青年海外協力隊!ソロモン!教師!

青年海外協力隊平成27年度1次隊、理科教育でソロモンへ派遣されます、西山裕介です!理科教師として、ソロモンの中、高学校で働きます。ソロモンのマルーという田舎町ですが、人々との触れ合いを一番大切に考え、一生懸命頑張ります。

2015年11月

(場違いな内容となるかもしれません。ご了承ください。)

 

さあ、今日も部活動へ行こうかと思い、立ち上がろうとしたとき、ジェニファー(隣の校長先生の奥さん)が突然、焦った口調で話しかけてきました。

 

「近所の人が死んだ・・・。」

 

「誰が?いつ?どこで?」

 

「ユウスケがこの前展示場の企画で話をして写真を撮ったあの人だ。今、亡くなったことが確認されて家に運ばれている。村の人は棺をみんなで作っている・・・」

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「えっ・・・・」

 

1000枚以上の村人の写真や子どもたちの作品でいっぱいになる展示場のプロジェクトを一緒に立ち上げようとした人物が今日亡くなりました。

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村の役所の役人で、村の水や畑の管理を担当をされていました。

2日前くらいに、仕事終わりにトランプをしているのを見たのに・・・・

 

死因は「マラリア」です。

村人の話によると、マラリアの症状はあったが、2日ほど病院に行く機会が得られずに、コアテム(マラリアの薬)を処方するのが遅れたそうです。

その間に原虫が脳に達し、この方を死に至らしめたそうです。

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途上国の現実・・・

 

唖然としながらも、必死に正気を取り戻し、アンダーソン(校長)と一緒に、亡くなった方の遺体をおさめる棺を一緒に作るために家に向かいました。

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家の前では村人が、寄せ集めた木材とのこぎりと金槌で手際よく協力しながら棺を作っている光景がありました。恐る恐るではありますが、許可を得て写真を撮らせていただきました。非常識覚悟で現実を届けたいと思いシャッターを押しました。

 

しかし、驚いたことにその棺を作る雰囲気も、周りに集まる人々の様子も日本のお葬式の雰囲気とは少し異なり、感じたままに言うと「いつものことだ」というようなものです。

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明るい雰囲気とは言えませんが、淡々とことを行う印象を受けました。

 

自分はものすごく信じられず、先日あった人が亡くったことでものすごく悲しく感じていましたが、周りの大人たちと話しているとそんなに重大なことと受け止めていないような。

 

自分も冷静になり、「死」についてどう考えているのか気になり、役所関係の方に聞いてみました。

すると、こんな返答が帰ってきました。

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「人が死ぬことは悲しくて寂しい思いをするものだ。でも、それ以上に子どもが生まれているのも現実。日本では病院も薬も救急車もあり、すぐに治療が受けられるだろう。ソロモンではそういうことはない。それをみんな理解しているんだ。だから、人が死ぬことはよくあることだと受け止められる。」

 

「・・・・」

 

だから前向きに、子どもが新たに生まれることで輪廻転生のように、命が復活する感覚なのかもしれません。

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「これから、この棺に遺体を入れ、実家(ワントーク)がある隣の島へボートで運ぶ。この村のわずかではあるが、親切心によってそうするんだ。」

 

さすがに、遺体のある家の中では女性が泣き叫んでいるのが聞こえていました。

 

棺を作る大人の周りにも、遺体のある家の周りにも子どもたちが呆然と、その一部始終を見ています。子どもたちには尋ねませんでしたが、“生と死”についてどんな感覚を持っているのかものすごく気になりました。

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大昔のこの地は”人食い族”が住み、その風習はキリスト教の伝来と共に徐々になくなってきた歴史があります。また、ジェラミー(牧師兼教師)の話では、今でもこの島の奥地に行けば、収穫時期に生贄を神に捧げる習慣が残る部族がいると言っていました。

 

素直に感じたことですが、この地の人々は、「生」と「死」の間隔をものすごく近いものとして考えているように思います。それは死を軽く見ているということではなく、

「人間はそうして生きたり死んだりする生物だ」

と理解しているような。

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ただ、友達がいなくなる、家族がいなくなる、人がいなくなるということ程悲しい現実はありません。人間にはそう感じる感情がもともと備わっています。だからこそ、キリスト教がこの地を救うために現れたのでしょう。

