YukettaのC型肝炎治療記

2014年シメプレビル(ソブリアード)を使った3剤併用療法を始めますが、無効の為、やむなく中止。2015年ギリアド・サイエンシズ社のハーボニー配合錠で治療し2016年6月14日に主治医から著効の言葉を頂きました。今は全ての患者さんが治って、いつか高らかに発せられる「C型肝炎ウイルス撲滅完了宣言の日」に世界中の元患者さん、その家族、そして、お医者さんをはじめとする医療従事者のみなさんと、同時刻に乾杯するのが夢です。

また会う日まで*\(^o^)/*

引っ越しがすみ、新しい土地での4年ぶりの良人との生活が始まりました。
二人ともワガママなので大げんかもしますが、やっぱり判断、決断を家族に気軽に相談してから出来るって、ありがたいです。

ここのところのトラブルは、慣れていない家で、夜中にお手洗いに起きた時に、
寝ぼけてドアにガツンと頭をぶつけたくらい(痛かった〜〜!)で、
とても元気です。

さて、2013年に薬の名前を覚える為に細々とはじめた当ブログですが、
患者の目線での治療の状況・情報発信という役目は終わったように思います。
役目などと書いてしまいましたが、私は優しい柔らかいみなさんのコメントを通じて教わるばかりで、大した事は出来ませんでした。でもブログを書いたおかげで、多くの方と、かけがえのないお友達になれるというプレゼントがついてきました。本当に楽しく嬉しかったです。

みなさん、ありがとう!

また何処かで
きっと、元気に元気に
お会いしましょう。






暁は夜を分かつと信じて……Yuketta





PS.
新天地でのブログを始めました。もしお時間がありましたら、遊びに来てくださいネ。
喜望の暁

IMG_9454



川西先生東京講演・オフ会

去る9月15日、川西先生の講演会のオフ会に参加しました。
本当は、講演会に行くべきなのでしょうが、出国前準備と法事を控えてバタバタで、オフ会も大遅刻でした(^^)。

しかし、先生や集まった皆さんのお顔を拝見し、粋な方々の思いを感じ、また、こちらが勝手に心配していた方のお人柄に触れ、心があたたかくなり、
「来て良かった〜〜!!!!」
と、思いました。

先生の講演会には特色があります。それは先生のお歌と、講演の前後に設けてくださる、あの交流会にあると私は思います。初めて参加した時、先生の専門的ではあるが、わかりやすい講演のあと、机を口の字に並べて、その周りに座り、一人一人自己紹介していきました。
公の場での自己紹介って、普通はあまり個人的な事は話さないものですが、ここでは極めて内面的な自己紹介となり、輪になって耳を傾ける人々は、それに共感し、自分の番になると、やっぱり胸襟を開いて語る事になり、それが更なる共感を呼び、そして無機質な講演会場のお部屋が、切なくも温かいものにつつまれるのです。
このように醸し出された空間で、初めて出会う人々は、仲間となり、すでにブロガー同士で繋がっていた仲間はいっそう友情を深める事になります。
私も先生の活動を通じて、一生のお友だちに出会えました。ですから先生と、この講演会を初めに立ち上げ、様々な尽力を続けていらした方々に本当に感謝しています。ありがとうございました!

この一年は
「私、絶対病気になる!」
と思うくらい、予定が立て込んでいたのですが、とても元気です。
病気だったのはウィルスを持っていた時だったのでした。
 
治療中、川西先生が彼方此方で、またこのブログにも
心とからだ褒めまくっていってくださいねえ。」
と柔らかくアドバイスして下さいました。しかし今、その意味を当時はわかっていなかったと思います。それは、熱を測って数字を見るまでずっと発熱を認めない心境や、物事が深刻であるほど問題の核を回避し、夢見る心境と似ていて、ウィルスを持っていても自分は病気と言う自覚がなく、病気と認めたく、体は黙って耐えている事をみていなかったのです。

