2010年02月

2010年02月08日

タルコフスキーが計画していた映画のリストに『聖アントニウスの誘惑』がある。
最近ネット上でこれはフローベールの『聖アントワヌの誘惑』が原作なのではないかと言う議論があったようだ。
結論から言うとタルコフスキーはもっと古い資料(聖アタナシウスによる伝記等)から影響を受けたという説が濃厚だが、フローベールの原作について考察することがまったく無意味という訳でもないと思う。

というのはフローベールがこの作品の執筆に30年近くかかったように彼にとっての代表作のひとつであるということもあるが、デリダがこの原作をめぐって、ほとんど唯一スピノザに言及しているのだ(『Psyche』未邦訳*)。

フロベールの原作のなかの悪魔が、スピノザの汎神論らしきものを展開するのだが、これは『ソラリス』の倫理的葛藤とパラレルと考えられなくもない。

具体的に言えば、『ソラリス』のラストで主人公が汎神論につつまれるように、『サクリファイス』では主人公はマリアと一夜を共にする(多分、タルコフスキーの構想は『サクリファイス』のなかで完全に形象化されている)。

フローベールとまったく違って、タルコフスキーは(そのロシア正教的外観にも関わらず)スピノザの側に立っていたとも考えられるのだ。


注*:
『プヴァールとペキュシェ』(岩波文庫中第八章)の哲学談義でフローベールはスピノザを引用しており、デリダの論考もどちらかと言えばこちらがメインだ。

(17:40)