2023年05月23日
イスラエル医師団、日本の鍼治療を学ぶ
決死のオール英語セミナー
イスラエル医師団への講習は本当にすばらしい体験でした。当日の様子は、養気院スタッフブログと整動協会ブログにもあるので、このブログでは私の心境を書いていこうと思います。
この仕事は、2つの初めてが重なりました。ひとつめは英語での講習です。通訳がつきません。ふたつめは医師への講習です。受講者の中に医師が混じっていることはあったのですが、医師のみの受講者は初でした。
失敗しても仕方ないという覚悟で挑みました。
無責任に聞こえるかもしれませんが、この条件を気軽に引き受けられるところもないだろうと思って引き受けることにしたのです。とはいえ、スタッフを信頼しているからこそできた決断です。
私の会社は小さな鍼灸院を2つ経営しているだけの小さな会社ですが、大きな特徴があります。それはセミナー業を生業としていることです。鍼治療と活法(かっぽう)という整体術の一種をプロ向けに教えています。施術室で患者さんを施術する臨床家であると同時に、プロのセミナー集団です。事業化したのが2009年ですから、もう14年くらい経ちます。
カリキュラムを考えたり、必要な資料を準備するノウハウが蓄積できています。また、会場の雰囲気づくりなどのアイデアも持ち合わせています。もちろん私一人の力ではなく、チームで育ててきた力です。
来週イスラエル🇮🇱医師団が日本に視察にやってくる。鍼治療枠の講師を依頼されているので準備中…。英語でやらなければならない💦 pic.twitter.com/bPeTgEsxjP
— クリ助@鍼灸師 (@kuri_suke) May 5, 2023
見られて上手になる
話が脱線しますが、教えるということはライバルに手の内を明かすことですからリスクが伴います。でも、そのリスクよりも得られることの方が多いのです。「どう見られているか」を強く意識しますし、なんとなくやっていることを減らすようになります。施術の根拠をすべて説明できる状況に限りなく近づいていきます。
こうした状況が当たり前になっているので、患者さんに提供する施術もわかりやすいものになっていきます。セミナー事業での経験がそのまま臨床に役立っているのです。
2日後にはイスラエル🇮🇱の医師団を迎えることに。準備は大詰め。日本の鍼治療をアピールできるチャンスなわけで個人レベルの話じゃない。日本の鍼灸のためにがんばろうと思う。若い人にはどんどん世界で勝負してほしい。道はあるよ。 pic.twitter.com/GiUZ3tTMT2
— クリ助@鍼灸師 (@kuri_suke) May 9, 2023
語学力が集結した鍼灸師チーム
というわけで、技術の言語化に長けたメンバーが豊富な我がチームです。これに加えて語学力に長けているのが自慢です。英語ができるスタッフが二人。中国語のプロ講師が一人。そして、なんとアラビア語まで!
この他に英検準2級を持つスタッフがいることが最近判明し、バイトに来ている鍼灸学生は大学でスペイン語を専攻。やばいと思うくらいの人材なのです。そんなチームを、外国語ができない私が率いているのですから、すごいと思いませんか。
という状況なので、英語で講習してと言われたときに断る理由が見つからないのです。必要なのは覚悟と勇気だけです。
ちなみに、イスラエルの母国語はヘブライ語です。英語は第二言語でバイリンガルも多いとのこと。あー、バイリンガルと聞いただけで劣等感に包まれます。バイリンガルってどんな感覚で生きているんだろう…。

(写真:セミナーの会場前で待機する私たち)
当日がやってきました。会場はいつもと違って渋谷です。駅直結のマークシティ、オフィス棟の14Fにある会議室です。アウェーでは緊張感が倍増します。普段は味わえないこの空気。
英語でプレゼンスタート
定員20名でゆったりできるくらいのスペースです。オシャレでキレイ。
ここにイスラエルの医師の方々が入ってきます。ドキドキ…。

年齢層が高めです。聞くところによると、イスラエルでは地位の高い医師とのことです。専門分野もさまざまです。この視察では鍼灸だけでなく、他の医療も視察しているので、特に鍼灸に興味がある医師が集まってきたわけではないのです。
興味をもってもらえるだろうか…。
注力すべきは目を引きつけること。全力で挑む予定です。
最初は、私の講義。英語で準備していたスライドを見せながら、これまた準備していた原稿を読み上げます。これまでのセミナーでは原稿を読むことはなかったのですが、今回は仕方ありません。アドリブで…英語…生まれ変わらないと無理です。

不本意すぎる英語でのプレゼンが続きます。
変な汗をかいているし、たいくつそうにしているし、英語うまく発音できていないし…。
デモンストレーションに逃げる
ということで、原稿の一部を思いっきり吹き飛ばして、早めにデモンストレーションに移ることにしました。もともと短めに考えていた座学は予定より5分早めに切り上げて、15分で終わりにしました。次はもっと上手にやってやる!
英語が得意な二人に任せるという手もあったのですが、その二人にはこれからデモのサポートという大役が待っているので、がんばっちゃったわけです。それに恥をかく見本を若手に見せておくことも大切ですから。

