銀魂土銀小説

土方×銀時を書かせていただきました。高銀要素あり。

お立ち寄りありがとうございます。
土銀小説を読まれる方は以下を御承知の上、この下の記事からお読みください。

原作設定
土方十四郎×坂田銀時(後天的女体化)
高銀要素あり
土方以外×銀時あり
土×銀至上の方はお読みにならないでください
読まれる方は自己責任でお願いします

エロ~微エロ注意(r18)】
第1話       プロローグ
第2話~4話   桂、新八登場
第5話~9話   土方登場、状況説明
第10話~13話 高杉登場、銀時女体化
第14話~16話 強制的お見合い
第17話      微エロ(将×銀)
第18話~19話  つかのまデート
第20話~24話  陰謀
第25話~29話  エロ(定×銀)
第30話~33話  反撃
第34話~35話  エロ(朧×銀)
第36話~39話  決戦
第40話~42話  対高杉
第43話~47話  エロ(土×銀)
第48話~54話  解答
第55話~59話  登校
第60話~63話  迎賓の広間にて
第64話~68話  万事屋と副長
第69話~71話  彼方の結末
第72話~74話  ケーキと花と救急車
第75話(最終話)  終章

≪協力≫
周産期参考 埴輪 雪さま
料理指導 留萌 英春さん

≪姉妹作(非スピンオフ)≫
気を引いても虚ろな世界」(高銀) 

≪書いた人≫
 余市 日夏(よいち にっか)
HP 攘夷的な愛の触手



「銀さん、お客さんですよ」
新八が和室の襖を開ける。
「8時に約束してたんでしょ、もう来ちゃいましたよ」
「んー…こんなに食えねェ…」
「なに寝ぼけてんですか、さっさと起きて着替えてください!」
布団を剥がれて腕を引っ張られる。
仕方なしに起きあがってボーっと座っていたが時計を見れば8時に近い。
「ヤベー…」
目をこすりながら這うように布団を出る。
半分眠ったまま顔を洗いに行き、歯を磨いて鏡の中の髪の毛を一瞥する。
フワフワと跳ねていたが、普段からこんな髪型ですぅ、と言えなくもない。
水をつけた手で掻き分けてセットを済ませた。
「客ってどこにいんの?」
「玄関の外で待ってます」
アンタがそんなじゃ中に入ってもらえませんよ、とジロリ睨まれる。
寝ぼけまなこでウロウロ身支度してる銀時の姿を来客に晒したくないらしい。
「これでよしっと」
いつもの洋装に着流しを羽織るとベルトを締める。
「んじゃ、応接間にお通しして」
「それが…」
困ったように新八が廊下から手招きする。
「中に入る必要はないから出てきてくれって」
「どういうこと?」
銀時は訝しげに玄関へ目を向ける。
「天気が良いから外の空気を吸いながらとかそういう趣向?」
「どうでしょうね」
はは、と新八は曖昧に笑う。
「なんかちょっとその、いつもと感じが違うっていうか、近づきがたい感じがして僕も強く言えなくて」
「へぇ。オメーのツッコミが発動しねーって珍しいな」
「今日はお客でしょ。依頼を持ってきた人にツッコんだりしませんよ」
「なんの依頼だか。どうせロクなもんじゃねーだろ」
銀時は新八を躱して廊下を進み、ブーツを履いて玄関に出る。
「あ~早いね土方君」
ガラッと引き戸を開け外に居る人物に声をかける。
「オメー、外が良いってなに?俺ん家が汚れてるからとか言うんじゃねーだろな」
「……銀時」
外を向いていた視線が銀時を捉える。
強いまなざし。
有無を言わさぬ威圧。
銀時が一瞬、言葉に詰まる。
「迎えにきた」
「あ…ウン、」
愛想笑いを浮かべる。
「で。どこ行くの。なんの用?」
「取り戻したいものがある」
男が身にまとう静けさは澄んだ空気のように張りつめている。
「一緒に来てくれ」
「そりゃ、失せ物を探すのは万事屋の十八番だけどね」
いつものように軽口を叩けない。
なんとはなしに悔しくて文句のための文句を言う。 
「なんでオメー俺のこと名前で呼んでんの?どういう風の吹き回し?」
「嫌か」
正視をためらうほど静謐な瞳がふたつ揃って銀時を見る。
その照準が完全に自分に定まる前に銀時は口を尖らせてソッポを向く。
「オメーに呼ばれる覚えはねーし」
「お前になくても俺にはあるんだよ」
にこりともせず一歩踏み出す。
「一週間前に連絡した通り、身の回りの整理はつけただろうな?」
「まあ、返すもんは返したしィ、見られちゃマズいもんは処分したけど」
銀時は肩を竦める。
「それも支払いの内に入ってるっつーからやったけどね、大げさなんだよ。また幕府の裏騒動の後始末みてーなもんだろうけど、あんまりヤバいことさせんなら危険手当て上乗せしてもらうかんな」
「アァ。払ってやる」
静かに、笑いさえ含んで返される。
「俺にできる最大限でな」
「…あのさァ」
銀時は眠たそうな目を向ける。
「なんかコレ、がぜん受けたくなくなってきたんだけど。キャンセルさせてくんない?」
「そいつァ無理だ」
切れ長の眼が伏せられる。
「お前は俺と来るしかねぇんだよ。払った前金、違約金あわせて返せんのか」
「返せません」
即答する。
破格の契約金は一括で一週間前に届けられ、その大半を使い果たした。
「だろうな」
土方は嘆息した。
安堵のようにも見えた。
銀時がその意味を考える間に土方は新八を呼ぶ。
「コイツは連れてくが心配すんな。ぶっ倒れるようなことがあっても寝かせときゃ戻る」
「ど、どういう意味ですか?」
「すぐに分からァ」
戸惑う新八をよそに土方は銀時の二の腕を掴む。
「んぁっ?!」
銀時がその握力に驚いて反射的に振り払おうとしたとき。
強烈な光が視界いっぱいに広がった。
思わず目を腕で覆う。
なにが起こったか視界を確保しようとして、叶わず両眼が眩む。
眼の奥に痛みさえ覚えたところで。

「ぎんときぃ~」
ガラッと襖の開く音がして誰かが傍にやってくる。
「起きねーと間にあわねぇぞ、もう8時だし」
エッ?
なにこれ?
さっきと同じ?
場面がループしてんの?
起きたつもりが起きてなかった?
今のぜんぶ夢ぇ!?
金縛りにでもあってんの俺ェ!!
「ったく。銀ちゃん、かわいいったらねーよな」
近づいてきた人の間延びした声が、すぐ上から降ってくる。
「お前は最高のフワフワ君だよ。まつげまで銀色ってすごくね?最高の美人じゃね?」
頭を持ち上げられて首ごとギュッと抱きつつまれる。
その感触と匂いは不本意ながら、つつまれ心地が良い。
「おはよう、銀ちゃん」
目を開けると、視界いっぱいに顔があった。
「朝メシは目玉焼きと野菜炒めな?今から食えば学校に間に合うから起きような?」
それは、銀時とよく似た顔立ちの。
銀時をすっぽり抱きつつんでしまう体格の人物。
「なんつー顔して自分の親を見てんの?なにお前、また反抗期?」
その人の髪は自由な方向を向いた天然パーマで。
しかも艶やかな金色だった。
「……エッ?」
銀時は身を引いて相手を凝視する。
その前に相手を押しのけた自分の手を見る。
見慣れた大きさではない。
ひとまわり以上ちぢんでいる。
「エッ?」
自分の胴体や顔に触れる。
すぐそこにある結論に辿りつくのを拒むように布団を飛び出し、洗面台へ行って。
「えええぇぇーッッ!?」
覗きこんだ鏡の中に。
発育途上の細さを享受する銀髪天パな子供を見つけた。
ちなみにイチゴ柄のブルーのパジャマを着ていた。
下着は赤いボクサーパンツだった。
鏡の中の己は気怠い瞳でこちらを見ていた。



続く




「銀時君、いますか」
玄関の引き戸がノックされて知ってるヤツの声がした。
「まさか寝てはいまいな。俺と一緒に学校へ行こう」
「ヅラ、おまえ…そのカッコなに?」
勝手にあがりこんできて顔を見せた相手に銀時はブハッと噴き出した。
「若作りしちゃって、変装かよ!」
「貴様まだ朝餉を食していたのか。いま何時だと思っている」
「オメーが高校生とか、ねーわ!」
ギャハハッと腹を抱える。
「そのヅラでバレるっての!」
「ヅラじゃない桂だ。公時さん、俺にも朝餉をいただけますか」
通学用リュックを下ろして銀時の向かいのソファに座る。
「朝からなんの趣向だ。なにが可笑しいのかちっとも分からん。お前だとて現役の男子高校生ではないか」
「…ちげーよ、俺は」
「それは制服であろう。俺と同じものだ」
白いワイシャツにネクタイ、明るい紺のブレザー。
銀魂高校指定の男子用通学服に相違ない。
鏡の前で茫然としていた銀時は金髪の手で、あれよあれよの間にこれに着替えさせられた。
ネクタイは結んでもらった。
髪も梳(と)かれた。
使いこまれたクタッとしたリュックが銀時の足もとに置かれた。
そしてテーブルに並べられた朝食を、もっくもっくと飲み下しているところだった。
「銀時はどうしたんですか?」
桂は己の分を運んできた金髪を振り仰いだ。
前掛けをして、父親然とした公時(きんとき)は慣れたように桂の前に朝食を置いていく。
本来の銀時の年齢より少し上と思える彼は、のほほんと笑った。
「朝起きたときからこーなんだよ。また混乱してんじゃねぇ?銀ちゃん思春期だから」
「そうですね」
桂は手を合わせて一礼すると、いただきますと箸を取った。
「今日から新学期だから気負いもしよう。無事2年になれてよかったな、銀時」
「ああそうなの?俺2年なの?」
もっくもっくと食事を続ける。
「なんでオレ学校なんて行ってんの?てか行き方知らないんだけど」
「お前は銀魂高校に学ぶ16歳の高校生だ」
とくに銀時に不自然さは感じないらしく桂は平然と頷いている。
「学校には俺が連れてってやる。お前はよく記憶を失くすからな」
「んぁ?そんな失くしてんの?」
「うむ。おかげでお前の聞きそうなことは掌握している。いまさら驚く輩もおるまいよ」
「そりゃ助かるけどよ」
銀時は室内を見まわした。
「学校とかタルいから寝ててい?」
「ふざけるな。初日からそんな怠惰なことでどうする」
桂は、銀時の知る桂と同じ調子で説教してくる。
「初顔合わせの連中も多い。ここでガツンと決めてクラスの主導権を握らねばな」
「握ってどうすんの?」
「本気で訊いているのか」
咎めかけた言葉を区切って桂は思い直したように説明する。
「銀魂高校は生徒の発言力によって方向性を変える学風だ。行事にしろ勉学にしろ過ごしやすい環境は己(おのれ)らの手で勝ち取らねばな」
「お前ここでも攘夷活動してんのかよ」
「なに、攘夷?」
桂は手をとめる。
「それはいいな。うむ…攘夷か」
食事の間に銀時は自分の置かれたこの場所について聞き知る。
この家はスナックの2階の借家。
公時は万事屋を営んでいて銀時はその子供。親子で2人暮らしをしている。
間取りはほぼ銀時の知る万事屋と同じだが、ここには狭いながら銀時の部屋があってプライベートな空間が確保されている。
本来、神楽の寝ている押入れは納戸になっており公時の仕事柄の道具が詰まっていた。
この家に神楽、定春そして新八の気配はない。 
「俺の家は隣町のラーメン屋だ」
「それはなんとなく予想できた」
食事を終え、銀時は桂とともに靴をはいて表へ出る。
引き戸を開ける。
銀時の知る江戸の世界、それとは別の街並みが広がっているだろう、そう思ったのに。
「ヅラ」
2階の手摺から見渡す景色。
それは、ごくごく見慣れた繁華街で。
銀時のなじんだ江戸かぶき町そのものだった。
「あの…コレ、なんでこうなの?」
建物の高さや配置まで同じ。
ひきつりながら銀時が延々と続く瓦屋根と、その向こうに広がる青空、そして聳えるターミナルを指差す。
「なんでもなにも」
桂は同じものを真っ直ぐ眺める。
「いつもと変わらん。これが世の通常だ」
「なんで!?こんな服装していながら、」
洋装。
制服は着物の片鱗もとどめてはいない。
公時すらトレーナーにチノパンだ。
「もっとこう、なんかこう、天人(あまんと)風の街でもいんじゃないい?!」
「天人風?」
桂がクスッと笑う。
銀時はハッとする。
そういえばここでは天人はどうなっているのか。
「いや、俺の言う天人ってのはな…、」
「天人こそ、この街並みを再現せんとした仕掛け人だぞ」
「…再現?」
「この国は近代化とともに一時はコンクリート製の建物に塗り替わったのだ。しかし江戸時代の街並みを精密に再現、保存しようという一大転機を迎えてな。すべて昔のものに戻したのだ」
「う…ウソだろ?」
「木製に見えるが合成樹脂だったり特殊素材を使ったりして耐震性は現代の基準をクリアしている」
「……、」
「だが今や景観のみならず職業や生活の在り方まで、かつての江戸時代に回帰しようという政府の方針だ」
「政府!?」
銀時は振り見る。
「幕府はどうなったんだ、徳川の世は…!」
「やれやれ。そんなことまで忘れてしまったのか。手間のかかるヤツだ」
桂はひとつ息をつく。
「徳川家はその主権を天子に還し奉ることで退いた。いまは天子に任命された者たちがこの国を動かしている」
「天人は?」
銀時が桂に詰め寄る。
「この国を牛耳ってた連中はどこ行ったんだ!」
「ちゃんと機能しているぞ」
ターミナルと、その周りを飛ぶ宇宙船を示す。
「退いた徳川家も政治への発言力を持っているし、天導衆も政府の上位に位置づけられている。政府の政策はさまざまな方向から吟味検分された上で採択され、はじめて施行される」
ゴォ、と上空からエンジン音が降ってくる。
「この国は、この国の人間が動かしているのではないということだ」
「……じゃあ」
銀時は一方向に目を凝らす。
「アイツの言ってた、取り戻したいモンて…」
「テメーら、まだ居たの?」
後ろから声を掛けられる。
「遅刻すんぞ。とっとと走れって」
頭をぽん、と撫でられて。
銀時は桂と一緒に木製に見える鋼鉄製の階段を下りていった。



