新型コロナに関連して栃木県がLINEで展開している「新型コロナ対策パーソナルサポート」で「毎日元気に過ごすために フレイル予防で健康長寿!」と書かれた写真と共に、フレイルを予防しましょうという内容の送信がありました。
 介護予防・骨折予防のために「運動器」という言葉が使われるようになり、「運動器不安定症」という病名が作られ、「ロコモティブシンドローム」という概念が提唱されて久しいと整形外科医は思うところです。その後、もう少し広い解釈で心身の健康と含めて「フレイル」が内科系から提唱されてきました。

 高齢者の活動レベル低下にともない、筋力低下・不活発でメンタルの問題・時には認知症の発症・転倒骨折に伴い介護導入、といったストーリーが懸念されるため、これらを予防しようという啓発です。
 転倒し骨折するまでは、じっとしていれば痛くないので、何ともない・どこも悪くないと思い込まれがちです。
 医療従事者だけど整形外科勤務ではないという方々は、意外と「痛くなければいいんじゃないの」という考えをもたれることがあります。
 「高齢だから仕方がない」的な発想や、「湿布を処方しておけばいい」と思い込まれてしまうことがあって、本来なら整形外科で評価をして、理学療法士によるリハビリテーションを行うべきところを、湿布を処方してあたかも治療をして差し上げたと思われることもあるようです。
 平均寿命が延びたこともあり、80代後半でも車の運転をする方は、交通の便のよくない地域ではそう珍しい話ではありません。当院周辺の農村部でも軽トラックを運転している高齢者を見かけます。
 痛みはなくとも、筋力低下が目立つ場合もあるし、片脚立ちをさせるとふらついて10秒も立てない方もいますし、長く歩けないということもあったりするのですが、すべてイスに腰掛けていれば気づかない症状です。
 検査をすれば異常が見つかるなどというのは、たとえば血圧だって測定して初めて高血圧がわかる訳ですが、痛くないし高齢なので・・・ということになりません。くすりを処方され、一旦処方が始まると何年も通院を続け、血液検査だ、胸の音を聴診だ、胸のレントゲン撮影だと検査を行い、早めに異常を見つけて長生きはする可能性が高まります。全く痛くないけれども。
 運動器はレントゲン撮影すれば変形だらけで、筋力も低下し抵抗を加えるとそれに打ち勝つだけの出力はないのに、困らないので・痛くないのでといって通院が中断することも多いです。高齢で仕方がないと思い込んでしまう患者さんもおおいようです。
 高齢でなくとも、「痛みが取れたので、忙しいし通いきれない」と言い出す方もいて、痛いときも忙しかったと思うのですが、痛みがないと通院のモチベーションが下がってしまうという図式は珍しくありません。「まだ治ったわけではありませんよ」と言っても断られることも多いです。残念ですが。
 結果として、数ヶ月以内に再発して戻ってくることもあります。
 客観的にはよくなってないのだから痛みが増強してもある意味当たり前です。

 健康診断の「健康」は検査の内容を考えれば、内科の病気がないことだったりして、結局は生命に関連する脳卒中を防ぐ・狭心症や心筋梗塞を防ぐ・肺や気管の病気を防ぐ・おなかの病気を早く見つけるということを目標としているように思われます。
 昭和の時代から長年健康診断が行われ、長生きにはなった日本人ですが、ここへきてようやくフレイルという言葉を提唱されるようになりました。
 ただし、医療費を増やさないのが命題となっている現在では、健康診断に運動器の疾患を入れるとは考えにくいです。なぜなら、検査をすることで治療を必要とする人が相当数見つかるので、健康診断をすると医療費が増えるという図式になると予想されるからです。
 結局は、公的なサービスは行われないので、自分で異常と思うかどうか、そのために予備知識を持っているかどうかで、運動器の状態に差が出てきます。知っていた人の勝ち、知らない人は損をするという図式ができるような気がします。
 1件の医療機関が「かかりつけ医」となって対応すれば、幅広い疾患を1件の診察料で済ませられるので、一見医療費は抑制できるという机上の計算があるのではないかと思いますが、実際にはひどくなってから「専門医に診てもらいましょう」となると、検査や投薬が増えて高くつくことも懸念されます。
 「かかりつけ医」の先生がどこまで運動器に関心を持っていただけるか。
 湿布を貼って様子を見ましょうというレベルでは残念ながら厳しいです。画像診断も触診も機能評価も行われず、診断的な注射を原因と思われる部位に打つわけでもないとどこが痛みの原因かすらわからないまま、ただ「痛い」から「痛み止め」という安直な対応になる可能性が高いです。
 医学教育でもこのあたりはまだ行われていない可能性があり、医学生も来院しますが、途中で脱落することが珍しくありません。「テスト前なので」「実習があるので」「帰省するので」となって、途中で治療が中断してしまうことがあります。
 なんかもったいないと思うところです。
 当院のリハビリスタッフにも「痛みが取れただけでリハビリが終わりとは限らない」ということは伝えています。
 生命には関わらないでしょうと言われればそれまでで、介護導入の要因になることの多い疾患を扱う診療科ですが、リハビリにも150日間の期限があり、そもそも制度に限界のあるリハビリですから介護保険サービスを必要とする人はまだまだ増えると個人的には予想しています。
 医療の中では優先順位は高くない領域で、リハビリの中にも差があって、運動器は150日ですが、脳卒中などは180日だったりします。
 それでもようやく新型コロナのなか、「運動しましょう」と行政が言い始めたわけで、おそらく現在は栃木県においては、新型コロナにその日にかかった人数よりも、転倒骨折の高齢者の人数が多い日もあると思われます。
 コロナも心配だけど、骨折・介護のストーリーも心配しましょうということでしょう。

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