February 08, 2010
立ち上るインド臭にやられました

最近の私の生活には、インド風が吹き荒れております。
インド料理研究家の香取薫さんとの出会いの翌日は、ずばり直球、インドからの贈り物が届きました。
南インドはチェンナイ在住chiliさんから届いたそれらは、コチラの楽しいインド旅動画にも登場していた南インドのヴェジタリアン料理家、ヴィジ先生のレシピ本(オットのアーユルヴェーダ食作りの参考になるのではないか、とのことで……感涙)と、謎のナッツ類。
この不思議なナッツ、インドでは“シカカイ”(写真左)、“リタ”(写真右)と呼ばれているものなんだそうです。

以前、世界のエコ・アイデアを紹介するサイトの中でインドネシアで衣類の洗濯にナッツが使われている動画を発見して驚き、それを即座にTwitterでつぶやいたところ、インドのchiliさんから
「それは“リタ”というもので、私もお洗濯に使っています」
と教えていただいたのです。
インドネシア、そしてインドにもあるならば、スリランカにもあるに違いない!と、即座に歌うアーユルヴェーダ植物栽培研究家のピヤルさんに電話で聞いてみたところ、ありましたよ、スリランカにも!
シンハラ語では「ペネラ」と呼ばれるそうで、衣類の洗濯だけではなく、金などの宝飾品の洗浄にも使われてきたとの情報をゲット。その後さらに調べてみると、“Soap Nuts”(Sapindus trifoliatis)という名前でカナダの会社が販売しているのも見つけました。
それによれば、衣類の洗濯だけではなく、シャンプーやハンドソープ、さらに万能クリーナーとして家中のお掃除に、さらには煮出した液体は蚊除けとしても使えるという、なんとも使えるナッツであることが判明。
どうでもいいんですが、歌うアーユルヴェーダ研究家、ピヤルさんが本当にテレビで弾き語っている姿はこちら。ま、それはさておき、これでめでたく“リタ”の正体が分かり、しかもスリランカにも自生しているものであることが判明。
ではでは、気になるもう一つの“シカカイ”とは一体なんなのでしょう?
先に種明かしをしてしまうと、chiliさんによればこのシカカイなるもの、インドではリタとあわせて昔から髪を洗うのに使われているんだとか。インド女性の長く美しい黒髪は、このシカカイ、そしてリタなどの天然素材によるお手入れで作られている、な〜んて話を聞いたら、一度試してみたくなりますよねえ。
そこで登場するのが、同じくchiliさんから届いた包みの中から出て来た怪しげな粉末の入った袋。
先日、海外からの郵便物のうち船便や重たい荷物、また課税対象になるものが中央局留めになるというお話をご紹介したばかりですが、このインドからの小包も、コロンボの郵便局に留め置かれてしまいました。
毎年スリランカから南インドのchiliさん宛に出す年賀状が2年連続で不着だったということもあり、今回この小包が止められたのも、南インドとスリランカの微妙な政治情勢が影響しているのではないかと勘ぐってはいたのでですけどね、いやいや、なんのことはない、私の代理として荷物を受け取りに行ってくれ たオットによれば、この怪しげな粉末が一部袋からもれ出しており、さらになぜだかビリビリに破れた封筒全体がこの謎の粉まみれだったそう。
郵便局員が、まるで得体の知れないものをおそるおそる触るかのようにまっすぐに腕を前に延ばし、親指と人差し指で封筒の端っこをつまんで倉庫からカウン ターまで運んできたという話を聞いて、思わず爆笑してしまいました。
南インドからの怪しげな粉末にまみれた荷物、そりゃスリランカ人もビックリ、ってとこだったでしょう。
そして特筆すべきは、この粉から立ち上る強い臭気!!
すでにビリビリに裂けた封筒の隙間から、ものすごいインド臭が漂ってくるんです。
いやいや、「臭」という字を使うと臭そうですけどね、決して臭いわけではないものの、いわゆる私の先入観の中で既に確立されている、これぞまさに「ザ・インドの匂い」。
とにかく激しい匂いといいますか、同じスパイス大国スリランカにおいても、ここまでキョーレツな匂いは感じたことがないぞというような、やはりこれ は「インド臭」と呼ぶのに相応しい香りなんです(強いていえば、日本のインド雑貨を扱う店に漂っている匂いをもっともっとぐぐ〜っと濃縮した香りといいますか)。
その匂いにクラクラしつつ、Twitterで早速chiliさんとやりとり。

