2005年06月
2005年06月30日
ふたりの男とひとりの女
この映画を見て思ったのは、
自分にも多重人格の気があったりして。
ということでした。
主人公チャーリー(ジム・キャリー)は警察官。
離婚した妻との三人の子供(主人公の子供ではないのです)と暮らしています。
で、この主人公はいつもとっても人当たりがよくて穏やか。
それはとてもよい面だけれども争いごとになることを避けて、自分の怒りだとか嫉妬だとか欲望だとかを我慢して、目を背けてしまっている。
そんな主人公がとうとう我慢できなくなって表に出てきたのが別の人格ハンク。
ラストの方でチャーリーとハンクが交互に入れ替わり会話をするシーンはジム・キャリーの得意とするところですな。
レニー・ゼルヴィガーがとってもかわいいです。
で、チャーリーが争いごとを避けて負の感情を我慢してしまうところにものすごく共感をしてしまったのです。
私は嫉妬をしてもしちゃいけない、と思ってずっと隠してなんでもないふりをたくさんしてきた。
だけど我慢には限界があって、それがたまに爆発してしまうのよ。
嫉妬っていう感情だけじゃなくて日々の不満とか欲とかもためてるんだよねぇ。
である日お酒をいっぱい飲んでしまうと、それらが顔をだしてしまって困ったことになってしまうのだ。
ある意味酔った私は、この映画のハンクと同じで、私なんだけれども普段の私とは違った人格なのかもしれないなぁ。

ふたりの男とひとりの女〈特別編〉
2005年06月27日
面接官は味方
というのは(基本的に)本当だと思う。
きっかけは先日受けた地元の新聞社の面接。
面接終わった後他の受験者たちと話していたところ、全員同じ質問だったことが判明!
自己紹介→今朝の当社の新聞の一面で印象に残った記事は?
記事についての問題は、読んでないです、って言うと即終了、
答えても深くつっこまれないまま終了。
質問する時間もナシ。
一人につき面接時間5分。
なんなの、一体(怒)!?
これから一緒に働くであろう仲間を知ろう、っていう面接じゃないことは確かだよね。
採用してやるんだよ、こっちは忙しい時間割いてるんだよ、(もしかしたら)もう内定者決まってるんだよ、君たちの話聞くのはめんどくさいよ、
ってな気持ちが見え見え。
だからね、東京の会社の面接って本当に受験者のことを考えてくれてる面接だと思う。
私たちがどういう人かというのはもちろん、それを知った上でこれからこの会社で働いて、幸せになれるか、っていうのを見ててくれるんだなぁ、って思ったよ。
田舎は閉鎖的だ〜。
だから発展しなんだよ、我が故郷は。
そこを変えてやるんだ、って意気込みがあっても、それを伝えられる時間も与えられないんだもの。
2005年06月24日
鬱々
女の子特有の体調の悪さからか、昨日は鬱々してました。
もう自分でもびっくりするくらい。
例1 電車で、あれ寝てたんだ、ていうくらい一駅の間に熟睡している。
例2 考えごとをよくする。将来のこととか、過去のこととか。
例3 考え事をしながらぼー、っと歩くのでふらふらする。
例4 過去のことに対して一人で勝手に腹を立てる。泣く。
男性の方は彼女がこういう状態だったら、気をつかってあげてください。
意味不明だとは思うのですが、生理的なものなんです。
そんでねー、まぁ一人で鬱々と考えてたんですよ。
でね、なんで自分に自信が持てないのか。
カンタンだった。
自分が何をしたいのか考えて行動してなかったから。
ずっと親や先生や周りの人に、「褒めてもらえる」ように生きてきたなぁって。
でも親は褒めてくれなかったな。
テストで97点を取って帰ったら、
「どうして1問間違えたの!」ってむしろ怒られて。
「友達と遊びに行く」って言ったら微妙に顔が歪むのを見逃さなかった。
それからは遊びに行く、って言うときはいちいち緊張したりしてね。今機嫌いかな〜、ってチェックしてた。
お兄ちゃんが怒られてるときにちょっと反論したら「どいうつもこいつも言うこと聞かない」ってとばっちりくるし。
中学になったら外見のことでいじめられたから、なるべく目立たないようにするようにした。
周りの人の目を気にするようになって、
「私がこんなこと言ったらみんなどう思うだろう」って知らず知らずの間に思うようになって、今みたいな私ができちゃったんだよね。
自分が意思を持つことで、周りの人に嫌われるんじゃないか
というのが結局私の深層心理なんだろう。
カウンセラーさんに指摘されたことが、自分でつかめたのかな。
最近またジャーナリストの橋田信介さんについての本を読んで、それから写真美術館でやってた世界報道写真展を見に行ってきた。
そしたら自分が何をすべきなのか、どうしたいのかが、少し見えた気がするんだ。
