June 23, 2007

イエスタデイ伊藤より、1年間ありがとうございました & ちょっとだけ予告編

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前回の更新で、
私イエスタデイ伊藤の「スリランカ料理修業ホームステイ」、
ひとまず終了です。
ダラダラと、なんともまとまりなく書いてきてしまいましたが、
毎度毎度の縦スクロールにお付き合いいただいた皆さん、
ありがとうございました。少しでもお楽しみいただけたら幸いです。

そして、私がこの某社のブログで書かせていただくのも、
今日で最後となります。
思えば、二度目のスリランカ出張から帰国し、
iちゃんが立ち上がったばかりのこのブログで孤軍奮闘しているのに刺激を受け、
ならば私もと、ほんのお手伝いのつもりで書き始めたのが
今からちょうど一年前の今日でした。
始めた当時はあんなに文章量が短かったのかと、さっき見て自分でも驚きました。
そしてお手伝いのつもりなどと言いつつ、
実は一番楽しんでいたのは書いている私本人でした。
途中、ややふざけすぎた感はあるものの、
それでも読者の方に暖かいコメントを入れていただいたりと、
とても充実した一年間のブログ生活でした。

隅から隅までお読みの方はご存知かもしれませんが、
私この度、某社現地代表のニシャーダさん(通称スパルタ長男)と
結婚することになりました。
もともと外部スタッフとして
約1年半にわたり関わらせていただいていたこのお仕事ですが、
実質的には既に少し前に辞めさせていただいておりました。
それにも拘わらず、
まるで家賃も払わずデカい顔して居座り続ける迷惑住民のようなこの私を
快く(?)受け入れ続けてくださり、
今まで書く機会を与えてくださった某社スタッフのみなさん、そしてiちゃんには、本当に感謝しております。

今後は、本業のデザイナーとして日本での最後の仕事を全力で仕上げ、
その後はしばし、秋の結婚とスリランカ移住の準備に専念するつもりです。

とはいえ、ひとたび書く喜びを見出してしまったからには、
このまま発表の場を失ったままでいると
いずれ私の指先がむずむずとしてくるのは目に見えています。

料理修業中に集めてきたレシピは全部で150余り。
もっともっとここで紹介したかったのですが、
あまりにもマニアな世界に走りそうで、
この場にはふさわしくないという自己判断で諦めたものも沢山あります。
これ以上掘り下げて、すさまじい縦スクロールで皆さんの右手を疲れさせるのもと、
一応これでも遠慮してたんですよ。
とはいえ、このままお蔵入りにするにはもったいないネタも沢山。
レシピだけでなく、例えば
まさに縁結びの絵本となった『かさどろぼう』の作者、
シビル・ウェッタシンハさんのご自宅に伺った時のエピソードなどなど。

また、自分を勝手に「スリランカ担当」と位置づけ、
スリランカを知らない方にも興味をもっていただけるよう、
できるだけスリランカに特化した話題をご紹介することを心がけてきましたが、
例えば、今後
「先週末、当ブログ中でご紹介したパンケークを作ってみましたよ」
なんていう、より日常的なお話をする場があったらなあと思うようになりました。

ちなみにこれが、本当に先週末に作ったパンケーク。

PanCake

ターメリックがやや多すぎてちょっと黄色がかっていいます。
サイズもアッカの物に比べて小振りですが、
味はなかなかのものでした。ええ、自画自賛です。
カルダモンとローストしたフェンネル、そしてココナッツの甘い香りに、
思わずW家の台所の風景が脳裏に蘇りました。

あ、いけません。いつもの調子でまた話がそれてしまいました。
今日は最後のご挨拶ということで、手短に、
しかしきっちりと締めくくりたいと思っているんですから。

そんなわけで話を戻しますと、いろいろと考えた結果、
このブログは今日でめでたく寿退社(?)となりますが、
少し充電した後は、再びまたパワフルに、
ドタバタのスリランカ移住&結婚式の様子なども交えつつ、
スリランカでの楽しい生活をご紹介する場を新たに作ることにしました。

