2026年05月06日

経営危機の中であえて崖っぷちを選ぶ理由

経営危機の中であえて崖っぷちを選ぶ理由

今回は経営危機の第三弾です。第一弾、第二弾をお読みでない方はそちらもぜひ。

1 「根拠のない自信と患者ゼロの日々」(4/16)
2 「技術を教えたら辞めていく鍼灸院の厳しい現実」(4/18)

本題に入る前に、知っておいてほしいことを書きます。最近ではSNSを軸に日本中の鍼灸師が情報を発信していますが、そういうところで目に入る鍼灸師は生き残り組なんです。もちろん、活躍している鍼灸師がすべてSNSに力を入れているわけではありませんので、知る人ぞ知る鍼灸師がいたりします。

鍼灸師になった全員が鍼灸師として活動できるわけではないというのが現実です。

2つ前の記事に書いたような「患者ゼロ経験」は特別なものではなく、多くの鍼灸師が遭遇し得るものなのです。平均的な鍼灸師は食べていけません。フツーに鍼灸師をしようと思っても、フツーでは及第点に届かないのです。

ここから先は、私がどうやって「フツー」を捨てたのかというお話です。


緊急事態宣言


努力だけではどうにもならない状況があります。あの新型コロナウイルスがそうでした。容赦なく私の努力をぶっ壊していきました。若い鍼灸師に「あの頃大変だったんだよ」という話をすると「あのときは高校生でした」なんて返ってきて、時代の流れは速いなぁと思います。

コロナ禍が始まった2020年、うちには3人の新人がいました。前回の記事で書いた通りスタッフが引き抜かれてしまったので新たに雇い入れたのです。新しいスタッフを育てて新体制をつくろうとした矢先、緊急事態宣言が発出されました。「不急不要の外出は避けましょう」となったあれですね。

新人はすぐに戦力になりませんから、人件費の負担だけが重くのりかかります。「ソーシャルディスタンス」という言葉がメディアに溢れるほど患者さんは減っていき、半分以下になりました。

その頃は採用を見直す企業が多発していました。うちは採用を取り消すことはしませんでした。というよりスタッフが流出してしたので、取り消す方がリスクが高いと考えたのです。問題は財源です。

売上は悲惨でした。目も当てられなくなったのはセミナー事業です。鍼灸院経営の他にセミナー運営をしていたのですが、開催ができる状況ではなくなり、中止、中止、中止。


二度目の借金


ここで私を突き動かしたのはあの言葉です。

「銀行は晴れた日に傘を貸し、雨の日に傘を取り上げる」

残高が減ってからでは遅いのです。大丈夫なうちに備えなければと、政策金融公庫と地元の銀行に相談に行きました。そして借りられるだけ借りておいたのです。3年間は利子の返済が免除されるという特別措置があったので、借りる以外の選択肢は頭にありませんでした。

ここで勝負に出ました。

品川の鍼灸院(カポス)を移転させることにしたのです。移転と言っても、同じ品川駅の徒歩圏内に。ここで大きな額が出ていくことになりました。移転することにしたのは、セミナー会場を確保するためでした。セミナーがあるときだけ借りていた会議室が、コロナ禍の煽りを受けてなくなってしまったのです。コロナ禍が明けたとき、セミナーを再開しようと思っても会場がなければできません。「いつか」に備える投資として、セミナー会場としても使える物件に移ろうと思ったのです。広いところが必要ですので家賃が上がるのは覚悟の上で。

よい物件と出会うには最高のチャンスでした。テレワークという言葉が飛び交う時期だったので、空き物件が増えていて探しやすくなっていたからです。

と言ったところで人材不足の難は消えていません。前回の記事に書いた通り、スタッフがいっせいに辞めていたからです。品川で残っていたスタッフは鍼灸師が一人と学生のバイトが一人。

撤退という安全牌を無視して、群馬で研修を終えたスタッフが行くまで耐えてほしいと願っていました。最悪な結果となりました。品川に送り込む予定だった新人スタッフがメッセージを残して辞めていったのです。「君は何のために10か月も研修を受けていたんだ?」という疑問と向き合っている余裕なんてありません。