この得体の知れない粉末、件の“シカカイ”が配合されたオール・ナチュラルな成分でできた髪を洗うためのものだということ。
パッケージの後ろを見ると、おお、確かに「シカカイ、ディル、ハイビスカス、アムラ、リョクトウ……」などと書かれています。
ふむふむ、これには“リタ”、すなわちソープナッツは使われていないんですね。
と、chiliさん曰く、私のような腰がなくて細い髪質にはシカカイのみだとペタっとなりやすいとのことで、別の小袋に入った「シカカイ、リタ、アムラ」のミックスを混ぜて使ってください、とのこと。これを使うと、猫っ毛の人は自然な腰が出てくるとのこと。
ちなみに、“アムラ”というのはインディアン・グースベリー(Indian Gooseberry、Emblica officinalis)、スリランカでは「ネッリ」と呼ばれるフルーツです。私はこのネッリの味が大の苦手なんですが、まあ、食べるんじゃなくて髪を洗うのなら問題ありませんから。
何はともあれ使ってみようじゃありませんか、このインド臭たっぷりの不思議な粉を!!
* * *
早速、粉が飛び散らないよう密封容器に詰め替え、バスルームへ直行。
chiliさんの言う「適量」というのがよく分からぬまま、とりあえずラベル付きの大きな袋に入っていた粉末を大さじ1杯ほど、そしてシカカイとリタ、アムラのミックス粉をその3分の1ほど混ぜて、少量の水に溶かして頭にかけてみました。
う〜ん、水で溶かしても、かなり粉っぽいです。そしてまったく泡立ちません。ますますよく分からぬまま、とりあえず髪を洗うというよりは、頭皮を10本の指を使って数分間マッサージ。
ま、こんなもんかというところでシャワーでざざ〜っと流してみました。
流してみても、ほんのり自分の頭から立ち上るインド臭。いや〜、刺激的。
その後、もっぱらズボラな自然乾燥派の私は櫛で梳かしてそのまま放置。そしてまだ濡れたままの髪を触ってみると……、
あれあれ?いつもと肌触りが違う!
ズボラだから……いえいえ、そういうワケではなく、肌が弱くてかぶれやすいため、もうかれこれ10年近く普段の洗髪には香料や着色料など無添加の味も素っ気もない安〜い石鹸を使い続けてきました。ちなみにその前は7〜8年ほど石鹸ベースのシャンプー。
こんな石鹸まみれの安上がりな私だったのですが、石鹸洗髪ってどうしても石鹸カスが残るからでしょうかね、きしむし、洗い上がりがややベタつく感じがあるんです。
が、この恐るべしインド粉、洗い立ての髪の指通りがなんとも軽やか。まだ乾いていないというのに、なんだかツル〜、サラ〜っとしているんです。
さらに、通常ならば自然乾燥だと伸びきった髪(最後にカットしたのは昨年11月半ばの一時帰国の際)が乾く途中であっちこっちにハネはじめて閉口していたのですが、なんと、櫛で梳かした状態のまま、素直にキレイに乾いてしまいました。これも、自然な腰が出ているおかげなんでしょうか。
いや〜、コレ、かなり良いです。というか、もう石鹸には戻れないかもしれません。ズボラな私の性格だと、全身この粉で洗う日も近いのではないかというほど気に入ってしまいました。
* * *
が、しかし。
毎回インドから粉まみれの荷物を送ってもらう訳にはいきませんし、インド女性が使っているのならば、スリランカ女性も使っているにちがいないと、早速リサーチを開始したものの、我が家の三女に見せたところ、
「なにコレ? え?頭を洗う粉? そんなの聞いたことも無いわ!」
と。
ならば、一世代前のアンマなら知っているかも。
「ねえアッケ(姉さん)、アンマは何使ってる?」
「え、アンマ? ああ、サバン、サバン!(石鹸、石鹸!)」
う〜ん、そうでしたか。
分かりました、ではこういうときの救世主、超ド田舎に住む親戚のスダッタ・アイヤに聞いてみましょう。
すると、先に出て来た“リタ(ペネラ)”も、シンハラ名が分からなかったものの“シカカイ”らしきものも、そのあたりに普通に生えていることが判明。そしてまだシャンプーというものが市販される前の時代、アイヤのおじいさん、おばあさんたちが使っていたと言うではありませんか。
やった〜!今では手軽な合成シャンプーに取って代わられて、もはや誰も使っていないというのは悲しいですけど、少なくともこれで毎回インドから怪しげな粉を密輸(?)せずとも、ここスリランカで原材料は手に入れられるというのは分かりました。
それにしても、インドの女性たちがいまだに衣類の洗濯や美しい髪をキープするために使っているという“リタ”や“シカカイ”、なぜスリランカでは誰も使わなくなってしまったのでしょうか。
人々の嗜好が手軽で便利なものに流れていくのは私もよく理解できますし、テレビをつければ美しい黒髪の女性たちが登場する、○○リーバといった大手外資メーカーのシャンプーのCMがよく流れてきます。小さな島国スリランカでは、人々がこうした広告戦略の影響をより受けやすいのか。いやいや、実はこうした外資メーカーのCMって、ほとんどがインドで製作されたものなんですけど、そのインドでは現代的なものと伝統的がきちんと共存しているんですね。
そのお隣インドの状況を少し羨ましいと思いつつ、スリランカ産“リタ”と“シカカイ”が手に入り次第、ネッリと混ぜてオリジナルのスリランカ洗髪パウダーを作ってみようと決心したのでした。実現したら、またここでお知らせします!
〈追記〉
この記事をアップした直後、オットが歌う博士ピヤルさんに再度連絡。その結果、“シカカイ(Acacia concinna)”が自生しているのはインドのみ、スリランカにはないことが判明しました。
う〜ん、残念ですが、シカカイとかなり近い種類ならばあるとのこと。シンハラ名は「ゴダ・イングル」。ド田舎のスダッタ・アイヤのおばあさんが以前使っていたというもの、そしてスリランカのタミル人たちがやはり以前洗髪に使っていたという「シーヤッカ」というものは、きっとこれかもしれません。
さ、また一歩、シカカイに近づいたところで、夕方の沐浴の時間。これから早速、インド臭タップリの粉で頭洗ってきます〜。
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February 05, 2010
料理が結んだ素晴らしき出会い in コロンボ

