活法
2022年10月24日
今回は鍼灸師の作法について書きます。
良心的な鍼灸師が苦労する理由
作法と言ってもピンと来ない方が多いのではないでしょうか。患者さんに親切にする、丁寧に触れる、患者さんの気持ちを考えて言葉を選ぶなど、臨床家の心構えとしてぜんぶ大切なことですが、今回はそういう話とは違います。
作法とは、普遍的なルールです。施術者の心のあり方ではありません。具体的な動作や手順です。体の使い方、言葉の使い方の話でもあります。
患者さんの立場では、施術者というのは「いい人」であってほしいと思うはずです。ただ、現実的には「いい人」では成り立たないというか、患者さんに必要とされないという現実があります。私は「いい人」がこの仕事を辞めてしまう光景を何度も見てきました。
結局のところ「いい人」が「結果を出せる施術者」とは限らないのです。「いい人なんだけど…」と患者さんは離れていってしまいます。患者さんは対価を支払うわけですから、見返りとなる結果を望みます。
「いい人」には誰でもなれます。専門家としての技量は関係ありません。わかりやすい例でいえば、料金を相場より低く設定することです。「良心的」という評価を得やすいです。ただ、この「良心的」という評価が結果に対する評価に直結するとは限らないのです。
鍼灸院という事業を持続していくためには、結果に対する評価が必要です。鍼灸師として続けていける人も結果に対する評価が高い人です。繰り返しになりますが「良心的」という評価は、鍼灸師を続けていくパワーにはならないのです。
鍼灸師は「いい人」になる必要はないと思います。誤解しないでください。患者さんに嫌われる「嫌な人」でもかまわないとは言っていません。わざわざ嫌われる人になる必要はありませんし、嫌われたら仕事はなくなります。
私はこう考えます。目指すべきは「いい人」ではなく「信頼したくなる人」です。と、ここまでが今回のテーマの前置きです。信頼はどこからやってくるのかを考えると「作法」が一つの結論になるのです。
作法には型がある
作法は具体的な所作で具体的な言葉遣いです。具体例をいくつか挙げてみます。患者さんの体の一部、たとえば腕や脚を持つとき、作法を身につけている人は下からすくいます。上からつかむようなことはしません。ここにわかりやすい動画があります。
こういうことを自然できる鍼灸師になりたい。 https://t.co/qKaYQPSxBy
— クリ助@あしたも鍼灸師 (@kuri_suke) October 15, 2022
上からガバっとつかまれるのと、下からすくわれるのでは、受ける側の印象がまったく異なります。正確な言葉で表現できませんが、前者は物として、後者は人として扱われているような違いになります。
置くときにも違いが出ます。作法ができる施術者は、持った腕や脚を置く時、着地を見届けるまで手を離しません。落とさないまでも、わずかでも着地前に離してしまうと、大切にしてもらっていないように感じます。
同業者の施術動画を観るときは、必ず作法を観るようにしています。こうした作法は、共有されているわけではありませんから、あくまでも私が思う作法でしかありません。ただ、完全に個人的なものかといえばそうではありません。
活法から作法を学ぶ
私は15年前に活法(かっぽう)と出会いました。
活法(かっぽう)は「古武術整体」です。活法の起源は日本の戦国時代と言われています。ちなみに当時は「整体」という言葉はありませんでした。「整体」は昭和に生まれた言葉です。あっという間に広がり、多くの徒手療法が「〇〇整体」と名乗るようになりました。「古武術整体」という表現もそれにならったものです。