 

ならば、今できる正しいことは、子どもたちに本当の意味での「生きるということ、生き方、生きるために必要なこと」を教えるべきだと思います。

できる限り、健康、医療、薬物、環境の分野まで手を伸ばし、どのようにして命を守っていくのかについ教育していきたいと今は強く思っています。

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怖い話ですが、自分の中で、ものすごく死というものが近いものとして捉えられるようになった出来事でした。

 

明日死ぬかもしれない。

そう考えると、生きるために必死にやっておくことがあるだろうと考えられます。

それには、死なないために最大限の努力をする、という現実的なこともこの地では含まれています。

 

最終的には、やっぱり、命を守るということでしょうね。死んだら何もなりませんから。「生きてもらう」ということに尽きるんですよね。いろいろなやり方があっても、それが大事なことだと思います。それが人道支援の一番の根幹にあるんだと思う。(共の生きるということbe humane:元国連難民高等弁務官事務官 緒方貞子著)


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『結婚』についての話題はどの国へ行っても、人々の興味を惹き、心をくすぐるため、和やかで楽しい会話になります。

 

畑へ毎日足を運ぶと、色々な子どもたちが集まってきます。

教会へ向かう女子たちや、畑で働くおじいちゃんおばあちゃんについてくる子どもたち、お手伝いをする近所の子どもたち。

 

そんな子どもたちの話を、草を引いたり水をやったりと手を動かしながら聞くのが楽しいです。

 

思春期の女子たちの話題は結婚の話で盛り上がります。

日本ではどんなふうに結婚するのか、何歳くらいでみんな結婚するのか、彼女はいるのかいないのかなど、話題は尽きません。

 

前回、毎週月曜日のプレゼンテーションで日本の結婚文化については少し触れました。

日本では一般的に、お見合い結婚と恋愛結婚があり、割合的には現在28くらいではないでしょうか。

年齢は年々高くなっている傾向があります。
また、結婚斡旋会社や出会い系サイトの話ではみんな、“信じられない”といった表情を浮かべていたのが印象的でした。

 

しかし、”恋愛結婚”のシステムや、例を用いて流れを説明している時の、特に女子の表情は興味津々といった感じでした。

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日本でも、漫画や雑誌などで小学生や中学生が一生懸命勉強している姿を見ます。どこの国でもそういった感覚は似ていると感じます。

 

ソロモンはと言うと、ほとんどがお見合い結婚であり、親が了承した家庭同士が結婚を許されます。

そして、伝統的な部族の風習が残っており、ワントークと言われる、同じ言葉を話す地域の人々と結婚させられるケースが多いそうです。


また、特徴的なのが、男性が女性に対して結婚していただくためのお金を支払うという文化です。

面白いのが、女性に対して支払われるお金の値段は決まっておらず、「その女性に相応」の金額を払うそうです。親同士の話し合いや、新郎がどれくらい新婦と結婚したいかといったことや、女性の性格、態度、家柄なども関係するようです。

だいたい5000ソロモンドル。日本円でだいたい7万円くらいでしょうか。

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その会話では、「私は高い女性を目指すんだよ、私は自信がないから安いかもしれない。」と言った話も出てきます。

 

日本ではおそらく、差別的で人権意識に欠けた表現になりますが、その子たちの会話の雰囲気や表情からして、そういった感情は全くないことが分かるので、「そーかー!頑張っていっぱい払ってくれる男に選ばれるんだぞ!」と冗談交じりに、話に乗っかります。

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しかし、口々に「恋愛結婚がしたい!」と言っていたのが印象的でした。

かつての日本がそうであったように、他の文化の情報が入ってくるにつれて、男女関係、付き合い方にも徐々に変化が出てくるのではないかと思います。

 

ただ、この地に根付く愛を重んじるキリスト教は大きな力を発揮し続けると予想できるので、家族の愛情に満ちた形は変化しないのではないかと感じます。

 

 

そして今日は、近所の男の子から草引きをしながらこんな話を聞きました。

 

