よ〜へい日記

welcome!! 高橋 洋平です。 和歌山の地で12年ほど農ある暮らしを営んできました。2014年8月で諸事情により農園を辞め、沖縄県宮古島に。1年半ほどビーチクリーンなどの活動を経て、また和歌山の地で農園を2016年2月からstart。ピザ屋・農園を運営中。

〜米市農園の成り立ちと高橋市右衛門の歴史〜

我が家の歴史を記録に残します。勘違い、間違いあるかも。記憶なのでご了承ください。

●紀州征伐 ・高橋市右衛門(たかはし いちえもん)(1500年代)は兵500人連れて出迎えた。
 1585年頃、豊臣秀吉が紀州征伐の際、大阪と紀の川市の県境の犬鳴峠付近の狐坂峠(こもさかとうげ)にて、潰滝家(つえたき)と高橋家と両家兵500人づつ連れて出迎え高橋市右衛門は討ち死にした。その時の民話は残っているそう。「皆、死んで。庭に血の色の赤いが、実るようになった。」
 1619年頃、徳川の天下太平で徳川頼宣が和歌山城を治めた時、豊臣軍と戦った高橋家の功績を称え、和歌山城の屏風を掛け軸に仕立て潰滝家に2枚、高橋家に2枚と分け与えた。
それから、徳川家のお米を扱うようになり、米市という屋号が生まれるようになった。豪農家となり江戸時代に借金の肩に竹の花器を貰い受ける。市右衛門を代々繋いでいく。


●旧池田トンネル ・設計、現場監督は高橋市右衛門(1846年)
 最後の市右衛門。1846年〜1916年 享年70才
明治始め頃(約1868年頃)に和歌山県紀州出身の陸奥宗光がアメリカに行くときに留学を希望する学生を連れて行った。市右衛門が田んぼを2枚売って資金を集め同行した。
アメリカで測量技術を勉強し日本で初めてトランジットを持ち帰った。
 市右衛門が33歳の時、1879年(明治12年)に池田トンネルの開発計画を山田万三郎が始め、着工が1884年(明治17年)3年かけてトンネルを作り上げた。1886年完成。
設計・現場監督は高橋市右衛門。総動員数延べ3万900人。セメン465(8370ℓ)。枕木2百石(30t)、総工事費用2万円。(当時、一円の価値は3800円。今でいうと7億6千万円の工費)。幅、1,98m長さ83.7mのトンネルが完成。その当時全国には珍しく全て日本人だけのレンガ造りのトンネルを作った。セメントはトルコから輸入した。

その後も治水工事・用水路の工事を手がけた。
漢文の勉強を息子に教えた。その息子高橋雅夫といい私の母の父、高橋洋平のおじいさんです。
トンネル


ずっと滞っていた、ブログを更新。なんか変な投稿が500件ぐらいあった。

全て消して、背景を変えて、パーツを変えて。

かれこれ、何年ぐらいしているんだろう〜と思って調べたら2006の1月から始めている。12年前から!

ながーい。

Webサイトには米市農園の紹介を。http://komeichi.net/
フェイスブックは近況をUP。https://www.facebook.com/yohey.takahashi.5
インスタには僕がクリエイトしたものをUP。https://www.pictasite.com/takahashiyohey

そして、このブログの使い方としては、農業の僕なりの教科書をつくろうと思っています。
カテゴリに「農法」を追加して、僕なりの野菜の育て方をまとめていこうと思っています。

ゆくゆくは本に!それまで畑で発見したことと頭の中の理論をつなげていきたいのと、今までのぼくが経験した事柄を書いていきたいと思っています。




米市農園 の 高橋洋平 が 考える 農法の見解。今、色んな農法があって、混乱しています。(私が)なので、ここで農法の違いをかけれたら自分の中で分かりやすいかなと思い、書きます。皆に見てもらい指摘して欲しいです。皆の擦り合わせで出来たらと思っています。ただ、僕の見解です、偏ったカテゴライズだと思います。

【自然農法】 泥団子農法・・・農薬や無化学肥料を与えない、何も入れない、機械も使わない福岡正信さんが提唱した方法。泥団子に沢山種子を入れて、ばらばらっと蒔いてゆく。あとはなにも必要としない。  

【自然栽培】 無施肥栽培・・・農薬や無化学肥料を与えない、そして堆肥等、よそから物を持ってこない農法。トラクターで耕し、ビニールマルチをしてる人も居る。        無肥料栽培・・・農薬や無化学肥料を与えない、堆肥やミネラル、草やワラやオガクズ、キノコのホダギ、モミガラ等など、窒素等の肥料分は微量で、炭素を沢山投入する人も多い。その中でトラクターで耕し、ビニールマルチをしてる人も居る。MOAや秀明農法、炭素循環農法など。

【自然農】  川口さんが提唱している農の生き方。農法だけでは無く、自然に沿った生き方も伝えている。 農薬や無化学肥料を与えない、肥料は米ぬか油かすを混ぜ合わせた物を多く与えず、土の力で育む。トラクター等の機械を使わず耕さない。環境に負荷をかけるビニールマルチ等の使用も避けている。泥団子農法よりは農家的に栽培する事が出来る。

【有機農法】  有機JASで認定された農法。本来は持続可能で地元にある資材だけを使用し、循環的な栽培方法をさしているが、使用出来る農薬や使える農業資材・肥料が多く、無農薬と言えない場合もある。

【慣行農法】(かんこうのうほう)  一般農家の栽培方法。農薬や化学肥料も使う。農家の大部分がこの農法を取り組んでいる。

無銭の旅 2012年

東京へ向かう3日間の旅の記録です。 7月15日から18日間に行ってきました。
特に変哲もない旅ですが、見てくれた人がこれからの可能性を探るきっかけになったらと思っています。

無銭の旅。


この話はフェクションという事にします。お会い出来た方には、了解を得ていこうとは思っていますが、一期一会の出会い。連絡が取れない人も居ます。そして、教えてもらった話題、話をあえてメモしていません。僕の解釈で、僕の理解で今、文章にしています。話した側にとってはそんな意味で伝えた訳では無いと思われるかもしれませんが私はそう受け取ってしまいました。全てを理解出来なくて申し訳いですが、これが僕の精一杯です。


『この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです。』


15日〜18日。東京に向けてヒッチハイクの旅に出掛けました。お金を一銭も持たずに。その旅の記録です。


「じゃあ、16日の朝に東京の代々木公園で待ち合わせよう。僕はヒッチハイクで行くから。」暑いお昼時。熱波が中まで入り込む自作のピザ小屋で奈良のオーガニックな八百屋「五ふしの草」の榊原さんと電話で打合せ。彼は新幹線か夜行バスで。僕はそのとき初めてヒッチハイクという事になった。米市農園はお金が無い。父は自営業で工場を建てて、作った借金は死んでもなお爪痕を残している。母方の祖母の家だったこの築100年以上の古民家もその抵当に入ってしまった。それを家族、兄弟で家を買い戻す形となり、とりあえず、私たちはここに住まわさせてもらっている。  野菜の売上げやピザ屋の売上も多少はあるが、遊んでいられるほどでもない。しかし、今回、東京の八百屋GAIAの小林さんに会うべく、私たちは関西から現地集合で会う事にした。そして、丁度その日、7/16日の代々木公園原発要らん「10万人集会」の昼から原発のデモにも参加することになった。



嫁がネットで買ったサティッシュ・クマールの「君あり、故に我あり」を読んでヒッチハイクの旅が現実になった。サティッシュさんは自分たちがより良い環境を作るには3つのSが必要。土(Soil)、心(Soul)、社会(Society) それらを良くしていく必要がある。と語っている。大地を汚さず、きれいにしてゆく事。心を健全に人を信頼する事。社会をよりよい物に変えていく事。一つでも欠けるとよりよい環境にはならない。と訴えてる。私は農を生き方として環境に負荷をかけない方法を模索し、米市農園として社会活動を行っている。その中で人を信用する事に対して、不安や恐れがまだ残っていると感じた。


沢山の人に応援して頂いてる事はすごく感謝で溢れるのですが、僕は草を生やしている。あまり耕やさない。とても変わった農法を行っている。それが近隣の人に対して迷惑をかけている事になってよく怒られます。 「雑草を生やして種がとんでくるわ。」「それで野菜が作れるの?」と。確かに草の種は飛ぶと思う。しかし、殆どは昆虫など小動物の餌になり、生えたとしても、植生が違うので大きく育たない。しかし、向こうにとって私は悪だと思う。いきなり入って来た新参者は何も分かっていない、という農家の誇りの様な物を感じる事ができるので、こちらの態度としては聴き、謝り、うなずく。私は反論をしない。でも30分ほど説教された時は恐れや自分の弱さを感じてしまう。近隣の畑では、説教はどんどん少なくなって来た。そんな農法をやり始めて9年目。言っても意味が無い事が伝わっている様だけど、怒られっぱなしの私の中で人を信用する事が出来なくなりつつある。


サティッシュさんの本を読んで、一番欠けているのがここの部分だと思った。心のソウル、人を信用して、信頼する事だと。このヒッチハイクでは、互いに一歩踏み出さないといけない。それはこちらは向こうを安心させ信用出来る様に自分をさらけ出す事が必要になり、向こうは別に乗せなくてもいい若造をわざわざ乗せる。そんな若い人を乗せてしまって、なにか事件が起こるかもしれないという恐怖を乗り越える必要がある。こちらもその覚悟で旅に出る必要がある。この旅で人を信用する事でまた、世界がいい方向に変わってくれるのを信じてヒッチハイクを選んだ。

何の準備もせず、忙しい日々に追われていた。普段のぎりぎりの生活に原発関連の事が入って来て、さらに忙しく回っている。和歌山駅で毎週月曜日17:00〜には「一人デモ誰デモ@意思表示」を行って、7月14日には和歌山の岩出市の方でデモ行進があった。60人ほどが参加でした。私たちもすこしだけ参加した。その中で「無銭の旅」の事、16日の代々木公園原発要らん「10万人集会」に僕が行く事をしゃべると、応援して頂ける人が沢山居た。それはすごく嬉しかったし、バス片道分位のカンパとして応援頂けた。替わりに旬のインゲンをプレゼントした。


日程が近づけば近づくほど、不安や心配が大きくなるが、応援の数も半端なく、面白い様に繋がりが増えた。大飯の再稼働が検討されている頃から行っている1人デモも初めは誰もいなかったけど、最近は増えて来た。でも相変わらず声をあげている人は変わり者。岩出のデモも少数派。僕はyes/no/どちらとも言えない。という意思表示を皆に持って欲しいと思っている。漫談形式で、おもしろおかしく原発の事を語っている姿に目を向けて、原発の事を考えて欲しい。忙しいから後回しでは無く、自分たちの将来に直接関係する大問題に皆が答えを持って欲しいと思っている。


日々に忙しく何事も無く、毎日を過ごしてしまった為に、大事な物を無くしてしまわない様に。耳を澄まし、自分の頭や気持ちで考え見つめてみると、政府のずさんな発表、新聞のごまかし、政治家の矛盾を垣間見える事が出来る。それを知った上でそれぞれ自分の意思を皆に持ってもらい、自分の意思で世界が回っている事を知って欲しいと思っている。何が必要で何が必要でないか自ずと然るべき答えが見つかると思う。


そんな想いを胸に秘め、ヒッチハイクをスタート。目的を達するまで帰って来れない様に財布を置いて一文無しで始める事になった。


荷物の中は寝袋・ふんどし・若干の着替え・サインボード(段ボール)・糸車・インゲン。


土曜日にデモに参加してその日の夜は真夜中までよしえちゃんと語り合い、車のトラブルを回避して荷物の整理を行った。寝不足のままで朝にインゲンの収穫、ピザ屋の仕込み、パン焼き等々、いつも通りの仕込みを終わらせ、ピザ屋開店。少ないながらもいいお客さん達が来て頂いて、13:00出発。家の前からヒッチハイクをする事になりました。丁度、姉達が奈良へ向かうとの事。岸和田SAまで向かう事が出来ました。「ツイてる。」



『床』13:00出発13:40岸和田SAへ。岸和田SAにて姉達は能楽の発表会へ。僕はそこで降ろしてもらいお別れ。お結びを2個分けて頂き、ベンチで段ボールを広げ次の人を待つ。おにぎりを頬張り、給水を行いジェンベを叩く。沢山の人でにぎわい、家族連れが多い。子供はやっぱりジェンベの音に敏感で、にこやかに楽しんでくれる。遠くの方へ。お母さん達は子供の手を引っ張りながら、近づかない様に配慮する。僕の持っているタイコは京都のジェンベの先生のKenjiさんから買ったタイコで、西アフリカエリアで叩かれているジェンベ(Djembe)という、筒状で上面に山羊の皮を張って有り、手で叩く物。娘用の高さ40cmの小さいサイズが持ち運び便利なので選んだ。アフリカの現地では大きなバチで叩くドゥンドゥンとともに冠婚葬祭出会い別れ等で儀式に使われる。日本ではパーカッションとしてもよく演奏されてタイコの音は子供に人気で和歌山でも演奏した時に真っ先に子供たちが集まり、踊る。ひとしきり叩いた後は、バックパックを背負って、インゲンを紙袋に入れてうろうろした。汗がだらだら流れる。ガソリンスタンドの出口付近で車が合流して出て行くので、そこでしばらく段ボールをぶら下げていました。20分ほどして車が止まった。