マ、マズイ…


救世主現る


神は私を見捨てませんでした。即戦力が2つも向こうからやってきたのです。一つ目は、整動鍼セミナーの受講者の石井くんが入ってくれて3か月の研修のみで即戦力になってくれたことです。

この3か月が短いかどうかは意見があるところだと思います。鍼灸院によっては新人鍼灸師が1か月もしないうちに現場デビューするところもあります。業務内容によってまちまちなので、標準を定めることはできません。うちでは半年〜1年くらいを目安にしているので、石井くんは赤い彗星シャアのように3倍くらいのスピードでした。石井くんとは、カポスの副院長の石井佑のことでダブルエースのうちの一人です。

二つ目の即戦力が楠さんです。石井と同様に副院長です。副院長を二人設定しています。品川の鍼灸院(カポス)には、副院長を二人設定しています。理由は単純です。患者さんが予約をする際に副院長でない方が担当になるとハズレ感が生じるためです。実力が拮抗していて料金に差もないので、どちらも副院長です。ちなみに院長は私です。週一回(金曜日)しか行っていないのですが。

話を戻しますね。

楠はもともと独立して音楽家に向けた鍼灸院をやっていたのですが、コロナ禍に飲み込まれてしまいました。無理もない話です。あの時期、コンサート、ライブなどの音楽活動は「不要不急」扱いされてしまっていて、音楽家のコンディショニングの需要がゼロに近いレベルでなくなってしまったのです。

その楠が合流することになったのです。総合的な鍼灸をやりながら、音楽家の需要回復を待つ作戦でした。しかも、楠は整動鍼のセミナーの受講者でもあったので、対象が音楽家でなくても対応できるので即戦力として申し分ありませんでした。前回の記事に書いた通り、多言語に対応できるという想定を超えた能力の持ち主です。

状況は階段を一歩一歩登るように回復していきました。それから数年が経ち、外国人の患者さんを積極的に受け入れられるようになり、石井も英語力の強化の真っ最中です。


組織運営の転機と学び


ここに書きづらい危機も何度もありました。

共同経営において、経営上の透明性に関わる問題が発生し、結果として関係を解消するに至ったこともあります。

また、学術団体の組織運営においても、中核を担う立場との間で、運営方針やコンプライアンスに関わる深刻な問題が生じ、体制の維持そのものが揺らぐ局面がありました。その経験を踏まえ、現在は目的や方針を共有しながら、それぞれが安心して力を発揮できる、無理のない関係性と組織づくりを大切にしています。


危機を選び続ける理由


ここまで書いて気がついたのですが、経営危機は自分から招いているとも言えるのです。リスクを取りに行っているのは私です。

だからといって行動を変えようとは思いません。

理由は簡単です。私は平凡な人間だからです。花もなければカリスマ性もありません。そんな私が鍼灸院を2つ経営し、学術団体まで運営しているのは、自分を常にギリギリに置いてきたからに他なりません。毎日を夏休み最後の日にすることで、本来の力を絞り出す環境を作ってきました。

環境が能力を引き出してくれたのだと思います。トキワ荘をご存知でしょうか。藤子不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫…など、著名な漫画家を数多く排出したアパートです。たまたま天才がここに集まったと考えることもできますが、天才が近くにいると、眠っている非凡なるものが開花してしまうのでしょう。

私にも非凡なるものが眠っているのなら、引き出せる環境に身を置くしかありません。鍼灸師の免許を取ったとき、鍼灸で食べていけるだろうかと最初から崖っぷちでした。攻めるしか選択肢がない状況だったのです。それは今も同じです。安全圏に身を置きたいと思っても、そんなところがあるように思えないのです。鍼灸師になってから安堵感を味わったことは一度もありません。たぶん、安堵感が訪れた瞬間に次の危機がやってきているのかもしれません。

今も、経営危機は続いています。この一文だけ切り取られてしまうと困りますが、自分の中に危機感が常駐しているからこそ、安心感に飢えることができます。安心感を切望するエネルギーが私の機動力ではないかと思います。

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yoki at 11:54│Comments(0) 鍼灸院経営 | 鍼灸師の裏話

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