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久々に帰りの電車で泣いてしまった。

これからかなりの長文を書く。かなり激白する。しかし、すべてが私の今の想いである。時間のある時にでも読んで欲しい。よろしければ、ブログやmixi日記でご紹介頂くことも、コメントも大歓迎だ。

今日は、ついに『ヤバイ就活!』が私の手を離れたのだった。オフィスにバイク便が原稿を取りにきたとき、何かを成し遂げたような、そして淋しいような、不思議な気分になった。

そして、『強い就活!』が発売された日だったのだ。いや、amazonや一部の書店では週末から並んでいたようのだが、残念ながらまだ売っているところを見ていなかったのだ。

関西の学生さんから「出版おめでとうございます」という趣旨のメールを頂き、感激する。書店では平積みされていたらしい。

帰りに神田の書店に寄る。あった。就活本コーナーに、石渡さんと私の日本の就活を変える本『強い就活!』は並んでいたのだった。『強い就活!』は、他のどの就活本よりも高く積まれていた。そして、輝いて見えたんだ。

嬉しくて嬉しくてしょうがなかった。迷惑になるかもしれないという妙な遠慮と、お忙しいのかなと思い、今日は書店さんへの挨拶をやめておいた。書店員さんも、お客さんも、誰も私のことを著者だとは思わないだろう。

帰りの銀座線に向かうときに、私はすでに泣いていた。様々なことが走馬灯のように浮かぶ。今年はずっと、日本の就活・採活を変えるべく走り続けてきた。たくさんのオピニオンを様々な形で発表しようとした。気付けば、5冊の本を出すことを意思決定していた。毎日のように書き続けた。週末もなかった。締切の恐怖。部数のプレッシャー。様々な評価を受け、批評にさらされる誇りと責任。ときには敵を作り、ときには新しい仲間と出会うことができた。

いつも精神的にも肉体的にも追い詰められていた。5月下旬には心の浮き沈みが激しくなり、6月下旬以降は身体が重くてしょうがなくなった。気付けば白髪も増えていた。

何度も、「書けない!」と叫び、ソファに転がりこむ日々。自分の責任ではあるのだが、様々な仕事が重なり締め切りはずれていった。どの作品も難産だったと思う。

日本の就活を変える本を書きたい。学生たちの価値観を変える本が書きたい。毎年、学生を型にはめるマニュアル本が、たいして改定されずに発売されていく。そして、それらの本に毒された学生たちと長年にわたって会い続け、複雑な心境になっていた。

こんな状況を変えたかったのだ。そして、今年こそ、そのことを言うチャンスだと思ったのだ。今こそ、「強い就活」をしろ、と。

しかし、それは並み大抵のことではなかった。書いている途中で、自分こそがマニュアル本を書いているのではないかと自問自答した。この本自体がマニュアルになってはどうするのだ、と。

「常見さんにはマニュアル本のような本を書いてほしくないです」
大学の後輩からはこんなご意見も頂いた。

そして、自分はマニュアル本を書けないこともよく分かったのだ。何から何まで細かく指示するマニュアル本は私には書けない。いや、道義上書けないとかそういう問題だけではなく、そこまでの細かい知識を私よりずっと持っている人がいることにとっくに気づいていたのだ。

さらには、私が書いていることに目新しさはあるのだろうか。価値はあるのだろうか。そんなことを何度も自問自答した。

じゃあ、何を書くべきなのか?それは、不器用でも自分色を主張し、アタマとハートとフットワークをフル回転する「強い就活!」に他ならなかったのだ。こんな学生と会いたいと思った想いと、会えたときの感激をカタチにするべきだと思ったのだ。

自分の原稿は読者を、そして盟友である共著者石渡さん、千葉編集長、酒泉さん、本を世の中に広げてくれる鈴木部長や大竹さんに誇れるものになっているだろうか。そして、読者に対して誇れるものになっているだろうか。最後まで戦い抜いた。千葉編集長はやんわりと至らない部分を指摘してくれる人だ。とてつもない眼力の持ち主である。