「ユウスケはソロモンは好き?」

「好きだよ、特に料理がおいしいだろ!最高だ!」

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「お酒は好き?僕はお酒は最悪だと思う。クズだと思う。」

「どうして?」

「いつもの人じゃなくなる。時々クレイジーになるんだ。そして、殺し合うこともあるんだよ!最悪なんだよ。」

 

あまり追及はしませんでしたが、おそらく親がそんな状況になったことがあるのか、大人の酒に酔った喧嘩を見て傷ついたり、殺し合いの話を聞いて驚いたりした経験があるのでしょう。

 

その話に共感しながら、自分のことも振り返ります。

マルーでは、ほとんどお酒は手に入らない環境にあり、一部の人が大きな町で仕入れて飲んでいますが、毎日飲めるような金銭的余裕はないようです。宗教的にもお酒をみんな嫌う傾向があります。

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その流れに乗っかり、この地に来てからお酒を全く飲んでいません。もっと、飲みたくなるのかと思っていたら、全くそんなこともなく、普通に生活できています。お酒から離れたいと思っていたので、本当に有難い環境に来れたことに感謝です。

 

その子が感じたように、教育にはお酒やたばこをちらつかせることは子どもの心を傷つけるなどの害を与えることはあっても、良いことなどありません。

煙草を大人になってから吸う子どもたちのほとんどが、煙草を吸う親の姿を見ているというデータは有名です。

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5か月全くお酒に触れず生活することで、過去どんだけ無駄な時間を過ごしていたのかと後悔するばかりです。確かに飲めば楽しくなりますが、それがなくても楽しい気持ちになれるし、モチベーションを上げる方法などいくらでもあることが分かります。

 

この地に来て、子どもたちと話すたびに心が少しずつ浄化されていくようで本当に有難い環境に巡り合えたと嬉しく思っています。そのためにも常に子どもの前にいよう。

 

そんなことをお酒の席で話すと、面白くないやつだと思われるかもしれませんね。

たぶん帰ってまた飲み会などに行けば自然と飲むようになるのかもしれませんが、少なくともうまくお酒と付き合っていくことはできるように思います。

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肌で感じる気温や空気の湿り具合、山にかかる雲の垂れ込み加減で大分天候がよめるまでになってきています。

 

さて、引き続き「部活動」について書きたいと思います。

なぜこんなに部活動に執着するのかは、自分の育って来た環境が大きな要因のように感じます。

 

小中学時代は田舎で頑張っている小さな野球チームに所属していました。

野球が好きになり、中学時代は学校へ給食と野球のために通っていたように思います。

また、高校は京都でも甲子園へ何度か出場したことのある所へ無理をして入れていただき、初めて味わう厳しい環境によって、自分の世界を開いていただいたように思います。そして、大学野球では自主性を重んじる精神、練習方法、楽しみ方、励まし方を学びました。

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ということで、学生の頃一切勉強してこなかったために、社会人になり、社会の流れ、求められているものに全くついていけず、困りました。そして、今も頭を使っても、考えが及ばずに完全に悩んでおります。

 

そんな中、部活動をさらに意味あるものにしていく必要があると考えているのですが、小さな“壁”にぶつかり始めているのを感じがします。

 

少し足取りが重い中、グラウンドへ向かいます。

そのとき、ふと、一つの考えが舞い降りてきました。

地域を励ます存在にさせることが目的。

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「ならば、自分が一番子どもたちを励ませる存在でなくてはいけない。模範を示せなければならない。」

 

そう、自分に言い聞かせて、自分自身を奮い立たせるように、すでに集まっていた子どもたちの中へ入っていきました。

 

気持ちが切れそうな時も、トレーニングを面倒だと思うときも、今日はしんどいからやりたくないと思うときも、

 

「子どもたちを励まし鼓舞して元気づけよう!」

 

自分の、学生時代のスポーツスタイル、原点に立ち返るように、子どもたちに懸命に声をかけることをもう一度思い出しながらレフリーをします。

 