活法は殺法の対義語です。広い意味でとらえると、人を活かすものはすべて活法です。前述の作法も活法の一部と言えます。狭い意味では、身体を調整する方法や手順を指します。
ときどき「活法は殺法の対義語です」と説明すると怖がる人がいるのですが、殺法の正反対の言葉なのでやさしい意味の言葉です。
私は、この活法から作法を学びました。出会ったときの衝撃ははっきり記憶に残っています。施術という仕事に対する意識が一転したのです。「これって鍼灸師全員が学んだ方がいいんじゃないか」と思うほどでした。その言葉通り、2009年には活法の普及を目指して活法研究会という会の立ち上げに携わりカリキュラムをつくり講師を担いました。
そうした過去があって今があるわけです。今となっては「活法いいよ!」と言うとポジショントークになってしまいますが、私の人生を変えたことものであることは間違いありません。もし、活法と出会っていなかったら整動鍼は生まれていません。
活法をやらなくても作法は学べます。ただ、作法の効果は活法の方が断然実感しやすいです。なぜなら、作法の有無で技のキレが雲泥の差になるからです。
鍼灸でも差は出ますが、患者さんの体に力が入っていても施術が成り立ってしまうので、重要度や必要性に気が付きにくいのです。
活法では、作法を蔑ろにすると技が成り立たないので、嫌でも重要度や必要性に気がつくのです。活法は道具を使わないため、ごまかしが通用しません。上手下手が視覚的に見えるので、技術が丸裸にされてしまうのです。
臨床の戦闘力が上がる
作法は、立ち位置のような空間の使い方から、言葉かけのタイミング、言葉の選び方、発声など言語の活用など多岐にわたります。こうしたものは、整体であろうと鍼灸であろうと関係なく臨床の現場で生かされます。臨床での戦闘力がアップします。
整動鍼が生まれてからは、整動鍼を最初に学ぶ人が多くなりましたが、根本を学びたいという方が活法を学ぶという流れが出来つつあります。
先週も活法セミナーを行いました。そのときは、基礎編に属する腰痛編でした。二日間、鍼を使わず活法の技の練習をしているわけですが、不思議とその後鍼も上手くなるのです。
twitterもよろしくお願いします。
https://twitter.com/kuri_suke
・はりきゅう養気院(群馬県/伊勢崎市)
・はりきゅうルーム カポス(東京/品川)
・整動協会(鍼灸師のための臨床研究会)
はじめての整動鍼(神戸)
— 整動協会@鍼灸師のための臨床研究会 (@seido_office) August 29, 2022
予備知識は必要ありません。どんなスタイルの鍼灸治療にも導入できるシンプルな技法。学生でもわかる内容です。
・11/23(水・祝)
・会場:兵庫県鍼灸専門学校/オンライン
・料金:12,000円(一般)
・定員:25名(先着)
お申し込みhttps://t.co/NVzGyYHPkM pic.twitter.com/xDYxrDHoyL
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2017年10月11日
■変化の年
今年は私にとって大きな節目となります。大きな出来事が続いています。スペインで講習してきたことも大きかったのですが、それよりも大きいのは活法研究会の変革です。
活法研究会は、2009年に橋本と共に立ち上げた活法の勉強会です。橋本を筆頭に、鍼灸師そして柔道整復師に活法を伝えてきました。私は副代表として影から活動を支えてきました。
そして、このたび活法研究会から橋本が卒業することになりました。

