2006年05月19日

音楽界の未来を憂うショートショート

これは日本のそう遠くない未来における
ごく一般的な一人暮らしの社会人の暮らしのほんの一例である。



朝、目覚ましの音で起きる。
目覚ましの音に著作権料発生。

あくびと共に深呼吸をする。
空気は音を伝播し、音楽配信の媒介と言えるので、
空気を消費すると補償金発生。

窓を開けると抜けるような青空、
着替えながら思わず鼻歌を歌う。
鼻歌に著作権料発生。

新聞を取りに玄関へ出ると、
隣の家の人が玄関前でラジオ体操をしている。
ラジオ体操の曲を聴いてしまったので著作権料発生。

部屋に戻って新聞を広げる。
テレビ欄には音楽番組の紹介でいくつかの曲名が記載されている。
当然補償金発生。

裏の4コマではコボちゃんが鼻歌を歌っている。
著作権料発生。

どこかで犬の遠吠えが聞こえる。
それがたまたま何かの曲に聞こえなくもないような気がした。
著作権料発生。

時計を眺めると、もう会社へ出発の時間。
BPM=60でビートを刻む時計に著作権料発生。

出かける直前に家の電話が鳴る。
誰かが悪戯で留守録にオレンジレンジの歌を吹き込んでる。
第3者に無理やり著作権料を発生させる
今流行の著作権料発生テロだ。
急いで記録を消すが、
全ての通話記録はJASRACに転送されるので
逃れる術は無い。



時間も無いので家を出る。
最近、TOYOTAを筆頭に自動車会社が相次いで
自社の車のエンジン音やドアの開閉音などを
JASRACに登録したため、下手に車も乗れなくなってしまった。
中東問題で急騰したガソリン代の方がまだ良心的だ。

徒歩で駅に向かう。
靴音の奏でるリズムが何かの曲と被らないように
細心の注意を払って、絶えず歩幅を調整し、
ステップをなるべく不規則にしなければならない。
最近は靴音のしないクッションの入った靴が売れているらしい。
しかし、ここ数年では
『無音も音楽である』という一部の現代音楽家達の主張によって
『音さえ鳴らなければ著作権料は発生しない』という概念すら
怪しくなってきている。



さて、駅に着くとホームに人だかり。
中年男性の飛び込みがあったらしい。
どうやら事故発生時の電車の急ブレーキ音が
著作権に引っかかったらしく、
駅員が揉めに揉めている。

こりゃ遅刻確定だと悟った俺は
遅延証明書を発行してもらおうと思ったが、
今年から楽譜を記録できるあらゆる紙媒体にも補償金が課金されたため、
遅延証明書も有料になったことを思い出し、
それなら上司に殴られる方がマシ、と考え直す。



そんなわけで30分遅れで電車に乗り込む。
相変わらず首都圏のラッシュ時の電車はぎゅうぎゅう詰めだ。
どさくさに紛れて痴漢を働く輩もいる。

だが、今日の痴漢は運が悪かった。
目の前で中年のおっさんに尻を撫でられていた女性は
おっさんの腕を掴むなり「この人、痴漢です!!」と声を張り上げた。

そこに運悪くJASRACの社員が居合わせていた。
何でも女性の証言によると、おっさんの尻を撫でるリズムが
倖田來未の曲を想起させたとかで、
おっさんは後日とんでもない額の著作権料を請求されるんだとか。
よりによってa○exとは、運が悪かったな、おっさん・・・。



会社へ到着する。
先程の人身事故により遅刻した社員が思いのほか多かったため、
全員お咎めなしとなる。

今日は待ちに待った給料日。
ワクワクしながら給料の明細を受け取る。
思ったより額が少ない。
経理課に問い合わせてみると、
先日の宴会(2次会)でのカラオケ大会による著作権料や
マイク、会場などに課金された補償金が思いのほか高額で、
その日の参加者の給料から差し引かれたとのこと。
だったら歌わすなよ、課長のハゲ、デブ、HG。



その後、補償金が上乗せされたパソコンでの作業をこなし、
昼休みに同僚と社員食堂へ向かう。
音の無い食堂は人の多さにも関わらず、寂しささえ感じさせる。

カウンターで食堂のおばちゃんに今日の日替わり定食が何か尋ねる。
今日は「さんまの塩焼き」らしい。
俺の頭の中で一瞬『おさかな天国』が再生される。
危うく口ずさみそうになるが、
課金の2文字が頭を過ぎり、寸前のところで回避される。
俺はホッと胸を撫で下ろし、定食を受け取りテーブルに向かった。
途中、不規則なステップのせいで味噌汁を半分こぼしてしまった。





こうしてこの時代を生きる人々は
常に神経を張り巡らせた、
非常にストレスフルな毎日を送っている。

だが、この時の俺は気付いていなかった。
数十年前のJASRACと日本政府が結託して秘密裏に決定した法案により
全国民には出生時より頭部にICチップが埋め込まれ、
脳内で音楽を想像しただけでも
チップがそれを検知してデータをJASRACに送信することで
著作権料が発生してしまうのだ。

そしてその著作権料は税金とともにこっそり徴収され、
今やマイクロソフトはおろか、
中東の石油産出国すら上回る資金力を持つ
JASRACのお偉い方の懐に舞い込むのであった。

JASRAC会長「そろそろ人間の耳や口にも課金しますか。」



<完>



なんか星新一みたいになってしまった...。

※元ネタ...【ニュース】パソコンも私的録音補償金の対象に

yo4hide at 19:16│Comments(2)TrackBack(0)clip!妄想 

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この記事へのコメント

1. Posted by anonymous   2006年05月26日 05:29
とても面白いです。
人身事故のくだりで心配事はそこかよ、と突込み所を残しつつ
次で紙媒体まで補償範囲を広げる展開が見事だなぁ。
「PCも私的録音対象」のテーマと重なってやけにリアルで軽く引きました…。
留守録テロとか嫌だな。
「留守録テロJASRACの陰謀ですよ!」な言論は当然封殺、するまでもなく
メディアへの発信に金が掛かり過ぎて誰もやらないし
マスはスポンサーだからみたいな。いやー怖いですね。
2. Posted by 面白く読ませていただきました。   2006年05月26日 08:40
面白く読ませていただきました。15年位前だったかな?に見に行った「ROCK TO THE FUTURE」というミュージカルを思い出しました。
歌が禁じられた未来世界の話で、歌唄うと政府直属の組織がすっ飛んできて取り締まるんですが、その組織の名前が「ジェスラック」でしたw

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