叱ること。怖い雰囲気を出すこと。従わせようとすること。

そこに、心からの愛情を持たせるだけの力量がまだありません。

先輩の先生方は、うまく子どもたちを叱り、的を得た指摘により子どもたちを指導されます。そんな風に早くなりたいですが、まだまだだ・・・・

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心から頑張れ、という思いで声をかけていくことで、昨日の乱闘ゲームとは全く違う、何とかしまったゲームになりました。

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もう一つ、学んだことがあります。

それは、副キャプテンのジェラミー(先日ゲームに負けたことで切れて帰った選手)について他の選手がこっそり私に話をしてくれました。

 

その話によると、ジェラミーの家では沢山の仕事がジェラミーに与えられているそうです。

水汲み、薪割り、畑仕事、買い出し、料理、掃除、草刈り・・・・

 

そんな沢山の仕事がある状況で、夕方の少しの時間を大好きなサッカーに使っているのです。

家族の生活を支えるジェラミー。大黒柱のような存在で責任重大です。

 

この地に来て、人々の生活を直に見て体験し、子どもたちの家庭状況も理解をしていた“つもり”になっていた自分に反省します。

日本の感覚で、「部活動に来て当たり前、真面目に好きなスポーツに打ち込むことが当たり前」だと根っこでそんな甘い考えがあり、それを子どもたちは敏感に感じていたのではないかと思います。

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「ごめんなさい」「自分の趣味、好きなことに付き合わせて申し訳ない」「みんなの大切な時間を使ってしまっている。もっともっと良い活動をしないといけない」

 

ジェラミーには後で、家での仕事について話をし、理解していなかったことを謝りました。

そのとき、彼の重い表情から完全におもりが外れた明るい表情になったのを見てほっとしました。

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全く子どもたちのことが見えていません。子ども理解など一切できていません。

自分のエゴに浸るただの遊び人だと思います。子どもたちに申し訳ない。

 

そんなことを考えた夕方でした。

 


☆午前中は音楽活動!

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今日は地域で結婚式があったので、みんなそっちへ行っていて、来てくれたのは2!ありがとう!

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ギター大好きな、アスウィンとアンドゥルー(先生じゃない)です。

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黒板に書かれたギターコードを必死に二人で研究しながら、一生懸命
1時間みっちり指導。コード進行がスムーズになってきました。

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今日は2人だけに特別レッスン、「折り紙」も行いました。

ギターの後の、和やかな雰囲気で一緒に折り鶴を折り、のほほんとした一時を3人だけで共有しました。

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例え、1人だけで来てくれたとしても、その子が満足して帰ってくれたら嬉しいです。

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2人とも大事に折り鶴を抱きしめて帰っていったのを見て、こちらもほっとしました。

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固定概念という小さな鳥かごの中にいては、大空に羽ばたき違う世界へ行くことはできません。囲いをぶち破ることで、遠く国境を越えて違う国を旅してみたい。もっともっと、見えていない世界があるはずです。

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さあ、ここからだ。


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物事をまっすぐに見つめて、真っすぐに突き進むことは得意かもしれません。

でも、何かを違った方向から眺めてみたり、主観的な見方から客観的に変えてみてみることができません。

 

その割に、物事を批判的にとらえることは得意かもしれないという、変でひねくれた性格をしているように思います。

 

自分の勝手な欲求によって、一方的に取り入れた部活動を本当に子どもたちは望んでいるのか。

これまで通りの感覚で叱ったり、指導したり、「自己中に人のため」という考えから、誰も求めていないのに一方通行に突っ走っているのではないか。

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特に子どもたちの動きが悪かったり、終わり方が良いとは言い難い、変な雰囲気で終わったりしたときなどにこんな風に考えます。

 

もしも、子どもたちが「楽しみ」「興奮」「快楽の欲求」から本当に“遊び”を望んでいるのであれば、それをさせてやるのが正しいのではないかと思ったりします。

 

“強制的な押し付け”になってしまっていいのだろうか。

大会やイベントがなく目標にできそうなものが不透明な世界で何を求めているのか自分に理解できていないのに、子どもたちに理解できるわけもない。気持ちが切れるのも無理はないと思います。

 