お父さんとお母さん息子さんの3人でお父さんが昔、日本でヒッチハイクの経験があるため、乗せてあげようという気になっていただけた。泉佐野漁港にて海鮮丼を食べた帰りで、自宅のある京都に向かう予定だ。お父さんの息子は28歳で2こ上。ダウン症で言葉が聞き取りにくかったけど、愛嬌のある純粋な人だった。僕の娘もダウン症なので話が聞けた。お母さんは自分の息子は障害者を認めれずに居た。普通の学校に通わせ、お母さん自身も頑張って送り迎え、一緒に学校に通っていた。10歳になる頃、お母さんが教育方針を変えてそういった学校に切り替え今では共同作業所に働いている。といっても簡単な仕事であるから、とても賃金が安く、月に5000円ほどと聞いた。生活していく分には国からの補償が降りて、蓄えが出来るが、両親が亡くなった時の生活が困難と聞いた。 僕の娘も仕事や身の回りの事が何処までが出来て、何が出来ないのか、僕たちが死んだ時にその後、どうやって生きていくかがイメージする必要があると思えた。






14:40出発 15:35桂川SA到着。着いた。ここも人が多いが、丁度、祇園祭の日。京都に向かう人が多い様だ。結果、なかなか人が捕まらず、焦る。出口で待っても、うろうろしてもダメ。焦る気持ちを開放しきって、ひとまず落ち着く。1時間ほどうろうろした中でジェンベを叩き始めます。そうすると叩き始めて5分ほどで、横のおっちゃんが話しかけてきた。なんでそんな事をやっているのか、何者なのかと色々話しかけられ自分の事を答える。激励を受けお叱りを頂いたが全部に愛を感じた。その中でカンパも頂き所持金は500円に。最後に「頑張れよ」とコカコーラとおにぎりを頂いた。彼は「僕も若かったら、そんな事を出来るんだけどね。」「いくつになっても出来ます」と答え、そこで別れた。コカコーラはとても久しぶり。僕自身は、農業高校の時に自然農に出会ったときから、肉や砂糖飲料をあまり摂らなくなった。添加物や健康に及ぼす影響を農薬の危険性も含め知っていたからだ。僕のお父さんはガンで亡くなった。闘病生活の時に玄米菜食に出会って、家族皆でそういった食事に切り替えた。父は死んだがその時に勉強した添加物や化学調味料の実体放射線と同じ様には身体の免疫力を低下させ、病気に弱くなってしまうのだが、久しぶりに飲んだコカコーラは美味しかった。「トイレの向こう側の方がいいで」とのアドバイスがあった。そのアドバイスはなぜか心の中に響き、話が一通り済んでからトイレの近くへと向かいそこで声を上げた。ものの5分ほどですぐに新しい方と出会えた。お父さんとお母さん。普通車の後ろに乗せて頂き、物静かなご夫婦は大阪の娘の所から家に帰る所で、刈谷SAまで乗せて頂いた。


posted at 19:02:44精神を落ち着かせ。全てを受け入れて、その場の空気を読み、最適な行動が出来るよう、懸命になる。それは祈りのようだ。先ずは読んで心を開放し行動に任せる。



posted at 18:59:30ヒッチハイクは、なかなか乗れない。 常に予想通り、不安とのた戦いで、戦えば戦うと、不安が大きくなる。



17:00出発 19:30刈谷SA到着。刈谷SAに着いた。暗くなって来て、難しくなって来た。顔が見えないとよけいに不安が広がる。水を頂き、荷物を整理して、少しタイコを叩く。ここでもファミリーが多く、子供とともに楽しめる。しばらくすると、バスの旅行者達が僕の周りを囲む。地域の日帰り旅行の様で、愛想のいいおじさんは、僕の話、そして、反原発のデモに参加する事を伝えた。俺らは原発推進やけどなぁと、高らかに答えた。「そう、推進でも反対でも意思表示して欲しいんです、分からないという人は勉強して欲しい。分からないまま無関心になると本人の理想の方向へは行かない。」と答え、「推進の理由はある、反対の理由はある。」を伝えると、納得してくれた。無関心は理由を待っているんだ。そんなやり取りを繰り返して行くとどんどん僕の事を親切に接してくれるようになった。お茶を頂き、お弁当を頂き。 「はやく彼女を見つけななぁ、」といわれ、「いや、もう嫁と子供と居ます」「よう、そんな自由で居てられるなぁ」と笑われた。そうこうしてる内にバスに乗せてもらえないかどうかを交渉して頂けたが、保険等の関係で無理だという事。そのおじさんは残念がり、自分用に取っておいた豚生姜焼き丼を僕に頂けた。 バスに乗せてもらえなかったけど、とても満たされた想いになった。おじさんは何か出来る事が無いか、本気になって考えてくれて、それが出来なくて、悔しい想いも伝わった。僕の中で嬉しい気持ちでいっぱいになった。 手元に残っているご飯はお弁当、おにぎり、豚丼、360mlのペットボトルに水を入れたのが2つ。正直、沢山、物は頂いたが食べる事が出来なかった。いつもならどんどんいけるのに、5口位でいっぱいになる。とりあえず、ヒッチハイクを続ける事にした。21:00頃、SAの出口付近で浜名湖SAまでの段ボールをぶら下げ、ガソリンスタンド横で待つ。一分間に2台以上は通る位の交通量だが案の定、目は合えど、そのまま行ってしまう。苦戦した。ここで野宿かなぁ、と思っていた。浜名湖SAまでは大きなサービスエリアが無く、手前まで行けたとしても、パーキングでは止まる車も少ない。手前のパーキングに 変更しようと思ったが、そのまま浜名湖SAを続けた。出口を諦め、トイレ前に行く。声を上げるが、どんどん人通りが少なくなって行く。


ひとしきり戻って来て、時計を見たら22:00。ここで3時間も待機している。「何がいけないのか」「何がダメなのか」と考える様になってくる。すると、マハトマ/ガンディーの声が聞こえた。「問題を解決する時に同じ様な解決方法では解決出来ない。」という言葉が出来てきた。今までと同じ様な行動をするから問題と出会ってしまう。出会った時にやり方を変えなきゃいけない。と思った。そしてたまっていたお弁当と豚丼を無理矢理食べた。恩を消化しきれていない、ありがたく食べないと。 そういった気持ちで平らげました。そして、一つ一つの車のドアをノックして回りました。そうするとすぐに浜名湖SAに行く車に乗せて頂く事が出来ました。


22:30出発大阪からカップルの車に乗せて頂いた。静岡で開催のap bank fesに参加するために車を走らせていた。ワンボックスの大きな車は後ろをリクライニングにして、彼女が寝て。僕は助手席で、しゃべった。年が近い事や互いに興味のある仕事で話は止まらなかった。彼は教師の仕事は先輩が言った「生徒という若い芽を毎日水を与えるんや」と。農作業と一緒だと言った。でも、収穫はできやんけどな。大きくなって欲しい、元気に育って欲しい。そう思って日々、接していくべき。教師という職種はまじめな人程、病んでいくこのシステムは、上手い事やっていかないといけない。自分の主張ばかり、自分のやりたい事ばかりやっては、つぶされるか、潰れてしまう。彼は上手い事切り抜けて生徒達に大切な事を伝えたい。緩いけど、芯がある。適当だけど、矛盾が無い彼の生き方は彼も含めいい循環の仕事環境になっているよう思えた。日本の教育は答えが一つしか無い教育で、間違える事を許されない様/替わった事はしてはならない様な雰囲気が流れている。そんな中で育った子供は暗記や仕事に対しては真面目になるのだろうけど、 なぜこの仕事をするのか?自分はどんな仕事ができるか?の内観を見れない場合が多い。自分の仕事をして世の中がどうなっていくのかをイメージ出来ないと、仕事に対しての責任感や熱意がどんどん無くなってしまう。だから、原発問題でも誰も責任を取らない。そして、気軽に自分の責任で他の人を巻き込もうとする。自立して自分で考え行動出来て責任感がある人間にまず、親の代の私たちが見本にならないと、子供は見抜いている。雑談を繰り返しながら、そんな話をしていた。将来は畑をしたい。そう言って、渋滞に巻き込まれながら、浜名湖SAに着いた。


12:30到着。浜名湖SA


真夜中。ひとつひとつの出会いが濃くて、繋がっていて、放心状態。普段、そこまでしゃべらない僕が、しゃべっているのを疲れを通り越して、ふらふらな状態。この重いバックパックにも慣れて来たがひとまずベンチに座る。次のサービスエリアはどこかを適当な運転手に聞いて、「牧ノ原SA」を教えて頂き、段ボールに書く。「和歌山から来てるんかー遠いなぁ」と、今までは、関西圏だったため、それほど言われなかったが、ここに来て、そういう声が聞けた。実感が沸いて、目的地に近づいている事を知った。


いつも車を降りるときは「次の車がはやく捕まるとイイなぁ」と思っていた。不安が降りる時には高まるんだ。浜名湖SAまで着いた時にその気持ちは無くなっていた。真夜中で、東京方面へ向かう車が極端に減ったにもかかわらず、不安や恐れが無くなった。そして、また、一つ一つの車に声をかけていった。すぐに東京方面へ向かう車があった。浜名湖SAの20分ほどの滞在、声をかけ始めて10分。やっとヒッチハイクの方法が分かった。


ワンボックスカーに色んな仕事道具が積まれているのを、かき分けてくれて、僕を乗せてくれた、ご夫婦。ご主人はメッキの自営業をやっており、奥さんと一緒にライブ(Acid Black Cherry)を見た帰りで渋滞に巻き込まれ、こんな時間になってしまった。ご主人は計画停電を体験された。色んな部品をメッキにする仕事で、電気を使えない場合は仕事にならないので、停電以外の夜や朝に仕事を集中して工夫したようで、結局計画停電も意味が無い事を知っていたようだった。


さて、牧ノ原を超えて、富士川まで乗せて頂きました。深夜2時頃。彼らの車と別れて、降りた時には、これは朝までに間に合いそうだという気持ちでいっぱいになりました。相変わらず、どんどん出会う車は少ない様な丑三つ時の怪しい時間帯。しかし、気持ちは高ぶっていました。明るい中に入り、次は「海老名SA」を確認して、段ボール/コピー用紙を広げ、海老名SAを書きます。横で見ているお兄さんを気にしながら。書き終わった所で彼は話しかけてきました。「ヒッチハイクですか?」僕は僕の事をしゃべると彼は理解した様です。彼は7月16日に和歌山でデモを主催した調隆史くんだった。すごい再会に感動。和歌山から集合してバスで皆は代々木に行くらしい。すごい感動、そして僕の知り合いの国重さん、にしでさんに会った。皆は10分程度の休憩で利用して、お台場まで向かう。私は途中まで乗せて頂く事にした。今までのロスタイム。待ち時間や太鼓を叩いた時間。人としゃべっている時間、自分が休憩して、お水を飲む時間。ご飯がのどに通らなくて焦った時間。全ての時間はこの為にあった様な物だと感じ、全てが無駄では無い様に感じた。応援されている。運がついている、皆が支援してくれている。自分の中の不安が気持ちいい物に替わり、満たされてゆく。私は幸せ者だ。


バスに乗れて、ありがとうの念仏を唱え、涙を流しながら、意識が遠のいていった。2日ほど寝れていなかった為、いつもは心地悪いと思えるバスの中でも、天国に思えた。


目が覚めたら、そこは橋の上を走っていた。何となく見覚えのあるお台場。「しまった、海老名で降ろしてもらう予定がお台場まで来てしまった。」みんな私は別行動のため、途中で降りるつもりが1時間ほど熟睡。大江戸銭湯に。バスを降りた所でカンパを募る。おにぎりと1000円のカンパを頂いて、道を尋ね、代々木公園に向かう。


歩いて、朝日を浴びる。たった一時間の睡眠が僕に歩く元気を授けてくれた。5時過ぎ。歩く。


ぐるりぐるり歩く。どうも陸の孤島の様だ。出口が2本有り、浦安の方面と、目的の代々木の方面はレインボーブリッジの様だ。ブリッジ前。誰も捕まらない。タクシーに声をかける。「タダでレインボーブリッジを乗せて」っと。丁重に断られた。


んー。浦安の方面に歩いていく事にした。レインボーブリッジを渡るには125cc以上無いと渡れない。頑張って見積もっても一馬力。「レインボーブリッジ渡れません!」


ジョギングをしているおじさんを見かけたため、道を尋ねる事に。僕の話をしてそのおじさんは代々木公園のデモの事を知っていた!さっとポケットから出てきた500円をカンパで頂き(ジョギングが終わった後のドリンク代なんだろうなぁ)モノレールを乗る事に。


切符を買い、登ったらすぐに”ゆりかもめ”が来て、すぐ乗れた。15分程、ご飯を頬張り、現金計算。2000円-310。 駅に着いた。山手線に乗り、代々木駅へ。着いたら、地図を見て公園へ。歩いても見当たらないので、道を尋ねる事に。ちょうど、向こうからパトカーが来た。尋ねたら尋ね返された。どうも、今日がデモがあるという事で巡回している様だ。全てを隠さずしゃべる。「お金を持たず和歌山からヒッチハイクで」鞄の中には糸車/野菜/チラシ。 しゃべっている自分も驚く様な内容。 道を教えて頂き、デモとは逆方向の神社の入り口を教えて頂いた。内心「おいおい・・・」と思いつつも、せっかくだから明治神宮へお参り。かなり歩き過ぎで休みたい気持ちを前に進めて、お参り。「そうだよな、東京の神様へお参りしておかないとな」と想い「応援してくれてありがとう」と伝えて、公園の方へ向かう。自動販売機でお茶を買う。120円。入り口としては原宿で降りたらいいのだと後から分かった。7時49分。代々木公園に着いた。待ち合わせ8:00。榊原さんが眠たい顔と昔の学生運動の様な格好、ハチマキ/サック/Tシャツで来た。二人でGAIAに向かう。バックパッカーとの組み合わせは異様で、僕は目的時間に着いた嬉しい気持ちで気分は高揚して太鼓を叩きながら公園内を進んでいた。皆の目線が集中する中で、ホームレスのおじさんが同じ匂いを感じたかの様に会話をしにきた。「僕らはガンジャを持っていなよと伝え」しばらく一緒に歩いたが、途中で何処かしらに消えた。途中で、小林さんがこちらに来ると言う事。私たちは公園を出た先の交差点で待ち合わせ。榊原さんから水を恵んで頂き合流。挨拶を交わし車に乗った。