タイトル通り、今日は素晴らしい出会いの一日となりました。
場所は、先日の大統領選挙の開票日、対立候補フォンセカ氏が“軟禁”されたとされる今話題(?)のシナモンレイクサイド・ホテル(旧トランスアジア・ホテル)のラウンジにて。
お会いしたのは、
インド料理・スパイス料理研究家の香取薫さん、
フォトグラファー&ライターの新井由己さん、
島根県隠岐島で町おこし&スリランカ料理によく登場する野菜“ゴトゥコラ”の普及に努めるサミーラさん、
松江で山陰唯一のスリランカ料理店“印度亜”のシェフを務めるやだもんさん、
そしてこのままいけばうちの男前オットをしのぐイケメンになりそうな、香取さんの息子さん、
の5人の方たち。
約1週間のスリランカ滞在を終えて帰国の途につこうという最終日に、やっとお会いすることができました。
上の写真は、オットにかまわず日本語でしゃべりまくる私を含めた総勢6名。
香取さんと知り合うきっかけは、なんと信じられないことにこのブログでした。
「スリランカの家庭で料理修行をする予定です」と香取さんからメールをいただいたのが昨年12月のこと。
いや〜、ビックリしましたよ。だって私、香取さんのブログを以前から読んでいて、勝手にリンクまで貼らせていただいてたんですから。
その後、かなり濃密なメールが交わされ(私の方はただスリランカ料理についてあーだこーだと勝手なことを書いていただけですが)、私は参加はしないものの、その濃密な滞在日程にコーフンしつつ、お会いするのを今か今かと楽しみにしていたんです。
私も参加したくてウズウズしていたその料理修行内容、詳細は香取さんのブログに今後たっぷりと掲載されると思いますが、ざっくりと言えば拠点は二つ。サミーラさんのご実家がある南西海岸のベントータと、北西部のガルガムワにある旧家。
いずれもスリランカの家庭料理の美味しさを、手を抜くこと無くきっちりと守っているご家庭です。
なんと、これらの濃密な料理修行の様子を、香取さんのパートナーでもある新井さんが10分ほどのスライドショーにまとめてくださって、ホテルのラウンジで全員で見入ってしまいました。
これ、アーユルヴェーダ治療中で食事制限があるオットにはかな〜り酷な内容だったと思いますが、この写真がまたもう、素晴らしいんです。
台所に差し込むスリランカの光、そして、登場するスリランカの人々のホスピタリティ、さらに、なんといってもこのスペシャル5人チームの楽しげな様子がたっぷりとにじみ出ていました。
そして肝心のお料理の写真が本当に美味しそうで!
印象に残ったのは、お腹がググ〜っと鳴るほど美味しそうなのはもちろんのこと、お料理にも、関わったすべての人々の温かい気持ちがしっかり写り込んでいたこと。プロの写真家さんのお仕事はさすがだと思うと同時に、この料理修行がどれほど充実して素晴らしいものだったかがじ〜んと伝わってきて、感動的とも言える内容でした。
そして、私には充実した料理修行の様子を聞かせていただくだけで充分だったのに、なんと、テキパキとよく動く気の利く息子さん(荷物を減らすためにスリランカ滞在中はパンツを表裏履くという香取さんのブログ記事を思い出し、後で吹き出してしまいました)が、まるでサンタクロースが担ぐような大きな袋をもってくるではありませんか。しかもその中身は全部、お土産っていうんですから!
きゃーーー!!!(←嬉しい悲鳴)
家に戻って広げたら、我が家の6人がけ用のダイニングテーブルが埋まってしまいました。そのくらいすごい量!

