2014年07月19日

余部橋梁再訪

以前に訪れたのは余部鉄橋が架け替え間近の2010年7月12日で、この時は列車で訪れました。天候はあいにくの雨でしたが、架け替え目前ということで、ものすごい人出でした。餘部駅は普段無人駅ですが、この日は駅員さんがホームで切符を販売していました。

今日は車で訪問。中国道から播但道、鳥取道を経由して訪れました。列車で行っても時間がかかりますが、車で行っても時間がかかります。ナビで検索すると鳥取道を使うルートと使わないルートと2つ出てきました。鳥取道は使ったことがなかったので、今回は鳥取道を使うルートを選びました。

天気予報では今ひとつの天気ということでしたが、見事に晴れていました。以前に訪れたときはなかった「道の駅あまるべ」が橋梁の真下に完成していました。観光バスも駐車できるようになっていて実際に観光バスが止まっていました。普通車の駐車場はほぼ満車でした。キャンピングカーも止まっていました。
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道の駅を出たところに、昔の橋梁を切断したものが置かれていました。
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駅への道は整備されていました。橋の架け替えによってホームの位置が逆になり、構内踏切がなくなりました。ホームのベンチとして、橋で使用されていた鋼材を切断したものが置かれていました。
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昔のレールと橋梁の一部が残されて、展望施設「空の駅」として残されていました。金網の目が細かくて、一眼レフで写真を撮るには少し辛かったです。
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前回訪れたときはすでにお立ち台が閉鎖された後でしたが、橋の架け替え後にお立ち台は再開されていました。冬の日本海も好きですが、晴れた夏の日本海も良いものでした。
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2013年11月25日

職員旅行ついでのローカル線探訪〜札沼線〜

職員旅行で北海道に行ったのですが、そのついでに札沼線を訪れました。札沼線は札幌市中央区の桑園駅から新十津川町の新十津川駅を結ぶ地方交通線です。その名のとおり札幌駅と石狩沼田駅を結ぶ路線でしたが、1972年に新十津川駅〜石狩沼田駅が廃止され、沿線に学校が多いことから学園都市線という愛称が付いています。

運行上は札幌駅が始発で、北海道医療大学駅までは交流電化されていていますが、そこから新十津川駅までは非電化です。そのため、電車の他に単行の気動車が運行されていて、扇風機には「JNR」のロゴがまだ残っています。
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この駅は石狩月形駅で、この駅から新十津川駅までが1閉塞となっているので、この駅で上り下りの列車交換を行います。
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こうやって白黒で撮影すると、昭和時代のようです。

北海道には仮乗降場といって、国鉄時代に地方の鉄道管理局の判断で設定された停車場がたくさんあります。地元の利便性を図るためにごくごく簡単な設備しか持たない駅で、板張りのホームで待合室さえないものもありました。駅名標の隣駅表示には記載されないことがほとんどで、全国版時刻表には掲載されないことが普通でした。北海道には北海道版時刻表がありましたが、この北海道版時刻表にも掲載されていない仮乗降場もありました。

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国鉄民営化とともに仮乗降場という形態は廃止され、普通の駅となりましたが、設備はそのままなので、外見がとても簡素なままになっています。この於札内(おさつない)駅はもともと仮乗降場でした。
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その一方で、正規の駅として開業しながら外見が簡素で仮乗降場みたいになっている駅もあります。この下徳富(しもとっぷ)駅は外見だけ見ると仮乗降場みたいですが、正規の駅として開業しています。もっとも乗降客は多くないようで、戦時中は不要不急線として休止していました。
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部分廃線のため終着駅になった新十津川駅は、9時41分・12時59分・19時22分の一日に3本しか列車がありません。ただこの駅には変わった特徴があって、駅すぐにある空知中央病院にある保育所の園児が、9時28分着列車と折り返し9時41分発列車の送り迎えをしてくれます。この日は、僕と一緒にいった職場の同期2人だけだったので、僕らがいなかったら園児は空っぽの列車を迎えに来たことになります。乗客は出張中と思われるサラリーマン1人とそのまま折り返す僕ら2人でした。
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北海道医療大学駅を境にまったく雰囲気の変わる路線です。その証拠に北海道医療大学駅にはICカードの改札と一緒に切符の回収箱も置かれていました。
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2013年10月27日

