2022年01月03日

昭和の天才鍼灸家「澤田健」から何を学ぶべきか 〜誰も教えてくれない『鍼灸眞髄』の読み方〜

昭和の天才 澤田健から何を学ぶべきか


流儀書ではなく聞書(ききがき)


多くの鍼灸師が誤解されているかもしれません。『鍼灸眞髄』は「澤田流」の流儀書ではないのです。よく見ると、「鍼灸眞髄」の前には「沢田流聞書」とあります。

この本は、昭和の天才鍼灸家、沢田健先生の臨床を代田文誌先生が記録に残したものです。つまり、沢田流開祖の沢田健先生が書き記したものではないのです。この前提で『鍼灸眞髄』を読まないと、真意に触れることはないでしょう。


沢田流は存在するのか?


「沢田流」という言葉が鍼灸業界には確かに存在しています。しかし、本当に沢田流はあるのでしょうか。この疑問こそ沢田健を理解するために、もっとも重要な問いかけだと考えています。こう考える理由をこれから示します。

第一に、沢田健先生自身が好んで沢田流を名乗っていたとは思えないからです。澤田先生自身は「太極治療」と表現しているのです。

沢田先生の弟子にしてみれば、沢田健が独自の発想で道を切り拓いたのだから、リスペクトの意味を込めて「沢田流」と呼ぶのは理解できますし、よくあるパターンです。

しかし、沢田先生の立場で考えると見方が変わります。「太極治療」と呼んでいたことからわかるように、目指していたのは本流です。「太極」とは「究極の根源」という意味です。

沢田先生が目指していたのは、独自の方法ではなく普遍性であることが想像できるのです。これが正しければ、「沢田先生なりの方法を編み出した」というニュアンスとなる「沢田流」という表現を、沢田先生が望まなかった理由を理解できます。

もちろん、弟子における「沢田流」は、沢田先生の天才的な能力や業績に対するリスペクトではあるのですが、そういう評価を沢田先生が望んではいなかったのかもしれません。

このように考える私は、「沢田流の沢田健」ではなく、「太極治療の沢田健」と評する方が妥当だと考えています。みなさんはどう思われますか”?


沢田健が天才である所以


カントの天才論で沢田流を考察するとわかりやすいです。『美学』(小田部胤久著)には、天才について、次のように文章があります。

「天才は一方でその独創性のゆえに特異な存在であるが、他方で模倣者・観照者を周りに生じせしめることによって普遍的な存在となる」(p.388)


「模倣者・観照者を周りに生じせしめる」とは、真似したり評価する人たちが集まるという意味です。集まってきた人たちが門下生であり、そこから生まれる系譜が流派となるわけです。逆からいえば、真似する人や評価する人たちの存在が、天才を天才たらしめているわけです。

また、流派と継承についても、なるほどと思う説明があるので紹介します。それは次の文章です。

「ある『流派』に属する『弟子』にとって、天才の所産は――他の天才にとってのように『継承のための実例』なのではなく――『模倣のための実例』である」(p.389)


天才のパフォーマンスは、継承のためにあるのではなく模倣のためにある、という意味でしょう。継承に至るには、立派な頭脳の持ち主が必要であると説いています。言い方を変えると、どんなに優れたもの(所産)であっても、それを継承しようとする強い意図が必要だということです。

つまり、天才が出現したからといって、必ずしも流派が生じるとは限らないのです。私が「沢田流は本当に存在しているのか?」と疑問を投げかけたとしても、沢田健の天才性が揺らぐことはありません。

カントの論で興味深いのは、いくら天才の所産がすぐれていても、優秀な継承者がいなければ流派とはなり得ないところです。

沢田流が完全な継承とは思えないのですが、代田文誌の立派な頭脳がなければ「沢田流」が生じることもなかったでしょう。『鍼灸眞髄』が「沢田流」の起点になっていることは間違いありません。


『鍼灸眞髄』に眞髄が記されているか?