続く

 


「こっちだぞ、銀時」
桂に手招きされて南東へ向かう。
ターミナルへ近づくそちらは銀時の世界では聖堂の跡地として公園になっている。
銀魂高校はどうやらその敷地に建っているらしい。
「大丈夫か」
「なにが」
「いつにもましてボンヤリしている」
「してねー、これが俺の標準だよ」
「そんなザマでは通学もおぼつかんぞ。近頃このあたりは物騒でな」
「お前の頭ん中くらい?」
「貴様の天パくらい…といいたいところだが、そんな可愛いものではない」
「お前いま俺の天パ可愛いつった?可愛いつったよな?」
「天パの是非はさておき」
「いいかげん天パの市民権を認めろ」
「そんな捻じまがった市民権を欲しがるヤツなどおらん」
「雨の日は外出免除にしたら殺到するね。パーマかけるヤツ続出するね」
「殺到はともかく、銀時。このあたりで何人もの人間が行方不明になっているのだ」
「行方不明?」
「かどわかし、だろうな」
桂は声を潜める。
「男子生徒が何者かに連れ去られる現場を見た者もいる」
「なんで?誰がンなことすんだよ」
「わからん。犯人の手掛かりはない」
「攫われたヤツ、どうなったの?」
「戻った者は一人も居ないそうだ」
「身代金とか」
「金の要求はないらしい」
「その狙われてるのが俺らの学校のガキどもってこと?」
「銀魂校生に限らず一般市民の老若男女が居なくなっている。被害者の共通点もないと聞くが」
「警察は何してんだよ」
「捜査はしているようだがな」
「ちなみに、ここの警察って」
「警察庁長官に率いられる警察組織と、特殊部隊の見廻組や真選組といったところか」
「あ、そう」
銀時は合点した。
真選組の屯所を訪ねればコトは早そうだ。
あの意志の強い、射抜くような眼。
どういうつもりか知らないが。
すっかり計略に乗せられた。
「ヒトをこんなとこに連れてきて、投げっぱなしはねーだろアイツ」
「アイツ?」
「真選組の副長サンだよ」
「副長?」
桂が首を傾げる。
「お前、あんな男と個人的に関わっているのか」
「そーだよ」
顔をあげて屯所の方向を見やる。
「ここがなんなのか、どうなってんのか言いもしねーで自分だけどっかに消えやがって」
銀時の知らない、しかしやけに馴染みのある世界。
親だという金髪にも、神楽や新八のいない万事屋にも銀時は隔たりを感じることはなかった。
身体はこの空間に親しんだもののように溶け込んでいる。
「決めた」
銀時は立ち止まって爪先を逆方向へ向けた。
「ちょっと行ってくるわ」
「どこへ」
「こんなことになった張本人とこ」
「待て」
桂が呼び止める。
「そんな時間はない。遅刻するぞ」
「言ってる場合かよ」
この世界に、どこか嵌まりこんでいる自分が腹立たしい。
「俺ァここの住人じゃねぇ。学生ごっこしてられっか」
「公然と宣言するな。頭のおかしいヤツと見なされる」
桂は銀時の行く手を遮る。
「行くなと言ってるんじゃない。学校が終わってからにしろと言ってるのだ」
「どけ、ヅラ」
「ヅラじゃない桂だ。放課後なら俺も同行しようぞ、銀時」
「お前が?」
銀時は桂を見る。
「いや。いらねーから」
「物騒だと言っているだろう。記憶のないお前を一人でフラフラさせられるか」
「だから」
銀時が
「テメーが居たら進む話も進まねんだよ!」
歯噛みして言い放ったとき。
「銀さーんっ!」
後ろから。
聞き覚えのある声が、しかし聞き覚えのない甲高さで呼びかけてきた。
「銀さん!銀さんですよね!?」
「はァ?」
「僕です、新八ですよ!」
振り向くと。
そこには眼鏡をかけた子供が。
銀時の腰に届くかどうかの身長。
面影はある。
「し、…新八?」
だがそれは身体のサイズが縮みまくった新八で。
どう見ても未就学児童だった。
「えーと。眼鏡、違くね?」
「ええ、そうです。気がついたら、こんなことになってて」
「ソレ子供用のメガネだよね?何歳のメガネになったの?」
「ちょ、銀さん!」
新八は両足を踏ん張って銀時を見上げる。
「こんな状況だってのにピンポイントで眼鏡イジるのやめてくださいよ!」
「エッ。もしかして、中身は16歳の新八君?」
「そうですよ!」
新八は声を限りに叫ぶ。
「アンタたちが目の前で真っ白になったと思ったら、こんな恰好でこんなところにっ!」
「わかった、わかった」
銀時は桂や周囲を気にする。
「とりあえず、ここじゃマズい。静かなとこでゆっくり話そうや」
「そんな悠長なこと言ってる場合ですか!どう考えてもおかしいでしょう!?」
「ウン、そりゃな」
銀時は同情の瞳で見下ろす。
「なに。これからお出かけ?その帽子、保育園?」
「幼稚舎です」
ギロリ、恨みがましく見上げる。
「子供に混じって手習いなんて冗談じゃない」
「そいつは同感だけどよ」
新八の耳に小声で告げる。
「俺たちの身に何が起こってんのか分からない以上、原因を突き止めるのが先だろ。下手に騒ぐのは素人のやることだ。俺たちはプロ、万事屋だろーが」
「でも銀さん、ここには」
新八は泣きそうな眼で見てくる。
「父上と、母上もいるんですよ?」
「新ちゃん?」
新八の来た方から少女の声がする。
「ああよかった!いきなり走ってっちゃったからどうしようかと思ったわ」
志村妙、だ。
ランドセルを背負ってタタッと駆けてくる。
新八を慣れたしぐさで引き寄せると、桂と銀時に探るように向き直る。
「どちらさま?」
警戒を含んだ声。
「新ちゃんが、なにか?」
「アレ、お前」
銀時が指差す。
「俺のこと分からねーの?もしかしてダークマター食いすぎて頭おかしくなった?」
「誰の料理がダークマターじゃあ!」
飛び蹴りがとんでくる。
すぱん、と軽く銀時の頬に決まる。
思わず後ろへよろけた銀時はアレ?と思う。
こんな衝撃、笑って躱せるはずなのに。まともに食らった上、踏みとどまれないとは。
「小学生だってのに。さすがゴリラの名を欲しいままにするだけのことはあるな」
「誰だか知りませんけど、侮辱するならお相手するわ。今からでも結構よ、恒道館道場へおいでなさいな」
「いえ侮辱してないんで。本当のこと言ってるだけなんで」
「ちょ、待って姉上!」
新八が間に入る。
「やめてください、銀さんも!桂さん、見てないで止めてください!」
「あいわかった」
桂が妙の前に進み出る。
「勘弁してやってくれないか。銀時はあの日が近いのだ。それでイライラして心にもない暴言を」
「オイ心にもないって何だ。裏表のない鏡のような心境だろーが」
「ツッコむとこそこじゃありませんよ!」
新八が叫ぶ。
「あの日って何ですか桂さん!銀さんはどうみても男でしょうがァ!」
「フッ、甘いな新八君」
桂が得意気に目を伏せる。
「男子たるもの、あの日くらいサラッと迎えられなくては」
「もういいです」
新八は匙を投げる。
「とにかく、姉上。僕は幼稚舎へは行きません。しばらく銀さんと一緒に行動しますから」
「だめよ。そんなこと」
妙は困ったように片手を自分の頬に当てる。
「新ちゃんのことは私が任されているの。こんな幼稚園児に興味津々で食いついてくる天パに預けられないわ」
「僕は幼稚園児じゃないし、銀さんは…!」
「そりゃそうだろな」
銀時が新八の言を遮った。
「お前、そのサイズで一人歩きできるとは思っちゃいねーだろ?お前を連れてりゃ俺は誘拐犯だっての」
「で、でも」
「心配すんな。俺は万事屋にいる。場所は変わってねぇ」
身をかがめて新八に言う。
「俺はこれから真選組の屯所に行ってくっから。野郎と話つけたらオメーにも教える。いいから幼稚園行ってこい」
「僕も屯所に行きます」
新八は意を決して前に出る。
「誰にも邪魔する権利はありません、僕は僕の意志で…でぇえッ!」
「まだほんの6歳の子供が、なにを言っているのかしら?」
にっこり笑いながら妙は新八の後ろ襟を摘まんで歩き出す。
「警察に通報されたくなかったら、新ちゃんをおかしなことに誘わないでくださいね」
「姉上!は、離してください!」
そのまま新八は引きずられていく。
「銀さーん!」
「しんぱちィ~達者でな~!」
口に手を当てて言いやり、銀時は別れの手を振る。
彼らが道を逸れて見えなくなったところで、ひとつ息をつき、行く方向を定める。
「…じゃ、行くわ」
「銀時」
「とめんな」
「俺も行く」
「エ?」
「もうとっくに遅刻だ」
「ヅラ…!」
「ヅラじゃない」
銀時の横に並び。
「桂だ」
同じ方向へ足を踏み出す。
真選組屯所。
それは銀時の知る位置と同じ場所にあるらしかった。
遠ざかっていく二人を、予鈴も本鈴も鳴り終わった学舎を背後に従えた人影が見つめていた。
 


