2019年10月06日

(第2話)セミナーは仲間づくり

鍼灸師でないもう一人の私 第2話「セミナーは仲間づくり」


第1話「鍼灸師ではないもう一人の私」のつづき

整動協会を立ち上げた目的


私は整動協会の代表を務めています。

立ち上げたのは2年前です。協会をつくる前は会社組織でセミナーをやっていました。協会をつくろうと思ったのは、整動鍼の受講者が増え始めたからです。セミナーというのは、イベントみたいなものです。基本的に「必要な人が必要だと感じた時にやってくる」というものです。でも、私がセミナーをやってきたのは、技術を伝える以外に、仲間づくりという目的があったからです。

そのため、協会ができる前から、facebookのグループ機能を使って交流会を用意していました。それなりに機能していたのですが、上のランクを目指すことを決意しました。サークル的な交流会を公式なものにしようと思ったのです。そのためには、会社組織で運営するようりも、協会をつくった方が公平性のある組織になる考えたのです。所属する会員の声を運営に反映させるにも、その方がよいと思っていました。

協会の運営陣は、会員の中から選出しました。しかし、端からみたら2つの団体の役割分担が見えにくいため、境界線がぼやけていき、誤解や混乱の源になってしまうのです。仕切り直したいと思っています。

もともと、セミナー運営は会社で担い、コミュニティ運営は協会で担うように役割を設定していました。しかし、セミナーとコミュニティは連続しているため、曖昧な部分もあります。
完全に切り分けることは困難ですから、「まあ、細かいところは気にせず行こう」と割り切っていました。しかし、この曖昧さは責任の所在も曖昧にしてしまいます。


セミナーとコミュニティ


話を元に戻します。

私が、セミナーだけでなくコミュニティ運営に力を入れるのには理由があります。それは、鍼灸師としての根の部分に、「鍼灸の価値をたくさんの人と共有したい」という気持ちがあるからです。私が施術における再現性にこだわる理由も同じです。共有したいから再現性にこだわるのです。

整動鍼は再現性が高いから共有しやすいのではなく、共有しやすい鍼灸を追求した結果、整動鍼が生まれたのです。私が整体術として活法を選択したのも、共有しやすいと感じたからです。根底には、常に仲間との共有があるのです。

そんな私がたどり着いたスタイルが、「セミナー×コミュニティ」です。整動鍼はそれだけ価値があるものですが、共有することで新しい価値が生まれると信じています。私だけではできないことが、仲間と一緒ならできると信じています。

協会を立ち上げる前に、facebookにつくったコミュニティは100人を超えていました。この100人がつながりをつくっていましたし、自主的に勉強会を行うなど活動が盛り上がっていました。私が用意したセミナーがきっかけとなって、人と人がつながっていくことに特別な喜びがありました。

「こういうの、いいなぁ」

って、いつも思っていました。と同時に立場的に勉強会に参加することはできず(私が行くとセミナーになってしまうからです)、寂しさも感じるようになっていました。本当は自分が一員となりたいコミュニティだからです。コミュニティをつくって、初めて気がついた孤独です。とはいえ、そんな孤独が気にならないくらい夢中になって働いていました。

2年前に整動協会を立ち上げる前も今も、コミュニティは私の憧れなのです。


活法ラボとセミナー事業


協会を設立する前の話をしましょう。

私がセミナー事業に関わり始めたのが2009年です。活法のセミナー運営を手伝うことから始まりました。ボランティアのような関わり方からスタートし、試行錯誤をしながら事業を育ててきました。活法も練習し、講師としてのスキルも磨いていきました。

夢中になっていたら、セミナー運営の中心を担うようになりました。そして、セミナー事業は私の仕事の中で臨床と同じくらい重要な位置づけになりました。

失敗もしてきました。セミナーに人が集まらないこともありました。苦い経験を重ねながら、少しずつノウハウを蓄積し、2013年にはセミナー事業(カリキュラムづくり、セミナー開催、講師養成)を展開する、活法ラボを株式会社として立ち上げました。同時に、開業したのが品川の「はりきゅうルーム カポス」です。社員を雇用しての事業拡大ですから、収益に対する意識も自ずと高まります。

大きな責任を感じるようになりました。自分の都合や好みだけで動けない窮屈さも感じるようになりました。でも、自分で選んだ道です。

セミナー運営に関わった当初から、(ボランティア活動ではなく)事業としてやるつもりだったので、収益を上げることが絶対条件でした。

セミナーは、ボランティアで運営されているところも多いので安価なところが多いです。それを良心的と定義するならば、私が設定した金額は決して良心的とは言えません(それでも、私が活法を習った時の半額)。

価格に見合う価値を提供できなければ、「ぼったくり」の烙印を押されて廃業してしまいます。価格に見合う価値を生み出すために、私が取り組んだのはカリキュラムです。

今となっては、カリキュラムごとに受講者を分けて講習するのは当たり前ですが、初期の活法には、そういう事例がありませんでした。そもそも口伝で、見て覚える世界だったからです。

私が習った時、配布物がいっさいありませんでした。師匠が解説する手順を覚え、その場で体の感覚に落とし込むしかりませんでした。

ノートにらくがきのような絵を描きながら要点をメモしていました。師匠を見ているとノートが取れず、ノートを取っていると師匠の動きを見逃してしまうため、1日中気が抜けませんでした。

セミナーの価値は時間を買うことだと思っています。「自分で調べて、自分で考えて、自分で試して...」というプロセスを省かせることが仕事です。簡単に言えば、私と同じ苦労をさせないように道筋をつくることです。

同じ内容をブラッシュアップしながら何度も繰り返すことができるのがカリキュラムがあることの利点です。何度も受けたいカリキュラムに仕上げると、再受講をする人が出てきます。セミナーで顔なじみになって友達になります。セミナーが仲間づくりの場として機能するのです。とても嬉しい副産物です。


つづく...次回は「セミナー事業の難しさ」について語ります。


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yoki at 02:06│Comments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 仕事日記 | セミナー

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