■活法が生んだ時間
活法と私を引き合わせてくれたのは橋本でした。今から9年前、2008年のことです。活法の技術と哲学の虜になってすぐに勉強会に参加。月2回東京に通う生活が始まりました。短期間で活法の技をシャワーのように浴びて、細胞まで染みこんでくるようでした。
そして、活法研究会の副代表として活法の普及と啓蒙に務めることを誓いました。そして今日までの8年間があります。文字にすると数行ですが、この数行には詰め込めないほどの思いがつまっています。
会の運営は手探りから始まりました。当然、失敗することも、空回りすることもしばしばでした。
私を動かしていたのは、活法を鍼灸師や柔整師に広めたい、という強い気持ちでした。ブログで感じている興奮を伝え出すと仲間が次第に増え、「活法」という言葉も少しずつ浸透していきました。
「見たことも受けたこともないけれど、そういうのを聞いたことがある」というくらいになったと思っています。
活法のことを考えている時は、いつも少年のような気持ちでいられました。代表の橋本も、副代表の私も、そして主任講師の秋澤も、みんな活法のことを話していると時間を忘れるのです。

■整動鍼が生まれる
活法を始めてから、一人でコツコツとやっていたのが鍼灸への応用でした。活法で感じる爽快感を鍼灸でも味わいたいと思ったからです。そして、できたのが古武術鍼法であり、今でいうところの整動鍼です。活法から生まれた鍼灸なので、活法のDNAを受け継いでいます。
こうして、会にもう一つの柱ができたのです。橋本も理解し応援してくれて、一生懸命整動鍼をプッシュしてくれました。整動鍼の臨床力を証明したいという気持ちに、主任講師の秋澤が応えてくれ、品川に「はりきゅうルーム カポス」が生まれました。今から3年前のことです。
整動鍼の評価は私の想像を超えて行きました。期待に応えたかったので、整動鍼に専念する日々が始まりました。活法は橋本に頼ることに。とてもよい分業ができていたと思います。
ただ、柱がもう一つ出来たことで、最初の頃とはいろいろ違ってきたことも事実です。橋本の立場で見る活法、私の立場で見る活法は違ってきたと思います。それは言葉に出さずとも感じるもの。
整動鍼への期待が高まるにつれ、私の心は複雑になりました。原点を見失ってはいないかと。そんな私の心を知ってか、「整動鍼の勢いを大事にしてほしい」という橋本の言葉。その裏には、もちろん一抹の寂しさがあったのだと思います。
実際、整動鍼のセミナーに費やす時間が増えたため、活法を語る時間は半分になっていました。

■選択の時
苦渋の選択を迫られていることはお互いに感じ始めていました。
私にもどうすることもできない現状のまま、橋本の言葉に応える意味でも整動鍼の方にますます全力投球。整動鍼を担えるのは私しかいません。そして2つのことを同時に担えるほど、活法も整動鍼も軽いものではありません。
互いに決断しなければならない時期が迫ってきていました。
私が選んだ道は「鍼灸師のための活法」の追究でした。
橋本は、活法の継承を重んじて活法に専念する道を選びました。互いの生き方を尊重することが、会員さんに対しても誠実であると思ったからです。
8年間共にやってきたことは互いの財産です。この8年があるからこそ第2ステージに挑めるのです。
■一般社団法人 整動協会が生まれる
活法研究会は、株式会社活法ラボのセミナー事業として行って来ましたが、新設した整動協会に移しました。これからも活法研究会は整動協会の中で存続していきます。
もちろん、活法セミナーは存続します。私も講師を続けます。
これからは、名人のカリスマに頼ることなく、鍼灸師や柔道整復師に必要な活法を追求していきます。研究する組織として再スタートします。
橋本は、活法研究会を離れ、師から受け継いだ技を次世代につなぐ活動に専念します。

■それぞれの道
別々の道を歩むことが決まった時、強い脱力感に襲われ、時間がゆっくりと流れました。
本当は書き切れないほどの汗と涙があります。活法と私をつなげてくれた橋本には感謝してもしきれない想いがあります。活法研究会を立ち上げた時の興奮は今でも体が覚えています。一生忘れられません。
9年もの間、私の理解者でいてくれたことが本当に嬉しいです。これからも理解者でいてくれると思います。私も橋本の理解者として生きていこうと思います。
不安になった時は、活法と出会った時の衝撃、そして活法研究会を立ち上げた時の興奮を思い出して乗り越えていきます。人生の別れではないので、こんなに大げさに考える必要はないのかもしれませんが、やっぱり一つの節目です。
個人的な関係はこれからも続くので、橋本の活動は個人的に応援していこうと思っています。
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2017年03月24日