肝炎が治ってやっと、その深い意味がわかり
「キツイなあ」
と感じていた日々も、自身を奮い立たせて頑張っていた過去の自分を褒めまくりたいと、今は心から思えます。


肝炎治してお仲間さんと生牡蠣でカンパイ。二次会の出来事です。
BF610532-57D0-4D16-BEA8-1237BD2AC8F1
 またまた夢が1つ叶いました*\(^o^)/*。

咳の原因

実は私、慢性上咽頭炎でした。声の調子がイマイチで、身体は元気なのに、おかしいなあ…でも年齢のせいかなあ…と、モヤモヤ思っていたのです。
6月の本番の準備をしている時に、凄く努力しているのに(自分で言うのも何なんですが^ ^)なにかがおかしく、
「これは絶対変!」
と確信し、都内のボイスクリニックを訪ねました。そして検査の結果、慢性上咽頭炎とわかりました。

先生が仰るには、咽頭の上部分がいつも腫れているのだそうです。先生のPC画面には、私の腫れた咽頭部分があり、そこに、水滴がいくつもありました。これが寝ている間に、喉の下に降りてきて、痰になるそうです。
そして、
「咽頭部分が腫れているので、声の響きを出すのにずっと苦労されていたはずです。」
と、言われ、思わず落涙。そうなんです。ずっと、ずっと頑張って頑張っても、思い通りにいかず、苦しい思いをしていたのです。
治療は4ヶ月、あるいはそれ以上つづき、そして痛いです。しかし、様々な検査や、初めてその痛い治療をするとき、先生が私の肩あたりに触れ、「ごめんなさいね」と言いながら、処置してくださったのも感激でした。ハーボニー治療中、気管支炎になった時、駆け込んだ耳鼻科の先生が触れる以前に、一切の処置をせず、吸入さえさせてもらえなかった負の記憶もこれで帳消しです。
痰が絡みがち、咳がでやすくなったのを初めて感じたのは、ソブリアード6週目からhttp://blog.livedoor.jp/ynsn6/archives/5069410.htmlですが、その治療が原因で、この慢性上咽頭炎になったかどうか、それはわかりません。
しかし、解決方法が見つかってよかったし、肝炎治療をしたことを後悔はしていません。何故なら、今の身体自体はとても元気で、問題を解決していける自身の気力と胆力を信じられるからです。

先日、やっと義母の納骨ができました。
お天気に恵まれてよかった♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪

私の拠点病院

駐在に帯同をしますが、実は奥さんというものは、行き先で自分の席を作っていかなくてはいけないのです。ご主人や、お子さんは転勤先に会社のポストや学校が(手続きは必要だけど)、定年するまで、あるいは義務教育が終了するまで準備されているけど、奥さんは自分でソーシャルの中に入り、その中のポストを見つけたり、作ったりするのです。私もその仕組みにようやく慣れ(遅すぎますが)、駐在のあとのこと…帰国してからの事も考えられるようになりました。

その1つが、肝臓ケアです。
残念ながら、肝がんのリスクはウイルスを一度も持ったことのない人よりも高いと、どの肝臓専門の先生方も仰います。むやみに恐れることはないけど、年に2回の検査が必要です。
10年前のこと、私は前回の帯同の帰国後、流産の事もあり、やさぐれていたので、ウイルスを持っているにも関わらず、ずっと血液検査をサボっていました。その事を反省し、今回は帰国後、どこの土地に転勤になってもサクッとケアができるように、「私にとっての拠点病院」を作ることにしました。

色々考えたのですが、Tに在る、T病院にしました。
一番の理由は、大好きなバレエの先生が、主治医の先生がすっごく素敵だからと、強く勧めてくださったからです。
二番めの理由は、肝臓だけでなく、健康診断などを総合的にケアできる病院にしようと思ったからです。T病院のドックでは、胃の検査は世界一不味い飲み物の「バリウム」検査ではなく、内視鏡である事も決め手になりました。
三番目の理由は、交通の便が良い事です。これは自分への戒めなのですが、
「帰国初日に予約をとって、到着後即検査に行くぐらいの気合いがないといけない、そのためにもフットワーク軽くいける病院にしよう!。」
と考えました。(あの辺りは大都会だから、検査後は美味し〜いものが食べたいナ)

