2011年06月13日

先生、あのね

先生、あのね、も、お母さん、あのね、もしないこどもだった。
言いたいことがないんじゃなくて、たぶん、うまく言うタイミングがわかんなかったのだと思う。


酔っぱらって、おおらかになっちゃって、ふだん言えないことを言ったりするよね。恋人が酔っぱらって電話をくれるのとか、すごい好き。話の内容なんてあってないよなもんだけど、緩くなった心のベクトルが自分に向いたのが嬉しい。


想いを文章にする作業は自分と差しで向き合うことだから、そうゆうテンションが必要だったりする。最近はずーっとしてなくて、でも、かずひろさんいわく、「まきちゃんは話すより書いてくれたほうがわかりやすい」ってことだから、一回呑み込んで、選別した言葉を出してんだろうなって、思う。


※※※※※



昨日はバーベキューでした。半袖で、肉食べたーい、つって、幹事をやりました。うん、すごく楽しかった。会場のセッティングで早起きして、わくわくしながら肉を買いに行って(特上カルビをちょっと混ぜたり)、で、小学校から付き合いのある仲間も今やお母さんで。雨の心配があったりもしたけど、どっかで、まぁ、降んないだろうなって、思ったりして。なんかね、みんなが、バーベキューしたい、って、ひさしぶりに集まりたいって、ベクトルが同じ方向を向いたのね。すごいよね。全然ちがうことして、ちがう生活をしてるんだけどさ、そこ、ぴったりリンクしちゃったりするの。うん、幹事だからわかる喜び、的な。



4月から好きな、やりたかった仕事に就いて、ずーっと、支えてくれた、応援してくれた人がいたから今があるって、ね、思っていたの。いや、今もそう思っているのだけど。ものすごく、マイペースで、人に合わせられないから、親とか、チビとかはすごく心配だったと思う。30過ぎて、結婚もしてなくて、仕事も曖昧で、端から見たら、まぁ、ふらふらと頼りなく、大丈夫か、こいつ、つって。でもね、呑み込めないと、進めなくて、一般的常識も呑み込めなきゃ受け入れられない。みんながそうだからって、マジョリティーに揃えられない。自分のことはごまかせないのね。やっかいな自分を自分でも持て余していて、辛かったのだと、苦しかったのだと、今は認められる。かっこつけて、理想を追って、でも、具体化なんてできなくて、もがいてた。適当にはできなくて。
今もかわらない。まぁね、生きにくいって言われちゃそれまでだけど。こんな、芯がね、プラプラしていて、しかも、それでよくね?って、つって思っているわたしがなんとか暮らしてゆけるのは、そこをわかっていて、見抜いていて、うっさいなーと思ってんだろうなこいつ、つって、わかっていながらも、ぶーぶー言ってくれる人がいるからで。それでなんとか軌道修正してんだなって思う。できれば応えたいとはいつも思う。でも、できない。自分が納得しないことはできない。えー、めんどくさいヤツなんです。


こないだ、会社からの帰り道で、この仕事楽しいなーって、好きだなー、って。辿り着けてよかったなーって、思ったんだけど。なんか、すごいみんな応援してくれて。試験の前とか、最近ご無沙汰なゴールデン街のバーテンダーさんとか、メールくれたり、逡巡しかしてなくてぐるぐるぐるぐるぐしていた、一番みっともなくて、親にも見せてないみっともない、ひどい自分をあっさり認めてくれたキリンさん。受かりましたのメールの後に、「よくがんばりました」って、もらったメールはわたしの誇りです。当然保護メールです。ほんとにダメでどうしょもないわたしをさくっと、しれっと、「ふーん」つって、抱きとめてくれて。さんざん、叱られたし、さんざん泣いたし、でも、一度も見放さないで見守ってくれた。真摯に向き合ってくれた。付き合ってくれた。あんだけの勢いを受け止めるのは、相当な消費なのに。あー、かっけーな、って。そういう40代になりたいな、って思う。できれば、大輔みたいなかわいい恋人も欲しい。