鍼灸師が使う鍼と灸は安全
「安全に使える」という前提で鍼(はり)と灸(きゅう)を使える職業が鍼灸師です。「鍼灸は怖い」と言われますが、それは素直な反応です。どんなに細くても、どんなに小さくても、鍼や熱を警戒するのは人間の本能です。
だから、私は「鍼灸って怖くて嫌です〜」と言われても、落ち込みません(ちょっと残念程度)。程度の差があっても本質的に「手術って怖くて嫌です〜」という感情と同じです。手術は怖くても受けます。それは必要だと思うからです。
鍼灸も同じ理由で、必要だと思う人は受けます。怖いとか痛そうとか、そう思っても受けます。だから、鍼灸師が生きてくために必要なスキルというのは、本能的な警戒心を解くだけの説得力だと思うのです。
説得力を持たない鍼灸師は食べていけません。
「刺さない鍼もあるよ〜」という声も聞こえて来ます。しかし、私のスタンスは動きません。鍼は刺すものです。刺さない使い方“も”ありというだけです。刺さなければ、本来のポテンシャルは引き出せません。「刺さない鍼が効かない」なんて思っていません。私も刺さない時もありますから。
「刺すだけ」と「刺さないだけ」よりも「刺す時も、刺さない時もある」という方が、鍼という道具を使い切っている感があります。
医学知識で勝負できるのか
解剖学、生理学、そしてエビデンスなどと、医学知識をつめこんでも、患者さんが効果を感じなければ、鍼灸師をやっていけません。つまり食べていけません。意地悪く言えば、いくら勉強しても、患者さんが効果を感じられない施術であれば、その勉強に意味はありません。
勉強は必ず報われると考えたいところですが、鍼灸においては幻想です。
私は器用ではありませんから、要領が良い人を見るとズルいと思うことがあります。でも、それは言い訳です。ズルさのような要領は能力の一つです。「使えるものは何でも使う」という愚直さと賢さの表れです。
鍼灸師が競うなら、どっちが道具を上手に使えるかという勝負。侍の刀のようなものです。強い侍は、利用できるものは何でも利用します。負けが死を意味する時代、卑怯という言葉に価値がありません。卑怯という言葉を使う時点でアマチュアです。
鍼灸は怖くてもいい
説得力を持つには、「仮に熱くても痛くてもかまわない」と思ってもらえるほどの効果を示すことが一番です。効果をしっかり感じた患者さんは、怖いと思っていてもまた受けてくれます。慣れて怖さが消える人もいれば、怖いまま通う人もいます。
ですから、患者さんに恐怖心があっても仕方ありません。当たり前だと考えるのです。「鍼を怖いって言う人が多いから〜」と言い訳に使っているうちはアマチュアです。何を隠そう、私だって鍼は怖いですし、灸は熱そうだと思っています。
こんなに鍼灸のことばかり考えている鍼灸師ですら、平気とは言っていないのです。こんな鍼灸師は私だけではありません。もしかしたら、怖くない鍼灸師は一人もいないかもしれません。
鍼灸師に「鍼灸は安全ですよ〜」と言われて、怖い気持ちが消えなくても問題ない、ということです。鍼灸とは怖さの上に立つものです。
宮本武蔵にもし恐怖心がなかったらきっとすぐに切られていたでしょう。恐怖心で足がブルブル震えてしまったら動けず、やはり切られていたでしょう。恐怖心という殺し合いの関係から絶対に逃れられない感情をどのように処理していたか、という発想で考えるのが自然です。
だから、鍼灸も「恐怖心」をあるものとして、どう処理するかなのだと思うのです。
補足すると、同じ効果なら、低刺激の方がよいと思っています。これはマナーの話であり、鍼灸師である前に、そういう人間でありたいです。
実は体の使い方が大事