そして8月某日、前の先生が書いてくださった紹介状を持って、T病院へ行ってまいりました。
バレエの先生が紹介して下さった先生は女性で、その醸し出す優しさとハンサムな雰囲気に一目惚れ。私の事情もニコニコしなかがら耳を傾けて下いました。できればずっとこの先生にお世話になりたいけど、もし夫の仕事の事情で、何処に行く事になっても、ここから発進していけば大丈夫、と思えました。
問診中、検査をするかどうかを、先生と私で紹介状に書かれた数値を見ながら一瞬考え、やっぱり新たにする事にしました。その中にはフィブロスキャンの検査も入っていました。
三週間後、先生の元を訪れた時、血液検査の結果は正常値だったのですが、フィブロスキャンの結果が、4.2と言われました。
と、言うことは…?!!?
正常値ではないですか!!!!!
こちらがakioさんの記事で、フィブロスキャンの数字の見方が載っているものです。
https://blogs.yahoo.co.jp/akiokiokio1962/27359459.html#27359459

因みに、ハーボニ前の数値は6でした。この1年くらい、疲れてほぼ毎晩ばたんきゅ〜の生活だったのに、ウイルスを消すって物凄いことですね。早期発見、早期治療の大切さを身をもって感じています。

 

A型肝炎の予防接種

8月某日、A型肝炎の予防接種をしました。今回は渡航前の予防接種をホームページでも謳っている病院、品川イーストクリニックに行きました。

この病院で初めて知ったのですが、A、B肝炎の予防接種は、国産と輸入のワクチンがあるのですね。
説明を読むと…

国産
IMG_8906


輸入

IMG_8907
国産を接種して渡航国に日本国産のワクチンがなければ、それを接種するために帰国して…とかややこしい事になってしまいます。だから私は輸入でいきたいなと思いました。

しかし、クリニックの先生がおっしゃるには、どちらを選ぶのも自由だけど、国が認めていない輸入ワクチンは、なんと万が一の時に、保障してもらえないのだそうです。
「免疫状態が長く、従って回数も少ない、患者にとってメリットだらけのこの輸入ワクチンを、なぜ国は認めないのかしら。世界で広く流通し、効果を得てワクチンが日本で認められないのはなぜ?国は一体誰を守っているの?」
これは私の心の声。しかし、目の前にいらっしゃるお医者さまの立場もよくわかります。
 そこでお医者さまに
「万が一の事が起きても治療はしてもらえるのですよね」
と、尋ねました。すると、
「保険で治療できます」とのこと。
その言葉を聞き、輸入ワクチン接種に即決。
国の決断を待つ前に、民間で阿吽で工夫。民間は鍛えられますナ。
2度目は海外で接種する事になりますが、海外では、日本国産A型肝炎ワクチンは存在しないそうです。

2014年の肝炎デーフォーラムので、「こんなことをしたら世界に恥ずかしい」という言葉を 聞いたのを記憶していますが、守られるものは何よりもまず民であってほしいと、願うばかりです。

品川イーストクリニックは、とても効率的なクリニックで、筋肉注射はさほど痛くなく(工夫されているのだそうです)、接種後のケアも親切です。また、渡航用のお薬セットの処方もあり、それは可愛い袋に入れてくれます。また、WHOの国際ワクチン手帳もくださいました。これとともに、私はワクチンのケアしていく事になります。医療は世界と繋がっているのですね。

 

肝炎デーフォーラム/2017

去る7月30日
肝炎デーフォーラムへ行ってきました。
2014年6月に、にシメプレビルが効かなかった時、翌7月にこのフォーラムに参加し、講演を聞いたおかげで、飲み薬のみの2つの治療法の立ち位置が理解できたのでした。それが後のハーボニー治療につながります。

渡航前にスケジュールが合ったのも、きっと何かの縁だと思い、感慨深い思いで出かけました。いつも思うのですが、肝炎の講演はどの先生も本当にわかりやすいお話をしてくださいますね。この日の考藤先生のお話もとてもわかりやすかったです。そして、会を企画するだけでなく、そうした数ある優秀な先生方から毎年一人を選択し、依頼し、会を成功させてきた友の会の活躍を、本当にありがたいと、思いました。

