もうすぐ21世紀を迎え
「ミレニアム」という言葉が流行し始めた1999年に
私は韓国の文化に興味を持つことになりました。

それまでは、台湾や香港のエンタメが好きで、
レスリー・チャン、金城武、イーキン・チェン、ニコラス・ツェー…
など、キラキラ輝く亜細亜の明星たちを追いかける毎日。

1997年7月1日に香港返還という歴史的な区切りを迎え
日本にもアジアを取り巻く文化にスポットが当てられるようになった当時。
映画もたくさん公開され、来日イベントも盛んに行われていました。

ウォン・カーウァイが描く前衛的な映像美と
クリストファー・ドイルが映し出すスタイリッシュな風景…
目にするものがすべて新鮮な日々を送っていました。
今、振り返ると、当時の私がいちばんピュアだったなと思います。

その頃の出来事は、機会があったら、のちほど記させていただきます。

ある日、愛読していた雑誌に、
“次のブームは韓国だ!”的な特集があり
いろいろなアーティストが紹介されていました。

後の2002年に日韓で開催されることとなる
サッカーのFIFAワールドカップが背景にあったことから
さまざまな韓国文化に触れられる機会が広がるタイミングだったのでしょうね。

しかし私は、自分の大事なターニングポイントであるその雑誌が
どの媒体だったのか
掲載されていた誌面の感触も思い出せないんです…あーどうしよう…。

特集でラインナップされていたアーティストの中で
日韓合同グループの「Y2K」というグループに
私はロックオンされてしまいました。

日韓合同?スゲー!どんな曲歌ってるんだろう?

取り寄せた彼らの第1集アルバム。
1トラック目の「헤어진 후에(別れた後に)」の
“ジャ~ン♪”と
歌謡曲的なコード進行で始まるイントロを初めて聴くやいなや
「あー!私、この世界観、好きだわ…」と…。



170912

左からコ・ジェグン、松尾光次、松尾雄一
DVDではなく、なつかしのVCD!

これから社会現象にもなり、私自身の生き方を変えることになる
「韓国・韓流」というパンドラの箱を開けた瞬間になりました。

前置きが長くなり、すみません…。

そんな出会いを経て…
韓国語を勉強したり、
公私共にさまざまなことを乗り越え、ここまでやって参りました。

振り返ってみますと韓国好き歴18年という月日が流れていました。
その間、人間が育てば、高校生になっていますね。
にもかかわらず、まだまだ私の韓国語は幼稚園レベルです…どうしよう…。

そして、巡りめぐって、SECHSKIESという光にたどり着きました。

今年で結成20周年を迎え、
現在、二度目の全盛期といわれるほどに活躍するSECHSKIES。

変わりゆく時代の流れの中で
幾多の困難にも負けず彼らは光を失うことなく輝き続けていました。

ちょっと感情的な論調に…(笑)

また折を見てこの物語の続きをお伝えしたいと思います。

今日もステキな一日でありますように…。