2024年04月30日

根本治療という幻想

根本治療という幻想


はじめに


よく「根本治療」という言葉を目にします。対となる言葉は「対症療法」です。もちろん、誰だって根本治療の方がいいと思いますよね。

根本的に解決しておけば、再発の心配もいらないですから。対症療法はその場しのぎですから、その場はよくても解決していないのでいつかは症状がぶり返してきます。

おそらくこんな前提で「根本治療」と「対症療法」という言葉が使われていると思うのですが、この先には大きな落とし穴が待っています。

実は、こんな単純な話ではないのです。この文章は一般の方を対象に書いていますが、プロの方にも耳を傾けていただきたい話があります。

結論を言うと「根本治療」という言葉はあいまいで無責任な言葉です。気軽に使っていい言葉ではありません。「根本的に解決したい」という意気込みを表しているに過ぎません。なぜなら、根本治療を定義するのがむずかしいからです。

根本的に治るって何なんでしょう。これを考えるには、どこからが病気でどこからが健康であるかを知っておかなければならないので、とても重いテーマなんです。


病気の原因はどこ?


そこで、この本に登場していただきます。

どこからが病気なの?

一般向けに書かれた新書ですが、鍼灸師の立場から読んでもとても勉強になります。病気と平気の境界線について考えることができますし、病気の原因について医学的な視点から丁寧に説明されています。本当に説明が上手な先生です。

同業の鍼灸師には必ず読んでほしい本です。医師の立場を理解する意味でも十分に読む価値があります。ここでは病気の原因に注目しながら根本治療について考えます。

結論はとても単純で、病気の原因は一つではなく複合的なものだから、「コレだ!」という手段を用いても原因の一つかもしれないものにアプローチしているにすぎません。人体は複雑系ですから、原因が一つなんて考えることに無理があります。

著者の言葉を引用します。

世にある病気のうち、多くは、原因を一つに決められない。これは、人体が、さらには病気という状態自体が「複雑系」といって、無数の要素から構成されているからである。社会に暮らす人間は、あまりに多くの要素・要因に囲まれており、もまれたり流されたりバランスをとったりしているうちに、いつしかある種の結果に向けて漂着していく。


私が、根本治療をうたうことが無責任だと思うのは、根本が何であるか特定などできないのに、それをまるでわかっているかのような態度になるからです。このように考えると、対症療法の印象が変わってくるのではないでしょうか。

つまるところ、どれも対症療法なのでは?

と思えてくるのです。患者さんがその治療をどう受け取るかなのです。「これは根本治療です」という言葉を信じれば根本治療らしき治療になるのです。

このように考えると、気軽に「根本治療」という言葉が使えなくなるのではないでしょうか。私は使いません。「対症療法」という言葉もつかいません。わざわざ「対症療法」なんて発してしまうと、患者さんは、本来やるべき根本治療が別にあると錯覚してしまうからです。


本治法と標治法


鍼灸の世界には「本治法」と「標治法」という言葉があります。昭和の初期に作られた言葉です。鍼灸師によっては、伝統的なニュアンスでこの言葉を使っているのですが、鍼灸の歴史のスケールから見ると『現代用語の基礎知識(鍼灸版)』があったら載りそうなくらい新しい言葉です。なにせ、鍼灸の歴史は二千年以上ですから。

「本治法」と「標治法」は対になって使われるのですが、「本治法」には根本治療っぽい雰囲気がありませんか。鍼灸治療は、経脈に流れる気を整えるというコンセプトが背景にあるわけですが、病気の原因を「気の滞り」と考えています。

ここでは経脈の詳しい説明は割愛しますが、簡単にいうと、血管や神経の走行と類似しつつも、それは別に設定されている情報伝達のルートのことです。経絡学説のまさに根幹に位置するものです。


鍼灸医学における根本治療


話を戻しまして、鍼灸しか存在しない世界で考えると、気の滞りが万病の元と考えるのは便利で都合がよいです。ここに原因があると考えることで、実際に手を動かせるわけで、便宜上の原因を設定しないと何も始められません。

ある意味においては、鍼灸医学における根本治療は「経脈の滞りを解消する」という設定で行われているわけです。こうした流れで「標治法」という言葉を見ると、根本ではないもの、つまり経脈の流れに関係ないものに対するアプローチが標治になります。

「経絡(的)治療」と称される昭和初期に生まれた学派では、脈診(手首の脈で患者の病状を診断すること)をして、その脈をきれいに整えることを「本治法」、痛みがあるところなど症状があるところやその周辺に鍼を用いることを「標治法」と呼んでいます。