終わってから、お仲間さんとオープンスペースで、お食事をしました。風が気持ちよかったです。
そのお食事の中のヒット、ツナとタクアンのポテサラ。
IMG_8080
 
こうした面白いお皿を頂くと、真似して作りたいモードがウズウズしちゃうんです。そして、作っちゃいました。
題して
「ツナといぶりがっこの飲み友ポテサラ」
  

黄色いタクアンのの変わりに、いぶりがっこを使ってみました。スモーキーな香りがしますが、とっても「和」なポテサラになりましたヨ。これを作って、ポテサラってお漬け物を使っても美味しいのだと、再認識。刻みすぐきや、しば漬け、あるいは山形の晩菊も、オトナ味のポテサラになるなぁと、あれこれ想像し、いっそう作りたいウズウズがましてきました。

オールAでした(≧∀≦)

怒涛の日々を送っていたので、すっかり更新が空いてしましました。
とても元気に過ごしています。 そしてこの間
「うううっ、書きたい!書き残したい!」
と思う出来事が色々あったので、チョコチョコになりますが、綴っていきますね。

まずは7月初旬、渡航前の健康診断があったのです。
そして、その結果がオールAだったのです!!!!

肝機能もA。   
この頃も夕食中居眠りし、そのまま朝みたいな日もあり、やる事が多すぎて、毎晩ヘロヘロで絶対体力落ちているだろうなあと思っていたのですが…肝炎が治るってもの凄い事ですね〜〜。
またきっと、産業医の先生が、いろんな申請をする時にトラブルにならないように(私に説明する英語力は無いし^^;)、気を使ってくださったのだと思いますが、オールAなんて、二十代の頃みたいな成績ですっごく嬉しかったのです。
それに、このオールA表の英語版と、「C肝が治っていること、でも年に2回の画像診断と、血液検査を受ける事」を英語で書いたものをくださいました。
元C型肝炎の患者は、世界中の良識あるお医者さまに守られているのだなあと思ったら、さらに嬉しくなりました。

本当にありがたい。
でも、これは世界中のC肝の先輩とそのご家族の涙があったからだと思います。
だから、
「大引っ越しは、ちょっと大変だけど元気にニコニコ・バリバリ頑張ろう!」
と、強く思ったのでした。


 

主治医とニコニコお別れ

昨日は、半年に一度の診察でした。
先生のPC画面の数値は、じんわり腫瘍マーカーとPLTの数字が良くなっていました。 
肝炎が治ると肥りやすくなるとのことで、その後先生と2人で画面の中性脂肪や、コレステロールの数字を追いましたが、私がそこを見つけるより早く……というか、瞬発で先生がその項目を見、
「合格です。」 
と、おっしゃいました。
 昔から私はHDLがLDLより高く、大抵Hがつくのですが、ハーボニー治療中はHDLに常についていたHがなくなり、善・悪玉値が逆転しました。しかし、今は治療前と同じようにLDLが下がりHDLにHがつくようになりました(美味しいものを食べ過ぎたかナ) 。しかし、これは総コルステロールが正常なので、気にしなくていいそうです。

それから、今年の9月に 大引っ越しをするので、先生に紹介状の作成をお願いしました。英文と日本語を一通づつです。先生は気持ち良く引き受けて下さいました。受け取りは1ヶ月後です。 
と言う事で、今回の診察で、主治医とはお別れなのです。そこで改めて、お別れのごあいさつをしました。
先生は若くて、初めてお目にかかった時は、ちょっと頼りなげな(先生ゴメンなさい≧∇≦)、雰囲気でしたが、待合で座っていると、いつも先生の「アハハハ」という笑い声が聞こえて来くる、気さくな方でした。当時私はやさぐれていて、自暴自棄になっており、肝炎の血液検査もずっとサボっていました。しかし、初めの問診で、毎日お酒を呑んでいた事を正直に伝えても叱られなかったので、かえって真面目に検査していこうと言う気になり、それからは先生に指定された日に定期的に通い、そして治療に繋がりました。だからこの優しいイケメン先生のもとで、肝炎が治せて、本当に良かったです。
先生は、
「また何かあったらいつでもいらして下さい。」
とおっしゃいました。
うううううっ、泣きそう!でも、泣かないっ!
頬骨上げて、ニコニコもう一度お礼を言って診察室をあとにしました。