天然酵母のパン屋ルヴァンに到着。小林さんととても仲良いパン屋で玄米キッシュを頂く。しびれる上手さ。しばらく、一般のファーストご飯を頂いた自分の身体はこの栄養をほしがっていた。命溢れる食事、愛情がある食べ物。昨日からそう言った物とは無縁の物を食べ、少しでお腹が拒否して、満足感を得られない一般の食べ物は次に歩み出す力が出なかった。


この玄米キッシュを食べれたおかげで、本当に必要な物に巡り会え、すごくエネルギーがわいて来た。ありがたい。


一時間半ほどのドライブで千葉に着いた。そこは成田の生産者小泉さんの農場へ。30年以上続いている有機農家で、空港問題がある歴史ある地域。伝説の生産農家で5丁ある野菜畑を年間何十種類もの野菜をくまなく耕作していた。昔はひっきりなしに有機農業の見学者が来てたが農作業が出来なくなるため今では見学を断る様になっている。小林さんの関係で今回見学する事が出来た。


機械を使い、米ぬか(N1%程度)と枯れ葉を与え作付けしてく。草は茂る前に掻き取り、在来種を基本的に作付けして水は殆ど与えない。それだけで作物が育っている。草もなく。一般の農家と見分けがつかないくらい立派に出来ている。


福島の問題で線量が高く、仕入れる米ぬかも20bほどでてしまっているからなるべく使わない様にして、枯れ草も取ってくる形だったが、ソルゴーを蒔いて草を自給する様な形にしている。


畑がとにかく点々としていて、それを事細かな作付けを行い、全てがきれいに管理されている。「完結している。抜け目がない。」流れる様な農作業の中で、きれいに整えられた野菜達は虫も出ず、病気にならず元気育っている。すばらしい畑でした。「お前らの野菜は値段が高いなぁ」小泉さん所は品目で値段を決めるのでは無く、その旬の出来る量を入れる。夏場なら20種類近くになると言われている。僕らは年中通して変わらず7種類前後。自分たちも見つめ直すべきだと思った。


小林さんは続ける。「耕さんとなぁ」と。農家として生きてゆく為には耕して、量を多く作り、経営すべきだ。そして沢山、買って頂いてる買い手に少しでも多く恵を届けるべきだ。その理念で私の農法を見ると、耕さないので沢山は出来ない。沢山出来ないから、種類も少ない。それでは買って頂いている人には申し訳ない。ということになる。「定期購入はリスクがある。買い手が箱を開けて「わ〜」っと驚く位に沢山、入っていた方がうれしいだろう」ごもっともです。


「でも、私は経営したくありません。」「野菜がどうして出来るのかを突き止めたい。」「機械を使えばそれは永続的では無い」「理想は耕さなくても沢山出来れば一番いい。それをみんな思っているはず。それが出来るはずだと思って勉強しています。」「そこを僕は突き詰めていきたい。」と伝える。「でもあなたには嫁や子供が居るでしょう?」と言われ、「私も以前は草を敷き不耕起でやったがコウロギが繁殖してしまいダメになった。」 私は「虫にやられた時期があった。そしてやり方を変えた、沢山のやり方を選び失敗している。」「僕はそこを突き詰めていきたい。」「人智を超えた可能性を見たい。」「無銭の旅はそうして始まった。」


畑で採れたおいしい野菜を頂きながら、怖いやり取りが続いた。いつもそうだ。いつもそういう風に怒られる。「それでは出来ない。」と、「親としての自覚がない」と。僕はその時いつも思う。「そうです。あなたの哲学では出来ない。」「あなたの問題だ。」


小林さんに送ってもらった後、私たちはデモを行っている代々木公園に向かった。電車代1280円。残り100円。一時間半ほどの電車。私と小泉さんの価値観の違いを榊原さんと話し合った。私は小泉さんの生き方を否定しない。すばらしく、第一人者だと思う。だから、私たちは子供としてその背中を尊敬する。そして、乗り越えてより良い世界にするべく歩んで行きたい。沢山の課題がある。妥協もある。だからこそその課題をクリアに妥協せずに進んでいくのが私たち子供の役目だと思う。彼らは道を造ってくれた。私たちはその道を整備してく。より良い物にしていくだけの事。


さて、代々木公園に着いたら朝とえらい違い。沢山の人がぎゅうぎゅうにひしめき合う。皆、バックパックが邪魔っぽい。バックパックに貼付けている「No Nukes」がやっと馴染んできた。デモの前にGAIA代々木店へ。新しい担当の方とご挨拶。また公園に戻ってきた。私はおもむろに荷物を公園前で広げた。太鼓に野菜に糸車。そして、無銭の旅の段ボール。チラシ カンパ箱。榊原さんにも手伝ってもらい、インゲンをプレゼントしていく。気になった人と、原発の事、環境の事、そして糸車による革命の事を伝え、しゃべり、語り合った。「野菜!もってってください〜。和歌山から昨日収穫したインゲンです。無農薬です。もってってください〜。」そして、糸車を廻す。野菜に興味を持ってくれた人が、旅行の事を聞いて驚く。そして、カンパを頂ける。 さすがにこのデモは自然意識が高い人が多い。沢山の人が立ち止まり、インゲンをプレゼントしてカンパを頂く。そして、互いに「原発はもう必要じゃない。」という話となる。とある女性が糸車に興味を持ってくれた。将来田舎へ移動して自給的生活を行いたいそうである。糸を紡いでる姿に興味を持ってくれた。糸車はとてもメッセージがある道具だ。


インドの国旗の中心は糸車である。独立や自立の象徴だ。


インドの独立の父マハトマガンジーはイギリスからインドを独立に導いた。イギリスはドイツとの戦争の中で勝利したとはいえ力を失った時に離れいたインドで独立運動を止める事が出来なかった。インドでは綿を育ててイギリスの工場で製品化され安くインドで売られる。インド人はイギリス製の安い衣類を纏い、インド内で今までの糸車/機織り機で作った製品が根絶してしまいました。それをガンジーは取り戻し、糸車や機織りを復活させ自分たちで衣類を作る様になるとイギリスの衣類が売れなくなって、イギリスは資金困難になってしまった。要は政治は何で動いているのかというと、私たち民衆であって、私たちが賢く選べば、未来を変える事が出来る。インドでは民衆によって国を変えたのだ。


糸車にはそう言った意味が込められている。


インドでは綿が問題だったが、日本は原発だ。皆が必要ないといえば原発は無くなる。


まだ、必要と思っている人が要るから、もしくは要るか要らないか分からない人も沢山要る。その人達に色んなメッセージを伝える。情報を共有すると、今、分からないと答えている人は必要では無いとすぐに答えが出るだろう。なぜなら、原発の恩恵の枠の中に入っていないから無関心になる。無関心になる様にニュースは分かりにくく伝えてしまっているのも問題だ。必要と言っている人は充分に知識や情報は共有しつつ、お金の為に生活を犠牲にしている人達だ。


糸車を廻しながら、そんな事を伝え、日が暮れるまで過ごした。幼なじみのひろくんと以前、wwooferで滞在したトシ(母と友達の3人)と合流出来て、車で食事を食べにその場を後にした。


築地はシャッター街。さすがに魚を食べる人は東京では少なくなったのかなと思う位に開いているお店も客が少ない。海鮮丼をおごって頂き、ありがたや〜。


僕は幼なじみのひろくん家に泊まるためにトシとは解散。感謝とハグで別れ。そこから草加市へ。600円ほど。アルコールを購入して(500円)彼の家で飲むが、一瞬で記憶を失う。眠た過ぎて、何をしゃべったか思い出せない。朝はそのまま帰るつもりだった。ただ、手元に残った4087円が気になる。昨日、インゲンをプレゼントして帰ってきたカンパだ。ふと朝6:00頃にかん変え直しもう一日回る気になった。東京で頂いたのは東京に返さねば。wwooferのルミちゃんに電話。繋がって、カフェスローに行く事に。国分寺だ。谷塚駅から出発して、1時間ほど。ロータリーで共産党の斎藤さんが昨日のデモの話と反原発のスピーチを横で聞きながら電車に乗る。新越谷で、武蔵野線に乗り換え国分寺駅へ。何もない日常の朝で満員電車をバックパックでせめて行く。皆の注目を浴びている。ある人と目が合う時に挨拶してみる。そしたら会釈でかえってくる。さて、9:00に駅に着いた。ルミちゃんは来ない。彼女は以前、米市にwwooferを家族で来たお母さんだ。2歳半のルカちゃんと今日は一緒で行動をするつもりがまだ一緒では無い。駅で太鼓を叩きながら、道を教えてもらう。するとすぐに立ち止まった人が助産師じゅりちゃんでスローにはよく行くとこの事。道を教えてもらい、先に行く事に。途中で公園があり、中国語でラジオ体操をしているお年寄りチームがあったので参戦。色々しゃべったが、昨日のデモを知らないという事。情報がやはり回っていない様だ。


10分ほど歩いて着いたが本日休み。残念と思っている時に NPOビーグッドカフェ新納さんがタバコ休憩に出てきた。そして、次に行ったらいいとこを教えてくれた。ゼルゴバ/ヤボロジ/ニチニチ。


駅に戻りゼルコバに向かう為に出発。駅の構内でルミちゃんと合流。スマートフォンでゼルコバの場所を確認して昭島へ。丁度バスが無いとの事。歩いて30分はかかる所をバックパックと子供を連れて、灼熱のアスファルトを歩く、歩く。そして定休日。この地域は畑が多く田畑も多く、なぜか懐かしい気になった。よくwwooferを送りに向かう熊取駅の雰囲気に似ている程の家/マンション/ショッピング街/畑/空き地等々が入り乱れている。こういった設計もみんな同じ様な人なのかと思える。


お店が閉まっているので母屋の女性の方に定休日かどうかを聞くとはっきり定休日。しかし、畑繋がりだという事でおじさんが登場。そのおじさんは無農薬の畑をしているそうで、鶏糞等を使った耕起栽培で長年そこでパンの食材になる野菜を育てている。土日にはそこで採れた野菜がお店に並ぶ。縦長の管理がしやすい畑を見学させて頂きトマトを味見。「あまい!」そして、僕たちの事を伝えると、2ℓのペットボトルのお茶を分けて頂いた。ありがたい。バスが来るまで休憩。横の直売所で一般栽培のトマトを購入(100円)し美味しく頂いた。帰りのバス(100円)は早かった。さて、駅に着いた。次のヤボロジ/ニチニチを調べるが検索に出てこない。どうしたものかと、詰まったときは駅前で太鼓を叩く。灼熱の中、30分ほど演奏。500円のドネーションを頂き、お昼ご飯へ。もう13:00近い。フレッシュネスバーガーでハンバーガー(320)と水を頂く。ありがたい。


バーガー店で食事中に五ふしの草さんから旅の様子の電話がかかってきた。近況を報告。そして「GAIAお茶の水店に行ったらいいよ」と教えて頂き向かう事に。15時前。到着。人も多く蒸せる様な暑さの中へ進む。電車(運賃620円)の中で少し寝れて助かった。スマートフォンはすごく便利。目的地にすぐ着く。15分ほど歩いて到着。素敵な店内で色んな情報を教えて頂く。小さい店舗は野菜や身体に良い日用品が素敵に陳列されていて、店員の女性達も素敵だ。沢山見て回った後、次ぎにいったら面白そうなお店を聞く。沢山教えてもらい、一番目に目黒に行きました。


目黒に着いた。なぜかポスターはエビスビールだらけ。そこの近くは恵比寿ガーデンプレイスというものがあるからだ。ビアガーデン。いい響きだなぁ〜。その歩く床(恵比寿スカイウォーク)にバックパックを頼んで進む。どんどん体力が無くなってきて、動けなくなってきた。汗もかかなくなってきた。二人とも無口になって、ルカちゃんは寝ている。そうこうしているうちに歩く床はおわり、自分の足で歩き始める。地図が若干分からなく、少し迷ったがすんなり着いた。Asante Sana Cafeへ。農家と都会を繋ぐコミュニティーカフェアサンテサーナ。野菜やお米、雑誌に衣類まで置いてる。素敵なカフェです。そこでティータイム。イチジクマフィンを頂いた。オーナーの佐山さんとヨガインストラクターのTomoさんにお会いし情報交換。次はナチュラルハーモニーへ。そんな僕に佐山さんはおむすびを持たせてくれた。愛情のおむすび。うれしい。


そこを後にして銀座のナチュラルハーモニーへ。ビルが立ち並ぶこの辺はさすがというか、怖いというか。スマートフォンの充電が切れてきているので、電池を購入して充電しながら使う。よく見れば、皆も電池の充電器を持ちながらスマートフォンを使っている。どうも使用量が多いんだってさ。


すんなり到着。こちらも明るい店内で手前はお菓子の製造。奥が生鮮食品や身体に良い物を沢山扱っている。そしてここの一番の野菜は肥料を使っていない野菜がある。肥料は毒と捉えて、一切入れない。土が浄化されると、野菜が育つ様になってくる。野菜担当の小山さんの話を聞いて、出来てる立派な野菜を見て、勉強になった。 出来るんだ! しかし、耕し、潅水をして、ビニールマルチも使う。僕は思う。「耕さなくって出来たら良いのになぁ」と。僕はそこを追求していきたい。


