2022年04月17日
気持ちよい治療が最高の治療であるという誤解はなぜ生じるのか
気持ちいい施術ほど優秀なのか?
施術において、患者さんの気持ちよさを追求することがよい施術の条件でしょうか。答えはNOです。患者さんの欲求を満たすことがよい施術の条件でしょうか。これもNOです。ただ、商売として考えるなら、それはGOODになるでしょう。
こう言い換えることができます。
来院する方を患者さんと扱うなら、気持ちよさの追求はNOですが、来院する方をお客様と扱うなら、気持ちよさの追求はGOODかもしれません。
つまり、鍼灸を医療と考えるのであれば、気持ちよさは善し悪しの基準にはなりません。リラクゼーション業と考えるなら、気持ちよさが価値の柱です。当然ながら、リラクゼーション業から鍼灸に転向した方に「気持ちよい施術がよい治療」と主張する人が多くみられます。その理由を私なりに考えてみました。
二つの基準が混在する日本の業界
日本の鍼灸師は、施術に気持ちよさを求める傾向が強いように思います。それは、免許制度にあると思います。私は、「はり師」「きゅう師」「あん摩マッサージ指圧師」の3つの免許を持っています。「はり師」と「きゅう師」は一緒に取る人が多いので合わせて「鍼灸師」とまとめて表現することが慣例です。
ここで質問です。鍼灸師の上手さとは何でしょうか。いろいろな言い方があるでしょうが、ひとつは「ツボの効用を引き出せるか」だと思います。ツボ特有の効用を自在に引き出せる鍼灸師が上手だと私は考えています。
これに対して、あん摩マッサージ指圧師の上手さとは何でしょうか。ほとんどの人が、気持ちよさがあるかどうかで上手か下手を判断しているのではないでしょうか。専門的にみれば、気持ちよさだけで判断されるべきではないのですが、現実問題、現場が重視しているのは気持ちよさでしょう。
お気づきかと思いますが、この日本独特の免許制度によって、鍼灸とあん摩マッサージの上手さの基準が混同されてしまっているのです。その結果、日本の鍼灸師は知らず知らずのうちに「気持ちよさ」を正義にしてしまっているのです。
気持ちいい鍼灸は日本の宝?
世界的に見ても、日本のように気持ちのよい鍼灸ができる国はないと思います。日本人鍼灸師が世界で人気がある理由のひとつであると思います。であるならば、気持ちいい鍼灸を日本人は追求すべきではないか、という意見になりそうです。確かに一理あります。
ただ、慎重に考えてみる必要があります。なぜならリラクゼーションの一角として評価されているとも言えるからです。もちろん、リラクゼーションとしての鍼灸にも十分な価値があり、特筆すべきものです。ただ、鍼灸はリラクゼーションの中に収まるようなものではなく、医療的な価値を秘めていると考えれば、気持ちよさという一本の基準で鍼灸の価値を測るべきではないと考えます。
リラクゼーション業に従事する人が抱えるコンプレックス
「気持ちよい施術がよい治療」と主張している人たちは、「リラクゼーションをバカにするな」と主張していることが多いのも興味深いです。「医療が上でリラクゼーションは下」であると思い込みから生まれる劣等感が見え隠れしています。
気持ちよさを追求するいっぽうで、治療効果も同時に狙っていこうという欲がちぐはぐを招いているように思います。
鍼灸師の中には、もともとリラクゼーション業をしていた人もいます。リラクゼーションの現場で「気持ちよさ」という基準で技術を評価されることに慣れてしまうと、簡単に基準を変えられません。無意識に気持ちよさを演出しようとするのです。その方が評価が高くなると考えるからです。もちろん、気持ちよくて良くなる治療があれば最高ですが、そんなことはあり得ません。
気持ち良さと効果を切り分けて考えることができるようになったとき、コンプレックスから解放されるのかもしれません。
医療は気持ちよくないのが当たり前
