2024年05月29日

鍼灸師の技術はどう見えているのか

鍼灸師の技術はどう見られているのか

食べていけるかどうかは卒後3年以内に決まってしまう現実


鍼灸師になって20年以上が経つ私ですが、鍼灸学校の在学中にあることに気がついたことがあります。それは、患者さんが多い鍼灸師は最初から人気だったということです。20年経った今でも同じように思っているので、今回はその話を詳しく書こうと思います。

これから開業しようと思う鍼灸師、開業に興味がある学生はぜひ読んでください。成功の秘訣は書けませんが、失敗を避けやすくなるはずです。これから技術を磨こうと思っている人ほど、読んでほしい記事です。そうしないとせっかくの技術を活かすことができないからです。

今回、この記事を書いているのは私が苦労したからです。開業してから3年間はたいへんで、最初の1〜2年は悲惨でした。時代は変わりましたが、これから書くことは時代に関係ありません。いつの時代も人間の本質は同じだからです。


技術レベルは勘違いされる


これからの話を理解していただく上で前提となる事実は、技術レベルは見えないことです。鍼灸師の私から見ても、鍼灸院が開設しているウェブサイトの情報だけでは技術レベルはわかりません。いくら技術を高めたところで、魅力的な肩書きを並べている鍼灸師には勝てません。

患者さんは上手そうな鍼灸師を選びます。実際、そうするしかありません。

うちの実例で説明します。

私は2つの院で院長をしています。初めての患者さんは、院長という肩書を持つ私が一番上手いと思うわけです。そんな保証はありません。私が一番上手いというのは、患者さんの思い込みです。謙遜ではありません。

品川にある鍼灸院では音楽家専門のケアをしているのですが、私は音楽についてはド素人です。音楽家特有の悩みを正確に理解できません。

副院長の楠(くすのき)はオーケストラで演奏経験があるので知識が豊富です。楠の方が私よりはるかに上手く音楽家の悩みを理解できます。患者さんの悩みを理解する精度において、私は楠にまったく及びません。

私の方が上手いと思われたらいけないのでウェブサイトを分けています。


どの土俵で相撲を取るか


患者さんの土壌を理解できることが大きな強みです。音楽経験のない私のような鍼灸師は、音楽家に対して全く役に立たないという意味ではありませんが、私が音楽の経験を積んだり勉強したりして楠と同等レベルを目指すのは非効率です。

自分の土俵で勝負できる鍼灸師は有利です。技術レベルは見えなくても、土壌は経歴として見せることができます。鍼灸の技術を磨けば磨くほど患者さんが集まるほど単純ではありません。技術系のセ
ミナーをしている私としては、大きな声で言いたくはありませんが、事実だから仕方ありません。

技術を磨こうにも土俵がなければ磨きようがありません。技術志向の鍼灸師ほど、自分がどこで相撲を取るのか真剣に考えないと、志の行き場がありません。


治そうとしない方がよい


ちなみに、私には未だ治せるものはありません。治すことが仕事だと思っていないからです。患者さんの症状が消えて体調が良くなるのは患者さん自身の力です。

鍼灸は無力という意味ではありません。鍼灸で行っているのはコンディションづくりです。治ろうとしているのを邪魔しているものを取り除きます。鍼治療をしてぎっくり腰の痛みが消えても、鍼灸師が治したわけではなく、治したのは患者さん自身です。

私は治そうとしていません。この人が治るとするときに余計なものは何かを考え、それを取り除くように努めています。こういう話をすると、どこからか「治すことから逃げている」「治らないときの保険をつくっているだけ」という声が聞こえてきます。

何を言われようが、治せないものは治せないのです。

「治している」と思っているのは錯覚です。患者さんが「治った」ことを「治した」と思い込んでいるのです。そもそも、治ったかどうかを定義することが難しいのです。

実は、私自身が「治している」と考えていた時期があり、その勘違いに気がついてから目の前が開けました。何をすべきか自分の仕事がわかるようになったのです。


変化をコントロールする


人の体というのは、治そうと思わなくても治るものは治りますし、治そうとしても治らないものは治りません。治るかどうかに責任を持つことはむずかしいです。

ただ、鍼灸で身心に変化を起こすことはできます。

腰が反りやすくなるとか、顔を上に向けやすくなるとか、こういう変化を起こすことはできます。そういう変化があっても痛みが残っているかもしれません。しかし、患者さんが動ける範囲は増えています。できなった姿勢が取れるようになります。

あるところに達したところで、患者さんは「治った」と感じます。その後、レントゲンやMRIで調べて、異変を指摘されたら、その状態に満足でも「治っていない」と患者さんは考えを変えるかもしれません。「治る」をコントロールするのは本当にむずかしいのです。

現実的には、「来た時よりも良い状態を感じて帰れる」ことを目標にするのが妥当です。どんなに腕が上ろうとこの原則は変わりません。


変化を買ってもらう


私たち鍼灸師は患者さんに何を売っているのでしょうか。

もし「治ること」を売っているなら、腰痛が完全に取れても「画像でヘルニアが残っています」と言われたらモヤモヤしませんか。「生活で支障なく動けるようになったんだからいいじゃない?」と思うのではないでしょうか。しかも、治っていないのにお金を頂いている状況です。

