2021年01月18日

鍼灸にアートは必要か

鍼灸にアートは必要か


鍼灸にはサイエンスが足りない


鍼灸にはサイエンスが足りないといつも思っています。鍼灸がサイエンスになるためには、効果に再現性が必要だと考えています。言い方を変えると、いろいなやり方がある中で、再現性のある方法を重視した方がよいという主張です。

ただ、この表現には副作用もあります。それは型にはめた鍼灸が最良であるという解釈になり、アートの部分が軽視されてしまうことです。私の考えは「鍼灸がアートに偏りすぎているのでサイエンスも重視しましょう」というものです。けっしてアートを否定したいわけではありません。むしろ、アートの部分が臨床の柱の一つです。

ここで使っている「アート」は、美しい施術を目指すという意味ではありません。患者さんの満足度や感動を高めるという意味です。同じツボを使っても、患者さんが不安をいだきながら受けるのと安心して受けるのでは違います。効果の判断にも差が出ます。人間は感情があるので、目の前で起きた現象は感情の影響を受けて記憶となります。

再現性が高い施術が実現できたとしても、患者さんの感じ方はそれぞれです。その感じ方が、そのときの施術の評価に深く関わります。問題は評価だけではありません。ネガティブな評価をしている患者さんの治癒力は上がりにくくなります。

私たちが行う鍼灸が客観的な指標で評価される日を待ち望みながらも、鍼灸の魅力は数値で評価しきれないところにもあります。

鍼灸にはサイエンスが足りないと思ういっぽうで、アートの部分が鍼灸師と鍼灸院の評価に大きく関わっているという現実を受け止めることが大切だと考えています。臨床では、サイエンスとアートを上手に使い分けるバランス感覚を大切にしています。

結論として、サイエンスとアートの価値を理解するほど、患者さんから高く評価されやすくなると思います。


目指しているアートの姿


アートはスコアにできませんし、人によって評価が異なるものです。ですから「アートは重要だ」とは言えるのですが、「アートはこういうものだ」とは言えません。時と場合によって、同じ言葉が違う意味になります。親しい仲であれば「おまえバカだな〜」が「そんな面白いこと思いつくおまえは天才か〜」という意味になることもありますが、初対面ではバカにされたと思われるでしょう。

患者さんに投げかける言葉も施術前と施術後で違って意味になってしまいます。たとえば「睡眠はしっかり取ってください」と伝えても、施術前なら「忙しくて寝る暇がないから困っているの!」という反感を買ってしまう場合があるかもしれません。でも、患者さんの仕事や家庭の事情を聞き、施術で呼吸が楽になったあとなら、「やっぱり睡眠は大切ですよね。早く寝られるように工夫してみます」と生活習慣を変えるきっかけにしてくれるかもしれません。

私が考えるアートは、患者さんの感覚や感情を大切にすることです。

感覚や感情は相手との関係から生まれるものなので、言ってみれば、アートは患者さんとの共同作業から生まれると言えるわけです。同じことが相手によって変わるのでサイエンスとは対極にあります。時に、ここで言うところのアートは人間性という言葉に置き換えられているから注意が必要です。


人間性より大切なこと


私は、チームの教育に「人間性」と言葉を用いることはありません。なぜなら、臨床において大切なのは、施術者がどんな人間であるかではく、患者さんが何を感じどんな感情を抱くかだからです。

そもそも、よい人間性を定義することは難しいです。努力目標としては適切ではありません。それよりも、相手が何を感じ、どんな感情を抱いているのかを、態度、行動、発言から読み解く能力を重視しています。こうした能力が高まれば、チーム間のコミュニケーションも円滑になり、互いの人間性を尊重できると考えています。

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yoki at 22:15│Comments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 鍼灸 

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