2026年07月25日

時間の切り売りという感覚から抜け出すには― 施術時間を「生産の時間」に変える考え方

時間の切り売りという感覚から抜け出すには

予約が埋まるほどに感じるストレス


開業したばかりのころは予約シートが真っ白でした。そこに患者さんの名前が入り、空白が少しずつ減っていくことが楽しみでした。今も予約が入ることに喜びを感じています。「必要としてくれる人がいるんだぁ」って思うと生きる勇気みたいなものが湧き上がってきます。

しかし、予約の枠が8〜9割埋まってくると喜びの中にちょっとしたストレスを感じるようになるのです。患者さんの希望通りに枠を提供できないからです。「その時間は埋まっていて、ごめんなさい」と繰り返す日々。

「スタッフを雇えばいいんじゃん?」

そういうことではないんです。患者さんは、それまでの担当者に期待をしているのであって、突然新しい人が現れても「次はそっちの方で」なんてなりません。スタッフを雇用するなら、理念や行動指針を共有しなければなりませんし、技術的な足並みを揃えるための研修も必要です。

と、ここまで書いてきましたが、今回のテーマは雇用ではありません。深堀りしていくとストレスの正体は、予約枠のやりくりとは別のところにあることがわかりました。


施術中の時間は誰のもの?


街を歩けば「◯◯分4000円」などというリラクゼーションの看板が目に入ってきます。これって時間単価なんですよね。時間で料金が決まるわけで、これってお客さんの立場からしたら時間も含めて買っているわけです。話をシンプルにしたいので「時間を買う」と考えて話を進めます。

すると、誰の時間を買っているのかという話になってくるわけです。自ずと施術者の時間ということになります。施術者にしてみれば、時間を買われているわけで、その時間はお客さんのもの、ということになります。

私の中で密かに育っていたストレスの正体は、自分の時間を売っているという感覚だったのです。自分の人生の中からどんどん時間が奪われていってしまう、という喪失感みたいなものです。


時間を売らないと決めた


私はあるときから、時間を売らないと決めました。これは、施術中の時間は患者さんと共有しているだけと考え、患者さんに所有権を譲りません。これは私も自由に使える時間であることを意味します。その時間、施術をしなければいけないので自由はどこにもない、なんてことはありません。

時間を共有していても精神は自由です。施術をどうするかは自分で決められます。やるべきことを探すことは創造という仕事です。加えて、創作の時間としても使えるのです。私が具体的に創作したのは「整動鍼」です。患者さんと時間を共有しながら、創ってきたのです。

施術中の気付きを記録して、その気付きの再現性を確認してきたのです。この作業は一人ではできません。患者さんという協力者がいなければ無理だったのです。患者さんにその意図はありませんが、私の創作に付き合ってくれているのです。患者さんは私に時間を提供してくれていると言えなくもないのです。

そもそも、すでに時間を指標に考える話ではないのです。私が売っているものは、施術前と施術後の違いです。可動域の変化であったり、体感の変化です。感動を売っているなんていうとカッコつけすぎですが、そういうふうに言えなくもないのです。


時間と空間を共有する


を用意して開業すると、どうしても肉体の居場所は縛られてしまいます。本当はもっと旅行に行ったり、いろんな人に会いに行ったみたいです。それが正直な気持ちです。鍼灸師という仕事は好きで始めたわけですが、他人を羨ましいと思う感情が膨れ上がってしまうと嫌になってしまいます。

人体は広くて深いものです。鍼灸はツボを通じて人体の探求ができる職業です。それは患者さんと時間と空間を共有するから可能なのです。

こうした視点を持つと、施術が生産の時間と化すのです。私がこうしてブログを更新できるのも、日々の臨床がいろいろな気づきを与えてくれるからなのです。

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yoki at 00:41│Comments(0) 鍼灸師の裏話 | 仕事日記

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