新しいブログは、「docosoco」


コンセプトはズバリ
「僻地でのおもしろ自虐ライフ」。
厳密にはスリランカは僻地でもありませんし、
私が暮らすのはコロンボ郊外、
別にジャングルの奥地っていうわけじゃありません。
ただ、いまだに「スリランカ」と聞いて
「どこそこ?」という方が多いのも事実。
それを逆手にとって、超マイナーな国に暮らす醍醐味を
たっぷり十二分にご紹介していこうと思います。
ここでは遠慮は要りませんからね。
良い子が見ている当ブログじゃあ書けない
あんなこと、そんなことまで、気兼ねなくぶちまけようと思います。
「どこそこ?」を合言葉に、
世界中の僻地をつなぐネットワークを作っちゃおう、
なんていう壮大な構想もあったりして。

それではスタッフの皆さん、
スリランカと日本の結婚式で再びお会いしましょう。
そして一年に渡って読んでいただいた 読者のみなさん、
新しいブログで、皆さんのお越しを心からお待ちしております。
そして、今後ますますパワーアップしていくであろう当ブログも、
どうぞ末永くよろしくお願いします。

一年間、どうもありがとうございました。

イエスタデイ伊藤


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June 21, 2007

スリランカ料理修業ホームステイ・締めくくりはバナナの花のカレーで

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昨日の夕方、庭で見つけた赤い花びら、
それはバナナの花でした。

もとはと言えばこの料理ホームステイ、
今から約一年前に食べた「バナナの花のカレー」がことの始まり。
スリランカで一度は食べてみたいと、しつこくリクエストしていたところ、
コロンボのオフィスで、W家の次女に作り方を教えてもらったことがきっかけです。

最初に習ったスリランカの家庭料理は、
この「バナナの花」を使ったものだった、と何度か家族たちに話していた私。
アンマ、それをしっかり覚えていてくれたんです。
そして貴重なバナナの花を、わざわざ私のために切ってくれたんですね。
このバナナの花、台所の窓からちょうど見えるところで咲いていて、
毎日少しずつ花びらがめくれていく様を観察していました。
あるときは、その花にリスが止まっていたり、鳥が蜜を求めてやって来たり。

滞在中私の目を楽しませてくれたバナナの花が、
最後の日になって、愛情こもったこんな料理になりました。
昨日までそこで花を咲かせていた、本当に貴重な、バナナの花の料理です。

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話が少し前後しますが、
昨晩は家族4人と歌を歌って過ごしました。

ただ、いつもと少し雰囲気がちがいます。
それもそのはず、
歌うことが大好きで、いつも最初に歌おうと言うアンマが、
今日はちょっと遠くに座って皆が歌うのを眺めています。
花瓶を太鼓代わりに器用に叩いてリズムをとるのに、
今日はそれもありません。どうしちゃったんでしょうか。
見ると、笑顔が消えています。
具合でも悪いのかな。

それでも気にせず歌う子供たち。
私も、この日は頑張りました。
いつもは恥ずかしいのでテンポを早めて歌うのですが、
最後ですからね、ゆっくりと熱唱いたしました。

すると、私の熱唱を見て、アンマも重い腰をあげて
椅子を持ってこちらにやって来ました、良かった。

そして続くはアンマの熱唱。
私の目をじっと見て歌います。
いや、歌い上げるという感じでしょうか。
歌詞はわからないけれど、とても気持ちが入っているのが分かります。
アンマがの歌う様はとても素敵なんです。
意識していなくても、ついつい目が引き寄せられてしまう、そんな感じ。
この歌声を聞くのも今日が最後、そう思うと
熱いものが込み上げてきそうになるのですが、
なんとか最後までこらえました。

