2007年05月05日

お手伝いさんの想い出 最終回(タイのお手伝いさん)

お手伝いさんの想い出(パンツや水を盗む人)
お手伝いさんの想い出供蔽遒筌優坤澆鯊犲してくれる人)
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時は流れ、私はバンコクにやってきました。
我が家は前任者の奥様から一人のお手伝いさんを引き継ぎました。タイの日本人社会ではお手伝いさんのことをアヤさんといいます。因みにインドで「アヤ」とは子守をするお手伝いさんのことです。

バンコクではご存知の通り、和洋中関わらず立派なレストランが沢山あるので、自宅接待の必要はありません。また世界の食材が豊富なので献立にさほど苦労しません。したがって和食にそれほど餓える事もありません。スーパーで買い物が出来るので明瞭会計です。したがってずっとここで生活をするタイ人の知恵を借りなくても、それなりに生活は出来ます。

以上の理由で我が家は、調理をするお手伝いを頼みませんでした。この引き継いだアヤさんには、週3回来てもらって、掃除、洗濯、アイロンがけを中心に手伝ってもらいました。洗濯時、コットン、ウール、シルク、色物の洗い別けはよく間違えましたが、十分助かっていました。また、基本的にタイのお手伝いさんは物覚えがよく、優しいと思います。いろんな国で様々なキャラクターのお手伝いさんがいて、雇う側の悩みもそれぞれだと思いますが、タイのお手伝いさんに対する不満は他の国に比べ、少ないのではないかと思います。

しかし、一度だけ私は、彼女が我が家の浄水器の水を彼女のペットボトルに入れているのを見たので、それは厳しく注意しました。インド滞在中は、ミネラルウオーターを使用人に目の前で持っていかれても、何もいえなかった私も随分変わったものです。

浄水器は冷たい水も出るので、よっぽど飲みたかったのかもしれません。たとえ茶碗を割られても、洗濯の洗い別けを失敗しても、ミスや、それが本人の能力だとして諦める事は出来ましたが、どうしても私の許可していないことが、我が家でされることは気に入らなく、
「たかが水の事で」とか、
「暑い国だから仕方がない」
とは思えないのです。
これが私のこだわりです。

ただ、プライベートな空間で他人に働いてもらうので、雇う側は何をして欲しいか、何をされたくないかをはっきりと自覚し、それを表す事が大切なように思います。特に、されたくない事を自覚し、意思表示するのは、日本人には大変ですが、それは無駄なトラブルを前もって防ぐためです。またあえて彼女とは立ち入った話をしないようにしていました。私はどうも誰の言う事に、深く感じ入ってしまうところがあるので、自身のメンタリティを守るために、その方がよいと思ったからです。幸い彼女の仕事は週3日の午前中で、インドのように毎日顔をあわせていないですんだので、ドライに接する事が出来たとおもいます。

飲み水の件が一回あっただけで、他の事は特に問題なく過ぎていきましたが、どうも私がバンコクに不在のときに限って、無断欠勤をするらしいのです。
「オクサン不在時の手抜き」
は、よくあることなのですが、良人はその無断欠勤をとくに重く見て、3回続いたら辞めてもらう事を通告していました。

果たしてその3回目は彼女が我が家に勤めるようになって10ヶ月も経たない、やっぱり私の不在中にやってきました。良人が3回目である事を、簡単な文面で伝えると、彼女はその紙をもっていったまま、二度と我が家に来なくなりました。

私が驚いたのは彼女が辞めたことよりも、その月の給料日前にもかかわらず来なくなった事です。彼女はその後もお給料をもらいに来ませんでしたから、一ヶ月ただ働きをしたのです。インドで散々、「貧困の悲惨」や、「物やお金への執着」を見てきた私はびっくり。いや、お金持ちの国日本といえども、給料一ヶ月をもらう事簡単に諦められる人は少ないと思います。タイ人の彼女にははお釈迦様の「執着するな」という教えがもともと備わっていたのかナ。
冗談です。

彼女は我が家以外に、もう一軒アヤの仕事の掛け持ちをしていましたが、失踪する数ヶ月前に、やはりそのもう一軒の家に「必要ない」という理由で辞めさせられていました。その家でどんな問題があったのかは知りません。しかし彼女は我が家の前任者のもう一代前の家族には、ものすごく評判が良かったのです。

しかし私は、もう
「自分が不在をしていたからいけないのだ」とか、
「私は人を使う事が出来ない人間」とか
「人気のあったお手伝いさんを辞めさせてしまった」
などという、反省をする気持ちはありませんでした。それはインド時代に、哀れな4代目クンを見てきたからでしょうか。
「人は時間や状況で変わるものなのだろう。
それも運命。ナンマイダー」
程度の感慨しかありませんでした。

私がバンコクに戻ってきてすぐ、彼女が来なくなった事は皮肉で
「さて、コマッタ」
と思ったのも事実ですが、コンドミニアムのレセプションの紹介で、次のアヤさんはすぐに見つかったのでよかったです。

シングルマザーでもある新しいアヤさんその後2年以上働いてくれる事となります。今回も私は彼女とあまり立ち入った話をしないようにしていましたが、それでも、クーデター騒ぎやその前のデモ騒ぎのときは、
「今日はあの地区でデモが行われるから危険」
「この地区なら買い物は大丈夫」
などという情報を、大使館のホームページよりも早く教えてくれました。

彼女は良人の信頼を得ていました。前のアヤさんは、彼女が決定した時間にもかかわらず、仕事にやってくる時間は必ず1時間以上遅れてきました。私はそれがタイ人にとって普通の事だと思っていましたが、新しいアヤさんは毎日始業時間には、既に仕事をしていました。そういえばギタさんもそうだったな。

始業時間前に仕事を始めている人は、どんな仕事でも、また誰からも、大きな信頼を得られるのかもしれませんね。

バンコクは主婦が暮らすには「天国」とも「極楽」とも言われるのですが、私はこのアヤさんのおかげで、ようやく優雅なマダム生活をおくれるようになりました。

彼女の名前をニーさんといいます。


お手伝いさんの想い出・おしまい

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1. アルピナ水  [ アルピナ水 ]   2007年05月07日 14:05
こんにちは。始めまして(^^)私もブログやっていまして、ちょうど関連の話題だったのでTBしました。私のは、はじめたばかりで、まだまだですが(^^;)私のブログの記事に紹介させて頂きました☆よければ私のブログにもTBもよろしくお願いします♪

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