続く




真選組屯所。
本来の世界でも正面から訪ねることは滅多に無い。
「ココでいんだっけ?」
銀時は正門とおぼしき場所から中を窺う。
桂はジロジロ門構えを見まわした。
「ここは通用門ではないのか。ずいぶん貧相な造りだが」
「お前、来たことないのかよ?」
「なぜ警官どもの巣窟に来なければならないのだ」
「襲撃とか」
「そんなバカなことはせん」
「あぁそっか。オメーここじゃ男子高校生だっけ」
「目的の者がおるのだろう。取り次いでもらってはどうだ」
両側に立つ門衛を顎で示す。
「なんともガラの悪い連中だ。俺ならこんなならず者の吹き溜まりに足を踏み入れたくはないがな」
「仕方ねーだろ。俺に起こったハプニングの元凶がこん中なんだから」
「そもそも、言葉が通じるのか?」
銀時にヒソヒソ耳打ちする。
「いきなり市民に暴行を働いても揉み消しそうな面構えだぞ」
「そりゃ、ここのトップは人間に紛れこんだゴリラだかんね」
「ぶはは!ゴリラか、それは傑作だ」
桂は肩を揺すって笑ったあと、腕組みして告げた。
「近頃、世間を騒がす大事件が起こっても犯人が捕まったためしがない。まともに捜査しているのか、金で抱きこまれているのか、各地で起こるテロ事件や誘拐事件に加え、要人暗殺未遂までも未解決のままだ。これはもう無能集団というよりは新政府直轄の見廻組も真選組もこの国の旨味を吸い上げんとする俗物のイヌと成り果てているのではないか」
「あのォ~、」
「というのが世間の大方の見解でな」
「失礼ですが、当方への御用の向きはなんでしょう?」
とくとくと語る桂の傍へ門衛が歩き寄ってくる。
真選組の黒の制服を着て六尺棒を突いた、頭にマゲを結っている男。
「ちょ、コレ完全に聞かれたよ。どーすんだよ」
「案ずるな。真選組の評判が地に落ちているのは奴等自身も知るところだ」
「こいつら直情型のバカの群れなんだよ、団結力はゴリラの群れの比じゃねぇ」
「だから?」
「無能集団なんつったら怒って喧嘩ふっかけてくるし?中ボスもヘソ曲げて話がややこしくなるだろが」
「どなたに御面会ですか?」
会話を完全に聞いていた門衛は、それでも顔つきを変えずに尋ねてくる。
「どうぞお入りください。あちらの詰所でお伺いします」
「え、いいの?」
銀時は探るように相手を見る。
平身低頭、門衛はうやうやしく門内を指し示す。
「どうなってんだ?」
真選組の下っ端とはいえ桂の暴言を聞き流すとは思えない。
「これ、なんか罠じゃね?俺たち捕まるんじゃね?」
「そんなわけがあるか。善良な高校生を拘束する理由がどこにある」
桂はぐいぐい銀時を前へ押し出す。
「お前が来たいと言ったんだ、進もうではないか。で、誰に会うのだ?真選組副長?」
「そうだけど、」
銀時は引きつり笑いで詰所の小窓に笑いかける。
「すいません、土方君いますか?」
「『ひじかたくん』?」
詰所の隊士より隣りの桂が聞きとがめた。
「真選組の副長は『ひじかたくん』ではないぞ」
「そうなの!?」
「まァいい。似たようなのが出てくるから。すみません、真選組の副長を出してください。銀時がこちらの副長にどうしても会いたいと言ってるんで」
「ちょ、待ァ!」
銀時が桂を引っ張る。
「土方じゃなかったら会ってもしょうがねぇ、帰るぞ」
「会わせてくれるみたいだぞ」
桂は詰所の隊士が慌てて内線を使っているのを指差す。
「せっかくだからツラを拝んでいったらどうだ?」
「知らねーヤツに会ったって時間の無駄だ」
銀時は、ふと考える。
「まてよ?じゃアイツ、どこに居んだ?」
「『ひじかたくん』なら同じ学年に居るぞ」
桂が呟きを拾う。
「風紀委員会の副委員長、土方十四郎。違うクラスだったが2年になってクラス替えがどうなったのか」
「マジでか」
銀時の目が座る。
「それ早く言えよ。こんなとこまで来ちゃったよ」
「貴様の目的が土方十四郎とは知らなんだ」
「真選組副長つったら土方だろ?あの前髪V字のマヨネーズ狂だろ?」
「おやおや、これは珍しいお客さんだねぇ…」
後ろから。
音もなくスッと銀時を押し包む脅威。
「坂田銀時。この真選組副長、岡田似蔵になんの用だい?」
「おかだ…?」
半歩とんで間合いを取りながら銀時が振り向く。
「似蔵って…ああぁッ、テメーはァ!?」
「ひさしぶりじゃないかい。俺に会いに来てくれたなんて嬉しいね。ゆっくりしてっておくれよ」
閉ざされた瞼にリーゼント、点鼻薬をブシュブシュと鼻に押しこみ。
真選組のスカーフを着けた黒の制服、手に持った居合刀。
殺気は向けられてないが銀時は総毛立つ。
「す、すいまっせんんん!人違いでしたァ!」
桂の腕を掴む。
「おいヅラ!帰るぞ、帰るったら帰る!」
「なにをそんなに慌てているのだ」
掴まれた腕を払う。
「まるで死人にでも会ったような顔ではないか。挙動不審で逮捕されるぞ銀時」
「だ、だって…!」
銀時はもどかしく桂を見る。
こいつは桂に仇(あだ)なす危険人物。
近くにいたら何をされるか分からない。
そう眼力で訴えても桂は察してくれない。
「こんな狂犬みたいな男でも真選組の副長だ。お前の悩みの種を話して相談に乗ってもらってはどうだ?」
「バカ言ってんじゃねーッ!」
「おや。アンタは桂かい?」
似蔵がクン、と鼻を鳴らす。
「あいからわず…しっとり濡れた椿のようだね。まだ綺麗な髪を伸ばしてるようでゾクゾクするよ」
「貴様もたいがい良い趣味のようだな」
桂は正面に立つ。
「銀時の前でひとつ確認しておこう。真選組は誰のための何を目的とした組織か、今一度聞かせてくれぬか」
「そりゃあもちろん」
似蔵はククッと笑った。
「あの人がやると決めたから新政府、一橋家の走狗として武装警察なんぞをやっているのさ。命令があれば何でもするよ?綺麗なことも、そうでないことも。市井の治安なぞ俺たちにとっちゃ、どーでもいいことだからねぇ」
あの人って。
高杉か!?
この世界にも高杉が。
「ではもうひとつ」
銀時の動揺をよそに桂が続ける。
「貴様ら、この銀時に何かしたか?いま、不慮の事態に難儀しているようなのだが」
「……坂田銀時に」
似蔵の顔が傍らの銀時を向く。
「なにかしたら俺たち全員のクビが飛んじまうよ。それは桂、アンタが一番承知だろう?」
「だそうだ」
桂が銀時に言う。
「お前の面倒事に真選組は関与していない」
「ヅラ…」
「これで学校へ行けるな?」
「テメ、最初から知ってたのか」
「とめても聞く耳持たなかったろう?」
瞳が笑む。
「まァお前は昔から止めて聞くようなタマではなかったがな」
「コイツと知り合いなの?」
銀時は似蔵を目で指す。
「なんでこいつら俺に手出しできないわけ?」
「それは」
桂は目を伏せる。
「この男に直接聞くがよかろう」
「なんでだよ。知ってんなら教えてくれたっていいだろが」
「貴様の恋愛遍歴など語れるか」
「んぇ?」
「この男は貴様に惚れておるのだ」
似蔵を見ないまま言う。
「まだ幼かった銀時、おぬしに求愛するこやつを排さんとして俺はこの男と渡り合った」
「ちょっと待って」
銀時は手をあげて制する。
「求愛ってなに?俺そんな覚えないんだけど。むしろ俺がコイツと渡り合ったっつーか、引導を渡したっつーか…」
「まったく恐ろしい子だよ」
似蔵が大げさに溜息を吐く。
「将来、俺のものになっておくれとアンタを膝に抱いて愛を囁いていたら、いきなりこの桂が襲ってきて腕を叩き折られたからねぇ」
「…ウソ」
銀時は上を向いたまま汗を流して笑う。
「なんでオレ愛なんか囁かれてんのォ?!」
「そりゃあアンタが魅力的だからだよ」
似蔵が低く告げる。
「アンタが小さいときからずっと恋しかった。アンタのぬくもりをこの手に感じて、この身で愛したかったよ」
「無理」
すかさず首を振る。
「無理無理無理!脳が拒否してっから、まだ聞いてなかったところまでタイムマシンで戻るからァ!考えんの怖いわ想像したくねーッ!」
「銀時」
コホンと桂が咳払いする。
「現代では性別に囚われず結ばれることが多いのだ。天人がサムライの風習を復活させたとき衆道を曲解してそうなった」
「曲解じゃねーだろ、悪ふざけだろ」
銀時の顔つきが険しくなる。
「もし仮にそうだとしても、俺が誰かに欲情されるなんてありえねぇ」
「やれやれ。またフラれちゃったね」
似蔵はさほど堪えてない口調で肩をすくめる。
「まあこんな近くでアンタを感じられたんだ。恋心の軋みはそれでチャラだよ」
「聞こえない聞こえない、つか聞いちゃダメなやつだろコレ」
「ああ、いいにおいだ…これは、熟れたように甘酸っぱい…あふれる蜜のような」
「ちょ嗅ぐなよ、嫌がらせェ!?」
銀時は自分の制服を手で払う。
「俺が血糖値高いからディスってんの?なに甘酸っぱいって!パン食うときハチミツはよく垂らすけども!」
「おや?」
似蔵はクン、と方向を変えて宙を嗅ぐ。
「気のせいかね。もう一人、お客さんが居るような気がしたんだが」
「さて用事は済んだろう。そろそろ行くぞ、銀時」
桂が似蔵に背を向ける。
「邪魔したな。急な用向きに応じてくれたことに感謝する」
「アンタに感謝なんかされちゃ左腕が疼いちまう」
似蔵が含み笑う。
「これから学校かい?」
「そうだ」
「近頃は人さらいが出るよ。送ろうか」
「銀時、どうする」
「もう学校捌(は)けてんじゃね?」
銀時も桂を追って出口へ向かう。
「ていうかさァ、高杉ってこん中にいんの?」
「なにを言っているのだ」
桂は目を見張る。
「おまえ本当に分かってないのか?」
「なにが?」
「…まあいい。高杉晋助のことは自分で確かめろ」
「めんどくせーよ」
銀時が振り向く。
「なぁ高杉は?どんな感じになってんの?」
「どうしたんだい、あの人のことを俺に訊くなんて」
似蔵は力なく笑う。
「あの人のことは俺よりアンタのが、よく知ってるだろう?」
「…へっ?」
「あの人は、ここには滅多に来ないよ」
「そうなの?テメーらの大将じゃないの?」
「アンタにあの人のことを語るすべは俺にはないね。なんせ最大の恋敵だ」
似蔵の足が二人の後ろで止まる。
「あの人がいる限り、俺は指一本だってアンタに触れることはできない」 
吐露が。
切なく届いた。



続く


正門の内側にパトカーが用意されていた。
「大江戸警察…真選組…まるっきり同じか」
「なにが同じなのだ」
「いや、俺んとこのパトカーと」
銀時は車体の文字を読むと、御用提灯のついた窓から運転席をジロジロ覗きこむ。
運転手はやりにくそうに目を逸らしている。
「なんか最新の性能とかないの?空…は飛べるよな。海は?水ん中へ潜ってっちゃったりする?」
「パトカーが水陸両用なんて聞いたことがない」
桂が訳知り顔で首を振る。
「空を飛ぶのだからいいではないか。水上を進むより断然速い」
「いや俺が言ってんのは水上じゃなくて潜水艦みたいな」
「それこそ潜水艇を出動させた方が早かろう」
似蔵を振り返る。
「好意に甘えて乗らせてもらうぞ」
「どうぞォ」
進み出て似蔵が後部座席のドアを開ける。
「なんなら俺の膝に座るかい?」
「座るかァ!」
「うむ。頭が閊(つか)えてしまうからな」
「ちげーよッ」
そのとき。
ふと視線が正門の方へ吸い寄せられる。
桂、銀時そして周りにいた警官たちが一斉にそちらへ顔を向ける。
似蔵が顔を顰める。 
正門のぽっかりあいた四角い空間。
その真ん中を一人で歩いてくる者がある。
明るい紺のブレザーを着こなし。
たった今、火を点けたタバコを口に咥え。
通学リュックにライターを滑りこませ。
追いすがる門衛に何ごとか告げながら、こちらを見ている切れ長の瞳。
「ひ、ひじかた!?」
銀時は驚きを隠さず、近づく相手に探るように浴びせる。
「おまえなに?ダレ?俺の知ってるマヨラー!?」
「風紀委員がタバコか」
桂は眉をひそめる。
「堂に入ったものだな、チンピラ風紀」
「こん中は治外法権だろ」
器用に唇でタバコを挟んだまま笑う。
「一服させろや。外じゃ我慢してんだ」
「せめて私服に着替えろ」
桂の咎める眼差し。
躱して土方は銀時の間近で足を止める。
「登校初日からサボりたァいい度胸だな」
フーッと横に煙を吐く。
「なんで学校来ねぇんだよ」
「行けるかぁ!」
銀時が腹から怒鳴る。
「来てほしかったらテメーがエスコートしに来いやぁ!説明書ナシでスタートしちまった気分だよ。おま、なにやってんの?依頼って、なに!?」
「こっちだって泡食って走り回ってたんだよ」
動じることなく土方は携帯灰皿を取り出す。
「どこに戻ってくっか見当つかなかったし。人に会って、テメー探して、そんで今だ」
「だったらなぁ、出発前に細かいことは打ち合わせしとけ」
銀時は言いながら疑念に駆られる。
「つうか、オメー、高校生になっちまってっけど、あのォ、俺と8時に待ち合わせしてた、真選組の…」
「副長!」
おりしも一人の隊士が手を振りながら走ってくる。
似蔵と、土方が同時に顔をあげる。
隊士を見るその顔は、呼ばれ慣れた者がなんの気負いもなく応じるそれ。
見て、銀時はこれは自分が知ってる土方だと思う。
横顔がカッコいい。
目が離せなくて気恥ずかしい。
なんかすがりつきたくなるような。
「エ?」
銀時は自分の感想を停止させる。
なに、すがりつきたいって。ちがうチガウ、これはアレだよ、心細いときに助けてくれたやつを恋と勘違いするアレ!!
「つ、吊り橋効果!そう、吊り橋効果だよ!ぜったいそうだから、それ以外ないからねッ!?」
「んだ、吊り橋効果って」
「おま、おまえそんなことも知らないの?」
銀時は余裕の笑みを作りそこなったまま胸を反らす。
「揺れてる吊り橋わたって緊張してっとき話しかけられると恋しちゃうって理屈だ、知ってて損はないから覚えとけ!」
「…オメェ」
土方の瞳が驚愕を浮かべる。
「俺に恋してんのか?」
「あぁ?だっ、ダレが!」
オメーに恋してるってぇ!?と続くはずの言葉が喉の奥から出てこない。
自分の顔が熱くなってきたことに信じがたいほど狼狽していたからだ。
口から先に生まれてきたと言われる自分が言いよどむなんてありえない。
土方はそんな銀時から急いだように目を逸らす。
「そんなツラしてっと」
その逸らした土方の顔も両頬が明らかに染まっている。
「勘違いしたバカに、なにされちまうか分からねぇぜ」
「じょっ、上等だっての!」
銀時は張り合うので精一杯。
「あんなことやこんなことやそんなこともしてみろやコラァ!」
「テメ、どうせ逃げんだろーが!」
土方が声をあげる。
「人を煽るだけ煽っといてフザケんな天パァ!」
「逃げたら追いかけてくりゃいーだろ、警察なんだからさぁ!」
自分でなにを言っているか半分も分かってない。
「お前、逃げるヤツの気持ち考えたことあんの?目の前でこれ見よがしに逃げてるってことはさぁ、追いかけられるの前提だろーが!」
「だったら逃げられる側の気持ちも考えろやァ!自分が受け入れてもらえねぇ以上、追わねぇのがせめてもの好意なんだよ!」
「バカヤローあきらめんの早すぎだよ!」
「それじゃストーカーだろうが!」
「ちょ、耳ついてんの?俺はオメーになら」
銀時は一瞬迷って言い切る。
「なにされてもいい。逃げるけど」
「…エ?」
「貴様ら、よく恥ずかしげもなくベラベラと」
ころあいを見て桂が挟む。
「もうすぐ岡田副長の息の根が止まるぞ」
「そーなの?」
銀時はクルンと首を回す。
似蔵は立ち尽くしていたが、銀時が向いた気配に軽く顔を振り動かす。
「かなわないねぇ、若いモンには」
「ちょ、ジジイみてーなこと言ってんじゃねーよ。調子狂うから」
「ひさしぶりにアレが見たくなっちまったね」
ギリッと似蔵は刀を両手でつかんで歯噛みする。
「アンタの魂は何色だィ…土方家の末の坊ちゃんよ」
「ふっ…副長!」
駆けつけてきた隊士が、再度姿勢を正して呼びかける。
「すみません、至急来てほしいと局長がお呼びです!」
「武市さんが?」
似蔵は手を止める。
思い当たることがあるように頷く。
「すぐ行くと伝えておくれ」
「はっ!」
「あの人はせっかちでいけない」
刀をおろして構えを解く。
「首が繋がったね。もうしばらく人生を楽しむといいさ」
「邪魔して悪かったな」
土方は平静を保っている。
「ついでと言っちゃなんだが。この車、貸してくれねぇか」
「アンタに?」
「銀時を連れていきたいとこがある。パトカーなら悪漢どもも手出しできねぇだろ」
「…いいよ」
似蔵は首肯して背を向ける。
「ひとつアンタに『貸し』だ。ドライバーごと好きに使うといい」
「助かるぜ。真選組の副長さん」
「ただし」
 歩き出す前に振り向く。
「あの子を危ない目に遭わせたら牢屋にブチ込んで殺すよ?」
「ごあいさつだな。…けど」
土方の眼光が似蔵の後ろ姿に突き刺さる。
「そりゃこっちのセリフだ」