一度は行ってみたい駅〜美作滝尾駅〜

一度行ってみた駅というのはいくつかありますが、今回はふと行きたくなって美作滝尾駅を訪れました。美作滝尾駅は岡山県津山市にある因美線の駅で、因美線は岡山県津山市の東津山駅から鳥取県鳥取市の鳥取駅までを結んでいる路線です。

いつもなら列車で行くところですが、因美線は地方交通線で全線非電化の単線。本数が少ないので、今回は車で行くことにしました。中国自動車道津山ICを降りて、線路沿いに北上すると美作滝尾駅に到着します。
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この駅は2008年11月に登録有形文化財に登録された木造駅舎で、「男はつらいよ」シリーズの最終作となった「男はつらいよ 寅次郎紅の花」の冒頭に登場し、駅前にロケ地になったことを記念する石碑が建てられています。
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とても雰囲気のよい駅で、周辺は人通りが少ないので、ゆっくりとした時間が流れています。この日は車で訪れた夫婦が1組いました。この駅は地元の人によってきちんと手入れされているようで、とてもきれいな駅です。
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せっかく来たので、ここから3駅先にある知和駅も訪れました。この駅は周辺の民家がほとんどなく、午前中は智頭行きの列車がせっていされてなく、智頭行きの始発は12時10分となっています。津山行きは7時と8時に1本ずつありますが、その後は13時まで列車がありません。
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この駅も木造駅舎で、駅前に小さなポストがあり、1日1回ですが郵便物の回収が行われているようです。かつては有人駅で、切符の販売は手荷物の取り扱いがあったことが分かります。
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車でアクセスがしやすいところにあるので、どちらも比較的気軽に訪れることができる駅です。
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2013年10月12日

6時間20分の路線バス旅行

かつて奈良県の五条駅と和歌山県の新宮駅を結ぶ五新線という路線が計画されていました。これは開通することなく終わったので、未成線といわれます。しかし五条駅から五條市西吉野町城戸までは路盤が完成しており、現在ではこの部分をバス専用道として開通しています(奈良交通五條西吉野線)。

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鉄道は未成線として終わってしまいましたが、五条駅と新宮駅を結ぶ路線バスが存在します。それが奈良交通八木新宮線で、この路線は一般道を経由します。途中までは五條西吉野線と並行して走るので、同じような名前のバス停があります(八木新宮線の霊安寺バス停と五條西吉野線の専用道霊安寺など)。
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八木新宮線はその名のとおり近鉄大和八木駅とJR新宮駅を6時間20分かけて結びます。路線の全長は166.9km、停留所の数は167で1日3往復。高速道路を走らない路線バスとしては日本最長で、2013年3月1日で運行開始から50周年を迎えました。特急バスと表示されていますが、全バス停に停車するようです。
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全線乗り通すと運賃は5250円です。整理券表示はページが足りないので、画面が切り替わるようになっています。
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6時間20分かかりますが乗務員の交代はなく、五條バスセンターと上野地(谷瀬の吊り橋)、十津川温泉で休憩があります。上野地の休憩は20分と長いので、急げば吊り橋を往復することもできます。
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開通50周年を記念してプレミアム乗車券が発売されていたので、今回はこれを購入しました。他にも2日間有効で、途中下車が可能な切符も販売されています。五條駅から十津川温泉の間に限れば6本バスが運転されているので、乗客のほとんどが途中下車をしていました。

