2026年08月04日
患者さんを否定しない― 腕より先に身につけたい臨床コミュニケーションの原則

腕がよければ繁盛する?
鍼灸師は腕がよい方が患者さんに選ばれます。ですから、腕を磨くことが繁盛への一番の近道であることに異論はありません。しかし、どれほど腕があっても、患者さんとの信頼関係が崩れてしまえば、その技術を生かす機会そのものが失われます。技術を発揮できるのは、患者さんとの関係が成り立っているからです。
完璧な技術はありません。だからこそ、自分の技術に見合った患者さんを誠実に受け入れ、一人ひとりと長く信頼関係を築いていくことが現実的な生存戦略になります。
今回は、私が臨床で最も意識していることの一つを書いてみました。それは、「患者さんを否定しない」という姿勢です。鍼灸師にとっての生存戦略であると同時に、患者さんが鍼灸師を選ぶときの判断基準にもなる考え方だと思っています。
言い換えない
たった一つのことを守るだけで、患者さんとのコミュニケーションが上手くいきます。少なくとも突然関係が破綻するような事態は避けられると思います。結論から入りますが「患者さんを否定しない」ということです。していないと思っていても、気が付かないうちにしてしまうものです。具体例を挙げていきましょう。
ひとつは、言葉の言い換えです。
医療現場に限らず、相手が発した言葉を「というより…」という言葉でつなげて、自分が気持ちいい言葉にすり替えてしまう癖を持っている人がいます。若者だったら「っていうか…」という感じになりますかね。相手が選んだ単語のニュアンスや意味合いが気になるとついつい自分の言葉で上塗りしてしまうのです。
絵を描いているときに、自分が塗った色の上から勝手に別の色を塗られたらよい気分にはなりません。空が何色で塗られていても、そこには意味があって必ずしもスカイブルーがふあわしいわけではありません。仮に緑で塗られていても、その緑には意味があるのです。言葉というのも、辞書通りの意味が常にふさわしいとは限りません。「頭痛が痛い」は重複表現で語法としては誤りですが、「日頃から悩んでいる慢性頭痛が今日はなおさらひどい」という意味が隠れているかもしれません。
文脈を崩さない
わたくしごとになりますが、以前病院の医師とこんなやりとりをしてことがあります。検査の結果が出る日を見込んで次の予約を入れるときに、2つの候補があってAとBの間には2週間ありました。検査の結果が出てから受診したいので「2週間後の方が確実ですか?」と聞いたら、「世の中には確実なんてないんですよ」と返ってきて引っかかりました。哲学の話を持ちかけたわけではなく「AとB、どちらがおすすめですか?」という意味で尋ねたのです。
釈然としないまま「確率的に高いのはBということでしょうか?」と言い直して話が進んだのですが、私の心中にはモヤモヤが残りました。わざわざ否定する必要があったのだろうかと思うわけです。「Bの方が可能性が高いですよ」と返してもらったら十分だったように思います。たった数秒のやりとりですが、あの時間は何だったんだろうと思ったのです。私の中には否定された感覚が残りました。しかし、その医師に悪意があったとは思っていません。私自身も、患者さんとの会話で同じようなことをしてしまっているかもしれない。そう思った出来事でした。
これは一人の人間として感じたことですが、自分も似たような思いを相手に感じさせてしまっているかもしれません。鍼灸院は患者さんにとってはアウェイ、私にとってはホームです。ホームにいると、自分のルールを相手に押し付けてしまいがちです。だから「否定しないぞ」と強めに意識するようにしています。
正しさが正義なのか
臨床は教育現場でもなければ論文発表の場でもありません。専門家と専門家がディスカッションする場ではありません。誤解を招く言葉はもちろん訂正が必要ですが、「誤った表現にも意味がある」という幅をもたせるのが臨床では大切ではないかと思うのです。正確性にこだわるあまり、時として相手の尊厳を傷つけてしまうことがあるように思います。
患者さんの治療歴を聞いているときに「それでよかったのかな」と疑問を持つことはあります。しかし、それは後出しジャンケンの発想です。その時はそれが一番だと思って判断をされているわけです。患者さんの選んできたものはいかなるものであっても尊重すべきです。そもそも私が最善かどうかなんてわかりません。世の中に確実なんてものはないのですから。
訂正はどうするか
間違いをそのままにしてはいけない場面もあります。そういうときは、「ここわかりにくい部分なのですが…」や「私もそう思っていたことがあるのですが…」などで前置きします。臨床は教育現場ではありませんから「それは間違いで本当は〇〇です」なんていう一方的な表現はふさわしくありません。医療の世界には「患者教育」という言葉がありますので、知らないうちに「教える側」の立場を取ってしまうことがあります。だから、私はこの用語と距離を取っています。
何を話すかではなく、何を言ってはいけないのか
「患者さんとコミュニケーションを取りましょう」の意味は「雑談を盛り上げましょう」ではありません。自分の趣味の話をして盛り上がったからといって、次回の予約をしてくれるとは限りません。自分が気持ちよくしゃべれているのは、相手が聞き上手だからです。ですから、私は自分が話したい話をしないようにしています。
患者さんとの会話で重要なのは余計な一言です。前述したように「というより」は使わないようにしていますし、患者さんの価値観や宗教観に意見はしません。政治の話も避けています。
何を話したらいいかわからないと言う新人には「話題をつくる必要はない」とアドバイスしています。身体に触れることが私たちのコミュニケーションの核ですから、言葉を発しなくても情報は行き交っています。そこを丁寧に練り込む方が本来だと考えています。
・鍼灸のクリ助ch.(YouTube)
・X(旧ツイッター)
・インスタグラム(ほぼ趣味)
・はりきゅう養気院(群馬県/伊勢崎市)
・はりきゅうルーム カポス(東京/品川)
・整動協会(鍼灸師のための臨床研究会)