東京ドームでの都市対抗野球の観戦の後、明るいうちに帰るのはもったいないので、都内の街歩きも楽しんできました。
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都心の病院に勤務していた頃は、渋谷区と中央区に住んでいましたが、当時も街を歩き回るのが好きでしたし、自転車通勤をしていた時期もあり、きょろきょろと見て回るのは今も楽しみのひとつです。
基本は無計画にぶらぶらと、時には裏道に入ったりもして歩いて、景色や古い建物の写真をスマホで撮影して回ります。

江戸時代から明治維新を経て、昭和の前半までの街の痕跡を見るのが楽しみで、都心は電車よりも徒歩を好んで動きます。

歩道には区で立てた歴史的な説明の書かれた小さな看板を見つけることがあります。
東京ドーム周辺は水戸藩の屋敷だったわけですが、東京ドームシティの東側から白山通りへ出ると、水戸藩の藤田東湖が安静の大地震の際に母親をかばおうとして倒れてきた梁で圧死した場所という説明の看板がありました。

神田川を越えて南下して神保町に向かう途中で、日大経済学部の近くに古い教会を見つけてふらふらと東側へ。
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地名に神田がつくこともある地域は戦災にあわなかった建物も残っていたりして、意外な発見をすることがあります。
一方で区立の小学校の建設工事も行われていて、通学する児童がそれなりに住んでいるということですね。
そのまま道なりに三省堂書店まで歩いて、医学書と地学書、イラスト集の立ち読み。
三省堂も建て替えとの告知があり、この建物もあと何回か通ったら取り壊されてしまうのだなと思うところで、その昔、今の建物が新装開店した頃を覚えているのですが、すでに40年以上経っていると思われ、建て替えも仕方がない時期なのでしょう。

駿河台を上がって御茶ノ水駅へ。上野駅に着いてもまだ明るいからもう少し歩こうと考えて、ノープランのまま上野公園へ。
上野駅の公園口は改札の位置も変わったし、外へ出ると道路も寸断されて歩道のまま公園に入れるようになっていました。
西洋美術館は工事中、博物館も今回はパスして、まずは行った記憶のない上野東照宮へ。
東照宮といえば、栃木県民には日光ですが、上野も社殿と唐門は金色です。1627年に立てられたそうですが、参道の石灯籠も各地の大名が奉納したようです。
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上野公園を抜けて寛永寺に向かおうとしたところ、上野公園の中でロバート秋山さんとケンドーコバヤシさんを含むロケ隊が何かテレビのロケをしていたようです。
都内在住時はロケ以外でも芸能人をときどき見かけたものです。
上野公園はスタバでくつろぐ人、犬を散歩させている人、修学旅行生、大道芸人など多くの人で賑わっていました。でも密ではありません。

国立博物館、旧因州池田屋敷表門黒門、京成電鉄の旧博物館動物園駅、国際子ども図書館など建築として興味深い建物のあいだを抜けて寛永寺へ移動します。
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幕末までは上野公園一帯が寛永寺だったそうですが、古地図でみる当時の莫大な敷地は、やはり徳川幕府のすごさを物語ります。
金曜の午後ということで静かなたたずまいでした。
寛永寺の墓地と国立博物館の間の道路はタクシー運転手の休憩スポットのようでしたが、ここから夕日を受けたスカイツリーがきれいに見えました。
上野駅公園口まで戻り、自宅に帰って15840歩でした。

都内は坂道・階段が多く、立って電車に乗る場面もあり、歩数も増えます。
栃木で車に乗って動くよりも運動量が増え、いつもと違う景色、いつもと違う食べ物、いつもは経験できないイベントに参加できます。
コロナ禍が一段落している今のうちに、出かけてみましょう。