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1本で乗り通すと完全乗車証明書がもらえます。バスは休日ということもあって五條駅を発車したときにはほぼ満席でしたが、これをもらったのは3人ぐらいでした。十津川温泉で降りる人が多かったです。
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2013年09月15日

子どもたちとけん玉を〜ベトナム訪問記5〜

長かったベトナムもこの日が最終日です。

現地時間9:00 児童訓練教育センター
ホーチミンには公立ストリートチルドレン収容施設「児童訓練教育センター」があります。だいたい小学生から高校生ぐらいまでの子どもがいて、学問だけではなく職業訓練も受けることができる施設です。
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ここでは、けん玉や習字、福笑いなどで児童たちと交流しました。私のグループはけん玉をやりました。けん玉は小学校低学年の時にやったことがあり、事前研修でけん玉をすることが決まった後に、少しずつ練習をしていました。とりあえず、低確率ながら灯台ができるところまでこぎ着けてこの日を迎えました。人生、何が役に立つか分からないものです。
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センターの子どもにとって、けん玉は初めて目にするものだと思いますが、とても反応がよかったです。けん玉は体を動かすものなので、言葉が通じなくてもそう困りません。中には飲み込みが早い子もいて、あっという間にとめけんまでできるようになった子もいました。私もかなり張り切ってしまい、1時間ほどでしたが、汗びっしょりになってしまいました。

ここでは日本語学校に通う学生が通訳に当たっていましたが、ここでもほとんどが女性でした。

現地時間13:30 戦争証跡博物館
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戦争証跡博物館はベトナム戦争の歴史について展示している博物館です。銃器のコーナーはここでも欧米の人に人気があるようです。私が気になったのは報道写真家について紹介するコーナーです。ピュリッツァー賞を受賞した沢田教一の有名な「安全への逃避」も飾られていましたし、「地雷を踏んだらサヨウナラ」で知られる一ノ瀬泰造の紹介や、使用していたNikon Fが展示されていました。
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その後、短い時間ですが市内を自由行動して、夕食、帰国することになったのですが、関空周辺の気象状況がよくなくて、飛行機が飛んだのが2時間遅れでした。最後の最後でケチがついてきましましたが、ベトナム滞在中は天気もよく、よい経験をたくさんすることができました。
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2013年09月14日

ホーチミンへ〜ベトナム訪問記4〜

この日はホーチミンへ移動します。今年は日越外交関係樹立40周年ということで、ハノイとホーチミンを結ぶ南北統一鉄道に日越友好列車が走っているのですが、今回は時間の関係で使うことができず、飛行機でホーチミンに移動しました。

現地時間15:30 クチトンネル
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クチトンネルとは、ベトナム戦争の頃に南ベトナム解放民族戦線によって作られた地下トンネルです。全長200kmもありますが、20mほどは観光用として開放されていて、実際に通り抜けることができます。観光用に少し広げているとのことでしたが、それでもかなりの狭さです。私は小柄な方ですが、20m抜けるだけでも大変でした。大柄な人間が武装して通り抜けるのはとても無理ではないかと思いました。
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中には射撃場があって、欧米から来た観光客がバンバン撃っていましたが、われわれはパス。慣れたものなのか、銃撃が鳴り響く中、おとなしくウロウロしている鶏が印象的でした。ベトナム戦争のFPSをやったことがあるので、射撃場に展示してあった銃器(AK47とかM1カービンとか38式歩兵銃もあった気がします)は聞いたものが多かったですが、一緒に行っていたメンバーから、それだけで銃器マニア扱いされてしまいました。
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その他、各種罠など展示されていましたが、こういった創意工夫の力というのが、タンロン工業団地で見た、現地の従業員がしているいろいろな工夫につながっているのではないかと思いました。
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現地時間20:00 ウィンザーホテル
夜は現地で人材派遣のベンチャー企業を興した実業家の講演です。ベンチャー企業を起こすような人なので、いけいけどんどんな話が出てくるのかと思っていたのですが、地に足をつけて仕事をすることの意味の大切さについて語っていました。この様子はテレビ取材され、NEWS23で放送されました。