デモの時間になったら、面白いように普通に息ができるようになりました。普段どおりのことをやればいいという安心感。隔週ペースで同業の鍼灸師にデモンストレーションをしているので、その経験はこういうときに生かされます。全く緊張していない。
代わりに緊張し始めたのが、通訳のために連れてきた二人です。ご存知のとおり、英語ができるからといって通訳できるわけではありません。話したことを瞬時に英語にするのは難しいことです。
日本語に逃げる
私は日本語に切り替えました。イスラエルの医師とつなげられるのは彼らしかいません。そりゃ緊張もするでしょう。
私たちが講習に失敗すれば、日本の鍼灸への期待はしぼんでしまいます。けっして大げさではなく、日本の鍼灸業界を代表するつもりで、全員がこの講習に備えていました。
実は、難しい質問にも答えられるように、最初にスマホから専用チャットに入って質問できるように準備をしていたのですが、そのチャットを使う人は誰一人いませんでした。
悪く言えば、面倒だったんだと思いますが、よく言えば、使わなくても何とか通じると思われたんだと思います。ここは、我々の士気が下がらないようにあえて後者を採用します。

ツボは世界共通言語!?
日本人以外の方に鍼をしていると「ツボは人種が違っても同じですか?」と聞かれることがあります。結論からいうと同じです。体格や筋肉の付き方など、もちろん日本人と比べて違うと思うところはありますが、日本人と同じようにツボによる変化が見られます。
だから私は思うのです、ツボは世界共通言語なんだと。特に私にとっては大事です。共通言語であるツボがなかったら、スペインで講師をし続けることはできませんでしたから。誰に使っても想定した反応が得られるというのは、言葉が通じる安心感に似ています。
人種ごとにツボが違っていたら不安で仕方ありません。正確なツボ取りは正確な発音みたいなイメージです。正確であればあるほど伝わりやすく反応が得られます。
文法と単語をしっかり記憶していても、伝えたいことを発音できなければ会話ができません。同様に、鍼治療においても理論やツボばかり記憶しても患者さんとコミュニケーションが取れません。
精度の高いツボを使うと伝わります。
鍼灸治療をコミュニケーションと捉えると、どんな勉強をして、どんな能力を身につければ臨床に役立つのかイメージをつくりやすいと思います。

鍼の細さに驚く
この講習では鍼は細くても効果があることを示すことを使命として勝手に決めていました。日本の鍼の特徴を一言で表すなら細さです。注射と比較してどれくらい細いのかをプレゼンしたあと、実際に鍼施術を受けていただきました。
ある方が鍼を抜いたあと、その点をすかさず指で圧迫しました。一瞬「なんで?」と思いましたが、すぐにわかりました。注射をしたあとの慣例的な所作です。つまり、出血を抑えるための圧迫です。
日本の鍼では、出血することは少なく、出血したとしても微量ですぐに止まります。ですから、しばらく圧迫しておく必要がありません。私のような鍼灸師にとっては日常ですが、注射と接することが多い医師にとっては、血が出ないことだけでも意外だったようです。
細いことだけ伝えても、効果を感じられなければ意味がありません。できるだけ、痛みや違和感をお持ちの方にデモ施術をするように心がけました。こういうのは一発勝負なので、再現性が高いものを行わないと、評価が下がってしまいます。「日本人の鍼は効かない」という評価は何としても避けなければなりません。
臨床とデモンストレーションでは、少し事情が異なります。臨床では患者さんご本人だけわかれば問題ありませんが、デモンストレーションでは、ギャラリーにも伝わるような施術が必要です。

ヘブライ語が飛び交う
デモンストレーションの鍼を行うと、途端にヘブライ語が飛び交います。一瞬にして置いて行かれてしまいます。飛び交うヘブライ語の内容が気になって仕方ありません。
落ち着いた後、「さっきと比べていかがですか?」と尋ねました。「さっきよりいいよ」という答えを聞いて、講師陣はホッとします。そんなやりとりが何度も繰り返すうちにだんだん場の空気がよい意味で緩んできます。
質問がいろんな方向からやってきます。
「鍼の深さは?」
「効果を出すのに重要なのは?」
「内臓にも効くの?」
「精神疾患にも効くの?」
「手術した指なんだけど...」
こんなに質問を浴びるとは思っていませんでした。もし我々がヘブライ語がペラペラなら、すごいことになったんじゃないだろうかと皮算用が始まります。ヘブライ語は無理としても英語力を上げれば世界中に日本の鍼治療の魅力を届けることができるのです。
改めてそう感じた私は大興奮です。

この疲労は癖になる
この日、みんなくたくたになったと思います。そうでもなかったのは、新人の吉岡くんくらいでしょう。カメラマンという役割があったにせよ、ずっとニコニコして足取りも軽かったです。自らお手伝いを志願しただけあって、今回の講習に興味津々でした。私たちの姿を見てあこがれを抱いてくれたようです。

帰りの電車は疲れているのに眠れませんでした。脳が興奮していたんでしょうね。その晩の眠りも浅かったように思います。普段使わない脳が働いたってことでしょう。この疲労は癖になりそうです。
来月は、スペインのバルセロナです!
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