2018年01月30日

鍼治療はもうすぐ科学になる(10) 脈診が科学になるには

)のつづき

鍼灸は伝統ではありません



脈診が科学になるには


科学になるには、診断結果をみんなで共有できるようにしなければなりません。共有できなければ科学になりようがありません。

そのためには、積極的に科学技術の手を借りる必要があります。今や自動運転の自動車が道路を走ってしまう時代です。最新技術が脈診に費やされたら、古典が示している様々な脈状(脈の打ち方)もハッキリしてくるでしょう。

私も熱心に脈診をしていた時期がありますから、橈骨動脈が様相を変えることは体感しています。測定すれば差異が見られるでしょう。症状や病状との相関関係がわかれば、古典の価値が見直されるに違いありません。

最新の科学が投入されれば、の話です。

大きな問題が2つ思い浮かびます。

〔を分析する機器の開発に多大な費用がかかる
∠骨動脈(手首の脈)にこだわる理由がない


お金をかけるなら最大効率を目指します。脈診というのは人間が診やすいという方法であって、これをわざわざマシンにやらせる必要を探すことは難しいのです。血液検査は人間には違いがわからないけれど、機械は詳細まで数値で教えてくれます。

科学は見えなかった世界を見せてくれます。そして扱わせてくれます。科学によって鍼をして脳の中で何が起こるのか視覚的に知ることもできるようになってきました。

そういう時代です。だから、この機を逃したくはありません。そのためには科学を受け入れる姿勢を見せ続けていくことが大事だと考えています。



鍼灸の信用をつくりたい


鍼灸の効果を科学で説明できるようになれば、鍼灸を受けたいと思う人が爆発的に増えるはずです。もちろん、鍼灸のすべてを科学で説明するなんて当分は無理です。

一部分でも科学で理解できたなら、鍼灸を誰もが信用するようになります。

鍼灸業界の問題点は、鍼灸師ひとりひとりが信用を得るために「鍼灸とは何か」を語らねばなりません。病院のドクターが一人一人「外科とは何か」を説明する必要はありません。

 鍼灸師は、時に医療者であることを求められ、
 時にカウンセラーであることを求められ、
 時に研究者であることを求められ、
 時に漢文学者であることを求められ、
 時に歴史学者であることを求められ、
 時に演者であることを求められ、
 時にデザイナーであることを求められ、
 時にマーケッターであることを求められ、
 時に経営者であることを求められ、

そして、時にブログを書くことを求められます・・・(笑)


臨床に専念できている鍼灸師は本当に少ないです。鍼灸を追求できる環境が得られないのは、鍼灸に信用がないからです。一人一人の鍼灸師の努力によって、鍼灸を支えている状態です。

本当ならば、鍼灸という信用によって鍼灸師は支えられるべきです。国家免許なのですから、このくらい望んでもワガママにはならないと思うのです。


おふくろの味を記憶できる能力


誤解されそうなので補足します。

科学で証明できないものは否定されるべき、とは一言も言っていません。「おふくろの味」は科学で証明できなくても、おふくろの味という価値が揺らぐことはありません。むしろ、科学分析されて、あの味が「味の素」だったとは知りたくないものです。

おふくろの味は、むしろ共有できないところに良さがあります。味が一定でない料理を「おふくろの味」と認識できるのは人間ならでは能力です。ぼやけた輪郭線であっても、カテゴリに収めることができるわけです。

計測機器がない時代、こうしたファジーなとらえ方ができる人間は、さまざまな異変に気がつけたと思います。職人の世界では経験を重ねれば重ねるほど腕を磨けます。その経験が代々受け継がれていけば伝統と言えるでしょう。

しかし鍼灸は事情がまったく違います。そもそも鍼灸は技法が継承されてはいません。いったん途切れてしまったら、発祥から伝統をカウントできません。一度も途切れずに脈々と継承されてきた年数のみが伝統の期間です。



守るべき伝統はどこにあるのか?


鍼灸の古典、『素問』や『霊枢』が書かれたのは二千年以上も前です。もし、古典を読むことが鍼灸師の嗜みであるならば、どうやって二千年前から進めばよいのでしょうか。古典を読むことを伝統医学と考えているなら、大きな間違いです。それは古典主義です。

鍼灸は歴史的には続いていますが、伝承が絶えず続いてきたとは言えません。「途絶えては復古し...」を繰り返しているのです。ルーツが古いのは間違いありませんが、歴史の分だけ技術が積み上がっているとは言えません。

私には、今の鍼灸学が伝統医学かと問われたらイエスという自信がありません。伝統っぽいだけです。伝統であるならば、自分が受け継ぐ時に何がどれだけ積み重なっているのか説明できなけれなりません。

私は歌舞伎役者のように答えることができません。古典を読んでその再現に成功したとしても、私の鍼灸は伝統的ではありません。

このように、鍼灸の99.99...%は伝統ではありません。

となると「伝統を守るって何だ?」ってことになります。守るべき伝統はどこにあるのでしょうか?

私の目から見ると、ほぼ全ての鍼灸師に失うものはありません。だから挑戦するのです。伝統は鍼灸の効果を科学で説明できた時から始まると信じています。


次回、最終回です。


つづく...科学は最強のマーケティングになる


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yoki at 01:04│Comments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 鍼灸 | 科学

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