11月15日に竹芝で全日本野球サミットが初めて開催され、プロアマの野球関係者、全国の野球協議会関係者、主として中学野球の指導者が集まりました。

各都道府県から参加が求められ、日本高野連から栃木県高野連に来た連絡では栃木から3名参加ということで、栃木県高野連から栃木県野球協議会に情報が来ました。
栃木県野球協議会の三役は参加をしない様子で、中学野球の内容ということもあって、栃木県からは中体連の中野先生、さらに栃木県野球協議会から井上さんと私が参加をすることとなりました。
日本高野連は球数制限を実施しましたが、先行して実施しようとしたのが新潟県高野連で、新潟県は「新潟県青少年野球団体協議会」を立ち上げ、野球手帳を最初に作ったのも新潟県で、新潟の活動を参考に日本高野連は「高校野球200年構想」を発表し、全国に拡大しようとしてきました。
野球人口の減少も進んでいるとされ、全日本野球協会やNPBも協力して日本野球協議会としての活動が進み、今回の全日本野球サミットの開催に至ったと思われます。
NPBと日本高野連の協力や、王貞治氏を代表とした球心会の設立というニュースも最近のことで、全国に拡がってきている野球協議会の統括や都道府県間での横のつながりの構築も模索されていく印象です。
私も十数年前に栃木県における野球肘検診の立ち上げに関わり、医療側の団体としてのNPO法人野球医療サポートのメンバーとして継続して活動をしてきました。
栃木県高野連、栃木県野球連盟さらに栃木県民球団の皆さんとの交流も増え、栃木県野球協議会に事務局メンバーとしても関わっています。
個人的には、新潟県の野球肘検診や新潟県のベースボールサミットの見学、徳島県の野球肘検診の見学、青森県弘前市の弘前学院聖愛高校野球部の活動の見学を冬と夏の2回、野球指導者講習会の医事コースの受講、野球肘研究会をはじめ野球に関わる整形外科の学会や研究会への出席などもしてきました。
これらを通じて、プロ野球選手の治療に関わる全国の整形外科の先生方と知り合う機会も数多くいただきました。
医療側の人間としては、野球に関する障害予防の活動がいちばん関わらなければいけないところで、もはや手術治療は行っていないので、保存治療と栃木県という地域への啓発や予防活動に関わろうと考えています。
今回の全日本野球サミットも地域の活動として参考になることも多かったです。
今後の数年で学校の部活動も大きく仕組みが変わります。
先行事例としての埼玉県川口市での取り組みは興味深く拝聴しましたし、埼玉での野球肘検診に関わっている山田先生が今後さいたま市で診療活動も展開されていくので、埼玉西武ライオンズとの協力も含めて注目をしています。
今回のサミットには、WBCの監督を務めた栗山英樹さんや北海道日本ハムファイターズ投手であった斎藤佑樹さんも関わっており、影響力のあるNPBのOBの方々がいると心強いところです。

そして、野球界のレジェンドとしての王貞治さんもサミットの終わりに来賓として、球心会の代表として挨拶をされました。

マスコミ各社も集まったようで、翌日の新聞には記事になっていましたが、朝日新聞大阪本社のスポーツ部次長の山口さんとも前述の弘前学院聖愛高校野球部の見学でお目にかかって以来の再会でした。
サミット終了後には懇親会があり、新潟県と山梨県さらに長野県の協議会の方、埼玉県川口市の活動をされている方々と埼玉西武ライオンズの方、筑波大学野球部監督の川村先生、全日本野球協会の山中正竹さんと平野裕一さん、さらには栗山英樹さんと名刺交換をさせていただきました。
山中正竹さんはNHKの高校野球の解説をされていた時期もありましたので、高校野球ファン歴の長い方には有名ですね。
平野裕一さんは野球指導者講習会のオンライン講習で拝見しておりました。
多くの方が野球選手の治療に関わっている有名な整形外科の先生方ともつながっているので、共通の知り合いがいるということで話をしやすかったです。
今後も栃木ローカルな仕事ではありますが、野球選手の治療だけでなく障害予防の活動に関わるべく、全国の先生方と連携できるよう、努めて行く所存です。
野球に関わる治療のために診察室で待っているだけではよろしくないと考えており、あちこちへ出かけて学んだことをフィードバックできるようにしてまいります。
ということで、栃木の野球選手は、まずは薬師寺運動器クリニックを受診していただければ幸いです。整形外科は近ければいいということはないように思います。