ホーチミンは商業都市だけあって、夜景がきれいで、ホテルはとても快適でした。
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2013年09月13日

世界遺産の船旅〜ベトナム訪問記3〜

現地時間11:00 クアンニン省
この日は世界遺産であるハロン湾へ行きました。道中、ベトナムの鉄道を見ることができました。単線で腕木式信号機が現役で使われていました。昔の日本の風景を見た気がします。
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1編成だけですが、走行中の列車を見ることもできました。周辺が田園地帯なので、撮り鉄するにはもってこいのロケーションだと思います。
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現地時間13:00 湖上
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船内で食事を食べ、ゆっくりと景色を眺めることになりました。眺めはよく時がゆったりと流れているようでしたが、日差しは強かったです。観光地として申し分ないと思うのですが、やはり交通の便はよくないようです。ハノイからの距離は150kmほどですが、バスの移動で休憩の含めてですが、4時間ほどかかりました。現地ガイドの人は観光地だが観光施設が整っていないといっていましたが、その原因はこういったところにあるのではないかと感じました。
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現地時間 14:00 ティエンクン洞窟
洞窟はやや派手な色でライトアップされていました。このあたりは色彩感覚の違いを感じました。でもきれいだったのは確かです。
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この日は夕食を食べた後、止めていた観光バスが駐車禁止の切符を切られるというハプニングがありましたが(ガイドさん曰く、前にもこのお店の前に止めたときに切符を切られたことがあり、警察に渡すものを渡していないからじゃないか、と)、移動に時間がかかった1日でした。

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2013年09月12日

日越文化交流〜ベトナム訪問記2〜

ベトナム2日目の朝は、ホテルが湖そばにあることもあってか、もやがかかっていました。この日はタンロン工業団地にある日本企業の現地法人の訪問と、ハノイ国家大学外国語大学の学生との交流が中心となります。
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現地時間9:20 タンロン工業団地某日本企業
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某日本企業としているのは訪問先の企業から対外的に公開しないでほしいという要望があったからです。理由は分かりませんが、大人の事情ということで。

ここで興味深かった話は、効率化のために機械を導入するのは簡単ではない、という話です。なぜなら、機械の導入・稼働コストの方が人件費を上回ってしまうからです。よくよく考えれば当たり前なのですが、日本にいては気づきにくいことでした。この会社では、現地の従業員が、いろいろと工夫して手製の機械を作って自動化しているとのことでした。

工場長は日本人でした。工場長の話では、政治が比較的安定していることは大きなメリットだとのことです。ベトナムは社会主義ですが、集団指導が維持されており、国家元首・政府首班・党書記長を異なる3人が担当するトロイカ体制になっています。

現地時間12:00 ハノイ国家大学外国語大学
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お昼からはハノイ国家大学外国語大学の東洋言語文化学部日本語学科の学生と交流です。日本でも文学部言語系は女性が多いですが、ハノイ国家大学外国語大学の日本語学科の学生も、私が見た感じではほとんどが女性でした。

一緒に昼食を食べた後、学生と民族学博物館に行って案内をうけました。自国の文化について、他言語で説明をするというのは困難なことだと思いますが、辞書を片手に学生は奮闘していました。
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夕食まで一緒に過ごし、夕食ではそれぞれが出し物を出しました。ベトナムの学生は日本語の歌やソーラン節、民族舞踊などを披露しました。日本語の歌はかなり上手でした。この出し物の時はビデオカメラを持ってこなかったことを後悔しました。こちらは空手の演武、関西弁講座、日本の歌、ラジオ体操を行いました。関西弁講座はとてもウケていました。私が所属する○×クイズはトップバッターで、無事に司会を務めることができました。クイズの内容は日越共通する話題ということで、漢字の問題も出してみました。

