【三重県】田舎暮らし支援サイト よいとこネット 熊野・尾鷲・紀北・大紀編

田舎暮らしの光と影。丹念で分析的取材を心がけるナビゲーター榎本のブログです。売り家、売り地情報も掲載。
2016年04月07日

 不満たらたら

  絶対消費の商品は値上げラッシュである。塩まで上がった。しかし選択消費商品は値下げの傾向である。巷では景気がよいという人は10%。景気が悪いが86%というアンケートがでている。

 つまりこういうことになる。絶対消費が押し上げられる分、人々は選択消費で調整をしている。

 こういうことは当たり前のことで、安倍政権はアベノミクスに危機感を抱き始めたのか、また公共事業でバラマキを始めようと考えている。ケインズ式の公共工事が景気の下支えをする、とまだ本気で思っている。そこには「消費を増やしたい」という政治家の固定観念がある。

 消費は増えるはずはないのである。理由ははっきりしている。少子化、人口減に加え、すでに人にはあまり買うべきものはない。そこに老後の年金不安がある。介護料は上がる。年金から容赦なくとっていく。

 イランの石油増産で石油価格がまだ下がりそうである。日本はどうやら2%物価上昇とそれに見合う賃金の上昇がなく、実質賃金は上がっていないうえに、絶対消費の値上げが続いているのだから、貧富の差は開くばかりの状況となっている。

 テレビを何台も持つ必要はない。洗濯機も掃除機も複数もつ必要もない。冬の服も、夏服も、コートや靴も数多くある必要もない。ある程度の本は図書館やブックオフで済ますことができる。アマゾンでも古本は買える。CDとて同じである。酒ばっかり飲んでいたら、身体に悪いこともわかってきている。つつましやかに暮らせれば、それでよい、という人も結構多いと思うが、女性に活躍しろ、と政府は音頭をとる。それにマスコミも応じる。冷房病はよくない。女性はお尻を冷やすのは子宮や卵巣によくない。障害をもつものが生まれる可能性は大きくなる。女性の晩婚化については思い切った議論が必要である。女性と男性は法的には平等であるが、身体的には違う。

 一方で人間のある種の労働が必要でなくなる(昔の電話交換手みたいに)ロボットが登場し、新しい運搬手段、3D技術、宅配の合理化などが進んでいる。

 僕らが普段、新聞やテレビ、ネットで見るもので、だいたいの景気の雰囲気はわかるのだろうが、もっとわかるのは現在の町の様子である。スーパーなどでの買い物である。人は生活感覚でわかるから、そちらの方が日銀や政府の発表データより信頼ができる。日本は経済成長を目指すよりも維持し、熟成させる方向に進んだ方がよいと思う。そのためには教育である。しかし、財政難という一番困難な状況を歴代政権は借金を積み立ててきた。日銀が買い取った国債はどうなるのだろう。結局は国民にツケが回ってくると思えるが、貯金封鎖にならないよう舵をとるのは至難の技のように思える。僕は常識的に言っているのだが。

2016年02月17日

 消費資本主義の時代

大学受験用の国語の問題集を買って来て、夜な夜な読んでいる。優れた文が選ばれている。思えば18歳でこのくらいの文が読めなければならないのか、たいしたものだと思う。また、平素では自分では気がつかず、選ぶことのない文も紹介されている。

 新聞に載る文は批評文であろうと、難しいものはない。平易に書かれている。

 さて、経済の話である。

 できるだけ単純に書きたい。現在の日本では、それほど、「消費 消費せよ」「設備投資せよ」と言われても、あんまり買うものがない。だから国内消費をいくらあおっても人は購買意欲がわかない。

 まして、政府は主に輸出企業の税金を安くしてあげ、69%を占める輸入企業には冷たい。値上げを狙っているからだ。輸出企業をいきうら優遇しても、政府の意に反して石油は下落、中国の経済減速があり、株価は乱交夏至、平均的には下がっているし、円は高くなりつつある。上がって消費者はなにをおいても値下げが好きなことは言うまでもない。