歌い終わったアンマ、少し表情がやわらかくなっています。
良かった、良かった。
そして最後は家族が全員立ち上り、
スリランカの国歌を聞かせてくれました。

歌が終わると、既に12時を回っています。
最後に、私から家族へ、一人ひとり手紙を渡しました。
一カ月、共に暮らした感謝の気持ちをどう伝えようかと考えた結果、
シンハラ語で手紙を書こう、と思いついたんです。

私、意味は全くわからないのですが、
自力でシンハラ文字の読み書きを覚えました。
とはいえこの家に来た時には文法はもちろん、単語もほとんど知らず、
ましてや話すことなど全くできませんでした。
W家滞在中、家族が根気強くゆっくりと何度も話しかけてくれたお陰で、
ごくごく簡単なことなら意思表示ができるようになりました。
この家で習得したボキャブラリーを総動員して、
シンハラ語の本とにらめっこしつつ、
秘かに数日前から一人ひとりに宛てて手紙を書いて準備しておいたのです。

手紙を渡すと、皆その場ですぐに読んでくれました。
私がシンハラ語で手紙を書いたことに驚き、とても喜んでくれました。
見ると、アッカとナンギが静かに泣いています。
あ、ベービーも目に沢山涙をうかべていますよ。
アンマだけは涙を流さず、手紙を手帳にはさんで、
「ボホーマ・ステューティ」(ありがとう)と一言。
そして皆、無言のまま、床につきました。

そして翌朝、いつもと同じように
早朝から女性たちは台所で朝食の支度にかかります。
その合間をぬって、アッカに一つお願いをしました。
昨日ゴールの街で買ってきたサーリ、
私にとって初めてのサーリとともに着るジャケットとペチコートは、
どうしてもアッカに作ってもらいたかったんです。

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これは、私のサーリの端をミシンで始末してくれているアッカ。
いつも近所のお客さんを相手に採寸しているところをただ見るだけでしたが、
今日は自分がお客さんになって、アッカにサイズを測ってもらいます。
「ピッタリのを作ってあげるよ。できたらジャパーンに送るから」と、
ポンと私の背中をたたくアッカ。

その後、食事の支度を手伝おうと台所に行ってみました。
ひと月前ここに来たときには、何をしてよいのやらサッパリ分からず、
レシピを書き留めるのがやっとでした。
スパイスの名前もまったく知らなかったし、メモをとるのも一苦労。
それが最後には、ココナッツを削ったり、野菜を刻んだり、
アンマにスパイスを手渡したりと、少しだけ手伝いができるようになりました。
今日も何か手伝えることはないでしょうか。
すると、普段なら明るく話しかけてくるナンギが、とても険しい顔をしています。
アンマも表情ひとつ変えず、黙々と料理に集中しています。
なんだか居心地が悪い。
ナンギに話かけてみましたが、返事をしてくれません。

仕方ない。私はいないほうが良いようです。
この間に荷造りを終えておきましょう。

一カ月の間、ずっと部屋の片隅に置いていたスーツケース。
動かしてみたら、そこにヤモリが暮らしておりました。
いやー、君も私と一緒にこの部屋に一カ月に住んでいたんだね。

さあ、荷造りが終わりました。
姉妹たちと買いに行った大切な素焼きの鍋は、
割れないように、機内持ち込み用の荷物の中へ。

そして夜な夜なバスルームに出没し、
最初はその大きさにギョっとしたものの、
会えない晩はなんだか淋しさすら覚えた巨大クモにもお別れです。

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そんなことをしていると、コロンボからのお迎えも到着。
テーブルにはお昼のごちそうが並びました。

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手前から、時計回りに

◎パパダム
◎ケセルムワ・ウィアンジャナ(バナナの花の煮込)
◎ゴトゥコラ・サンボール(ゴトゥコラとココナッツの和え物)
◎バトゥ・バダラウヤラ(ナスの煮込)
◎ハールマッソー・ミリサタ(小魚の干物の煮込)
◎パリップ・ウィアンジャナ(レンズ豆)
そしてスリランカの赤米。