さぁ、最終確認のトシへの連絡が出来て、泊まらさせて頂く事に。最後に三軒茶屋へ向かう。OHANAに着いた。カフェと日用品と野菜が並んでいる。そこの店長もいい感じの人だが、映画上映イベントのため店内を見させてもらうだけ見させてもらってすぐに出てきた。流木と木をあしらった店内は僕は落ち着きを感じた。


繁華街の方へ移動して、少し太鼓を叩く。丁度交番の裏に公園があったので、そこで広げる事に。さすが、色んな人が居る。夜の街に太鼓が鳴り響く。もっと沢山の人がキターでも引いているのかと思えば、そうでもない。ただただ忙しい人の動きは回遊魚の様だ。そこで、学生達が声をかけてきた。「なにをしているのですか?」「おかねをもっていないのですか?」「和歌山からどうして来たのですか?」日本人には珍しく、分からなかったら聞く姿勢に私は嬉しさを感じ、全てを答えた。高校性でこれからの将来が不安だということ。


私は私なりの答えを伝えた。


不安は見えないから不安。それで動けなくなってしまうのは元も子もない。ならば不安をどう鮮明にクリアにしていくか。私たちは必要とされている存在であり、必要ない物は消えていく。 皆が僕を必要だと感じてくれるのなら私は生かされていくだろう。それがないのであれば消えていく。私は自分の声を聞いて、人を信用して、人に奉仕する。それに対して見返りを求めると、それはかえってこない。見返りを求め続けある日、見返りを求めなくなった時に別の方向から見返ってくる。お金であったり、感謝であったり、モノだったり。私たちは人によっていかされ、自分は他人を生かし続ける存在であるべきだと捉える。人に依存するのでは無いが、自立が出来た時に全てに生かされていると感じる。


その時に私たちの心は満る。それが本来の幸福感であると考える。


それを考えたときに。自分が何をしたいかまず考える。何をしているときが楽しいか。それを進めていくと、それが他の人を幸せになる道具になる。その楽しい事を我慢して、嫌な仕事をしても嫌な事がかえってくるだけで時間の無駄と捉える。楽しい事は時間を忘れるぐらいに、長くしんどくなく続ける事が出来る。技術、レベルがある一定まで上がるとそれは、自分以外の人もそれによって楽しむ事が出来る様な仕組みになってくる。


そうするとそれは自己満足に終わらない。自分を満足に出来る力が満たされると、そのコップに注がれた満足が他のコップを満たしにかかる。それが本来の仕事だと思う。その中には不安や恐れや世間を気にしないといけない。周りとは違う自分を認めないといけない。 それにはとても勇気がいるが一歩踏み出せば、不安よりも希望やわくわくや面白さや楽しさが増えてくる。不安や恐れが大きければそれはとても大きなわくわくに繋がると考えている。不安や恐れを感じるのはとても大切な事だ。もう、一般の人はそう言った感覚が薄れていると思う。何に対しても無関心になってしまっている。私は何に対して関心したい。勉強したい。自分を別の枠に置いて自分の心を見る為に無銭の旅に出た。


自宅ではやりたい農業があって、今僕の理論が確立されつつある。それは耕さずに野菜が多く出来る方法だ。後はその作業を繰り返せば良い。結果はもう喉まで来ている。土日のピザ屋を営業している。少なからず収入がある。自宅でずっとやってきた自分がいて、外の空気を吸ってみたくてきた。色んな情報を仕入れて、自分をあえて不安な場所に追い立てて、自分の心を観ていく。そんな時間は必要だった。だから財布を置いてきたんだよ。今から泊まる家まで12円足りない。ここで太鼓を叩いてその位を稼ぎたいと思っている。


「もし稼げなかったら?」私の今の行動はここで稼ぐということだよ。未来に生きてるのでは無く、今なんだ。だからその未来に生きるもしくは過去に生きる考え方はしない。稼げなかったら行けないまでだ。もしくは行くべきでは無いから稼げないんだ。それを常に情報をメールで送っている。ツイッターに流している。 皆、未来の事を思って、今をテキトウにしか生きる事をしない。今を一生懸命にすれば良いのに。このツイッターを観て、その事に気がついて欲しい。


「携帯の充電が出来ない場合は?」その情報が必要なかったら携帯の充電が出来ないであろう。必要があるから充電出来る場所にいる事が出来る。


「ふーん、ヒーリングってなんですか?」(僕の言葉が伝わったかな?)ヒーリングはレイキというもの。少し教えてもらって、少し出来るんだ。手からエネルギーが出て、患部に当てると痛みが和らいだりするんだ。昔からある「いたいいたいとんでいけ!」と言う物だよ。「僕、腰が違和感あって、」「やってあげようか?」「お願いします。」 靴を抜いて、呼吸を楽にして、深呼吸を一緒にする。深呼吸はまず、お腹の中にある空気をいったん全部出す。そして、ゆるりと息を吸う。そうすると深くまで息をする事が出来る。三分位繰り返して、手すりに彼を座らせて、小さな垣根の上に僕は足を突っ込み、後ろから体全体。そして、腰に向けてエネルギーを回転させる。上手くエネルギーが伝わったときは手から患部にかけて、ゾクゾクとしたエネルギーが伝わっていく。今回もそう感じた。上と下のエネルギを身体の中心に集まって、手の方へ流れ患部を中心に広がって拡散してく。そんなイメージが自分に流れる。10分ほど、お手当を行って完了。 「病は気から。効くかどうか分からんよ」と伝えた。彼は「ありがとうございます」といって、彼の仲間と相談し合い、カンパを出し合い208円頂戴した。


その後は気が済むまで叩いた。歌った。ルミちゃんやルカちゃんが踊った。21時を少し過ぎた。トシの家に向かう様に進んだ。そこでルミちゃんとお別れ。かわいそうに。12時間以上もナビゲートしてくれた。ありがたい。彼女がいなかったら進めなかっただろう。ただただ、感謝を。


立川に乗り換え。普通の高校生がアルバイトの話をしていた。どうもそれはキャバクラの話か、No,1が最近出てきていない。彼女と彼女の関係が悪い、彼女は悪口ばっかり言ってるから人気が出ないんだよ。等々、そんな話をずっとしていた。特に見た目は普通の女子高校生なのにさすが東京。レベルが高いと思った。むしろ、高校生でそれだけ稼いでると、今後の生活に支障を来すのでは無いだろうかと思った。


同じあきるの市武蔵増戸駅で降りた。11時頃。残金196円。使い切った。


トシが足をびくついて迎えにきた。ありがたい。トシはうちの家でwwooferをしていたのだが、バイク事故で自宅にて安静にしている。複雑な骨折をしているので治りが遅いが、なんとか無くならずには済んでいる。昨日のデモも引きずりながらだが、行進をして今日も駅まで迎えにきてくれた。


一軒家の広い家。おじいちゃんとも家族で一緒に住んでいる。飲み交わし、寿司を頂き、すぐに睡魔が。色んな事をしゃべり合いたいが、ろれつが回らなくなってきた。12:30には布団へ。明日も早いという事で寝た。


朝。4:30起床。トシがお弁当を作っている。ゆでられたトウモロコシはトシのおじいさんが作ったもの。立派できれいだ。玄米おむすびとトウモロコシを積んで出発。彼は運転は出来る。近くのSAまで運んで頂き、そこで別れた。さて、ヒッチハイク。もうなんか清々しくヒッチハイクが出来る、こなれてきたか、ものの5分で車に乗せて頂く。6時手前談合坂SAに到着。次のヒッチハイクも一つ一つのドアの前で段ボールを持ってアピール。トラックは仕事の関係で乗せてもらえない。また、普通車に10分もしないうちに乗せて頂く。諏訪湖SAまで。途中で桃源郷のサービスエリアで色々教えてもらう。気に良いって頂けたみたいで、うちの娘のお土産も手渡される。その時にやっと気付いた家族へのお土産も無しでごめん。諏訪湖SAで悪臭に気付く。残っていたインゲンが土に帰りたがっていた。植樹の糧に戻してあげて、ついでにバックパックの掃除。要らない物を掃除して、おにぎりとトウモロコシも胃袋に納める。8:30。さて、次の車を探すと、神戸ナンバーが。奥様に声をかける。渋々乗せて頂く。ありがたい。探し始めて5分。一度、ヒッチハイカーを乗せてえらい目になっているみたいで、次の駒ヶ岳SAまでという事で約束を得た。


ボルクスワーゲンの黒光りしている車におかあさん1人で神戸東灘区の家に帰る途中に朝ご飯の為に諏訪湖SAに着いた。おかあさんは僕の為に急いで食事を済ませた。一緒にベンチでお茶を飲んでいる時に匂いを嗅ぎにきた。以前に乗せたバックパッカーが臭かって、嫌な気持ちになったそうだ。「私はズバズバ言うからね」「気に入らなかったらすぐ降ろすからね。」「とにかく次のSAまでね。」「うるさいのはごめんだから」というので、僕もその覚悟で「何でもすぐに言って下さい。」「気に入らなかったらすぐに降ろして下さい。」「しゃべってうざいと思ったらすぐに言って下さい。」といって、旅を共にした。夏休み、息子達の孫が集まるという事で、毎年、この時期になると集まっているそう。長野の別荘に連休を利用して息子達は来て、私はその後一日掃除して早朝に神戸に帰る。旦那はそういったのに興味がなく神戸にいる。そして神戸に帰る途中だそうだ。


僕の話、そしてお母さんの話。しゃべっていくうちに打ち解けてきたようで、どんどん僕の目的地も近づいてきた。




なぜ、こんな世の中のなったか。


政治家の誠意が見えない。矛盾だらけで、嘘を嘘で塗り固めてしまっている世の中にどうしてなってしまったのだろう。育ったルーツを知る為に教育の話になった。


今は政治教育をしていない。知識が全くなく、大人になっても政治に無関心になってしまっている。なぜか分からない暗記だけの学校生活で僕は意味を見いだせなかった。暗記が出来る子が賢く成績がいい子とされ、疑問や分からないと言った子は質問も出来ぬまま、言葉の意味、なぜその問題をする必要があるかすら分からず育ってしまう。成績が悪く、頭の悪い子の烙印を押されてしまう。シュタイナー教育の様に自然に恵まれた環境の中で、子供が本当の力を発揮でいる様な教育では無く、右にならえる子が正しいとされる。もはや自分で考えて行動する子は日本では異端児なのだ。僕ら世代はパンが主食でアメリカ産小麦で米では無くパンを食べた。そして常に牛乳を飲まされアレルギーやアトピーが増え、輸入の牛革のなぜかランドセルを背負う様になった。


日本の食べ物を支配する事で外国は利益を上げて社会教育させない事でそこに疑問を持たずに働く大人を作っている。


私たちは学業に追われて、暗記に追われて、モノの移り変わりの事、政治の事、お金の事、食べ物の事、を勉強出来ないでいる。大人になってからは働き詰めで考える事が出来なくなってしまう。モノの流れや、お金の流れ。何の為に働いているのか分からなくなってしまう。


言われた通りの人間。そして何の為に働いているのか分からなくなってしまうのはとても危険であり。 私たちが日々行動している事が実は環境破壊に繋がって、最終的には自分の首も占めてしまう様になっている。そこまで読んでから行動すべきなのに言われた事をやればお金が入ってくるのは人が育たない。私たちは未来がより良い環境になる為に働いてるはずなのに今は全てを消費して、未来には良い未来を残せなくなってしまっているのはとても残念に思える。


僕らの出来る事はモノの流れを伝え、世界の動きを伝え、命の大切さや自然環境の大切さを伝え訴えていくべきだと考える。それは子供たちに。そして周りに伝え広めていくのが未来の社会に出来る貢献だと思う。それが今の大人の仕事だと捉える。皆が自分で考え行動出来る様な社会をイメージしながらそれに向けて進んでいくべきだ。


特に子供たちは今は不安が多い。私たちが真面目に、正直に頑張っていれば、そんな子供たちはしっかりと歩めるだろう。私たち大人は追求を続ける。そこは際限がないが日々努力が必要だと思う。そんなこんなで、桂川SAまで送って頂いた。13時頃。


そこから南の行く車が見当たらない。仕方ないから吹田PAへ。14:00


吹田PAでも和歌山に行く車がない。


そうだと思いきや、ばんまいに行こうと思いつく。電話をしたら留守。榊原さんに電話をすると、今日は御堂筋の方でオーガニックマーケットを行っているとの事。毎週水曜日に大阪マルシェを開催中との事。そのマーケットに行ってみたい!そして、夜には次回の森の集い(前回は靭公園で5月に開催され大好評でした)は兵庫県和田山で行う会議が夜に行われます。その会議に行ってみたい!