最後の最後まで再校ゲラに、真っ赤になるくらい赤入れをした。妥協したくなかったのだ。

千葉編集長、鈴木部長、酒泉さん、大竹さん、そして最近、素晴らしいコメント、メールを頂いた干場社長に感謝。盟友石渡さんに感謝。支えて頂いた仲間、この本を楽しみに待っていてくれた学生さんに感謝したい。

就活をめぐる世界は混沌としている。別に営業妨害するわけではないが、リクルートにも、マイコミにも勢いを感じない。そして、彼らが就活のあるべき姿の提案など、立場上出来ないこともよーく分かっている。

じゃあ、私がしようか。いや、自分の考えを学生に押し付けるつもりはないが、少なくとも議論のキッカケを作りたかったのだ。

最近、ずっと自分自身が問われている。「じゃあ、お前はどうなんだよ」「お前はどう思うんだ?」

私よりずっとすぐれた人はいっぱいいる。来週は、心から尊敬するキャリア界のカリスマが私のセミナーに来てくれることになった。感激しているし、正直、すごいプレッシャーだ。でも、やるしかないんだな。



そんな想いが一瞬にして頭の中をかけめぐり、泣けてきたのだ。



さらに、浅草線に乗り換えて、AERAの勝間和代さんと香山リカさんの対談を読み、泣いてしまったのだ。テーマは『「ふつうの幸せ」に答えはあるか』ということだった。

誤解なきように言うが、勝間さんも香山さんも嫌いじゃない。むしろ好きだ。日和見的なことを言っているわけじゃないのだが。

香山さんは新作で「<勝間和代>を目指さない」と書いた。そのことを週刊朝日では取り上げ、話題となった。新作は30万部を超えるヒットとなっている。

そんな香山さんと勝間さんが対談をする。これは読まなくちゃと思い、買って読んだ。

「<勝間和代>を目指さない」はプロレス的な挑発の言葉のようにも思えるが、本当に仲が悪いなら、そもそも対談は組まれない。そして、掲載された文章は私にとってはとても不思議な文章で、なぜか喜怒哀楽がマックスに達し、電車の中で泣いてしまったのだ。香山さんは勝間さんを煽っているようにも、噛みついているようにも見えるが、ルールの範囲内のような気もした。勝間さんの返答は、まっとうなような論理が破たんしているような気もした。いや、お互いに実は考えていることはそう違わないのかもしれない。そう解釈しようともした。あるいは、二人とも相当大人なのに、編集者とライターが、やや煽ったようなまとめ方をしているようにも思えた。

ただ一つ、私にこみあげてきた感情は「幸せって何なんだろう?」という、それだけだった。

最近、「御活躍ですね」「順風満帆ですね」ということを様々な方から言われる。とても嬉しい。たしかに、ついている感じはする。しかし、当の本人はいつももがいているし、もっと成長しなくちゃいけないと思っている。『日経ビジネス』にインタビューが載ったときも、NHKに出演したときも、自分の本が書店に並んだときも、分不相応なことをさせて頂いているなあと、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

一方で、それなりに苦労も努力もしているように思う。

そんな私の幸せって何だろう?

帰宅しながら考えた。

その答えのようなものは、あれもこれも幸せだということだ。分不相応な仕事にチャレンジさせて頂ける誇りと責任、もっともっと成長しなくちゃと思う気持ち、一方で美味しいものを食べる幸せ、家でゆっくり寝れる幸せ、このブログが今日も続いていること、母親や弟といつでも連絡が取れることが幸せだったりする。陽平号で近所のイトーヨーカドーに買い物に行けることも幸せかな。松屋の牛定や、国立のすた丼屋ですた丼を食べることも幸せかな。

うん、すべては「幸せ」なのかな。

味わう姿勢、楽しむ姿勢を大切にしなくちゃなのかな。

カツマーだとか、カヤマーだとか、言っている場合じゃないかな。

ここまで読んでくれてありがとう。

読んでくれた人がいたことが、これまた幸せ。

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ちなみに、今日買った本はこれ。チームで何かを成し遂げること。これも幸せ。

おやすみなさい。愛しています。