 どうしてインフレがよいのか、その意味は消費者から言えば理解しにくい。安いほうが有難いからだ。インフレでありがたいのは政府である。政府の借金がインフレで目減りするからである。だから政府は経済成長ばかりを叫んでいる。

 トリプルダウンなどというのは有り得ない。どの企業も先が見えないのである。何があるかわからない。だから内部留保してるのである。企業の実体生産力は落ちているのに、政府に支えられ、為替差に支えられているだけの話で、景気は上向きだ、などと言う経済学者がいる。だいたい経済学者のいうことで当たったためしがない。

 政府のやっていることは僕には無茶苦茶のように思える。

 例えば東北の復興のことだ。津波は逃げるが勝ちである。逃げる訓練、逃げる場所の確保が優先されるはずなのに、高い堤防を作っている。1000年に一度という津波なのにである。東北大震災のとき、津波の第一波は20分ほどかかった。20分あれば、十分逃げられる。高台移転などはせずともまた元の場所に家を建てる助成をすればいいと思う。

 そのために高速道路の無料化は撤廃された。JRは高すぎる。それで地方創生という。もう地方のものは東京にでるだけでもたいへんなことである。そこへホテル宿泊ができにくくなっている。

 建築物は作ればメンテナンスが要る。メンテナンス料も馬鹿にできないだろう。それに団塊世代が病院に通い始める。

 何が大事か。維持することが大事なのだ。そして教育の格差の解消をなくすことが必要なのだ。土建に使うお金があれば、教育にいくらかまわし、建設業の人で不足を解消すればよいのだと思う。

 現在は「消費資本主義」の時代なのだ。消費者の手のひらに政府もあるのだ。それが政治家にはわかっていないように思えてならない。

yoitoko_net at 14:59|この記事のURLComments(0)
2016年01月07日

 中東への介入はだめだ

1996年に放映された「映像の世紀 デジタル・リマスター版」を全部見た。それで思うことがいくつかあった。

この残されたフィルムは市民が撮った動画、政府の宣伝映画、いろいろな角度から組み合わさって編集されている。

まず思ったのは歴史を文で書くより、圧倒的になまなましいものである。 高校の教科書では20世紀について書かれるのはせいぜい4,5ページであるが、1897年から始まった動画の記録は膨大であり、その4、5ページが映像で残っている。たいへんな価値だと思う。

20世紀はいわば虐殺と餓死と難民の歴史でもあった。戦争ということである。第一次世界大戦に始まり、戦争の形態が変わり、第二次世界大戦ではヨーロッパだけでも200万人が死んだ。悲惨である。アルメリア難民、ポーランド難民、ハンガイリー難民、ユダヤ難民、ロシア難民、セルビア難民、ベトナム難民。ロアシ2000万人の飢餓にも驚いた。ロシア革命以後の農業政策に失敗した犠牲者たちである。ヨーロッパは無視した。

民族というのはどうしてこうも対立し合うのか、個人幻想が共同幻想とどうして一致してしまうか。

アメリカはベトナム戦争以来、ばかばっかりやっている。判断を誤っている。

ベトナムを作戦本部があるからと言ってカンボジアに入り込む。やがてポルポトを生む。

アルカイダを匿ったといって、タリバン政権を壊す。独裁政治をやり、国民を弾圧し、大量破壊兵器を持っているから、アルカイドとつながっているからと言って、話し合いもせず攻撃を仕掛ける。そしてISを生む。

 日々テレビで映し出される映像にはIS側から、あるいはISの支配する地域に住む一般の人から、あるいはシリアやイラクの日常から撮った映像は提供されない。ジャーナリズムはどうなっているんだと思ってしまう。

 なんとも 世界は悪くなっていくばかりの20世紀であった。まだ民族闘争は続くのだろう。そこに宗教だけは絡ませないようにしてほしいものだ。互の宗教に寛容になれて人類は一歩前進する。また異なる民族を越えて理解し合うところで人類は一歩前進する。

 日本はゆめゆめ中東に介入してはならない。

 