しばらく考えた末、万博に集合で嫁に来てもらう事になった。丁度、娘がぐずって、どこか出掛けたいという事で、大阪まで来てもらう事に。


吹田PAから抜け出して、万博公園を目指します。通りかかった人全てに道を聞きながら、歩き始めました。15:00


遠すぎる。しかし、気分はさわやか。会う人と会う人が神か仏に見えて、祝福してくれている様、万博に向けて進んでいる。汗も滝の様に流れて、遠い。


近道を教えてもらい、ぐねぐね道を進んでいく。丁度学生達が帰る時刻なので、子供たちに聞きながら進んでゆける。少し斜めになってきた日の光はいつもよりまぶしく感じる。それは子供たちが光り輝き元気に走ってかえっていくのをよりいっそう引き立てている。「元気やなぁ〜」と思いながら、皆と逆の方向の万博へと向かう。とうとう16:30に万博公園に着いた。嫁も同じ位に着いた。家には帰れなくてゲームオーバー。


その後、いつも野菜でお世話になっているスプラウトさんや、榊原さんと合流。米ディーNo,1さんやばんまいのでぐっさんとお会い出来て会議に立ち会え、満足。


かえってきたのが24時頃。この無銭の旅は終了しました。残金は最後にペットボトルの麦茶を買い使い果たした。


この無謀な挑戦に巻き込まれてしまった、皆さん。ご迷惑をおかけ致しました。心配になってツイッターで応援してくれた皆もありがとうございます。こんなに多くのヒッチハイクは初めてでかえる頃にはコツを掴み大阪までかえってきました。万博で終わって平和の象徴の太陽の塔を拝めたのもなにかの縁。そうなんだ、何かにつまずいても、物事が上手く行かなくても、それはより成功を楽しむスパイス。その不安や恐れや失敗を恐れずに、いや恐れても良い、なにか無駄でバカな事でも良い。まわりに何と言われようともそれを進めてみるのも良いかもしれない。


しかし、僕には協力があった。 私の嫁や母はそう言った僕の行動を許し出送ってくれた。相当な勇気のいる判断が嫁や母にあってそれを乗り越えて、行っても良いという風になった。僕は「絶対行かなければいけない」とは思わなく、こういった行動が必要だからする。でも、家族の中で反対の意見があれば私は進まなかっただろう。今回も嫁や母は僕に自由と勇気を頂いた事に感謝を表したい。ありがとう。「こんなバカに言っても無駄だから」か「ホンマに行って帰って来れたらすごいよね」とも思ってくれたんかな。



行ってかえってきてから皆に変わったと言われます。自分には到底出来ない事を今回は挑戦させて頂きました。帰ってきてからラッキーの連続です。前までは自分だけだったが僕に関係している周りにも幸運が広がってる様です。僕の場合は欲しいと思った物が手に入る、やりたい事が良い事ならすぐ実現する。行く所の時間やタイミングがすべて丁度いい。偶然の連続。この無銭の旅でお土産は幸運を持って帰って来れたと思えました。


原発の問題でも、身近な家庭環境の中でも諦める事が多いのはまず始めに「どうにもならない」と思っているから。この旅で皆に伝えたいのは「どうにかなる」「どうにかする」ことです。最後は吹田でゲームオーバーでしたが、その後の動きを見てみるとそこで終わらしてみんなと会えた方がよかった。と言う風に思えた。


まだ、原発の動きがある。たから僕らは共通の目的で、集まり、生き方の話し合いを行える。もっと必要だからまだ再稼働する。僕たちが情報シェアや自然に沿った生き方に切り替わるまで、原発の問題は続くと思っています。その自分の心の奥にある「原発」という問題を今まで見て見ぬ振りをしていたのがツケが回ってきたのだろう。私たちはより自然を大切にオーガニックの輪を広め、原発依存の生き方を改める必要があると思えます。ゴールや目的も必要かもしれないが、まずはそう言った意思の表示をしていくべきだと捉えます。今回も特に目的やゴールに興味がなく、行って帰って来れたその工程がドラマティックであって充分楽しめ、ずいぶんと自分の中と葛藤出来ました。不安や恐れや未熟を感じ取れ、勉強出来てさらに自分の農園で活かしたいと思います。ヒッチハイクの旅は終わったけど、無銭の旅はまだ終わってなくまだ続きます。

最後は万博にて。

僕の生きてきた中できっかけとなる出来事。それを文章にしていきます〜
まだまだ工事中です。

自然農と出会う 「教科書はひとつじゃない。」
太鼓 「心をオープンにする・踊らせる。」
借金 「責任は重さがない」
宇宙船 「入船証」
小麦畑 「Everything's Gonna Be Alright」 「あの子供のために」
ピザ屋のきっかけ「思ったことが現実に」
wwoof生活 「みんなの中に正しさがある。」
無銭の旅 「孤独と不安に向き合う」
農レンジャー「一歩は自分から」
アースバック「何十年たってもいい。諦めなければ。」
限界    「全てを失う。でも自分はある」
沖縄宮古島へ「自分を試してみる。自分が思う理想の生き方。」
ビーチクリーン「やっとみつけた。本当にしたいこと。」
米市農園を再開「より良い社会を育むひとしずくのきっかけ。今の僕ができること」

 みんなが好きで集まり好きなことをして自分の夢や理想を叶えられる場所。自然が豊かで心地よくてただ存在だけで生きてていいと思える環境を作りたい。全ての職業がここで体験できるようにいろんな事業を農を中心に広げて行きたい。
農業・飲食業・宿泊業・ガイド業・体験業・建築業・イベント企画・看板・アート業・音楽活動など。おいしいものを提供して、心地よい空間を提供して。音楽やアートで楽しめる物を提供していけれたらいいなと思っています。

 ビタミンやミネラルを多く含んだ野菜を育てるためには肥料を入れない方法を行います。
窒素などの主成分の肥料を与えなければ、必然的にほかの物質で植物は形成されます。

もし、そこに特化した野菜を育てる場合に無機質のミネラルを投入して与える場合もあります。消石灰・苦土石灰・有機石灰などです。

野菜はややアルカリ性が生育が良いため慣行農法の場合は必然的に施肥を行います。 私の思う農法では石灰等は施肥しません。草を入れればそれで事足りると考えています。 

植物を燃やせば灰になります。灰はアルカリ性なため、有機物が十分に含まれた土壌は微生物の働きによって必要な栄養分は植物に供給されます。石や砂があると必要であれば植物は根酸を出して石を溶かし自分で必要な必要な栄養分を吸収することもできます。石灰を入れる必要がないと考えます。

 採掘エネルギーを使って運搬エネルギーを使うのは購入原価以上に地球に負荷がかかると思います。 そして無機質の資材も多量に使用すれば土のバランスを崩します。土を固める性質があるものもあります。


赤目自然農ではそこで生えた草を土に返すことをして土を豊かにしています。それはすごく年月がかかります。7年ほどで土が豊かになると言われていますが、皆がそこまで待つ事が容易ではありません。

もし、早く収穫を得たい場合は、落ち葉や草を投入すれば、投入した分だけ収穫量が上がり、土も柔らかくなり、団粒構造が生まれます。

「微生物を生かし循環を考える」
今の現代のほとんどの農地は有機物不足になっています。
窒素リン酸カリでの栽培が長くなってしまって土の中の有機物が少なくなっています。

有機物を投入して、単流構造から団粒構造にすれば作物は健全に育まれ、その有機物にはビタミンやミネラルが多量に含まれています。

しかし、植物はその有機物のままでは吸収できません。それには小動物や微生物の力が必要です。そういった生き物は化学物質には弱いです。

できれば汚染のされていない物を選んで投入し農薬や化学肥料の使用を控えめにすれば有機物がすばやく分解され土が団粒構造になるのを助けてくれます。
 トラクターなどの機械を入れて土を混ぜ合わせるのも小動物やエネルギー燃料の循環を考えた上で使用を考える必要があります。

植物を育てる場合、現代の農業の本には3大栄養素のN・P・K (窒素・リン・カリウム)を栽培基準として施肥設計します。
窒素は植物全体の成長を促します。リンは酸素と結合するのでリン酸として言われる場合が多いですが、主に花や実を形成するのをお手伝いします。 カリウムは主に根の成長を促します。

植物は個体差はありますがひとつの例として、○炭素C45  ○酸素O45  ○水素H6  ○窒素N1.5  ○カリウムK1  ○カルシウムCa 0.5  ○マグネシウムMg0.2  ○リンP 0.2などです。
炭素・酸素・水素などは空気中にあるため一般的な施肥設計からはずされています。

ビタミンやミネラルを多く育てる方法は肥料成分を与えない方法です。 

昔ながらの野菜は現代の化成肥料が無かったため、落ち葉や、草などがメインで野菜を育てていたため、窒素・リン酸・カリウムの割合が少なく、落ち葉や枯れ草に含まれる多量のミネラルが吸収された野菜ができたと考えられます。栄養がぎっしり詰まった野菜、「見た目より重たい野菜」や「水に沈むトマト」など、しっかりと味がする野菜です。

有機栽培でも多量に施肥をして育てられる場合があります。肥料が植物にとって多すぎる場合、障害がおきやすく育てるのが困難になります。病気や害虫に悩まされます。多量に窒素肥料が入った野菜は人間にも悪影響を及ぼし硝酸態窒素と言われます。 

植物には窒素は欠かせない栄養ですが、土壌の中に窒素が多すぎると、葉っぱで光合成が間に合わないくらい窒素を含みます。その窒素をしっかりと光合成をしてアミノ酸に変われば問題ないのですが、その原材料のまま収穫されてしまうと体に悪影響を及ぼします。硝酸態窒素が体の中で活性酸素を発生させ体を酸化させていく働きとなります。葉の色が濃く、苦味やえぐみが強い野菜になります。

ヨーロッパでは硝酸態窒素の割合が野菜にもよりますが3000ppm以上のものは流通規制があります。日本ではその規制がなく、大阪のある生協組合は1000ppm以上のものはその生協組合に出荷できません。
硝酸態窒素の値が低い野菜は活性酸素を外に出す働きがあります。肌のつやが良くなり、あらゆる病気を予防する働きがあるといわれます。葉の色が薄く苦味やえぐみが少なく、すっきりとした味わいの野菜が育ちます。

 ただ一概に苦い=体に悪いわけでもないです。春の野菜は苦味が多く体の老廃物を外に出す働きがあると言われております。

窒素の肥料が悪いのではなく、ちゃんと分解されていく事ができていれば窒素などの肥料も使いようによっては扱いやすい資材です

病気になる原因のひとつに現代人には「ビタミン・ミネラル不足」があります。そして、そのミネラルには2種類あり、有機ミネラルと無機ミネラルがあります。有機ミネラルは植物から摂取できて過剰摂取の害は無いですが、無機ミネラルの過剰摂取は慢性病の原因になると言われます。関節炎や腎臓結石・脳梗塞などです。

ビタミン・有機ミネラルを含んでいるものそれは食べ物です。しかし、現代の多くの食べ物はそのビタミン・有機ミネラルを多く含んでいません。白米・白砂糖・白い小麦粉・旬ではない野菜などです。

しかしビタミン・有機ミネラルを多く含んでいるものは玄米・黒糖・全粒粉・旬の野菜などです。

旬の野菜を更にビタミン・ミネラルを高めていくことで病気になりにくい体ができると考えました。

それには植物体内のビタミン・ミネラルの割合を高めていく栽培方法が必要です。



ー引用ー

野菜の栄養成分の移行

1950年、最初に発行された『日本食品標準成分表』によると、ほうれん草100グラムあたりのビタミンCは150ミリグラム、鉄分は13.0ミリグラム含まれていました。これが1982年に発行された四訂版になると、ビタミンCが65ミリグラム、鉄分が3.7ミリグラムになり、2005年に発行された五訂増補版だと、ビタミンCが35ミリグラム、鉄分が2.0ミリグラムと減少しています。
 以前の農業技術では旬のものは旬でしか収穫できなかったですが、ビニールハウスや品種改良の結果、旬の時期以外で収穫できるようになりました。年間の野菜の平均の結果での成分なので低くなったのは確かですが、旬の方が野菜の栄養価が高く安価でおいしい野菜と言えると思えます。

ミネラルの必要性

現在のサプリメント文化の立役者はポーリング博士といって、ビタミンCの普及で有名な方です。そして、ビタミンEやBなど他のビタミン、ミネラルの重要性を唱え、普及させたのも博士だと言われております。



ブルーベイビー症候群

1956年のアメリカで、赤ん坊に裏ごししたホウレンソウを離乳食として与えたところ、赤ん坊の顔が真っ青になり、30分もしないうちに死亡に至った事件である。計278人の赤ん坊がこの中毒にかかり、その内39名が死亡した大惨事である。WHOによれば、第二次世界大戦後から1986年までに約2000件の中毒事故があり、160人の乳幼児が死亡している

硝酸態窒素

硝酸態窒素は体内に入ると亜硝酸態窒素という有害物質に変わり、血液中のヘモグロビンの活動を阻害するので酸欠を引き起こし、最悪の場合死に至ってしまう。また、発がん性物質のもとになったり、糖尿病を誘発

活性酸素
活性酸素を発生させる要因として、食品添加物・化学物質、排気ガス、タバコ、アルコール、紫外線、放射線、ストレス、農薬、薬剤、電磁波、病原菌、過激な運動など様々です。現在の生活を維持する以上これらを取り除くことは不可能です。活性酸素は過剰になると正常な細胞を傷つけてしまいます。なんと病気の90%が活性酸素によるものだも言われています。活性酸素は呼吸で吸い込んだ酸素のうち約3%程度が活性酸素に変化するそうです。活性酸素は体内で酸素を使用することで発生します。活性酸素が発生すると細胞が酸化して病気の要因となります。老化も細胞が酸化することによって早まります。


活性酸素は除去できる。
活性酸素は電子のバランスが崩れているので、電子を与えることで過酸化水素に変りますが、その電子を与える役目をしているのがビタミンA、ビタミンC、ビタミンEでビタミンACE(エース)とも呼ばれています。ビタミンEは抗酸化力が強く、電子を与えてビタミンE自体のバランスが崩れると活性酸素よりも細胞を破壊しやすい活性型ビタミンEに変化します。活性型ビタミンEに電子を与えて正常な状態に戻すのがビタミンCです。

ミネラルも必要
活性酸素を消去する抗酸化酵素は、亜鉛、銅、マンガン、セレン、鉄などのミネラルがないと機能しません。これらのミネラルは酵素を働かせる補酵素としての役割をしているのでミネラルを含んだ食品を摂ることも大切です。

「病気が治る究極の野菜を育てたい。」

はじめまして、こんにちは。米市農園の高橋洋平です。「病気が治る究極の野菜を育てたい。」と思ったのは僕の高校時代です。農業高校時代の2003年に赤目自然農塾に通い現代の農業事情や環境汚染問題を知りました。
地下水は汚染され年々作物が育ちにくくなり、今のままでの暮らしでは次の世代の人達がとても住み辛い生活になると知りました。
 今の僕に何ができるかを日々考えていました。高校生活2年生の時に父が病気になり闘病生活が始まりました。 家族みんなで玄米での食養や自然療法を取り組み、僕自身体調が良くなりました。
高校の勉強では慣行栽培(一般に育てられる栽培方法)を学び赤目自然農塾に通い、図書室では農業の本を全て読みきりました。 そして本の中には答えはない、自分で向き合って学ぶ必要があると考え畑に向き合いました。

その頃から15年の月日が流れ、色んな経験をしました。今は米市農園は色んな事業を行っています。自分の中で試行錯誤した日々の野菜の向き合い方や考え方をお伝えできればいいなと思っています。そして病気が治るような究極の野菜を育てたいなと思っています。まだまだ発展登場ですが参考になれば幸いです。

※〜※むらびと募集※〜※

一緒に夢を追う仲間を募集。


農業技術を勉強したい、自給的な暮らしをしたい、オリジナルな技術を身につけて生きていく力を身につけたい。好きなことでお金を稼ぎ暮らしを充実させたい。自然環境や自然農に興味がある。方にぜひ!