かっぱえびせん、コアラのマーチといった懐かしの日本のお菓子類に、桐箱に入った海苔(巻き寿司率が高い我が家にとっては本当に嬉しいお土産!)、そして常温保存可能なおでん(しかも名古屋人には涙、涙の八丁味噌!)、厚かましくもリクエストさせていただいた練り胡麻に、以前Twitterで何気なくつぶやいた充電池eneloopまで(催促してしまったようですみません)、すべて書ききれませんがとにかくすごい量です。
そして、香取さんが主宰するキッチンスタジオ ペイズリーの可愛いトートバッグに入っていたのは、私が持っていない(といっても持っているのは『チャラカの食卓』だけだったのですが)香取さんの著書がどど〜んと!
中には、アーユルヴェーダに造詣の深いサミーラさんと香取さんが記事を書かれた、日本アーユルヴェーダ学会発行の『シャーンティ・マールガ』まで。最近オットの治療をきっかけにアーユルヴェーダに興味を持ち始めたところだったので、なんとも嬉しい限り。
そして、感激してしまったのがこちら。
実は今回、このご縁がきっかけで香取さんからMOMIJIの大量オーダーをいただきました(今後、ペイズリーでの取り扱いがスタートすることになりました!)。
今日はその納品も兼ねていたわけなのですが、うちのMOMIJI工場スタッフへと、美しく包装されたお菓子を用意してくださったんです。
家に戻って包みを開けると、「ナプキン製作の皆様」と手書きの美しいメッセージが添えられていて、その暖かい心遣いにさらに感動。
スリランカ人でも抵抗なく食べられるようにと選んでくださったに違いない美味しいお菓子をさっそく工場のスタッフに届け、みなで美味しくいただきました(決して独り占めしたりはしていません! したかったけど)。
わずか1時間半ほどの短い時間だったにもかかわらず、おそらく今回の料理修行並みに中身が濃く充実した出会いとなりました。みなさん、今日は本当にどうもありがとうございました。
そして香取さんは想像していた以上に素敵で明るく、かつとても暖かい方で、そんな香取さんが求心力となっているからでしょう、このチームのみなさんとお会いしたら、気持ちの良い風がさ〜っと吹き抜けてくるような、そんな清々しい気持ちになりました。
いつかまた、お会いできたらいいなあ。
そして、こんな出会いがここスリランカで持てたことにも感激した一日となりました。
さあ、では久々に自分出し。なんとプロの新井さんに私のコンデジで撮っていただいた香取さんとの記念の2ショット!

※ここ最近忙しく目の下のクマがいつにも増してスゴイですが、そこは突っ込まないでください。
そして今回のこのすばらしい出会い、共に料理の世界に関わる仕事を続けているチェンナイ在住のchiliさんと、東京在住の麻衣マイキさんの二人がいなければあり得なかったでしょう。
もとはといえば私がスリランカに関するブログを書こうという気になったのも、二人の良い影響を受けてのこと。今は全員別の国に住む私たちですが、あらためて、chiliさんとマイキさんに感謝の気持ちでいっぱいです。いつもどうもありがとう。
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February 03, 2010
懐かしのあの人に
今日の午後、オットと二人で印刷所まで出かけてきました。
ご存知の通りアーユルヴェーダ治療中のオット、3時は薬の時間、そして4時はお茶の時間と決められているため、出かけるときは薬用の白湯とお茶をそれぞれサーモマグに入れて用意していきます。
今日は印刷所でのチェックが比較的スムーズに済んだので、そのまま家に帰って4時のティータイムとしても良かったのですが、せっかくお茶を持って来てるんですから、ちょっとピクニック気分でいつもとは違う場所でお茶をしようということになりました。
ちょうど我が家の近くに良い場所があるんです。車の通りが少なくて、スリランカには珍しく夕方は付近の住人たちのジョギングコースになるような、ちょっとのんびりした良い道が。
その道の入り口でいつも夕方になると店を出す移動式ベーカリー(「夕暮れベーカリー」と勝手に命名)でパティス(三角形の揚げパン、中にはピリ辛の具がぎっしり)を買って、木陰に車を止めてドアを開け放ってティータイム。
いや〜、リフレッシュできます。
と、お茶を飲み終えたら、ふと車の運転がしてみたくなりました。
ええ、私は筋金入りのペーパードライバー。
オットに最後に運転したのはいつかと聞かれましたが、真剣に思い出したらあまりの無運転歴にせっかくの意欲がそがれると思い、お茶を濁しつつ助手席から運転席へと移動。
とはいえほとんど車の通りがない道ですし、お茶とパティスでお腹も満たされてリラックスムード。こういう時の方が、かえって緊張せずにスムーズに走れそうな気がします。
で、事実、かなり良い感じで2キロほどの道を走ることが出来ました。途中、いきなり群れからはずれた水牛が二頭飛び出して来た時にはややビックリしましたが、うん、実はよくよく考えたら運転するのは18年ぶりくらいだったのですけど、なんというか、楽しいというのか、もっと走っていたいとすら思いました。
で、試しに走ったこの道、先は行き止まりになっています。そこでオットに促されつつ自力でUターンもして、もと来たところまでもどろうかという矢先、な〜んと、懐かしのあるお方の姿を発見してしまったのです。
そのお方とは、こちら。

最後に当ブログに登場したのはもう1年半以上前なので、どれだけの方が覚えてくださっているのか分かりませんが、ふんどし姿が魅力的なアムラヤ(→コチラとコチラの記事参照)こと、キンズレーさんですよ!!
1年ほど前、メインロードをこのふんどし一丁で歩いていらっしゃるのを目撃して以来というもの、とんとお見かけすることがなかったので密かに心配していたのですよ。その後、飲んだくれて雇い主に解雇されたらしいという噂を聞いて、てっきりどこか別の土地へと行ってしまったのではないかと寂しく思っていたのですが、いえいえ、なんのことはない、まだウチのごくごく近所で頑張ってらっしゃったんですねえ。
この日も、数頭の水牛を追って野原をあのふんどし姿で駆け回っておられました。
たまにはいつもの道を外れてみるのも良いものです。
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February 01, 2010
バワ風建築で、シンハラ語を