病院のことを考えてみても、治ったからお金を支払うのではなく、診察を受けた時点で費用が発生します。私たち鍼灸師が医療であるかどうかは立場によって意見が異なるので深堀りしませんが、少なくとも医療は「治った」に対する成功報酬ではありません。

とは言っても、私たち鍼灸師が全く同じかどうかは考える余地があります。期待されていることも違います。

少なくともうちに訪れる患者さんが期待しているのは「効果を実感できる施術」です。いくら効果があっても実感できなければ意味がありませんから、違いがはっきりするように工夫する必要があります。

その方法はいくつもありますが、その一つは比較をすぐにすることです。可動域でも圧痛(押したときの痛み)でも、チェックしたらすぐに施術、施術したらすぐにチェックというように、記憶が曖昧になる前にチェックを済ませることです。

時には、写真を撮ったり動画を録るのも有効です。感覚では違いがわからなくても可動域が変化していることは珍しくありません。


満足感を追いかけてしまうと


駆け出しの私は、いつも満足してもらえるかどうかばかり考えていました。「もっと何かした方がいいのでは」という思考に偏っていきました。

中には、たくさん鍼をしてもらう方がよく効くと思い込んでいる患者さんもいます。そういう方に対しては、たくさん鍼をされたら満足するかもしれません。

症状が改善しなくても「こんなにたくさん鍼をしても良くならないのは、それだけ悪いから」と納得するかもしれません。鍼をたくさん刺すこと自体が商売になるかもしれません。

ですが、鍼灸の効果は量で決まるものではありません。薬と同じではありませんが、たくさん飲むから効くのではなく適量を守ることが大事であることは子供でも知っています。


自分が売りたいものを決める


たくさん鍼をされたい人は、量が多いほど価値をつけてくれるので、量を売ることが“商売的には”正解です。

鍼灸師にも色々な考え方や価値観があるので、鍼灸はこうあるべきという正解はわかりません。ただ、患者さんに恵まれている鍼灸師に共通するのは「何を売っているのか」に答えられることです。色々あると思います。施術の気持ちよさであったり、気持ちのよい会話だったり、贅沢なひとときだったり。

私は「変化」を売っています。施術はそれに合わせたスタイルにしています。


変化を売るための触れ方


具体的に実践していることを紹介します。患者さんに読まれたら困るような裏技みたいなものはありません。言ってみれば、施術中のコミュニケーション術です。

一番大事にしているのが、わかるように触れるということです。押して痛いところは痛いように、痛くないところは痛くないように、硬いところは硬く感じるように、柔らかいところは柔らかく感じるように。簡単なことではなく練習を積まないとできません。

たとえばですが、自分の体で凝っているところを押すときは、気持ちよい強さと方向がありますよね。マッサージしてもらうならこの強さみたいな感覚です。同じところでも押し方によって感じ方が変わるのはわかると思います。気持ちよさを追求するなら一通りのパターンでよいのですが、鍼灸師はいくつものパターンを使い分けできると便利です。

こう触れたらこう感じているはずだと推測するわけですが、正確であればあるほどコミュニケーションは円滑になります。背中が痛いという患者さんがいたとします。でも、どこが痛いのかよくわからないなんてときに代わりに探すわけですが、押す圧が軽すぎると、どこを押しても痛みを発見できません。また、移動が早すぎたり粗すぎると、痛いところを飛び越えてしまうかもしれません。

特別むずかしい話ではないと思います。ほとんどの鍼灸師や施療系セラピストが出来ていると自覚していることです。実はそれが盲点です。誰でもできると思っているから、そこを突き詰めてやっていないのです。本当は、すごく差をつけやすいところです。

ここだけきっちりやるだけで患者さんの評価が上がると思います。同業者に行っているセミナーでは、ツボの話が中心ですが、社内研修では専ら触れ方のトレーニングです。


色違いの鍼灸師から学ぶ


ここで告知になりますが、6月30日のセミナー(東京)では、触診によるコミュニケーション術を行います。患者さんが自然に力を抜いてくれる方法など、私が当たり前として使っている方法ではあるのですが、意外と知られていないことがわかりました。新人のときに知っていたら確実に差がつく方法(私自身が新人のときに知りたかった方法)です。

若干の空きがあります。自己啓発的な内容ではなく具体的な体や言葉の使い方を伝えるセミナーです。すぐに役立つと思います。

このセミナーは松浦哲也先生と共同開催です。正直、賛否両論ある鍼灸師です。人のことは言えませんが。彼とコラボするのはタイプが違う鍼灸師だからです。仲良くしたいと思うような鍼灸師ではないのですが、私から近づいていって仲良くしてもらっています。

松浦先生のコミュニケーション能力には一目置くものがあります。天然でやっているように見えて、ちゃんと計算して信頼関係を築いていきます。彼のところに患者さんが集まるのは必然です。学ばない手はありません。

そんな彼はBFA(Battlefield Acupuncture)と言われる耳鍼の専門家でもあります。先日、NHKの番組(ツボのトリセツ)でも取り上げられていました。ASPという特殊な鍼を耳のツボに用いて、痛みをその場で軽減させる方法です。

戦場鍼(NHK/ツボのトリセツ)


彼から直接施術を受けたことがありますが、痛みの変化がわかりやすいことから若手の鍼灸師は選択肢の候補に入れてみてはどうでしょうか。私がやっている整動鍼もお忘れなく。

鍼灸のコミュ力

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yoki at 07:00│Comments(0) 鍼灸 | 技術論

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