私の心の記憶の「優しいお医者さんの部屋 」には、
◯子供だった私の仮病に、診察し、黄色い甘いのみくすりを出してくれた先生。
◯C型肝炎感染が分かった時「Yukettaちゃんが50歳か60歳になる頃にはいい薬ができているよ。」と言ってくれた先生。
◯腺がんの疑いと書かれた画像診断書と私を見ながら「こんなイケズなこと書かんでもなあ…」と、言ってくれた先生。
がいるのですが、あらたに「肝炎が治ったYukettaさんが見たいです」とおっしゃってここまでケアして下さった主治医が加わりました。 

おさかな先生、これまでありがとう! 



最近の私の流行り。お刺身のナッツ和えサラダ。
 
彼の国でピーナッツを使ったドレッシングを習ったのですが、これがお刺身と合わせても美味しいのです。野菜もいっしょにモリモリ食べられます。
◉レシピ
写真は、白身のお魚ですが、今旬の鰹と合わせても、美味しいんですヨ。



ピーナッツソースの基本は、
ピーナッツ+お好きな魚醤+レモン等お好きな柑橘+お好きな油を合わせて、フードプロセッサーでウィーン。
◉レシピ
彼の国では、ピーナッツの袋ごと、あたり棒でバンバン砕いて、サラダドレッシングにする方もいました。抗酸化作用のあるナッツを効果的に食べる方法だなぁと、感心し、何より美味しいので、マイブームとなりました。

プリズムレンズは順調です


お久ぶりです。
その後の目の状況です。
前にも書きましたが、ハーボニー治療前とくらべ、明らかに視力が落ち、斜位という状態になりました。これは私の主観だけではなく、健康診断の時の、コンタクトレンズ装着時の判定にもあらわれています。
IMG_5427
表に
「今回」となっているのが2016年。
「前回」が、ハーボニ治療中の2015年11月。
「前々回」が、ハーボニを待ちわびていた2014年秋です。
ハーボニ治療を境に判定が二段階下がりました。ハーボニのせいかどうかはわかりませんが、一応事実を記録として残しておこうと思います。

その斜位の対処であるプリズムレンズの使い具合ですが、なかなか良いです。私はこのプリズムレンズを運転時と、映画を見るときに使っています。またレンズを作る時に、3Dの見え方もチェックしたのですが、3Dの映画もうんと価値を感じる事が出来るようになりました。
またプリズムレンズを使うまでは気がつかなかったのですが、近頃はポスターや、本の装丁など、結構色んなところでデザインが3Dになっているんですね〜。そうした事もわかるようになって良かったです。
これから運転時にサングラスが欲しくなる季節になりますが、コンタクトレンズ使用時に、新たにプリズムレンズの入った眼鏡の使用、いわゆるコンタクトとプリズムレンズの同時使用も可能だと説明を受けたので、ひとつひとつ準備していこうと思います。
これも老い支度ですネ。

視力は悪くなりましたが、内臓は消化力がアップし、すごく元気になったのを感じています。二十代の頃、よくお腹を壊して内科にかかりました。その折「膵臓の働きが弱いから、卵と油ものを控えるように」というアドバイスをお医者さんから受けました。しかし、肝炎が治ってからは、卵を食べてもお腹をこわさなくなりましたし、ああ、美味しいなあと、しみじみ思います。滋養のあるものを美味しく食べられるって、幸せですね〜。
油ものは、流石にギトギトの油そばとかは無理です^^;。しかし、一人前のトンカツくらいなら、
「美味しいなあ…」
と心から味わいながら頂けて、さらに、食後も胃がもたれるという事が無くなりました。