まだまだ、見えていない子どもたちの心の中を、見えていない世界を見ていく必要があると思います。日本という小さく特殊な国の「固定概念」にいつまで縛られているのか。

 

っということで、今日は、いつもの習慣を少しだけ変化させてみました。

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まずは、誰もいないグランドへ大分早く行き、自分の体を鍛えるためにランニングをします。(目的はありません、いつもと違う行動をしようと思っただけです)

すると、それを見た女の子たちがついてきます。

何週も何週も一緒に話をしながら走りました。

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男の子が集まる時間はだいたい決まっていて、早めに顔を出すと、女子たちが元気な時間帯であることを発見しました。

 

すると、徐々にメインの選手たちが集まってきました。

 

今日は、練習スタイルにも変化を持たせてみました。

何をしたかというと、完全に”傍観者”になって子どもたちを見てみようと思い、何も口出しをせずに、練習を完全に選手に任せ“ノートを持ってに気づいたことをメモする”ことに徹したのです。

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「今日は、何も言わないから、思うようにやってほしい!」

 

それだけ言うと後はグラウンドの隅へ行きノートとペンだけ用意し、子どもたちを観察しました。

 

もちろん、子どもたちは非常に困惑した表情を浮かべています。

しかし、核となる数名が意図に気づき始め、

「じゃあ、今日は俺がレフリーをやるよ!笛を貸してくれ!」

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そう言うと、チームを決めたり、試合の方法を話し合い、調子よく練習がスタートしました。

自分は何の感情も雰囲気も醸し出さず、“空気”のようになることを心がけました。通りがかりのフォーム4の生徒が隣に座ったので、その子と楽しく雑談しながら、試合に関心がないように見せながら、横目で見るような感じで・・・

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徐々に子どもたちの“心のストッパー”が外れ始めます。

 

最初は、レフリーに従っていた子どもたちは、文句を言い始めます。

 

誰かがこけたり、変なところにボールが当たると、バカにした笑いが起こります。

 

ゴールが決まったか外れたかでもめるため時間がかかります。

 

もちろん面倒だからトレーニングはしません。

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最後は、同点だったからという理由でPK合戦が始まり、全員がその様子を周りで見てはやし立てたり、文句を言ったり、座り込んでゲラゲラ笑ったりしています。

 

挙句の果てにはPKを外した生徒を責めたりしながら、チーム同士の乱闘が始まりました。(乱闘と言っても、小さいころから関わり合い、いつも一緒に遊ぶ仲間なので、限度はちゃんと分かっています。そこはえらい・・・)

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いずれにしても、部活動(スポーツ)とは何かが違う。

「顧問が見ていない時に練習する子どもたちが、顧問がいるときの8割で練習ができたら完璧だ。」

と言っていた大先輩がいらっしゃいます。

 

この地の子どもたちには“厳しい目”で見られているという感覚が必要だと思いました。

「やっぱり、ちゃんとしたレフリーが必要だ」

と言ってきた選手もいます。

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そして、行動が習慣へと変化してく時間が日本のそれよりも大分長いように感じます。一度も体育授業を受けたことがない子どもたち。ほとんどの時間を遊びに費やし、自分たちの基準や感覚で欲求に任せて行動する習慣が染みついているということ。

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また、滅私奉公の精神と言われるように、日本人の勤勉で献身的な文化の基盤に積み上げられる、粘り強さや、努力する精神は、ソロモンの基盤で積み上げていくのとは全く違うように感じます。

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部活動は目的を持った活動であるべきです。

この地に、なぜ部活動を導入したのかをもう一度考え直していく必要があります。

子どもたちの中に入り、楽しんでやり、“仲良く交流した”で終わっても少しは意味はあるかもしれませんが、かなり不十分の不完全燃焼で終わってしまいます。

 

目的・・・「地域を元気づけられる存在になる」

それは、ソロモンが、そしてこの地が困難にぶち当たった時や人々が苦しんでいるときに、励ませる存在、活気づけられる存在、負けずに挑戦していける存在、家族を守っていける存在、正しい方向へ村を導いていける存在・・・

 

そんなことを、違った角度から改めて考えさせられた一日でした。

 