オットと初めて知り合ったのは、仕事を通じて。
当時、私はシンハラ語はまったくダメ(まあ、今も大して出来ませんが)、よって仕事でコミュニケーションを取らねばならない時は、ずっと英語を使っていました。
よく「最初が肝心」と言いますが、いや〜、本当ですね。
知り合った約2年後に結婚して私はスリランカへと移住、それからさらに2年以上が経過しているというのに、夫婦間の会話は95パーセントがいまだに英語という状態。シンハラ語は時々おふざけで出てくるくらいなもので。
オット家族との会話は英語が話せる次女以外とはシンハラ語ですが、私のシンハラ語は想像力と創造力を駆使したかなり不思議な言葉。以前はナンギがその間違いを一つずつ指摘してくれたんですが、彼女以外は私の不思議シンハラに慣れつつあって意思疎通が出来てしまう。そしてお目付役だったナンギもヨメに行ってしまいましたしねえ。
そして出会った当初からのオットとの共通言語の英語すら、かなり乱れて来てしまっています。私たちにとって英語は母国語ではないですし、そもそも能力が低いのに増して、お互いかなりメチャクチャな英語を話していてもバッチリ本意を理解し合えてしまうのは、もはや夫婦愛というような美しい話ではなく、語学力の著しい低下を招いているだけとも思えるのです。
* * *
そんな状況を変えようと、昨年末に一念発起。共に相手の母国語を、つまり私はシンハラ語、そしてオットは日本語を勉強することにしたのです。
タイミング良く、知人の日本人女性がスリランカ人を対象に日本語の授業をされていることを知ってお願いしてみたところ、特別にオットに個人レッスンをしてくださるとのこと。
さらに、もともとこの女性の生徒だったスリランカ人女性が私にシンハラ語を教えてくれることになったんです。
一人だと挫折してしまいそうですが、オットと二人ならばお互い励まし合って続けられるかもしれない、と思いスタートしたこのレッスン。しかし内情は、励まし合うどころか二人して怠けまくり。
私もオットも、レッスン当日の朝にあわてて先週の授業のノートを取り出して復習する始末。いや〜、こんなはずじゃあなかったのですが。
* * *
と、お恥ずかしい話は置いといて、一体どこでこのレッスンを受けているかといいますと、国会議事堂にほど近い場所、その名も「スリランカ日本教育文化センター」。
あたりの人たちからは通称「ジャパン・パンサラ(寺)」という名前で呼ばれています。そう、ここは沢山のお坊さんたち修行をするお寺でありながら、スリランカと日本の教育文化と相互理解のために設立された施設でもあるんです。

敷地内には沢山の教室が並んだ建物があり、またお坊さんたちが寝泊まりする場所、さらに日本からのボランティアの方たちが利用する施設などもあります。
上の写真の右が、私がシンハラ語の個人レッスンを受けている教室です。ずらりと並んだ机と椅子、どこか懐かしい感じがするのですが、それもそのはず、教室内で使われている備品はほぼ日本からの寄付だそうです。
こんな広い教室を先生と私のたった二人で占領しつつ、1時間半みっちりとレッスンを受けます。
私の目標は、シンハラ語の会話の上達と、シンハラ語の読み書きがもっとスムーズになること。いえいえ、難しい新聞なんか読めなくてもいいんですけどね、街にあふれるシンハラ語の看板くらい、もっと早く意味がつかめるようになりたいと。
ちなみに先生は普段は日本語を教えているだけあって日本語はペラペラ。そしてシンハラ語を教えるのはこれが初めてということで、特にテキストなどがあるわけではなく、毎回黒板を使って授業が進められます。それをまずはひたすら書き取ってから、会話の練習。一回のレッスンで書き取るのは、A4版の大きめのノートにぎっしり4ページほど。
いや〜、これ、かなり良い訓練になりますよ。事実、授業が終わった後は、家までの道のりで出くわすシンハラ語看板が妙に簡単に読めるような気がしますから。あ、もちろん例によってギリギリまで復習をしないため、すぐに忘れてしまうんですけどね。
読み書きの練習もそうですが、今まで独学で勉強してきたために間違った情報も多かった私のいい加減なシンハラ語知識、基礎からしっかり勉強することで点と点がつながって、ある日突然ペラペラに〜! な〜んてことはきっとないでしょうけど、少しでもそれに近づけるよう頑張りたいと、毎回授業の直後には固く決意するんですけどねえ。
(あ、前回の授業はかなり難しかったため、さすがに家に帰ってから即座に復習いたしました。これが毎日続くかどうかは、私の意欲次第・笑)。
この日もみっちり1時間半の授業を終えて、オットが個人レッスンを受けている教室を覗いてみると、おや、まだ熱心に勉強を続けています。
オットを待つ間、施設内をブラリと散策してみましょう。
すると……、
どこかで見覚えのあるものを発見。