優勝賞品はポケットティッシュの「鼻セレブ」。この使い心地をぜひベトナムの人にも味わってほしいということで日本から持ち込みました。この使い心地は世界でもトップクラスではないでしょうか。

正直なところ、半日というのは短いものでしたが、今はSNSが発達しているので、帰国後のお互いの様子が分かるのでとても便利な時代になりました。

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2013年09月11日

2度目の海外旅行はベトナム〜ベトナム訪問記1〜

人生2度目の海外旅行はベトナムでした。今回のベトナム訪問は、兵庫県が実施している「兵庫県洋上大学海外養成塾」に参加したことが始まりです。

この「兵庫県洋上大学海外養成塾」というのは、公益財団法人「兵庫県青少年本部」が実施している事業です。平成23年度から始まり、第1回は中国に行っています。元々は「兵庫県青年洋上大学」と言う名前で、昭和46年に始まりました。当初はその名のとおり船舶を使っていたのですが、名前が「兵庫県洋上大学海外養成塾」という名前になった平成23年度からは飛行機を使っています。詳しくは公益財団法人「兵庫県青少年本部」のウェブサイトを見てください。

この研修会は兵庫県内に在住・在学・在勤する概ね20〜35歳の人間が対象になっていて、大学生から社会人までが参加します。参加者は総勢80人で、これを各班8人の10班に分けます。それぞれ班長・副班長などの係に分かれ、全員どれか1つの係に属するようになっています。私は写真係です。

ベトナムの訪問は今日から6日間ですが、事前研修と事後研修がそれぞれ1泊2日であります。事前研修では、班のメンバーと顔合わせをして、交流を深め、打ち合わせを行います。事後研修では発表を行います。

日本時間8:30 関西国際空港
出発は関西国際空港です。写真係ということですが、今回はD4は持って行くリスクが高いのでD300Sを選択しました。交換レンズは荷物をなるべく減らしたいため18-200mmの高倍率1本と、焦点距離が重ならず、開放F値がある程度確保できる魚眼レンズ10.5mmF2.8を選択しました。

この他にGPSロガーや乾電池、バッテリの充電器や変圧器、各種予備バッテリー、現地で使えるWi-fiルータなどを持って行きました。手荷物検査は毎度のことながら面倒でした。

現地時間13:50 ハノイ ノイバイ国際空港
現地の空港に到着。気のせいかやや薄暗い感じがしました。空港の職員がスマフォで遊んでいるのが印象的でした。
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ここからはバスで移動です。走っている自動車は日本車も多いのですが、大型車はほどんどがヒュンダイでした。バスの走行中にiPhoneのマップを起動させてみると、どうもGPSの補足が弱いのか、現在位置が飛び飛びになっており、GPSロガーがきちんと記録できているか心配になりました。帰国後に確認したら、こちらはきちんと記録されていました。
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現地時間15:00 タンロン遺跡
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タンロンとはハノイの昔の名前です。ベトナムは元々漢字文化圏なので、タンロンを漢字で表すと「昇龍」となり、ハノイも漢字なら「河内」となります。今では漢字を使わなくなっていますが、昔は日本の国字に当たるチュノムがありましたし、町中で見かける寺院では入り口に漢字で書かれた対聯のようなものがかけられていました。

どういう訳か、遺跡からヘリコプターや戦闘機が展示してあるのが見えました。おおざっぱなたとえですが、日本でいえば京都の御所からヘリコプターや戦闘機が見えるようなものです。日本ならこういった配置はしないでしょう。

現地時間17:00 レストラン LE TONKIN
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海外で気になるのは食事ですが、ベトナムは米文化なので腹持ちがよく助かりました。スケジュールがやや詰まっていて忙しいので、パンだと途中でお腹がすく可能性があります。日本ならちょっとコンビニへ、ということもできますが、今回はそうはいきません。滞在中、食事で外れということはありませんでした。ただ事後研修で話を聞くと、苦手だったという人もいました。

