代かもしれないけど

それではその映画自体では無くて。

みんなが泣いているという番組を



一本目のには本物のフレディのインタビューが

出て来ます。下のは大騒ぎの映画公開とか

初来日の様子ですね



他にも独創的だった作品ね。

はじめに女装で出て来ます。

途中で男に戻ってまた女装です。



そういえばこんなこともしてたなって。

一本目のインタビューでフレディは

ぶっ飛んだことを言ってますね哀しいセリフ


僕が死んだあとなんて誰が気にするの?
僕は気にしないよ。

そう言って煙草を吹かしました。

少し笑っていました。


世界で五番目にレコードを売ったアーティストなんだとさ。

世界的にヒット連発してる時は子供心に

なんでこんなにウケの良い曲ばかりを

やるんだろうなって思ってたよ。

本人は売り上げとかお金には興味が無い

って言ってるんですね。

結局は短い人生の中でイギリスやアメリカの

競争社会の中に居てさ。

常に成功することはフレディの寂しさとか

孤独をうめる方法だったのかな。

単に才能とか個性が強くて

一生懸命に作ると何やってもウケたのかな。

あっちで鳴かず飛ばずの時に日本では

一位の人気だったんですよ。

日本に感謝してるとか家に日本庭園まで造ってた。

でも結局は時代を越えてしまった一曲のせいで

なんかこんな映画に成っちゃってさ。

二年くらい前にズボンピチピチのフレディ見て

私も今もピチピチのズボンはいてるけどね。