「えーと、土方くん?」
銀時が開いた座席ドアの前で手招きする。
「俺とどこ行きてーの?ホテル?」
「なんでそうなるんだよ」
「だって邪魔が入らない静かなとこだろ」
「それも悪かねぇがホテルはチェックアウトの時間だ」
「パトカーで乗り付けたらラブホのオヤジ、どんな顔するか見たかったのに」
「せっかくのお誘いだが未成年はお断りだとよ」
「固いこと言うなや」
真面目な顔でそっと告げる。
「もう我慢できねんだよ。いいから二人っきりでゆっくりできる人のいないとこ連れてってくんない?」
「許しませんよ!」
桂が声をあげる。
「そんなの絶対に許しません!保護者としてお母さんも付いていきますからね!」
「誰がお母さんだ」
「学校はいいのか、桂」
「その言葉、そっくり返すぞ風紀委員」
「テメェらが校門の前で回れ右したときから俺のサボりは確定してたんだよ」
「俺たちの後をつけてきたのか」
「そういうことだ」
最後の煙を吐きながら携帯灰皿にタバコを押しこむ。
「ま、うすうす屯所行くんじゃねぇかとは思っちゃいたがな」
「なんで止めねーの?」
銀時の責め口調。
「オメーを探すんじゃなきゃ来なかったのに」
「ここへ来てもらったほうが、おあつらえむきだと思ったし」
「どーいう意味?」
「早めに説明した方がいいだろ。オメェの置かれた状況を」
「そんなら学校でパパッと済ませちまうとか、もっと手っ取り早い方法があっただろーが」
「一番効率の良い方法を選んだつもりだぜ」
土方は開かれたドアに銀時と桂をいざなう。
「乗れよ。この続きは邪魔の入らねぇ静かな場所でしようや」
指し示された後部座席。
銀時と桂は顔を見合わせる。
一拍おいて二人は無言のまま車に乗り込む。
助手席に土方が乗り込んで。
真選組の隊士が運転する警察車両はすべるように正門から走り出ていく。
母屋のぬれ縁から座敷に入ろうとした似蔵が、その走行音に気遣わしそうに顔をあげた。



続く




「なぁ。ハッキリさせとこうや」
銀時は車窓に取りすがる。
「これドッキリなんだろ?ドッキリだよね?だって江戸だもの。どこまで走っても俺の知ってる江戸の景色そのものだもの」
「フフ…また同じことを聞いたな」
桂が得意気にうなずく。
「お前は前回もドッキリだろうと騒いだのだ。今回も言うだろうと思っていたぞ」
「テメーはイラッとくるから喋んな」
桂を押しのけて前部座席に身を乗り出す。
「子供に新八役演らせたり、死んだ人間役者で揃えたり、そんなことしてなんか良いことあんのかよ?」
「……ねぇだろな」
土方は前を向いたまま告げる。
「オメェにはドッキリでしかねぇんだろうが、こいつァなにもかも現実だ」
「現実?どのへんが現実?」
「むしろオメェが今まで現実だと思ってた方が夢なんだよ」
「それはない」
即座に言い切る。
これまで体験してきたことも出会ったすべての者たちも紛れもない真実だ。
「くだらねー冗談やめろや」
「オメェはここが何だか分かるか?」
さっきから車の右側に続いている高い塀を示す。
塗りこめられた垂直の塀が見渡す限り視界の果てまで続いている。
「なに、ここ。刑務所?」
「下井草(しもいぐさ)だな」
横から桂が言う。
「お前はよくここへ来ていた」
「へっ?」
雑木林の広がる郊外に忽然と現れたコンクリート塀。
内部がまったく見えない塀の中身に関わる記憶はどこにもない。
「オレ…なにしに来てたの?」
「鍛錬しに。と言いたいところだがお前はほとんど寝ていたぞ」
「お前も一緒だったのか、ヅラ!?」
「ヅラじゃない桂だ」
「まさか、高杉も?」
「高杉はあまり来なかった」
「じゃ、もしかして……俺たちを教えてくれたのは」
「むろん、先生だ」
銀時を見たまま答える。
「あらゆる知識と技能、この世のしくみを俺たちに教えてくれたのは、お前もよく知るあの人だ」
「先生が」
銀時は息を飲む。
「ここに居るのか。生きて…本当に、会えんのか?」
「なにを大袈裟な」
桂が微笑する。
「先生は生きておられる。話すことも、手で触れることもできるぞ」
「…土方君」
銀時が念を押すように尋ねる。
「オメーが俺をここに連れてきたのは、先生に会わせる為か」
「そうだよ」
土方が肯(うべな)う。
「屯所で車を調達すれば、ここまで早ぇと思ったからな」
入口が見えてくる。
城壁に設えられた巨大な門を思わせる、防備のための堅牢な造り。
パトカーの接近を感知すると門扉が両開きに開いていく。
運転手が右折して門を潜ると、狭い通路に進入する運びとなり、その先でゲートが幾重にも行く手を遮る。
警報や光線がこれでもかと車内へ浴びせられ。
人間ひとりひとりをチェックするセキュリティなのだろう、人体をトレースするような光線の動き。
車体に至っては部品レベルまで解析される勢いだ。
「ターミナルでもこんな厳しくねーよ」
銀時がぼやく。
こんな大層な警戒の中に置かれる理由。
あの人はここでも誰かに狙われ奪われる宿命なのか。
「仕方あるまい。ここには最新鋭の技術が濃縮されている」
桂は目を閉じている。
「盗み出して悪用せんとする輩がゴロゴロいるからな」
「悪用?最新鋭の…技術?」
交錯する光の中、桂を見る。
「なにそれ。先生、なにやってんの?」
「天人のもたらした超理論と現代科学の融合。つまり…」