一緒に生活をして、生きていく知恵を共有しませんか?


午前中は米市農園のお手伝い。昼からは自自身のしたい事をトライ!

どうすれば、どのように、好きなことって?一緒に考え実践しよう!


wwoofに登録していました。8年ほどの間で500人以上が訪れ、最短1泊、最長2年半の受け入れをしていました。

あなたのやりたいこと、夢を応援します。

※〜※※〜※※〜※※〜※


今、滞在中の仲間今後はどうなるかわからないということで、新しい仲間を募集します。

昨日今日で面白い話が多かった。 柿畑が一丁(300坪×10)余ってるんだけど、してくれる人がいないかな?とか。 農作業なんだけど、アルバイトに来てくれないか。とか。

田舎では仕事がない雰囲気が多い中で、こういった話をちょくちょく聞く。将来的に農業をしたい人には良い情報なんだろう。

米市農園は正直、バイト代が出せれるほど、事業が大きくない。一人で回せれる程度で小さく運営している。

うちの農園は部屋は多いし、うちに滞在して、お金が必要ならそういった田舎らしい自然を感じられるバイトがちょうどいいかも知れない。都市部からきた人がある程度、お金も入って、やりたいことを追求できるような環境づくりができると良いな。


ピンと来たらぜひおいで。


眠ってあった、ブログを更新していきます〜。

米市農園、春から動いています。3週間ほど沖縄の宮古島に行ってきて先週帰ってきました。また、農園を再開しています。


やれること、提供できること。



昨日来られたお客さんは面白かった。


電話機の不調で、道もわからず、今回、2回目でやっと探せた。 和歌山駅前でジェンベを叩いて、知り合った。
イライラが溜まっていっぱい怒られた、「相手の立場に立って商売しなさい。」っと。

せっかく美味しいピザなんだなら、

・チラシが見にくい。
・近隣に大きな看板を立てる事。
・電話機の故障(まあ、ばらくは携帯電話でもいいかな)
・音楽CDを出すこと。

です。

和歌山でこういったことはブログでもトップに出るらしい。しばらく、動かしていなかったけど。なので、ブログの更新作業をしつつ、おばちゃんに言われた事をやってみようかな。

ではでは!

まいど!米市農園 高橋洋平です。

米市農園は締めましたが、なんか、たまに開けてます。

今は実家に帰ってきてますが、新しく農園を宮古島で作りました。

形が出来てきたのと、イベント情報で発信していくので、どうぞこれからもよろしくお願いします!

※〜※※〜〜メルマガ配信〜〜※※〜※

お久しぶりです。


面白い予定が増えてきたので、自分自身もみんなに提案できるものが増えてきました。

[和歌山]3/3〜3/8 ※アースバック建築※ 時間 9時?17時参加費 1日2500円 米市農園 紀の川市北中216

[和歌山]3/8(日曜日) ※米市pizzaパーティー※ 11:30 open 24:00 close 米市農園 紀の川市北中216

[沖縄・宮古島]3/11(水曜日) そらの会 in 宮古島  18:00〜 宮古島城辺砂川 ウイピーサヤ ¥3000
https://www.facebook.com/events/1547274482217996

[沖縄・宮古島]3/14(土曜日)OPEN記念!pizzaパーティー 17:00  宮古島城辺友利306-5の隣の庭の奥
https://www.facebook.com/events/670580099719004

[沖縄・宮古島]にて始まりました。Zion village project
ビーチクリーン・自然農・流木アート・セルフビルド・web制作・チラシ作成・ヒーリングサロンなどを活動中

※ドネーションレストラン始まりました。※

Pizza&Pasta&Caffe ※Zion※
金・土 OPEN 17:00〜24:00(L,O 21:00)
住所:沖縄県宮古島市城辺字友利306-5の隣の庭の奥。


※ヒーリングサロン始まりました※
サロンスペース 【ウィピーサヤ】
宮古島市城辺字砂川157-6

・「お泊まり」¥5500円 1泊2食

・体験オプション
https://www.facebook.com/VillageZion/posts/417617841727700



※ビーチクリーンしています※
前浜ビーチ集合毎週水曜日14:00〜 ※作業しない日もあるのでこられる際は問い合わせください。


以上、問い合わせはy.t@komeichi.net 高橋洋平まで。


ということで、和歌山から宮古島へ移住しました。
向こうで砂糖キビの収穫のあいまに、建築を行い、お店が始まりました。
新しく畑を借りて種蒔いて。サラダが収穫できています。

宮古島は空が広く、砂糖キビの収穫期で大きな収穫機械(ハーベスター)と運搬のトラックが街中を賑わっています。
僕はプレマさんのオルタナティブファームにて農作業のアルバイトで黒糖蜜作りの為、サトウキビを収穫し、加工場にて圧搾をしています。
この忙しいのに旧正月に合わせたかのように和歌山に帰ってきました。


そして、今週、明後日(3/3〜3/8)から建築ワークをスタートさせてします。


ぜひ!!来てください。一緒に夢を積み上げていきましょう。


アースバック建築ワークショップ』

アースバッグビルドの基本を学びたい方、一週間を通してノウハウを学ぶことが出来ます。
アースバッグの建築方法、模型作りによるデザイン性、土建築の可能性、セルフビルドの楽しさを?ムバラッセワとデュニヤマヒルで座学と実習を織り交ぜて過ごして行きます。


また、今回のワークは経験者(以前に3日以上参加)によるスタッフも募集しています。
宿泊(米市農園)、食事を提供させていただきます。ぜひ、バラッセワの建築にご協力をお願いします。
再会を楽しみにしています。ちょとしたひやかし、応援、お手伝いの方も大歓迎!一緒に土遊びを楽しみましょう! 山口暁


※アースバッグとは、
土のう袋に土を詰め壁を作り?家を建てる。バラッセワはショートバッグ(市販の土のう袋)に土を入れてひたすら積んで壁を作っています!
2015年
日時:3月3日?3月8日

時間 9時?17時

参加費 1日2500円
( 1日、ドゥニヤマヒル座学は5000円)
全日間通し割、16000円
集合:現地
(車は海神社駐車場にお願します!!)
もしくは、
米市農園に8時50分集合
(和歌山県紀の川市北中216)
作業服装:土とたわむれても良い服

必要なもの:軍手、厚手の皮手袋(有刺鉄線作業用)、長靴か底の厚い靴、カッパ、マスク、防塵メガネ(消石灰作業用)、ワクワク魂(*^-')b

○8日最終日夕方?親睦会♪
(米市でピザパーティです!別途料金♪)
親睦会のみの参加も大歓迎(^^)/

宿泊希望 1泊 1000円(米市)
食事希望 1回 500円
(自炊可能)

○お子さま連れの皆さまへ
建築作業中の現場は危険な場所や物があります。保険に入っていないので、どうかお子さまから目を離さないようにご留意願います。
万一怪我等をおわれた場合当方では責任をおいかねますので、ご了解のほどよろしくお願いします。

お問い合わせ、申し込み
tout-va-bien.2009@docomo.ne.jp (フウカ)まで




※※〜※〜雑談〜※〜※※

「間違いない」と言う話。今、メルマガを和歌山の米市農園にて書いている最中、母が横でしゃべっている。
「これでよかったね」としゃべっている。そう言ってくれてありがたい。

僕自身の責任を問われているが、尚且つ、母は納得して、前進してくれている。


自分が農園を閉めたその波紋は大きく「人を残念な気持ちにさせている。」という人もいるが、
その作ることが楽しかったために宮古島でも同じことをしている。「和歌山でそのまま続けたら良かったのに」とも言われている。



僕は農園をしていく上で、鷹の目線で全体を見ながら仕事を回していた。
でも実際、外に出ると、自分のした過去がさらに上から見ることができ、今に生かすことができている。


前の僕の行動によって傷ついた人も多くいるかも知れない。残念な気持ちにさせているのは確かににそうかもしれない
そこは配慮しながらも、旅の時はそのことを後悔していた。

でも今は宮古島に住みながら、その事を考えていくと、

傷ついた、傷つけたとは主観だから、どんな行動をしても相手の気持ちによってそれは良いか悪いかの判断になっている。


母がそう言ってくれるだけで僕の心は温まる。ありがとう。


http://ameblo.jp/nanairo--moon/
昨日、この方のイベントに参加した。7人ほどのヒーラー・ライトワーカーなどの関係する方達と集まり、お話会をしました。
宇宙の話、龍の話。それぞれの感性が違う話。普通の人と何一つ変わらい。それぞれが生きてる中で感性が人を違うことを悩んでいる人もいた。


自分がこれでいいんだ!

を思えるために。


ただ、こういうが公になってきた。


時代が流れ、こういうことも以前では、自分だけがおかしいのではないか、変なのは資本主義社会に適応できない。という中で一人で悩んでいる。


自分の産まれた感性が社会にとって必要で、必要でないか。という事よりも自分の生まれた感性は否定できない。もう生まれてしまっているから、
否定すると直接的に自分を否定する形となってしまう。そうなると、どんどん落ち込んでしまう。


それが全てだ!とも思ってもいいし、あなたはこう思っているけど、私はこう思う。という考えで居ると素のまんまで生きることができる。


相手も受け入れ、自分も受け入れることになると、どんな場所にいても生きれる。ここでもいいし、ここじゃなくてもいいし。

だから今、行っていることに集中し生きていけれる。今を楽しむことが出来る。

昨日はお話会の中でそれぞれの違う感性を見せて、違ったり、同調したり。

その後、公園で音楽をした。


心をオープンにする機会が普段からもあれば、素のまんまので楽しめるようになる。
それの機会が多ければ多いほど、素のまんまでいられる。仕事中もOFFでも。集中して、リラックスして、楽しめる。


こういう機会が多ければ、自分を肯定して、前向きに生きることが出来る。人を否定する必要もなくなってくる。



豊かな世界が広がっているんだなぁと最近は思う。

 久しぶりの投稿。

米市農園をやめた、サイドメニューも変えていく必要があるね。

さて、今は宮古島に流れ着きました。海が素晴らしくキレイです。

しばらく住んでみて、落ち着いてきました。色々、やりたいこと。

和歌山にいるときは、やる必要がある!やらなければいけない! と義務的に考えて動いていました。

地球のため、地域のため、体験者(wwoof等)のため、家族のため、嫁のため、娘のため、自分のため。

最後の方はそれが、よくわからなくなりました。


自分と他人との境がなくなり、自分のこうしたい、ああしたい、という目標がなくなり、今を生きること。に自然と流れて行きました。全てがめぐりめぐってうまくいくんだなぁと思えました。

人に合わした時間も昔は、時間がないのにそんなのをなぜ、いま、ここで、それを、する必要があるの?と、投げかけたり、ストレスを感じたり。 でも、そういうのも面白く思えるように感じることができました。


米市農園はそこを学ばさせてくれました。”今を生きる。” そして、 ”全ての物事の原因は自分にある
。”





さて、そんな哀愁漂うこの僕を宮古島は受け入れてくれました。


ありがとう。


この島は水がちょっと美味しくないので、スーパーで浄水したものを運んだり。
資材がないので建築が難しかったり。
トランジションタウンやエコビレッジのようなコミュニティがなかったり。
無農薬の旬の野菜が少なかったり。
ゴミが多かったり。

ですが、

上記をクリアすべく、

持続可能な暮らしを実現するオーガニックの普及・セルフビルド・コミニティー作り・野菜作り・ゴミ拾い

をしたいなぁと思っている。




御嶽(ウタキ)という聖なる場所にはそういう祈るスペースがある。
浜辺もそう、山の片隅にプラスチックのゴミが。

今日は掃除をしたいなぁと思い、市役所に行くと、クリーンセンターにて「ボランティアゴミ袋」は配布されている。いいね!