現地時間20:00 HANOI HOTEL
翌日はハノイ国家大学外国語大学の学生との交流があり、日越双方でいくつかのグループに分かれて出し物をすることになっています。私のグループは○×クイズを出すことになっているので、司会のシナリオ確認など行いました。他にも空手の演武や関西弁講座などいくつかのグループがそれぞれに最後の打ち合わせをしていました。

ホテルは2人1部屋です。変圧器はコンセントが1つしかないので、予備バッテリーも含めて、電力は計画的に使っていかなければなりません。ホーチミンのホテルでは日本のプラグも直接挿すことができるコンセントがあったので困りませんでした。

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2013年04月29日

養老鉄道・三岐鉄道の旅

翌28日は高山市内を観光。飛騨牛のステーキも食べて大変満足でした。昼食後に高山城跡に行ってみたのですが、登るのが大変でした。跡地は何もないのですが、上から高山の町並みを眺められると期待していたのですが、木々が邪魔で全く見えませんでした。これは残念でした。

Oink Gamesさんの2つめのゲーム、藪の中をプレーしました。名前の通り、芥川龍之介の同名の小説をモデルにしたゲームです。最大4人しか遊べないので大人数の旅行には不向きかなと思っていたのですが、1プレーが短く終わること、感想戦ができること(将棋部としてこれはポイント大)、外野で見ているのも面白い、ということで十分に楽しめました。詳しくはhttp://oinkgms.com/?pid=37431901へどうぞ。

29日は家に帰ります。宿から高山駅に向かう途中、この看板を見たときに、三公社五現業のことを思い出した私はいったいいつの時代の人間なのでしょうか(※1)。
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帰り道のルートは高山から大垣まで普通に移動しますが、大垣から養老鉄道で桑名に移動し、桑名から寄り道して三岐鉄道に乗って、名古屋から新幹線で戻ります。三岐鉄道は北勢線と三岐線と2つの路線が有り、西桑名〜阿下喜が北勢線、富田〜西藤原が三岐線です。北勢線は軌間が762mmということで有名です。

大垣からは養老鉄道養老線で桑名まで移動。沿線は撮影したら良さそうな所もあり、こんどはゆっくりと乗車してみたいと思いました。揖斐線に続きサイクルトレインがあり、何人かが自転車を持ち込んでいました。
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桑名から西桑名まで少しあるいて三岐鉄道に乗ります。西桑名駅で三岐鉄道の北勢線・三岐線両方に乗ることのできる1日乗車券を購入しました。
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北勢線は軌間762mmと狭いので、レールや車内はこんな感じです。そのまま終点の阿下喜まで乗り通しました。途中の駅では女性の駅員さんもちらほら見かけました。規模を考えると多いように感じます。
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さて終点の阿下喜駅を出て、目の前の道を右に進んでいくとお店が見えてくる丸喜製菓さんでは、軽便煎餅という煎餅を買うことができます。
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他にもこんな記念切符を売っています。一つは北勢線10周年を記念した幅が10cmで長さが軌間と同じ762mmある762切符。
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もう一つは大泉駅・穴太(あのう)駅・馬道駅とあることから大穴馬券という切符です。
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今度は西桑名から近鉄で富田まで移動して、三岐鉄道三岐線に乗車しました。三岐線は貨物線も走っており、東藤原駅からは太平洋セメント専用線が出ています。
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終点の西藤原から折り返して富田まで戻りました。折り返し列車は途中の大安まで私の貸し切り状態でした。

今回の旅行は乗り通すことにこだわりすぎたのが失敗でした。三岐鉄道を諦めれば養老鉄道沿線をゆっくりと撮影できましたし、三岐線を諦めて北勢線の沿線を撮影する手もありました。

※1 三公社五現業とは三公社(日本専売公社・日本国有鉄道・日本電信電話公社)と五現業(郵便・国有林野・印刷・造幣・アルコール専売)のこと。

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