2017年08月04日

人工知能と鍼灸(2)自転車の乗り方を説明できない理由

■鍼灸のマニュアル化


前回の続きです。

前回の記事を読み「いやいや、機械に鍼灸はできないよ」と考えている方は次のように思ったかもしれません。

「人工知能やセンサーがいくら発展しても人間の感性や能力には及ばない。追いつけると考えるのは、あなたがその程度の鍼灸しかやっていないからですよ」

そうかもしれませんが、そういう方に対して言いたいことがあります。

「『コンピューターは人間に及ばない』という考えが許される時代は終わりましたよ」と。

実は、私も少し前まで人工知能や機械に鍼灸はできないと考えていた1人です。今はむしろ人工知能に鍼灸をさせるにはどうすればいいのか、と考えるようになっています。

人工知能を意識することで、鍼灸の技法に関する「形式知」の蓄積が加速し、鍼灸のレベルが上がることを期待しています。

はりきゅう取扱説明書


形式知とは簡単に言えばマニュアル化できる知識のことです。鍼灸が抱える大きな問題点は経験や感覚に頼り過ぎていることだと私は考えています。経験や感覚でなんとかなってしまう仕事だと考えている鍼灸師にとっては、それが魅力なのかもしれませんが…。

マニュアル人間は批判の対象になりがちですが、臨機応変に動けない一律さに対してのものです。今は、その話ではありません。良い鍼灸を言葉で説明できる力の話です。一言で言えば、技術の言語化です。


■理論と実践が一致していない


鍼灸師にも立派な理論があります。しかし、理論と実践が一致しない、つまり、理論通りにやってもその通りの効果が得られないということが頻繁にあります、切り出し方によっては机上の空論と言われても仕方ない状況です。

鍼灸の問題点は、形式知がないことではなく、理論と実践をひとまとめにした形式知がないことです。理論を教室で一緒に学んでも、各々に分かれた時に「結局は経験だよね」となってしまうのです。それぞれが、ぞれぞれに、経験を積み重ねていく。「鍼灸師によってツボの位置が違う」なんて、言い出す人までで出来てしまうのです。

鍼灸業界の中に「○○ワールド」が量産されていく構造。

自分を正解にしてしまったら進歩はありません。正解かどうかを決めるのは結果です。

患者さんでもありません。患者さんの「満足度(アンケート結果)」「リピート回数」は、鍼灸の技法や技能の評価と直結しているとは言えないからです。


技術があるのに


マーケティングの目線で言えば、たくさん売った人が正解です。「売れるものが良いモノ(売上はどれだけの人に幸せをもたらしたかを示す数)」と考えるからです。しかし、鍼灸の価値は、いったん商業的な事情と切り離し、客観的な事実だけで語る必要があります。

話はそれてしまいますが、世の中のサービスや品物に対して、お金を出す価値があるかどうかを人工知能が判断してくれる時代が来るでしょうね。書き込まれるクチコミも人工知能が判断して最終的な星の数は人工知能が決める、なんてことにも…。


■自転車の乗り方は説明できない


形式知に対する言葉は暗黙知です。言葉にはできないけれど確実に存在している知識です。たとえば、自転車の乗り方です。見本は見せられても、乗り方の説明は難しいです。説明を求められたら、

「やってみたらわかるよ」

と言いたくなるずです。確かに、乗ってみなければ乗れる時の感覚はわかりません。一度乗れてしまえば、どうやって乗っているのかなんて考えもせず、当たり前のように乗ることができます。

乗れる人は知っている自転車の乗り方


暗黙知は「当たり前」となって経験や感覚の中に封じ込まれ、表には出て来なくなります。

経験や感覚を否定するつもりはありませんが、説明出来ないことは、伝わらないのです。その人の中にあるだけです。

「鍼灸とはそういうものだ」

と考えている人から見れば、私の話は理屈っぽいでしょうね。暗黙知があれば、まだよいのです。暗黙知は誰も確認しようがないため、「ある」と言われたらその言葉を受け入れるしかありません。

これが自転車なら問題になりません。「乗れる」という事実から暗黙知の存在を確認できるからです。ただ、鍼灸では、自転車における「乗れる」を設定するのが難しいのです。つまり、事実確認がやりにくいのです。

「良くなった気がする」

という感想だけでは客観性がありません。しかしながら「気の持ちよう」であっても、元気になれたり、痛みが軽くなったりするのが人間です。それが商売になっているのは事実。「あの先生は良い人だから…」と人間性を見て判断している患者さんも少なくないと思います。

余裕がなければあちこちの鍼灸院を巡るわけにもいきませんし、そうすることが最善とは思いません。たいていは、通える範囲の中から数件を比べて「自分に合っている」と思う1件に通うことになります。そして「ここが一番だ」と自分に言い聞かせながら通うのです。

治っても、治った理由を患者さんも上手に説明できません。だから、「気のせいじゃない?」とか「たまたま治るタイミングだったんだよ」と言われてしまうことも多いのです。

鍼灸は、こんなにあやふやでよいのでしょうか?

つづく…「ツボらしき」は数量化できるのか?


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yoki at 10:44│Comments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 鍼灸 

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