「見えない世界を見ようとしているうちに、見えているはずの世界を見失ってしまうの。世界の進化なんかより、見えてるものをちゃんと見る方が、本当はむつかしいだよ。」(永い言い訳:西川美和著)


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『マンゴー』のシーズンも終わりを告げようとしています。

沢山のマンゴーが23週間、マルーに活気を与えてくれました。

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マンゴーは、マルーの地にとって特別な果物のようです。

昔、オーストラリアから種がやってきたのだとみんな話しています。

なぜ、この地でマンゴーが有名な理由は、ソロモンの他の地で採れるマンゴーよりも、ものすごく甘味があるからだPB020019
そうです。なぜ、甘みがあるのかは聞いても分かりませんでしたが。

 

その証拠として、他の地域からもマンゴーを収穫しようと、親せきや知り合いが訪れているのを見ます。こんな人マルーにいたっけ、と思う人はほとんどマンゴーのために集まった人たちでした。

 

マルーのマンゴーはソロモンの少し大きな町で沢山売られます。

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では、一つ
2ドル(30円)程ですが、他の町では5ドルほどで売れるそうです。

 

マンゴーシーズンに授業を行うと、教室に入ってくる子どもたちの手には、筆記用具ではなく、マンゴが大事に握りしめられています。
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そして、授業を始める前にまず一つかぶりつく者もいます。

家で採れたマンゴーを袋に詰めて私に持って来てくれた子どもたちも沢山いました。
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それに、すぐに自分もかぶりつかせていただいています。ありがとう。

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休み時間になると、学校の隣のマンゴーの木に生徒たちが競走で登り、次の授業の時間ぎりぎりまで、マンゴーを落とし合い、それらを拾ってみんなで分け合いながらエネルギーを補給しています。

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町で行きかう人々はみんなマンゴーにかぶりつきながら歩きます。

連日40度を超える猛暑の中、村の人々の水分補給はマンゴーから行っていると考えても大丈夫でしょう。

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日本の大きな都市ではこんな光景は絶対に見られなくなっているのではないでしょうか。

田舎の方へ行けば、まだ、柿を採って休憩に食べたり、収穫時期に形の悪い果物や野菜にかぶりつく姿が見られるかもしれませんね。

 

自分も、実家が田舎なので、子どもの頃、木に登って柿やイチジクを自分で採って沢山食べていた記憶があります。(サルとの競争です)

 

☆マンゴー

植物界、

被子植物門、

双子葉植物綱

ムクロジ目

ウルシ科

マンゴー属

マンゴー

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マンゴー栽培は古く、紀元前のインドで始まっており、仏教では、聖なる樹とされ、ヒンドゥー教では、マンゴーは万物を支配する神「プラジャーパティ」の化身とされている。

 

世界最大のマンゴー生産国はインドである。4000年以上前から栽培され現在は500以上の品種が栽培されている。日本では、沖縄、宮崎、鹿児島、和歌山、熊本で主に栽培されている。

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マンゴーの木は常緑高木で、樹高は40メートル以上に達する。開花と結実時期は地域によって差がある。開花後に強烈な異臭を放ち、それにより引き寄せられるハエにより受粉を行う。マンゴーの原産地の熱帯地域は、ミツバチにとって気温が高すぎるため、マンゴーは受粉昆虫としてハエを選んだと考えられている。(Wikipedaより)

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とても面白いです。

確かに、熱帯地方でのハエの厚かましさと、貪欲さは熱帯一生命力があるとってもいいかもしれません。

世界で一番嗅覚が鋭いのは?と聞かれたら、犬でもなく、熊でもなく、“ハエ”を挙げるでしょう。

足をすりむいたり、虫に刺された痕をそのままにしておくと、どこからともなくハエたちが追いかけてくるのが分かります。

マンゴは、そんなハエを利用したのです。すごい・・・

 

 

印象的だったのが、マンゴーを収穫している現場の横をたまたま通りかかると、必ずと言っていいほど、

「食べていきなよ!」

23個持って帰る?」

「おいしいよ!ユウスケも食べる?」

と尋ねてくれることです。

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当たり前だけど忘れていたこと、人を喜ばせる方法を学ばせていただいています。


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