依存症について色々と書いてきましたが、

何度も「愛に飢えている」とか「愛される自信がない」とか いう
心理を述べています。


依存症になりやすい人、
身体的、心理的虐待を受けてきたた人達や、ACと呼ばれる人達は


皆 何らかの「自分を否定される」経験をしてきているわけです。

「言うことを聞かないと見捨てるよ」と脅され、操作されてきた
ということです。(確かにそれは愛ではありません。)


だから、他人に対しても
「自分をまず否定してくる(怒って操作する)」であろう、という思い込みがあるのです。
操作や取引なしに、最初から善意を持たれる、
ということが信じられないのです。


「否定され、操作される」 それは大きな恐怖として無意識に横たわっていて、

ちょっと 怒られたり、批判されただけでも、
操作された苦痛の記憶に結び付きます。


「愛されなかった」という記憶です。


そして過剰な防衛反応による怒りや、
過剰な悲しみを 感じます。


「愛されなかった」という思い(潜在意識であることも多い) は、

「私はいつも一人である」という感覚に繋がります。


私は断酒を決意した時、
「一人であることを認めた」瞬間があったのです。


反論は覚悟で言いますが、


「人間は一人です。」

ひとりで生まれてきて、ひとりで死ぬのです。


愛は必要。それは分かります。
そして、愛されなかったことは悲劇です。

でも、私は
ひとりであることを認めた時


自分が自分を愛せなければ、
「自分以上に自分を愛せる人間はいない」のだから、
永遠に愛を知ることは出来ないと、感じたのです。


ちょっと気づいたかな?程度です。
私はまだ、自分で自分を愛せてないと感じます。
でも恐怖に震え、閉じこもっていた場所から、出口に立った感じがしました。


「まず自分を愛しなさい」
よく聞く言葉です。
皆さんそれを上手く説明出来るのでしょうか。


私は一生の課題だと感じています。

自分をいじめないことからかな。


【私が大変勉強させて頂いたブログがあります。
依存症と、
虐待などの トラウマ による PTSD との関係
を訴えていらっしゃいます。
虐待の経験や、PTSDからの回復の過程を書かれています。ぜひ読んでみて下さい。】

『りんこのブログ』
http://ameblo.jp/makiko0106/