正直迷ってるんだけど、
今日本で、世界で起こってることを、目をそらさずに現実世界として受け止めたい。
新聞やテレビで「知ってる」ことだけど現実のものとして「感じて」ない。
今大学で勉強してることで、院進学はまったく考えてないのだけど、学士入学で別の学部に行くことを考え始めました。
でも、就職することも自分のためにはなると思うのね。
んんんー。
でもこれだけ自分のことを考えられるようになったのは大きな進歩だな。
就活は続けます。
現にウチのゼミには営業マンの学士入学者がいます。
エラそうであんまり好きじゃないんだけどー(笑)
その人の服のセンスが理解できません。
2005年06月20日
スクール・オブ・ロック
なんとなくGTOっぽいね。
いや。全然違うか。暴力はふるわないし。
ストーリーはジャック・ブラック演じる主人公が、ロックバンドをクビになる
↓
友人になりすまして小学校の先生に!
↓
子ども達の音楽の才能発見!
↓
一緒にロックやっちゃおう〜
ってな感じです。
素直におもしろかったなー。ハートウォーミングなコメディ。
見ながら考えたのは、
「魅力的な人ってどういう人だろう?」
ということ。
最近就活もあってなりたい自分像をよく考えるんだよね。
今までだと、
魅力的な人=輝いてる人
で、輝くためにはどうすればいいの?
私って輝くことができるの?
って悩んでた。
でも自分の身の回りにいる「素敵だなぁ」「こんな人と友達になりたい」って思う人を考えてみたり、この映画の主人公を見て考えたりしたところ、
私が魅力的だなって思う人は、
「(意図しないところで)他人を輝かせることのできる人」
だなぁ、っていう結論に至った。
この映画で一番心に残ったシーンが、
太ってるんだけど女神のような歌声を持ってる女の子が本番前に「私、歌えません」と言うシーン。
彼女が歌えないのは、緊張してるからじゃなくて、「太ってる姿をみんなに笑われるから」なのね。
だけど主人公は「女神のような歌声をもってるじゃないか!君の声を聞いたらみんな外見なんて気にしない、君の声に圧倒されるんだ」
と言ってあげる。
彼女は自信を取り戻して、にっこり微笑む。その笑顔の可愛いこと!
この女の子は始めの方はずっと自信なさそうなの。
映画が終わる頃にはすっかりみんなに溶け込んで楽しそう、輝いてる!
そして彼女だけじゃなくて、絵に描いたような優等生(無表情)だった子ども達が、ロックを通してみんな自信を持って、そして生き生きとした笑顔を見せてくれる。
ジャック・ブラックはこれらのことを意図してやったわけじゃない。
バンドのメンバーになってくれる人がいないから、最初は子ども達を利用してたんだよね。
だけど、最終的にはそれがエネルギーになって、子ども達の才能を引き出して輝かせた。
素晴らしいよね。

スクール・オブ・ロック スペシャル・コレクターズ・エディション
2005年06月19日
休日
今日は本当に休日っぽい休日だったー。
ゼミの教授のお家でバーべキュー。
世田谷の大豪邸でありました、昔ながらのたたずまい。
なんか地図で見るとね、先生のお家だけ他の家と敷地の広さが全く違っててびっくりしましたわ。
みんなで火をたいたり、材料を串に刺したり、昼からビール飲んだり、やっぱりバーベキューは仲を深めるには最適のイベントだわー。
で、今happyなのだけどね、
理由は先生が
「大抽選会」
と称して参加した一人一人に、仕事柄、業者からもらったサンプルCDをくださったのですよ!もちろん未開封。
一応くじで割り当てたんだけど、あとで交換して希望の物をゲット☆
「アートオブピアノ」という20世紀の(19世紀風の演奏をする人もいます)大ピアニストの名録音を集めた三枚組みのおいしいCDです。
ずーっとレコード店でほしいなぁ、でも高いなぁ(5千円)と思ってたものなので、かなり今ニコニコ!なのですー。
2005年06月17日
東京駅にて
今日は五限が終わったあと東京駅でひとりで遊んできました♪
目的は新しい下着を買うことー。
丸ビルにね、女心をくすぐる可愛いお店があるのね。
知ってる人は知ってるよね。
amphi っていうお店です。
下着ととーーってもキレイな、しかも割りとお手ごろ価格のアクセサリーのお店。
下着もラグジュアリー感もあり可愛さもあり。
一見ちょっと高価?と思ったけど学生でも買えるお値段なのです。
それにしても、ブラジャーはちゃんと計って買わないとね。
自分で思ってたサイズよりなんと2カップ大きいものがジャストだと言われました…。
そんで、父の日のプレゼントを買いに、丸の内口から八重洲口へ歩いてるときに、さらにステキなお店を見つけました!