そうやって、みんなにありがとうって、思う。で、その後に、あたしもけっこうちゃんと頑張ったんだって、思えるようになった。気も抜いたし、手も抜いたけど、いつも全身全霊ではなかったけど。うん、よしよし、がんばったよって、やっと思えた。やるじゃん、わたし、イエーイつって。認めて、ほめてあげられるようになった。


あのね、って、先生あのね、お母さんあのね、って、うん、わたし、大丈夫そうよ、楽しいよ。生まれてきて良かったよ、ありがとう。





  

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2011年03月06日

アライグマの場合

目が覚めたらアライグマがいた。

特に何かを洗っているわけでもなく、ちんまりと正座していた。思っていたよりも大きくて、獣の匂いがした。

「そろそろ朝焼けで、うちらの仕事、ひとつ終わるんで、まぁ、ちょっと、ずずいっと」

アライグマは日本語を話した。

昨夜の酒が効いているのだろう。不貞腐れて飲んだ酒は、悪い効用をするとわかってはいるが、まさか、獣に酒をすすまれるとは思わなかった。

アライグマが勧めるままなにかしらの酒を飲む。うん、まぁ、悪くない酒だ。

酒が手伝って、アライグマと近しくなっていく。

「なぁ、なんで、そんなに洗うんだ?」

なんて、ぶしつけなことも言ってみる。

「そこに山があるからだ、みたいな感じですかね。それが道理なんです」
なんて、酔ってないアライグマはヒラリと逃げる。『道理』なんて、言って、逃げる。

こっちは、酔っている。道理と言われても納得などできない。

「じゃぁ、洗うとどうなるんだ?」

なおもしつこくアライグマに問う。

「洗うと、新しくなるのです。繰り返しとやり直しなのです。気づいてないかもしれませんが、すべては、新しくなるのです。それを司るのがわたしです。でも、出来るのはそこまでです」


徐にアライグマは立ち上がって、たまっていた洗濯物を洗った。たまっていた食器を洗った。

最後の記憶は流し台に運んだ椅子に乗って(アライグマはわりと小さい)洗い物をしているアライグマのしっぽだった。ふらふらと揺れていた。好きなうたをくちずさんでいたのかもしれない。



目が覚めたらアライグマはいなかった。物干しに洗濯物が干してあった。流しの横に伏せた食器が並んでいた。

あと、へんな洗剤が置いてあった。アライグマ印の洗剤は、美しいブルーだった。少しだけ、減っていた。

窓から差し込む弱い光にふいと、カーテンを開けてみると、アライグマ印と同じ青がひろがっていた。
  

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2011年03月03日

GANTZ

酔っ払いの幸福論の後で、GANTZの感想。
ネタバレあります。





いや、面白かった。とことん、グロいのがダメなのですが、うーん、ネギ星人まではけっこう、グロかった。でも、その後は、そんなでもなく、どちらかとゆうと、笑ってしまう展開でした。


岸本0点「加藤見すぎ」は、まだ、いいとして、
加藤0点「岸本に見られすぎ」は、不可抗力だろうよ、的な。
あと、自分的には、玄野を飲み込んだ後の大仏のポーズとか、おもしろかった。

最初、ニノちゃんが、『フリーター、家を買う』とそうとう同じ格好で、あー、もう、誠二くんにしか見えないっておもったりしましたが、途中から、ヒーロー気取りでノリノリの玄野くんもよかった。調子に乗ってる若者役がはまるよ、にのちゃん。


松ケンも、まー、びびっていて、演技上手って思ったよ。うん。


次で完結なんだけど、とりあえず、これはこれで、全然OKで、ぶっちゃけ、予告を見なければ、ここで終わってもまぁ、いいかなっていう感じ。うーんと、登場人物も謎解きというよりは、訳分からないまま
だったので、あんまり、そちらに興味がいかなかった。←多分、少数派。


しかし、開幕したら、ノンストップの早い展開と、飽きさせない話で、アクションの派手さとか、外国受けしそうって思った。


漫画を読んでみようと思っていて、そしたら、また世界観が変わるんだろうなって。


にのの寝顔がたくさんあるので、にのみファンはおいしいと思う。
  

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笑って!