壁についたこのくちばし型の三角照明、これはジェフリー・バワの建築作品、およびバワのお弟子さんたちの作品に必ずと言っていいほど登場する、アレじゃないですか。

上は、バワの作品、ラスト・ハウスのもの。
ここ以外にも、以前ご紹介したバワの弟子、チャンナ・ダースワッタ氏の作品にも必ず使われています。
そういえば、さらによく見れば屋根はバワが好んだ瓦葺き、それも現代版の大きくて平らなタイプではなく、丸いカーブを描いた小さなクラシックタイプ。←こちらの写真は教育文化センターではなく、コロンボのバワの自邸から写した隣家の屋根(これも一部バワ作品だそうです)。
アラリヤの木で少し分かりづらいと思いますが、左上が現代版の瓦、右下がスリランカの伝統建築に使われている古いタイプの瓦。
(このバワ自邸については後日アップします)
ただ、この建物がバワ作品かどうかについては、かなり疑わしい。専門家ではないので漠然とした表現しかできませんが、バワのオリジナル作品(リノベーション物件をのぞく)にある、どこかスコーンと気持ちよく突き抜けた、しかもシンプルで力強い空気を感じないのです。
となると、これはきっと、バワのお弟子さんのうちの一人の作品に違いない。バワのお弟子さんたちに共通する特徴として、必ずバワ作品のディテールを真似るという点がありますし。
でも、先述のチャンナ氏でも、そしてスリランカではすっかり巨匠の域に入ったアンジャレンドラン氏でもないような気が。
不思議に思いつつ、私が施設内をくまなくチェックして回っていると、授業を終えたオットが教室から出てきました。
「ねぇねぇ、これ、バワ関係者の建物だと思わない?」
と、シンハラ語の授業を受けたばかりだというのについ惰性で英語で聞いてみると、
「あ、そうだよ、なんとかペレラっていう弟子の作品のはず」
って、なんだ、知ってたんですか!

自宅に帰って早速調べてみると、あ、ありました、ありました。
Milroy Perera Associatesって、カンダラマ・ホテルやブルーウォーター、また他のバワが設計したホテルの拡張プロジェクトなどのデザイン&施工管理を手がけている設計事務所だったんですね。
作品リストをチェックしていたら、このスリランカ日本教育文化センターの記載もありました。91年着工、そしてセンターの壁にあったプレートの通り93年竣工となっています。
教室として使われている棟は、はっきり言ってしまうとかなりメンテナンスが悪い感じ(とはいえ、それは慈善活動に資金が回っているせいだと思われるので、施設の役割を考えたら仕方がないと思われますが)。壁の色は場所ごとにさまざまな色で塗られていて、それぞれがマッチしていないところを見ると、これは竣工時から大幅に塗り替えられているような気がします。
ただ、お寺の部分は一番上の写真のように湖にせり出していたり、また敷地がかなり広いのでさまざまな景観が楽しめて、居心地の良い空間となっています。
次のレッスンの時には少し早めに行って、このお寺部分の方もしっかりと見てこようと思います。
って、あ、その前に、授業の復習、復習!!
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January 29, 2010
スイスイ〜と、平日のコロンボにて