W家での最後のごはんは、
すべて、私が好きなものばかりでした。
それなのに、なんだか胸がいっぱいになって、沢山食べられません。
それになにより、誰も私に話しかけてくれないんです。
誰も顔すら合わせようとしてくれない。
それでもどうにかこうにか食べました。
私のためにと、アンマと姉妹たちが腕を振るってくれたんですから。
でも、味は、よく覚えていません。

食べ終わると、私の荷物は既に車に乗せられています。
いよいよW家を去るときです。

忘れ物がないかと一カ月間暮らした部屋を見に行き、
部屋から戻ってくると、ふとアンマと目が合いました。
なんとも言えない優しい目で私を見ています。

その目をみた瞬間、自分でもどうしてなのか分からないのですが、
とっさにアンマの足元にぬかづき、頭を下げていました。
立ち上がるとき、アンマは私の背中にそっと手を置いて何か言いかけたのですが、
結局何も言えず、私の肩に顔を乗せて泣いています。
昨晩、アンマだけは泣かなかったのに。
そのままアンマと抱きあって、私も泣いてしまいました。

そしてベービーと握手をし、アッカに挨拶をします。
二人は目に涙を沢山浮かべながらも、笑顔です。
W家に残った最後の男手として、若いながらも立派に家族を支えているベービー。
昼間は勤めに出ているため、姉妹たちに比べてやや距離がありましたが、
次第に打ち解けて庭に来る鳥の名前を丁寧に教えてくれました。

アッカは、まるでW家のもう一人のお母さんのよう。
マイペースなアンマの陰で、しっかりと家事を取り仕切っています。
アンマからアッカへと受け継がれた味、
それを惜しげもなく私に教えてくれました。
アッカのような料理名人にはなることは到底無理ですが、
教わったこの味を、私も守っていきたいと思います。

そして最後にナンギのところへ行くと、相変わらず険しい表情をしています。
日本語が少し話せるナンギ、私よりも一回りも年下ながら、
しっかりものの彼女には滞在中何度も助けられました。
台所で書き取ったレシピを、いつも後で丁寧に説明してくれたのも彼女です。
ゴールに行くバスの途中で、また毎日一緒に食事をしながら、
一番沢山おしゃべりをしたのがナンギでした。
彼女の存在があったからこそ、
ここでの暮らしに最初から馴染めたのだと思います。

ナンギにお礼を言いかけると、
言葉をさえぎるかのようにいきなり強く抱きしめられました。
そうか、ナンギ、朝からずっと怒っているように見えたのは、
泣くまいと必死にこらえてたんだね。

既に出発の時間は迫ってきます。
車に乗り込み、近所のアンティやアンクルが見守る中、
静かにW家を後にしたのでした。
最後は誰も、笑顔はありませんでした。

別れがこんなに辛いなんて。
そしてこの辛い気持ち、
スリランカに嫁ぐ秋、今度は私自身の家族に対して感じることになるんですね。

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*  *  *

コロンボに到着すると、
コロンボで働いているW家の三女が私を迎えてくれました。
彼女と会うのはその時が初めてでしたが、
控えめで、とても優しそうなきれいな女性。
結局、ほんの数時間しか一緒にいられなかったのですが、
別れるとき、涙をぬぐうんです。

……むむ? W家の方々、
ひょっとして皆さんものすごい

演技派

なのでしょうか?
涙が汗に変わった瞬間でした。

そして一抹の不安と疑惑が脳裏をかすめつつ、
しかしひと月もお世話になった感謝の気持ちは変わらずに抱きつつ、
空港へと向かい帰国の途に着きました。

長いようで短かった愛と感動のスリランカ料理修業ホームステイも、
これにて無事終了です。

〈もう少しだけつづく〉

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June 18, 2007

いよいよスリランカホームステイも大詰め! サリーにキャウンに料理に盛りだくさん

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約半年も脈略なくダラダラーっと続いたこのスリランカ料理修業ホームステイ話、
感動の一大巨篇もそろそろ終わりに近づいてきました!
みなさん、ハンカチの用意はいいですか? 一枚どころじゃ足りませんよ!