2016年01月01日

 謹賀新年

 本年もときどき、ご紹介します。
 よろしくお願いいたします。

 榎本順一


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2015年12月25日

 週刊誌に浸る

 週にだいたい一度喫茶店に浸かって、週刊誌を読みまくる。先週あたりから今年の出来事と来年の予測、あいも変わらず、「あの人は今どうしている」みたいな特集と高齢者のセックスへの激励がある。

 糖尿病、脳卒中、すい臓癌、肺癌はあと5年で治るようになる。水素エネルギーは一段と飛躍していく。来年は電力の小売りも半自由化となる。 アメリカでは若返りの薬が臨床治験に入る。

 今年最も変わったのは自衛隊員やその家族の心境の変化だろう。

 NHKの「新 映像の世紀」は衝撃的だった。第一次世界大戦から第二次世界大戦の貴重なフィルムがでてくる。そんな映像をもとに20世紀を考える番組だった。なぜ時代は独裁者を必要としたのか。それが第2回目のテーマであった。

 民主主義、自由主義、市場経済主義、個人主義、博愛、人権・・・。第二次世界大戦後の枠組みが揺さぶられている。一方はイスラム原理主義と差別貧困から。もう一方は戦後の枠組みから脱したい中国から。

 僕はと言えば、来年は「大転換期」であることは間違いない。大吉、小吉、吉にしろ凶でなければいいや、という感じで来年前半の心構えではある。

 今年は本を多く読んだ。読み方も変わってきた。作者側の視点から読むようになった。映画もまあまあ見た。「髪結いの亭主」はなんだかよかった。まだまだ知らないことばかりであることもわかる。そしていよいよ「運動」を取り入れる生活に変えなくては、とも思う。


2015年12月15日

 航路

仕事をやめてから、さすがにこれまでの仕事でのアンテナが低くなった。これまでだったら、テレビで興味深いものが紹介されるとメモしたり、用語を覚えたりしていたが、それはしなくなった。

 相変わらず変わらない興味は文学であるとつくづくわかる。文学へのアンテナはそれほど高くなくい。しかし、自分の文学を掘り進めていくために読んでいく本はどうやら系統づけていくことができる。

 僕は文学のために、身体論について書かれた本は読んでいる。そして分子生物学や形態学、人類の進化の歴史などについては一貫して読んでいる。僕自身が興味あることなのだと思う。

趣味と言えば、脚本をしっかり聞いたり、構成を気にしたりと作り手側の意図を読むことと音楽においてもただ聴くのではなくて、作者を読み取ることの方に興味を感じ、そうすることが趣味だと言える。

 プールサイドから競泳を見るように、政治や社会についてはプールサイダーである。さから好き勝手に政治批判を家族内でしている。外では、めったにしないが友人とはする。

 だんだんとするべきことが収斂されてきて、それはそれで緊張するものだ。勇気が出る情報を得た。村上春樹の「1Q84」の出だしの部分でタクシーのオーディオからヤナーチェクの「シンフォニエッタ」がかかる。青豆はその交響曲を知っている。

 このヤナーチェクが唯一の交響曲「シンフォニエッタ」を作ったのは彼が71歳の時だったそうだ。オルガン学校を作ったり、町でも名士でもあったのだろうが、こころははちきれんばかりの若さがあった。その若さのエネルギーがこの曲を作らせた。彼の作曲家人生は60歳を過ぎてから始まっている。

 芸術大学は芸術家の墓場だ、と言われる。この世には自分よりも優れた才能をもつものがいると思うものだ。ピアノを習い、いくら練習しても腕よりも耳のほうがいいのなら調律師のほうが合っているということもある。ピアノを止め、調律師になってから、自由にピアノを弾くようになってからピアノが楽しいと思うようになった、というこの主人公は「東京奇譚」での話だ。

 人生はどんな航路を残して行き、どんな未来の航路があるものか、最後まで生きてみないとわからない。最後まで生きるのに、最も大切だと思うことは「心の老化をしないこと」だ。