先日お伝えした大統領選挙、投票日とその翌日が急きょ休日となったのですが、翌日の平日を一日はさんで今度は満月の祝日、ポーヤデーのためまたまたお休みを迎えておりますスリランカ。
実は先日、郵便局から通知を受け取っていたのです。昨年の一時帰国の際に送った船便が、コロンボの中央郵便局に到着していると。
選挙休日とポーヤデーにはさまれた一日だけの貴重な平日に動かねば、週明けまで取りに行けなくなります。ちょうど片付けたい諸々の用事もあったので、一挙に処理してしまうべく、昨日の午前中オットと二人で車でコロンボ市内まで出かけてきました。
今日は普段はしない試みですが、その午前中の出来事をつらつら〜と垂れ流してみようと思います。
* * *
中央郵便局に行く前に、MOMIJIのローカル向けの納品に立ち寄ります。そこへ向かうまでの車中、実家の長女に仕立てをお願いしているパンジャビの件で電話をかけました。一通り長女と話したあと、アンマが電話口に出て、
「スバ・アナーガタヤック!」と。
へ?と思っていると、
「マヒンダ大統領をサポートしてくれてありがとう」
なんて言ってますが。
「スバ・アナーガタヤック」とは、「すばらしい未来を」というような意味で、そうそうこれ、マヒンダ陣営のキャンペーンのキャッチフレーズなのでした。
それにしてもアンマ、私、フォンセカ氏支持ではなかったというだけで、決してマヒンダ大統領を支持していたわけではないんですが。
そんなこともあり、その後のオットとの会話は前日に開票結果が出た大統領選挙一色。途中、現職再選のお祝いのキリバトを振る舞う人々にも遭遇。とはいえ私たちの話の内容は選挙の結果についてではなく、前日に広がった、対立候補がコロンボのホテルで軟禁されているという大げさな情報について。
これ、日本でも少し報道されたようですが、投票日からこのホテルに400名の護衛(政府軍から派遣された兵士たち)を連れて対立候補のフォンセカ氏が滞在していたところ、ホテルの周囲を氏の護衛とは別の政府軍の兵士たち、これまた約400人が取り囲んだというもの。
日本大使館からは昼前に、ホテル周辺の道が封鎖され検問が行われており、またホテル内に脱走兵が紛れているという情報もあるので近づかないように、というメールが届きました。
急いで同系列のホテルで働くオットの友人に確認したところ、氏の護衛として雇われていた兵士のうち、正式に軍に登録されていない者が複数いたためホテル内で逮捕された、との情報が。ただしそれ以外はいたって平穏で、一般人の結婚披露宴が二つ行われている、とも。
その後、フォンセカ氏が各国メディアに対して「外に出たら逮捕される可能性があり、これは実質的な軟禁である」と訴え、さらに選挙結果に不服を唱えていたわけですが、その数時間後の午後10時過ぎには無事にホテルを出たという情報が。
この「事件」、ホテルがある場所は周囲に軍施設や政府の諸機関があり、普段からハイセキュリティエリアとされています。冷静になって考えてみれば、これはフォンセカ氏が訴える「軟禁」というよりは、通常の厳重警戒をより強化したものではないかと思うんですが、問題は政府側がなかなかこの情報を発表しようとしなかったこと。
TVでは開票速報が流れるのみで、わずかな情報が新聞社のウェブサイトに掲載されているだけ。そのため噂が飛び交い、私もすっかりそれに煽られてしまいました。
今となっては、フォンセカ氏の軟禁発言はなんだか茶番に思えますが、政府側が早い段階できちんとした情報説明を行っていれば、こうした情報錯綜も防げたのではないかと思います。
ともあれ、オットと二人、「不確定な情報に煽られてはいけない」という結論に至った次第。
そして私にとっては初めて目の当たりにする大統領を選ぶ直接選挙、この「事件」があっという間に噂となって海外メディアにまで広がって行く様子や、人々の情報伝達の早さといい(やたら鳴らされる爆竹ですら、この情報伝達に一役買っているんだなと認識を新たにしました)、なにしろとても面白い経験になったとオットに話しているうちに……、
あらら、すっかり大統領選トークに熱中していたら、取引先へと向かう曲がり角をすっかりスルーしてしまいました。
ぐるりと遠回りしてやや時間が無駄になりましたが、ひとまず一件目の用事は無事終了。
* * *
次は郵便局から日本向け商品の発送をしなくてはいけません。これ、船便を受け取りに行く中央郵便局でももちろんできるんですが、ここは今までの経験上いささか時間がかかることが分かっています。そのため、比較的空いている上に窓口がとてもテキパキしているバッタラムッラの郵便局に行くことに。
すると案の定、今日の窓口担当さんもやたらとテキパキしてます。外国人も比較的多い場所なので、EMSなど海外発送にも慣れています。以前はラージャギリヤにある郵便局を利用していましたが、間違ってEMS料金をかなり余分に取られてしまいました。何度か返金手続きのため出向いているのですがいまだ手続き完了せず。そんなこともあったりするので、郵便局選びは真剣になります。
そんな作戦が功を奏し、スムーズに2件目終了。
そして中央郵便局に行く前にもう一件だけ寄り道。途中にある印刷工場へ向かいます。
この工場、激安を通り越して超安なことから、毎年年賀状の印刷をお願いしているところ。仕上がりはお値段並みな感じですが、働き者の職人さんたちが昼夜を問わず作業してくれるので、急ぎの仕事で助けられています。
とはいいつつ、カラー印刷は怖くて頼めませんけどね。モノクロ、それもクオリティの高さを求められない仕事だけ発注しております。これも、郵便局選びと同じくリスク回避というわけです。
と、頑張ってくれる印刷所に対して言いたい放題ですが、その工場で、かねてから欲しいと思っていたものを目にしました。
その欲しいものとは、
こちら、素朴な活版印刷のカレンダー。スリランカでも、コート紙にカラフルな写真などが印刷されたフルカラーのカレンダーが主流ではありますが、こちらの2色、または3色刷りの素朴で味のあるタイプもまだまだ健在。
田舎の家庭や小さな町工場などの壁にかけられているのを見て、以前から気になっていました。
(←この写真は、実家の近くのお寺で見つけたもの、風にそよぐ様に味があるのです)
こんなにフツーにどこでも目にする、企業や店の名前が印刷されたいわゆる名入れカレンダー、いつか我が家にももらわれてくるだろうと毎年期待するのですが、一向にやってこず。
そんな憧れのカレンダーが、なんと今私のすぐ目の前に!
この印刷所、サンプルなんでしょうかねえ、壁にやたらと沢山カレンダーがかけられているんです。ハイクオリティなオフセット印刷版にまじって、私の好きな素朴タイプもちらほら。
温和な交渉上手のオットに「カレンダーを一つもらって!」と伝えると、さっそく笑顔でかなり強引なお願い開始。
担当者の若い男性はいささか困り顔ではありましたが、壁にかかったカレンダーの一つを外そうとしてくれました。
と同時に、別の壁に、彼が取り外そうとしているものよりももっと良い風合いのカレンダーを発見!
すると……、
カレンダーの神が私に微笑んだ!!
男性が外そうとしていたカレンダーが金具に引っかかってうまく取れません。そこで私の意図を瞬時に理解した演技派オット、すかさず
「じゃあ、こっちの小さいのでも構わないよ」と。
ということで、構わないどころか最も欲しいと思っていた逸品をついにゲット!

