石橋高校野球部の21世紀枠での甲子園出場が決まりました。
関係者の皆様、おめでとうございます。
過去2回の21世紀枠での関東・東京地区の候補校選出から、3度目の正直での甲子園出場決定で、学校関係者はもちろん、栃木県の高校野球ファンも喜んでいるはずです。
選出理由のなかには、文武両道に加えて、地元の子どもたちへの野球教室と検診を行っていることが挙げられていました。
栃木の野球肘検診は、当院が中学硬式野球チームに行ったのが始まりと考えていますが、その後に自治医大整形外科の先生方と交流するようになり、野球肘検診を広く行うようになっていったという経緯があります。
中学軟式野球選手と高校野球選手の合同練習会で、改修前の県営球場で検診を行った際は、手術が必要なくらいの野球肘が何名も見つかりました。
その頃に「野球医療サポート栃木」という組織を自治医大・獨協医大の整形外科の先生と私で作ったという記憶で、組織の名称も私が提案したように思います。
その流れで、当時石橋高校野球部の監督だった琴寄元樹先生が、石橋高校野球部主催の野球教室を下野市や上三川町の学童野球選手対象に開催するようになり、石橋病院に勤務される自治医大整形外科の先生に野球肘検診を依頼したのではないかと思われます。
私は第1回からの参加ではない気もするのですが、少なくとも7-8年は石橋病院の検診に関わってきたように思います。
現在の監督である福田先生になってから石橋高校はどんどん強くなって、1回目の21世紀枠の候補校になったときは、当時エースだった竹内投手のスライダーで勝ち上がり、秋の大会は栃木県で準優勝し、栃木県で開催された関東大会に進んで、千葉の東海大市原望洋に惜敗したような記憶があります。
このときは毎日新聞の記者の方が取材で当院にも来ました。
前回の21世紀枠の候補となったときは、秋季県大会は準決勝で作新に勝利したものの、惜しくも決勝で國學院栃木にサヨナラ負けとなり、栃木県2位の高校として関東大会に出場し、現在巨人に入団した真岡出身の石田投手のいる東海大相模に敗れたはずで、厳しいバント攻めを受けたような記憶です。
当院のある下野市の高校として、石橋高校野球部の躍進はうれしいところです。これまでにかなり多くの選手に受診をしていただきました。
また、歴史のある学校ということで、野球に限らない卒業生ということであれば、親族・身内や近所のにも該当する人はいますし、前の市長もそうですが、市の職員やと地元の学校関係者にも多くの卒業生がいるのではないかと思われます。
ということで、下野市民の多くが好意的に思っているはずです。
すでに市役所には垂れ幕、石橋駅西口には横断幕が掲げられました。
過去2回の段階で作ってあったのかもしれませんが、市の素早い対応ですね。
これから寄付を集めるでしょうから、ささやかながら応援をしたいと思います。


関係者の皆様、おめでとうございます。
過去2回の21世紀枠での関東・東京地区の候補校選出から、3度目の正直での甲子園出場決定で、学校関係者はもちろん、栃木県の高校野球ファンも喜んでいるはずです。
選出理由のなかには、文武両道に加えて、地元の子どもたちへの野球教室と検診を行っていることが挙げられていました。
栃木の野球肘検診は、当院が中学硬式野球チームに行ったのが始まりと考えていますが、その後に自治医大整形外科の先生方と交流するようになり、野球肘検診を広く行うようになっていったという経緯があります。
中学軟式野球選手と高校野球選手の合同練習会で、改修前の県営球場で検診を行った際は、手術が必要なくらいの野球肘が何名も見つかりました。
その頃に「野球医療サポート栃木」という組織を自治医大・獨協医大の整形外科の先生と私で作ったという記憶で、組織の名称も私が提案したように思います。
その流れで、当時石橋高校野球部の監督だった琴寄元樹先生が、石橋高校野球部主催の野球教室を下野市や上三川町の学童野球選手対象に開催するようになり、石橋病院に勤務される自治医大整形外科の先生に野球肘検診を依頼したのではないかと思われます。
私は第1回からの参加ではない気もするのですが、少なくとも7-8年は石橋病院の検診に関わってきたように思います。
現在の監督である福田先生になってから石橋高校はどんどん強くなって、1回目の21世紀枠の候補校になったときは、当時エースだった竹内投手のスライダーで勝ち上がり、秋の大会は栃木県で準優勝し、栃木県で開催された関東大会に進んで、千葉の東海大市原望洋に惜敗したような記憶があります。
このときは毎日新聞の記者の方が取材で当院にも来ました。
前回の21世紀枠の候補となったときは、秋季県大会は準決勝で作新に勝利したものの、惜しくも決勝で國學院栃木にサヨナラ負けとなり、栃木県2位の高校として関東大会に出場し、現在巨人に入団した真岡出身の石田投手のいる東海大相模に敗れたはずで、厳しいバント攻めを受けたような記憶です。
当院のある下野市の高校として、石橋高校野球部の躍進はうれしいところです。これまでにかなり多くの選手に受診をしていただきました。
また、歴史のある学校ということで、野球に限らない卒業生ということであれば、親族・身内や近所のにも該当する人はいますし、前の市長もそうですが、市の職員やと地元の学校関係者にも多くの卒業生がいるのではないかと思われます。
ということで、下野市民の多くが好意的に思っているはずです。
すでに市役所には垂れ幕、石橋駅西口には横断幕が掲げられました。
過去2回の段階で作ってあったのかもしれませんが、市の素早い対応ですね。
これから寄付を集めるでしょうから、ささやかながら応援をしたいと思います。