そしてそこで私はあるモノと出会ってしまったのです。
それは、「地球」「自然」「科学」をテーマにしたお店。
ビーカーとか駒込ピペットとかはもちろん、アフリカの民族楽器、万華鏡、なんと宇宙食、人体模型(理科室にあるやつね)、化石、などなどちょい珍しいものが売ってました。
お店の人も「いらっしゃいませ」じゃなくて「こんにちは」って言ってくれるのがなんかいいなぁ、と。
さてさて、あるモノというのはなんなのか。
一つは貝殻の万華鏡(ドイツ製)
普通万華鏡に入ってるのはビーズとか人工的なもの。
これには小さい貝殻と水(?)が入ってて、のぞいてて潮の香りがしてくるよう。それでいて不思議な世界が味わえて、心が静かになれた。
重大なのがこっち。
「地球時計」(写真)
実はついこないだ雑誌で見て、一度見てみたいなぁ、と思っていたところこんなに早く出会えるとは!
秒針がなかったり普通の時計とちょっと時間の見方が違ったりして見づらい面もありそうだけど
中央の地球の部分が、実際の地球の時点の速さと同じ速さで回るんだ。
自分の腕に小さな地球がある感覚。
地球の回転と一緒に自分が動いている感覚を身近に感じるって、すごくステキなことじゃない?
地球の部分をはずして、専用のシートでディスプレイとしても楽しめるんだって。
29800円なり。
その前に普通の時計を買わなきゃ…。
就職決まったらCOACHの時計を買う予定なのです。
2005年06月15日
ミリオンダラー・ベイビー
(やっぱり鳥取弁はやめよう、、、気分によって変えます)
授業に出ようと準備をしていたら、休講だったことを思い出したのでそのまま映画館へ。
「ミリオンダラー・ベイビー」
ひょっとしたら、今まで見た映画の中で一番クオリティーの高い映画ではないのかな、と。
登場人物は3人。
31歳にしてプロボクサーを目指すマギー(ヒラリー・スワンク)、マギーが弟子入り志願するトレーナーのフランキー(クリント・イーストウッド)、フランキーの経営するジムの雑用をやり、マギーの才能を見抜くスクラップ(モーガン・フリーマン)。
前半と後半とで映画の雰囲気は全く違います。
前半のマギーがボクサーとして成長していく過程は、そのままフランキーとマギーの絆が深まっていく過程として見て取ることができます。
「愛情が人を育てる」というものをひしひしと感じます。
ちょっと頑固にうつるフランキーがレモンパイを食べるときに見せるとびっきりの笑顔がもうぅぅ。
マギーに出会わなければこんな笑顔になることもなかったのでは?
明るく溌剌としているマギーを観客は応援せずにはいられない。
マギーがフランキーに弟子入り志願するときに言う台詞、
「本当なら田舎に帰って家族の面倒をみなければいけない。でもこれが楽しいの」
という台詞にはグッときました。
自分の可能性を、才能を、感覚を何より信じているマギーは本当に素敵です。
大体の人は予告編を見て展開は分かっているのかな?
