2006年04月19日

探すのをやめたときに見つかることはよくある話で

僕はいつでも元気ですけどこんばんは。がっつんです。 
見れないときのために、「おはよう」と「こんにちは」も。 
 
誰にでも思い出の場所ってあるでしょう。 
がっつんにとっては小学校時代に住んでた家やその周辺や学校なんかがそう。 
5年後なら大学も思い出の場所になるだろうが、 
今はそんな気はしない。 
 
それで、偶然か必然かがっつんが通勤で利用することになった駅は小学校時代を過ごした 
家から徒歩1分の駅なんだ。 
 
その駅は10年間ですごく発展した。 
当時はモノレールなど通ってないし、  
駅中にマックとかないし、 
エスカレーターやエレベーターもなかった。 
改札通るとすぐ踏み切りで、目の前を通りホームに到着する電車に踏切が開いてからダッシュで駆け込む、という不便な駅でした。 
でもその不便さが逆にスリルを与えてくれて心地良くもあった。  
今は東西南北から駅に集まれるようになってすごく便利! 
駅前にコンビニできてすごく便利!  
がっつんは最近、便秘! 
 
… 
 
とても便利になり、 
なんか近未来的な駅になったよね。 
でもね。 
なんか寂しい。 
うまく表せないけどとても寂しい。 
 
うまく文章にできないモヤモヤ。 
うまく言葉にできないイライラ。 
うまくボールが蹴れないムカムカ。 
ひどくうんこがでないイチニチ。(便秘) 
 
 
 
 
 
 
そして彼女ができないガッツン!!  
 
 
… 
 
 
それで仕事帰りにがっつんが住んでた団地内を探索してみた。 
当時はモスバーガーやパン屋や、レストラン、寿司屋、床屋、美容院、オザキなんかが 
あったんだけど見事になくなっていた。 
泣けるね。 
本屋といなげやとラーメン屋はそのまんまだった。 
泣けるね。  
ちょうど腹も減ってたのでラーメン屋に入ってみた。 
当時はダイゴややなまんとよくいってたので、ほんと泣けてきた。 
相変わらず閑散としてる店内や、メニューの赤い看板や、 
胡散臭いコップ、くるくる回るイス、餃子を作る器具など 
10年たっても変わってなかった。 
いつも頼んでいた塩バタラーメンの味も。 
値段も。 
つくっていたおっちゃんまでも。 
おっちゃんはがっつんに気がつかないけど、がっつんはすぐ気づいたよ。 
12歳から22歳っていったら別人みたいなもんだからね。 
がっつんは昔のようにスープを飲み干すとラーメン屋を後にした。 
 
次にがっつんが住んでいた号棟の表札を見にエレベーターホールに行った。 
引っ越している人もいれば、当時のままの人もいた。 
あいつ引っ越したんだーとか、あいつまだ住んでんだーとか、思った。 
22歳のいい大人が、20時頃にエレベーターホールの表札を見て、 
物思いにふけっている様は、 
はたからみたら不審者だよね。 
 
その後は、木の公園とチキン公園を見て帰った。 
すべてが小さく感じた。 
ピロティってこんな狭かったっけ? 
チキン公園のゴールの狭さじゃ試合になんねぇじゃん! 
歩道の横幅もこんな狭かったっけ? 
そんなんばっか。 
 
12歳の少年の視点と比べたら、すべてが小さく見えるのは当然なんだけど、 
当時は、それを抜きにしても、 
その世界はがっつんにとってとても大きな世界で、 
無限の宇宙で、 
毎日がキラキラしていた。 
 
大きくなって客観的にその世界を見てみると、 
懐かしいんだけどとても悲しくもあった。 
 
大人になるって寂しいね。 
ピーターパンがみたくなった。

 
 
今日の花はクロタネソウ、花言葉は「当惑」です。 



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