本治法はスローガン


広くて深い古典の世界を、本治法、標治法という言葉で整理してわかりやすくしたことは発明だと思います。ただ、現代を生き、さまざまな医療者と付き合うなかでは、「本治法=根本治療」というニュアンスは誤解を招きます。鍼灸師自身も錯覚してしまいます。

繰り返しになりますが、そもそも原因をひとつに特定できないのが病気です。それぞれの療法のなかで展開される作業仮説において「根本的な解決を目指そう」というスローガンが存在しているにすぎません。


標本病伝論篇


せっかくなので昭和の初期につくられた「本治法」と「標治法」の原典を探ってみます。眠くなる前にささっと終わらせます。もう少しお付き合いください。

『素問』という本があるのですが、その中に「標本病伝論篇」というのがあります。おそらく、ここから引っ張ってきたのではないかと思います。そこには何が書いてあるのか。

「・・・・・・」

やっぱり何が書いてあるのかわかりません。歴史的な医家も解釈が分かれています。根本原因が「本」で症状が「標」であるという解釈もできるが、他の解釈もできるということです。



古典は読むのが本当にむずかしいです。実際の体に当てはめて運用するのは難しいです。ありがたいことに、鍼治療はどんなふうにやってもある程度は効いてしまうので、仮に解釈が間違っていたとしても、効果が出てしまうのです。古典の理論から導かれた効果であるのか、刺鍼のテクニックからもたらされるのか、はたまた心理的な影響なのか、区別がむずかしいです。


治るとはなにか


最後に「治るってなんだろう」と一緒に考えてくれませんか。再び、市原先生に登場していただいてヒントをいただきましょう。

市原先生は、病気だと決めるのは、本人、医者、社会だと述べています。健康診断の数値を家族が心配しても、本人は「平気」と言って聞く耳を持たないってことがあると思います。検査の数値を気にして治療を始めたら病気になりますし、検査せず不自由なく日常を送れているなら病気ではないということになります。

どっちが正しいかを判断するのは難しいと思いませんか?

数値を気にしすぎて、健康感が失われてしまうのもどうかと思いますし、検査を無視してに気がついた頃には手遅れもどうかと思います。人が病気であるかどうかは、そのときの心境や環境によります。

『がんと癌は違います』の著者、山本先生も治るを定義することは難しいと述べています。

がんと癌は違います

 多くの病気が、治療を継続しながら長期的に「付き合っていく」タイプの病気であり、どこかで「治る」ものではない、と言えます。
 しかし、誰もが社会的生活を送っている以上、少なくとも「社会復帰できるタイミング」はどこかに設定しなければなりません。医学的に「治癒」を定義できなくても、社会的に「治癒」を定義しなければ社会が立ち行かない、ということです。


医師が言うように、「治る」を定義するのが難しいわけですから「根本治療」という表現は少なくとも医学の中では成立しません。

私も鍼灸院の中で患者さんと接するときは「治る」という言葉は慎重に扱っています。「心配しなくてもよさそうです」「よくなりそうです」「似た症例がたくさんあります」など、対応できるときの言い回しをいくつも用意しています。


根本治療を求めてしまう心理

     
患者さんの気持ちを想像すると、根本的な治療を望むのは自然なことだと思います。代弁すれば「再発しないようにちゃんと治したい」ということだろうと思います。それを叶えてくれそうなのが根本治療、というわけですよね。

鍼灸の現場で数え切れないほど経験しているのは「鍼灸はよく効くんですけど、根本的に治したいので整体にも行っています」という患者さんの言葉。

「骨盤の歪みを直さないと、肩こりも頭痛も治らないらしくて…」という話です。いつからか「骨盤の歪みがすべての原因」というトレンドが生まれてしまいました。YouTubeを観ても、それに近い言葉で溢れています。正しいかどうかは別として、社会が納得して受け入れた原因の説明です。

余計な話かもしれませんが、整体は職業としては認められていますが、医療系の免許が必要ではありませんから「体を整える」というコンセプトのサービス業です。

根本治療は幻想です。

ただ、その幻想は簡単に捨てられないものです。根本的な解決は、何ごとにそおいても理想として掲げておきたいのです。私もそうです。

いつでもどこでも、根本治療は理想であり夢なのです。


こちらもよろしくお願いします。
X(旧ツイッター)
インスタグラム(ほぼ趣味)

はりきゅう養気院(群馬県/伊勢崎市)
はりきゅうルーム カポス(東京/品川)
整動協会(鍼灸師のための臨床研究会)

yoki at 19:12│Comments(0) 東洋医学(中国医学) | 鍼灸

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
月別アーカイブ
記事検索
全記事にコメント歓迎
これから読みたい本