私の最近流行。厚焼き卵サンド。
image
私の母の作る卵サンドは、厚焼き卵だったのです。
子供の頃は、友人たちのお弁当の、茹で卵をマヨネーズで和えた卵サンドが、都会的にみえて、母の作る卵サンドがいかにも野暮ったく思えて恥ずかしかったのでした。しかし最近、厚焼き卵サンドが売られているのをよく見るので、私の郷愁に火がつきました。

作ってみたら、厚焼き卵だと、卵焼きをアツアツのうちにパンにはさむので、パンにぬっていたバターが熱で溶け出して、半熟卵とパンが仲良しになって、とろりん……美味しいものですね〜〜。
子供の頃は価値がわからなかったナ。ああ、謝りたい時に、親はいないものですね。

パンにぬるのは、バターだけでなく、マスタード、粒マスタード、和辛子、ケチャップ、マヨネーズ、トリュフソース…
なんでも美味しいです。
image

そういえば、母の卵焼きは甘かったです。子供用にお砂糖を入れてくれていたのですね。




厚焼き卵サンドの作り方の動画を貼っておきまーす。
フライパンでの作り方の動画
 


土井善晴さんの、懐かしの卵サンド

 

大腸内視鏡検査奮闘記(4) 検査

検査室に入るまで
午後12時30分ごろ。
この日の前処置が一番早く終わった私から検査を受ける事になり、更衣室に行きました。ポリープがあったり、複雑な事になっていなければ、お昼過ぎには帰れそうです。
「鎮痛剤も切れて仕舞えば、夜はビールが飲めるかな、そうでありますように…。」
と願いながら検査着に着替え、別の処置室で、痛み止めのための注射針を右手に入れてもらいました。検査の便宜上右手でなくてはいけないそうです。私は右手の血管が出にくく、看護師さんが難儀をする事があるのですが、この日は一発OK。こうした1つ1つの事が安心、リラックスに繋がります。
その後、検査室の前で同じ検査を受ける女性と、おしゃべりしながら待っていると、私の名前が呼ばれました。

検査室で
まず看護師さんと名前と、生年月日の確認。その後同じ看護師さんに、腸に空気が入ること、鎮痛剤は完全に意識がなくなるものではなくちょっとウトウトとした状態になるが、眠らないで、検査に協力をするように言われました。
協力とは
⑴自身で身体を仰向けにしたり、横向きになったり、指示された姿勢になる事。
⑵リラックスすること。
⑶鼻からゆっくり息を吸い、口からゆっくり息を吐くこと。
と理解しました。

鎮痛剤が入り、検査室のベッドに横になると、この日検査をしてくださる先生がやってきて、マスク越しに私に挨拶をし、これから検査が始まる旨を伝えられました。私も挨拶し(寝ながら)
「よろしくお願いします。」
と言いました。先生の口調が明るく優しくてホッとしました。
看護師さんは、先生を補助する方と、私に声かけをし私のお腹をさする方と二人。
その声かけをする看護師さんが言われる事に従い、ゆっくり息を吐き目を閉じたところで検査は始まりました。私はお腹をさする、この看護師さんの動きに合わせて、ゆっくり息を吐いて、吸って…を繰り返しました。