冒頭の写真、これはW家での最後の夜に食べた晩ごはん。
主食はお米ではなく、クラッカン(シコクビエ)という栄養豊富な雑穀を粉にし、
そこに水を加えて加熱しながら練り上げた「タラパ」というものです。
繊維質、ビタミンやミネラルが豊富で、とても身体に良いんだとか。
もっちり、ねっとりした食感で、小さなこぶし大くらいのタラパ一つで
かなりお腹にずしっときます。

共に食べたのはエビの煮込料理とレンズ豆。
エビはスリランカでは高級品。
そしてアーユルヴェーダに基づけば、身体を「熱く」する食材なんだそうです。
そのため、通常は身体を「冷やす」食材であるムング豆をメニューに加え、
バランスをとるのだそう。
この日はムング豆が無かったため、レンズ豆で代用しました。

さてお次の写真は、最終日ではないんですが
帰国が目前に迫ったある日の夕方風景。

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急な土砂降りのため、近所に住むボーイッシュな女性、
スジーワが雨宿りをしに来ました。
W家の女性たちと、みんなで歌いながら雨が止むのを待ちます。
そういえばこのW家に来てから、なんど歌ったことだろう。

私、はっきりいって人前で歌うのが大嫌いです。
カラオケなんてもっての他。
学校のコーラスでも、いつも口パクして怒られておりました。
ところが、事前情報でスリランカの方々は大の歌好きと聞き、
ちょっと嫌だなあと思っておりました、最初は。
ところがですね、一度意を決して歌ってしまうと、これがなんだか気持ちいい。
まあ、みんな日本の歌など聞いたことありませんから、
多少音が外れてたってわかりゃしない。
歌詞をド忘れして、日本語でもシンハラ語でもない不思議な歌詞で歌っても、
誰も気づきゃしない。
おまけにみんな、コインとカップを使ったり、テーブルを叩いたりして
身近なものでリズムを取りながら真剣に聞いてくれて
(W家の方々はアンマにはじまりみなさんリズム感かなり良し)、
終わったら終わったで「ラッサナイ!」と大拍手ですよ。
言葉が通じない間柄でも、一度歌ってしまえば一気にググっと距離が縮まります。
こいつは信用できるぞ、とね。
歌には国境など楽々越えてしまう力がありますね。
私がアンマに気に入られたのも、歌が大好きなアンマのリクエストに応え、
何度でも下手な歌を披露したからだと思います。

そんなわけで、こうやって大雨が降ったり、
停電で料理も作れず日常生活がストップしてしまったときなど、
自然に誰かが歌いはじめます。
この日は、普段はとても明るく賑やかなスジーワも、少ししんみりと歌います。
アンマやナンギに花をもたせて滅多に自分から歌わない控えめなアッカも、
今日はきれいな歌声を聞かせてくれました。

そしてこの日から私が帰る日まで、スジーワはW家に姿を見せなくなりました。
お別れの挨拶をしたかったんですが、残念ながらできませんでした。
ただ、分かるんです。きっと会ったら泣いてしまうから。
いつも人を笑わせている彼女のこと、
泣いているところは私に見せたくなかったのだと思います。

さあ、ここ、一枚目のハンカチ使うところですからねー。

あ、しかし、しんみりとしているヒマはないんだった。
なぜって、今日はとても貴重な日。
ゴールでやり残したことをすべて片づけなければいけません。
その一つが、サーリを買いに行くこと。

滞在中、何度かアンマの美しいサーリ姿を見て「私も欲しい!」と思ったんですが、
自分にはもったいないような気がしてずっと我慢してたんです。
ところが先日、姉妹のサーリを試着させてもらい、
サーリ欲しい熱に再び火が付いてしまいました。
買いにいくならこの日がいよいよラストチャンス。
ナンギと二人、ギリギリ駆け込みでゴールの街まで買い物に出かけました。