今日は前浜ビーチを1時間ほど掃除しました。ゴミ袋2杯。 毎週水曜日 「水に流さない日」という感じに体と心と浜辺をクリーンアップ作戦を行っていこう。

畑も借りることができたし、

あとは、コミニティー作りとセルフビルド建築だ。


生活用水や畑の肥料や農薬が地下ダムの飲料水に溶け込むので、窒素分を多く含んだ水は地元では赤ちゃんに飲ませるなと言われるようです。「ブルーベイビー症候群」の様な状態になるようです。


まぁ、けど、流れが来たら、やります。前まではがっついて、前のめりで動いていました。それは、周りの人が不安に思ったり、コケたり、滑ったりで。今は帆を広げて風が来たら自然と進むような。

ゆっくり、やっていきます。

でも、滞在一週間でもう、畑を借りる事ができた。全ては完璧なんやなぁ、ありがとう。

みんなの出会いで本当に生かされています。なにか恩返しがしたい!

ありがとう。









今日はゴミを拾いながら、泣いていました。色々、あって。


走り続けてきたなぁ。。。。。



今は昔のような責任感に潰れることも、義務感に縛られることも無く、結局、自分で勝手に責任感を感じたり、義務感にして、周りのせいにしたり。 今は素のまんま。生きてることに感謝できます。


和歌山から遠く離れた地のここで。自分がまだ動けることに感謝し、目の前にゴミが落ちてることに感謝して、それを僕は拾うことが出来る心の余裕が生まれたことに感謝して泣きました。

応援してくれたみんな、本当にありがとう。


そして、毎週水曜日の14:00~16:00 宮古島前浜ビーチでゴミ掃除をします。観光がてら、おいで。





◎お疲れサマーpizza!!

米市農園を応援して頂いた皆様、ありがとうございます!
米市農園最終業務に伴い「お疲れサマーpizza!!」という事で営業時間を増やします。
ピザ屋はこれにて、農園のほうもこれにて終了させて頂きます。
仕込みが一年かけて種まきから行っているお店はそうないと思います。
料理のウデは食材の味が7割、料理人のウデが3割と言われています。
食材の味を究極に高めた他には無いピザです。
最後の機会、お会い出来るのを楽しみにしております!

◎29日17:00〜22:00

◎30日11:30~ 22:00

◎31日11:30~翌日朝迄(オールナイト)
※大変混み合う可能性があるので、ご予約、時間指定で最後のピザ屋を楽しんで頂けたらと思っています。

9月には旅に出ます。またいつか会いましょう!

お問い合わせ&お申し込み:米市農園(高橋洋平)TEL0736-77-3716 y.t@komeichi.net

 昨日は一週間に一度のお休みの日として、農作業手(wwoofer)はお休み。僕はたまっていた仕事を片付ける日として利用しており、いつも昼ごはんを忘れてしまう。朝は食べない生活の一日二食を4年前から実践しており、なんやかんやをしていたら毎週月曜日がひるごはんも抜いてばたばたと忙しい。


「月曜日はみんなの心を確かめる日。」 を考えて動いている。嫁も含め、何がしたいかなー、っと、みんなの気持ちを考えている。

そして、ちょっと落ち込み気味の今、滞在中のwwooferのスペイン人の彼が、他のwwooferがアジアが多いため、(台湾、香港、タイランド)あろーんチックになっていた。


それで、ある程度、仕事が出来たら、仕事を翌日に回して(皆、ごめん。)、観光に連れて行くことに。
友人のカフェ、酒蔵、黒江の漆、浜の宮のビーチ。そんなこんなで、観光に連れて行った。


タイトなスケジュールで何とか出来てよかった。ぎりぎりの遅刻で夜の体験農業部会の会議と地元消防団の会議と。昨日は夜遅くまで活動していたが、すんなり朝、起きれた。

「みんなの心を確かめる日」はちょっとアウェイになった人に寄り添たい気持ちが僕の中に生まれて行動して僕の心がすっきりする。

問題を直に如何こうするのではなく、他で補い、wwoofer自分自身でクリアして欲しい気持ちがあり、それを応援するためにこういう日がある。


僕の心を確かめる日でもある。そうやって、一つ一つ忙しい中に忘れていた、間違えた、つらかった、さびしい気持ちを思い出し、クリアにしていく。僕の場合はつらい思い出やしんどかった思い出などをなるべく忘れないで、捨てないで、共に生きたいと願っている。


裸でふんどしで海に浮かびながら海からエネルギーを受け取り。今日は楽。最近は自然と一体になれることで「力」を頂ける能力が高まってきた。数秒で頂ける。どこだって自然がある。ありがたい。皆さんには迷惑をかけたが。




そんなこんなで本日WAOマーケットです。第2第4火曜日19:00〜珈琲もくれんにて。






あぁ、最近。

やたら、ばたばたと。

野菜の収穫があります。ズッキーニ、サニーレタス、サラダ菜。

ということで置かさせて頂けるお店、募集中。


まず、はじめに粉河の創(はじめ)カフェに置いてもらっています。ありがとうございます。



農作業は

たまねぎの収穫に追われ、えんどう豆の収穫に追われ、畑の畝たてに追われ、この時期が一番忙しいかもしれないなぁ。
昨日はエンツァイ、モロヘイヤ、ふだん草などの種を蒔きました。
真夏はサニーレタスなどの葉物が育たないので、夏に強い野菜を蒔きました。


次にすることが、麦畑に並べている木材の撤去。撤去した木材の置き場作り、麦を収穫して耕起、田ごしらえ、田植えまで。
その間にあまっている夏野菜、トマトやサトイモ、サツマイモの植え付けや、それの畑の準備、畝たてなどを早く済ませないとなぁ。


あと、貴志川の丸栖の畑が借りれなくなったので、野菜たちの引越し。雨が無いので、引っ越したのはいいけれど、しおれてきたなぁ。水遣りも手が回らない。

バラッセワが一部、別の人の土地を使用していたので、電柱を移動させないとなぁ。



あっちから。こっちから。しかられ、怒られ、草が生えすぎだと言われ。自然農田んぼのお米の苗床が出来が悪く。

うーん。ぐちゃぐちゃしてるなぁ。


でも。

やっと僕のパソコンができた。

昔からデスクトップのパソコンを使っていたのだけど、古すぎて思うように動かず。友人から譲っていただいたノートパソコンが内臓電池のスタミナ切れと、
中に埃がたまって、電源が落ちやすくなっていたのを、分解して直せずにしばらく置いていました。

今回、台湾から来たwwooferがパソコンの修理屋で直して今使えてる!すごい、ありがたい。5年前から欲しかったんだよ〜、
これですこしはメールのレスポンスやブログ、メルマガの回数も増えるかもしれない。ありがたいー、ありがとう。


色んな事があって、それでも前向いて生きていくよ。

 まいど!暑くなってきて、大変だ。そして、エンドウ豆が収穫期を迎え凄い状態。


販売もしていますよ!今回のこだわりは「エンドウ豆!」


☆紀州うすいえんどう!発送致します〜毎日収穫中。連絡を頂けたら、近日中にお届けします。あと、10日程収穫は続きます。旬のこだわったエンドウは甘くてうまい!

紀州うすいえんどう1kgバラで入っています。送料込みで1500円。それ以上は+1kg¥850 一回の発送は5kgまで。 連絡頂けたら、発送日程をご連絡致します。ご予約はお早めに!!

《紀州うすいえんどう》
広いエンドウ畑から、実の詰まった自家採種10年目の紀州うすいえんどうが出来ました。肥料は米ぬか/油かす、追肥に油かすを与えています。 無農薬、無化学肥料です。

殻ごとゆでると、そのままでも甘く美味しいえんどう。もちろん、殻を剥いた後で料理をしてもgood.甘みが強く美味しいです。

米ぬかは地元の安心出来る米屋から地元のみを分けて頂きました。(感謝)

油かすは値段は2倍以上ですが、九州産の遺伝子組み換えでない油かすを与えています。(感謝)

 施肥設計は窒素7%以下で、硝酸対窒素が溜らない、収穫量は低いですが、身体に良い育て方をしています。(硝酸対窒素の含有量の少ない野菜は活性酸素の発生を抑え、発ガン作用や肌のつやを良くすると言われています。)


☆上記の注文、下記のイベントの申し込みはすべて「米市農園」で。よろしくねー。
米市農園(代表:高橋洋平)和歌山県紀の川市北中216 
TEL&FAX 0736-77-3716 y.t@komeichi.net


*マコモ de ピザパーティ!@泉南市
5/25 10:00~ ¥800

マコモの収穫イベントをして、ピザを食べよう〜

世界を救うマコモ!で有名な、筍やアスパラに似た食感の野菜、マコモを株分け農作業を一緒にしませんかー!1反程あるマコモ畑を今回はお手伝いします。掘り起こして、株分けをして、田んぼをキレイにします。お手伝い募集!


*和棉を今年も育てようぜ!イベント。第2弾!
5月26日 14:00~ \500(和棉組の方は無料)
今回は種まき!
 2時間農作業を行って、その後、室内で和棉の作業。棉から糸までの工程をお見せ致します!(好きなだけ、出来るまで、やりたいとこまで。)


【背景】【むしろ独り言。】
世界の農薬の1/4が棉に使われており、環境汚染が深刻です。(アメリカやイスラエル等で。)地下水は汚染され、土壌は次の作物が育ちにくく、循環出来ない様な環境になってゆきます。 米市農園は自分の国で棉を育てる事が重要だと考えております。それぞれの国がそれぞれの衣食住を賄う事でその国は健全に保たれます。すなわち、日本は外来エネルギーの使用を少しでも減らしてゆく必要があり、輸入ほぼ100%の衣はその象徴だと言えます。 棉を自分たちで育ち、衣を作るのは一見、無駄な様に見えますが、これからの世の中のメッセージ、そして、未来への架け橋になると考えています。このような活動は全国で行われてきて増えています。米市農園は7年目。世論が高まれば、政治が変わります。私たちが小さく弱くそれでも続ける事で、それがいつかは日本の国が衣の自給を叫ばれる様な時代になるまで、米市農園はガンジーの様にチャルカ(糸車)を廻し続けます。世界が平和になるのには和たちの国が私たちの力で豊かになる事が必要だと考えています。緑豊かな自然環境を少しでも繋げてゆく為に・・・福島の原子力発電所の様な間違いは2度と繰り貸さない為に。笑顔や元気を次に紡いでゆきます。さぁ、紡いでゆくよ。


*WAOマーケット@和歌山市
第2・4月曜日19:00〜21:00 次回は5/27
オーガニックや新鮮野菜、体に良いもの手作りのマーケット

場所:珈琲 もくれん 和歌山市島崎町3−27
http://co2lo.jp/janjan/

今回のお話会は「花田惠子」さん。「ピースに生きようよ!」


*酒米づくり田んぼ体験[SO]〜麦茶の日に大麦摘み体験

9:00〜12:00 ¥無料

酒米づくり田んぼ体験のスピンアウト企画です!昨年の田んぼ体験の後に栽培した大麦を摘み、焙煎して麦茶にしてみようじゃありませんか。奇しくもこの日は「麦茶の日!」。平安の時代から親しまれてきた麦湯は血流改善や体温を下げる効果もあるそうで、これを次週の「第三回田んぼ体験」にお出しすることも検討しています!
ご参加いただける方は米市農園に集合。体験料は無料で摘んだ大麦もお持ち帰りいただけます。



*「できた!電気代600円生活」人力 スライドトーク
電気代・生活費の大幅ダウンにつながる生活術と、その実践により予測される社会・世界への効果
がわかる、モノと自分の可能性再発見講座。
電気代600 円以下の生活を都会のマンションで実践中のユニット「電6生活研究所・こきゅう」
の二人が、電6生活のルーツである世界6 大陸60 カ国6 年間の旅話や写真、
日本各地の知られざる現場体験談…などをもとに、「あるものを活かすくらし」のワザと意味を、
“ 非電化スライドトーク”で楽しくリアルにお伝えします。
「できない」と思っていたことが「できるかも!」に
変わる発見のひとときを、ぜひご一緒に♪


話し手&ナビゲーター

「電6生活研究所・こきゅう」(from 札幌)

*はらみづほ*
フリーライター&エコライフ研究家。大手広告代理店のコピーライターを退職後、
雑誌連載・ラジオ番組・WEBなどで世界各地をレポートしつつ、6年間6大陸60カ国を単身踏破。

*坂山やすゆき*
語り部ジャーナリスト&エコライフ研究家。滋賀では 『土鍋かふぇ楽ちゃん』 を営み、東京では豆腐を引き売りし、その後、日本文化が日常に生きる

6/1(土)
19:00〜
自家焙煎 珈琲もくれん
和歌山市島崎町3 丁目27 じゃんじゃん横丁 TEL.073-427-4200
参加費:1000 円+ ワンドリンクオーダー

6/2(日)
15:30〜
米市農園
和歌山県紀の川市北中216 TEL.0736-77-3716
参加費:1000 円(ワンドリンクサービス)

6/2(日)18:00〜
《米市農園ナイトばる》
ビアガーデン開催!!
1500 円でワンドリンク付
石窯ピザ食べ放題!!