各都道府県から参加が求められ、日本高野連から栃木県高野連に来た連絡では栃木から3名参加ということで、栃木県高野連から栃木県野球協議会に情報が来ました。
栃木県野球協議会の三役は参加をしない様子で、中学野球の内容ということもあって、栃木県からは中体連の中野先生、さらに栃木県野球協議会から井上さんと私が参加をすることとなりました。
日本高野連は球数制限を実施しましたが、先行して実施しようとしたのが新潟県高野連で、新潟県は「新潟県青少年野球団体協議会」を立ち上げ、野球手帳を最初に作ったのも新潟県で、新潟の活動を参考に日本高野連は「高校野球200年構想」を発表し、全国に拡大しようとしてきました。
野球人口の減少も進んでいるとされ、全日本野球協会やNPBも協力して日本野球協議会としての活動が進み、今回の全日本野球サミットの開催に至ったと思われます。
NPBと日本高野連の協力や、王貞治氏を代表とした球心会の設立というニュースも最近のことで、全国に拡がってきている野球協議会の統括や都道府県間での横のつながりの構築も模索されていく印象です。
私も十数年前に栃木県における野球肘検診の立ち上げに関わり、医療側の団体としてのNPO法人野球医療サポートのメンバーとして継続して活動をしてきました。
栃木県高野連、栃木県野球連盟さらに栃木県民球団の皆さんとの交流も増え、栃木県野球協議会に事務局メンバーとしても関わっています。
個人的には、新潟県の野球肘検診や新潟県のベースボールサミットの見学、徳島県の野球肘検診の見学、青森県弘前市の弘前学院聖愛高校野球部の活動の見学を冬と夏の2回、野球指導者講習会の医事コースの受講、野球肘研究会をはじめ野球に関わる整形外科の学会や研究会への出席などもしてきました。
これらを通じて、プロ野球選手の治療に関わる全国の整形外科の先生方と知り合う機会も数多くいただきました。
医療側の人間としては、野球に関する障害予防の活動がいちばん関わらなければいけないところで、もはや手術治療は行っていないので、保存治療と栃木県という地域への啓発や予防活動に関わろうと考えています。
今回の全日本野球サミットも地域の活動として参考になることも多かったです。
今後の数年で学校の部活動も大きく仕組みが変わります。
先行事例としての埼玉県川口市での取り組みは興味深く拝聴しましたし、埼玉での野球肘検診に関わっている山田先生が今後さいたま市で診療活動も展開されていくので、埼玉西武ライオンズとの協力も含めて注目をしています。
今回のサミットには、WBCの監督を務めた栗山英樹さんや北海道日本ハムファイターズ投手であった斎藤佑樹さんも関わっており、影響力のあるNPBのOBの方々がいると心強いところです。

そして、野球界のレジェンドとしての王貞治さんもサミットの終わりに来賓として、球心会の代表として挨拶をされました。

マスコミ各社も集まったようで、翌日の新聞には記事になっていましたが、朝日新聞大阪本社のスポーツ部次長の山口さんとも前述の弘前学院聖愛高校野球部の見学でお目にかかって以来の再会でした。
サミット終了後には懇親会があり、新潟県と山梨県さらに長野県の協議会の方、埼玉県川口市の活動をされている方々と埼玉西武ライオンズの方、筑波大学野球部監督の川村先生、全日本野球協会の山中正竹さんと平野裕一さん、さらには栗山英樹さんと名刺交換をさせていただきました。
山中正竹さんはNHKの高校野球の解説をされていた時期もありましたので、高校野球ファン歴の長い方には有名ですね。
平野裕一さんは野球指導者講習会のオンライン講習で拝見しておりました。
多くの方が野球選手の治療に関わっている有名な整形外科の先生方ともつながっているので、共通の知り合いがいるということで話をしやすかったです。
今後も栃木ローカルな仕事ではありますが、野球選手の治療だけでなく障害予防の活動に関わるべく、全国の先生方と連携できるよう、努めて行く所存です。
野球に関わる治療のために診察室で待っているだけではよろしくないと考えており、あちこちへ出かけて学んだことをフィードバックできるようにしてまいります。
ということで、栃木の野球選手は、まずは薬師寺運動器クリニックを受診していただければ幸いです。整形外科は近ければいいということはないように思います。