道具の話をしてきましたが、体の使い方、指の使い方で、鍼灸師の説得力は変わります。野球の打席、バットを持てば誰でもホームランを打てるわけではありませんよね。体を鍛え、素振りを繰り替えし、実践の中で勘を磨き上げた人だけが、打てるのです。
鍼灸も同じ。鍼を持つだけではホームランは打てません。最初に戻りますが、鍼灸師という免許は「安全に使える」人に発行されるわけですから、ホームランとは別の話です。
医学論文を書けるほど勉強しても、科学的に鍼灸を説明できたとしても、それだけなら、野球観戦をするお茶の間のお父さんです。
勉強は大事だと思うのですが、鍼灸を運用できる身体があっての話。鍼灸は持つだけ刺すだけなら簡単です。指先でいくらでもごまかせるものです。免許があれば、それらしく使ってしまえるので、体の使い方に意識が気が回りにくいのです。
体の使い方を学ぶ方法はいくらでもあります。私は活法(かっぽう)と出会いました。活法を一言で言えば古武術整体です。体の使い方が下手だと見ていてすぐにわかります。上手になると術者の姿勢が良くなり、施術効果も高くなります。面白いと思うのは、術者の見た目に説得力が出てくることです。見た目そのものが説得力です。
「できるヤツ」なのか「そうでもないヤツ」なのか、とてもわかりやすいのです。
宮本武蔵の説得力
抽象的な言い方になったので、話に説得力がないかもしれません。表現を変えてみると、説得力ある姿というのは、何かに対応しやすい動きやすい姿勢です。対応力のある姿勢に「できる」を感じるのです。私は、活法からできる姿勢を学べました。もちろん、実践的な身体技法というものがたくさんあります。
つまるところ、「宮本武蔵は日本刀を抜かなくても十分に強い」という話です。二刀流だから強かったわけではなく、二刀を扱える身体を持っていたから強かったわけで。筋力の話ではありません。肖像画の宮本武蔵、2本の刀を力を入れて握っているようには見えません。筋力ではなくワザを秘めた身体。
ここで言いたいのは、西洋医学とか東洋医学とか、そういう議論ではなく、思想や価値観の話でもなく、それ以前の話。医療を一つの身体技法、と捉えています。
果たし合いで「最後に立っていたものが勝者」と言うならば、鍼灸の臨床では「患者さんに必要とされるもの」が正解です。必要なものを準備し、無駄をそぎ落とす、それの繰り返し。こういうシンプルな価値観で私は鍼灸師やっています。
なぜ、こんな話をしたかというと、求人中だからです。
患者さんが増え、鍼灸師が足りなくなっています。私と一緒にやってくれる鍼灸師を募集しています。この情報が多くの方に届くことを願います。剣豪は、ぶっちゃけ宮本武蔵でなくてもよかったのです。柳生十兵衛でもよかったのです。宮本武蔵の方が説得力があるかな、と思った次第で。
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2016年10月28日
■活法を学べるDVD第三弾!
ついに発売となった、活法研究会監修のDVD『活法のワザ 下半身の厳選七手』
Amazonで割引価格(23%引き)で販売しています。お買い求め頂くなら今です(どこかで定価になります)。
![]() | 力を使わない、古武術整体 【効果倍増! 活法のワザ】 〜下半身の厳選七手〜 [DVD] BABジャパン 2016-10-27 by G-Tools |
■制作裏話
もちろん、私も制作に関わりました。どんなワザを選ぶかというところから始まり、ワザの理論とその解説に至るまで。細部に至るまでしっかり監修をしています。兄弟子であり活法研究会代表の橋本、そしてBABジャパンの担当者さんと多くの時間を費やしてきました。