 僕はそう思っている。

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2015年12月09日

 小春日和

 旧暦で換算すると、小春日和は今日までということだ。その今日はまさに小春日和だった。おそらくまさに今日はイガミ釣りには最高の日だったはずだ。

 磯でのイガミ釣りを諦めてからもう三年ほどになる。行きたくて疼いてくるのだが、危険だと、言い聞かせて、我慢している。地磯はとてももう無理だ。船に乗って、空が橙色に光始めて、雲の色も変わり始める頃に、海を渡る。もうこういう経験はできないのかもしれない。船での釣りは意外と体力を使う。

 鯛釣りの名人だった父の友人が船で転び、死んだ。心筋梗塞だったのか、転んで打ちどころが悪かったのか、もう覚えていないが、とにかく船の上でも死ぬことはあるのだ、ということがわかった。

 小春日和を楽しむと言って、妻が弁当を持って友達と出かけて言った。イルミネーションを楽しみにいく、というのでなくてよかった。

 12月になると電飾が激しい。どこかイカレているのではないかと思う。コンビニの電灯も明るすぎると思うが、夜は夜の闇がほしい。もう夜の真っ黒な闇は山の中にいくしかない。バリ島では夜は夜らしい。電気もほんのりで、車から見える店の灯りも薄暗い。僕はそっちのほうがよい。

 街や家を派手に、派手にとしていく日本人はどういうこふうなのだろう。電気が足りないから、自粛してほしいと呼びかけたのは4年前のことである。電気は足りた。電気代は上がった。すると石油の値段が下がった。電気料金は同じである。

 日本の12月というものもあるのだろう。それがどこもかしこも電球で飾って、ウキウキとする。師走。一年の最後の月。仕事もその月には収めたい。支払いもしておきたい。そして、この一年を静かに振り返りたいという気分もある。厳かに一年を終えたいという気分もある。

 キリスト教者でもないのにクリスマスというのも僕は変なことだと思っている。別にそれを毛嫌いするわけではないのだが、不思議なのだ。この頃はハロウィーンまでする。これも不思議なのだ。祭りよりも普及しているのは祭りは共同作業で、ハロウィーンやクリスマスは個人的な作業で、そっちの方に日本人は向いていったのかもしれない、などとも思う。

 いやいや小春日和。今日でおしまい。一杯やろう。本格的に冬だ。

2015年12月08日

 週刊誌

 時々、週刊誌を読むために「コメダ」という喫茶店に出かける。そこで、いくつかの週刊誌をまとめ読みをする。週刊文春、週刊ポスト、週刊現代、週刊新潮、という類のものだ。

 それぞれの週刊誌には特徴はあるが、週刊文春は週刊新潮と対抗しているように見えるし、週刊ポストは週刊現代と対抗しているように見える。写真においては、週刊現代が傑出している。風景写真などはいつも驚くものが多い。

 新聞広告では週刊ポストが五段全部を使っているのに対し、週刊現代は五段で紙面半分である。内容も週刊現代がとても企画がよかったのだが、週刊ポストが全面五段の広告になってから、週刊現代の企画力が落ちているような気がする。勢いが週刊ポストのほうにある。

 この2誌は最近、「60代以上のセックス特集」ばかりしている。高齢人口が多くなってきているのもこのような企画を生み出すのだろう。

 自民党が65歳以上の高齢者の低年金の人に3万円を配るという。参議院選挙前だというから、不愉快なことではある、あくまで選挙目当てであろう。1250万人に3万円を配るのだが、子供には出さない。選挙権がないからなのだろう。自民党はやはり老年層にゴマをすり、一票を欲しがっていると思われてもしかたがない。

 無駄なものにいっぱい使っておいて、足りないからと消費税を上げる。年金運用で失敗する。消費税はしかたないけど、という街角インタビューで言う人がいるが、この国には責任というものがないから、ここまで借金をしてしまったことに、多くの人は無関心のように思う。消費税は政治家の無責任を庶民が払わされているだのことだ。税制としてはより公平だけれど、前提が間違っている。