「常識ではあり得ねぇカラクリの発明よ!ガッハッハッハ!」
ゴーグルに立派なヒゲ。
作業着にブーツ。
おなじみの恰好で歯の欠け方も見覚えた通りの初老の男。
「平賀源外先生だ」
桂がうやうやしく手のひらで示して銀時に紹介する。
「世紀の発明をいくつも手掛けた応用科学の鬼才にして設計工学のエキスパート」
「……ちょっと待て」
銀時が棒立ちになる。
「先生ってコレぇ!?平賀先生?源外のジー先生のことかよォ!」
「照れなくていいぞ、銀時」
桂がとりもつ。
「雲の上の先生にお会いして緊張を禁じ得ないのは分かるが」
「俺がお会いしたかった先生これじゃない雲の上ぇぇ!」
進入門のセキュリティを抜けると、だだっぴろい空間に出た。
滑走路みたいな開けた場所に格納庫のような整備場。
ヘリポートにプロペラを回して待機する機体。
立ち並ぶ倉庫。
搬入口を走り回るトラック、その合間を縫って立ち働くフォークリフト。
作業服に身を固めた作業員はキビキビしているが、素直に空港施設とは思えないキナ臭さだ。
それを横目に、二車線の車道が敷地奥へと交錯しながら延びている。
行く手には低層だが頑丈そうな四角い建物が点在していて、車はそのひとつの車寄せに辿りついた。
下車して建物に入り、有人無人の自動ドアを通り抜け、網膜だの指紋だのの照合までして入り込んだ先で待っていたのは銀時の思っていたのと違う人物だった。
「ちょ、土方君」
銀時は同行の土方を振り返る。
「俺に会わせたかったの、このジーサン?」
「あぁ」
肯定されてしまう。
「オメェもよく知ってる人間だろ?」
「知ってるけど。最優先で会わなきゃならねーほどなのかよ?」
「向こうじゃ変人カラクリ技師かもしれねぇが」
真顔で銀時を見る。
「オメェに起こってる変事を説明できんのはこの人たちしかいねぇ」
「おま、ピカッて光ったのオメーだろうがァ!」
銀時は正面から土方の両腕を掴む。
「なんでもいいから俺と新八がアナザーワールドに召喚されちまった理由を説明しろやマヨラーッ!」
「落ち着け、銀時」
桂が止める。
「ずいぶん混乱してるようだが、土方になにかされたのか?」
「なにかって何?」
「俺はなにもしてねぇ」
土方が告げる。
「したくても出来なかった」
「貴様ッ」
桂が土方の胸倉を掴みかかる。
「よもや銀時に不埒な情念を…!」
「やめろヅラ」
銀時が咎める。
「不埒なのお前のヅラだから。ちょっと土方君と話させて」
「…銀時、」
桂の瞳が潤む。
「せんだってから一人でコソコソやってると思ってはいたが、他でもない、こやつと密謀していたのか。あんなことやこんなこともしたのか。まさか、これまでたびたび記憶を失くしていたのも…!?」
「してねーよッ」
銀時が目を怒らせる。
「てか、なんで淫行したことになってんの?」
「い、いい淫行ォ!?」
桂の声が裏返る。
「やはりそうなのか、銀時おまえ、記憶を失うほど土方とチョメチョメ…ッ!」
「だからしてねーつってんだろ!」
「そのうちしてやるよ」
土方がサラッと宣言する。
「だから黙っとけ桂。時間の無駄だ」
「ちょ、なに言ってんの」
銀時がツッコむ。
「カッコつけたつもりだろーけど、オメー顔赤いからね。純情まる出しだからね」
「うるせぇぇ!テメェだって真っ赤だろーがァ!」
「俺のは違うって。部屋がちょっと暑いだけだって」
ぱたぱた手で扇ぐ。
「ホカロン仕込みすぎたね。両手両足に装備してっからね。でもオメーみてぇにストーブ持ちこむヤツには敵わねーよ、だってこっちまで熱いもの。諸刃だもの!」
「もうやめろ、二人とも。茹でダコのようだ」
桂が分ける。
「ま、ありえんな。貴様らが魂高生(たまこうせい)らしく清い仲であることは自明の理」
「うっせー!ガキじゃねぇし!清い仲とかじゃねんだよ!」
銀時が怒鳴る。
「もうキスとかペッティングとか、もっとそれ以上とか、いろいろしちゃってんだよ、たぶんね!」
「無事に帰ってきたと思ったら、あいかわらず喧(やかま)しくてかなわねぇぜガキども!」
ガハハ…と源外が笑う。
「過去はどうだった、銀の字。生半可なもんじゃあねぇよな、攘夷戦争なんてよぉ」
「……な、」
銀時は源外に向き直る。
「なんで過去?なに言ってんの」
「なんだ、また忘れちまったのか。オメーは坂田銀時の前世をなぞりに行ったんじゃねぇか。春休みを利用してなあ。どうよ、臭ぇ連中は見つかったか?」
「臭ぇ連中ならゴロゴロしてるけどよ」
銀時から表情が消えていく。
「過去ってことは…やっぱここ未来?オレ自分の未来に来ちゃったわけ?」
土方を見ながら首をひねる。
「アレ?でも10代ってことは未来じゃねーよな。アレか、並行世界。アナザーワールドで合ってる?」
「ここはオメーの時代から190年くれぇ経った未来だ」
土方が明かす。
「オメェは俺に連れられて魂だけこっちに飛んできちまったんだよ」
「まてまて」
銀時が首を振る。
「言いたいことは分かる。けど、そんな簡単にハナクソ飛ばすみてーに魂が未来へはばたくわけねーだろ」
「はばたいたからオメェがここに居んだろうが」
「なんのために?」
土方を見る。
「百歩ゆずって、オメーが言ったことが可能だとして、なんで俺がここにくる羽目になったわけ?」
「魂が融合しちまってな」
真顔で言われる。
「こちらの銀時だけ選(よ)り分けようとしたら、どうやっても分離できなかったんでオメーごと連れてきた」
「ンぁ!?」
銀時が身構える。
「な、なにしてくれてんだァ!!ちゃんと必要な分だけ引っこ抜けや、根っこ絡んでるカイワレ大根じゃねんだからよォ!」
「仕方ねーだろが。もともとあの時間に設定してあったんだ。チンタラしてる暇はなかったんだよ」
「どど、どーしてくれんだよ!?」
詰め寄る。
「魂が融合しちゃったって、あの…アレだ、新八はどうなんだよ!?身体は幼稚園児だってのに中身はヤラシイことしか詰まってねーぞコラァ!」
「志村?メガネがどうかしたのか?」
「どうしたもこうしたも、新八も俺と一緒にコッチ来ちまったんだよ、いまアイツ幼稚園児ィ!」
「そうか。出力が強すぎて巻き込んじまったんだな」
「すこし爪が延びてきた?くれーのテンションで言うんじゃねーよ!元に戻るんだろーな?てか戻せ!そういえば今、俺たちの身体あっちでどうなってんの?」
ハタと思い至る。
「俺の意識がここにあるってことは、俺と新八の本体は…」
「万事屋の軒先で転がってんだろな」
土方が顔を顰める。
「メガネまで引っ張っちまったとなると介抱するヤツがいねぇ」
「俺たち無事だろーな?生きてんだろーな!?」
「あの時期に没した記録がねぇから生きてるよ」
「歴史変わっちゃったらどーすんだよ?」
「そんなヤワなもんじゃねぇし。簡単には変わらねぇから安心しろ」
土方は銀時を見る。
「それもそうだけどオメェ、こっちの知識がまったくねぇのか。ちったァ思い出さねぇのかよ?」
「カケラも浮かんでこねぇ」
銀時は憔悴した笑みを浮かべる。
「なに?高校生の俺は、俺の人生を見学に来てたの?なんのために?春休み自由研究?」
「オイオイ銀の字、冗談はよせ」
源外が笑顔になる。
「お前は現代っ子の坂田銀時だ。いつまでサムライの銀時のつもりでいやがる」
「そうだぞ」
桂が大きく頷く。
「お前はどこからどう見ても現代に育った銀時だ。一緒に育った俺が保証する。それ以外の、前世の銀時が入りこんでる気配など微塵も感じないのだからな」
「つまり何?100年経っても俺の魂は変わりばえしないってこと?」
「190年だ」
土方が言う。
「この世界は、ずいぶん前から忌まわしい存在に脅かされている。誰も気づかない間に、そいつらの好きなように生殺与奪を握られ、事実上の自由を奪われている。正体は掴めず、それどころかその存在を感知してるのはほんの一握り。大多数が何も知らず悲運に見舞われて嘆いている」
「オメーらはそれと戦ってんの?」
銀時が何気ない口調で尋ねる。
「ここの高校生銀時が俺の時代までやって来たのは、そのことと何か関係があんだろ?」
「敵はこの世界を、オメェの生きたあの時代そっくりに造り変えようとしている」
土方は銀時の瞳を覗きこむ。
「まるで、あの時代まで戻そうとしてるみたいだ。としたら敵の正体はあの時代にヒントがあるんじゃねぇか。銀時はそう言って前世のオメェを拠りどころにして…てか、こんだけあの時代の生まれ変わりがいるのも解せねぇだろ?」
「そういえば」
銀時は桂、そして源外を見る。
「オメーらもヅラとジーサンのソックリさんだよな。お妙もいたし、花粉症のリーゼント野郎も…あれ、生まれ変わりィ!?」
「俺は桂家の直系だ」
桂が述べる。
「だが俺の名がなぜ先祖と同じになったか両親は答えてくれない。なんとなくとか偶然とか、そんなことを言っていたが」
「巧妙にあの時代が再現されてんだよ」
土方が言う。
「街も、人間も。その人格や構成要素まで。こんなことができんのは並の人間じゃねぇ」
「じゃ、俺が生きてる時代に、その敵の手掛かりがあるってこと?」
銀時は首をひねる。
「それっぽい野郎つったら……ん~、なんか変な天人とかイッパイ居るしよォ、えいりあんも居るし…星喰とか毘夷夢(びいむ)星人とかエクスカリバーとかビチエとかね。怪しいっちゃあ屁怒路さんちも怪しいんだよな。怖い顔だし」
期待して耳を傾けていた桂たちが次第に身を引いていく。
「あっ、じゃあアレだ、蓮蓬だろ?米堕(ベイダ)卿が甦ったんだよね!?」
「そんなあからさまなものではない」
「え…じゃあやっぱり陰陽師関係者?あいつら式神使って裏から世界を工作するとかやりそうじゃね?」
「なぜ奴等がそんなことをせねばならんのだ。というか結野衆も巳厘野衆も盟友だ」
「そんなら簡単じゃねーの。結野兄が江戸を見張ってっから聞けば敵の正体なんかすぐ割れるぜ」
「結野晴明は行方知れずだ。道満も数年前から姿を見ん」
「なんでだよ?」
「奴等は江戸を監視する『眼』だ。まっさきに潰されたと考えられる」
「…そうか」
銀時は俯く。
「そんだけ本気の奴等つったら…春雨しかいねーだろ」
「春雨?」
「宇宙海賊春雨。デカい犯罪シンジケートだ。あいつら、幕府の要人ともつながってたし。どんな手を使ってでも目的を達成するみてーだからよ」
「天人か」
桂が首を傾げる。
「敵は獅子身中の虫のような気がしてならないのだが」
「オメーら、敵の正体知りたかったんだろ?よかったな、俺の助言が役に立って」 
三人に手を差し出す。
「ってことで情報料よこせ。金塊か宝石でいいから。万事屋への依頼なら出張費はマケといてやる」
源外の後ろに、見覚えのある機械が置いてある。
部屋の中央にのさばる巨大な装置。
「もう用はねーだろ?俺と新八を元の場所に戻してくれ。そのカラクリさえ使えば高校生の銀時と俺の魂を分離できるはずだ」
全自動たまごかけゴハン製造機改め、魂抽出転送装置。
以前、万事屋と真選組が魂をゴッチャにされる騒動があった。その原因となったカラクリ、さらに複雑に増殖した鉄塊を見上げて、銀時はフゥと力を抜く。
やおら、その耳に。
「銀時」 
信じがたい人の声がして。
「申し訳ありませんが、ことはそんな単純なものではないのですよ」
一人の人物が髪を揺らして部屋に踏み入れてくるのを。
銀時は胸の痛いところを突かれたような顔でゆっくりと振り返った。



続く



「ひさしぶりですね銀時。元気にしてましたか?」
聡明な眼差しにイタズラっ気を宿した、懐かしくて慕わしいその人。
ひとことでも喋ったら、その人に災いが見舞いそうで。
銀時は固く振り返ったまま動くこともできない。
「どうしたんです?声は出るでしょう」
近づいてくる。
「おまえはいつでも私の前では遠慮がちですね。もっとハジけていいんですよ?」
「せんせ…」
茫然とその人の笑顔をひとつも漏らさず見つめる。
「どうして…?」
思わずこぼれた呟き。
見開いた瞳に己の師が、吉田松陽その人が映っている。
生きている。
自分を見て話しかけてくる。
そんな見果てぬ夢のように佇む人から銀時は後ずさる。
「んーんと…そうですね。ちょっと肩ならしをなさい。しばらく鍛錬から遠ざかっていたんですから」
「へっ?」
「はい、これあげます」
銀時に木刀を差し渡す。
「怠けてたの全部わかりますからね。恥ずかしいですよ~?」
そう言いながら松陽が後ろ手に合図すると。
一体のカラクリ人形が部屋に躍り込んできて。
「えっ?」
銀時めがけて跳躍すると、片腕を鋭く突き出して。
「えぇッ?」
その片腕が自在に延び、槍状の凶器となって銀時に突き刺さってきた。
「なっ…、」
すんでで躱して串刺しを避ける。
もう片腕が心臓めがけて一撃を狙う。
「なんだコレぇ!?」
うねる管と圧縮装置まみれのその腕に見覚えがある。
カラクリ人形の顔にも見覚えがある。
整った目鼻立ち。
ワイシャツにネクタイ、ベスト。そしてカラクリに特徴的なアンテナのついた耳カバー。
カラクリ家政婦『たま』の製作者が己の人格を容れるべく造った男性型の人造機械。
「てめぇは…戸‐伍丸弐號(ごまるにごう)!!」
「正解です」
松陽はひらひら手を振る。
「流山のカラクリ借りてきました。まじめにやらないと手ごわいからね、壊すつもりでやるんですよー」
「こ、壊すつもりったって」
銀時は片腕をすり抜けざま、もう一方を木刀で受け止める。
カラクリ人形は無表情に間を詰めて喉笛を狙う。
「んなろッ!」
両方、木刀で弾き飛ばす。
飛ばしざま床を蹴って銀時が上から強襲する。
「いっけねぇ!」
源外がそのへんの鉄パイプを桂たちに投げる。
「鬼の字、ヅラの字、転送機を守れ。ぶつかったら一貫の終わりだ!」
「ヅラの字じゃない桂だ」
受け取って桂は巨大カラクリの前へ参じる。
「どうだ銀時、やれそうか?助太刀しようか?」
「あれが…戸號か、初めて見る」
土方も転送機を庇って立ちはだかる。
「戦闘訓練用のカラクリ人形たァ、ここは何でもアリだな」
「ふぐぅ!」
銀時が頬をはたかれて吹っ飛ぶ。
追い打ちをかける串刺しの腕。
体勢を崩しながら銀時はそれを受け止めて撥ねあげる。
「銀時!」
桂の身体が動く。
「加勢しますよ先生、あんな強いの銀時の手に余ります!」
「それには及びません」
松陽はにこやかに両者を見ている。
「どうやら銀時は過去から最強の加勢を連れてきたようですね」
「ふんごぉぉぉぉおッ!」
木刀を手に銀時が突進する。
ためらいなくカラクリに突っこんでいく。
正面から襲う凶器に身を晒したまま。
伸びた腕が縮む隙を与えず。
潰れる音、バチバチっと走る火花。
銀時は勢いのまま木刀ごとぶつかりあう。
「せんせぇ」
銀時の木刀が戸號の腹部に突き刺さっている。
その切っ先は壁にめりこんでいる。
あがくカラクリの両腕。
どっしり腰を落とした銀時の木刀から抜ける術はなく。
カラクリはあちこちから不具合の機械音を立て始める。
「どっか溶鉱炉とかない?こいつ動かしてる核がちっせぇからヤッてもヤッても止まんないんだよね」
ぎりぎりと木刀を壁に押しこみながら、溶かしちまわないと、と銀時が言い添える。
驚きに目を見張る桂、見守る源外。
無言で顔を伏せる土方。
松陽は銀時に笑いかけながら手を叩く。
「はァい、終了ですよ銀時、終了ォ~」
「それコイツに言って」
銀時はなおも戸號から目を離さない。
「俺は終わりでいいんだけどコイツがね、修復とかするから、まだやる気マンマンだからね」