うおし、書くぞ。ここんとこ、書いてなかったので、ちょー書くぞつって。


わたし、人ののろけ話を聞くのがわりと好きで。なんつーか、いい顔してんのよね、そうゆう話する人。でね、そうゆう人って他のひとに対する評価も甘いの。いいんじゃない、がんばれ、みたいな。前向きなの!なんか、これって、世界平和に通じるところがあると思う。

なんつーのかな、行き着くプロセスとか、その、価値観だったりとかは違うんだけど、、でもね、到達点は一緒なの。それはそれでいいよね。

幸せな人を見ているのは楽しい。なんか、幸せパワーみたいのあって、そこに乗じて楽しくなる、とか、あるの。わたしの福祉の原点はそこでした。

差別化とか、状態とか、まぁ、色々あるけど、みんなが幸せになるということについて、うん、いいよ、みんな、幸せになればいいと思う。あのね、あなたが幸せでいることで、他の人、ひいて言えば、あなたの大事な人を幸せにしていると思うよ。すごく、簡単に、シンプルに考えれば、好きな人が笑っていてくれる環境が、とても愛しいの。それって、おそらく、みんな、そう思ってる。


『大事な人、ってか好きに人には笑っていて欲しいの!』

これ、けっこう大事。  

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2011年02月09日

冬を抱きしめて

寒いさむい。かじかんだ指先で書いています。


日が長くなってきている。駅にいく道の桜もかたいながらつぼみをつけているし、梅は咲いてる。寒いけど、その中で春に向かう準備は整いつつある。


春っていいよね。こう、やってきたことが花開く感じが。ずーっと、ごつごつした石ころだらけの景色のない不毛な登り坂を歩いていたら、目の前が突然ひらけて草原に出た、みたいな。大きなシャボン玉がはじけて、あたり一面がキラキラになる、みたいな。



でも、冬も好き。しっかり厚着をして、ほっぺたを冷たくしながら外を歩くのも、屋台のおでんからたってる湯気も、熱すぎてうまく持てない熱燗を杯にあけるのも、好き。ピンと張って妥協しない潔く頑な空気がいい。静謐な空気。星がよく見えるのも、夜空がにぎやかなのも、いい。


そうなんだ、ゆるんでくる、温もりで春を待っている一方で、冬が終わるのを残念がっているの。


雪がみたいな。たくさんたくさん、どんどん降って、一晩で変わった景色に驚きたい。
  

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2011年02月07日

再開

めちゃめちゃ放置していた。なんとなく、幽霊部員みたいで嫌だったのだが、PCを立ち上げることすらしていなかったので、まぁ、致し方ない。


国家試験が終わって、やっと年があけたような気持ち。あけましておめでとうございます!年越しは例年通り、家で紅白観て(だって、嵐くん司会だし)、ジャニーズカウントダウンを観て、元旦はニューイヤーマラソンを二日、三日は箱根駅伝を観つつ、勉強してました。昨年は嵐に始まり、嵐に終わったなー。うん、満足。


先日、誕生日を向かえ、34歳になりました!試験の打ち上げから誕生日祝いと先週はよく飲んでいたので、とうぶん飲まなくていいや。とか言っても、すぐ飲むんだろうケド。


今は、試験終わって、やりたいことがたーくさんあって、うきうきしています。
・本を読む
・ジョギングと筋トレ
・手品を練習したい
・お話書きたい
・シェイカーを買って、カクテル作る練習したい


地味だな。かんっぜんに、ひきこもりの傾向だし。まぁ、よし。
部屋の大掃除は今しがた終わったとこ。教科書類を捨てようとしたら、かあさんに「結果がでてもないのに、なめんな」と怒られたので、なんとなく、すっきりせず。まぁ、よし。