忘れてはいけないのは、カポス院長の秋澤。彼にも制作会議に参加してもらって意見を出してもらいました。活法に関しては兄弟子で頭が上がりません。
ワザの実演は師の碓井誠。私の仕事は、師のワザがどうやったら分かりやすくなるのか、どうしたら魅力が伝わるのかを考えることでした。
ワザの理論解説はこだわったところです。第一弾、第二弾と比べて、もっとも分かりやすいと思います。これ以上あり得ないというくらいまで頑張りました。私も頑張りましたが、しゃべり担当の橋本が慣れてきてパフォーマンスアップしているのが、一番の要因かもしれません。
生実演と違って、DVDは角度もシチュエーションも決まっていますから、工夫をしないと伝わりません。もちろん、映像の担当者Yさんは、その辺のことを熟知しているので、本番ではお任せして見守っていました。

第一弾、第二弾は私が患者役を担当してきましたが、今回はカポスの浦井が担当しました。一つ目の理由は女性であること。第三弾となり、ようやく男だらけの映像は重苦しいことに気がつきました。それに、私が患者役やっていると、明らかにわざとらしいですから...。
わざとやらないと、ワザをかけてどういう結果になるのかイメージできませんから、演技というものがどうしても必要なのですが、それにしても胡散臭い感じに。そういうわけで、師のワザを受け慣れていない浦井を抜擢したのです。格闘技やっているからなのか、私よりも受けが上手。完全に持って行かれました。
そうわけで、今回の私の仕事は少なくなったのです。
でも、ここで重要な仕事を一つします。DVDの宣伝です。ある意味一番重要ですから。と言いつつ、アマゾンのカテゴリランキングで既に4位を獲得していました。早くも売れている状況です。
しかし、通例では第二弾より第三弾が売れ行きが悪くなるそうです。第三弾ともなれば、冷蔵庫の残り物・・・と思われてしまうからなのでしょうか。しかし、そこは全く心配ありません。実は第一弾の時点で、既に第二弾、第三弾の計画があり、前もって収録するワザをだいたい配分しておいたのです。第一弾が売れて、第二弾とつながったのです。そして、第二弾も好評。今回の出版につながったのです。
第四弾は・・・出ません。
三巻セットでいったん完結です。
だから、出し切ろうという想いでつくりました。結果的には、DVDだけで出し切ることはできませんでした。なぜなら、碓井流のワザは500を超えるからです。
■第三弾の見所は「正確無比なポジションニング」
見所はいくつもあります。活法の講師という立場から、一つだけ見所を挙げるなら、ポジショニングです。活法的に言えば「間合い」です。
師の碓井誠の実演収録にリハーサルはありませんでした。しかも、患者役の浦井の体に触れるのはこの撮影が初です。つまり、事前に位置取りの確認はなかったのです。にも関わらず、テイクワンからピタリと立ち位置や座り位置が決まっています。結局、NGなく撮影は終了しました(NGは撮影場の近くを救急車が通ってしまった時くらい)。

場数を踏めば誰でもそうなるものではありません。ポジショニングというのは技術の一種です。サッカーもフィールドのどこに位置するか、選手によって違いますね。良い選手は、そこに居てくれ、というところに居るものだと思います。
施術の時に、どの位置に着けば施術がしやすいのか、どの位置が圧迫感を与えないか、を考えることは必要です。しかし、考えているようではまだまだです(言えるようなレベルではありませんが)。ベストなのは「居るようで居ない」と感じる位置です。この表現は、患者役をした浦井の言葉そのままです。
師の教えでは、
「我消滅(われしょうめつ)す」
という言葉に、ポジションニングの極意が集約されています。言葉だけでは、全く意味がわかりません。受けてみると消滅する意味がわかります。任せているのに任せきっていない絶妙な関係ができるのです。
ここに名人芸を感じます。
この領域まで達することができる療術家は、それほどいないと思います。鍼灸師も例外ではありません。鍼灸にも「ここだ!」という最高のポジションがあります。ぼんやりだけど、ハマる感じがわかる時が私にも訪れます。意識しているうちに、少しずつ上手になっていきます。

ポジションによって鍼灸の効果は確実に変わります。でも、鍼灸の世界ではうるさく言われていません。それは、ごまかしができるからでしょう。
DVDを観て頂ければわかるように、整体では少しでもポジションが狂うとやりにくさを感じます。余計な力が入ったり、施術中にバランスを崩したり、患者さんが居心地悪そうにしたり。鍼灸は、扱う道具が近く軽いのでいくらでもごまかし可能です。
整体では肉体(患者)と肉体(術者)の間に働く力学的な力が視覚的にも感覚的にもわかります。しかし、鍼灸は鍼や灸という非常に軽微な道具を使うため、力学的な感性が育ちません。これが大きな問題です。力学的に安定する関係は、実は精神的にも安定する関係だからです。

整体におけるベストポジションは、鍼灸においてもベストポジションです。鍼灸(整動鍼)セミナーの受講者を観ていていると、活法の経験者とそうでない人でポジションに違いがあります。活法経験者(特に臨床で使い込んでいる人)は、鍼施術がしやすそうなポジションに着くのが上手いです。
「整動鍼をやるなら活法が必須」とまでは言えませんが、整動鍼のポテンシャルを引き出すには有利であることは間違いありません。この関係に気がつく受講者(鍼灸師)は多く、活法研究会の受講者には、「活法→整動鍼」というパターンと「整動鍼→活法」というどちらのパターンもあります。
まずは、DVDで師のポジショニングの妙をご覧になってみてください。
実際に活法を体験したくなった方は、ぜひ体験会に起こしください。今年最後の体験会がもうすぐ行われます。
◎活法研究会 1日体験会
11月6日(日) 上半身編(残席わずか)
12月11日(日) 下半身編(受付中)
柔道整復師も参加可能です。
後半の整動鍼の時間は希望者は受講可です。
※私は、11月6日(日)は、WFAS(世界鍼灸学会連合会学術大会)の会場を昼に抜け出して会場(東京都目黒区)に駆けつけます。整動鍼の直前に出現予定です。しっかり日本と世界の鍼灸を勉強してきてシェアしていこうと思います。
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2016年04月16日
「脊柱編」がセカンドシーズン突入!
昨年、呼び名を「整動鍼®」と改めた古武術鍼法。その初編となったのが脊柱編でした。最初のセミナーは2014年。もう2年前になります。
2015年には四肢編、腹背編と続き、整動鍼の基礎となる3編全てを公開することができました。ついに、明日から、アップデートを携えて脊柱編のセカンドシーズンに入ります。