続く





「大丈夫ですよ銀時。この戸號には流山の人格データは入ってないから」
串刺しにされた伍丸弐號(ごまるにごう)に近づいて松陽は興味深げに眺め回す。
「へぇ。これが自己修復したら手強いですね。おまえはそんなの相手にしてたんだね、銀時」
「せんせ、危なっ…!」
「もう止まってますよ、コレ」
松陽は伍丸弐號の頭をコンコン叩く。
「残念ながら、この子は一度壊れると修理を待つしかないんです。でもまさか本当に停止させられるとはなー」
「壊す気でやれつったの先生だろ!?」
「言いましたよ。どこまでの腕前か見たかったので」
銀時を見る。
「この世界に生きる16歳の銀時にここまでの技量はありません。おまえの体術、その戦闘慣れした剣さばき。まさしく攘夷戦争を戦った坂田銀時の魂に相違ありません」
「そんなバカな!?」
桂が叫ぶ。
「銀時はどこからどう見ても銀時です、俺の竹馬の友だ!」
「もちろん、それはその通りです」
松陽が答える。
「そこに腕っぷしの強さが加わっただけのこと。むずかしく考える必要はないよ」
「松の字、そんじゃあ本当に…」
源外が銀時を見る。
「こいつァ過去からやってきたサムライだってのか?」
「前世の銀時の記憶と戦闘力を持っているんですから、そう考えるのが妥当でしょう」
源外、桂そして土方を順に見る。
「銀時は前世の銀時とシンクロすることによって完全に坂田銀時の意識を我が物として体感することができるんです。これまでも何度か過去へ飛びました。記憶が混乱することがあったのはその後遺症です」
「そんなことを」
桂が手にした鉄パイプを握りしめる。
「過去世とのシンクロの話は伺いましたが、その講義を一番つまらなさそうに聞いていた銀時が何度も過去を垣間見ていたとは」
「目的は『敵』の特定」
松陽が告げる。
「あの時代を探れば正体に繋がる情報が得られる。けど前世に飛ぶことはできても、そこの人間の五感に同化するなんて離れ技、普通の人間には不可能です」
「普通は前世に飛ぶのも無理なんじゃね?」
銀時が口を挟む。
木刀をずるりと引き抜く。
戸號はガシャガシャと崩れ落ちて動かなくなる。
「ホントだ。壊れたままだ」
「おまえはコレを溶かせと言いましたね」
松陽が戸號を見る。
「つまり以前戦ったことがあってそういう手段で退けたということかな?」
「あんときはターミナルの地下にゴツいエネルギー炉があったから」
「ほう」
松陽は瞳を輝かせる。
「修復するカラクリを造ってしまう流山も辣腕ですが、それをそういう方法で倒してしまうのも抜群の戦闘センスですよ。銀時は強いね」
「…んなことねーし」
呟く。
その笑顔で言われると何かがこみあげてきそうで口を閉ざす。
「でもいいなぁコレ、修復機能がついていたら無敵の兵器じゃないですか。前世の流山はさぞ面白い人だったんでしょうね。私も話がしてみたかったなぁ」
チラッと銀時を見る。
「銀時は会ったんでしょ。どんな人でした?」
「会ってねーよ。俺が関わる前に死んでたし」
「そうですか。残念でしたね」
「べつに」
銀時は首を振る。
「この時代ってタイムマシン発明されてんだろ。会いに行きゃいいじゃねーか」
「意識だけは飛ばせます」
松陽が答える。
「広大な世界の一点を虫眼鏡で覗くようなものだからね。見ている本人の精神力が続く限り、飛ぶことも滞在することもできる。けど並大抵じゃない。普通の人間には負担が大きくて自分の一週間前も覗けないくらい疲れるんですよ」
「じゃあ、190年も前の俺を覗きに来て、しかも融合しちゃったってのは」
「銀時にしかできません」
重く告げる。
「この技術はこの下井草総研でも関係者にしか明かしていない機密事項なんですが、何人かに試みたところ、190年前の過去を見られて、しかも過去世の自分とシンクロできたのは銀時と…」
「俺くれぇなんだとよ」
土方が言を継ぐ。
「残念ながら俺には10日も滞在するスタミナはねぇし、せいぜいもって2~3時間てとこだがな。その間も過去の自分とシンクロどころか、過去の意識を封じこめておかねぇと自由に動けねぇありさまだ。前世と同化してあの時代の常識や世界観を体感するなんて芸当はオメェにしかできねぇ離れ技だよ」
「お、おまえ…」
銀時は土方を見る。
「じゃあ、俺が8時に約束してたのは真選組の土方君じゃなくて…!?」
「俺だ」
不敵に笑う。
「一週間前、お前に依頼して契約金を手配したのも俺だよ」
「な、なんっ…?」
銀時は耳を疑う。
否定したい気持ちと、同時にそれを知っていたような認識が頭の中で交錯する。
「銀時と打ち合わせてあったからな」
切れ長の瞳が複雑な色を浮かべる。
「オメェを連れて帰らなきゃならなかったし。できれば過去の情報ごと、ってのが銀時の狙いだった」
「過去の情報って…」
まばたきする。
「それって、つまり」
「ま、オメェごとってことだな」
「ちょ、ちょっと待てぇぇ!」
銀時が肩をいからせる。
「なに?じゃ俺、未来の生まれ変わりの高校生の計略でこんなとこまで来ちゃったの?新八も巻き込まれちまったのォ!?ふふふふざけんな、未来なんて知るかァ!未来はテメーらのもんだ、好きに捏ねまわせや、テメーの時代もカツカツなのに未来の面倒まで見きれっかァ!」
ビシッと転送機を指す。
「つか、そのカラクリでこっから先の未来がどーなってっか覗きに行きゃいーだろ!敵の正体もモロばれだし、弱点も倒し方も未来が示してくれるって」
「アホか。未来なんか覗けねぇ」
土方が鼻を鳴らす。
「できりゃとっくにやってらァ」
「んだと?」
銀時は土方に顔を近づけてつっかかっていく。
「テメ、よくもだましてくれやがったな。魂胆が分かった以上、誰がテメーなんぞに協力するか。俺のときめきを返せコノヤロー」
「うるせぇ、俺なんかテメェ以上にときめいてんだよ。うっとうしいから半分ノシつけて返してやらァ、とっとと受け取れこの天パ」
「ぜんぶ返せ!利子つけて返せ!ていうかこのときめきは俺のじゃないからね、きっと未来の俺がオメーにときめいてんだからね、さっさと俺を過去に送り返して未来の俺とよろしくやりやがれ!」
「未来も過去もあるか、俺はオメェに…、」
土方は逸らしそうになる瞳を戻して銀時を見つめる。
「オメェの魂に惚れちまってんだよ。どこにもやりたくねぇし、オメェになにかあったら胸に穴あいちまわァ」
「な、ななっ…!」
銀時は赤くなって怒鳴る。
「テメーッ、よくもそんな恥ずかしい告白できんな!むしろ尊敬するわ!こっちが恥ずかしーわ!責任とってこの照れくささをなんとかしろォ!」
「責任なら取るつったろ。俺にできることならなんでもしてやらァ、最大限でな」
「てっ、てめ、そんな俺好みのツラで、んなこと言いやがって」
銀時は木刀を床に放る。
「だったら今すぐ抱きしめてチューとかしやがれ、どーせできね…っ!」
「無茶言ってんじゃねぇよ」
土方が銀時の腕を掴む。
万事屋の玄関で感じたのと同じ。
片手なのに容易に振りほどけない握力。
「銀時、テメェは俺のこと好きか?惚れてんのか?」
「…んあ?」
「俺はオメェの気持ち、聞いてねぇ。同意もねぇのに下手な真似できっか」
「お、おまっ……おまえバカァ!?」
目の前の相手を罵倒する。
「嫌いなヤツに抱きしめろとかチューしろとか言うと思ってんのォ!?おま、俺のことどんだけ酔狂だと思ってんだよ?」
「そうは思ってねぇ。けど聞きてぇ」
両腕をつかんで向き合う距離に土方が立っている。
「俺はお前が好きだ。ずっと一緒に居てぇし、できりゃ結婚してぇ。オメェは俺のこと、どう思ってる?」
「けっ、けけ結婚!?」
銀時はどもりながらも土方の真剣な面持ちに目を逸らすことができない。
「そんなこと未来の俺に訊けや、俺は過去の人間だし、お前の好きな高校生の俺じゃねーしィ!」
「同じだよ」
土方が顔を近づける。
「俺にとって、どっちも坂田銀時、オメェだ。区別なんかねぇから融合しちまったんだ」
「そんなワケあるかァ!」
「それともオメェ、心に決めたヤツがいるのか」
グッと腕を掴む手に力がこもる。
「ここか、過去の世に。好いた相手でもいるのかよ?」
「いやべつに」
心の中で何人か顔を浮かばせながらヘラッと答える。
「そんなもん居ねーけど」
「なら傍にいさせてくれや。オメェの一番近くに」
顔が寄せられて。
銀時は片頬に、短いキスをされた。
「オメェが迷いなく俺を選んだとき。そんとき俺がオメェをもらわァ」
「ひじかたくん…」
土方の腕が背中に回ってくる。
遠慮がちな抱擁に、どちらのものとも知れない鼓動が伝わり合う。
「オメェを過去へ置いてくるのは不安だった。できるもんなら代わりたかった」
「…そうなの?」
「なんにもできねぇのはコリゴリだ。それに比べりゃ大抵のことは我慢できる」
なんにもしてない。
したくても出来なかった。
桂に言っていたのは、そういうことか。
「あのよォ、俺にとっちゃアッチが自分の世界だからね」
銀時はポンポンと相手の背中を宥めるように叩く。
「危険なんてねーし、こっちに居る方が違和感バリバリなんだよ。だからやっぱ、オメーが惚れてんのは同じ時代の銀時だし、オメーはソッチに告白すべきじゃね?」
「…オメェは俺が嫌いか?」
「そうじゃなくて。俺がオッケーしていい問題じゃねーって話」
「どっちもオメェだろ?」
身を離して土方は意外そうに銀時を見る。
「だから俺はオメェの承諾もとらなきゃならねぇ」
「いや、あのな」
銀時は難しい顔をする。
「お前、忘れてるみてーだけど。俺、過去に帰るからね」
「…」
「ずっとここに居るわけじゃねんだよ」
「……お前は銀時だ」
土方が低く絞り出す。
「他でもねぇ、坂田銀時だ。俺が欲しいのはオメェ一人だ」
「エ?」
「時代が変わろうが俺が追うのはオメェだけだ。その魂に、俺の魂は焦がれてやまねぇんだよ」
「ちょ…?」
俯いている土方の顔が見えない。
こころなしか声音が違う。
銀時が覗きこもうとしたとき。
「ちょっと何してるんだ君たち!」
鋭い叱責が飛んできた。
「私のカラクリ人形を持ち出したろう、勝手なことされちゃ困るん……伍丸弐號ォォォ!」
長い髪を後ろで括った、大きめな鼻が印象的な人物。
林流山(はやしりゅうざん)その人が部屋に走りこんできて壊れたカラクリに駆け寄った。



続く



「誰がこんなことを!」
涙さえ浮かべて戸號の身体を抱き起す。
「可哀そうに、痛かったろう伍丸弐號?」
流山はギッと周囲の者を見上げた。
「これはいったい、どういうことかな」 
「あ~、すみません林先生。ついウッカリ壊してしまいまして」
 松陽が頭を掻きながら進み出る。
「お詫びに修理はさせてもらいますよ」 
「人のもの壊しといてなんて言い草だ。この子をなんだと思ってるんです?修理なんて私以外の人間にできるわけない」 
「昔の戸號には自己修復能力が載せてあったんですね」 
松陽は笑顔のまま言う。
「その技術を現代に甦らせてはいかがですか?」
「あれは失われたオーパーツです。今となっては……それとも吉田先生、貴方はその論文を探し当てられたんですか」
「私にかかれば、たやすいこと」
松陽が流山の傍らにしゃがむ。
「再現はさほど難しいことではありませんよ。190年前に実戦で使われたことは確認済みですから」
「吉田先生…」
 流山は潤ませた目を向ける。
「それは共同チームたちあげのお誘いと受け取ってよろしいか?」
「準備でき次第、始めましょう」
松陽は流山と固く握手する。
「所用が済んだらそちらへ伺います。場所は先生のお部屋がいいですよね」
「お待ちしてますよ」
流山は戸號の身体を抱えて立ち上がる。
遅れてやってきた弟子たちとともに戸號の諸パーツを拾いあげて去っていった。


