2017年03月24日

宮本武蔵の強さから学ぶ、鍼灸師が生きるために必要なセンスと考え方

宮本武蔵


鍼灸師が使う鍼と灸は安全


「安全に使える」という前提で鍼(はり)と灸(きゅう)を使える職業が鍼灸師です。「鍼灸は怖い」と言われますが、それは素直な反応です。どんなに細くても、どんなに小さくても、鍼や熱を警戒するのは人間の本能です。

だから、私は「鍼灸って怖くて嫌です〜」と言われても、落ち込みません(ちょっと残念程度)。程度の差があっても本質的に「手術って怖くて嫌です〜」という感情と同じです。手術は怖くても受けます。それは必要だと思うからです。

鍼灸も同じ理由で、必要だと思う人は受けます。怖いとか痛そうとか、そう思っても受けます。だから、鍼灸師が生きてくために必要なスキルというのは、本能的な警戒心を解くだけの説得力だと思うのです。

説得力を持たない鍼灸師は食べていけません。

「刺さない鍼もあるよ〜」という声も聞こえて来ます。しかし、私のスタンスは動きません。鍼は刺すものです。刺さない使い方“も”ありというだけです。刺さなければ、本来のポテンシャルは引き出せません。「刺さない鍼が効かない」なんて思っていません。私も刺さない時もありますから。

「刺すだけ」と「刺さないだけ」よりも「刺す時も、刺さない時もある」という方が、鍼という道具を使い切っている感があります。


医学知識で勝負できるのか


解剖学、生理学、そしてエビデンスなどと、医学知識をつめこんでも、患者さんが効果を感じなければ、鍼灸師をやっていけません。つまり食べていけません。意地悪く言えば、いくら勉強しても、患者さんが効果を感じられない施術であれば、その勉強に意味はありません。

勉強は必ず報われると考えたいところですが、鍼灸においては幻想です。

私は器用ではありませんから、要領が良い人を見るとズルいと思うことがあります。でも、それは言い訳です。ズルさのような要領は能力の一つです。「使えるものは何でも使う」という愚直さと賢さの表れです。

鍼灸師が競うなら、どっちが道具を上手に使えるかという勝負。侍の刀のようなものです。強い侍は、利用できるものは何でも利用します。負けが死を意味する時代、卑怯という言葉に価値がありません。卑怯という言葉を使う時点でアマチュアです。


鍼灸は怖くてもいい


説得力を持つには、「仮に熱くても痛くてもかまわない」と思ってもらえるほどの効果を示すことが一番です。効果をしっかり感じた患者さんは、怖いと思っていてもまた受けてくれます。慣れて怖さが消える人もいれば、怖いまま通う人もいます。

ですから、患者さんに恐怖心があっても仕方ありません。当たり前だと考えるのです。「鍼を怖いって言う人が多いから〜」と言い訳に使っているうちはアマチュアです。何を隠そう、私だって鍼は怖いですし、灸は熱そうだと思っています。

こんなに鍼灸のことばかり考えている鍼灸師ですら、平気とは言っていないのです。こんな鍼灸師は私だけではありません。もしかしたら、怖くない鍼灸師は一人もいないかもしれません。

鍼灸師に「鍼灸は安全ですよ〜」と言われて、怖い気持ちが消えなくても問題ない、ということです。鍼灸とは怖さの上に立つものです。

宮本武蔵にもし恐怖心がなかったらきっとすぐに切られていたでしょう。恐怖心で足がブルブル震えてしまったら動けず、やはり切られていたでしょう。恐怖心という殺し合いの関係から絶対に逃れられない感情をどのように処理していたか、という発想で考えるのが自然です。

だから、鍼灸も「恐怖心」をあるものとして、どう処理するかなのだと思うのです。

補足すると、同じ効果なら、低刺激の方がよいと思っています。これはマナーの話であり、鍼灸師である前に、そういう人間でありたいです。


実は体の使い方が大事


道具の話をしてきましたが、体の使い方、指の使い方で、鍼灸師の説得力は変わります。野球の打席、バットを持てば誰でもホームランを打てるわけではありませんよね。体を鍛え、素振りを繰り替えし、実践の中で勘を磨き上げた人だけが、打てるのです。

鍼灸も同じ。鍼を持つだけではホームランは打てません。最初に戻りますが、鍼灸師という免許は「安全に使える」人に発行されるわけですから、ホームランとは別の話です。

医学論文を書けるほど勉強しても、科学的に鍼灸を説明できたとしても、それだけなら、野球観戦をするお茶の間のお父さんです。

勉強は大事だと思うのですが、鍼灸を運用できる身体があっての話。鍼灸は持つだけ刺すだけなら簡単です。指先でいくらでもごまかせるものです。免許があれば、それらしく使ってしまえるので、体の使い方に意識が気が回りにくいのです。

体の使い方を学ぶ方法はいくらでもあります。私は活法(かっぽう)と出会いました。活法を一言で言えば古武術整体です。体の使い方が下手だと見ていてすぐにわかります。上手になると術者の姿勢が良くなり、施術効果も高くなります。面白いと思うのは、術者の見た目に説得力が出てくることです。見た目そのものが説得力です。

「できるヤツ」なのか「そうでもないヤツ」なのか、とてもわかりやすいのです。


宮本武蔵の説得力


抽象的な言い方になったので、話に説得力がないかもしれません。表現を変えてみると、説得力ある姿というのは、何かに対応しやすい動きやすい姿勢です。対応力のある姿勢に「できる」を感じるのです。私は、活法からできる姿勢を学べました。もちろん、実践的な身体技法というものがたくさんあります。

つまるところ、「宮本武蔵は日本刀を抜かなくても十分に強い」という話です。二刀流だから強かったわけではなく、二刀を扱える身体を持っていたから強かったわけで。筋力の話ではありません。肖像画の宮本武蔵、2本の刀を力を入れて握っているようには見えません。筋力ではなくワザを秘めた身体。

ここで言いたいのは、西洋医学とか東洋医学とか、そういう議論ではなく、思想や価値観の話でもなく、それ以前の話。医療を一つの身体技法、と捉えています。

果たし合いで「最後に立っていたものが勝者」と言うならば、鍼灸の臨床では「患者さんに必要とされるもの」が正解です。必要なものを準備し、無駄をそぎ落とす、それの繰り返し。こういうシンプルな価値観で私は鍼灸師やっています。

なぜ、こんな話をしたかというと、求人中だからです。

患者さんが増え、鍼灸師が足りなくなっています。私と一緒にやってくれる鍼灸師を募集しています。この情報が多くの方に届くことを願います。剣豪は、ぶっちゃけ宮本武蔵でなくてもよかったのです。柳生十兵衛でもよかったのです。宮本武蔵の方が説得力があるかな、と思った次第で。


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yoki at 10:08│Comments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 鍼灸 | 活法

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