■動きを整える活法
整動鍼も古武術鍼法もわからない、というのが普通です。これまでにない考え方でツボ選びをする生まれたばかりの手法だからです。
とはいえ、発想は古くからある「活法」に由来しています。活法とは、柔術の裏技で、負傷した仲間を救う手法です。蘇生術や整体術があります。私が携わっているのは整体術です。
活法の整体術の特筆すべき特徴は、「動きを整える」ことにあります。たとえば、腰痛の患者さんを救おうと思うとき、痛みを消そうとは思いません。動きを良くするにはどうしたらよいのかと考えるのです。腰痛を訴える人の動きってぎこちないですよね。姿勢もおかしくなっています。痛いから動きがおかしいと考えるのが普通だと思います。活法に出会う前の私はそう思っていました。
活法では「動きがおかしいから痛む」と考えます。この理屈が正しいことは、実際にやってみるとわかります。無理なく動ける動作から始め、正常な動きを取り戻していくと、腰痛が軽くなっていくのです。
■正しい動きとは
正常な動きとそうでない動きの違いは「連動」の観察と推察で見極めます。各筋肉、各関節が連動している動いている状態が正常です。この場合、カラダにかかる負荷が分散されるのでカラダの動きは滑らかで軽やかで、痛みが出づらいのです。痛みは、各筋肉、各関節が渋く重い状態が極まってしまった場合です。
打ち身や切り傷など、それに当てはまらないものもあります。しかし、連動にも気を配る必要があります。傷が癒えたようでも、脳の記憶に「渋く重い状態」が残ってしまう場合があるからです。一見、わかりにくいのですが、動いてみると、そこに連動の不調和を発見できるのです。実際の臨床では、動きと共に関連部位の触診で判別することが可能です。

■ツボで動きが整う
こうした発想は鍼灸でも可能です。ただし、実際の臨床で使うためには、動きとツボの関係を導き出しておく必要があります。そこで、脊柱の椎骨一つ一つと身体の動きを分析し、その調整をするにはどのツボが有効かと探りました。
それで見えてきたものをまとめたのが脊柱編です。四肢にあるツボを使って脊柱の歪みを整えていきます。ここでいう歪みは、見た目の曲がりではなく、動きの歪(いびつ)さです。
■姿勢は動きの一部
活法や整動鍼において、姿勢とは動きの一部です。厳密に言えば、生きている時は止まった状態は作れないのです。止まっているように見えても、息をしているならば、それは動いているのです。
姿勢は動きの一部なのですから、姿勢を整えようと思ったら動きを整えればよいのです。どの方向にも自由に動ける状態が作れたら、それがよい姿勢です。結果的に、あくまでも結果的に、それが見た目的にキレイな姿勢となります。付け加えておかなければいけないのは、“その人なりに”という点です。教科書に書いてある姿勢が、その人にとっての理想とは限りません。
健康的な姿勢は、いかなる場合でも窮屈なものであってはいけないのです。窮屈さを取っていくことが、健康的な姿勢への入口です。

■1本の鍼で姿勢は変わる
複雑にみえても、窮屈さを招いているのは1点であることも珍しくありません。見本(教科書)と照らし合わせて「ここが違う!」と相違点を一つずつ見直しても終わりが訪れません。動きを調和を乱している1点を探すことに集中する方がずっと効率がよいのです。
整動鍼セミナーの脊柱編では、脊柱と椎骨にフォーカスをして、その1点を探していきます。そして、そこに対応するツボを紹介し、取穴と刺鍼のトレーニングを行います。経絡では説明が付かない、経絡を基準としない、動きを操るツボの世界に誘います。明日からの2日間もきっと面白くなります。
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昨年、呼び名を「整動鍼®」と改めた古武術鍼法。その初編となったのが脊柱編でした。最初のセミナーは2014年。もう2年前になります。
2015年には四肢編、腹背編と続き、整動鍼の基礎となる3編全てを公開することができました。ついに、明日から、アップデートを携えて脊柱編のセカンドシーズンに入ります。