「わざと俺に壊させたの?」
「人聞きの悪い」
松陽は笑んだまま答える。
「たまたまですよ」
「松の字は天人が入り込んできた直後のハチャメチャなカラクリ技術が気に入ってっからよ」
源外が言い添える。
「この魂かけ誤判製造機もコイツの復元した図面から起こしたのよ」
「俺の知ってるジーサンが造ったヤツには過去を行き来する機能なんてついてなかったけどな」
「そのままじゃ面白くないでしょう?」
松陽が腕組みする。
「アレンジですよ、アレンジ」
「……まあいいけど」
銀時は制服に開いた腕のほつれを払う。
「俺はこのカラクリ使って過去に戻してもらえれば文句ないし。てわけで新八連れてくるから」
「そんな慌てて帰らなくてもいいでしょう?」
「もう未来は十分見た。こんな未来があるって分かっただけでいいわ」
「もっと昔の話を聞かせてくださいよ。そうそう、あの子は?村田君」
「誰?」
「紅桜というカラクリ機動兵器を造ったでしょう?おまえの時代じゃありませんでしたか」
「村田って……鉄子の兄貴?声のデカい兄貴のこと?」
「やっぱり声が大きいんですか!」
松陽は上を向いて笑う。
「あの子は父親の影響を受けているという説が主流ですが、父親はカラクリ技師ではなかったんですよね?つまり紅桜は村田鉄矢の独学によるものと私は考えているのですが、実際のところは…」
「ゴメン先生。頭痛くなってきたから早退します」
「逃がしませんよ」
銀時の行く手にまわりこむ。
「言ったでしょう。そんな単純なことじゃないって。銀時が命懸けでおまえを連れてきたんです。せめて敵の手掛かりを掴むまで協力してください」
「だから春雨で決まりだって。それ以外、思い浮かばねーよ」
「春雨なんて物を壊すしか能のない連中ですよ。江戸期の街並みを再構築するわけないでしょう、バカ」
「バカってなにが?」
銀時が目をあげる。
「そういうの先生のが詳しいだろ、なんで俺に訊くの?バーカバーカ!」
「犯人は、根強い執着をもった誰かです」
横を向いて考えこむ。
「街並みごと支配したいのか、打ち壊したいのか、誰かに見せつけたいのか。この再現には怨念めいたものを感じます」
「その調子で推理すりゃイッパツじゃね?」
「なんでおまえはそんなに非協力的なんですか。ちょっとくらい話し相手になってくれてもいいでしょうケチ」
「いつ終わるか分かんないからイヤです」
「まったくもー、さっきは土方君の告白をスルーしたまま答えようとしないし、いったい何様ですか?」
「なにさまでもねーよ、でもいまソレ関係なくない!?」
「先生はね、意見を聞かれたとき、自分の考えをキッチリ言えない子にはムカッ腹が立つんです。イエス、ノーをハッキリ言いなさい、ハッキリ」
「これから消えようってのに、なにハッキリ言うんだよ。サヨナラ?」
「今のおまえの気持ちを微分して言えばいいんですよ。教えたでしょう、微分積分。なに難しく考えてんですか」
「どうやったらそこまで難しく考えられるのか分かりません」
視界にいる土方を見ずに続ける。
「先生だって知らない世界に行っちゃったら好い加減なこと言えないだろ。さっさと元の世界に帰るだろ」
「なんでですか、もったいない」
松陽が咎める。
「そんなことになったら、その世界の隅々まで歩きます。私はこの目ですべてが見たい」
「俺は先生と違うの」
くるりと背を向ける。
「先生は高校生の銀時の心配してりゃいんだよ。俺は部外者なんだから」
「あっ」
松陽は思いついたように銀時を見る。
「いいこと考えました。銀時、土方君とデートしなさい。300円あげるから」
「結構です」
「でないと過去へ戻してあげませんよ」
「なんでだよ!?」
「おまえが愛情を受け取るのが下手だからです」
銀時に笑いかける。
「忘れちゃったかもしれませんが、おまえは土方君と仲良しだったんだよ」
「そうなの!?いやそうじゃなくて!」
首を振る。
「なんで過去へ戻すのが条件付きなの!?」
「だって。どうせエネルギー充填に数日かかるし」
転送機を見やる。
「準備できるまでヒマでしょう?それともここで見たいプロジェクトでもありますか?なんなら私と流山のチームに加わります?」
「加わらねーし!見たいもんなんてねーけど!」
銀時は叫んで、ハァと肩を落とす。
「俺を引き留めるための方便じゃねーだろうな?」
「疑うんですか」
松陽は口を尖らせる。
「技術屋を疑うとはいい度胸ですね。一生、返さないことだってできるんですよ」
「すいません、勘弁してください」
「土方君と出かけるついでに、この世界を見てきたらどうですか。そしてその感想を聞かせてください」
世界を見渡すように頭上を見たあと、銀時に視線を定める。
「お前が奇妙だと感じるものがあったら、それが過去との差異でしょう?それこそが手掛かり。そう思いませんか?」
思いません。
言おうとした銀時の腕を土方が引いた。
そのまま松陽の前へ進み出る。
「じゃあ先生。銀時は連れてくぜ」
「お願いします」
松陽は土方に目を移す。
「君は大丈夫ですか?」
「なにがですか」
「愚問でしたね」
嘆息する。
「今度、トランスの影響を調べましょう。それまで無理は禁物ですよ」
「今までおかしくなったことなんかありません。御心配には及びませんよ」
「そんじゃあ、カラクリの調整に入るとするか」
源外が腰をあげる。
「今朝帰ってきたと思ったら慌ただしい野郎どもだ。それなりに費用もかかるぞ。バッチリ請求は上げとくからよ」
「誰に請求する気だコラ」
銀時が青筋立てる。
「いっとっけど俺は払う義理ないかんね」
「心配すんな」
ガッハッハと笑って土方に尋ねる。
「オメーはどうする?コイツを送ってくか、鬼の字?」
「できれば」
土方が頷く。
「ただし容量があればの話だ。志村新八を一緒に送り届けなきゃならねぇ」
「うーん…となると厄介だな」
源外は考えこんだあと、紙をとりだして机に向かう。
「二人分の魂を転送するとして、この前みたいに全自動で動かすにはプログラムを組み直さねーと…」
「準備ができたら連絡もらえますか」
「おう」
手だけ上げる。
顔は机を向いたままだ。
土方は銀時の手を引いて、その部屋を後にする。
松陽と二、三の言葉を交わしていた桂が、やがて小走りに追いついてきた。


「つまり、貴様は銀時とともに先生たちの『過去世シンクロプログラム』に志願したと。そういうわけか」
乗り込んだパトカーの中で、桂は後部座席から尋ねた。
土方は助手席で外を見ながら肯定した。
「先生たちの計算でも『敵』が掴めねぇ。銀時のこれまでのシンクロでも外ればかりだった。だから今回は長期のシンクロに挑んだんだよ」
「外れってなに?」
銀時が桂の隣りから訊く。
「オメーら、今までも俺のとこ覗きに来てたみてーだけど。いったいいつそんなもん寄越した?」
「日時を設定して行くんだけどよ」
土方は前を向いたまま答える。
「前世じゃ、いつも寝つぶれてて動かねぇんだと。風呂とトイレに行くくれぇで、あとは頭がガンガンしてたってさ」
「……なに。そんな時間に来てたの?」
銀時が引きつる。
「そりゃオメー、夜中とか明け方に来るからだよ。昼間に来れば起きて動いてたかんね?」
「昼間はジャンプ読むかパチンコの釘を読むか、どっちかだったとさ」
「なんでそんな間が悪いとき来るかな?!アレだよ?俺は少なくとも週に一回は活躍してるし、たまたまソレに当たらなかったんだなァ、そういうのって事前に分からねーの?オフの銀さんにしか当たらねーの?」
「江戸で事変があった日時にヤマかけて飛んでたよ」
「そっ…そりゃ、その事件に俺が関わってなかったんじゃね?リサーチ不足だよ、ウン!」
「一回飛ぶのにそれなりに金かかるし、もうあれこれ迷うのタリィからベッタリ密着するわ、って銀時が今回の計画を言い出した」
「なぜ俺に相談せんのだ」
桂が不服そうに言う。
「それだから貴様らは無駄足ばかり踏むことになったのだ」
「ヅラ。まさかオメーも前世のヅラにシンクロしてたのか!?」
「俺にはそれはできん」
「んじゃ黙ってろや」
「問題はなぜ銀時が土方とそんな面倒事を仲良く企てたのかということだ」
桂がきつい眼差しを助手席に向ける。
「土方、貴様が銀時をたぶらかしたのか」
「そうだよ」
土方は考えてから桂を振り向く。
「俺と銀時は遠戚だ。節目節目に顔を合わせることが多かった。ガキの頃から遊んでたし。その延長でたまにここを遊び場にしてた。転送機に興味もったのは5~6年前だ」
「なんと。ここに来てたのか」
桂は二人を見比べる。
「まったく気づかなかったぞ」
「広いからな」
土方が苦笑する。
「最初に過去を見たのは、ほんの遊びだった。ずいぶん昔まで行けましたね、なんて先生に褒められて銀時はまんざらでもなかった。それから記録を伸ばすことに熱中して、ついに前世の自分に辿りついたんだよ」
「へぇ」
銀時が感心する。
「やるじゃねーか俺」
「そんとき記憶障害になって先生に止められてからは源外先生に頼み込んでコッソリ使ってた。何度か記憶を失ったが数日で元に戻ってたから、銀時はそれも楽しんでた」
「バカか、おまえは!」
桂に詰(なじ)られる。
「記憶が戻ったからいいようなものの、俺たちがどれほど心配していたか、お前には埒外だったのか!?」
「いや俺に言われても」
「止めて聞くようなヤツじゃねぇし。それに…記憶がないときの銀時も、銀時だった」
含んだ物言い。
土方は、どちらの銀時をも好ましく思っているのだろう。
「銀時が本格的に過去を探りに行くようになったのは一年くれぇ前からだ」
土方が続ける。
「この世界を蝕む奴等が、どうやらあの時代と関わりがあるらしいと先生たちが纏めた報告書が出た。それを読んだ銀時が自分で吉田先生に申し出たんだよ。渋った挙句、先生も危険のない範囲でってことで許可してくれた。あとは手続きもろもろ、先生が中心となって動いてくれた」
「そんな大騒ぎで俺んとこやってきて」
銀時は乾いた笑いを浮かべる。
「二日酔いとか、そんなんばっかり?」
「まったく、なにをやっておるのだ」
桂が顔を顰める。
「これからは、この俺が…うわぁぁあッ!?」
言い終える前に、車が大きく揺れた。
パトカーはあと少しで敷地を出ようとしていた。
両側にせまったセキュリティ通路から警報音が鳴り響く。
急加速で体が座席やドアに打ちつけられる。
「ちょっ、なんという運転をっ…!?」
「んぎゃあぁぁ、やめろや!降ろせぇ!」
「オイッ、ぶつかんぞ、ブレーキ踏みやがれ!」
目の前のゲートが閉じていく。
赤い光がまわりながら車内を照らし出す。
『止まりなさい』
機械的な警告が前方から発せられる。
加速する車体が蛇行する。
軋みをあげて側壁をこする。
3人は身を低くし、掴みどころを探して、しがみつく。
それでも振り回されて撥ね飛び、あちこちに打撃を食らう。
「テ、テメッ!」
土方がハンドルを掴む。
「真選組じゃねぇな!?」
運転手は屯所からパトカーごと借りてきた隊士のはずだった。
特徴のない、控えめな男。
それが。
いつのまにか覆面で人相を隠し、血走った眼球でアクセルを踏みつづける怪人に成り替わっていた。
「貴様ァ~!」
桂が後ろから掴みかかる。
「車を止めんか、バカ者!」
揺れと同時に運転者の腕が動き、桂も土方も見えない打撃に撥ねのけられる。
「あばばばば!」
銀時が頭を抱える。
「ぶつかる~!!」
鋼鉄のゲートが目前に迫る。
速度をあげて突っ込んでいくパトカー。
しかし次の瞬間には地面を離れて宙に浮きあがっていた。
「んぎゃーッ!!」
盛大な揺れと轟音をまき散らして車体は空へ舞いあがる。
不安定な浮沈をくりかえしながら上昇するそれは下井草総合研究所の分厚い門の上を、厳重なセキュリティを嘲笑うかのように越えていく。
門を越える、まさに皆がそう思ったとき。
その直前で予想外の衝撃が見舞った。
「あがががッ!」
「はべしッ」
「うぐ!」
パトカーは失速したのだ。
空中で見えない何かに絡みとられたようだった。
後ろからの急激な制止に運転者はじめ全員の体が前方へ弾む。
シートベルトがなければフロントガラスへ突っ込んでいたかもしれない。
そのまま車体は引き戻され、推進力を失う。
パトカーが門を越えることはなかった。
エンジンが空回っても墜落することもなかった。
コントロールを失った車体は見えない力で敷地内へ降ろされていく。
集まってきた警備車両の輪の中ほどへ。
あちこち潰れたパトカーは丁寧に接地させられた。