試験を無事に終えられたのも、支えてくださったみなさまのおかげです。ありがとうございました。
あと、嵐。もう、前向きなうたにどんだけ励まされたか。わたしね、嵐を好きになって、前向きになったよ、きっと。


ぼちぼち、就職活動しようと思います。


  

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2010年11月15日

229900030006666  Vo1.

眠れないに任せて、数年前に旅に出た写真を見てみました。

その時のわたしは、精神を患っていて、いや、より正確に言えば、患っていて、回復期であり、とりあえず、どん底ではなかったのでしょう。自分で形成した小さい安全な場所から抜け出ていたのですから。
わたしの小さな宇宙-----。それは布団の中でした。自分のにおいがしっかりとついた布団の中でした。そこは誰も入ってこられない安全地帯であり、どこへでも繋がれる場所だったのです。
身体を出来る限りまっすぐにします。いちばんリラックスできる場所に身を置くのです。この場所取りは非常に重要なので、全神経を集中し行わなければなりません。仰向けになって目を瞑ります。左右の均等を心がけます。そして、集まってくる熱に意識を傾けます。ふわっと身体が浮く感覚を待って、身体と心がずれてくるのを感じるのです。実際、完全な乖離には一度も到ることはできませんでしたが。そうですね、今となっては遠い感覚ですが、あのころは、今よりずっと、宇宙とより近しいところにおりました。手を伸ばせば触れられるような、この世の秘密の仕組を解き明かせそうな(理論ではなく感覚で)、一般的で遠い明確な小さいシステムと不明瞭だけど一体感のある大きなシステムの狭間でふわふわと漂っているような。例えば死という概念にしても、死が近いというよりは、空に近いと申しましょうか。大きな手品の種明かしをぼんやりと紐解いているような、そんな心持ちでした。そう、神様ご用達の綾取りを布団の中で繰り返し繰り返し、延々と行っている日々でいた。その紐は毛糸で出来ていて、赤くて、何度も使用したことからけばだっていて、手のひらの中にできた、『川』だの、『田んぼ』だの、『東京タワー』の隙間からは果てない世界が広がっておりました。

そんな時に旅に出たいといったわたしの戯言を貴方は真摯に受け止めて、いつから行くのか、どこに行くのかとしつこく聞いてきました。当時のわたしにとって、出たいはあくまでも願望であり、それを叶える故も筋も義務もありはしませんでした。だいたいにおいて、自分に自信がありませんでした。実際それは、出られたらいいなという程度で、地理の授業をさぼって屋上で煙草をふかしながら、『深夜特急』に想いを馳せる中学生と同じようなものでした。
しかし、その空を実にしたのは貴方で。執拗でいじわるな貴方の物言いに屈して、あるいはほだされて、背中を押されて、わたしは旅かけることを決めました。早い春のことでした。

早起きをして、本屋でJRの時刻表を買い、中央線に乗りました。乗り継ぎで降りた高尾駅で、その先に行く電車を見たときに、やっと旅にでる実感が伴ってきて、貴方にメールを送りました。ばかばかしい天狗の石造の写真を添付して、「旅にでました」と一言だけ。
思ったよりも早くきた返信には、「沖縄にはいつ着くのでしょうね?」という皮肉まじりの文句がありました。そういえば、酒の匂いに彩られた会話の中で、沖縄の話がでたような気がします。西に向かうこととしました。

つづく
  

Posted by ymaki6004 at 04:02

タイムカプセル

恋の病で臥せってました。
うー、一回言ってみたいセリフだ。実際はしつこい風邪にやられてました。いや、やられていますが正しいのか。


具合の悪いときは、放っておいて欲しい。布団かぶって、うずくまって、自然治癒力に頼るのがいつものやり方だ。それはもう、暗いあなぐらで、手負いの獣が傷を癒すように。ひたすら寝る、寝る、眠る。眠れなくなったのは、少し回復したサインで、とりあえず、食べる、食べる、栄養価の高いものを選んで、とにかく食べる。ほんでもって、また寝る、寝る、眠る。


ここ十日くらいは、学校に行くとき以外はほぼ寝ていた。あるいは食べていた。やりたいことも、やんなきゃいけないことも、みーんなうっちゃって、そんな生活を送っていた。

どうやらね、体調悪いと、なにも出来なくなるタイプのようだ。本能まるだし。気持ちいいか、悪いかが基準なんだな。やはりね、仕事とか、ある程度の束縛は生活にリズムをつけるよね。なにもしなくていいですよーって言われたら、ほんとになにもしなくても大丈夫なタイプって、それも怖いわ!

