先日行われた、学長候補の所信表明演説は、両候補ともに、学内の「現状」を踏まえた具体的展望に乏しく、本来主役であるべき学生・大学院生への配慮を欠いたものだった。本学では一昨年来、「改革」を理由にした教員の転出が相次ぎ、その補充は、金沢八景キャンパスに関しては皆無に等しい。一つの研究分野のゼミが消えてしまった例もある。改革によって学生からゼミが奪われることは「仕方がない」という言葉で済まされる問題ではなく、所信表明では最優先で扱われるべきだった。

 布施候補は「TOEFL500点は高いハードルではない」と述べた。しかし同候補がどのように思うかとは別に、制度設計の責任が追及されて当然である。合格点未取得者が大量に生じているのは、学生の意識以前に、構造自体に無理があるためだ。ストロナク候補は「英語授業に力を入れる」と述べたが、しかし英語の比重が大きすぎる現状を改善するべきだ。英語以外の言語は授業が大幅に削減されており、TOEFLをクリアしないと第二外国語の選択もできず、同候補の言う「国際化」とはほど遠い現状である。

 また教員組合は、学外の3人を含むわずか6人の選考会議によって進められる学長選考そのものに疑問の声を上げている。現在の選考方法を継続すれば、教員の信頼を得ないまま選出されることになり、新しい学長にとってはむしろ不都合だろう。教員と大学運営側との摩擦は学生・大学院生にも多くの不利益をもたらす。かつての通り学内自治の選出に戻せないのなら、せめて選考会議に教員から代表を加えるなどの折衷案を提案しても良かったはずだ。

 現実に起こっている問題の改善なしに、大きな理想を述べても空虚に響くだけである。どちらの候補が新しい学長に選ばれるにせよ、現場の声を取り入れて現状の問題点を改善するよう、まずはその意識を改革することが必要ではないか。