たかがカレンダーですけど、これがもう、かわいいのなんのって。
と、こんなに力を入れて語っているのが自分でもいささか滑稽ではありますが、日本でも日めくりや包装紙などの印刷に使われている純白ロール紙(片側がスムーズで裏側がざらざらしているどこか昔懐かしい紙)に、スリランカではまだまだ現役というのが嬉しい活版印刷で刷られたノスタルジックなカレンダー。活版印刷とは、活字を一つ一つ組み合わせて版を作って一枚一枚印刷される、一昔どころか二昔、三昔前くらいの印刷方法です。
(※ちなみにスリランカの多くの印刷所では、使われなくなった活版印刷用の古い機械を、型抜き用の機械として今でも利用しているそうです。ということは、やはり活版印刷、スリランカでも徐々に減っているんですね)

一字一字が微妙に異なっていて、かすれた印刷にもなんとも暖かみを感じます。
デザインも、クラシックな雰囲気を醸し出しています。茶色と黒、赤というおさえた配色、そしてゴールドの金具もマッチしています。
強いて言えばどこかにシンハラ文字が印刷されているとスリランカらしくて尚良いと思うのですが、いえいえ、私にはこれで充分すぎますね。カレンダーの神様ならぬ、いつもお世話になっている超安印刷会社とオットに今まで以上に感謝せねば。
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こうして3件目の用事をすませ、いよいよ中央郵便局へと向かう途中、カレンダーゲットでずっと盛り上がる私。それにしてもなんと安上がりな人間なのだろうと自嘲していると、いつもの平日とうってかわって、連休中日だからでしょうかね、道が空いていてあっという間に到着してしまいました。

今までの経験だと、だいたい3キロ以下のEMSや航空便は自宅、もしくは自宅のある局まで届けてもらえるのですが(ただし、送付状に課税対象物の記載がある場合は別)、3キロを超えた荷物、そして船便はすべてこのコロンボの郵便局留めになります。荷物が届くと書留で通知が届くので、それを持って引き取りに行かねばなりません。期日をすぎると保管料がかかるため、書類に書かれた日付までに取りに行く必要があります。
EMSの受け取り窓口は1階ですが、船便は2階。階段をあがったところに書類の提出カウンターがあるので、必要事項(住所氏名など)に記入した書類を提出すると、受付番号が知らされます。
窓口で自分の番号が呼ばれるころには、カウンターの向こう側に荷物が運び込まれていて、カスタムオフィサーの目の前で職員が開封、オフィサーが中身をチェックして課税額を確定、その後キャッシャーで税金や保管料、通関料などの諸手数料を支払って荷物を受け取る仕組みです。
これが、書くとたった数行ですがなかなか時間のかかる手続きでして、通常は軽く1時間以上はかかるでしょうか。受付終了間際の2時直前に行くと比較的スムーズですが、この日は到着したのが10時過ぎ。時間がかかるのを覚悟の上だったのですが、カウンター前で待つ人はごくわずか。すぐに番号が呼ばれました。
さらにラッキーなことに、今日の担当職員、あまりしっかりと荷物を見ようとしません。まあ、課税対象になる家電や高額商品はないので見られても良いんですが、自分の荷物を隅々までチェックされるのって良い気持ちがしませんからね。
そして今回日本から送った3箱、台所用品や日用品の箱と、醤油やみりん、乾物類などの食品の箱、そして洗濯物用のステンレスの折り畳みラック(これ、日本で6千円ほど出して買ったんですが、つい先日オットが2500ルピーで同様のものを買ってきて、かなり悔しかったです)、すべて無事通関。これらに対し、諸々合計873ルピーを支払って荷物をゲットしました。
そしていつもなら、この郵便局の入り口横にあるNLDB(National Livestock Development Board)直営のミルクスタンドに寄って、新鮮なミルク1リットルと、キリトフィ(NLDBのキリトフィは紅茶にとても合って美味なのです!)を買うのを楽しみにしているのですが、今日は残念ながらお休み。仕方がないのでそのまま帰路につくことに。
途中、銀行に寄ってウェブサーバーのレンタル料を支払い、そしてボレッラの小さなグローサリーに寄り、お気に入りのメーカーのキトゥル・パニとキトゥル・ハクルをまとめ買い(この辺りではこの店しか取り扱いがないのです)。
この店の前に、いつもポル(ココナッツ)を売るおじさんがいて、付近まで来た時にはここでポルを買うのですが、今日は見当たらず、残念。おじさんのポルは当たり外れがなくていつも質が良いだけではなく、優しい笑顔で対応してくれるのも好きなんですけどねえ。
気を取り直し、道の脇の八百屋でドライブスルー状態でオットのアーユルヴェーダ食用の野菜を買い足し(助手席から品定めしてそれとこれちょうだいと言えば車のところまで持って来てくれる、こんな便利な買い物がここでは可能です)、果物屋で自分用にマンゴーとランカ・ドダン(スリランカのミカン)、パッションフルーツを買って、なんとかオットの治療で決められたランチタイムの1時までに帰宅。
* * *
さて、この午前中で、一体いくつの用事を済ませたでしょうか。
小さいのもすべて含めたら、合計8件もの用事が一気に片付きました。これ、快挙です。いつもの平日ならば確実に無理でしょう。
自宅に戻り、風にそよぐカレンダーを見ながら、充足感に浸った一日でした。
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