◆◆◆

数年前に書いた雑文の中で主人公に「自分とちがう色々なことを若いってことで片付けてほしくない」って言わせているのだけど、わたしも30歳を越して、言われる立場になってきて、あー、上記のセリフを言われてもしょうがないだろなと思うことを言ってしまっていたりする。


親族で飲んでいたときに、従姉妹とヒートアップして、涙ながらに語っていたその時に、従姉妹の息子(小学校3年生)が起きて来たりした。そりゃ、まぁ、気になるよね。数時間前までいっしょにコインサッカーしたり、ベイブレードしたり、山手線ゲームしたりしていたのに、めっきり大人な雰囲気なのですよ。

そんときにね、なんつーか、気恥ずかしくって「なんでもないよ」なんて常套句を使ってしまったわけだが、すごい後悔した。大人の色々な世界を、理解できるかできないかは、まずおいといて、ごまかすのはなしでしょって、今は思う。別にさ、18禁な話でもなかったのだし、聞かせてこまる話でもなかったのに、噛み砕いて説明する前に、自分本位な感情で「大丈夫?なんで泣いてるの?」をごまかした罪は大きいと思う。解決の大きな糸口を彼が持っているかもしれないのに、ばかなことをした。


学校に入って、ひとまわり下の友達が出来て。その、自分も通ってきた、焦燥感とか、不安な感じとか、すごくよく分かる。自分が『なにもの』であるのかわからないくせに、最終的に『なにもの』になると確信していた。その『なにもの』はひどく具体的で、揺るぎなく、わたしの人生の集大成で、すべてのベクトルはそこに向いていたんだと納得できるものであるはずだった。なんつーの、辻褄が合うっていうか。しかも、期間限定で!30歳なんて、もう、自己確立ができていて、余裕があると思っていたし、もっと短絡的に学校(大学というか、最終学歴)を終える頃には、自分が形成されていると思っていた。そう、『なにもの』の手ごたえを感じているよなうな。浅はかなことだ。
今、現在、『なにもの』にもなってはいないけど、『なにか』にはなっているんだろうなと、思う。そんでね、『なにもの』にはずーっとなりつづけるんだろうなって、認めている。なれなくて、 見定まらなくて、焦ったり、不安になったりもしたけど、避けても『なにもの』になるのだし、人生半ばでなっちゃうようなもんでもないんだろうなーって、思っている。
歳を取ると、すごく楽になる。それは思うよ。視野がね、広がるから、逃げたかったらに逃げられるし、フィールドはひとつじゃないって、わかるの。でも、今、足掻いている人に「大丈夫、歳取ったら楽になるから」って安直に言っちゃうのもずるいよなーって思う。確実に求められてる答えとは違うしね。

好きなことをすごくやればいいし、やりたくないことをめちゃめちゃ我慢したでもいいし、徹底的になにもやらなかったでもいいのだけど、けっこう、どんな経験も糧になるし、プラスに作用することの方が多い。そういうふうに思える環境に実を置けるのだよ、大人は。そして、実際、その経験を活かせる場はたーんとあるのだ。


サッポロビールのCMで、エレベーターに乗るやつがあるのだけど、ありがたいことに、わたしも飲み仲間の年齢層が幅広い。あのCM、個人的にいけるかもって思ったりする。
恵まれてるなーって思うことはたくさんあるけど、かっこいい大人がまわりにいてくれたことは、ほんとうに何よりだと思う。三十路に足を踏み入れるときも怖くなかった。今も、楽しいし、わたしのひとまわり上を切ないながら、苦々しいながら、楽しく笑って豪快に飲んでいる先輩がいる。ふつーにね、わたしもあんな風になるんじゃないかなーって、安心しているよ。