本来、医療は気持ちいいものではありません。むしろ、苦痛を伴うのが普通です。その苦痛をできるだけ少なくしようと色々な人が努力をしています。検査方法であったり手術方法であったり、楽な方に進化しています。あくまでも楽な方であって、気持ちいい方に進んでいるわけではありません。
もともと鍼灸は医療でしたから、苦痛が減るように進化してきました。100年前の鍼よりも、今の鍼の方が痛くありません。素材も加工も工夫されています。道具の進化に助けてもらいながら、私たち鍼灸師は「効果の高さ」を目指しています。
気持ちよさが最良のクスリになる場合
これまで、医療においては気持ち良さは基準にはならないと書いてきました。しかし、例外があります。ストレスを起因とする症状においては、気持ちよさが特効薬になる場合があります。一般的な医療のスキマになっています。スキマというほど小さなものではなく、医療の欠陥であるということもできます。
検査しても原因がわからない。そんな症状は少なくありません。「自律神経が原因でしょう」と言われたら、はっきりとした原因が見つからなかったという意味です。多くの場合「交感神経優位」という状態で、体が緊張しすぎている状態です。こんなとき、鍼灸や手技療法の気持ちよい刺激が効果的です。「気持ちよい」と感じる刺激は、交感神経のはたらきを抑えてくれるからです。
結果、体だけでなく心の緊張も解けて、身心の調子が向上するのです。ですから、リラクゼーションにも治療効果があると言えます。リラクゼーション的なサポートは、医療の中で抜け落ちている部分であり、鍼灸師が担える部分です。
とはいえ、鍼灸をリラクゼーションの殻に閉じ込めるべきではないと考えます。リラクゼーションは、鍼灸の持つ魅力のほんの一部でしかないからです。
社会が求めるストレス解消ビジネス
リラクゼーションは一つの産業です。鍼灸よりもはるかに大きな産業です。免許を問われないいわゆるマッサージ系の仕事はたくさんあります。その中には「整体」も含まれます。
多くの人が誤解していますが「整体」という免許はありません。「整体」はサービス名で、言ってみれば「ネイルサロン」と同じです。
話を戻します。医療の世界を一歩出たら、そこにはリラクゼーション産業が広がっています。鍼灸はそもそも医療の端っこにありますから、リラクゼーション産業の中に片足をつっこんでいる状態とも言えます。
今も昔もストレスは問題です。多くの人がストレスに悩んでいます。リラクゼーション業は、ストレス解消ビジネスの一つであるように私は思います。遊園地やサウナと同じジャンルとして扱ってもよいと思います。もっといえば、居酒屋を含めてもよいかもしれません。
職業観とプライドの話
あとは、私たち鍼灸師の職業観の問題です。鍼灸で何をしたいのか、それぞれの鍼灸師で違うわけです。私は、鍼灸の医療的価値を追求していく立場です。
こうした立場からすると、気持ちよさを正義とは言えないのです。「痛くて苦痛を伴う鍼灸治療であっても患者さんが治るためなら仕方ない」と考える立場です。これを、わざわざ表で言うことはありません。商業的な立場からすると損をしてしまうからです。もちろん、施術においては、できるだけ苦痛が少ないように努めています。
商業的に考えたら「うちの鍼灸院は気持ちよくて治りもいいですよ〜」と言っている鍼灸院の方がウケます。「マズイけど栄養たっぷりですよ」というよりも「美味しくて栄養価も高いんですよ〜」と言った方が売れるように。
中には、美味しくて栄養価が高いものもありますが、美味しいから栄養価が高いとは言えません。同様に、鍼灸も気持ちいい施術ほど効果が高いとは言えません。
開業鍼灸師は、人気商売でもあります。私のようにバカ正直に生きるのは損なことかもしれません。ただ、自分の仕事には嘘はつきたくないのです。端から見たら、くだらないプライドに縛られているだけなのかもしれません。

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