ところが運悪く、この日は金曜日。
礼拝に行くためムスリム商店は軒並みお店を閉めています。
イスラム教徒のお店には、質の良いサーリが揃っているんですよ。
うーむ、残念です。かといってもうこの日しかチャンスがありません。
ナンギと二人、「アイヨー」と頭を抱えつつも、
近くに開いていたシンハラ系のお店に入ってみることに。

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うおー。沢山ありすぎて困ります。
こうなったら、少しずつ選択肢を狭めていかないと選べません。
とりあえずインドからの輸入サーリではなく、
スリランカで作っているものに限定しましょう。
一カ月のスリランカ滞在の記念ですからね。
そして、手入れが楽なコットン製、できれば手織りがいいなあ。

そういう注文を出し、それでも沢山の選択肢の中から、
ブルーがベースになったチェックのサーリを買いました。
下に着るジャケットとペチコート用の生地も購入。

その後、ゴールのバスターミナル近くのフィッシュマーケットに立ち寄ります。

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ここで、今日は一ヵ月お世話になったW家へのお礼にと、
スリランカでは高級品のエビを大奮発(冒頭の写真の料理になりました)。
必死で値切ろうとしたんですが、無理でした。
ヘナヘナ・シンハラ語を駆使して笑いを交えながらチャレンジしたんですがね。
まあ、ナンギと一緒の買い物なので、
はじめからボッタクリ・プライスではないということで店主の言い値で購入。
それにしてもエビは高い。
私が買ったサーリとほぼ変わらない値段ですよ。

さあ、家族へのお土産も買ったし、
前から欲しかったシンハラ→英語の辞書も買ったし、
荷造りもしなきゃいけないから早めに家に戻ることに。

早速バスに乗り込み家へと急ぎます。
家に着き、手土産のエビを渡そうと台所へ行くと、
アッカがガスコンロを床に置いて、座って何かを揚げています。
あ、このカルダモンとココナッツオイルの香りは……、
そうそう、これこれ、
スリランカの伝統的な揚げ菓子「コンダ・キャウン」。

このコンダ・キャウンは、ちょっと突き出た独特の形がポイント。
この出っ張りをきれいに形作らなければ、この名前では呼べません。
アッカ、コンダ・キャウン作りの名人として近所でも有名なんです。
私の家族や友人たち、M社のスタッフさんたちへのお土産に、
夕方から大量のコンデ・キャウンを揚げてくれていたんですね。

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お疲れのアッカに代わって私も挑戦しました。
まずは、生地を熱した油の中に注ぎ入れます。
次に、左手でココナッツの葉の繊維(竹ひごのようなもの)を
流し込んだ生地の中央に挿し、くるくると回していきます。
そして右手で生地に油を注ぎ続けます。

すると……、

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あら不思議、中央が盛り上がってきましたよ。
そして、揚げ上がったものをゆるめにアイシングして出来上がりです。

何度か作ってみたものの、きれいな形になったのは10個中6個ほどで、
あとの4個はヘタレ・キャウンでしたね。
もっともアッカによれば、最初にこのくらいできれば充分だとのこと。

その言葉に気を良くしつつ、
慣れない体勢でキャウンを揚げ疲れ、ちょっと身体を動かしたくなりました。
熱気あふれる台所から庭に出てみると、
夕暮れ時の少しひんやりした空気が心地よい。

この一カ月、毎日この庭を眺め、ここで暮らしてきたんだなー。
これがいよいよ最後の夜、やり残したこともあるけれど、充実した毎日だった。
それにしても帰国のことを考えるとなんだか淋しくて仕方ない。
なんせ、長年一人暮らしの私です。家族がいるっていいなあ。
そんなことを思いつつ、後悔のないよう
この庭の風景をしっかり脳裏に刻みつけようと歩いていると、

おや、

足元に、きれいな赤い花びらが一枚。

これって、もしかして……

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〈つづく〉


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