2019年10月23日

(第5話)大人になりきれないリーダーの告白

大人になりきれないリーダーの告白



セミナーの強みとリスクは「人」


セミナー業は、高価な機械に投資する必要もなく店舗もいりません。だから、ノーリスクだと思われていることがあります。低リスクな事業に分類されると思いますが、決してノーリスクな事業ではありません。私が背負っているリスクは、売上を「人」に依存していることです。

当たり前ですが、セミナーは講師が顏になっていくので、いかに優秀な講師を育てられるかで事業の行方が決まります。もちろん、講師を養成するにはお金がかかります。お金と時間をかけて育てた講師がフッと消えてしまうリスクを抱えています。

時々、セミナーの当日だけの収支で利益を計算されてしまうのですが、コストは1年を通してかかっています。ここまで全体を通してみれば順調と言えます。でも、そうではないことも起きています。期待していた人材が続々と流出するなどして、会社は大きな経済的ダメージを負いました。

育てた講師は、外から見れば実力が保証された即戦力です。声がかからないはずがありません。考え方によっては名誉な話です。うちの社員であることがブランドになっているのですから。とはいえ、現実はそんなふうに考えられる余裕はありません。残る社員に負担をかけないように、売上を確保しなければならないからです。経営者として神経をすり減らす場面です。 

これから入ってくる社員もいるので、この記事で不安にさせるわけにはいきません。会社はきちんとリスク管理ができているので安心してください。


利益は誰のものか


私は、手伝ってくれる人にはしっかり報酬を出したいので、セミナーでは売上を大事にしています。しっかり料金を頂いているので、立地の良いところを会場にできたり、講師に報酬を支払うことができます。もし、セミナー代が半分になってしまったら、会場を変えなければいけませんし、講師を頼むこともできなくなります。

実際に、復習会(2019年度では「整動鍼 DVD演習編」「整動鍼 取穴復習編」「活法 術理体得編」が相当)のような低料金設定のセミナーでは、会場代と依頼する講師代で売上はすべて消えてしまいます。私自身の講師料は生み出せません。もちろん、コストは会場代と講師料だけではありません。事務費用もかかります。そして、カリキュラム作成、教材制作、技術顧問へのロイヤリティ、交通費、協会運営に費用がかかっています。

受講者が少ない時は、薄利または赤字です。こういう現実を知らない人は、セミナー代が高いと感じるかもしれません。確かに鍼灸業界の相場と比べると料金が高めです。

鍼灸業界の多くのセミナーがボランティアで営まれているので、余計に高めに見えます。だからこそ、本気の努力が必要です。価格に対して内容が伴わないと判断されてしまえば誰も来てくれません。価格に見合うコンテンツを提供し続けなければなりません。

価格を下げれば、「良心的ですね〜」と褒めてもらえるかもしれませんが、講師はボランティアでお願いしなけれなりません。都心の会場も使えません。

ボランティアではなく事業としてセミナーを行っているのは、鍼灸師の雇用を拡大したり、鍼灸師の可能性を広げる事業を展開するなどの展望があるからです。だから、リスクを背負えるし、がんばることもできます。

とはいえ、私一人が頑張っているわけではありません。私一人の力でもありません。支えてくれてきた人たちのおかげで今があります。だから、得た利益は、できるだけセミナーを支えてくれた人に回し、自分は最後になるようにしています。

私の気持ちを十分に理解してくれる人ばかりです。ただ、中には事情を知らずに「利益を独占するのはけしからん」と非難してくる人もいます。極端な例になりますが、会社の資産や人件費を含む経費、さらには個人の資産を開示するように迫られたことがありました。もちろん、上場していない株式会社の資産や従業員の給与を公開する必要はありません。

個人的な活動に協会の会費が使われていると勘違いされていることもありました。こうした誤解をつくっているのも、きっと私自身です。

おそらく、私の会社(活法ラボ)と協会(整動協会)のお金が外からは区別しづらいことが原因です。セミナー業務は会社で担っているものがほとんどですが、受講者が混乱しないように、すべて協会を介して対応しています。利便への配慮でやったことが誤解の種になっていたら元も子もありません。


傷ついてもよい人は一人もいない


あの渋沢栄一も言っていますが、透明性は大事ですが何でも馬鹿正直に開示するのはよくありません。守るべきものは守るのもリーダーの務めです。

 もともと商業は、政治と比較すれば、機密など持たなくても経営していけるはずのものであろうと思う。ただし銀行においては、事業の性質としてある程度は秘密を守れなければならないことがある。たとえば、誰にどれくらいの貸付があるとか、それに対してそのような抵当が入っているといったことは、社会道徳のうえから秘密にしておかなければならなないことだろう。
 また、一般の商売においても、いかに正直を旨としなければならないとはいえ、この品物はいくらで買い取ったもので、今この値段で売るからこれくらいの利益になる、といったことをわざわざ世間に公表する必要もあるまい。

渋沢栄一 著 守屋淳 訳『現代語訳 論語と算盤』(ちくま新書)(p161)


これから、協会の会員に向けて、セミナー代の一部が誰にどのように使われているのか詳しく説明する予定です。会費の用途も開示します。

渋沢先生がおっしゃる通り、社会道徳として秘密にしておく事項もあると思うのです。だから、ブログで公開できることはあまりありません。にも関わらず、公の場に記事を書いているのは、私の仕事に対する想いを外にも伝えたいからです。

協会を設立して2年。どこからともなくやってくる「組織とは○○であるべきだ」という圧力。その中で自分の信念を貫くのは容易ではありません。組織の代表である前に、個としての私がいます。

個人的に大事にしたい価値観があります。この仕事を通じて成し遂げたいことがあります。会員さんと築きたい人間関係があります。その延長上に組織があるだけなのです。個を切り離して考えることはできません。

組織は切り分けていったら個になります。その個を愛おしいと感じるから組織を大切にできるのです。少なくとも私はそう考えます。もちろん、組織を運営するには割り切った方が考え方が必要だという一般論は知っています。リーダーとしての資質がないと言われても、自分に嘘をついてまで組織論を追求したいとは思いません。大人になりきれないリーダーなのです。

未来を切り拓くことも大切ですが、この瞬間を粗末にして進んだ未来に居場所はありません。本当に大切なものを失わないために、私自身が変わるべき時がやってきています。

次回の更新では、私が思い浮かべている協会の姿を書きます。

Twitterもやっています。
https://twitter.com/kuri_suke

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yoki at 22:21│Comments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 セミナー | 仕事日記

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