「……ククッ」
離れた一室で。
「そいつは…させられねェな」
唇でキセルをねぶりながら呟く人物があった。



続く






「ちょ、土方君!?」
揺れの収まった車内で銀時が目にしたのは、運転席に身体ごとのしかかっている土方だった。
運転者は手練れ。
だが土方が難儀しているようすはない。
肘で顎を決め、腕を掴んで声を荒げている。
「テメェ、誰だ!どこの手の者だ!?」
同時に銀時は自分の身体が重い感触に包まれているのに気づいてそちらを見る。
「ヅ、ヅラ?」
桂が。
銀時を後部座席の座面に寝かせた上から完全に覆いかぶさっていた。
「なにしてんだよ」
「……いや、なに」
桂は身を起こして銀時を見下ろす。
「しがみつくのに丁度よかったものでな」
「ふざけんな」
狭い車内で桂の顔を押しやりながら起きあがる。
「俺は吊り革でも取っ手でもねーよ」
「そうでもないぞ。なかなか掴まりごこちは良かった」
「いいから離れろ」
銀時は焦れる。
いつものように力が入らず、ヒョイと桂を退けることができない。
それが桂が自分に覆いかぶさっていたなによりの理由だと知らされる。
桂は身を挺して守っていたのだ。
この危難にあって銀時(じぶん)を。
ふざけんな。
軽く混乱する。
コイツにテメーの身体を盾にさせる筋合いなんか無い。
銀時がヒヤリと恐怖を覚えたとき。
「大事ないでござるか」
変形したドアが、ガゴンと外れ落ちて外から男が覗きこんだ。
グラサンにヘッドフォン。
一目で分かったコイツはアレだ。
「さあ、こちらへ」
そいつが銀時に向けて片手を差し出してくる。
「……へっ?」
銀時は、ありえないという響きをこめて確かめる。
「おまえ、なにやってんの?」
「失礼。動けぬとあらばこちらで運ばせていただく」
にゅっと両腕が伸びてくる。
その目的は明白で、銀時の肩と足の下へ支えを入れて抱き取ろうとしている。
「じょ、冗談じゃねぇ!」
いそいで座席から這い出して車を降りる。
続いて桂、土方も車外へ出る。
見れば車のドアは次々と斬り落とされていた。
大刀を振るっているのは屈強な男たち。
変形したドアは車体と一体化して開閉できない状態だった。
男たちは無言で運転者に銃を向ける。
既に運転席のドアも無い。
運転者は抵抗もなくグッタリしている。
降り立った土方が煙草を取り出して咥えているのを見て、銀時は運転者の生死を察した。
「ひさしぶりでござるな、銀時殿」
「なんなの、おまえ」
銀時はヘッドフォンを見上げる。
「こんなとこで何してんの?」
「拙者をお忘れか?」
銀時を見下ろして愉しげに笑う。
「真選組一番隊隊長、河上万斉。下井草総研の警備を任されてござる」
「あ、そう」
銀時の頬が引きつる。
浮かんだ疑問を突きつける気が失せていく。
迷彩服に防弾チョッキ、肩にかけた銃や腰に下げた弾倉ベルト。
彼が指揮する部隊の男たちは全員、フル装備だ。
「んじゃ、もしかして」
思い当たった銀時はパトカー本体を振り返る。
空中で後ろから引き戻された仕組み。
案の定、細いテグスのようなものが車体に幾本も絡みついていた。
「これ、三味線の弦かァ?」
「よく分かり申したな」
万斉は感心する。
「この原型は三味線にござるよ。今は改良されて戦艦一隻くらいなら引き負けんほどになってござるが」
顔をあげて部下に尋ねる。
「下手人は?」
「死んでます」
部下たちが答える。
「毒を飲んでます。あらかじめ歯に仕込んであったようです」
運転者は車から引き出され地面に横たえられている。
覆面を外した顔が変色して汚れている。
あからさまな天人ではない。
地球人と同じ容貌だ。
銀時には見覚えのない男だった。
「クソ、せっかくの手掛かりだったってのに」
土方が車に背を向けて煙草を噛んでいる。
ああそうか。
これは見えざる敵の刺客で。
生きていれば敵の正体を掴む糸口になったかもしれないのだ。
「なに。口を割らせなくても痕跡はそこかしこに残ってござるよ」
万斉は部下たちに合図して遺骸を運ばせる。
そこへオフロード車両が横づけされる。
「おぬしたちには医療センターに御足労願おう」
銀時、桂、土方に告げる。
「あの運転では骨に罅(ひび)のひとつも入ってござろうからな」
「んなわけねーだろ」
銀時が万斉を見上げる。
「いいから車を都合しろや。かぶき町に戻るわ」
「できぬ相談を」
万斉はやんわり却下する。
「この下井草で起こった異変はすべて拙者の手の中。おぬしたちは拙者の指示に従う義務がある」
「あのオッサン、どっから入ってきたわけ?」
銀時が運転者の遺骸を乗せた車両を見る。
「俺たちを乗せてきた隊士と入れ替わったみてーだけど」
「内部潜伏者にござるな」
難なく万斉が答える。
「普段は所員として働き、有事の際には任務を遂行する。おぬしたちの来訪を見て好機と踏んだのでござろう」
「見抜けなかったのかよ」
「残念ながら」
「ヤツは何を狙ってたんだ」
銀時は走り去る車両を目で追う。
「パトカー乗っ取って防衛線突破して、どうしようっての?」
「狙いが警察車両強奪でなかったことだけは確かでござるな」
万斉が切りあげる。
「そこから先は手当てしてからにござる」
銀時たちは迎えの車に押し込められる。
桂は異議がないらしく、さっさと乗り込んでいく。
土方も煙草を始末して銀時の横に座った。
「では拙者はこれで」
万斉が外からドアを閉める。
「また会おう、銀時殿」
「あ~…縁があったらな」
まっすぐ向けられる笑顔が正視できなくて銀時は顔をそむける。
なんで俺なの?
ヅラとか土方君じゃないの?
んで、なんでこいつらは手当てを受けるのが当然みたいな顔して座ってんの?
銀時はチラチラ左右を見ながら汗を浮かべる。
車は近場の頑丈そうな建物へ滑り込んでいった。


「軽いムチウチを起こしてますね」
医者らしき恰好の男に言われた。
「頭痛が出たら御連絡ください」
「はァ……どこへ?」
「この番号です」
カードを渡された。
「医療センター直通です。救急班が急行します」
「救急班?」
いまひとつピンと来ない。
「救急車みたいなもん?それが来るってこと?」
「そうですよ」
医者はにこやかに頷いた。
「24時間体制です。どの場所から要請されても結構です」
「つまり、ここは救急病院てことか」
「そうですね。ただし私設のものなので利用は総研関係者に限ります」
「ふ~ん」
銀時は首をひねる。
「俺って関係者なわけ?」
「は?」
医者は二度見して聞き返す。
「どういう意味でしょうか」
「いやだから俺もココ使うような関係者なのかって聞いてんの」
「はい」
苦笑する。
「おっしゃる通りです」
「料金は?」
銀時はズイと乗り出す。
「まさかバカ高ぇとかいうんじゃねーだろな」
「御代はいただきません」
医者が即答する。
「総研の運営ですので。費用は総研の母体が負担します」
「そういえば」
銀時は、ハッとする。
「ここってなんなんだ?総研?ソーケンてなに?なんで病院や戦闘部隊やカラクリ堂がゴチャ混ぜになってんの?」
「そいつァ俺が話してやる」
後ろから。
すこし低めの、鼻にかかった声。
「記憶を失くしたそうだな、銀時ィ。あいかわらずバカやってるみてーじゃねェか」
「たっ…!」
この声。
まちがえるわけがない。
「高杉ッ」
ふりむく。
ゴチャゴチャした医務センターの机の間を。
黒い軍服姿の長身の男が。
エ?
あれ?長身?
銀時が悩んでいるうち相手はすぐ近くまで歩いてくる。
高い襟を横で留めた長い上着には縁取りがある。
それを着こなす肩幅、厚みのある体躯。
「俺の顔は見覚えちゃいるか?」
からかうような緑の瞳が、ふたつ揃って銀時を見下ろしている。
包帯もない。
ギラギラした光を宿す代わりに許容と分別で相手を見透かす底知れぬ瞳。
「たかすぎ……アレ?少し老けた?」
「ククッ、もうすぐ四十路だ」
座っている銀時を覗きこむ。
「テメェがかけてくれる心配事が減りゃあ、もうちっと若作りしてられんのによォ」
「俺のせいかよ…てか四十路?四十歳ィィ!?」
銀時はまじまじと相手を見まわす。
幼いときから見知った高杉、それが自分の年齢を飛び越えて重みのある男に仕上がっている。
不公平だ、と口を尖らせる前に高杉が顎でひとつの方向を示した。
「向こうで待ってる。診察が終わったら、来な」
「んだ、偉そうに」
銀時が立ち上がる。
「もう終わってんだよ、一緒に行くわ」
そんな銀時を高杉は振り返らず。
まわりの微妙な見守りモードの中を悠然と歩いていく。
後ろから追う銀時は気がついた。
少し右に体重を乗せる歩きグセは同じ。
腰に刀を差しているわけでもないのに。
クスと唇に笑いが乗りそうになる。
「ちょっと待った」
すると別方向から声が掛かった。
腕に包帯を巻かれている土方だ。
「俺も同席させてくれ」
「……よォ。十四郎」
高杉が足を止めて振り向く。
「首尾は上出来のようだな。オメェの話も聞けるのか?」
「アンタに聞く気があるならな」
「そうか」
高杉は目を細める。
「そんならひとつ、面白いヤツを頼むぜ」
「保証はしねぇよ」
土方の鋭い瞳が高杉を射る。
銀時は引っ掛かりを感じる。
誰もが高杉に無言で恭順を示す中、土方だけが無遠慮な視線を投げつけている。
これはどういうことだろう。
こいつら、どんな関係なんだ?
本来の時代ならあり得ない取り合わせ、だがここでは仇敵同士ではないらしい。
無責任にそんなことをボーっと考えていると、もうひとつ声が上がった。
「俺も参加させてもらうぞ」
桂だ。
「これ以上、俺の知らないところで話を進められるのは御免こうむる」
「好きにしろ」
高杉は素っ気なく了承した。
「ただし桂の当主から覚書をもらうぜ。テメェが勝手に首つっこんできたんだ。なにがあっても責任は取らねェ」
「たやすいことだ」
桂は立ち上がる。
ブレザーを脱いだワイシャツ姿。
頭と肩に包帯をされている
銀時がほぼ無傷だったのは桂のあの傷に拠るものだ。
「ったく…」
揚々と歩いてくる桂に銀時は腹立ちを覚える。
「オメー、おとなしく学校行ってた方がよかったんじゃねーの」
「異なことを」
桂がフンと鼻を鳴らす。
「奴等と戦っているのは当家も同じ。ここらで共同戦線も悪くはなかろう」
「誰と戦ってるって?」
「『姿なき敵』だ」
桂は軽く足を引きずっている。
「巧妙に社会の裏に潜み、この世界を思い通りにしようとしている」
「思い通りって、どんな?」
「時間を戻すのだ」
「エッ?」
「己の望む結果が出なければ、望みの方向へ流れるまで時間を戻す。生きるはずだった者が死に、死んだはずのものが何事もなかったように生活する。そんな操作を繰り返す狂った者がいるのだ」
「それって…」
銀時は青ざめる。
頭の中にモヤモヤと、手のひら大のハナクソを掲げる老人が浮かんでくる。
「アレ?」
しかしその記憶は像を結ぶ前に意識の奥底へ沈んでいった。
「なんだろコレ?なんか覚えがあるんだけどなァ」
「本当か?」
桂が質す。
「なんでもいい、思ったことを言ってみろ。手掛かりになるやもしれん」
力をこめて促す桂を、すると別室から半身を見せた高杉が呼んだ。
「ずいぶん面白そうな話をしてるじゃねーか。こっちへ入れ、二人とも。くわしく聞かせちゃくれねーか」
有無を言わせぬ響き。
高杉はこの話題について、不特定多数に聞かせるつもりはないようだ。
従うのも癪だが、反論も浮かばない。
パタンと防音の扉が閉まると、そこは高杉が許した者の耳目しかない遮蔽空間。


「銀時、オメーは本当に記憶が無ぇみてーだな」
応接ソファに、どかりと身を沈めた高杉は笑った。
「オメーの疑問に答えてやらァ。下井草総研は高杉家が所有する私設要塞だ」
「私設?」
座ったとたん使用人が運んできたイチゴ牛乳に身をかがめてありついていた銀時はブハッと噎せて高杉に向き直った。
「なに?そんじゃこのダダッ広い敷地、ぜんぶオメーのものォ!?」
飛行場もヘリコプターもカラクリ研究設備も、この病院も。
「要塞って誰と戦ってんの?つかなんで江戸に要塞?どーしてそんな物騒なもん、こんな堂々と営業してんだよ?」
「表向きは経済分析研究所だからな」
高杉が笑みを向けたまま答える。
「軍備は、その秘密漏洩を防ぐための警備員にすぎねぇ」
「あんな好戦的な警備員、見たことねーんだけど」
ストローを咥える。
「つかアレ、真選組の隊長なんだろ?オメー、真選組も仕切ってんの?なんで?」
「私設研究所の警備員が天下国家の防備につくわけにはいくめェよ」
高杉が答える。
「国の命運を左右する戦闘が始まったとき、真選組の立場を使えばどんな場所にでも兵隊を配置できる。公務員てのは制約が多いわりには使い勝手も悪くねェ」
「その天下の特殊警察を私設研究所の警備に使ってんのはいいの?」
「ありゃ俺のポケットマネーで運営してる組織だ」
銀時に目をくれる。
「文句を言うヤツぁ居ねーよ」
「ポケットマネーだぁ?」
銀時の目つきが悪くなる。
「この金持ちのボンボンが。タチ悪ぃんだよ金持ちのボンボンが」
「ククッ…」
身を揺らして笑う。
「今のオメーは190年前の銀時なんだってな。どうだ、未来の世界は?」
「いいんじゃね?」
口をついて出た言葉。
「どいつもこいつも元気そうで。腹立つくれぇピンピンしてやがる」
「そいつァ褒め言葉だな」
まんざらでもなさそうに頷く。
「190年前の銀時なら、なぜここに松陽先生が居るのか不思議だろう?」
「……」
「高杉家では外夷に備えるためにカラクリ技師をはじめとするあらゆる分野の優秀な人材を保護している。気兼ねなく手腕を発揮してもらうとともに、その技術や頭脳を狙う連中から守らなきゃならねェ」
目を伏せる。
「効率のいい研究所を作るには大量の水と、そこそこ広い敷地がいる。素早い物流と情報の集約センターがいる。人攫いや物盗りへの備えがいる。その結果が、この下井草総研だ」
「ふーん」
銀時は運ばれてきたチョコパフェに視線を注ぐ。
「そんならさァ、なんで研究者でもない俺とかヅラが運び出されそうになったわけ?」



続く


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