 会社であったら、退陣であるか、あまりにも杜撰な背徳行為ともいえそうなことだ。この3万円を配るということに週刊誌各誌は来週号で書きまくることだろう。

 確かに公共工事などにお金を与えるよりは消費者に渡した方が経済効果は大きい。低所得者層の不満もちょっとは収まる。しかしながら僕は最も大事なのは「教育」だと思っている。教育格差を解消するように(すでに起こっている)、百年の計でやってもらいたいと思っている。教育の最も大切な時期は「胎児期から乳児期3年までである。ここを間違えなければ、「心の病、いじめ、自殺、虐待殺人」などは起こす人間にはならないと思う。オキシトシン細胞から出るオキシトシンホルモンは慈愛のホルモンである。この時期にいっぱいこのホルモンを我が子に浴びせておく必要がある。


2015年11月22日

 パリ同時テロ事件のこと

同時テロでなくなった人々への追悼がテレビで放映される。マドンナも「テロには負けない」と言う。そのことに何も抗議はないのだが、今も空爆で亡くなっている人々へ追悼の放映はない。

テレビ 画面を半分にして右がパリの市民の日常、左半分をシリアかイラクの日常を放映してくれればいいのに、と思う。

アメリカが日本の各地で、軍人でもない民に空襲をしていたとき、原爆投下時や投下後をテレビで放映されていたら、と思う時もある。

なんだか釈然としないのが今回のテロである。多くの日本人はそう思っているのではんしか、と思ったりする。

帝国主義時代のことが尾を引いている。もっと遡れば、十字軍のことまで尾を引いている。

いっそ関係する先進諸国は謝ったらどうか。それはもうできないことなのか。IS側も謝れないものか。講和の話し合いができないものだろうか。そういう運動がでてこないものか、と思う。今のところそんな意見を聞かない。やがて出てくるのではないか、と期待している。

 また先進国の自由と平等を謳う国は他者を思う気持ちと同じように無辜の市民が空爆で死に、怯え、逃げまどっている他者を思いやることができるかどうか、で本当の「自由と平等」を謳う資格があるのかどうか問われていると思う。

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2015年11月09日

  この頃

 熊野、尾鷲は照葉樹林の地域なので、紅葉のシーズンはパッとしない。見栄えが悪い。だが、桜が終わった新緑の季節は青葉で若返るほど美しい。
 魚釣りがすぐ近くでできるのと、深海もののエビ、そして若葉が捨てがたく、母が存命中は尾鷲から出ないことにしているが、たとえ、都会に出て、コンサートや文化講座などにでて楽しんだとしても、いくつかの旬のときには帰ってくることだろう。
 この頃は自宅の庭に畑を作り、分割して近所の人に野菜つくり畑を提供し、ある人はネギ専門、ある人はキャベツ、ある人はタマネギと分担してやらないかなどと近所の人と話している。
 カラスミつくりももう終わり、カラスミのおすそわけが大量にきて、毎日食べている。大きいのなら1本1万円はする。カラスミをもったボラを釣るのが父が興奮するときだった。

 毎日4時間、小説を書いている。やっとこころの底で思っていたことが実行できるようになった。これまで小説書きではない仕事があってやれなかったことであるが、自分のようなこころに傷のない人間は、小説に足る経験に60数年が必要かもしれない、などとかってに思っている。
 とりあえず、新人賞を目指す。10年やってだめならあきらめよう。だが10年はやり抜こうと思っている。
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 私がナビゲーターの榎本です。私のことについては本木周一(榎本のペンネーム)のブログ「25時間目」に。私の会社については「あれこれバリ島 発見・発掘 に詳しく書いてあります。サイドメニューでも詳しく職歴を書いております。 私は今日、2005年8月1日より「田舎暮らし支援サイト【いいとこ!熊野・尾鷲・紀北編】の案内人となり、私が住む尾鷲はもとより、熊野・海山周辺で暮らす、ヒントになるようなものを紹介していきます。
 私を支援してくれるのは、不動産屋さんであるとか、町の人であるとかです。田舎暮らしを支援するためには「不動産の物件」は必須ですから、これには最大の情報網で紹介していきたいと思います。まだ物件は少ないですが、だんだんと多くなってきます。楽しみにして「お気に入り」に登録してください。
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