以前筋腫があった時、いくつもあるうちのそれらの1つが腸の壁にくっつく形であり、毎月毎月マックスの量の座薬も効かない辛い痛みと付き合った経験がありました。だから、腸の痛みは侮れないと、検査用の鎮痛剤を使用しても、ある程度の検査の苦痛はあるだろうと、覚悟していました。
しかし、先生の技術のおかげか、鎮痛剤のおかげか、看護師さんのお腹のマッサージのおかげか、はたまたアドバイスされた呼吸のおかげか、検査はそれほど辛くはありませんでした。
数分後、検査が始まった時から
「大丈夫ですか?」
と、声かけしてくださる看護師さんが、
「余裕があったら画面を見てもいいですよ。」
と仰ったので、私はそっと目を開けて画面を見ました。
おお、映っているのは、よく医療関係番組で見る、まさしく腸です。
しかし、そこは物ではなく、息づいいていて
「ああ私は生きているんだなあ…。」
思ったらチョット感激してしまいました。 
看護師さんが
「盲腸に来ましたよ」
と教えてくれました。どうやら、折り返し地点は過ぎたようです。
こうして、画面を眺めながら、身体を移動しながら過ごしているうちに検査は終わり、私は車椅子に乗ってカーテンでそれぞれが仕切られたベッド近くまで連れていかれました。
眠ってしまうほどではないので、そのまま座っていたら、検査をしてくださった先生がやってきてマスクを外し、二枚の紙を下さいました。先生が仰るには、腸には異常はなく治療をするものは何もないそうです。その紙には先生の所見と私の画像がプリントアウトされていました。
私は
「ああ、良かった〜!」
と言い、先生にお礼を言いました。
その後15分ほど座り、問題がなかったので帰宅を許されました。
その折に看護師さんに、
⑴今日は何を食べてもよい事、
⑵そしてお腹に空気が入っていてそれが痛みになるが、出来るだけ動いた方が早く排出される
というアドバイスをいただきました。

会計をすませて時間を見ると、午後1時36分。
費用は4890円。
検査は、全てがきちんとシステム化されていて、携わる人々の「プロ感」が素晴らしかったです。人件費、機械、今受けてきた専門医師や看護師の技術のことを思い浮かべると、日本ってすごい国だなあと改めて思いました。
因みに検査着にに着替えてから、検査を受け、再び更衣室に入るまで、私は一度も医療関係者以外の男性に会いませんでした。腸の働きってメンタルな部分が作用するから、こうした事も本当にありがたいシステムだと思いました。

帰宅
帰宅途中、徒歩にした事を後悔しました。
看護師さんに「動いた方がよい」とアドバイスを受けたので歩く事にしたのですが、腸の中で検査の時に入れた空気が動く時に鈍い痛みを感じるのです。私はまるで腰の曲がったおばあさんのようになって、そろりそろりと歩きました。徒歩15分の道のりが1時間にも感じます。いやはや、痛みは体力を奪います。買い物でもしようと考えていましたが、家に直行。帰宅後すぐに横になりました。しかしやっぱり看護師さんのアドバイスはアタリでした。30分ほどドスンと眠り、目が覚めたらとても元気になっていたのです。そして空腹感を感じました。そこで、前日にご褒美として買って冷蔵庫に入れておいたロールケーキを食べました。ケーキはうんと美味しかったです。その後元気に外出しました。


お仲間さんのお友達が、腸が綺麗になっているからシュガーレスのヨーグルトを食べるとよいとアドバイスしてくれたので、買い物に行った時にヨーグルトを買い、この日の夜はヨーグルトのサラダにしました。
IMG_2674
ヨーグルトを塩とガーリックとオリーブオイルでドレッシングにするとさっぱりサラダになるんですヨ。ああ、やっぱり野菜は美味しいですね〜。お陰で、今日まで胃腸は快調です。楽しみにしていたビールですが、この日は思ったほど進まず、身体の訴えを素直に聞く事にしました。


検査は4年ほどしなくて良いそうですが、もうやりたくないナ。しかし、4年後は更に快適に検査が受けられるようになっているとも確信しています。それから検査一週間前から検査日まで、食べ物のことばかり考えていた異常精神状態は(体重も増えた)、検査翌日からなくなり、食欲のリバウンドもなく普通に過ごしています(体重も元に戻った)。


外出時、元気になる映画を観ました。広瀬すずちゃん主演の「チア・ダン」


「どれだけ努力してもだめな事はある。それでも努力をし続けるしかない。」
を、とびきりの美少女の言葉にするところが良い。
「そうだそうだ、アホでも、オバハンでも、不細工でもやっぱり努力しなくちゃ、明日から頑張ろ〜!」と思える爽やか映画でした。

 大腸内視鏡検査奮闘記 了

メッセージ
livedoor プロフィール
最新コメント
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

にほんブログ村 病気ブログ C型肝炎へ
にほんブログ村