10年後にこの文章を読んで、10年後のわたしが、この甘ちゃんがって思っていればいい。


  

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2010年10月21日

生のツール

「30過ぎたら性格が顔にでるから気をつけなさいよ」なんてことはよく言われる。


身体と気持ちがうまくリンクしていないなということがたまにある。
身体なんてしょせんいれもので、この想いをまったくもって反映してくれてないって、もどかしくなって、いじけたりする。やっかいだ。

そういうときでも、乖離した気持ちを伝えるツールがどうしても身体で、全然足りないのに、表現不足なのに、それでしかできないから、162センチメートル、48キログラムのこいつを使って、不器用に日々をやりすごしている。

身体と気持ちがうまく連動していると時は調子のいいときで、カレーを食べて、たいへん満足したり、風呂上りの麦茶に全身を震わせて、気持ちよくなる。あー、うまく、機能しているなって思うときだ。

身体はいつだってわたしを裏切らない。どんだけへこんでいて、「あー、もう無理」とか思っていても、「生まれてきた役割を果たせているのか、お前さんは?」なんて哲学モードでうんうん唸っている時だって、生理になったりする。テンションあがんないんだけど、なんていうこっちの都合はおかまいなしに、ちゃんと卵巣は卵をつくっていて、今月は左が動いている、とか、ちっとも哲学的じゃない思考をはさませたりするのだ。

わたしが、どんなことを考えているかなんて、見えやしないから、こう、身体がひどく邪魔になったり、邪険にしたりするんだけど、走ればやせるし、食べれば太る、この自分だけの所有物をひどく愛しくなったりする。


身体に合わせた日々を送れば間違いない。ぐずぐずぐだぐだの心とは裏腹に、ずいぶんとしっかりと作用してくれているもんだと感心する。安心する。


心の解決策が身体しかなくて、手を使って、足を使って、脳を使って、なんやかんやと済ましていく。やるべきことがあんなら、やっちゃいなよって、そうしたら、知らないうちに終わってるよって、実は身体はちゃんと知っている。いれものに入りきらない気持ちがふわふわとはみだしたりしてしまうのだけど、はい、ここにまとめて、いれといてって、教えてくれる。

心が弱ったときには身体がいつも味方してくれるから、身体が弱ったときに支えになれる心を鍛錬しておかないとなって、余裕のあるときは思うのだ。

しっかし、こんだけ酒飲んでもガンマが18って、出来たやつだよ、おまえさんは!って、たまにはほめてあげたりもする。
付き合いにくいやつだけど、これからも、どうぞ、よろしくね、バディ。  

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2010年10月17日

神無月その1

けっこう間があいたな。なんつーか、全然文章を書くテンションじゃなかった。文章にして、脳内を整頓する性質のわたしとしてはめずらしいことだ。「マキちゃんは話すより書いてくれたほうが分かりやすい」とまで言われているからな。
迷ってない、混乱してないってことかいな。


大奥を観にいったり、大輔の芝居を観にいったり、高尾山に行ったり、両親のライブがあったり、飲みに行ったり、飲みに行ったり、友達のお見舞いに行ったり、飲みに行ったり、友達の彼氏を紹介してもらったり(×2)、ボランティアに行ったり、嵐観たり、嵐観たり、嵐観たりしてました。

大奥はにのちゃんがめちゃくちゃかっこよかった。江戸弁も啖呵の切り方もサマになっていて、よく考えたらにのって思いっきり下町育ちじゃんって思った。いやー、粋な旦那を演じていました。もう1回観たい。殺陣は大倉くんの方が上手だったように思う。大倉くん目当ての友達と観にいったのだが、真ん中にポップコーンを置いて、上映中食べていたら、同時のタイミングで手が触れて、「あっ」みたいな。変に照れたわ!映画って有効なのね。次は殿方としたいわ。つーか、映画に続き秋クールで主演だから、なんだか毎日にのちゃんを観ている気がする。