6/3(月)
19:30〜
トゥルーグレイス
大阪府泉南郡熊取町東和苑1-9 TEL.072-453-7201
参加費:1000 円

6/4(火)
18:00〜
古民家 菊池邸
和歌山県橋本市杉尾175(カーナビ検索は杉尾223)
TEL.090-6909-3191(米市農園 高橋)
参加費:1000 円( +500 円で旨いまかないおむすびお味噌汁)

☆予約制です。少人数の場合は開催を見合わせる場合があります。ご了承下さい☆


*不耕起酒米づくり田んぼ体験:田植え(第3回/全8回)
2013年6月8日7:00〜17:00 (入会金5000円次回からの体験無料)

初めて参加の方は体験料(全回一括)をお支払いください。参加証とオリジナル手拭いをお渡しいたします。

日差しもだんだん強くなり日中の気温も上昇しています。帽子や日焼け止めなど熱中症対策をお願いします。

*WAOマーケット
6月10日19:00〜21:00

*田植え体験:田植え
6月15日9:00〜17:00 (¥500円 おにぎりお味噌汁付き)

イベントは以上です!会えるのを楽しみにしておりますー。


【雑談/独り言】

昨日は種の交換会をしたよー。それで学生達が来たんよー。15人程。
わっちゃわっちゃなりながら、交流をしました。
彼らは「食料問題」という科目があって、それに食べ物の事、畑の事を勉強しているみたい。
紀の国こどもの村学園(全寮制の小学校)には昔、行った事があったけど、今回はきのくに国際高等専修学校で、元気一杯の高校生がきてん、

彼らは世界中の食料に着いて考えている中で、遺伝子を変えられた遺伝子組み換え作物、親と同じ種が取れないF1種。そして種を穫って蒔くと、発芽した時点で死んでしまうターミネイター種など、人工な、化学が進んでとんでもない事になっている。と喋ってくれました。インドではそういった種を扱っている生産者があまり収益に結びつかず、人生を辞めていく人が多いと聞く。

そういったなかで1人の学生が、「幸せの価値観って何だろう」と言いました。僕には2種類あると思っている。幸せは向こう側にあってそれを掴む為に邁進する幸せの価値観と、すべてを捨てた中で何も無い幸せと、2種類あると言いました。

彼は幸せの経済学をみて、幸せの価値観が変わったと言いました。大規模に経営するのでは無く、ローカル人と人の顔が見える様な経営、仕事をしたい、幸せってそれちゃうかー。っと。僕はその映画はまだ見ていないですが、自分のした仕事が身の回りで完結される事で、達成感が生まれ、自分に誇りが持てる仕事には確かになるなぁと思いました。

先日、森の集いという野菜マルシェが大阪の靭公園で開かれました。出店者100店舗以上で土日、全く違う出店者の顔ぶれで行われました。僕は、両日とも見に行きました。夜に交流会があって、歌って踊ったんですが、(嘘です、アピールはしましたが歌って踊っていません。)80人ぐらいのそういった話に興味のある人が集まり喋り合い、そして話を聞く場として設けられました。

ある人がマイクを持って「準備までは良かったんだけど、」っといいました。そこでお金のやり取りが彼的にはしんどかった様です。生産された物を売り買いする行為はどうかなっと。彼がしゃべったら僕は久しぶりに喋りたくてうずうずしました。最近メッキュリ無くなったウズウズは最後の最後にチャンスを与えてくれました。 

僕たちはお金のやり取りでこのマーケットに出店しているのでは無く、気持ちのやり取りで出店しているんちゃうか。マーケットに出すっと言う事は食べる人の顔が見える。懐かしい顔、いつも会ってる人。そういう人と笑顔になって、ハグをする。日常に戻った時にそれが元気の糧となって、一生懸命にがんばる事が出来る。お金のやり取りは表面的だけど、もっと深い気持ちのやり取りに僕たちはマーケットに参加するんじゃないかな。 みたいなこと。

 なぜ、僕が気持ち的に熱くなったのかというと、僕も彼と同じ様な時期が長くあった。野菜ボックスをお客様に届ける時に現金も頂く。その時に、もの凄くお金を受け取れない。自分的にお金の為にやってるのかなと思ってしまった。
 そうして、お金の為にやってる自分がものすごく嫌になってしまった。お金じゃない生き方を模索する為にこういう仕事を選んで最終的に生きてゆく為に野菜を売ると言う行為に自分は矛盾を感じてしまった。
 配達途中で心が何度も折れて、なぜこういう事をしているのだろうと思い悩んだ時期とすごく重なってしまった。その時に僕の心の支えになったのが一般家庭に配達した時にいつも小さい男の子が待ってる家がありました。暗い気持ちで配達するのだけど、彼がそこに居る手前、僕は元気に笑顔で振る舞った。彼は恥ずかしそうに、でもいつでも待ってくれて野菜を受け取ってくれる。ある日、元気良く彼と別れた後、涙があふれて、車の運転が出来なくなってしまい、しばらく泣き惚けていた。

その時に僕はお金のやり取りは表面的な物で、うれしさや笑顔のためになってるんだ!と言う気持ちになって、それからお金も気持ちよくしっかりと受け取れる様になった。


ローカルでビジネスにしていくとこういう事にも巡り会えるのだけと、そこで大きくなっちゃうと、また違う話だと思う。向上していく幸せと、何も無くても幸せとは違う物だと考える。

昔、何も無い幸せを感じた時に、向上していく幸せを否定してしまった。どちらも幸せだし、両方とも答えだと思う。自分が進みたい方向で良いのだけど。何も無い幸せは焦らないし、いつでも気付けるのだけど、周りには迷惑をかけてしまう。のんきに幸せそうにしていると、周りはその彼を見て、哀愁をただよっちゃう、切なくなっちゃう。それも避けたいなぁと最近では思っている。


昔、出会っていた子どもの家庭には配達を辞めてしまってもう出会っていないんだけど、最近、小学校の子供たち200人に講演会をして、その彼の話も伝えた。自分が笑顔になった時に、相手も良い思いをしてそれが実は次ぎに繋がっている。だから,良い思いをしあおう、楽しく生きようよ、自分の為に親の為に周りの為に。そして野菜を食べようみたいな話をしたら、その彼が小学5年生になってて、その時に再開出来た。そして僕は彼に生かされたから、ありがとうと伝えた。その時はピンクの衣装を着て歌って踊って講演をしたなー。

と、昨日の幸せの価値観を聞かれたらそんな事を頭に浮かんでしまった。また会おう!!

オーガニックや新鮮野菜、体に良いもの手作りのマーケット

人と人の繋がりが感じらる心温まる出会いの時間。共有して実り多き豊かな時間へ。 皆の出会いをお待ちしております。


日時:第2・4月曜日 

19:00〜21:00

和歌山市島崎町じゃんじゃん横丁 カフェ もくれんの裏路地 にて。

出店者も募集中。よろしくね〜





〜〜熱い思い〜〜

WAOマーケットは永続的な社会を構築して言う上で大変、重要な動きとなる。私たちは普段何気なく買い物をしている物で社会は刻一刻と移り変わっている。 そしてその物がどのように生産され、加工を経て私たちの身近な物になるか。それを一つ一つクリアにしていく必要があると考える。そのものが本当に必要で大切で繋げていく必要があるものかどうか。交流と理解を深めていく為に。そして、アートに私たちは表現をしていく必要もある。作り手と買い手が近い事。そしてそれを「買う」と言う行為そのものが社会貢献に繋がり、自然環境保全にもなる。私たちはどのような未来を作っていくかは今、選んでいる。すこしでも、世界が平和になるように。本当に良い物は私たちにも自然にも良い循環でよく広がっていく。そして広がってきている。 まぁ、でも。そんな堅い事を考えずに楽んでね。

ん〜、農レンジャーブルーです。最近、顔色が青いねとよく言われています。農レンジャー顔色ブルーが型にはまってきたんだろうなぁ、もしくは病んでるか。


あれれ、今日も眠れない。今日は久しぶりに業務が忙しくと言うよりは「モンモン」としている感じだ。

なんでだろう。内観を覗いてみよう。


今は中野BCに行く途中、田んぼの愉快な仲間達でドライブした事を思い出す。
消費者は教育していくべきだ。との声が出てきた。

ん〜確かに、目の前の「もの」がどのようにして作り出されて運ばれていくかを知らない人が多いかも知らない。

例えば花粉の季節に必要なティッシュ等の紙製品はオーストラリア、タスマニアの原生林破壊から木製チップなどで作られている。すこしづつ乱獲は減っているが、今だに問題解決には至っていない。

日本の野菜も沢山の薬品によって作られる。それをすこしつづつ少なくする、もしくは無農薬に切り替えるにはとても大変な労力がかかり、出来るかどうか分からない物に対して挑戦する「勇気」が必要になってくる。誰もが持っている物だけど、捻出し、行動に移るには難しい。そして継続も。


今日、ミーティングして、「自然農」の事を伝える事が出来ただろうか。僕たちが堂々とオープンにはっきりと伝えればいいのだけど、どうしても自分の弱さが出てくる。自分たちの苦労自慢、大変さ、
辛さ、それはどうでも良く、かといって、楽しい、面白い、誰もがやっていない事を伝えるっていうのもしゃべってもしっくり来ない。

なんだろう、しっくり来ない。ただ、ただ、酒を味わいその嬉しさを押さえるのに必死だった。楽しさ、素晴らしさ。もし、自分たちが携わった酒が出来た日には、涙があふれ、感謝が沸いて、喜んでいるだろう。夜中までその酒を味わい、達成感に浸って、また寝れない日を過ごすかと思う。


何が言いたいのか、何を伝えたいのか、なにを書きたいのか。どうでも良いいんだろうなぁ。
1人では出来ない事を皆が協力し合い作り上げていく。この身震いする様なものはなんだろう。


いつも味わうが、目標が達成した時の充実感が気持ちよく、工程もフラッシュバックして2度美味しい。

無農薬の畑では1tほど、微生物、小動物が豊富に存在する。農薬や化学肥料によって殺さないからだ。特に耕さない田んぼの自然農はより多くの生き物が生きる命の場となる。

それは物を育んで終わりでは無く、季節を通して動物達が食べて食べられ増えて豊かになっていく。それは「命の場」となる。一般の栽培はすなの砂漠の様に生き物が見えない。見えるのは一般に「害虫」と呼ばれる物か、そんな生き物すら居ない。


自然農を続けると言う事は、自分だけが豊かになるのでは無く、そこに関わる命が豊かになる。現に生き物の数が圧倒的に多い。その生物達は川に流れ海を泳ぎ、風や雨となっていつか循環する。その仕組みを待たずに私たちは今の収穫だけを追い求め、物も育たない砂漠の様な環境へうつり変えていってしまう。

日当がどうとか、年収いくらか。どうなんだろう。 ほとんどの仕事はお金に変えれば変える分だけ、地球の自然環境が荒んでいく。年収は低い方がいい。でも・・・

耕さない事。
「洋平くん、やわらかいパンを作ったらいいねん、その方が日本人に合うし、売れるで。」

そんな事はとうに知っている。でも、僕の中でパン1つとっても野菜1つとっても。「地球に生かされて僕たちは生きているんだよ。だから感謝をして恩返しをしようよ」とメッセージをこめる為に一割の僕が育んだ小麦を混ぜて焼く。それも1年に100k程度を焼いたら無くなってしまう。



こんな事を思ってるから、なかなか大きなマーケットにも出せない。むしろ出さない。でも・・・



父が和歌山の工場で残した借金と僕の奨学金と最近、頭がやられている。大きくなってきている。

父の借金の6500万は特に今急いで返さなくてもいいが、僕が学校に通うに必要なお金と自分の家を買ったお金はなるべく早く返していきたい。

いつも頭のスミにある。

お金を気にしない生き方でいつもお金を気にしている。たまにこのバランスが今の様に崩れてしまう。


このとき、「くぁ〜〜〜」「ぬぉ〜〜〜」と奇声を発したくなる。

でもそれがあるおかげで真剣に生きるし、真剣に悩む事が出来る僕の「お題」それがすこしずつでもクリアに出来た時に、ものすごい充実感に溢れる。感謝に浸かる事が出来る。



あぁ、今の人生これで良かった。父が死んだことにより高校生活を充実して生きる事が出来た。
生きていたら、オンラインゲームをやり続けてやりたい事を探さなかっただろう。


借金があって本当に良かった。真剣に農業に取り組む事が出来た。
借金が無かったら、自己満足で人の繋がりにこのようなすばらしい可能性を見いだせなかっただろう。

目の前に田畑があってよかった。「これしかやる事無いんかぁ、」を「これをこんな風だったらやりたい!」に変える事が出来た。以前の様に仕方なしにやってたら、今の様に自分らしく生きてなかっただろう。そして今は感謝に満たされ自分が無くなった。


ひとつ、夢が叶いそうだ。今日はそれを実感出来たので、嬉しくて寝れないんだろうなぁ。今日寝ないとやばいのに。でも もやもやの元が「うれしさ」「喜び」からきているんだ。

やっぱり、どんなに考え込んでも悩んでも肯定から来てるんだ。なるほど。

ありがたい。



自然農はそれがテーマにあると言う事はすばらしいともう。でも以前の様に固執しなくなった。もっとオープンに、もっと色んな繋がりに。農業も含め、農と、すべての生き方を肯定して。農業すらどうでも良くなったのか?皆が喜べる仕事なら。僕は僕で喜べる仕事は今の所、農業だなぁ、それも、自然農がいいなぁ。

 

経営を考えると前に踏み出さずに守りに入ってしまう。そうすると流れが止まって、水の様に腐ってしまう。
だからこそ、僕らはどんどん年齢を重ねるとともに前に歩んで行くんだと思う。挑戦していこう。



やっぱり本気で死ぬ気でがんばるわぁ皆に生かされているから。ありがたい、ありがたい。
自然農で食える時代に。地に足をつけて暮らしに感謝できる時代に。もうすぐそこまできてるね。


ドライブで色々突っ込まれたけど、ありがたかった。僕がどの時点で生きているのか少し見えた。また、田んぼの愉快な仲間達で行きたいなぁ。



今日のミーティングは「我」が出てきた。僕の中では残念。本当はー・・・お米はいくらでもいいし、取り分は頂ける分でいい。僕はもう既に皆で作り上げる工程に記憶にもう胸がいっぱいになった。


今日、集まり、語り合えた事はありがたかった。嬉しく思う。

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