マギーは全身麻痺になってしまうのです。
この時点で結末は大体予測できてしまうもの。
だけれどもこの映画はそれが分かっていてもラストまで目を離せない。
それは3人の演技の素晴らしさもあると思うのね。
フランキーが苦悩して、決断に至るまでの過程というのが、伝わってきたから。
イーストウッドは「この映画は父と娘のラブストーリーだ」と言っていますがまさにその通りです。
マギーのガウンに縫い付けられた「モ・クシュラ」の意味をマギーとともに知るとき、もうやりきれなくて、フランキーと一緒に苦しんだ。
「ミスティックリバー」もそうだったけど、「形のない激しいもの」をイーストウッドはうまく伝えることのできる人なのだなぁ、と思いました。
初めて映画館で声をあげて泣きそうになりました。
さてさて、ストーリーに関する感想はこのくらいにして、映画自体について。
3人の演技が非常にすばらしい!のは他の人も書いてると思うので割愛。
見事だなぁ、と思ったのは伏線のはり方。
マギーの犬とか父親に関する話は最初??でしたが、最後見終わって全て一つに繋がっていることに気づいたときは驚きました。
スクラップの語るナレーションも、全てこの映画を深く感じ取るためには必要なものばかり。
無駄なものは何もない。
イーストウッドって作曲もするんだねぇ。
それぞれのキャラクターと音楽が結びついていて、Goodでしたー。
あぁ、決して見て楽しい映画ではないけれど、また見たいと思える映画でした(私にとっては)
*****************
MILLION DOLLAR BABY
監督:クリント・イーストウッド
脚本:ポール・ハギス
原作:F・X・トゥール
音楽:クリント・イーストウッド
フランキー・ダン:クリント・イーストウッド
マギー・フィッツジェラルド:ヒラリー・スワンク
スクラップ:モーガン・フリーマン
2005年06月13日
トゥルーマンショー
今日から鳥取弁で書くことにするけぇ。
そんな気分なのにー。
さて、こないだ見たのはトゥルーマンショー(二回目)。
これはなぁ、ホントよくできた映画だと思うのに。
主人公のトゥルーマンは生まれた瞬間から世界のスター。
彼の生活は全世界に、本人の知らないところで、中継されている。
面白いのは、この設定だけじゃないだで。
なんと、彼の住んでいる島自体が人工的なスタジオなだけぇ。
そのスタジオを操作するのは浮かんでいる月の中。
もし今送っている人生が、誰かに操作された人生だとしたら…。
(神様が操っているという見方もあるわなぁ。)
自分はそれを抜け出していく覚悟はできるんかなぁ。
安心して暮らせる世界と、自分で切り開いていかなければいけない世界。
うーん、でもトゥルーマンは成人してからも操作されていたけど、現実世界もでも子どものころはある程度大人から操作されてて、ある時から自分で人生を切り開いていかなければいけんくなるでなぁ。
結局この映画のラストシーンは、そんなどこにでもあるシーンを描いているのかもしれんな。
私が始めてジム・キャリーを見たのは、「マジェスティック」のシリアス演技で、次に見たのがこのトルーマンショー。
それからコメディをたくさん見て、再び見ただけど、表情の作り方とかコメディに見えちゃうのに(笑)
特に笑顔。
鳥取弁で文章書くのって結構考えんとできんなぁ。

トゥルーマン・ショー
2005年06月09日
2005年06月08日
そんなわけで
「スペインでフリーター」
への道が着々と開けちゃってる…(苦笑)
これは
就職できない→青年海外協力隊の秋募集失敗
だったときの最終手段であります。
とりあえず今から決定してしまうと「逃げ」になってしまうので、
「新卒で就職する!」
っていう気持ちは持ち続けるよ。
まぁ就職できないということは、やっぱり何かしら私に社会人になるために不足してるものがあるんだと思うの。
今感じてるのは「たくましさ」。
それを言葉が通じず、右も左も分からずの国へ身一つで行って
身に着けてくるのも、今なら間に合うんじゃないかと。
いやー、親が許さないだろうけど。
なぜスペインか。
というと単純にカンなのね。
スペイン語を聞いてると、スペインの音楽を聞いていると、どうも心がどきどきして、自分の中に封じ込められているものが動き出すような気がするんだ。
いやはや、こんなこと考えてると本当に就職できなくなっちゃうから、「新卒で就職」を肝に銘じて進みます。
半分冗談、半分本気なんだよ…