大輔の芝居、今回は違う劇団と組んでやっていたので、ガラッと感じが変わっていた。それでも、ここの演出は大輔っぽいなー、と思うところがあっておもしろかった。次は12月に音楽と詩と演劇をコラボさせた演出をするって言ってたから楽しみだ。実は芝居よりも大輔がめちゃくちゃかっこよくなっていてびびった。痩せて、精悍になっていた。男の子って短期間でこんなに変わるんだー、と、思った。いやー、いい男になってましたわ。前々からちょー好きな顔だったけど。手を握られて、洗うのよそうかと思ったよ。

高尾山は学校の友達三人で高尾山から相模湖に抜けるコースで行ってきた。山頂で食べたなめこ汁のおいしかったこと。そんでもって、くだりでショートカットとか調子に乗ってオフロードばっか歩いてたら、思いっきり滑って転んだ。そのまま滑り落ちてって、なかなか止まらなくて、もう、笑うしかなかった。転んだのはじめてだよ。ズボンがそうとうドロドロになった。その格好のまま、銭湯行って、電車乗って、新宿出て、タイ料理食べて、飲みに行って、カラオケ行った。最大級に楽しい一日だったのだが、飲んでたら、姉さんにふっつーにチューされて、今死んだら、最後にチューしたの姉さんじゃんって思ったら、マジで死ねないって思った。

両親のライブ、大学時代の友人が来てくれて、ライブの内容より、再会の方がインパクトあったな(とうさん、かあさん、すいません)。友人のひとりが彼氏を連れて来ていて、めっちゃ幸せそうで、デレデレで嬉しくなった。20周年ってことでトリだったのだが、時間が押しまくっていて、裏目に出て、1曲カット。しかも、好きな曲だった。残念だ。義弟は今回もカメラ係をしてくれていた。いつもありがとう!

友達が入院しているのは清瀬市なのだが、地図を持って自転車で行ったらものすごく迷った。わりと方向感覚いいのに、なぜか清瀬市は苦手で、毎度毎度迷っている。まっすぐ行けば30分かからない所を1時間以上かかった。入院している友達を心配させてどうすんだよっつーの。なんなんでしょうな、これは。清瀬市に関しては、もう、けっこう諦めている。

ボランティアは実習に行った救護施設で秋のレクレーション(運動会)の手伝いをした。やっぱり、たまに見る顔は人気があるらしく、実習中、ひっかかれたり、噛まれたり、ビンタくらったりしていた友好的とは言えない入居者から抱擁を受けた。態度変わりすぎだよーう。そして、実習生とは待遇面も大いに違う。昼食付き、お土産付きだよ。入居さんとぐだぐだ話して、車椅子リレーに参加して、コーナーでタイヤ鳴らす走りをみせて、大満足で帰ってきた。

ここんとこ、よく剣持家におじゃまして飲んでいる。いつもお世話になっています(はぁと)。はーちゃんに名前を呼んでもらった時は感激したなぁ。萌えた。強引に嵐のDVDを観たりして、ご迷惑をかけているが、自分的にMAXで楽しかった。もはや、他人の家って感じがしないよ。こどもたちも「こいつよく家にいるけど、なんなんだろう?」と思っていることだろう。


最近の一日の行動としては、

午前中に起床
勉強
朝食兼昼食
昼寝
筋トレ&ジョギング
学校
TV

上記のスタイルでほぼ定着しつつある。


今、いちばんやりたいことはWEBでゲームブック作成。もちろん恋愛シュミレーションで(はぁと)。どんどん現実から離れてゆくよ(泣)。ちょっと調べてみたのだが、難しすぎて、お手上げ、さじ投げ。

国試までいよいよ時間がなくなった現在、そんなことしてないで、勉強しなさいよ、と、心から思う。


  

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