■動きを整える活法
整動鍼も古武術鍼法もわからない、というのが普通です。これまでにない考え方でツボ選びをする生まれたばかりの手法だからです。
とはいえ、発想は古くからある「活法」に由来しています。活法とは、柔術の裏技で、負傷した仲間を救う手法です。蘇生術や整体術があります。私が携わっているのは整体術です。
活法の整体術の特筆すべき特徴は、「動きを整える」ことにあります。たとえば、腰痛の患者さんを救おうと思うとき、痛みを消そうとは思いません。動きを良くするにはどうしたらよいのかと考えるのです。腰痛を訴える人の動きってぎこちないですよね。姿勢もおかしくなっています。痛いから動きがおかしいと考えるのが普通だと思います。活法に出会う前の私はそう思っていました。
活法では「動きがおかしいから痛む」と考えます。この理屈が正しいことは、実際にやってみるとわかります。無理なく動ける動作から始め、正常な動きを取り戻していくと、腰痛が軽くなっていくのです。
■正しい動きとは
正常な動きとそうでない動きの違いは「連動」の観察と推察で見極めます。各筋肉、各関節が連動している動いている状態が正常です。この場合、カラダにかかる負荷が分散されるのでカラダの動きは滑らかで軽やかで、痛みが出づらいのです。痛みは、各筋肉、各関節が渋く重い状態が極まってしまった場合です。
打ち身や切り傷など、それに当てはまらないものもあります。しかし、連動にも気を配る必要があります。傷が癒えたようでも、脳の記憶に「渋く重い状態」が残ってしまう場合があるからです。一見、わかりにくいのですが、動いてみると、そこに連動の不調和を発見できるのです。実際の臨床では、動きと共に関連部位の触診で判別することが可能です。

■ツボで動きが整う
こうした発想は鍼灸でも可能です。ただし、実際の臨床で使うためには、動きとツボの関係を導き出しておく必要があります。そこで、脊柱の椎骨一つ一つと身体の動きを分析し、その調整をするにはどのツボが有効かと探りました。
それで見えてきたものをまとめたのが脊柱編です。四肢にあるツボを使って脊柱の歪みを整えていきます。ここでいう歪みは、見た目の曲がりではなく、動きの歪(いびつ)さです。
■姿勢は動きの一部
活法や整動鍼において、姿勢とは動きの一部です。厳密に言えば、生きている時は止まった状態は作れないのです。止まっているように見えても、息をしているならば、それは動いているのです。
姿勢は動きの一部なのですから、姿勢を整えようと思ったら動きを整えればよいのです。どの方向にも自由に動ける状態が作れたら、それがよい姿勢です。結果的に、あくまでも結果的に、それが見た目的にキレイな姿勢となります。付け加えておかなければいけないのは、“その人なりに”という点です。教科書に書いてある姿勢が、その人にとっての理想とは限りません。
健康的な姿勢は、いかなる場合でも窮屈なものであってはいけないのです。窮屈さを取っていくことが、健康的な姿勢への入口です。

■1本の鍼で姿勢は変わる
複雑にみえても、窮屈さを招いているのは1点であることも珍しくありません。見本(教科書)と照らし合わせて「ここが違う!」と相違点を一つずつ見直しても終わりが訪れません。動きを調和を乱している1点を探すことに集中する方がずっと効率がよいのです。
整動鍼セミナーの脊柱編では、脊柱と椎骨にフォーカスをして、その1点を探していきます。そして、そこに対応するツボを紹介し、取穴と刺鍼のトレーニングを行います。経絡では説明が付かない、経絡を基準としない、動きを操るツボの世界に誘います。明日からの2日間もきっと面白くなります。
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yoki at 14:28│Comments(0)│