『鍼灸眞髄』で鍼灸の眞髄をつかむことはできません。私見を述べる前に、著者の代田文誌先生がこのように記しています。

「本書中には、執筆した私自身すら十分に解しかねる処が幾処かある。そういう処は省略しようかとも考えたが、待て待て、私にわからぬことであっても他の人にわかる事があるかも知れぬと思い直して、取捨を加えずにそのまま世に出したのである」

ではなぜ「鍼灸眞髄」というタイトルにしたのでしょうか。「鍼灸の眞髄をつかんでいるかもしれない沢田先生がここにいる!」と言いたかったのではないでしょうか。仮に眞髄が書かれていたとしても、その眞髄は、眞髄をつかむにふさわしい者のみが受け取れます。

もし、「はい、これが眞髄ですよ」というものが目の前に現れたなら、真っ先に疑わなければなりません。『鍼灸眞髄』という書籍も例外ではありません。

『鍼灸眞髄』は、「沢田健」という一人の鍼灸家の記録なのです。その証拠に、本文中には沢田健の人柄が幾度となく紹介されています。

たとえば、「第一回見学筆記」には、「背丈はあまり高くない。太って円満な顏、象のようなやさしい眼は微笑みを含んでなんともいえぬ悠揚迫らぬ態度」とあったり、「『今の世に自信のある人間なんて殆どありはせぬ。自信のあるのはわし位なものだ」と言われた」とあります。治療術を紹介する本であれば、こういう表現は必要ないですよね。

決定的なのは、終わりの1/5が附録となっていて弟子たちの思い出話を掲載していることです。こうした構成から流儀書であるはずがないのです。誤解をしていただきたくないのは、この本が無益だという意味ではないのです。昭和に生きた鍼灸の名人、沢田健を学べるという大きな意味がある本なのです。


沢田健の自信はどこから来るのか?


読んでいると、沢田健が自信家であることがわかります。「第一回見学筆記」(p.2)には次のような文章があります。

「『今の世に自信のある人間なんてほとんどありはせぬ。自信のあるのはわし位のものだ』と言われた。先生は威張って言ったのではない。確信をもって言ったのである。」

学生のときに、この文章を読んだときは「威張って言ったのではない」と書いてあっても、「なんて傲慢な人なんだろう」とよいイメージを抱きませんでした。20年の月日が経ち、全く違う印象となりました。

それは、自信がどのように形成されていくのか、わかってきたからです。私見ですが、自信は向上によって得る感覚ではなく、自分の幅の自覚です。これは再現できる幅のことです。できることとできないことの境界線がわかることです。

この境界線を知るには、できるかわからないことに挑戦する以外にありません。挑戦は可能性を広げる行為でありながら、自信の材料となっているのです。

言い換えると、トライアンドエラーを繰り返した人にしか自信は訪れないのです。沢田健の自信の根拠は膨大なエラーであると私は考えています。それを裏付けるような文章があります。

「経絡を生きた体に実証するためには、御自身の体一分置き位に全身に刺鍼されている。そのために高熱に苦しまれたことすらあると言う。」(附録 p.79)


効果のある位置を見定めるために、トライアンドエラーを繰り返していたのです。どのツボを使ったらよいのか、ミリ単位で徹底的に調べていたのです。この努力こそが自信の正体です。


『鍼灸眞髄』から学ぶべきこと


鍼灸の技術は一朝一夕で完成することはありません。眞髄をつかむ資格を得られるのは、弛まぬ努力を続けた鍼灸家のみです。私たちが鍼灸師が努めなければいけないのは、自信を得ることです。そのためにはトライアンドエラーの繰り返しが必要なのです。自分の体を使ったり、仲間の体を借りてその機会をできるだけ多く得なければなりません。

自信は「できる幅」を明瞭に自覚することで得られるわけですから、最初はその幅が狭くてもよいのです。数が少なくても確実に身につければ技術となって自信になります。

『鍼灸眞髄』の終わりには、便利な索引がついているため、ツボ辞典のように使うこともできます。ツボ名からどんな症状に効くのか、また症状名からどんなツボを使うのか調べることができます。この一面を切り取って『鍼灸眞髄』を評価してはもったいないのです。

『鍼灸眞髄』から学ぶべきは、天才と言われた鍼灸家が秘めていた覚悟だと思います。覚悟の前では才能やセンスはちっぽけなものになります。もし、このブログを読んでいる人で、自分には才能があるかどうか悩んでいる人がいたら、自分の心に問いかけてみて下さい。

「覚悟はあるか?」と。


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yoki at 00:00│Comments(2)このエントリーをはてなブックマークに追加 鍼灸 | ひとりごと

この記事へのコメント

1. Posted by 梅田俊   2022年01月04日 20:00
5 栗原先生

鍼灸真髄、私も好きな本です。何回も読み、自分を省みて、成長を実感させていただいてます。また栗原先生とお会いできる日を楽しみにしています!
2. Posted by クリ助   2022年01月09日 00:35
お久しぶりですね〜。時々、FBでの肉体改造を拝見していますよ。また、会える日が来ますよー。

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